その建物には、女の人がたくさん住んでいた。
みんなだいたい楽しそうで、それで時々寂しそうだった。
たまに泣いている人もいた。
でも、だいたいみんな笑っていた。
きれいな着物を着て、きれいな飾りをつけて、きれいに化粧をして、みんな笑っていた。
たまに僕を手招きして、お菓子の包みをそっと呉れる人がいた。
その人は、僕の頭を撫でて、僕を抱きしめた。
なんで、その人がそんなことをするのか、僕には分からない。
でも、僕はそうしてくれることを、願っていた。
優しくされたかった。誰でもいいから、僕がここにいることを見て欲しかった。
その女の人は、たぶん、リンレイという名前だったと思う。たしか、そう呼ばれていた。
その建物には、男の人がたくさんやって来た。
みんな、だいたい楽しそうに、建物に住んでいる女の人の部屋に入っていった。女の人も、とても嬉しそうで、僕はぼんやりとそれを見ていた。
その日、リンレイと目が合った。
リンレイは、笑っていた顔を急に止めて、僕をちょっとの間、じっと見ていた。そうしてまた直ぐに、僕を見るのを止めて、男の人の顔を見て、笑った。
リンレイは、僕をたまに見ていた。
僕は、それがとても嬉しかった。……ような気がする。
リンレイが呉れるお菓子は特別美味しかったような気がするし、僕を撫でるリンレイの手はとても暖かかく感じていた。
でも、僕を見る目が、時々とても怖かった。
その建物で、僕はずっと掃除をしたり、洗濯をしたり、ものを運んだり、お皿を洗ったり、薪を割ったり、いろいろやっていた。
一日は長くて、とても疲れた。でも、ご飯はあまり貰えなくて、いつもお腹が空いていた。たまに、三日くらい何も食べられないこともあった。
その建物の中の偉い男の人に、よく叩かれた。なんでかはよく分からなかったけど、僕が掃除が下手だったり、遅かったりするとよく大声で怒鳴られて、蹴られたりもした。痛くて泣いても、蹴ったり、ぶったりするのを、その人は止めてくれなかった。もしかしたら、僕は死んじゃうのかと、思う時は、たくさんあった。でも、しばらく動けなくなったりもしたけど、僕は死ななかった。殴られて、体中痛くても、掃除も洗濯も休めなかった。もし、休んだら、もっとひどいことをされるから、休めなかった。
その日の仕事が終わって、もう寝てもいいかなあ、という時に、僕はその部屋に呼ばれた。
その部屋には、ベッドがあって、誰かが寝ていて、布団を頭からかけられていた。それが誰か、僕は全然分からなかった。
僕のほかに部屋にいた男の人達が、ベットに寝かされている人を布団の上から縛り始めたとき、僕はとても怖くなった。それでその部屋から出ていこうと思ったけど、殴られて床に叩きつけられて、それは出来なかった。
縛られている人は、全然動かなかった。僕は、その人が死んでいるんだと思った。
縛っているうちにその人の髪の毛が見えた。それは、リンレイの髪の毛だった。
リンレイは、死んじゃったんだ。
もう、僕にお菓子を呉れることも、頭を撫でてくれることも、怪我をしたところに薬を塗ってくれることも、僕を見てくれることも、もうしてくれないんだ。
僕は、悲しかった。
僕は声を出して泣きたくてたまらなかったけど、泣いたら、とても強く顔を叩かれて、そんな風に泣けなくなってしまった。
僕は、リンレイを縛って、建物から運び出すのを手伝った。
外は、雨が降っていた。
とても寒い夜だった。
リンレイを荷馬車に載せた男の人と二人で、街の端っこのまた端に行って、地面に穴を掘った。
僕は、その穴にリンレイを入れるんだってことが分かっていた。こんな、冷たい土の中に、リンレイは埋められてしまうんだ。
死んでもリンレイは故郷には帰れないんだ。家には帰れないんだ。
僕は、声を出さないで泣いた。泣きながら、穴を掘った。
リンレイは、かわいそうだと思った。
でも、僕は気付いた。
僕も、同じなんだってこと。
僕も、帰れないんだ。
そう思ったら、また涙が出てきた。
泣いて、泣いて、もう何が悲しいのか分からなくなった時に、僕は声を出して、笑っていた。涙は止まらなかったけど、大声で笑っていた。
―― 僕は死んでも 、帰れないんだ……
それがなんだかとてもおかしかった。