騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
数日後に控えた湘南大付属との対戦に向け、
まずスターティングメンバーが発表される。
GK 1番 紅林
LSB12番 桜井
CB 4番 海王寺
CB 5番 三上
RSB 3番 八雲
CMF 6番 織田
CMF 7番 兵藤
LMF20番 逢沢
RMF 8番 宮水
OFM10番 荒木
FW 13番 高瀬
ベンチ入り (GK)16番藤堂、19番李、(SB)17番中村(CB)14番錦織、15番 不動(MF)、2番 沢村、18番 的場、(FW)9番 火野、11番 工藤
ここで江ノ島高校は4-2-3-1の陣形で試合に臨むことになる。ワントップには公式戦初先発の高瀬。トップ下は荒木。右サイドは宮水。そして左サイドは2戦連続でスタメンの逢沢。
「―――――――――――」
スタメンに選ばれたことに喜びの表情すら見せない逢沢の姿。
―――――駆? 最近元気がないけれど……
美島は笑顔を見せない彼の姿に心配するが、どうやって声をかければいいのかがわからない。下手に何かをして悪化させたらチームに迷惑がかかる。
「―――――――(思った以上にあの夜の出来事が深刻かもしれないな)」
それは日比野との夜の邂逅の時ではない。
時間が少し進み、この瞬間から遡ること前日。
世界標準レベルを垣間見た彼は、今まで見たことがない飢えを覚えた。
じっくりとポストプレーの手本を見たい高瀬が動画で動きを見るために逢沢と宮水だけとなった自主練習中、
「だいぶ形になってきたな。その奥の手」
「う、うん。未完成だけど―――――使えるシチュエーションが限られているから―――」
駆と美島が練習していた幻のフェイント。その反復練習を行っていた二人。まるで選手とコーチのような間柄。
「まあ、使い処は限られているからな、現状。うーん、もっと改良が必要だな」
何とか実践的な仕様に改造したい。そんなことを考えていた時、
謎の覆面男が逢沢に勝負をかけたのだ。
結果は惨敗。日本人離れしたボールコントロールを前に、駆は翻弄されていた。
「――――――ッ!」
打ち負かされた駆は絶望を覚えるどころか、激しく心を揺り動かす。以前のように相手を認め、自分の矮小さを感じるばかりではない。
がむしゃらに、ただ目の前の強敵に一矢報いてやると言わんばかりの凶暴さ。
―――――俺も参加したかったが、駆にご執心の様、だけど
このレベルの相手と戦えるチャンスが目の前にあるのに、見向きもされない。宮水は駆の後でもいいから戦いたい。
宮水は闘志を燃やしているが、別にレベル云々の話ではなく、覆面男ことレオナルド・シルバが―――――
そう、世界の有望株筆頭と言われた男が日本で唯一認めたファンタジスタの色を受け継ぐ選手に興味を持っていただけの話なのだ。
「――――――確かに上手い。が、あの時のお前はこんなものではなかったはずだ」
ドクンッ、
視界が揺れた。何か見えてはならない景色が見えた気がした。
宮水の脳裏には、見覚えのない自分の姿。
駆の脳裏には、兄と死闘を演じた試合の景色が―――――
「――――――っ」
身に覚えのないプレー、身に覚えのない記憶。すべてが無の状態で行われた辻堂学園戦で見せた己のプレー。
映像で見た自分は、まるで兄の様だった。かつて憧れた、そしていまだに想像するあこがれの存在。
唯一無二の選手像。
「俺は、お前の中でスグルが息づいているのを知っているゾ……ッ」
なんで?
なぜ、その事実を知っているのか。それはカウンセラーと家族と数人しか知らない事実。最近では兄を背負っているとまで言われ、自分の中で息づいているとさえ言われた。
「僕は―――――兄ちゃんじゃない!!」
あの選手はもういない。あれほど日本の将来を豊かにできる中盤の選手はもういない。
そして、間違っても自分がそんな存在に、”簡単になれる”はずがない。
「―――――だが、お前にあれが出来るのカ?」
ドクンッ!
その言葉で、頭に血が上る。心臓の鼓動が早くなる。何かスイッチが切り替わったように、景色の見え方が変わっていく。
「―――――う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
感情の爆発とともに、目の前の相手を打ち負かす。超えて見せるという意地が、駆を支配する。
何が何でも、絶対に、逢沢駆として出し抜いてやると。
―――――体が熱い。いつもよりも体がよく動く
それは辻堂学園戦で感じたあの感覚と同じ。何かが変わる。変えられていくような感覚。
—————ヤッツケテヤルッ!!
