香ばしい茶のかおりが湯気に乗って漂う。
窓の外から飛び込んでくる風は、うっすらと雨の匂いをはらんでいる。
穏やかな昼下がり。
なのに、どうしてこんなに気まずい空気なのだろうか。
久しぶりに会った戒莉は、以前より痩せていて、顔色も良くはなかった。
体の傷はほとんど癒えていて、顔の方も元のとおりだと珊揮は言っていた。
ただし、体力は落ちたままで、左腕は動かず、目は全く見えていないのだとも聞いていた。
目もとを覆っている包帯は、昼の光から目を守る為らしい。
一言で言うと、戒莉は痛々しい様子だった。
そんなことを本人に言えば、すぐさま否定と罵倒の言葉が飛んでくるだろう。それは予想して、真佳はそれを口にしてみた。
「痛々しいな」
戒莉は、顔を上げて見えない目で真佳の方を睨んだかのようだったが、直ぐにふっと顔そらし、何も言い返してはこなかった。
そうして、真佳は言葉をつなぐことができなくなってしまった。
―― きまずい
戒莉が言い返して、真佳が応酬し、それで会話が成り立つかと思っていた自分の甘さが、真佳には呪わしかった。
戒莉は、以前の戒莉とは確実に変っているようだった。
姿や体の様子は見てのとおりだが、それ以外に何かが起こっている。
「なんでお前は、あんなこと言ったんだ?」
沈黙を破って、戒莉が突然そう問いかけてきた。
真佳は、何を言われているのかが分からず、戸惑い、何も言い返せなかった。
「なんで俺と組みたいなんて言ったんだ?」
戒莉は、すぐさまそう言いなおした。
確かに、それはずっと以前から話すべきことだった。いざとなると、真佳はそれを躊躇った。
「俺が邪魔だったのか? 俺を珊揮から引き離そうとしたのか?」
「ちがう」
今まで出てこなかった声が、強く飛び出した。
本当に違うのか。真佳は自分でも半信半疑だったはずだ。
なのに声となって現われたのは、明快な否定だった。
「じゃあ何でだ?」
戒莉は、なおも引き下がらない。
―― 逆だ。いや、違う……
真佳の心の内では、相反する理由がせめぎあっている。
そしてそれを口にすることは、躊躇われた。
やや間をおいて、真佳は低く呟いた。
「あのことは、忘れろ」
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「なんだ、あれは?」
夕餉の席で、戒莉は昼間のことを思い出していた。
結局、真佳は戒莉を誘った理由を明確にしないままに、去っていった。
多少の近況などを珊揮と和やかに話していったが、戒莉とは全くといっていいほど会話らしいものは、交わさなかった。
「何がだい?」
向かいに座っていた珊揮は、戒莉の不機嫌そうにこぼした一言に耳をとめた。
「真佳だ」
「ああ、真佳のことね」
何もかも知っているように、珊揮は納得してみせた。
「真佳は気の毒だね」
珊揮は、溜息をつきながら軽く首をふった。
「どこが気の毒だ? 訳が分からないことを言われっ放しの俺の方が気の毒だ」
戒莉の心中は、正にこの言葉どおりのものだった。
「まあ、私が説明してしまうのは、やはり真佳に気の毒だから、よしておくよ」
結局、戒莉には真佳の何が気の毒なのか分からず仕舞いだった。
『紅い河を下れ 始末記 ~気の毒な人~』 了
『紅い河を下れ』は、これで完結です。
ちなみに、完結している話は、今のトコロここまでです。
ここまで、お読みいただき、ありがとうございました。
『天涯』は構想上、まだ(!)続いていく予定ですが、次話はまだ書きあがっていません。10年くらい前から……
『天涯』は、原作の『十二国記』の新作が出ない時期に、「なら、自分で書いてしまおう」と、不遜な動機で書き始めたもので、ほとんど初めて書いた小説のようなものでした。
なので、まあ、御見苦しい点も多々ありますが、ヤフーのジオシティーズでさらし続けていたのですが、ジオシティーズがサービス終了ということで消えてしまってもいいかなあ。とも、思ったのですが、それもちょっと悲しいので、こちらに転載させていただいてきました。
『十二国記』の新作が出る今年、私にとって既に『天涯』を書く意味は失われてしまっている訳ですが、一応の完結を目指してみたいと、思っております。
更新は、今までより可なり遅くなっていくと思いますが、もしよろしければ、今後もお付き合いいただけるよう、お願い申し上げます。
・・・・・・とはいえ、続きを読みたいという方が、あまりいらっしゃるとは思えないのですが、まあ、ぼちぼちとやっていこうと思っております。
もし、読んでいただける方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。
平成31年2月24日 清夏