騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
試合当日―――――
江ノ島メンバーは、真剣な表情でピッチに立っている。この前の日本代表の試合を見ていた者もいるだろう。一部の選手は感化されている。
何しろ、相手はあの優勝候補の一角だ。
湘南大付属はフォーアロウズと呼ばれる守備能力の高い選手を最終ラインに置き、堅守速攻が武器のチームである。
本田、日比野、比留間、西尾。この4人の鉄壁の守りに加え、日比野のキャノンフリーキックが得点力不足のチームを一躍優勝候補にまで押し上げたのだ。
そして中盤には脚力に絶対の自信を持つ九十九と呼ばれる経験の浅い選手もいるが、要注意人物でもある。
江ノ島と湘南大付属の試合を見る人物―――――レオナルド・シルバは不敵な笑みを浮かべていた。
―――――さぁ、試合になればその本性を出してくるはずだ
シルバは、駆の中で傑が生きているとはこれっぽっちも考えていない。
――――あれは紛れもなくお前の実力ダ、カケル
なぜあれをいつもできないかは知らないが、少なくとも亡霊が出てできるようなものではない。
亡霊に現実で何かをできる力はない。駆の中の何かが、それを台無しにしているのだ。
集中状態に入った彼には可能で、普段の集中している彼には不可能。
追い込まれたら、きっと顔をのぞかせてくれる。
――――さぁ、見せてくれ。お前の力ヲ!!
獰猛な笑みが静かに姿を現す。シルバは、その瞬間が見たくてこの会場にやってきたのだ。
試合は前半から江ノ島ペースで進む。
「ほらよっ!」
真ん中でキープする荒木から右サイドの青葉へ。
「奴にスピードに乗らせるな!!」
ホンダからの鋭い指示により、青葉には特にきついマンマークが行われる。ぴったりと張り付き、トラップも警戒した距離感を維持する湘南の中盤――――
「―――――」
中に絞る動きを見せ、細かいパスワークでの突破を狙うかに見せた青葉。
そのまま得意のドリブルフェイントを見せ、いよいよ本領発揮と思いきや
「っ!?」
ここで中へ切り込むと見せかけた左足のヒールで、トリッキーなパスを選択。スピードに乗った八雲が青葉を追い越すオーバーラップ。
キープレーヤーでもある青葉の中に絞る動きにつられ、八雲の動きに対応できなかったのだ。
しかしこれは先制パンチにも似た諸刃の剣。単純に二度目が通じるわけではない。
――――あの試合から、俺に出来る仕事は守備だけじゃねぇ!
守ってばかりのSBの時代はもう終わっている。
縦に不覚ドリブルで切り込んでいく八雲の動きについていけない湘南大付属。真ん中には高瀬が存在感を出し、ファーサイド付近からは逢沢がセカンドボールと大外のクロスに対する準備を行っている。
――――どうする? ここでもし大外なら――――
逢沢は考える。ここでもしボールが渡った場合、どうやってゴールから逆算するかを。
カットインからのシュート?
それとも折り返してのクロスで高瀬に託すか?
しかし、八雲が選択したのは高瀬へのハイボール。
「っ!!」
フォーアロウズの田中、日比野の寄せに対してもしっかりとポストプレーを成功させた高瀬が落とした先には―――――
「ドンピシャすぎるでしょ!」
ここで真ん中の荒木にボールが渡る―――――
――――ラインが上がった?