まるで麻薬のような、心地良い言葉。穏やか性格だったはずの彼にとって、劇薬のような甘い言葉が、彼を支配していく。
「―――――逢沢?」
宮水は、ボールタッチの動きから変わっていく駆の姿を見て、驚愕していた。
――――あれは、辻堂との試合で見せた動き? なぜ今になって――――
まるであの姿は、あの男がそこにいるかのようではないか。
そして――――――
「――――――!?」
連続シザースからのマルセイユ・ユーレット――――――
—————そこまでか————なっ!?
切り返しと見せかけた、ダブルタッチ。重心をずらすようなフェイントで、駆はシルバの裏をかき、抜き去るのだ。
それを見ていた青葉は普通ではない動きに目を見張る。
—————駆は最後まで、シルバの動きを見ていた。そして、その動きにシンクロさせるかのように、彼の逆をこれ以上ないタイミングで突いたのか。
鮮やかなフェイントの複合技。まるで一つ一つのフェイントが楔となった動き。個の攻防の最中、駆の思考速度は、レオナルド・シルバを圧倒していた。
「―――――――っ!? なにが――――」
そして抜いた瞬間に集中が途切れたのか、いつもの口調で、いつもの雰囲気に戻る駆。
シザースで左右の揺さぶりをかけ、シルバの動きにプレッシャーをかけた駆。
そして右に行くと見せかけてのキックフェイント。この瞬間にボールの動きが制止し、駆の動きも一瞬止まる。しかしシルバは揺さぶられている。
ここでドラッグバック。右足の裏でボールを下げ、切り返しの動きを見せた駆に当然不安定な姿勢で猛追するシルバ。
ここで駆には二つの選択肢があった。シルバの釣りが鈍ければこのまま切り返して抜き去ることが出来る。
そして今回はシルバの反応が良かった。
ドラッグバックからのルーレットターンによって、まるでシルバが駆から逃げているような動きに見えてしまう。
が、そこまでは読んでいたシルバ。そこで抜かれるようならばブラジルの至宝と呼ばれるわけがない。
そんな格上のプレーヤーに対し、駆は魔法でも使ったのか。まるでシルバの動きを知っていたかのような動きで、逆を突いたのだ。
駆が最初にドリブルの悪癖を克服したフェイント、ダブルタッチで。やはり、駆のスピードとこのフェイントの相性は良いらしい。
フェイントと読みの応酬を制した目の前の男は、
果たして逢沢駆なのだろうか。
ここまでのことを、彼は今までできていたか?
「――――――ルーレットを決めたのは二度目か――――しかも、連続シザースからの複合技。止めのダブルタッチ」
今までそんな駆のプレーは見たことがないし、試した瞬間すらなかった。
足元の技術の高い彼だが、そんな発想すら生まれなかったし出来なかったはずだ。
「――――――その感覚が、それこそ俺が日本に来た理由の一つダ。」
抜かれたシルバに油断がなかったと言えばうそになる。現に逢沢が謎の変化をするまで期待外れに終わると考えていた。
しかしどうだ。直前で彼の動きの質が極端に変わった。やはりあの男の息吹は途切れていない。
「―――――俺は今、蹴球学園にいる」
「―――――っ」
宮水の頭がまたしても覚えのない景色を映す。
――――頭がおかしくなったというのか、俺は―――――
今の自分は江ノ島の一員だ。間違っても蹴球学園の選手ではない。
――――知らない
そんな自分は知らない。
―――――そんな俺は知らないっ
優勝杯を掲げる自分の姿など知らない。蹴球のユニフォームで活躍する自分など知らない。
「――――それに、まさかスグルが認めた存在がこんなところにいたとは思わなかったよ。あの時の雪辱もかねて、総体の舞台でリベンジを果たさせてもらうヨ、アオバ」
「―――――スグルにしか目がいっていないと思っていたが、買いかぶり過ぎじゃないのか?」
先ほどの映像を脳裏から消し、若干不機嫌な目でシルバに尋ねる青葉。
「謙遜は嫌味だヨ、アオバ。あれほどの足と、技術を持つ選手が日本には君一人しかいないことを自覚すべきだ」
シルバには、サイドを駆け抜け、カットインで何度もブラジル相手にゴールを脅かし、2得点を挙げた宮水を注視する動きがあった。
高校ではもはや相手を寄せ付けない質の高さ。選手の間では潰し甲斐のある日本人が出てきたと考えていた。
「俺たちブラジル代表と比べても、お前とスグルは抜きんでていた。だが、スグルの言うエリアの騎士は、お前ではないと言っタ」
あれほどの資質を持っていながら、しかし彼はエリアの騎士ではない。
