『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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「迷信」

 隊商は章羊一家のほかに章羊の雇い人が五人、護衛が戒莉と真佳を含めて五人だった。

 護衛の一人に漢将という実に勇ましい字の男いる。しかし、この男、身の丈こそ高いが、筋肉のつきが少々貧しく、あまり強くはなさそうに見える。それにはこの体格だけではなく、細い垂れ目と、へらへらとした笑を常に絶やさないその口元が大いに一役かっている。

 そして、もう一人の護衛。字は博信。四十がらみの背は高くなく、低くなく、ほどほど良い体つきといった男。ただし、目つきがものすごく凶悪で、頬に走る傷痕がそれを助長し、一花は彼を毛嫌いし、香々はびくびくと近寄りもしない。

 さいごの一人は、いかにも『剣客でございます』、といった風情の男だ。杖身としては、申し分ないような体格の男で、それ以外に特別に目をひくところはない。

 章羊の杖身を雇う基準が今ひとつ分からない顔ぶれだ。

 

 戒莉は、何度か章羊に雇われたことがある。ただし、過去のいずれも珊揮と一緒だった。最初は、珊揮のおまけのような感覚で章羊が雇ってくれたに過ぎなかったくらいだ。

 今回もこの仕事は、珊揮にきた依頼だったのだが、『生憎都合がつかない』と断ったところ、『では戒莉だけでも』と、章羊が申し出てきたのだ。

 それはとても有難い話で、戒莉も断る理由がなかった。だから、珊揮の仕事をしなかった。

 それだけのことだ。

 

 

 

 

 

 旅も二ヶ月も過ぎると、その間に一度や二度ひやりとすることも起こる。今回も比較的平穏な旅であるが、二度ほど小競り合いのようなことがあった。

 それらを軽く退けて、旅は何事もなかったかのように進んでいた。

 不謹慎なことに、いっそ何か起きないかと思うほどに退屈な日々をただひたすらに進んでいく。

 

―― 暇だ……

 戒莉は、この長旅を選んだ己れを軽く恨んでみた。

 珊揮の言うとおりに留守番でもしていれば良かったなどとは、口にするのは御免だが、心の内でこっそり思う分には、なんの遠慮もいらない。

 

「暇そうね」

 ぼんやりとした頭に、その声は意外と鋭く突き刺さってきた。

 一花だ。いつもは馬車にいたのだが、今日は漢将に馬に乗せてもらっている。香々は、大人しく馬車の幌の中に居るらしい。

「暇よねえ。もう、こんなことならいつもみたいに、家で留守番してればよかった」

 言葉そのままを表情に浮かべて、一花は言い放った。

「暇だねえ」

 漢将は、やはりへらへらと笑っている。実に呑気そうで、気が抜ける。

「暇で結構だろ」

 至極最もなことを、戒莉は言ってみた。

 案の定、一花は喰いついてくる。

「このままだったら暇で、暇で死んじゃうわよ。もう、いっそ盗賊にでも出てきて欲しいくらい」

 ぶっそうなことを、無邪気に言ってくれる。戒莉は、それを口の端に引っ掛けるだけで、とがめることはしなかった。

「駄目だよ~お嬢さん。そういうこと言うと、聞こえちゃうからね」

 漢将の言葉は、冗談のように響いて、一花の口を閉じることはできなかった。

「誰に聞こえるってのよ? 誰が聞いてたってかまわないわよ」

 これに、漢将はへらりと笑いを深めた。

「そういう言葉はねえ、賊に聞こえちゃうんだよ」

 

 そんな話は、実はよく聞く。

『賊にでも出くわしてみたい』と言うと、それが賊に聞こえてしまい、その賊に襲われることになるという。

 迷信と言うには、他愛のない話だ。

 

 

 

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