『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『生と死と』

 俺、生きてる。

 

 

 

 戒莉の意識が戻ったときに、彼の目の前にあるのは闇だった。

 それでも、戒莉には自分が生きていることが分かったし、それがとても不思議に思えた。

 

 

 なぜ、生きているのか?

 と、問われても、戒莉に答えるべき言葉はなかった。

 何故かは分からない。とにかく生きているのは、どうしようもなく事実であるのだ。

 戒莉は、死にたかった訳ではない。むしろ、あの時は切実に生きたいと願っていた。それも事実だ。

 

 

 

 生きているのはいいが、戒莉の体はあちこちがガタガタだ。どこもかしこも言うことをきかない。最近ようやく自力で歩くことができるようになったが、動きは緩慢で、ふらついている上に、十歩も歩けば息が切れる。

 それでもまだ動き始めているだけ、可愛げがあるが、左腕は未だにただ肩にぶる下がっているだけで、ピクリとも動かない。役立たずだ。

 

 本当に役立たずなのは、自分自身だと、戒莉は溜息をつく。

 時々襲ってくる眩暈と吐き気、頭が割れるのではないかと思う程の痛み、常に体にのしかかるだるさ、これらは何とかという薬の副作用らしい。

 死んだ人間を甦らせるくらいの強い薬だから、多少の反動は仕方がないと、珊揮は笑っていたが、戒莉にとっては全く笑い事ではない。

 その薬の副作用が抜けるには、服用していた期間の十倍の時間を要すると言われているらしい。

 戒莉がその薬を使っていたのは、十日ほどだったというから、百日はこれが続いて当たり前という計算になる。ちなみに今のところ、三十日経過したところなので、折り返しにも来ていないということだ。

 

 

 生きているということは苦しいことだ。

 戒莉は、頭の痛みが引いたつかの間に、そう思う。

 だが、それもこれも生きているからだ。あちらの世界に逝ってしまえば、痛みも苦しみも感じることはない。生きているからこその、痛みなのだろう。

―― 暑さ、寒さも彼岸まで……っていうのは、違うな

 そんな惚けたことを戒莉が考えていられたのもそこまでで、次の瞬間には、突き上げるような吐き気に襲われていた。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 傷は既にふさがっていたが、戒莉の体調はなかなかよくはならなかった。

 強い薬の副作用なのだと、説明がつくのだが、どうにもそれだけとは戒莉には思えなかった。

 

 左腕におもしろいほどに力が入らない。全く、動かないのだ。指一本たりとも、戒莉に従おうとしないのが、徹底している。

 そして、目だ。これが、全く見えない。

 それに気付いたときに、戒莉はどう感じたのか、今でもうまく説明ができない。

 日本に居たときは、見えないのが当たり前だったのが、この世界で見えることを知った。それから、戒莉は見えることに慣れてしまっていた。

 怖いのだ。見えないことが。

「一時的なことだよ」

 珊揮は、そう言った。

 何かの薬品を投げられ、それを目がまともに受けてしまったせいなのだと、珊揮は説明してくれた。

 顔にもその薬品のせいで、火傷のようなものを負っているらしい。包帯でグルグル巻きにされているので、それを手で確認することは出来ない。

 ひどいものではないと、珊揮は言っていたが、それにしては大袈裟な包帯だと、反論してみたところ、珊揮は笑いながら軽やかにこう答えた。

「皮膚が再生するまでは、なるべく光に当てない方がいいんだよ。跡が残るからね」

 顔の怪我や火傷については、跡が残ろうが、戒莉にとっては正直どうでもいいのだが、目だけはどうにも困る。

 目が見えなくとも、慣れれば普通に暮らすくらいはできるだろうが、剣客としてやっていくのは難しい。

 

 こんなどうしようもない状態でも、戒莉は剣客であることを止める気がない。そんな戒莉の様子に、珊揮は半ば呆れ、半ば感心する。

 

「俺は、他にやれることがないんだ」

 戒莉は、憮然として言う。

 剣以外に、自分を生かす術がない。それは、戒莉も嫌と言うほどに実感している。他には何もできない。

 その剣すら今は、その手に握ることはできない。

 

 このまま、体調がよくならなかったら、腕が動かなかったから、目が見えなかったら。そう、思わないこともない。

 だが、戒莉は剣客を止める気はない。

「お前に何かできるか、できないかでお前の価値が決まるわけじゃないんだけどね」

 珊揮は、そんな風に諦めてしまうのかもしれない。

 それでも、戒莉は剣を棄てる気がない。

 

 

 

 惨めなほどの、傲慢だった。

 

 

 

 

 

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