『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『誰にでも 過去はある』

 真佳は、目の前の男の目つきに、やや圧されていた。

 だが、当の男には真佳を睨んでいるつもりはない。

 もとより、そういう顔つきなのだ。損もするし、たまには得をすることもある。

 男は脚に刀傷を負っていた。相当に酷いものであったらしいが、切断は免れ、もうひと月もすれば杖なしで歩けるようになるだろうとのことだ。

 

「見舞いに来たんじゃねえんだろ。何んか聞いたらどうだ?」

 男は、たぶん笑ったのかもしれない。だだし、残念ながらその笑顔を向けられた者は、彼に好感を抱くことはないだろう。

「漢将は、宍道の手下だったのか?」

 真佳の口から出たのは、意外なことだったと見えて、男はこめかみをぴくりとさせた。

「さあ、知らねえな」

 男は、嘘はついていない。

「なにしろあの騒ぎだ。珊揮から、戒莉を頼まれてもいたが、恥ずかしながら、自分のことで精一杯でそれどころじゃねえよ」

 この男は、珊揮から密かに戒莉が血に倒れたときには、介抱するように頼まれていたらしい。

 真佳はそれを知った時に、珊揮に怒りを覚えたものだった。珊揮は、真佳では頼りにならないと、踏んでいたのだ。

 もっとも、事実はそうであったし、挙句自ら戒莉の元を離れてしまっているので、そう正々堂々と怒れる立場でないことも、直ぐに承知した。

 この目つきの悪い、女子供受けの悪い博信という男が、珊揮と通じていることを、真佳は知らなかった。何年も一緒に仕事をしてきた真佳も知らない人脈が、珊揮にはあるのだということにも、苛立ちを感じながら、それを噛み殺すしかなかった。

「だが、俺がみたところ、漢将は宍道とは通じていねえよ」

「なぜそう思える?」

「勘だ。根拠はねえな」

 しれっと言ってのけるところが、珊揮の知り合いということだろうか。

 真佳は、溜息をついた。

 

 

「それはそうと、あの娘っ子たちはどうした?」

 博信は、話の矛先を勝手に変えた。

「一花と香々は範に戻されて、里家に引き取られた」

 章羊も範に戻されたらしいが、こちらは役人に引き渡されたということだ。ひととおりの調べが終われば、おそらく極刑に処せられるのであろう。

 一花と香々の二人は罪人の娘ではあるが、罪人ではない。当然、罰せられることはないが、親を失うという立場に置かれる。

 真佳は、彼女ら、特に香々には同情を寄せたが、だからと言って、彼女らには何もしてやれないことを知っていた。

「かわいそうなもんだな。何不自由ない暮らしから、一転して親なしの、貧乏暮らしだ」

 博信がこんなことを言うとは、真佳は意外だった。

 博信は、旅の中では一花や香々からは、嫌われていた。それに対して、博信が彼女らには無関心だったように、真佳には見えた。

「そんなにひどい暮らしでもない」

 真佳もかつて里家で育ったが、確かに貧しい暮らしではあったが、不幸ではなかったと思う。

「そうだな。親に煩わされることもない方が、幸せってこともあるわな」

 博信は、奇妙な言い方をした。

 この男にも、過去があるということだ。

 

 

 

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