荒木へのプレス、ミドルもドリブルも許さない湘南大付属のディフェンス。そして、
「―――――」
横から八雲が回り込んできた。荒木からいつでもボールを貰える位置、かつダイレクトミドルを狙う間合い。
そんな中、逢沢の取るべき選択は限られていた。
ほぼすべての可能性の中で荒木が選択したのはミドルシュート。
彼のシュートが放たれる。
「撃ってきたぞぉぉ!!」
ブロックの壁を乗り越え、曲がりながら落ちるミドルシュート。しかし―――
「っ!! らぁぁぁ!!」
コースを限定していたのが幸いしたのか、これをパンチングで防ぐ。セカンドボールが点々とする。
荒木のプレーから動き始めるフィールド。江ノ島、湘南大付属の両選手がその瞬間から誰よりも早く動こうとする中、
「っ」
そのセカンドボールを拾ったのは、スタート時点で他を圧倒していた逢沢駆。
—————今は、分からなくていい。
試合に入った瞬間、悩みは忘れていた。
—————目の前に、僕を意識してくれている人がいた
亡霊とはサッカーができない。しかし、生きている人間とはそれができる。しかも、サッカーから足を洗いかけていた自分を忘れていなかった友人がいた。
—————本気で来い、駆っ
自分の全てを、成長を実感する今の自分の全てを見せつけたい。試合でプレーする喜びを、忘れそうになっていた。
その類まれな精神力と、スイッチが入ったことにプレーにキレが生まれ始めている駆。気分が乗り、乗りに乗っている最高の状態が上がり続ける。
そんな彼は、誰よりも先にボールを予測し、その零れ球に反応したのだ。
「なっ!?」
ファーストラップから何から何までが完璧だった。寄せに来ていた相手を手で押さえつつ、いなしたのだ。まるで、闘牛士の如くその突進を掻い潜るかのような身のこなし。
駆の前に、道が出来た。
ラン・ウィズ・ザ・ボール。ボールを大きく目的の場所に蹴り、最高速で自分を運ぶ。しかし、トラップで誰かを抜いてもその先にブロックがあった。
そう、待ち望んでいた彼だ。この試合で最も成長した自分を見せつけたい相手。
「行かせるか!!!」
高瀬と競り合っていた日比野がこの時を待っていたかのような対応。逢沢の前に立ちはだかる。
――――日比野ッ!!
シュートは絶対に打たせない。その強い思いがにじみ出ている。このままのタイミングでは止められる。
しかし、シザース、ダブルタッチではフェイントが大きすぎる。何より密集した場所ですれば、他の選手に潰されてしまう。
ここで一番有効なテクニックは――――――
逢沢は強引に右足でシュートモーションに持ち込む。小細工は難しいと判断したのか、速いモーションでゴールを狙う動きを見せたのだ。
「っ!?」
かつて自分の靱帯を破壊したときのことを忘れたことがないはずの彼が、ここで打つ覚悟を見せたことに日比野は心の中で歓喜する。
――――そうだ!! 全力で来い!! 駆っ!!
ピタッ、
しかし、シュートの瞬間は訪れない。体を投げだした日比野の視界の先には、
「――――――ハッ!!」
それを見ていた青葉は笑う。ゴール前での憎らしいほどの冷静さ。
逢沢は足裏でボールをぴったりと止め、キックフェイントを行ったのだ。意表を突く奇抜なプレー。
それは、宮水青葉が好んで使う、クライフターン擬き。しかしここで終わらない。模倣を超えたプレーをしてこそ一流だ。
さらなる道が出来たところで、ダブルタッチで加速していく。駆はその名の如く、ゴールへの道へと駆け抜けていく。もはや、気弱な性格が目立つ彼ではない。
この瞬間、彼は確かにエリアの騎士だった。
—————小さな動きで、簡単な動きで。それを無駄なく行うことが、
鼓動が強くなる。しかし、駆にはなぜか怖さが湧かなかった。
――――これが、ドリブルの緩急
そして体勢が崩れている日比野の真横を通り過ぎる逢沢は、止めた右足でボールを転がし、湘南大付属が開けてしまった致命的なスペースに侵入した。
そして、相手選手が詰める前に、左足で力強く振り抜いたのだ。
――――相手の意表を、相手の想像の先を行く。
フィジカルが足りない。加速力も足りない。なら、頭で戦うしかない。
ゴールに吸い込まれたボールが、ネットを揺らしている光景を見て、逢沢はそれを強く意識する。
正攻法で行くのか、それとも意表を突くのか。
周りを見ろ。ルックアップしろ。
――――視野を広めることと、パスを出すのはイコールじゃないんだ
「―――――僕は、何が何でも点を取る」
日比野の前で宣言する逢沢。今の自分がいるポジションはMFであり、FWではない。
それでも、ゴール前で自分のできることを、できる範囲で確実に。
「僕は、ストライカーなんだ」
江ノ島の20番が、この大一番で突破口をこじ開けた。
「うぉぉぉ!!! 何だよ今の!! ピッチ全体が止まったようなフェイント!! 憎らしいほど冷静だったじゃねぇか!!」
その20番の背後に、兵藤が抱き着いてきた。
「俺も一瞬何が起こったのかわからなかった。時間が止まったんじゃないかと思ったら、一人だけ逢沢が動いていて―――――」
高瀬も、駆の方へと寄ってきたが、一連の動作に戸惑いを隠せない。
「――――――――」
そして荒木は、どんどんあの男に近づいていく駆のプレースタイルに言いようの無い感情が心中を渦巻いていた。
――――兄弟だから、なのか?
