騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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連続投稿です。18話からのスタートをお願いします。


第十九話 マリーシア

江ノ島高校が10年以来となる準決勝進出を成し遂げ、10年ぶりとなる全国大会出場まであと一勝と迫る。

 

エース宮水を欠くことが濃厚と予想される決勝戦に向け、岩城監督の檄が部員たちの闘志に火をつけた。

 

 

そしてその夜、

 

 

「なんだか、ずいぶんとこの光景が懐かしく見えるよ」

 

その公園には、いつもとは違う景色がある。駆が一番成長した姿を見せたいと考えている存在。

 

美島奈々がそこにいるのだ。

 

「そうね……こうして駆と一緒に練習するのも、間近で駆の成長を見られるのも、凄い楽しみだったんだと思う」

 

ここで駆のサッカーがリスタートした。ここが駆の原点なのだ。

 

 

「―――――だから、今の駆を私に見せて」

 

それは優しげな声だ。しかし、その闘志は肌で感じている。なでしこの小さな魔女として、江ノ島屈指のアタッカーである駆の実力を見たがっている。

 

ボールを駆に渡す奈々。今まで信じてきたものを見せてほしいという願い。

 

今の駆の本気を感じたい。

 

「―――――じゃあ――――――――行くよっ!!」

 

 

 

 

そこからは一進一退の攻防――――――

 

 

ではなかった。

 

 

「――――――」

 

絶えず間合いを図りながら、美島の範囲をすり抜ける駆。キックフェイントや跨ぎなどを駆使し――――

 

「あっ」

 

まるで目の前に傑がいるかのような動きをする駆に、美島は驚きはせずとも、追いつけない。

 

 

――――今のは、また複合フェイントっ

 

シザースの動作からヴァニシング・ルーレット。さらに――――

 

 

美島はそこまでの動きにまだラグが残っている駆に追い縋ることが出来た。やはりまだ完全に傑の動きを模倣することはできないのだろう。

 

しかし、駆の思考回路が。傑の思考に並びかけている。

 

 

対人能力において、駆は傑を上回りつつあった。

 

 

切り返しからの足裏キックフェイント。詰めに入った美島の逆を取る動き。しかしそれをわかっていながら彼女は動けない。

 

最大の動きをして駆に追いつこうとした彼女の目の前で、最小の動きで難なく抜き去る駆の姿は、やはりあの男の姿がかぶって見えた。

 

 

そこからルーレットを警戒した美島は駆の急加速に振り切られるシーンが目立ち、時が止まるかのようなストップフェイントがいかに有効なのかを思い知ることになる。

 

 

――――全然ボールを奪えない。

 

 

意識の改善で、ここまで駆は化けた。否、目の前の彼のプレースタイルも、眠っていた才能の一端に過ぎない。

 

まだ駆は、傑の才能の一端を突き破ったに過ぎない。対人能力という、エリアの騎士を志す彼にとって死活問題でもあった能力。

 

土壇場での強さ。

 

――――良い意味で日本人離れしている。

 

 

視野が広く、間合いを常に図りながらどう動くかを考えている。

 

 

常に集中する意識の高さは、従来の駆の真面目さ、勤勉さが源となっている。日本人のいいところと、外のいいところを取り込みつつあるのだ。

 

――――悔しいっ

 

まだまだ駆には、パスセンスが傑ほどないとはいえ、もうボールを持てば同等の怖さを持っている。

 

 

さらに言えば、ゴール前での嗅覚は傑を圧倒しており、ディフェンスの穴を見つけられる彼ならば、そのスキルを磨くことも不可能ではない。

 

 

 

――――でも、それ以上に―――――

 

ここまで駆は強くなったのかと。ここまで駆は凄い選手になったんだと思うと、美島は嬉しかった。

 

 

「セブン?」

 

散々コテンパンにしているからか、心配している駆。その状況下で笑みを浮かべている彼女を気遣うような言葉を出してしまったのだ。

 

 

「うん――――すごく、すごく悔しい。でも、駆がこんなすごい選手になったんだって思うと、嬉しくて―――――」

 

自然と、目頭が熱くなった。

 

 

――――だって私は、選手であると同時に

 

いつだって、彼の姿を見てきた。

 

――――私は、駆のファンでもあるから

 

 

「―――――セブン。今から僕が繰り出す技を見て、判断してほしいんだ」

 

雰囲気が変わった駆。彼女の期待に応えたい。昨日よりも、今よりも、そして今この時さえも上回るような成長した姿を見せたい。

 

 

彼女が教えてくれたヒントと、協力があって―――――実践の中で彼自身が感じた修正点を克服した、思い出のフェイント。

 

 

――――あのフェイント?