「お前はフィールドを疾走する風。スグルはオレに、そうお前のことを聞いている。そして、おそらくその通りになってきていル」
エリアに迫る者。すべてを驚愕させる不可思議な存在。
エリアの騎士がゴール前で仕事をするのに対し、その風は試合の流れを変える一陣の風。
「フェノーメノ。君がその名を背負うに足る存在だとネ」
おだてられるのは好きではない。宮水は、挑戦的な瞳でシルバにこう切り返す。
「―――――なら総体でその名前を証明させてもらう。勝利とともに」
「―――――総体で会うのが楽しみだよ、アオバ」
それからだ。逢沢は自分の動きを確かめるようにプレーしていた。まるで幻影を求めるかのように。
――――殻を破るのか。それとも器用貧乏になるのか
ここでアドバイスできることは少ない。
そして、その命題は簡単ではないことも。
「―――――最近駆の様子が変わってきているような」
兵藤は、動きのキレが増してきている逢沢に頼もしさを感じているが、何か他者をだんだん寄せ付けなくなってきた雰囲気を不審に思っていた。
「ああ。なんだか思いつめる表情が多くなったよな。ちょっと前の高瀬みたいに」
火野も、逢沢の変化を敏感に感じていた。
「ちょっ、少し前の俺ってそんな感じだったですか!?」
心外だ、と文句を言う高瀬。しかし、後でいろいろと言いくるめられる。
「プレーの幅も確かに。生活習慣の変化が選手としての変容につながっているのなら、いい傾向じゃないんですか?」
気を取り直し、高瀬はその変化がいいと述べる。
「―――――少し前のあいつは、スタメンに選ばれて喜ぶような奴だったのになぁ」
荒木も、可愛げのある側面が失われていくことに、寂しさを覚える。
そして、逢沢の変化に誰も口出ししない中、試合当日を迎えることになる江ノ島イレブン。
日本では総体予選が行われている中、ブラジルの地では4年に一度行われるワールドカップでコートジボワールと戦う日本代表。
前半、日本のエースである花森の先制ミドルでゴールを決める。ドイツ一部リーグの強豪、ヘルタ・ベルリンでの活躍そのままに、日本を牽引する。しかし、持田不在の日本は攻め手に欠き、彼の勢いをうまく活用できない。
そして何度も決定機につながりかねないチャンスを作られ、次第に劣勢へと追い込まれていく。
後半25分。コートジボワールのシステム変更直後に起きた、日本のクロスボールからの失点。
そして立て続けに連続失点を許し、気づけば2点ビハインドの展開となっていた。まるで、2006年の悪夢の再来ともいえるあの試合を思い出させる。
「中央防ぎきれていないね」
「――――――中央のターゲットマンが増えたことで、ディフェンスのずれが起きたんだ」
青葉は、颯とともに試合を見て判断した。
「確かに左サイドであそこまで崩されるのは問題だが、本質はそれだけではない」
仮にクロスボールを上げてもしっかりマークがついていればいずれの失点も防ぐことが出来た。
「ディフェンスが対応するまでは左サイドが粘ってほしかったというのはあるかな。ただ、前半から左SHは守備に終われる時間が多く、やけにサイドバックが高い位置にいたようにも見える」
サイドバックの攻撃参加は現代サッカーにおいても別におかしいことではない。しかし、サイドハーフの疲弊を見るに、過剰なほど行われていたのも事実だ。
「4-2-3-1は基本的にサイドハーフの運動量が求められる布陣なんだ。90分間フルで活用となると、できる選手も限られてくる。サイドでプレーできる選手を投入するべきだったかな。しかし、今の代表はそんな簡単な采配でうまくいくわけでもない」
ではだれが、サイドのケアをしていたのか。
そのカバーをボランチの選手が前半は行っていた。空いたサイドをケアするバランサーがいたのだ。しかし、後半になるにつれて運動量は落ち、替えの効かない選手であったために対応が遅れた。
敗因は、そのボランチの替えとなる控え選手がいなかったこと。劣勢となってバランスが崩れた際に生じた守備の穴を、ケアできなかったことだ。
恐らく監督もそれをわかっていた。しかしわずかな遅れが致命的な展開を生み出してしまった。
「――――あくまでフルでの映像を見た俺の私見だよ。サイドバックが上がらざるを得ないほど、日本は枚数が足りなかった。そのリスクを背負わなければならないほど、攻め手に困っていたんだ」
とはいえ、実力的な差はほとんどなかった。チーム全体の意思統一がしっかりしないまま後半に入ってしまったことが敗因。コートジボワールは逆転までの展開を全員で共有していたことが勝因につながった。
