『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『紅い河を下れ 始末記 ~ただひとり~』

 

 

『勅命だ』

 と、その人物は言った。

 その言葉を発することができるのは、この世界でただ十二の王だけだ。

 

 

 何もかもを失って、何もかもを踏みにじられた。

 自らの命ですら、下らないものになっていた。

 そしてようやく私に出来たことは、たったひとつだった。

 

 私が為したこと。私の罪は、王を殺したことだ。

 それは万死に値する大罪。

 しかし、誰も私を罰することはなかった。

 皆が、王の死を望んでいたからだ。

 そして、皆は望むだけで何もしなかった。

 私は殺した。

 

 それだけのことだ。

 

 私が王を斬ったのは、国家の為、民の為ではなく、ただ恨みの為だった。

 妻を奪われ、娘を奪われ、生きている意味を奪われた。

 その憎しみ、恨み。それらを晴らす為だけの、復讐だった。

 

 王を選べぬままに死んでいった麒麟は、私に罰を与えなかった。

 そして生きよと、私を縛った。

 

 今、再び、私を縛る声がした。

『勅命だ。死ぬことは許さん』

 

 

『一人で生きるのは辛くもあろう。ともに行きたいと望む者があらば、仙にしてやろう。どうだ?』

 

 そう問われたところで、私には誰一人そんな人物は浮かばなかった。

 私は総て失っていた。

 むしろ、死を賜ることが私の救いであったろう。

 

 しかし、誰も私に死を与えては呉れなかった。

 

 

 果てしなく続く生、底なしの絶望、私を苛み、私を捻じ曲げる。

 生きてなど、いたくはないのだ。

 だが死ぬことも、私には許されない。

 これは、延々と私に降り注ぐ罰の矢だ。

 それだけの罪を私は犯した。

 

 そして、あの男。

 あの男にもこの矢は降り続けている。

 私が生き続けることで、あの男は許されない。

 そうだ。私もあの男も、許されてはいけないのだ。

 自分の命すら、自分の自由になどしてはならない。

 

 この世界にひとりだけ。

 あの男だけを、私は憎んでいいのだ。

 

 

 

 

 

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『勅命だ』

 と、その人物は言った。

 その言葉を発することができるのは、この世界でただ十二の王だけだ。

 

 新しい王が立った頃、焦土と化した国土には、希望のひとかけらも残っていなかった。

 

 どれ程に素晴らしい王も、道を失い、やがて倒れる。

 それを知ってしまった今、新しい王に意味があるとは、とうてい思えなかった。

 そして私の生きる意味も、もはや存在はしなかった。

 

 私に命ずる声がした。

『勅命だ。死ぬことは許さん』

 絶対の命令。

 それすら私には、ただの言葉でしかない。

 

 生きることに何の意味があるのか。

 なぜ生きなければならないのか。

 それが分からないのに、なぜ私は生き続けているのだろうか。

 

『勅命だ。死ぬことは許さん』

 

 馬鹿げた勅命だ。

 それに従って生きる私も、相当に馬鹿げている。

 

『一人で生きるのは辛くもあろう。ともに生きたいと望む者があらば、仙にしてやろう。どうだ?』

 

 ともに生きようと決めた者は、既にこの世にない。いかに王でも、死んだ者を蘇らせることはできない。

 王には、何も出来はしないのだ。

 

 私に死を与えることも、私に生きている意味を与えることも、王にはできない。

 私を殺していいのは、私ではない。

 私を殺してもいいのは、あの男だけだ。

 私が犯すべきであった罪を、その背に負うことになったあの男。

 ただひとり。

 

 

 

 

 

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 あれから五百余年。

 ただひとり。

 私が生きる道連れに選んだのは、痩せこけた子供だった。

 

 

 

 

 

 

「なんで俺だったんだ?」

 戒莉は、ある時そんなことを聞いて寄越した。

「なんでって、お前は死にかけていたし、助けるにはそれしか思いつかなかったからだよ」

 私は、しごく当たり前のことをしたまでという調子で、答えた。

 しかし、戒莉はこれには満足しなかった。

「死にかけてる人間は、他にもいただろう。沙苑だってそうだ。他にもあんたが見送ってきた人間は何人いた? それが、どうして俺の時だけ見送れなかったんだよ」

 なんだか、命を助けたことが不満であるかのような戒莉の様子に、私は少し戸惑った。

 言われてみれば、どうしてなのだろうか。

 私は少し考えて、またあの言葉を思い出した。

 

「私みたいなロクデナシにつき合わせるのは、他の皆には気の毒だったからかなあ」

 

 それを聞いた戒莉は、はじめポカンとしていたが、やがて『それならいい』と言った。

 

 

 

 

 

 

 あの王は、こうも言った。

『生きて、生き抜いた先に、死ぬ意味を見出したら死んでもよかろう。生きる意味が見出せたならば、生きてみろ。どちらを選ぶか楽しみにしている』

 

 今、私は生きている。

 生きる意味を、私は見つけたのだろうか。

 それとも、死ぬ意味が見出せないだけなのだろうか。

 

 戒莉に問いかけてみた。

 その答えを戒莉が持っているとは、とうてい思えなかったが、何と答えるかを聞いてみたかっただけだった。

 

 その問いかけに、戒莉はさほど考えずに応えてくれた。

「生きる意味も、死ぬ意味も分からないから、とりあえず生きてるんじゃないのか?」

 

 

 

 

 なるほど。

 生きていることは、すばらしい。

 

 

 

 

『紅い河を下れ 始末記 ~ただひとり~』 了

 

 

 

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