 

 

美島には、そのフェイントに見覚えがあった。駆が練習していた幻のフェイント。

 

 

かつて、日本のレフティモンスターが開発した驚異的なフェイント。単純だが、とても効果的なフェイントである。

 

 

足元の技術が高いからこそ、間合いを詰めてくる選手に対して限りなく有効なフェイント。

 

 

しかし、種明かしをすれば簡単に止められてしまうようなリスキーな技でもある。

 

 

――――このタイミングで、駆がなぜフェイントを先に教えたのかな?

 

分かっていれば、対処は簡単だ。

 

 

しかし構わず、駆はドリブルを開始する。何か考えがあるのだろうか。

 

 

左足の軸足を先に、右足の跨ぎから始まる。さすがにここまでは美島のイメージ通りだった。

 

――――右足で跨いだここから左足で当てて、さらにまた右足で跨ぐ

 

それが駆のフェイント。

 

しかし、ここで駆は連続で左足の甲でプッシュしたのだ。ここから美島の想像を超えてくる駆。

 

――――連続技!?

 

駆と美島の間で認識の違いがはっきり表れる。

 

 

確かに、その大技で駆は美島を抜くつもりだ。しかし、馬鹿正直に彼はそれを繰り出すつもりなどなかった。

 

一瞬の驚き。そして、その一瞬こそが彼女にとっては致命的な時間を彼に与えることになった。

 

さらにここで、駆は右足で今度はボールに回転を駆けながらカット。しかも、最初に見せた動作よりも早くなっている。

 

 

――――それでも、回り込めば先に私が―――――

 

 

そして駆は左足を前に出し、想像よりも強く蹴りだしたのだ。

 

――――とったッ

 

 

はっきりと見えた。ボールは消えておらず、はっきりと彼女の眼がそれを捉える。

 

 

「えっ!?」

 

しかし、ボールは意思を持ったかのように動き、まるで半円を描くように、美島の予測した場所ではなく、駆の足元へと戻ったのだ。

 

 

全てが一瞬の出来事だった。動くことすらできずに美島は駆のフェイントに沈んだのだ。

 

 

「―――――今の、は?」

 

 

「あのフェイントをさらに改良したんだ。相手の意表を突くだけで、この技は対策された瞬間にリスキーすぎるから。青葉に試したけど、初見以外は止められたからね」

 

 

以前青葉に指摘された、自分よりも早く反応した相手にはリスクしかないと指摘を受けた。ならどうするか。

 

 

――――ボールもこちらに戻ってくるようにすればいい。

 

 

相手の動きのさらに上を行く。反応しても止められないようなフェイント。

 

「でも、まだ名前が決まっていないんだよね。」

 

 

まるで円を描くようなフェイント。ボールが消えたと錯覚させられる手品のようなトリッキーな技。

 

そして閃光の如く相手を抜き去り、ゴールへと襲い掛かる。

 

美島の頭には、その名にふさわしい名前を考えてみた。

 

 

しかし、美島はそこで理屈めいたことはやめにした。これは紛れもなく駆が改良して、新しい技に昇華したのだ。

 

ならこれは、駆のフェイント。駆だけのフェイントなのだ。

 

ボールが消えたような不思議な技は、駆の象徴であり、

 

 

「ヴァニシング・ターン、っていうのは。どうかしら?」

 

逢沢駆の象徴でもある、ボールを視界から隠す技術から意味合いを取った名前。

 

どこまでも駆のモノだという証を込めた、超絶フェイント。

 

 

「―――――駆だけの、逢沢駆のフェイント。だからヴァニシング・ターン」

 

「―――――まあ、ボールを相手の視界から消すことを意識しているし————うん、名前負けしないよう頑張るよ」

 

