この世界での魔法は理論的なものだ。
魔法や魔術が重要な立ち位置の作品で、譬えば火を生み出したいとする。
原始的な御伽話であれば、明確な設定が存在しないゆえに、火そのものを作り出したと解釈できる。
だが現代において魔法とは、解釈するためには些かややこしい理論を学ぶ必要がある。
詳しくは省くが、まず術式補助演算機から起動式を受信。起動式に変数を追加し無意識領域に送る。次に無意識領域にある魔法演算領域で起動式と変数から魔法式を自動構築。それをイデアと呼ばれるところへ意識領域と無意識領域の狭間から送信。そしてイデアに出力された魔法式がエイドスを書き換え改変する。
結局何が言いたいのかというと、魔法を体現するにはエイドスを書き換え、事象を改変する必要がある、ということだ。
この理論で成り立つ現代の魔法は、その理論ゆえに、始めに述べた火そのものを作り出すことを可能としない。現代の魔法で作り出したのなら、あくまで事象を改変して現れた結果である。
数十年前に現れた超能力。それを理論的に解釈し、魔法として体現した現代。
僕は魔法を魔法とは呼ばず、科学的魔法と呼んでいた。
言わせてもらうと、これが魔法と呼ばれてたまるか、という思い出いっぱいなのだ。
恥ずかしながら、僕は《魔法使い》に憧れを抱いている。小さな頃に読んだ、魔法使いが活躍する外国のファンタジー小説。あれがあったからこそ、今の僕がある。
だから、理論でゴリッゴリに固まった、幻想の欠片もない科学的魔法を、どうしても許容することができなかった。
己が生きる現代。現代の科学的魔法に一方的な疑問をモヤモヤと胸に抱きながら生き、15年と数ヶ月。
僕は国立魔法大学付属第一高校に、一科生として入学を果たした。
口論が聞こえる。
声の主を見るため、英文から目を離す。
「納得できません――」
他人の諍いは、どうしてこれほど心躍るのだろうか。下劣ながらも盗み聞きを続ける。
「如何してお兄様が補欠なのですか――」
ははあ、なるほど。最愛の兄が二科生なのがどうしても納得できないようだ。
一科生と二科生が存在する。二科生は、端的に言うと補欠。一科生の予備軍である。スポーツなら二軍、といったところだ。
差別化を図るためなのか、一科生の制服には八枚花弁のエンブレムが施されているが、二科生の制服にはない。風の噂で、これは教員の発注ミスが始まり、というものがあるが、真偽は定かではない。
僕の制服には、エンブレムがある。
兄妹は仲睦まじい口論をもうしばらく続けるようだ。盗み聞きはそろそろやめて、手元の小説に視線を戻す。
……しかし、マルフォイが今でもネタにされているところをみると、ハリー・ポッターがいかに愛されているかが分かる。マルフォイだけ愛され方のベクトルが違うけれど。
「Voinko istua vieressäsi?」
え。
顔を上げると、同じく第一高校の制服を着た女子生徒がいた。花弁のエンブレムは付いていた。
ゆるくカールした金髪のセミロング。碧色の瞳。明らかに日本人ではないその容姿は、エルフか何かと勘違いしてしまう美貌だった。
「――――――」
そういえばよく見てみると、この学校の生徒は、容姿に限って言えば
この女子から出たであろう言葉は、英語ではない。フィンランド語である。
英語は分かる。こう見えてTOEICは満点だ。
フィンランド語は正直微妙である。一応独学で学んでいる言語の一つだが、対人で使えるレベルかというと、そうでもない。
「E……Ei se mitään.」
なんとか捻り出して、フィンランド人だと思われる女子生徒に言った。
「んふっ、あはは」
で、フィンランド女子は笑い出した。
「発音がなってないよ?」
「な、日本語喋れるなら最初から」
僕の意見を無視し、女子は僕の隣に座った。
ここはベンチ。校舎近くで、生徒の行き来は多い。
先程、この女子生徒は僕に、隣に座ってもいいかと聞いてきた。僕はそれに返した、というやり取りである。
「フィンランド語は独学?」
「まあ、うん。そうだよ」
「どうしてフィンランド語を?」
「なんとなくだよ」
