『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『王』

 その男がそこに居るということは、近くに珊揮が居ないということだ。

 

 夜盗が侵ったおかげで、別荘内をいろいろ調べられた挙句、珊揮が役場に呼び出されてしまったせいだ。

「待たせたな」

 男はそう言った。

 十日後に来ると言っておきながら、なかなか現われなかったこと男を、確かに戒莉は待っていた。

 

「なかなか大変だったようだな」

 いかにも高見の見物をしていましたという風に、漣浄はそうひとこと発した。

 もしかしたら、本当に見ていたのかもしれない。

「まあな」

 一言で済ます。

「それで、どうする。仙になるか?」

 いきなり本題。

「ああ」

 また、一言。

「ずいぶん、簡単に答えるな」

 正直、驚いたと、と漣浄は付け加えた。

 正直と言う言葉が、この漣浄という男の口から出ると、そらぞらしく聞こえる。

「簡単じゃない。俺にしてはけっこう考えた」

 薄く、笑を浮かべる。

 この時、戒莉の目が包帯で覆われていることを、漣浄は密かに感謝していたという。もしも、まともにあの顔に微笑まれたなら、奪われる気は今の比ではない。と。

「あんた、俺に誰を殺させようとしてるんだ?」

 微笑んだまま、戒莉はそう訊いた。

「聞きたいか?」

「ああ」

 戒莉の笑みは、引いていった。

 

 

 漣浄はやや間をおいて、こう問いかけてきた。

「王朝は、どう滅びていくのか。知っているか?」

 唐突だ。

 戒莉の問いかけをかわすつもりなのだろうか。どう答えたものかを戒莉が考えあぐねている間に、漣浄は次の言葉を発していた。

「まず王が道を見失う。私欲を貪る。快楽に耽る。政を放棄する。民を虐げる」

 淡々と、漣浄は続けた。

「麒麟が病む。やがて麒麟が死ねば、王も死ぬ。そして王朝は滅びるという訳だ」

 漣浄の声からは、感情というものが感じられない。

 戒莉はこの男が言いたいことが何かを、理解出来ずにいた。

「王が死ぬと簡単にいうが、麒麟が死んで、直ぐに王が死ぬわけではない。その間にも、国は疲弊する。しかも王が死んでも、直ぐに新しい王が立つわけではない。新しい麒麟が生まれて、王を選べるようになるまで、また何年も要する。それでまた、民は苦しみ、死んでいく」

 悲惨な事実を連ねる。

「何がいいたいんだ?」

 さすがに戒莉も痺れがきれた。

 漣浄は、すっと戒莉に近づいた。

 その息が、戒莉の頬にかかるほどに。

「麒麟が死ねば、王は死ぬ。だが、先に王が死んだ場合、麒麟は死なない。病は癒え、次の王を選ぶことができる」

 事実を積み重ねているようで、その先には戒莉の問いかけに対する答えがあった。

「王がより早く死ねば、それだけ早く国は立ち直る。と、いうことか」

 探るように問いかける。戒莉にもようやくもその答えが見えた。

「そうだ」

 そう断じる。

 

 

 

 ふたりは、沈黙する。

 話すべきことは、多いはずだ。

 たとえば戒莉がどう仙になるのか、いつ仙となり、それによって体調はどう変化するのか。

 そして仙となったあかつきに、いつその役割をどのように果たすのか。

 だが、戒莉が沈黙の後に口にしたのは、そういったことではなかった。

 

「もし、既に他国の仙籍にいる者が柳の王を殺したら、どうなるんだ?」

 

 再びの沈黙。

 漣浄の息が戒莉から遠のいていく。

「王自身が他国を侵すわけではないから、何か起きるということはないだろうが、ひょっとすればひょっとする」

 

「なら、俺はあんたに従うわけにはいかない」

 戒莉のその言葉を、漣浄は聞いたのか分からない。

 漣浄は、それには何も応えなかった。

 

 

 客間の開いた窓からは、風が飛び込んで来るばかりだ。

 

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