『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『紅い河を下れ 始末記 ~気の毒な人~』

 

 香ばしい茶のかおりが湯気に乗って漂う。

 窓の外から飛び込んでくる風は、うっすらと雨の匂いをはらんでいる。

 穏やかな昼下がり。

 なのに、どうしてこんなに気まずい空気なのだろうか。

 

 久しぶりに会った戒莉は、以前より痩せていて、顔色も良くはなかった。

 体の傷はほとんど癒えていて、顔の方も元のとおりだと珊揮は言っていた。

 ただし、体力は落ちたままで、左腕は動かず、目は全く見えていないのだとも聞いていた。

 目もとを覆っている包帯は、昼の光から目を守る為らしい。

 一言で言うと、戒莉は痛々しい様子だった。

 そんなことを本人に言えば、すぐさま否定と罵倒の言葉が飛んでくるだろう。それは予想して、真佳はそれを口にしてみた。

「痛々しいな」

 

 

 戒莉は、顔を上げて見えない目で真佳の方を睨んだかのようだったが、直ぐにふっと顔そらし、何も言い返してはこなかった。

 そうして、真佳は言葉をつなぐことができなくなってしまった。

―― きまずい

 戒莉が言い返して、真佳が応酬し、それで会話が成り立つかと思っていた自分の甘さが、真佳には呪わしかった。

 戒莉は、以前の戒莉とは確実に変っているようだった。

 姿や体の様子は見てのとおりだが、それ以外に何かが起こっている。

 

 

「なんでお前は、あんなこと言ったんだ?」

 沈黙を破って、戒莉が突然そう問いかけてきた。

 真佳は、何を言われているのかが分からず、戸惑い、何も言い返せなかった。

「なんで俺と組みたいなんて言ったんだ?」

 戒莉は、すぐさまそう言いなおした。

 確かに、それはずっと以前から話すべきことだった。いざとなると、真佳はそれを躊躇った。

「俺が邪魔だったのか? 俺を珊揮から引き離そうとしたのか?」

「ちがう」

 今まで出てこなかった声が、強く飛び出した。

 本当に違うのか。真佳は自分でも半信半疑だったはずだ。

 なのに声となって現われたのは、明快な否定だった。

「じゃあ何でだ?」

 戒莉は、なおも引き下がらない。

―― 逆だ。いや、違う……

 真佳の心の内では、相反する理由がせめぎあっている。

 そしてそれを口にすることは、躊躇われた。

 やや間をおいて、真佳は低く呟いた。

「あのことは、忘れろ」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆■◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「なんだ、あれは?」

 夕餉の席で、戒莉は昼間のことを思い出していた。

 結局、真佳は戒莉を誘った理由を明確にしないままに、去っていった。

 多少の近況などを珊揮と和やかに話していったが、戒莉とは全くといっていいほど会話らしいものは、交わさなかった。

「何がだい?」

 向かいに座っていた珊揮は、戒莉の不機嫌そうにこぼした一言に耳をとめた。

「真佳だ」

「ああ、真佳のことね」

 何もかも知っているように、珊揮は納得してみせた。

「真佳は気の毒だね」

 珊揮は、溜息をつきながら軽く首をふった。

「どこが気の毒だ? 訳が分からないことを言われっ放しの俺の方が気の毒だ」

 戒莉の心中は、正にこの言葉どおりのものだった。

「まあ、私が説明してしまうのは、やはり真佳に気の毒だから、よしておくよ」

 結局、戒莉には真佳の何が気の毒なのか分からず仕舞いだった。

 

 

 

 

『紅い河を下れ 始末記 ~気の毒な人~』 了

 




『紅い河を下れ』は、これで完結です。
ちなみに、完結している話は、今のトコロここまでです。
ここまで、お読みいただき、ありがとうございました。

『天涯』は構想上、まだ(!)続いていく予定ですが、次話はまだ書きあがっていません。10年くらい前から……

『天涯』は、原作の『十二国記』の新作が出ない時期に、「なら、自分で書いてしまおう」と、不遜な動機で書き始めたもので、ほとんど初めて書いた小説のようなものでした。
なので、まあ、御見苦しい点も多々ありますが、ヤフーのジオシティーズでさらし続けていたのですが、ジオシティーズがサービス終了ということで消えてしまってもいいかなあ。とも、思ったのですが、それもちょっと悲しいので、こちらに転載させていただいてきました。

 『十二国記』の新作が出る今年、私にとって既に『天涯』を書く意味は失われてしまっている訳ですが、一応の完結を目指してみたいと、思っております。

 更新は、今までより可なり遅くなっていくと思いますが、もしよろしければ、今後もお付き合いいただけるよう、お願い申し上げます。


・・・・・・とはいえ、続きを読みたいという方が、あまりいらっしゃるとは思えないのですが、まあ、ぼちぼちとやっていこうと思っております。

 もし、読んでいただける方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。


平成31年2月24日   清夏 
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