生き写しの様だ。駆の実力がメキメキと上がっているのは最近の意識の高さでもわかる。
しかし、なぜ奴がやりそうなプレーをあそこまで完璧にできるのかがわからない。
――――お前の夢は、まだそこにあるのか?
逢沢兄弟が大きな事故に巻き込まれたことは知っている。その結果、駆が生き残り、傑は死んでしまった。
何かがあったのだ。そこで、その直前に何かが。
結果を出した駆はそれでもあまり笑みを浮かべない。これぐらいなら、兄は簡単にできたはずだと。
—————でも、一歩ずつ兄ちゃんに近づいていくよ
それが駆がサッカーを続ける理由の一つでもあるからだ。まだまだ彼には届かないが、それでもその憧れに近づけられるように。
兄が自分に何を伝えたかったのか。何を託してもらったのか。
————分からないなりに、考えて、サッカーを続けていくよ
どれだけ悩んでも、答えは出てこない命題を前に、駆は一時的に回答を放棄していた。今はわからなくていい。目の前で闘志をむき出しにしてくる友人を前に、それは無粋だ。
—————僕が勝つべき相手は、目の前の日比野だ。
試合に兄が出ているわけではない。
————湘南に勝つんだッ!
少しずつ、暗闇を抜けていく騎士見習い。陽が明けたころには、どうなっているのか。
ベンチ前では、ゴール前で決定的な仕事をした逢沢駆の姿に喜び合う面々。
「凄い。簡単なフェイントでフォーアロウズの一角を抜き去ったぞ」
「ああ。まさに時が止まったかのようなフェイント。目の前であんな冷静に動かれたら、こっちはたまらないぞ」
ベンチの錦織と不動は、守備側の立場で今の動きを見て驚愕していた。もし逢沢が鎌倉学館に進学していたら、厄介な存在になっていただろうと。
「―――――駆? 本当にどうしちゃったの?」
しかし美島の見た感想は喜びよりも不安のほうが大きい。
ゴールを決めて喜ぶはずの駆に笑みはない。すぐに切り替えて自陣へと引き上げる彼の顔を見ることが出来ない。
――――あのゴールから、駆がおかしくなっている。
身に覚えがないと、あまり覚えていないと彼が言ったルーレットからの鮮やかなゴール。自分の体を誰かに勝手に動かされたような気分だった、と漏らした彼は感情をためていた。
今も、先制ゴールを決めた喜びよりも、次のプレーに既に切り替えている。それは良いことなのだが、あまりにも彼らしくない。
「―――――――」
それは岩城も感じていたことだ。
彼の体のことは知っている。そして、今ではカウンセリングがついていることも。
――――彼の精神状態は不安定だ。一体どういうカウンセリングをしているんだ
知人が担当しているとは聞いている。しかし、これは―――――
試合が再開される。江ノ島高校は駆のゴールでがぜん勢いづき、前半の34分にまたしてもビックチャンスが生まれる。
「っ」
フォーアロウズはあくまでディフェンス。ゆえに攻め上がりにも時間がかかり、中盤での優位性を誇る江ノ島のボールをカットされる。
「コースが甘めぇんだよ!!」
荒木の守備が光る。真ん中でフィジカル勝負ではなく読みによるパスカットで、一気にカウンターの局面。
ここで最も信頼できるのはあの男だ。
「決めてこいっ、青葉!!」
カットした後のツータッチ目で前にロングボールをけりこんだ荒木。そこに走りこむのは勿論江ノ島が誇るサイドアタッカー青葉。
「何という速度だ」
高瀬の位置を素通りし、厳しいと思われていた荒れたパスに追いつく。
3段階で、加速のタイミングと走る角度を変えた青葉の動き出し。ステップワークによって、フォーアロウズの中央をぶち破った青葉。
「なぁぁ!?」
逢沢の存在感に気を取られ、中央に致命的ではないほどの隙間が生まれていた。
しかし、青葉にとっては十分すぎるほどの歪み。
本田マイケルが追いすがるも、ドリブルをしている青葉のほうが速いという異常な体験をしてしまう。
――――本当に日本人か、こいつ
