夜が深まっても、朝が来ても、戒莉の世界は暗い。
顔に巻かれた包帯を取り替えるときに、そっと目を開けてみたが、ぼんやりと何か見えるような気がするだけで、実は何も見えていない。
このまま、この目が見えなかったら、左腕が動かなかったら、体調や体力が元に戻らなかったら。自分はどうしたらいいのだろうかと、戒莉が考えるのは今に始まったことではない。
このまま、珊揮に養われて生きていくしかないのだろうか。
そう考えると、戒莉の手足は痺れを感じる。むろん、気の迷いが感じさせるものだ。
―― それは嫌だな
役にたつ人間になりたいと、あがいていた時の方が、今よりよっぽど役にたっていた。たとえ、誰かを助けることが出来ない自分でも、だ。
助けるべき人は、たくさんいた。
戒莉の脳裏に浮かぶのは、今までに関わった人間の顔だった。誰もが、戒莉に向かって『助けて』と言っている。実際のところ、彼らは戒莉に『助けて』などとは言っていない。唯一、その言葉を聞いたのは香々くらいだ。
少なくとも、あのもの言いたげな目に、戒莉は応えることはできなかった。
あの場では、方義から章羊を助けたのかもしれない。けれど、香々の母親は死んでしまったし、章羊自身も救われたとは言えない。そして、香々と一花に会って、慰めの言葉もかけてやることすらしていない。
しかし一方で、戒莉は自分が誰かを助けてやりたいと、心の奥底から思っているのではないことに気づいていた。
―― 最悪な人間だな
考えれば、考えるほどに自分という人間が嫌になる。
戒莉は、その思考から逃れようと別のことを考えようとした。
できるだけ、楽しげなことが良いと思うが、そう都合のいいことは思い当たらなかった。
夜、考え事をすると、暗い方に引きずり込まれる。
章羊の話が出たときに、『隠し事はよくない』と、珊揮は言った。
その時、戒莉は思わず黙ってしまった。
それを珊揮がどう思ったか、それを考えると、戒莉の唇からは溜息が落ちる。目が見えないことが、怖くなるのは珊揮の表情が分からない時だ。もっとも、見えたところで珊揮の心は、理解しきれないのだろうが。
隠し事など、戒莉はしたくはない。
それをさせているあの男が憎く思えた。人の運命を握っているかのようなあの男の声。
戒莉は、思い出したくもないその声を、繰り返し思い出していた。
しかもあの男の言葉に、戒莉は従っている。
『どうしたいか、どうすべきか。自分で考えろ』
と、あの男は言った。
戒莉は、その言葉に従っている。戒莉は、それにも苛立っていた。
あの男、漣浄が差し出してみせた手をとれば、確実に失うものがある。
たとえ、あの男の言うとおり、杖身を続けていけるとしても、珊揮の相棒でいられるとしても、それは以前とは違う。何か得体の知れないものに縛られて生きていかなければならない。
あの男の都合の悪い人間を殺す為に生きていかねばならないのかもしれない。殺し屋、暗殺者。そんな言葉が、戒莉の中の暗闇で響く。
しかし、とも考える。
生きる為に、生きたいように生きる為なら、そんなことなどどうでもいいことのようにも思える。
杖身として生きる、珊揮の相棒として生きる為に。
「ああ……そうか」
自分の望みなど、単純なものなのだと戒莉はふっと気付いた。
笑が漏れた。
『どうしたいか、どうすべきか』
確かに、あの男の言うとおりだ。
それが分かれば、答えは出てくる。
単純なことだ。
悔しいが、あの男の言うとおりだ。
『どうしたいか、どうすべきか』
ダークサイドに気をつけろ!