駆の運用は、ダブルタッチを警戒した相手を出し抜くために、この技を作り出した。ダブルタッチという最初のスキルを活かすためのフェイント。相手がこの技を警戒すれば、よりダブルタッチや縦への突破が活きてくる。

 

 

「きっとこのフェイントを使える局面が出れば、それはゴール前。必ずゴールを奪うよ」

 

 

必ず決めて見せる。この技のヒントをくれた彼女のためにも。

 

 

そして、これが到達点ではない。

 

今も青葉は技を磨いている。体ではなく、頭を。今頃新しいフェイントをイメージしているだろう。

 

そしてそれを自分のモノにするために。

 

その瞬間に最善のフェイントを瞬時に選択するには、まだまだ時間がかかる。青葉ももがいている。

 

 

 

 

そして――――――

 

 

『さぁ、総体予選準決勝第二試合!! 怒涛の攻撃力で駆け上がってきた両校の激突となります。』

 

 

『神奈川サッカーを長らくけん引してきた鎌倉学館が、全国行きを決めるのか? 得点ランキング3位の鷹匠を中心に、中盤にもタレントが揃っている強豪校は、今大会の失点はわずかに2点のみ!! 危なげなく勝ち進んできました!』

 

鷹匠、佐伯、世良、国松といった黄金世代+有望株が揃う全国レベルのサッカー。

 

 

『対するは、準々決勝まで1失点の江ノ島高校!! 大会屈指のサイドアタッカー宮水青葉はベンチスタートながら、得点ランキング2位の逢沢駆に加え、中盤には荒木竜一! そして真ん中には急成長を遂げる大巨人高瀬!!』

 

 

この大一番で、高瀬のCFWでの抜擢。右サイドには青葉の代わりに火野。左サイドには逢沢、トップ下は荒木が居座る。

 

ダブルボランチは兵藤と織田。サイドバックに沢村、八雲。CBには海王寺と錦織。

 

GK  1番 紅林

LSB 2番 沢村

CB  4番 海王寺

CB 14番 錦織

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF 7番 兵藤

LMF20番 逢沢

RMF 9番 火野

OFM10番 荒木

FW 13番 高瀬

 

ベンチ入り(GK)16番藤堂、19番李、(SB)12番 桜井17番中村(CB)、5番 三上15番 不動(MF)、8番 宮水、18番 的場、(FW)11番 工藤、

 

 

 

背番号20を背負う逢沢駆は、自分の目の前にいる鎌学の選手たちを見ていた。

 

 

半分ほど、そして同じサイドエリアの選手がほぼこちらを警戒しているように見つめていた。

 

――――ボールもそうだけど、

 

今、センターサークルには荒木と高瀬がいる。そして、ざわざわとした観客の声も、景色も鮮明に見える。

 

 

――――入学した時、正直ここにいる予感はなかった

 

 

今こうして主力として活躍できているかと思えば、自信をもって断言できない。

 

昔の自分がこんな舞台にいるのなら、驚き過ぎて緊張してしまうだろう。

 

 

なのに、今はそういったものとは無縁で、とても落ち着いている。闘志を燃やしているのに、力みもない。

 

 

――――僕も、慣れてきたのかな

 

この舞台に。そして、その先の舞台に上がる覚悟も。

 

 

 

 

一方、雰囲気がすっかり変わっている逢沢を見て、佐伯は何かが違うと感じ始める。

 

 

――――同じピッチにいるからこそ、より分かる

 

 

目の前の男は、昔の逢沢駆ではない。とても自然体で、堂々としている。

 

それはまるで、自分が憧れ続けた男の雰囲気に似始めていた。

 

――――お前が今どこにいるのか、俺が今どこにいるのか

 

 

それをはっきりさせる。

 

 

――――お前に、今日は仕事をさせない

 

 

 

 

そして、世良はベンチスタートの青葉を見てどことなく面白くなさそうな顔をする。

 

 

――――まあ、君が初めからいても勝つつもりだったけどね

 

しかし、彼が面白くなさそうにしているのは、ピッチにいる傑の弟と同様に、自然体であることだ。

 

 

この大一番で彼はベンチで落ち着いている。その余裕が気に入らなかった。

 