まるでテレビの向こう側にいるアフリカや南米選手のような速さ。そしてこちらの一瞬の隙をつくオブ・ザ・ボールの動き。
キーパーとの一騎打ち。前に飛び出してくる。
「――――――」
これを冷静に躱し、無人のゴールネットに流し込んだ青葉。緩急によるチェンジ・オブ・ザ・ペースであっさり抜き去る何でもないプレーでも、華がある。
これで2点目。今大会未だ無失点と言われた湘南大付属のゴールネットが、早くも2度揺らされている。
江ノ島高校の攻撃力が鉄壁と言われた湘南の壁を打ち破る姿にライバル校はげんなりしていたり、警戒を強めたりしていた。
「―――――駆のゴールから、一気に流れを掴みましたね」
「――――ああ。所々あいつの動きがかぶって見える。奴ならやりかねない。そんな雰囲気だ」
鷹匠は佐伯の言う駆の動きについて不審な目で見ていた。そしてその感覚の正体が、逢沢傑ならやりかねないプレーを見せたという事実に直結する。
「―――――駆が、傑さんの動きを?」
信じられないといった表情で思わずピッチの彼を見る佐伯。
「―――――決して不可能ではない。傑のボールを蹴る姿を一番見ていたのは、他ならぬあいつだ。」
「だが、不思議だ。そんなことが出来るならば、今までできなかった理由もわからん。高校で化けたのか?」
佐伯は、駆が傑の心臓を移植されていることを知らない。しかし、言いようの無い不安が脳裏に駆け巡った。
――――傑さんの真似をしたところで、あの人はもう――――
この世界のどこにもいない。
一方、このままだと準決勝で江ノ島と当たることになるであろう葉陰学院の主将でもある飛鳥亨は、江ノ島の両サイドに脅威を感じていた。
「―――――宮水青葉に、荒木竜一。そして逢沢駆、か」
「確か、あの伝説のトップ下の弟で――――やっぱり兄弟なんでしょうか」
その飛鳥を慕う鬼丸は、逢沢の動きを見て兄弟両方が上手かったということなのでは、と軽く考えていた。
「―――――あの動きに、俺は一度やられている」
真剣な目で、飛鳥は語る。
「――――まさか、そんな――――偶然でしょう?」
兄弟だから、同じ動きを真似ても不思議ではない。
「逢沢傑の動きそのものだった。戦ったからこそわかる。となれば、相当に厄介だ」
「―――――それは、そうかもしれませんが……」
同じシチュエーション。適切なタイミング。動きの質。それはサッカー経験者ならいやというほどわかる回答。
そんな瞬間は二度と訪れない。
奴ならこうするであろう想像を、逢沢駆はミスなく完璧に模倣したのだ。
「―――――ダークホースでもなんでもないぞ、奴らは。世代別代表クラスが二人いる」
攻撃陣だけを見れば、世代代表クラスが二人いるのだ。
「特にお前は、奴とのマッチアップになるだろう。」
そして飛鳥はあえて世代代表の中に彼を入れなかった。
「―――――二人って――――でもそんな――――」
自分がマッチアップする存在は、世代別代表に選ばれる器ではない。
選んだうえで、彼が応じるかどうか。そのぐらいの関係性だ。
すなわち、
「奴はもうオリンピックの代表にすら選ばれる選手だ。」
一人だけ次元が違う、入る場所を間違えた存在。
「だからこそ止める。あの試合で奴を好きにさせることが、こちらの敗北につながる」
葉陰学院は、中盤の要である荒木竜一と、両翼のアタッカーを相手にしなければならない。
前半が終了し、湘南大付属は真っ向勝負でこちらのディフェンスを打ち破る江ノ島のやり方に苦渋の表情をしてしまう選手がほとんどだった。
マッチアップする選手を選び、それぞれがポジションチェンジすることで対応するフォーアロウズの守備。そんなものは関係ないと言わんばかりに――――
――――ここまで、お前は凄くなっていたのか? 本当に、凄い奴だったんだな、お前は
日比野は、逢沢に鮮やかに突破されたシーンを思い出す。
――――ここまでの差がなぜ?