これは嘘だ。個人的にフィンランド語が格好いいから、という些細な理由で安易に学び始めたのだ。こんな恥ずかしい理由は晒したくない。
「ふーん。あ、自己紹介がまだだね」
隣に座る女子は、手を慎ましい胸に当て、自己紹介する。
「アウリ・ペルケ・クラフタ。お父さんがフィンランド人で、お母さんが日本人のハーフ。物心ついたときはもう日本にいたね。お陰で日本語はペラッペラ」
完全なフィンランド人ではなかったが、この際何でもよかった。この女子が周りとは一味も二味も違うということは解せる。
「あなたは?」
「僕もするのか」
「当たり前でしょ。名乗ったんだから、名乗り返すのが礼儀ってもんでしょ?」
「そうかなぁ……僕は、
「それだけ? 趣味とかないの?」
「……まあ、読書かな」
「その本は?」
クラフタに本を渡す。今時珍しく、紙の本だ。
「ハリー・ポッター! しかも英国での初版! 紙の本!」
「知ってるんだ」
「昔、お父さんがブルーレイを借りてきてのを観たけれど、凄く面白かった」
「その本は近所のお婆さんに貰ったんだ」
「へぇ~」
単行本を開き、パラパラと中を見る。
ふと思い出し、僕は右手首の腕時計を見た。
「……まだ時間はあるけど」
けど、時間を潰すものがない。
残念ながら携帯している端末には電子書籍はダウンロードされていない。僕は、今や主流の電子書籍に少しだけ拒否感を感じている。それは何故かというと、ただの個人的な好みの問題である。ただ紙の本が好きなだけである。
「あ、セーイチ。これ読む?」
「ん?」
クラフタは、肩から下げたカバンから分厚い本を取り出し、僕はその本を受け取る。
「まことの華姫……知らない小説だ」
「面白いよ。おすすめ」
「ふむ……」
ここからしばらく、読書タイム。
お互い、一言も喋ることなく集中した。
「新入生ですか? そろそろ――あら、紙の本ですね。珍しい」
「?」
「ん?」
小春日和の空の下。心地よい読書タイムが途切れた要因となったのは、手首に術式補助演算機――俗に言うCADを装着した女性の声だった。
「これは……二冊とも随分と色褪せてますね」
「80年以上昔の書籍ですから。色褪せはもちろん、虫食いや染みなどは至るところに」
「それほど前のものなのですか?!」
女子生徒、恐らく上級生の生徒は、僕の言葉に驚愕を見せた。
ハリー・ポッターと賢者の石は、初版は1997に発売された。今は2095年だから、あと2年でハリー・ポッターシリーズは100周年である。
まことの華姫は……2016年だから、発売されてから80年弱だ。
「あ、これはハリー・ポッターですね。もしかして初版ですか?」
「初版です」
「こちらは?」
「まことの華姫。人形と腹話術師の物語」
これにはクラフタが答えた。
腕時計を見る。入学式が始まる時間まで、残り30分を切っていた。
「そろそろ時間ですね。講堂に行きます」
「もうそんな時間? 読み足りないんだけどな」
まことの華姫をクラフタに返し、クラフタは僕にハリー・ポッターを返す。
目の前の女子生徒は驚いた様子だ。持っている小説がお互いに貸し合っていたことに対するものか、それとも英文の小説が黒髪の日本人のもので、日本語の小説が一見外国人のものという事実に対するものか。
立ち上がり、会釈して言う。
「では、失礼します」
「Näkemiin!」
女子生徒の横を通り、クラフタは手をヒラヒラと振って「さようなら!」と言った。
「あの人、生徒会かな」
「CADを携帯しているってことは、その可能性が高いね」
CADを常時携行を許可されているのは、生徒会役員と、特定の委員会メンバーのみ。
あの女子生徒が、それなりの地位に立っている、ということを意味している。
「それはそうと、一つ疑問があるんだけど、いいかな」
「なに?」
隣を歩く、僕よりも20センチは小さい身長のクラフタに問うた。
「どうして僕に声をかけたんだ?」
僕が座っていたベンチの他にもベンチはあった。他の誰かが座っているベンチもあったし、誰一人座っていないベンチもあった。
そんななかで、どうして僕が座っていたベンチを選んで、声をかけた?