――――君を慌てて出すようなことにならずに済めばいいね

 

 

4-2-3-1という陣形が日本に定着してから数年間。ワントップは言うまでもなく鷹匠が担い、トップ下は逢沢傑が、右サイドは荒木がいて、左サイドには宮水がいた。

 

あのサッカー大国を相手に快勝を演じたチームの攻撃陣である。そして自分はU-12から守り続けてきた背番号10を逢沢傑にあっさりと奪われ、最後の砦でもあった左サイドのポジションも失った。

 

自分が2列目から弾き飛ばされた要因でもあった。

 

 

そして、江ノ島は神奈川サッカーの牙城すら崩しかねない。両翼の実力は鎌学以上、全国クラスと言われ、真ん中には代表でトップ下を務めることもあったという荒木。

 

なぜ今まで無名だったのかと言われるほどいい動きをする他の面々。

 

 

 

 

「君たちの快進撃もここで終わりだよ」

 

しかし、ここには宮水青葉はいないのだ。なら十分、いや、勝てる試合だ。

 

 

 

 

 

ベンチの青葉は、江ノ島に起きた変化を感じ取っていた。

 

「ここにいるのはずいぶん久しぶりな気がしますね」

 

ベンチから見たピッチは、ずいぶん広く見える。

 

「――――岩城監督。」

 

 

「どうかしたかな、青葉君」

 

 

「みんな。いい感じで入れていますね。一段と闘志が感じられます」

 

宮水青葉の知らないところで、何かがあったのだろう。全員の意識がこれまで以上に高まっている。

 

きっとこの試合で江ノ島はさらに上を目指せるチームになる。それは確信だ。

 

県内のどのチームよりも激しく、どのチームよりも走る。

 

どのチームよりもタフなチームになると。

 

「―――――君のおかげですよ、青葉君。貴方の決意が江ノ島サッカー部を復活させ、同じ方向を目指す意識が生まれました。」

 

 

「そして、青葉君がいないという逆境こそ、彼らを駆り立てた一因でもあります」

 

 

満足げにそれを聞いた青葉は微笑み、岩城監督にある爆弾発言をする。

 

「―――――先に宣言しておきますが、俺は代表召集―――五輪とフル代表以外はあまり興味がないです」

 

 

「――――それは、君にとっての最善かな?」

 

 

「俺は常に、オリンピックと代表しか見ていません。世代別も、中学時代のチームに、そこまで思い入れもありませんでしたから」

 

パスを要求するばかりで、動こうとしないつまらないサッカー。すぐに癇癪を起こす攻撃陣。

 

とてもではないが、パスコースはなく、出そうとも思えない。

 

思い入れも何もなかった。

 

そして彼の中期目標はフル代表だ。五輪はオリンピックがあるから出たいだけなのだ。

 

「――――今度の親善試合に、レオナルド・シルバクラスはいますか? ロビエル・オズボーンクラスのストライカーはいますか?」

 

昔戦ったブラジルのようなチームはいるのか。アジアでそう遠くない将来、名乗りを上げるオーストラリアの至宝の再来はいるのかと、彼は尋ねる。

 

 

 

スピードもないのに突破しようとしてロストする下手糞なエゴイスト。大して上手くないマリーシアもどきで簡単に倒れてプレーを中断する阿呆。

 

そもそもパスの上手くない選手は論外。そして、持ち続けるのは良いが、囲まれてバックパスをするトップ下は外に出てほしかった。

 

――――いずれにせよ、逢沢傑以外の司令塔では、彼も退屈なはずだ

 

 

「ロビエル・オズボーン? 海外で対戦した選手、ですか?」

 

「ええ。彼は自分が知る同世代の中で、最も強靭なストライカーであり、ポストプレーヤーでもありますから」

 

岩城も知らないその隠れた逸材。彼は後にそう遠くない未来でロビエルの活躍を嫌でも耳にすることになる。

 

文字通り、日本にとっての悪夢—————

 

2006以来の悪夢を引き起こす、アジア最大の宿敵として。

 

 

 

 

「———————え」

 

その名を聞いたのは偶然だった。応援席で選手のアップを見守る小野寺颯は、彼が口にした男の名前を聞いて愕然とした。

 

 

