この仕事を請ける前から、珊揮は戒莉とは別に仕事をしていた。どうやら、漣淨がからんでいるらしく、所謂大物を追っているのだろう。
戒莉がこれに関わることを、珊揮は望まなかった。
それに対して以前ならば、間違いなく『何故だ』、『そんなに俺が頼りにならないのか』とくってかかるはずの戒莉が、文句のひとつも言わずに今回の仕事に就いた。
むしろ、苛立っているのは真佳だった。
希央も英俊も、珊揮と行動をともにしている。それが、なぜか戒莉とふたり、隊商の護衛などという退屈な仕事をふられてしまった。これを屈辱と言わずして、なんと表現すべきか。
「大袈裟だな」
ぽつりと一言、戒莉は真佳の怒りを一蹴した。
「お前、なんか枯れたな」
口惜しかったのか、真佳はそう応酬してみた。
戒莉は、それに対してふんと鼻で笑っている。
相変わらずの美麗だ。真佳も見慣れてきたはずだが、それでも戒莉が見せる表情にくらりとすることが多々ある。
「何かあったのか?」
そんな奇妙に居心地の悪い気持ちを誤魔化すように、真佳は会話を続けようとする。
「別に」
そう言って、むっと口を閉じる。
この短い言葉は、戒莉の口から出る最も多い台詞だ。
別に何もないと言いたいのだろうが、そういう時は大概何かある。
真佳は、そんなことが分かっている自分に嫌気がさす。
「そうか」
「お前、また背が伸びたか?」
戒莉は、珍しく真佳のことに話題をふった。
「まあ、少し。前よりは伸びなくなってきたけどな」
確かに、真佳はここ数年で背が伸びた。さすがに二十歳過ぎてからこんなに伸びるとは思わなかったので、嬉しい誤算といえる。
さすがに二十四にもなると、その伸び方にはかげりはきているが、剣客として充分な身長になった。以前は細身だった体つきにも筋肉がつくようになったし、見た目的には申し分ない。
それに対して、戒莉の身長は十七を境にピタリと止まった。特別低いというわけではない。平均的な成人男性といったものなのだが、戒莉としては不満らしい。剣客としては、足りない。しかも、それなりに鍛錬はしているにも関わらず、筋肉がつきにくい体質で、成人しても依然としてほっそりとした体つきが気に食わない。
確かに、剣客というには貧弱。そして男としても、頼りなげだ。儚げなどと言ったら、戒莉もさすがに怒るであろう。
「なにをしたら、そんな風に伸びるんだ?」
戒莉は、真佳を見上げた。
その黒い瞳に、真佳はつい魅入られてしまい、その問いにまともに応えることはできなかった。
戒莉は、比類なき美貌と類稀なる剣の腕を持つ、剣客だった。
多くの杖身を見てきた真佳だが、こんな剣客は他にいない。
絶望的に美しい容姿は、本来剣客には不要で、むしろ負の要素だ。
しかし、剣の腕をひとたび見れば、その美麗が凄みを魅せつける要素となる。
ひたと剣を構え、冷徹な目で相手を見据える様など、見てしまったら、暫くは、他の何も美しいと思えなくなる程に危険だ。
以前、真佳はこの戒莉を嫌っていた。
何故かといえば、単純な話だ。
嫉妬だ。
真佳には親がいない。
もちろん、里木に帯を結んでくれた親はいたのだろうが、もの心ついたときには真佳は里家で暮していた。真佳は、親に棄てられたのだ。
その真佳が憧れたのは、ときおり里家に現れる珊揮という剣客だった。
珊揮は、経済状況の悪いその里家に援助をしていた。
真佳は、剣客になりたいと思った。そして、珊揮はそれを応援してくれた。
けれど珊揮が応援をしていたのは、真佳だけではなかった。
戒莉という少年を見た時に、なんてキレイな子だろうと素直に思った。
だが、その子が珊揮の養い子で、しかも相棒としていることを知って、無償に腹がたった。
真佳も、その時には珊揮とともに仕事をしていた。
真佳は、戒莉を憎んだ。
本当に単純な話だ。
負けるのは嫌だと思った。同じように珊揮に育てられた、同じくらいの年頃の戒莉に、敵愾心を持ったのだ。
珊揮に認められたかった。戒莉よりも、頼りになると思われたかった。戒莉よりも優れていると、褒められたかった。
まことに単純な話だ。
今、真佳にそういった感情は薄らいでいる。
実を言えば、今はもっと複雑だ。