「なんだ、そんなこと?」
「僕のなかでは結構重要だことだ」
「そっか」
僕を見ておかしそうに笑っているクラフタは、意地悪そうな笑みに変えて言った。
「今日の学校が終わったあとは空いてる?」
「……? まあ、空いてるけど」
「よかった。ちょっと会ってほしい人がいるの」
「君は、それのために僕を? 何が目的で……」
「それは私にも分からないの。私の知り合いの男が連れてきてほしいって」
滅茶苦茶怪しい。
「綺麗に分かれているな」
「差別意識強いね、この学校」
座席にも差別意識が色濃く出ていて、前半分が一科生、後半分が二科生。
魔法の世界は実力主義である。一科生と二科生の間にある軋轢は、簡単に解消できるものではないのだ。
「俺が前に座ると邪魔だな」
自慢ではないが俺は周りに比べたら長身で、190センチある。その分座高は高く、後ろの席に座っている生徒の視線を遮ってしまうだろう。
「もうここでいいんじゃない?」
「ここは……」
クラフタが指差したのは、講堂の座席、後半分の一番後ろ。
「目立つな。しかも一科生が二科生の席に座るとなると、それはもう凄そうだ」
「別に誰の席だって決まってるわけじゃないでしょ?」
臆することなく、金髪の少女は二科生側の席に座った。
「おいおい……」
「ほらセーイチも座って」
スオミは他人の、しかも同じ年齢の男子の手を握ることを厭うことはないのだろうか。
グイグイと手を引っ張られ、顔が赤くなっていることを自覚しながら、仕方なく座席の角に座った。
「……」
一番後ろということもあって、それほど注目されることはないようだが、しかし通路を通る生徒からの視線は防ぎようがない。
「目立つなぁ」
「あの子、凄く美人だったね」
「そうだね」
「興味ないの?」
「特には。別段タイプというわけでもないしね。確かに彼女は美人だったけれど、それは別の話」
「ふーん? お母さんは、日本の男は美人がいたら取り敢えずお近づきになろうとするって言ってたけど」
「それはいわれのない偏見だ。……さて」
窓口にて学内用カードにデータの書き込みを終える。
自分が所属するクラスは、ここで判明する。
「A組だ」
「同じだね。じゃあ行こうか」
「……」
クラフタが言う、僕を連れてきてほしいという男とは、一体どんな男なのか。
何も思い当たる節がない。強いて言えば、僕の両親を知る者、ぐらいか。
「命のやり取りは」
「ないない。そんな物騒なことは起こんないよ」
「ああ、そう」
クラフタに連れられてやってきたのは、八王子の隣、奥多摩。
僕の目の前の家屋は、多摩川沿いに佇む二階建ての古い家だ。
「結構移動してきたな……ここが自宅か」
「そ。趣があるでしょ?」
「半フィンランド人に日本の趣を教えられたらオシマイだな」
ほら、とクラフタに促され、瓦屋根の家に入る。
「お邪魔します」
「ただいまー」
玄関でスニーカーを脱ぎ、揃えてからクラフタについていく。
居間に入ると、眼鏡をかけたスーツ姿の男が机に向かって正座していた。
「いらっしゃい。よく来たね」
そう言って僕を迎えた。
「あとおかえり。魔法科高校はどうだった」
「まるでお城。学校とは思えなかった」
「そうかい」
男は僕に座るよう促し、僕は座布団の上に正座した。クラフタは僕の隣に足を崩して座る。
「本当よく来てくれたね。感謝するよ」
「あ、はい」
この男が、僕を呼んだのだろうか。
「私は
「豊川星一です。クラフタさんと同じ第一高校一年です」
市井さんは急須でお茶を注ぎ、湯呑を差し出す。
「ありがとうございます」
一口呑むと、玄米茶だった。うめぇ。