彼が口にしたオーストラリアの至宝は、まだ至宝ではない。世界の有望な若手の人に数えられる、その手前に位置する男。未完の大器と呼ばれるストライカーのはずだ。

 

 

この時期はまだ、青葉の意識にすら入れられていなかったはずなのだ。

 

なのに、彼は彼の名を口にした。知り得るはずのない名前を、彼は口にしたのだ。

 

「青葉?」

 

今目の前にいる彼に、何が起きているのか。しかしそんな彼女の思惑とは別に、試合は始まる。やはり強豪同士の試合であるために、展開がなかなか変わりづらい序盤。

 

 

前半からボールを回す江ノ島高校。青葉不在で中々ボールを前に運ぶことが出来ない。

 

 

―――――しっかりと祐介がマークについてきている

 

そして背後には逢沢に仕事をさせないと言わんばかりに佐伯が張り付いていた。

 

「―――――――」

 

しかし、まだ序盤。慌てることは相手のプラスになる。逢沢は、佐伯の位置取りを見ながら中盤でのパスワークに参加する機会をうかがう。

 

対する佐伯は逢沢のスロースターターな一面に戸惑いつつも、今日は仕事をさせないと意気込んでいた。

 

―――駆。いや、江ノ島がここまで来るのは想定外だった。

 

葉陰学院は、鎌学と同等レベル。正確に言えば飛鳥という選手がすごかったということなのだが、それなりに江ノ島と戦う展開になると思っていた。

 

 

しかしふたを開けてみれば強豪校の惨敗。さらに、宮水青葉を負傷させるなど、ここ数年のプライドを根こそぎ砕かれたようなものだった。

 

あの飛鳥亨が止めきれなかった駆と宮水青葉。後半に出てくるドリブラーの存在。

 

ボックスで体を張れる新鋭の一年生。

 

――――中堅と侮っている選手は、うちには誰一人としていないぞ、駆っ!

 

この試合にかける思いが強いのは、江ノ島だけではない。鎌学も全国大会に出場し、蹴球高校を打倒するのが目標なのだ。

 

互いにハードワークを惜しまないスピーディな展開。

 

荒木のパスコースは次第に限定されていく。

 

――――高瀬と火野がいてよかったぜ。出せるところがなくなる

 

前線で体を張れる選手を起点に、鎌学のスキを窺う荒木。背後からは世良がマークについている。

 

 

サイドに張るような動き出しを見せた逢沢。と思えば中に絞りかけ、またサイドに張る動きをする。

 

その動きに、佐伯はつられ、駆に張り付いていく。

 

「―――――」

その瞬間、駆と荒木の目が合った。

 

どうしても中盤では人数で負けている展開。ミーティングでもまともに攻撃しても入り込むのは難しいと予想された鎌学戦。

 

 

カギを握るのは――――――

 

 

 

ダッ、

 

ここで一気に駆が加速。中に絞る動きを見せたのだ。不意を衝かれた佐伯が負けじと追い縋り―――――

 

 

サイドに一瞬の空白が生まれた。

 

 

その時を狙っていたのは――――――

 

 

「ふっ」

 

荒木のキラーパスがサイドを走る。その受け手はオーバーラップしてきた――――

 

『ここで、左サイドバックの沢村のオーバーラップ!! WBの空いたスペースを狙っていた!!』

 

ここで鎌学は、中盤と最終ラインとの間にスペースを生んでしまう。逢沢駆という選手に対する警戒は間違いではないが、マークを受け渡すなどの対策、スペースを埋める選手がいなかったのが問題だった。

 

 

一気に無防備な左サイドを駆け上がる沢村。

 

 

ここで、ボックスの中でニアにより始める高瀬。真ん中にはセカンドボール、マイナスクロスに準備する荒木。

 

 

「ふんっ、きやがれ!!」

 

ゴールキーパー五条は、一番背の高さのある五条を警戒。ここでアーリーを狙う確率も考えられる。

 

「13番と9番チェック!! ファーもケアしろ!!」

 

五条の指示が飛ぶ。ファーサイドから動き出しを狙う火野の姿が。しっかりと自分たちの担う動き出しに徹する江ノ島高校。

 

 

―――――駆はまだアクションを起こしていない

 

