その男がそこに居るということは、近くに珊揮が居ないということだ。
夜盗が侵ったおかげで、別荘内をいろいろ調べられた挙句、珊揮が役場に呼び出されてしまったせいだ。
「待たせたな」
男はそう言った。
十日後に来ると言っておきながら、なかなか現われなかったこと男を、確かに戒莉は待っていた。
「なかなか大変だったようだな」
いかにも高見の見物をしていましたという風に、漣浄はそうひとこと発した。
もしかしたら、本当に見ていたのかもしれない。
「まあな」
一言で済ます。
「それで、どうする。仙になるか?」
いきなり本題。
「ああ」
また、一言。
「ずいぶん、簡単に答えるな」
正直、驚いたと、と漣浄は付け加えた。
正直と言う言葉が、この漣浄という男の口から出ると、そらぞらしく聞こえる。
「簡単じゃない。俺にしてはけっこう考えた」
薄く、笑を浮かべる。
この時、戒莉の目が包帯で覆われていることを、漣浄は密かに感謝していたという。もしも、まともにあの顔に微笑まれたなら、奪われる気は今の比ではない。と。
「あんた、俺に誰を殺させようとしてるんだ?」
微笑んだまま、戒莉はそう訊いた。
「聞きたいか?」
「ああ」
戒莉の笑みは、引いていった。
漣浄はやや間をおいて、こう問いかけてきた。
「王朝は、どう滅びていくのか。知っているか?」
唐突だ。
戒莉の問いかけをかわすつもりなのだろうか。どう答えたものかを戒莉が考えあぐねている間に、漣浄は次の言葉を発していた。
「まず王が道を見失う。私欲を貪る。快楽に耽る。政を放棄する。民を虐げる」
淡々と、漣浄は続けた。
「麒麟が病む。やがて麒麟が死ねば、王も死ぬ。そして王朝は滅びるという訳だ」
漣浄の声からは、感情というものが感じられない。
戒莉はこの男が言いたいことが何かを、理解出来ずにいた。
「王が死ぬと簡単にいうが、麒麟が死んで、直ぐに王が死ぬわけではない。その間にも、国は疲弊する。しかも王が死んでも、直ぐに新しい王が立つわけではない。新しい麒麟が生まれて、王を選べるようになるまで、また何年も要する。それでまた、民は苦しみ、死んでいく」
悲惨な事実を連ねる。
「何がいいたいんだ?」
さすがに戒莉も痺れがきれた。
漣浄は、すっと戒莉に近づいた。
その息が、戒莉の頬にかかるほどに。
「麒麟が死ねば、王は死ぬ。だが、先に王が死んだ場合、麒麟は死なない。病は癒え、次の王を選ぶことができる」
事実を積み重ねているようで、その先には戒莉の問いかけに対する答えがあった。
「王がより早く死ねば、それだけ早く国は立ち直る。と、いうことか」
探るように問いかける。戒莉にもようやくもその答えが見えた。
「そうだ」
そう断じる。
ふたりは、沈黙する。
話すべきことは、多いはずだ。
たとえば戒莉がどう仙になるのか、いつ仙となり、それによって体調はどう変化するのか。
そして仙となったあかつきに、いつその役割をどのように果たすのか。
だが、戒莉が沈黙の後に口にしたのは、そういったことではなかった。
「もし、既に他国の仙籍にいる者が柳の王を殺したら、どうなるんだ?」
再びの沈黙。
漣浄の息が戒莉から遠のいていく。
「王自身が他国を侵すわけではないから、何か起きるということはないだろうが、ひょっとすればひょっとする」
「なら、俺はあんたに従うわけにはいかない」
戒莉のその言葉を、漣浄は聞いたのか分からない。
漣浄は、それには何も応えなかった。
客間の開いた窓からは、風が飛び込んで来るばかりだ。