「今日君にここに来てもらったのは、伝えなければいけないことがあるからさ」
「伝えなければならない……?」
「ああ。君のご両親の遺言だよ」
瞬間、雷に撃たれたかのような衝撃が、脳天から体の隅々に渡って迸った。
自分がこの世に生まれ、まもなく急逝した両親の遺言。
自宅からは、いくら探しても見つけることが叶わなかった遺言。
それよりもまず、いくつか聞かなければいけないことがある。
「市せ……沖太さんと僕の両親との関係は、どういったものなんですか」
「仲間。特に君のお父さんとは、同じ集落で生まれ育ち、お互いに切磋琢磨しあい、時には対立した仲だよ」
「そう、ですか」
「言葉に詰まるのも無理はないね。お茶で心を落ち着かせて」
「……」
僕を連れてきてほしいといった男の正体は、両親の知り合いだったのだ。
まだまだ疑惑は残るものの、しかしそれが以外に僕を呼ぶ理由もない。
ひとまず僕は、心を落ち着かせることに集中した。
数分経ち、市井さんはスーツの内ポケットから何かを取り出した。
それは、コンビニでよく見る茶封筒だった。
「では、読んでほしい」
「……はい」
封筒を手に取り、中から紙を取り出した。A4のプリント用紙2枚には、直筆の文章が書かれていた。
クラフタはその様子を、じっと見ていた。
「……」
『こんな形になってすまない。沖太がお前を自宅に招いていることだろう。安心してほしい。目の前の人物は信用、そして信頼に足りる。時間がないから本題に入る。俺と阿月は魔法を使う。多分生きてはいないと思う。伝えたいことはただ一つ。お前は魔法使いと魔法使いの間に生まれた子供だということだ』
『魔法師を目指すも一般人として生きるのもお前の自由だ。好きなように生きていけ。健康には気を遣え。日付が変わる前に寝床につけよ。好き嫌いはいけないぞ。彼女作れよ。無責任な不純異性交遊はするなよ。思い悩んだらすぐに誰かに相談しろ。そして、同胞たちによろしく』
『豊川
『豊川
「……はい、読みました」
「そうか。どうだった?」
「どうだった……て、これは本当に、僕の両親が書いたものなんですよね」
「もちろん。保証しよう」
「質問してもいいですか?」
「答えよう」
「ありがとうございます」
一番疑問に思うことを、口にした。
「魔法使いって、なんですか?」
1700年。フィンランドでは、とある一人の男が魔法の存在を知らしめたことにより、魔法の研究が加速した。そのうち人々は、眼球に魔法陣の刺青をすることによって、一つだけ魔法を手に入れられることを学んだ。
1706年。瞬間移動の魔法を操る一人の魔法使いが、未踏の地、日本に訪れた。そこで見たものは、同じく魔法の研究に没頭する一人の日本人の存在だった。いずれやって来る未曾有の大災害から人々を守るために、大規模な魔法を構築しているその女を見て、これは脅威になりうると魔法使いは危機感を抱き、同胞たちに報告した。フィンランド中に広く知れ渡った魔法使いの日本人。その存在を歓迎する者がいれば、我々の脅威であるとして排除を望む者もいた。
それから数ヶ月経ち、排除を望む保守派の魔法使いで結成された魔法殲滅隊は、日本の魔法使いを滅ぼすために日本にやってきた。場所は甲斐。今の山梨県。富士山の麓で大規模な魔法のための作業をしていた日本の魔法使いを襲撃。日本人は不意をつかれ、首を断たれ殺されてしまった。保守派の魔法使いたちは、脅威を排除したとして喜び合ったが、しかし考えが及んでいなかった。日本で魔法を研究していたのは、あの一人の女だけではないということを。