本田マイケルは、宮水青葉を止めきれなかったことへの悔しさを感じていた。
後半16分には青葉のクロスボールに反応した高瀬が打点の高いヘディングシュートで追加点。
ペナルティアリアの外側付近には荒木が動き出しを行い、中に絞った逢沢がニアにダイアゴナルに走りこみ、高瀬のスペースを作ったのだ。
――――あとはお前の位置取りだけだぞ、高瀬
青葉が目で語っている。これに燃えない男ではなかった。
一瞬だけ背中でファーサイドに押し込めることが出来た相手をブロックする。フィジカルの強さを空中戦だけで使うのはもったいない。
そして、一歩の下げの後に鋭く―――――
――――プル・アウェイで動くッ!!
逆取り。歩幅が大きく、高さのある高瀬の強烈な動き出し。いかにフィジカル自慢といえど、ステップワークを完璧に行った高瀬をつぶすことはできなかった。
相手を振り切った状態でそのシュートを決める。キーパーは止められない。
「高瀬も決めたぁぁ!!」
ゴールネットを豪快に揺らした高瀬に輪が出来る。
「おっしゃぁぁ!! これで3点差!!」
「ナイスクロス青葉!」
「このまま攻めまくるぞ!」
対する湘南大付属の後半、五本目の矢を投入したが、
「えっ!?」
宮水とのマッチアップで散々転ばされ―――――
「うっ、なんで!?」
なぜ脚力に自信のある自分が簡単に振り切られる、と言いようの無い恐怖を感じ始めていた。
「素人はピッチに出ろ。」
凍り付くような声で、青葉は口に出してしまう。
――――獣のような動き。その反応の良さはいいが、
サッカー選手でもない素人に、
――――ボールは、与えられないな。
そんな機会は、認められない。
後半、わざとその5本目を疲弊させるように、宮水はその選手に突っ込んでいく。巧みなフェイントで散々足を使わせ、湘南大付属の苦肉の策を真正面から叩き潰すためだ。
先ほども宮水に食らいつこうとした九十九だが、さんざんに躱され出場早々疲弊した姿になっており、おまけにクロスボールで追加点まで許してしまった。
呆然自失となっている九十九。冷ややかな目で見つめている青葉。
「―――――容赦ないなぁ、あいつ」
兵藤が震えた声でつぶやく。
あの選手はもう泣きそうな目で宮水に突っ込んでいくが、それを難なく躱し緩くドリブルを開始する。
「俺もあそこまで徹底的にはなれないわ。いくらムッとしててもさ――――」
荒木も、そんな青葉の姿を見て、ひきつった笑みを浮かべる。
彼ら二人の眼から見ても、5本目の矢、九十九選手が素人であることは理解した。が、湘南大付属の半端な希望を叩き潰すにしては、ひどすぎる。
そして、ここで九十九を転倒させた後に中へ切り込み、球足の速いボールを荒木にぶつける青葉。
――――思いやりの欠片もねぇなぁ青葉
しかしそのパスはこれ以上なく有効で、荒木にとっては簡単なものだ。
荒木の背後から逢沢がするするとダイアゴナルに走り、一瞬だけ荒木を見て速度が弱まる。
――――はぁ、もう本当に可愛げがねぇなぁ
そのプレーを要求する逢沢の欲張りぶりは、選手として頼もしいからこそ、彼に不満はない。
トンっ
青葉からのボールをダイレクトに右足の甲に乗せた荒木はそのまま軽く足を上げることで、塞がれていたパスコースを作り出したのだ。
ループ性のラストパスに反応しているのは要求した彼一人のみ。
―――なっ!?
日比野はパスコースが平面にふさがれたことで安心してしまっていた。ダイレクトプレーが得意で、魔法のパスとさえ言われた荒木のことを理解しきれていなかった。
自分には見えていないものを見て、一歩先を行く駆に追いつけない。
――――何がお前をそこまで駆り立てるんだ、駆っ
ダイレクトボレーシュートを地面にたたきつけ、コースを微妙に変えた駆。反応したキーパーはよくやったが、コースまでは見切れなかった。
今日2点目となる得点を決め、ここも安堵の表情を浮かべる駆。
――――そうだ。僕のままでも十分やれる。
――――僕は、ストライカーなんだ!!