沢村からつかず離れずの距離をジョギングする速度で動く駆。絶えずゆっくりではあるが動き回る駆だが、これが意外と厄介だ。

 

激しい動きをすればしっかり追うことはできるが、ゆっくりだと試合に消えやすい。しかも、存在が薄くなればマークが外れるリスクもでかくなる。

 

――――集中を切らすな、駆は必ず仕掛けてくる

 

 

ゴール前で何もしないはずがないと。

 

 

ダンっ、

 

ここで駆が不意に止まりポジショニング。佐伯との接触。

 

「――――――――」

何かをしゃべっている駆。独り言を口ずさみ、何かを意識している駆。佐伯には小さすぎてわからない。

 

 

「逢沢ッ!!」

 

サイドから、ダイアゴナルなグランダー性のパス。速い横パスを貰いに行く駆と阻止しようとする佐伯。

 

 

――――くそっ、体を入れられた!!

 

あの時駆が止まったのはこのプレーのため。背中で佐伯を押えつつ、ボールキープするつもりなのだ。

 

 

しかし、このボールを逢沢はスルー。

 

「!?」

 

佐伯は駆しか見えなかったが、駆はさらに見えるものがあった。驚愕をあらわにする佐伯。

 

――――この土壇場で、エリア付近でボールをスルー!? そんなっ!?

 

 

そのラストパスの本当の受け手がその先にいた。そこまでの景色を駆は見ていた。

 

 

そうだ。これはあの時の彼と同じだ。

 

――――まるで、傑さんのような――――――っ

 

 

そして、そのラストパスを受けた存在にとって、この命題は限りなく簡単だった。

 

――――こんないいプレーをされたんだ。決めなきゃ王様じゃねぇよ!!

 

「へへっ!!」

 

ノープレッシャーでゴール前、ボールを受け取ったのは荒木竜一。慌ててボランチがプレスに行くが、

 

 

トンっ、

 

なんてことはない。横から来たパスをダイレクトで前に転がしただけの簡単なプレー。しかし、ボランチがスペースを消すよりも早くに入った荒木が体を入れてくる。

 

 

そしてそのまま―――――

 

 

セカンドタッチで右足を振り抜いた荒木。弾丸のようなシュートが五味の手から逃れ――――

 

 

『逢沢スルー!! トラップして、荒木竜一~~~!!! 前半12分に江ノ島先制!! 決めたのは背番号10!! 荒木竜一!! 今大会5得点目!!』

 

 

 

『いや、見事な連携でしたね。逢沢君の視野が広かったのもあり、荒木君はほぼノーマークでしたね。逢沢君の動きに警戒したその絶妙な間に上手く視界から消えた荒木君の動き出しが良かったでしょう』

 

 

『しかし、キーパスからの攻撃は速かったですね。』

 

 

ベンチの岩城監督は、

 

「確かに、佐伯選手が駆君を警戒するのは予期できたことです。ですが、黒子役に徹していても、彼は結果を出せますからね」

 

そして、今のように他の選手の決定機につながる。

 

 

 

沢村のアシストと、荒木の素晴らしいシュートで得点を奪われた鎌学。しかし、この得点を演出したのは彼らだけではない。

 

 

間違いなく逢沢駆の動きが致命傷だった。

 

 

それはまるで、今は亡き伝説の選手と瓜二つなほど。

 

 

――――信じられん。今の動きの質は逢沢傑そのもの。

 

彼の弟にここまでの実力と視野があったのかと。ボールに触れることが出来ずとも、彼は攻撃を助けることが出来るのかと。

 

鎌学の監督である熊谷は、兄と同質の動きを再現する弟の動きに衝撃を受けていた。

 

 

 

マッチアップの相手でもあった佐伯は、許してはならなかった失点を、よりによってこんな形で奪われるとは思わなかったと悔しそうにしていた。

 

 

――――落ち着け、まだ抜かれたわけじゃない。でも、くそっ

 

 

今の不可思議なプレーに冷静ではない佐伯。

 

 

しかし、鎌学も負けていない。前半からここで攻勢に転じる。

 

 

「―――――っ」

 

鷹匠を中心としたパワープレー。トマホークが火を噴く。

 