殺されてしまった日本の魔法使いの同胞らは、これにひどく憤慨した。魔法を駆使し、執念で殺人犯を突き止めた。犯人がフィンランド人の男であることが判明したと同時に、日本の魔法使いたちは魔法の存在を知る者が日本以外の国にもいることを理解した。
少しばかり経ったある日の夜。日本の魔法使いの一人が、フィンランドへ降り立った。恨みと憤怒を胸に、同胞を殺した魔法使いの目を穿ち、魔法の原動力である眼球を潰したのだ。刺青をしていない眼球も潰し、耳も壊し、意思疎通を取れないようにした。
日本からの仇討ち。フィンランドの、保守派の魔法使いたちは、これを日本の魔法使いからの宣戦布告と捉えた。フィンランド中に、自分たちが行ったことを隠し、あたかも日本が先にやってきたことだと捏造して知らせたのだ。それにより、ほとんどの魔法使いが日本を敵であると認めた。
そして始まったのは、魔法使いたちの争い。人知れず行われた、374年にも及ぶ無益な争いだった。やられたらやり返す。やり返されたらやり返す。そんな子供の喧嘩のような理屈の争いだった。
街を燃やされたら街を燃やし返す、というふうに。人を殺されたら人を殺し返す、というふうに。
時間が経つにつれて、いつの間にか争う理由が変わっていった。世代は変わり、大人たちは子供を焚きつけるために、『日本は我々から魔法を奪おうとしている』とデタラメなことを吹き込んだ。
フィンランド人の殺人行為から始まった争いは、魔法の主権を求めた争いへと発展していったのだ。
2080年3月25日。フィンランドと日本の争いに、遂に終止符が打たれた。
日本の魔法使いたちは、フィンランドへ大規模侵攻を計画していた。同じくフィンランドの魔法使いたちは、国の規模で侵略を計画していた。仮に二つの計画のうち一つでも実行されたら、これは魔法使いだけの問題ではなく、
その事実を知り、考えうる未来を危惧した魔法使いが日本に二人いた。二人は己の命を犠牲にして、ある魔法を発動した。
その魔法は、魔法に関連する物、出来事、人の記憶、眼の刺青を、地球上から全て消失させた。
二人の持つ魔眼が発動する魔法は、何もかもを消失させられるゆえに、誰からも恐れられた魔法《消失》だった。
生命力すらも魔法を使うための魔力に変換し、全身全霊をもって魔法を酷使した二人は、魔法が消えた世界を見届けて、まもなく力尽きた。我が子を残して死んでいった。
「そして誰にも知られることなく、世界から魔法は消えたのだった」
「……」
言葉が出ない。僕の両親が魔法使いで
市井さんの話が事実だったとしても、色々な箇所に疑問が残る。
「質問していいですか」
「なんなりと」
「では……話に出てきた魔法というのは、現代の魔法、つまりCADなどで発動するような魔法とは違うもの、で合ってますか?」
「ああ。魔法師が現代の魔法使いならば、こちらは
「僕の両親が発動した、その、消失の魔法ですけれど、限界を超えなければいけなかったのですか?」
「二人は消失の魔法を使うことができたが、魔法の有効射程が狭くてね。二人共北海道を中心からギリギリ覆う程度だった」
それでも十分広いと思うけれど……とは、今は言わない。
「魔法を研究しているのは、フィンランドや日本だけ、というわけでもないだろう。陰に潜んで、ひっそりと研究している筈だ。だから地球全体に消失の魔法を届かせる必要があった。ゆえに二人で力を合わせた上、生命力すらも魔法を動かす魔力に変換した」
「……」
「人間に備わっている生命力は、魔法の観点から見たら絶大な力を持っているんだ。これは長年魔法を研究していたあの二人だけが知っていたことなんだ」
「……」
