俺、生きてる。
戒莉の意識が戻ったときに、彼の目の前にあるのは闇だった。
それでも、戒莉には自分が生きていることが分かったし、それがとても不思議に思えた。
なぜ、生きているのか?
と、問われても、戒莉に答えるべき言葉はなかった。
何故かは分からない。とにかく生きているのは、どうしようもなく事実であるのだ。
戒莉は、死にたかった訳ではない。むしろ、あの時は切実に生きたいと願っていた。それも事実だ。
生きているのはいいが、戒莉の体はあちこちがガタガタだ。どこもかしこも言うことをきかない。最近ようやく自力で歩くことができるようになったが、動きは緩慢で、ふらついている上に、十歩も歩けば息が切れる。
それでもまだ動き始めているだけ、可愛げがあるが、左腕は未だにただ肩にぶる下がっているだけで、ピクリとも動かない。役立たずだ。
本当に役立たずなのは、自分自身だと、戒莉は溜息をつく。
時々襲ってくる眩暈と吐き気、頭が割れるのではないかと思う程の痛み、常に体にのしかかるだるさ、これらは何とかという薬の副作用らしい。
死んだ人間を甦らせるくらいの強い薬だから、多少の反動は仕方がないと、珊揮は笑っていたが、戒莉にとっては全く笑い事ではない。
その薬の副作用が抜けるには、服用していた期間の十倍の時間を要すると言われているらしい。
戒莉がその薬を使っていたのは、十日ほどだったというから、百日はこれが続いて当たり前という計算になる。ちなみに今のところ、三十日経過したところなので、折り返しにも来ていないということだ。
生きているということは苦しいことだ。
戒莉は、頭の痛みが引いたつかの間に、そう思う。
だが、それもこれも生きているからだ。あちらの世界に逝ってしまえば、痛みも苦しみも感じることはない。生きているからこその、痛みなのだろう。
―― 暑さ、寒さも彼岸まで……っていうのは、違うな
そんな惚けたことを戒莉が考えていられたのもそこまでで、次の瞬間には、突き上げるような吐き気に襲われていた。
◆◆◆◆
傷は既にふさがっていたが、戒莉の体調はなかなかよくはならなかった。
強い薬の副作用なのだと、説明がつくのだが、どうにもそれだけとは戒莉には思えなかった。
左腕におもしろいほどに力が入らない。全く、動かないのだ。指一本たりとも、戒莉に従おうとしないのが、徹底している。
そして、目だ。これが、全く見えない。
それに気付いたときに、戒莉はどう感じたのか、今でもうまく説明ができない。
日本に居たときは、見えないのが当たり前だったのが、この世界で見えることを知った。それから、戒莉は見えることに慣れてしまっていた。
怖いのだ。見えないことが。
「一時的なことだよ」
珊揮は、そう言った。
何かの薬品を投げられ、それを目がまともに受けてしまったせいなのだと、珊揮は説明してくれた。
顔にもその薬品のせいで、火傷のようなものを負っているらしい。包帯でグルグル巻きにされているので、それを手で確認することは出来ない。
ひどいものではないと、珊揮は言っていたが、それにしては大袈裟な包帯だと、反論してみたところ、珊揮は笑いながら軽やかにこう答えた。
「皮膚が再生するまでは、なるべく光に当てない方がいいんだよ。跡が残るからね」
顔の怪我や火傷については、跡が残ろうが、戒莉にとっては正直どうでもいいのだが、目だけはどうにも困る。
目が見えなくとも、慣れれば普通に暮らすくらいはできるだろうが、剣客としてやっていくのは難しい。
こんなどうしようもない状態でも、戒莉は剣客であることを止める気がない。そんな戒莉の様子に、珊揮は半ば呆れ、半ば感心する。
「俺は、他にやれることがないんだ」
戒莉は、憮然として言う。
剣以外に、自分を生かす術がない。それは、戒莉も嫌と言うほどに実感している。他には何もできない。
その剣すら今は、その手に握ることはできない。
このまま、体調がよくならなかったら、腕が動かなかったから、目が見えなかったら。そう、思わないこともない。
だが、戒莉は剣客を止める気はない。
「お前に何かできるか、できないかでお前の価値が決まるわけじゃないんだけどね」
珊揮は、そんな風に諦めてしまうのかもしれない。
それでも、戒莉は剣を棄てる気がない。
惨めなほどの、傲慢だった。