『勅命だ』
と、その人物は言った。
その言葉を発することができるのは、この世界でただ十二の王だけだ。
何もかもを失って、何もかもを踏みにじられた。
自らの命ですら、下らないものになっていた。
そしてようやく私に出来たことは、たったひとつだった。
私が為したこと。私の罪は、王を殺したことだ。
それは万死に値する大罪。
しかし、誰も私を罰することはなかった。
皆が、王の死を望んでいたからだ。
そして、皆は望むだけで何もしなかった。
私は殺した。
それだけのことだ。
私が王を斬ったのは、国家の為、民の為ではなく、ただ恨みの為だった。
妻を奪われ、娘を奪われ、生きている意味を奪われた。
その憎しみ、恨み。それらを晴らす為だけの、復讐だった。
王を選べぬままに死んでいった麒麟は、私に罰を与えなかった。
そして生きよと、私を縛った。
今、再び、私を縛る声がした。
『勅命だ。死ぬことは許さん』
『一人で生きるのは辛くもあろう。ともに行きたいと望む者があらば、仙にしてやろう。どうだ?』
そう問われたところで、私には誰一人そんな人物は浮かばなかった。
私は総て失っていた。
むしろ、死を賜ることが私の救いであったろう。
しかし、誰も私に死を与えては呉れなかった。
果てしなく続く生、底なしの絶望、私を苛み、私を捻じ曲げる。
生きてなど、いたくはないのだ。
だが死ぬことも、私には許されない。
これは、延々と私に降り注ぐ罰の矢だ。
それだけの罪を私は犯した。
そして、あの男。
あの男にもこの矢は降り続けている。
私が生き続けることで、あの男は許されない。
そうだ。私もあの男も、許されてはいけないのだ。
自分の命すら、自分の自由になどしてはならない。
この世界にひとりだけ。
あの男だけを、私は憎んでいいのだ。
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『勅命だ』
と、その人物は言った。
その言葉を発することができるのは、この世界でただ十二の王だけだ。
新しい王が立った頃、焦土と化した国土には、希望のひとかけらも残っていなかった。
どれ程に素晴らしい王も、道を失い、やがて倒れる。
それを知ってしまった今、新しい王に意味があるとは、とうてい思えなかった。
そして私の生きる意味も、もはや存在はしなかった。
私に命ずる声がした。
『勅命だ。死ぬことは許さん』
絶対の命令。
それすら私には、ただの言葉でしかない。
生きることに何の意味があるのか。
なぜ生きなければならないのか。
それが分からないのに、なぜ私は生き続けているのだろうか。
『勅命だ。死ぬことは許さん』
馬鹿げた勅命だ。
それに従って生きる私も、相当に馬鹿げている。
『一人で生きるのは辛くもあろう。ともに生きたいと望む者があらば、仙にしてやろう。どうだ?』
ともに生きようと決めた者は、既にこの世にない。いかに王でも、死んだ者を蘇らせることはできない。
王には、何も出来はしないのだ。
私に死を与えることも、私に生きている意味を与えることも、王にはできない。
私を殺していいのは、私ではない。
私を殺してもいいのは、あの男だけだ。
私が犯すべきであった罪を、その背に負うことになったあの男。
ただひとり。
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あれから五百余年。
ただひとり。
私が生きる道連れに選んだのは、痩せこけた子供だった。
「なんで俺だったんだ?」
戒莉は、ある時そんなことを聞いて寄越した。
「なんでって、お前は死にかけていたし、助けるにはそれしか思いつかなかったからだよ」
私は、しごく当たり前のことをしたまでという調子で、答えた。
しかし、戒莉はこれには満足しなかった。
「死にかけてる人間は、他にもいただろう。沙苑だってそうだ。他にもあんたが見送ってきた人間は何人いた? それが、どうして俺の時だけ見送れなかったんだよ」
なんだか、命を助けたことが不満であるかのような戒莉の様子に、私は少し戸惑った。
言われてみれば、どうしてなのだろうか。
私は少し考えて、またあの言葉を思い出した。
「私みたいなロクデナシにつき合わせるのは、他の皆には気の毒だったからかなあ」
それを聞いた戒莉は、はじめポカンとしていたが、やがて『それならいい』と言った。
あの王は、こうも言った。
『生きて、生き抜いた先に、死ぬ意味を見出したら死んでもよかろう。生きる意味が見出せたならば、生きてみろ。どちらを選ぶか楽しみにしている』
今、私は生きている。
生きる意味を、私は見つけたのだろうか。
それとも、死ぬ意味が見出せないだけなのだろうか。
戒莉に問いかけてみた。
その答えを戒莉が持っているとは、とうてい思えなかったが、何と答えるかを聞いてみたかっただけだった。
その問いかけに、戒莉はさほど考えずに応えてくれた。
「生きる意味も、死ぬ意味も分からないから、とりあえず生きてるんじゃないのか?」
なるほど。
生きていることは、すばらしい。
『紅い河を下れ 始末記 ~ただひとり~』 了