「その遺書は、二人が僕に託したものでね。物心がついたあとに読ませてほしいって頼まれたんだ。そのために、私が保有する魔法の記憶だけは消さなかった。これはあの二人から信頼されてる事の証明で、非常に光栄に思うよ」
「……そう、ですか」
と、ここで気づいた。
魔法を知っている人が、僕の隣にもいるじゃないか、と。
そのことを表情で察したのか、市井さんは僕が質問する前に話してくれた。
「アウリは特別で、生まれた時から眼に魔法陣をもっていたんだ」
「生まれた時から……?」
「お父さんが元魔法使いなんだ。本人は記憶を消されちゃったから今は忘れてるけどね」
「『魔法使いの子供は、胎内で魔力を溜め込む。魔力は眼球に溜まりやすい。ある一定まで魔力を眼球に溜め込むことができたら、その時点でどちらかの眼球に魔法陣が書き込まれる』と、大昔の文献に書いてあった。その文献はもう消えてなくなったけどね」
「魔眼や記憶が消えても、過去は消えたわけじゃない。昔に魔法使いになって、記憶と魔眼はなくなったけれど、魔力は体内に残っていたってことね」
「え、でも魔法に関連するものが消えたってことは、魔力も消えるものでは……」
「魔力は、眼の刺青があって初めて使われるようになるものなんだ。だから、あの二人は消失する物から省いたんじゃないかな。それに刺青といっても、特殊な道具を使わなければいけない。普通の刺青の道具で行ったら確実に失明する」
「あ、前にそんなニュースをネットで見たことがあります」
「それは……また気の毒なニュースだが、まあいい。話を戻そう」
市井さんは、空になった湯呑みに玄米茶を注いだ。
「『しかし通常、眼球に刺青を書き込めるほど魔力を溜め込むことができる胎児はいない』とも例の文献には書いてあってね。アウリは魔法の適性が極めて強かったってことだ」
「クラフタさんは、本当に魔法が? 現代の魔法ではなく」
「使えるよ?」
クラフタは左の瞼をパチパチと二回瞬きした。
レスポンスを全く発生せずに、ガタっと音を立てて向かいの部屋から居間に入ってきたのは、箒だった。
箒だった。
箒だった。
「箒が飛んでる!!??」
そう。西洋箒が飛んできたのだ。
すーっと、滑らかな動きで飛んできたのだ。
「セーイチ驚き過ぎ」
ケラケラ笑って、クラフタは立ち上がると、箒の上に飛び乗った。どう見ても不安定であろう箒の上に片足で立ってみせた。更に、狭い室内で、立ったまますーっと飛んでみせた。
僕は唖然としてそれを見ていた。
飛行魔法は、加重系魔法の技術的三大難問の一つとして数えられていたほどの、実現が困難な魔法である。
しかし、目の前の少女は、それをいとも容易くやってのけている。
これは、まるで、まるで、ハリー・ポッターではないか。
「どうよセーイチ、現代の魔法における難問、加重系魔法の技術的三大難問の一つが実現している様子は? まあこれは現代の魔法じゃないんだけどね」
「あ、ああ、分かってるよ。CADも見当たらないし」
アウリは箒から飛び降りる。そして箒は、まるで意思を持っているかのように飛んでいき、向かいの部屋の片隅に収まった。
「このように、古の魔法使い達が使った魔法は、魔法師が使う魔法――CADを用いた、エイドスの書き換えを行った結果ではない。エイドスを介さない全く不思議で不可思議なものなのさ」
「な、なるほど……」
心を落ち着かせるために、一口しか飲んでいない玄米茶を飲んだ。一気飲みした。
しかし、残念ながら落ち着かなかった。
「ふぅ……」
「セーイチ」
「なに……ほぁ?!」
「ほらセーイチ。私の眼を見てよ。左眼」