さらに追加点。ダメ押し点ならぬ死体蹴りにも等しい得点に、心を折られる湘南大付属。
ここで湘南大付属にとっては幸運なことに、逢沢と宮水が下がる。途中出場する的場と火野が入ることにより、前線のターゲットマンが二つに。
中盤ではドリブルの上手い選手が維持されることになる。しかも、フレッシュな存在だ。
一方的な展開のまま、江ノ島高校は結局日比野のキャノンフリーキックを許すことなく、5対0で圧勝。火野の今大会初ゴールで優勝候補とまで言われた湘南大付属を下した。
「―――――やったよ、セブン」
逢沢は爆発するような笑顔こそ浮かべなかったが、準決勝進出に喜ぶ美島と目が合い、ぎこちなく笑みを浮かべる。
しかし、自分のプレーには満足していなかった。自分には決定機がいくつもあったはずだ。
なぜ自分は決めきれなかったのか。相手は何を考えて行動したのか。映像で検証する必要があると強く感じた逢沢。
反省会の最中で見られるだろうと考えた駆。現状できたことと、課題を見つけ、成長につなげなければならない。
何となく勝ち上がって、何となくうまくいく。それではだめだ。
試合後、湘南大付属の日比野と話す機会を得た駆。
「―――――とんでもなく強くなったんだな、駆は」
参った、と悔しそうだがやり切った笑みを浮かべる日比野。
「――――まだ弱いよ。僕は、もっと強くなりたいんだ。」
謙遜でもなんでもない。逢沢はそれを本気で考えていた。それを見た日比野は駆の意識の高さに舌を巻いた。
――――俺の爆弾よりも、重いのかもな
兄が死んで、何か心の変化があったのかもしれない。それは日比野が知るべきことではない。
「―――――兄ちゃんはもし、ワールドカップの試合を見た時、どんなことを言ったかな」
ぽつりと、駆はそんなことを日比野に尋ねた。
「――――まあ、そりゃあ左サイドがぁ、とか。パスがぁ、とかいろいろ言うかもしれないだろうな」
目に見えてパスが通らず、左サイドを崩されたら、文句の一つや二つは言いたくなる。
「日本には、ペナルティエリアの中で仕事のできる選手が少ない。きっとその言葉をまず先に言うと思う」
「駆?」
日比野と会話をしている場面に近づく美島だが、迂闊に近づけない。入りがたい雰囲気があった。
「――――駆、まさかお前―――――」
最後に逢沢傑の言った言葉が、そうなのか。
「兄ちゃんの思う選手にはなれないと思うけど、心はストライカーだって思い続ける。」
サイドでプレーし、二列目から飛び出していく。ドリブル突破やいろいろな抜け出しを覚えなければならない。
ストライカー以外に求めることがある。
「青のユニフォームでそんな存在になる。そう考えたら、僕はまだ力が足りないんだ」
課題を考えれば、駆は立ち止れない。見果てぬ夢を夢見た兄の遺志を継ぐために。
15歳で代表を視野に入れる。昔の臆病な彼ではできない芸当だ。
――――どこまでもサッカー、なんだな。お前は
変わったと思っていた。プレーぶりを見る限り、駆は変わってしまったと。
しかし本質は変わっていない。むしろ、鋭くなった。
あの頃から抱いた夢は、少しも色あせていないのだ。
そして、駆に火をつけたのはあいつなのだろう。
――――駆は凄かったが、暴れまわったあいつには――――
まだまだ余力を感じさせるような。まだまだ本気を出していないような気がする。
得点を決め、バランスを考え、決定機を演出する。
前半の終わりごろから、流しているようにさえ見えた。しかしそれでいてこちらの左サイドで決定的なボールすら通さない。
守備でも手を抜くどころか、攻撃時よりも気合が入っていた。
もし攻守で全力になれば、どうなってしまうのだろうか。
もしかすれば、葉陰学院でそれが見られるかもしれない。
神奈川総体予選はこれでベスト8が出そろった。
神奈川の王者、鎌倉学館。
鎌学のライバル、葉陰学院。
しかし、同ブロックには今大会最多得点を誇る江ノ島高校が突き進んでいる。
葉陰学院対江ノ島高校の試合の勝者が、鎌学と激突する。
熾烈を極めるブロック。制するのはどこだ。
傑「——————(´;ω;`)ブワッ」
初代青葉「よかったなぁ」