『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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「蒼夜」

 ふいに、何かが天幕に入ってくる音を感じた。

 瞬間に手が、枕元の脇差に伸びた。

「戒莉」

 名を呼ばれた。

 知った声だ。

 戒莉は、これに警戒を解いた。

「真佳……何かあったのか?」

 

 夜の見張りは、交代で行っている。

 今夜は、真佳が見張りに立っていたはずだ。

 戒莉は、今日は一晩眠れるはずだったが、仕事中は例によって眠りが浅くて、少しの物音でも直ぐに目が覚めてしまう。

「特に異常はなし。交代時間だ。漢将に代わった」

「そうか。早いところ寝ておけよ」

「お前は、眠れないのか」

「今、お前が入ってきたから起きただけだ」

「そりゃ、悪かったな」

 別にそんなことはないと、応えておくべきかもしれなかったが、戒莉は再び眠る体勢に入っていった。

「戒莉」

 真佳は、うとうとする戒莉の肩をつかんで引き止めた。

「なんだ」

 苛立ちが声に出る。

「お前は、珊揮をどう思ってる?」

「は?」

 それが眠ろうとしている者を押し留めてまで尋ねることだろうか。戒莉は、益々苛立った。

「はっきり、しておきたいんだ」

「斬られたいのか?」

 戒莉の手が、先ほど離した剣を掴んだ。

 はっと、真佳は戒莉の手元を抑えた。

「聞いてくれ」

「一言で済ませろ」

 すこし、譲歩した。

「俺と一緒になってくれ」

「断る」

 即決。

 

 

「こんな夜中に、天幕で二人きりの時にこういう嫌がらせはやめろ」

 戒莉は、眠気など吹き飛ばして、盛大に真佳を睨みつけた。

「じゃあ昼間に公衆の面前でなら良かったのか?」

 真佳は、真顔で応えた。

 

 確かにそれは、更に御免こうむりたい。

 が、言いたいことはそういうことではない。

 

「とにかく、俺を弱らせるつもりなら違うやりかたをしろ」

 額を押さえて、戒莉は溜息を落とした。

「お前を弱らせる理由がないだろう。それと、言い間違えた」

「なにを間違えたって?」

 ひとつ息を吸って吐いて、真佳はゆっくりと口を開いた。

「俺と一緒になってくれ、じゃなくて、俺と一緒に仕事をしないか、だ」

「してるだろ。現に、今」

 きょとんとする。

「そうじゃない。つまり、今回だけとか、珊揮を介してとか、そういうことじゃなくて」

「なんだ?」

 戒莉は、眉間に皺を刻んで怪訝そうに真佳を見返した。

「俺は剣はそれほど得意じゃないが、情報の収集については、けっこう力があると思う」

「だから俺と組みたいと、そういうことか」

「そうだ」

「それは俺に、相棒を珊揮からお前に変えないか、とか言ってるのか?」

 戒莉は真佳の胸の内を探り探り、そう口にしてみた。

「そうだ。独り立ちしても良い頃じゃないか。お前も俺も」

「へえ。そんなこと考えてたんだなお前」

 正直驚いたと、戒莉は思う。

「ああ、どうだ?」

 真佳は、身を乗り出し気味に戒莉に迫ってきた。

 

「お前は、俺のことを嫌いだと思ってた」

 ふと笑って、戒莉は真佳をかわした。

「確かに、嫌いだった」

 すんなりと、真佳は認めた。

「珊揮が俺を相棒にしたからだろう」

「……」

 沈黙が、それを認めた。

「それなのに、今度はその珊揮から離れて俺と組みたい? 俺の頭じゃ、お前の考えてることが全然理解できない」

 やはり冗談か嫌がらせなのかと、思わざるを得ない。

「珊揮は確かに頼りになる。それに、ずっと尊敬もしてきた。でも、それだけじゃダメだ。ただ、珊揮を頼りにするだけでは、ダメだ」

 真佳が繰り出す言葉は、強く、そして断定的だった。

 だが、戒莉の心は真佳と同じ方向へは響かなかった。

「でも、お前は今度は俺を、俺の剣を頼みにするんだろ。独り立ちしたいなら、一人でやれ。俺を巻き込むな」

 奇妙なほどに、その声には拒絶が込められていた。

 

 

 

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