クラフタが座った左を見ると、至近距離に顔があって、危うく鼻と鼻が当たりそうだった。驚いてすぐ顔を近づけたが、逆にアウリが近づいてきてドギマギした。
「ひ、左眼?」
「魔法陣の刺青。厳密に言ったら私のは刺青じゃないんだけどね」
顔真っ赤だろうなぁ、なんて思いながら、チラッとクラフタの左眼を見る。凝視するのは恥ずかしい。僕が。
「う、うん。確かに、魔法陣があるね」
クラフタの青い瞳には、瞳孔を囲うように八芒星の魔法陣があった。魔法陣は紫色だった。
「これがあるから、私は魔法が使えるの。仮に目玉くり抜かれたり潰されたりしたら、私は魔法を使えなくなる。まあ今の時代、そんなことをする悪逆非道はあんまりいないと思うけど。日本では」
「いや、どうかな……でも、うーん。どうだろう」
人間誰しも、心の奥底には悪逆非道な心を持っているものだと思うが。特に小学生のアレ。アリを潰したり、カエルの口や肛門に爆竹を突っ込んだり。あれは悪逆非道ではなかろうか。
「あと……お二人、どうやって出会ったんですか?」
「あれは5年ぐらい前のことだったかな。ネットにアップロードされたある動画が話題になったんだ」
「どんな動画ですか?」
その質問にはクラフタが答えた。
「森で、私が箒で飛んでいるところを隠し撮りされた映像」
「なんと」
「その映像を見て、これは僕が知る魔法かもしれない、って思ってね。飛行魔法は、現代の魔法では実現できてないしね。すぐに僕は魔法を使って、アウリに会いにいった」
「あ、しせ……沖太さんの使う魔法って、何ですか」
「私の魔法は《瞬間移動》だよ」
瞬間移動と聞いて、僕はドラゴンボールやドラえもんを想像した。
「瞬間移動ですか……フィンランドの、あの」
「瞬間移動は、古の魔法界隈では、割とポピュラーな魔法だったよ。その分瞬間移動の規制はとても厳しかったけれどね」
「そうなんですか」
「瞬間移動する位置は結構大雑把に決めることができて、例えば『今アメリカの大統領がいる場所』に移動したければ、そう頭に思い浮かべて魔法を使うと、アメリカの大統領がいる場所に瞬間移動できる」
「地名じゃなくてもいいんですね」
それは便利だなぁ、と僕は思った。
つまり『国立魔法大学付属第一高校の生徒会長の自宅』とか『第一高校最強の生徒の通学路の中間地点』とかでも一秒と経たずに瞬間移動できるわけだ。
「そう。だから私は『この動画に写っている少女が今いる場所』に瞬間移動したんだ」
「そのとき私は、見物客とか政府の人とか魔法師の人とかが来ないように場所を変えて魔法の練習をしてたんだ。確か埼玉の森で」
魔法使いらしく、森で練習をしていたのだろうか。いやでも今の時代、至るところに監視カメラが設置されている。森など、誰も立ち入ろうとはしない場所は練習に持ってこいなのだろう。
「休憩してたら急に目の前に現れてさ。驚いて箒飛ばしちゃった」
「丁度鳩尾に当たったよ。それはもうメコッと」
「うわぁ」
「悶絶してたら箒を突きつけて脅されてさ。必死に弁明したよ。『僕は君と同じく魔眼を持つものだ。信じてくれ』ってね。当時10歳の少女に対してだよ?」
「それはとてもおかしな画ですね」
「必死な弁明の甲斐あって、なんとか信じてくれたアウリに、これまでの歴史と、魔法について教えて、僕の連絡先を教えたあとに僕は自宅に戻ったよ」
「この家は私の家であって、沖太の家じゃないよ。沖太は秋葉原に住んでる」
「今日私がここに来たのは、星一君の両親の遺書を渡すため。そして古の魔法の歴史と、君の正体を伝えるため、だね」
「なるほど」
