その日、一行はひとつの街に入った。
久しぶりの街だった。ここ数日、砂やら埃やらにまみれてきた一同の心は、しぜんとほころんだ。
だが、戒莉の胸の内は薄暗かった。真佳とは、あれ以来まともな会話を持っていない。それは、実は戒莉にとって大した問題ではなかった。以前も真佳と戒莉は、話らしい話をしてきた訳ではない。むしろどこかよそよそしく、刺々しいものばかりだった。つまり仲が良いということは、なかったのだ。今更、仲違いをするというような仲ではなかったはず……だった。
宿に入ると、戒莉は直ぐに大きめの盥と湯をたっぷりと頼んだ。
今回の旅では、戒莉はまだ一度も人を斬っていない。それゆえに体調を崩すことも、血を洗い流す必要もないはずだった。それなのに自分の体から血の匂いがするような気がしてならない。そんな時、戒莉は池でも川でもどこでもいいので、水の中に飛び込みたい衝動にかられる。だが、今回はその希望を叶えるものが何処にも見つけられずに、ここまで来てしまった。
戒莉は盥に湯をはると、やもたても堪らぬといった風情で着物を床に脱ぎ捨てた。
湯にひと足、ふた足。ふくらはぎの中ほどの深さしかない盥では、体を総てひたすことは、もちろんかなわない。それでも戒莉は、体を出来るだけ縮めて湯の中に浸ろうとした。もしも誰かがそれを見ていたら、かなり滑稽な様子だったに違いない。
それでも、戒莉は出来うる限り深く、沈んでいきたかった。二度と、浮かび上がることのないところまでも。
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戒莉は部屋に入ったまま、食事にも出て来なかった。
真佳は戒莉の部屋の前まで行ってみたが、それ以上踏み込むことはできなかった。
と、微かに水音がした。
―― 湯浴みか……いや、まさか
戒莉が湯と盥を部屋に持ち込んだらしいことは、聞いていたのでそうするのだろうとは思っていた。しかし、それにしては湯が運び込まれてから、時がたち過ぎている。湯などとっくに湯ではなくなっているだろうし、それにつかっているとはとても思えない。いや、戒莉のことだ。それにすら気付かず、ぼんやりしているか、眠り込んでしまっていたとしても不思議ではない。
そう感じた真佳は、躊躇うことなく戸を叩いていた。
はじめは、極控えめに。しかし、反応がないとなると、すぐさま力を入れて叩いた。
「なに?」
ひどく、不機嫌な声が部屋の中から突き抜けてきた。
「夕餉だ」
真佳は短く、そう伝えた。久しぶりの会話だ。
「いらん」
声は、変わらずぶっきらぼうだ。
「なにか食べろ。このところあまり食べてないだろう」
全く口をきいていないここ数日も、真佳は戒莉を見ていなかった訳ではない。視線が合わないようにはしていたが、ちらちらとその様子を窺ってはいたのだ。
「……俺は、いつもあまり食べてないから大丈夫だ」
戸一枚を隔てて、言葉はなおも反抗的だ。
「珊揮から、お前がちゃんと食べるようにしろと言われている。オレが困る」
そうだ。戒莉をかまう理由が、真佳にはあるのだ。それを実行して、何が悪いのだと、真佳は心を強くした。
突然、扉が開いた。
部屋の中から戒莉が白い顔を覗かせる。
髪は結んではいないが、乾きかけているところを見ると、今まで水に浸かっていたというわけでもないらしい。
着物は適当に着てはいたが、寺子屋に居るときに寝起きでふらふらしている時よりはましだった。
「俺が何をどれだけ食うかは、俺自身で決める。珊揮がおまえに何を言おうと、関係ない」
低く、吐き捨てる。
「そういうことは、自分で自分のことが管理できる人間の言うことだ」
戒莉をねじ伏せるように、真佳は言い放った。
「そんなことを……」
戒莉の声は、更に低く響く。
真佳は、思わず一歩さがった。
「お前にそんなこと言われる筋合いはない」
凍りつくような声で、会話の終了が宣言された。