『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『死んでも 帰れない』

 その建物には、女の人がたくさん住んでいた。

 みんなだいたい楽しそうで、それで時々寂しそうだった。

 たまに泣いている人もいた。

 でも、だいたいみんな笑っていた。

 きれいな着物を着て、きれいな飾りをつけて、きれいに化粧をして、みんな笑っていた。

 たまに僕を手招きして、お菓子の包みをそっと呉れる人がいた。

 その人は、僕の頭を撫でて、僕を抱きしめた。

 なんで、その人がそんなことをするのか、僕には分からない。

 でも、僕はそうしてくれることを、願っていた。

 優しくされたかった。誰でもいいから、僕がここにいることを見て欲しかった。

 その女の人は、たぶん、リンレイという名前だったと思う。たしか、そう呼ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その建物には、男の人がたくさんやって来た。

 みんな、だいたい楽しそうに、建物に住んでいる女の人の部屋に入っていった。女の人も、とても嬉しそうで、僕はぼんやりとそれを見ていた。

 

 その日、リンレイと目が合った。

 リンレイは、笑っていた顔を急に止めて、僕をちょっとの間、じっと見ていた。そうしてまた直ぐに、僕を見るのを止めて、男の人の顔を見て、笑った。

 リンレイは、僕をたまに見ていた。

 僕は、それがとても嬉しかった。……ような気がする。

 リンレイが呉れるお菓子は特別美味しかったような気がするし、僕を撫でるリンレイの手はとても暖かかく感じていた。

 でも、僕を見る目が、時々とても怖かった。

 

 

 

 その建物で、僕はずっと掃除をしたり、洗濯をしたり、ものを運んだり、お皿を洗ったり、薪を割ったり、いろいろやっていた。

 一日は長くて、とても疲れた。でも、ご飯はあまり貰えなくて、いつもお腹が空いていた。たまに、三日くらい何も食べられないこともあった。

 その建物の中の偉い男の人に、よく叩かれた。なんでかはよく分からなかったけど、僕が掃除が下手だったり、遅かったりするとよく大声で怒鳴られて、蹴られたりもした。痛くて泣いても、蹴ったり、ぶったりするのを、その人は止めてくれなかった。もしかしたら、僕は死んじゃうのかと、思う時は、たくさんあった。でも、しばらく動けなくなったりもしたけど、僕は死ななかった。殴られて、体中痛くても、掃除も洗濯も休めなかった。もし、休んだら、もっとひどいことをされるから、休めなかった。

 

 

 

 その日の仕事が終わって、もう寝てもいいかなあ、という時に、僕はその部屋に呼ばれた。

 その部屋には、ベッドがあって、誰かが寝ていて、布団を頭からかけられていた。それが誰か、僕は全然分からなかった。

 僕のほかに部屋にいた男の人達が、ベットに寝かされている人を布団の上から縛り始めたとき、僕はとても怖くなった。それでその部屋から出ていこうと思ったけど、殴られて床に叩きつけられて、それは出来なかった。

 縛られている人は、全然動かなかった。僕は、その人が死んでいるんだと思った。

 縛っているうちにその人の髪の毛が見えた。それは、リンレイの髪の毛だった。

 リンレイは、死んじゃったんだ。

 もう、僕にお菓子を呉れることも、頭を撫でてくれることも、怪我をしたところに薬を塗ってくれることも、僕を見てくれることも、もうしてくれないんだ。

 僕は、悲しかった。

 僕は声を出して泣きたくてたまらなかったけど、泣いたら、とても強く顔を叩かれて、そんな風に泣けなくなってしまった。

 僕は、リンレイを縛って、建物から運び出すのを手伝った。

 

 

 外は、雨が降っていた。

 とても寒い夜だった。

 リンレイを荷馬車に載せた男の人と二人で、街の端っこのまた端に行って、地面に穴を掘った。

 僕は、その穴にリンレイを入れるんだってことが分かっていた。こんな、冷たい土の中に、リンレイは埋められてしまうんだ。

 死んでもリンレイは故郷には帰れないんだ。家には帰れないんだ。

 僕は、声を出さないで泣いた。泣きながら、穴を掘った。

 リンレイは、かわいそうだと思った。

 でも、僕は気付いた。

 僕も、同じなんだってこと。

 僕も、帰れないんだ。

 

 そう思ったら、また涙が出てきた。

 泣いて、泣いて、もう何が悲しいのか分からなくなった時に、僕は声を出して、笑っていた。涙は止まらなかったけど、大声で笑っていた。

 

―― 僕は死んでも 、帰れないんだ……

 

 それがなんだかとてもおかしかった。

 






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