他に聞きたいことはあるかな? と市井さんが聞いてきたので、もう何個か質問する。
「僕の両親は、どんな人でしたか」
僕が生まれた日に、二人は死んだ。親の顔など覚えている筈もなく、声を聞いた覚えもない。ましてや二人の人のなりなど、知る由もない。
「君のお父さんは、自分に厳しい人だった。いつも自分に、何かしら目標を立てて生活していたね。これじゃ駄目だ、良くならないって、いつも口にしていたよ。そして君のお母さんは無口で、他人の前では表情を変えなかった。僕の前でも変えなかった。彼女の無口無表情が美しくて惚れたそうだけれど、自分に見せてくれた微笑でハートを鷲摑みにされたそうだ。それに、二人揃って消失使いだから、周りから避けられてたことの辛さを理解し合える仲だったね」
「そういうこともあって結婚したんですね」
「正直衝撃的だったね。まさかこの二人が結婚するなんて! ってね」
「……」
「分かりました。ありがとうございます。最後に一つ聞きたいのですが」
「なんだい?」
「僕を育ててくれたあの婆さんは、誰なんですか?」
「ふむ。あの丸い眼鏡のお婆さんは、普通のご近所さんだよ。君の両親が魔法を使う前に、育ててくれと強く頼んだのさ」
「そうですか。ありがとうございます」
時計を見ると結構時間が回っていた。窓から外を見ると、もう真っ暗だった。
「こんな時間まで引き留めてしまってすまなかったね。私はもう話すことは話した。君も明日からの生活に備えてくれ」
「はい。では、失礼します。貴重なお話をありがとうございました」
「では失礼するよ」
そういうと市井さんは、僕が瞬きしたあとにはもういなくなっていた。すごい、これが忘れ去られた魔法か。
「セーイチ。送ってくよ」
「いや、いいよ。一人で帰れるから気にしないで」
「違うよ」
「?」
何が違うんだ?
現在僕は、東京の上空を飛んでいる。
他でもない、箒で。
「うわわわわわっ!? 落ちる落ちる!!」
「大丈夫大丈夫。私にしっかり摑まってれば落ちないから」
「そういう問題じゃああああああああ!!」
僕が言っている間に、箒は更に加速した。
この状況、金髪碧眼の美少女の背中に密着して肩を摑むという、結構羨ましがられる事態だが、そんなものを気にしてはいられないぐらいに追い詰められている状況にあった。
怖いー! 落ちるー! 風圧やばいー!
「怖がるセーイチも悪くないね」
「あああああああああああー!」
自動車の倍以上の速度で飛行し、自宅に到着したまでにかかった時間はものの数分だった。しかし僕にはその時間がとても長く感じた。
「はーいお疲れ。箒のフライトはどうだった?」
「もう十分だよ……」
風圧でボサボサになった髪の毛を手櫛で整えながら答えると、クラフタは笑った。
「じゃ、また学校でね! Heippa!」
言うとクラフタは頭のトンガリ帽子を深く被って、一気に加速し、大都会の夜に消えていった。
「……」
ハリーポッターとは少し違うけれど、現代の魔法とも違う、れっきとした“魔法使い”は存在していたのだ。
魔法使いの少女との出会いは、この僕の将来に影響するかもしれない。いいか悪いかは、ともかくな。
劣等生の小説を書きたい、と思ったのが数ヶ月前。出来上がったのがこの小説。どこかで見たことあるような、それでいてガバガバの設定に苦笑する。勢いで書いたから読み返してもいない。よって矛盾もあるだろうが、気にしないことにする。
しかし、魔法科高校の劣等生は、二次小説にするには設定が難しい作品だが、見事二次小説を書いてみせる執筆陣には脱帽する。私もそんな人間になりたいものだ。
では、さようなら。