個人の力で負けていると叫ばれているが、この試合はチームワーク、ベンチワークでも負けていたといっても過言ではない。
「―――――日本は次の試合に勝てそう?」
颯が青葉に尋ねてくるが、どことなく察しているような雰囲気だった。
ブラジルワールドカップでの日本代表の次の相手はギリシャ。前評判では惨敗してもおかしくない相手だ。もしくは完封負けすらあり得る相手だ。
「――――ギリシャ次第かな。厳しいことを言うけど、勝率はかなり下がるね」
日本代表の強化試合をリアルタイムで見たかった逢沢駆も彼らと同じように映像を見ていた。
「―――――――――――」
―――――結果がすべてなんだ
ここから4年後のメンバーに選ばれたとすれば、自分は19歳。19歳の自分は何をしている。どのリーグでプレーしているのか。
――――個の力じゃない。連携でもないんだ
あらゆる視野の広さで負けている。視野広いからパスコースを見つけることが出来る。気づき、判断し、行動する速度が速いだけ。
サッカー脳が足りない。もっとスピーディーに、もっと冷静に。心は熱く、頭は冷静に。
「駆兄?」
妹の美都が声をかけるまで気づかなかった駆。険しい表情が多い彼を心配していたのだ。
兄の傑にも似た、鋭い眼光で試合を見ている。あの明るい逢沢駆ではない。
心臓移植をしてからの逢沢は何かが変わっている。
「――――――ごめん。さすがにリアルタイムでは見れなくてさ」
もうニュースで知っているはずの試合を見ている駆。ここで作り笑いをしてしまう。
「―――――日本、負けちゃったね―――――」
辛そうにその事実を悲しむ美都。サッカーに詳しくはないが、兄たちが情熱を注ぎ、一つの到達点でもある日本代表の戦いぶりに落胆しているのだ。
美都は考えてしまう。もし、逢沢傑のような存在があの代表にいれば、勝てていたかもしれないと。
そんな彼女の様子を見抜いてしまった駆。何かを言いたそうな雰囲気で分かってしまう。
「―――――もしあそこに兄ちゃんがいても、結果は変わらなかったと思う」
兄を尊敬していた、駆の口から出たのは信じられない言葉だった。
「でも、日本は惜しい攻撃があったよ。もしゴール前で――――」
尊敬していた兄ならやれていたと思わずしゃべってしまう美都。それに対し駆は首を横に振り、
「いくら兄ちゃんでも、フィジカルの完成した相手選手に潰されているよ。それに、試合の流れを変えることが出来ても、決定的な仕事をするゴール前の選手がいない」
―――――エリアの騎士、か。
かつて兄が模索した日本に足りない存在。
――――これが世界と日本の差。
世界には、高校生の年齢でプロデビューをしている選手もいる。20歳が主力のチームだっている。
――――でも、遠くを見るだけじゃダメなんだ。
目の前の試合に集中できない選手は、すぐに頭打ちになる。しかし湧き上がる衝動は抑えきれない。
必ず、日本代表に入る。2018年の本選に出場して、日本を勝たせる。
兄の志したワールドカップへの夢を背負わなければならないのだと。
それでも、目の前の残酷な事実が、彼に教えてしまう。
世界と日本の距離はこの瞬間も広がり続けている。縮まったと思えた差は、また引き離されようとしている。
————もし、僕が兄ちゃんに呑まれたら、日本は強くなるのかな
意識が混濁し、自分らしからぬプレーをしている現象。まるで自分には無理だから変われと、兄に言われているような気がして。
————嫌だ。僕は僕のまま、兄ちゃんの夢を継ぎたいのに
こんな半端な自分では、誰にも、自分自身にも誇れない。まるでずるをした気分になる。自分の意志で、それを行えたならいいが、あまり覚えがないからこそ問題なのだ。
————教えてよ、兄ちゃん。一体僕に、何を言いたいの?
自覚しない才覚に振り回され、騎士見習いの光は闇に包まれていた。
傑「——————」
初代青葉「—————立ったまま、死んでやがる・・・そもそも俺ら死んでたわ。いや、俺はどうなるのかな、死んだのか、それとも消されたのか」
傑「俺は信じているぞ、駆。信じているからな・・・・」(遠い目
初代青葉「だな。乗り越えたら、駆はとんでもない選手になる。俺も応援しているぞ。さてと、俺もいくか」
傑「何処に行くんだ、青葉?」
初代青葉「そろそろ約束の時間だ。今日もあの大馬鹿野郎に泣きを見てもらう。俺以上のバカ野郎だからな、奴は」
傑「・・・程々にしろよ?」