『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『紅い河』

 

 私の目の前には、赤く、どす黒い川がゴウゴウと流れている。

 私は岸辺から、ただその流れていく様を眺めている。

 流れは、止まらない。

 流れは、戻らない。

 

 私は知っている。

 私が、ただそれを眺めているだけしかできないということを。

 

 時折、その水をこの手にすくってはみるけれど、すぐに零れ落ちていく。

 決して、私の手の中に留まり続けることはない。

 

 

 私はある日、考える。

 この川は、どこへ流れて着くものなのかを。

 私は、それを知らない。

 皆、どこへ行ってしまうのだろうか。

 

 ある日、私は気付く。

 私の中に紅い河が流れていることに。

 

 

 この河がどこへ続いているのか、私は確かめたことはない。

 だが、私には分かるような気がした。

 この河を下った先にあるものが、なんなのかを。

 

 それが正しいか否かを知るには、方法はひとつしかない。

 

 

 

 私の中には、紅い河が流れている。

 その匂いに、私は危うさと安らぎをおぼえる。

 それは、人の匂いだ。

 私の中には、紅い河が流れている。

 私は、流れのままにその川を下る。

 私には分かる。

 その河の、行き着く先が。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 真夜中に理由もなく目が覚める。嫌な夢を見たわけでも、現実世界に危険が迫る予兆のせいでもない。

 この頃、徐々に涼しくなり、夜鳴き虫が夜を徹して歌う季節になりつつあるが、その音のせいで起きた訳でもない。

 珊揮の眠りは、どこか浅いところにあった。

 珊揮はつねに熟睡することはなかった。

 この500年以上、よく眠っていない。そう考えると呆れるやら、ぞっとするやらだが、事実はそんなものだろう。

 隣で平和そうに寝息たてている人間を、羨んでみたくもなる。

 戒莉は仕事をしている時はひどく物音に敏感で、寝ているようですぐに起きる。そのくせ仕事を離れると、枕元で楽団が演奏していても眠り続けるような勢いがある。

「戒莉」

 試みに、名を呼んで肩を揺すってみるが、戒莉の眠りはびくともしなかった。

 ここで誰かに襲われたら、ひとたまりもないぞと、珊揮は苦笑する。

 まあ、珊揮がこんなに近くに居るので、その心配はない。

 同じ寝台で寝るのはやりすぎだとは思うが、戒莉の容態がいつ悪くなっても対応できる。それに宍道たちの残党が襲ってくる可能性も棄て切れなかった。

 それから、夜中に目覚めて、戒莉が生きていることを直ぐに確認するのにも絶好の方法だ。

 頬に触れて、その暖かさを確かめ、唇に耳を当てて、息を確認する。胸の鼓動するのに息をつき、珊揮は己れが弱くなっていることに、溜息を落とした。

 

 

 

「そんなにべたべた触るな。俺は生きてる」

 小さく、珊揮に抗議の声があがった。

 珍しく、戒莉が目を覚ましたらしい。

「まだ夜だよ。寝ておいで」

 珊揮は、やわらくそう言うと、戒莉を眠りへと押し戻そうとした。

「だったら、あんたも寝ろ」

 戒莉の声は、苛立つように響いた。

「ああ、私も寝るよ」

 

 

 朝は、珍しくふいにやってきた。

 

 

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