『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『紅い河を下れ 始末記 ~終始~』

 

 

 水上から臨む都の美しさ、夢の中でも、もう望むべくはない。

 擦り切れた国の形は、希望を奪っていく。

 

 

 王がたおれた。

 ひとつの王朝が終わった。

 

 結局、自然のなりゆきかのように、王は命を終わらせた。

 誰かが手を下したわけではなく、王自身がその刃を自らの命に突きつけた訳でもなく、ただそうなるべくして王は死んだのだ、とでも言うかのように。

 

 漣浄に、死んだ王を悼む気持ちはなかった。なぜなら、既にそれは王ではないからだ。漣浄にとっての王とは、現在の、或いは未来の王でしかない。

 

 

「終わりましたね」

 へらへらと頼りなげな笑顔で、実にさらりと、その男は話しかけてきた。

 漣浄は、この漢将という男も、いつの間にか自分と同じくらいの感情しか王に持ち合わせなくなっていることを感じながら、頷いた。

「ああ、だがこれからだ」

「そうですね。何もかもがこれからです」

 漢将は、さっぱりとした顔だ。

 漣浄はその薄情さに、無言で少し呆れてみせた。

「国が荒れ始めてからが長かったですからね。おかげで、この国はもうボロボロですよ。これでようやく先に進めるというものでしょう」

 そうでしょう。と、漢将は漣浄の心中に問う。

「確かに。長かった」

 そうとしか言いようのない時間を無為に過ごした。今は、そう思える。いや、その時もそう感じていた。だが、何もできなかった。いやいや、出来ることはしたが、それで何かが良くなったとは思えない。

「人ができることと言えば、罪を犯す人間を潰していくことくらいだ」

 それも不完全な形でしかできない。そう心の内で補足しながら、漣浄は過去にひとつ、天の意思に背こうとしたことを思い出していた。

 漢将も、同じことを思い出したらしい。

「もし、戒莉があの時に王を斬っていたら、少しはましだったんでしょうかね」

 それがどんなに怖ろしい内容でも、まるで昨日の晩の菜に、もう少し塩をきかせればよかったぐらいの調子だ。

「さてね。いずれにせよ、戒莉は思うようにはならなかった」

 それは決まっていたことだ。それを何とかできるかもしれないと思っていた当時の自分に忠告ができるものならば、してみたいものだと考えて、漣浄は自嘲った。

「なかなか良い考えだと、私は思いましたけどね」

 漣浄の心の内を慰めるかのように、漢将はまた怖ろしいことを吐いた。

「そうか? 所詮、無理な話だったと思うがね。今思えば、ということかもしれないが……珊揮が、あれほどまでに戒莉に執着していようとは思わなかった」

 

 

 何年前のことか、漣浄は王を誅することを企んだことがある。しかも直接手を下すのではなく、何の縁も、しがらみもない手を使って、だ。

 その手の持ち主は、戒莉という。彼は、今もどこかで生きているはずだ。呪わしい程の美しい造作を保ったまま、呪われた生を抱えているはずだ。

 

 仙にすることと引き換えに、戒莉に王殺しを押し付ける。

 確かになかなかよい計画に思えた。

 王を殺すというのは、いかにその王がどうしようもなくとも、なかなか手を出せぬことだ。だが、海客の王に対する思いは、十二国に生まれて生きる者よりは、はるかに希薄だ。そして、戒莉にはことにそういう傾向があった。

 あの時、彼が王の命を絶てば、あの時病んでいた麒麟は死ぬことなく、今頃新しい王が立っていたかもしれない。

 そうであれば、国はここまで疲弊せずに済んだだろう。国は息を吹き返し、今頃は……。

 考えても、せん無いことだ。

 珊揮の目をかいくぐって、戒莉と交渉する内に、戒莉は気付いてしまったのだ。自分が、既に仙であることに。

 何とか珊揮を戒莉の元から引き離そうと、章羊まで引っ張り出した。話があると言って、珊揮を呼び寄せるように指示をした。それで、二人の娘の行く末を保証すると言って。

 だが、珊揮はそれにのっては来なかった。

 章羊の話がたとえ賊の命とりになるような話であったとしても、珊揮は、今は戒莉の元を離れるべきではないと考えたのだ。将来、戒莉がその賊につけ狙われるかもしれないという可能性から、賊の情報は欲しいはずだと踏んだ、漣浄の読みが外れたのだ。

 珊揮は、章羊の話にそれほどの価値がないと判断したのか。はたまた、何かの罠かもしれないと、見切ったのか。それとも、ただ感情にはしったのか。

 珊揮の中の価値感や、行動の理由が、常とは異なっていた。それを、漣浄は読みきれなかった。

 かくして、珊揮は戒莉の元を離れなかった。そして、漣浄の企みも、頓挫した。

 

 

「さて、いつまでも過去のことを思い出していても、仕方がない。何しろ、『これから』だからな」

 漣浄は、微かな後悔をそれで終わりにしようとした。

「そうですね。けれど……」

 漢将は、そう同意しながらも、言葉を続けた。

「戒莉は駄目でしたが、そういう人間を置くことには、考える価値があると思いませんか?」

 細く、垂れ気味の愛嬌のある目の奥に、漣浄は自らの底を覗き込んだような想いがした。

 やや、間をおいて、漣浄はそれに応えた。

「考えておこう。それはそうと、漢将、そろそろ仙になることを考えてくれないか」

 

 

 

 王は死に、また王は現われる。

 たとえその王が、また死ぬ運命の上にいようと、国は続いていくのだ。

 常に、国は始まることができるのだ。

 

 

『紅い河を下れ 始末記 ~終始~』 了





分かりにくい本編を補完してみました。。。すみません。
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