「10番チェック! そして11番もマークだ!!」

 

紅林の指示によってポイントマン二人を封じにかかる。そして佐伯は中に絞る動きを見せたが、

 

――――させないっ

 

しっかりと駆が後ろに下がってケア。サイドで佐伯にスペースを与えず、思うようなプレーを許さない。

 

 

3-5-1-1という奇抜な陣形。確かに守備力は固いが前線の能力に左右される戦術でもある。

 

4バックしっかりと海王寺と沢村が鷹匠をマークし、ボランチ兵藤とトップ下の荒木が中盤をケア。

 

 

出し手に困る鎌学が横パスでスキを窺う展開が続く。さらにいえば、鎌学のディフェンスラインが上がり続け、二重三重の波状攻撃が続く展開が増えていく。

 

そして―――――

 

 

トマホークが火を噴く瞬間がやってきた。

 

「くっ!」

兵藤がここでMF生島に振り切られる。数的有利を作られている中盤で粘りを見せていたが、ここでぼろが出る。

 

 

 

ロングボールに驚異的な跳躍で飛んだ鷹匠のヘディングが江ノ島を襲う。しかし、しっかりと体を入れていたために、この攻撃は不発に終わる。

 

 

世良のダイアゴナルな動きだしと、鷹匠の連動した動きで一瞬ヒヤリとした。特に、世良が鷹匠のエリアに入り込んだ時に、隙を伺う裏抜けが成立しかかっていた。

 

ここはケアが必要だと考えた岩城監督。

 

 

「マークの受け渡しはっきりさせよう!! ケアを密に!!」

 

 

そしてここから展開の速い江ノ島サッカー。

 

「いけぇぇえ!!」

 

レジスタ織田にボールが渡ると、持ち前のロングフィードで一気に前線の高瀬に。

 

 

「っ!」

 

「貴様に仕事はさせるか!!」

 

国松のフォアチェック。前係になっていた鎌学を守る守備の砦。しかし、フィジカル自慢は目の前の彼だけではない。

 

―――――高瀬、君には手足の長さというアドバンテージがある。

 

 

青葉の言葉を思い出す高瀬。

 

 

――――コントロールできる限りでいい。大きくボールをトラップして常に間合いを図るんだ

 

 

消極的に見える高瀬のプレー。カウンターのチャンスにスピードダウンは致命的だ。

 

 

――――誰よりも高い場所で、フィールドを見下ろすんだ

 

 

ルックアップ。目の前の相手だけではない。広くピッチを利用するぐらいの気概でなければならない。

 

 

だからこそ、国松よりも早く見つけられた。

 

 

「こっちだ!」

 

二列目から飛び出してきたのは、荒木。その後ろから世良。

 

 

――――本当にそれでいいのか?

 

 

荒木にパスを出せば、おそらくボールは繋がる。悪くない選択だ。

 

 

刹那の瞬間、高瀬の中にあるひらめきが湧いた。

 

 

「!?」

 

体を入れ替えるように高瀬が前を向く。国松を背負いながら、力強く縦への突破を図ったのだ。

 

 

意表を突くまた抜き。ヒールでボールを転がし、素早く前に出た高瀬の目の前にはゴールキーパーしかいない。

 

 

「うぉぉぉぉ!!!!」

 

強引に振り抜いたシュートは五味のファインセーブに合う。

 

しかし、強烈なシュートはピッチの外に出ることになり、尚もコーナーキックのチャンス。

 

 

「へへっ、FWらしい動きじゃねぇか!」

 

荒木もパスが出なかったことよりも、キックフェイントを入れた今のプレーをほめる。

 

 

そしてコーナーキックでは火野と海王寺、高瀬といった背の高い選手が入り込み――――

 

 

『こぼれ球!! 押し込めない!! クリアクリア!! 江ノ島怒涛の攻撃!! 鎌学が寸前で防ぎます。』

 

 

『いい攻撃をしていますね。入り方もよかったでしょうか。』

 

 

前半もあと10分というところで、江ノ島ペースで進む試合展開。

 

しかし、江ノ島高校にとって初めての試練が襲い掛かる。

 

ゴール前で押し込まれた鎌学がゆっくりとパス回をしつつ、徐々にラインを押し上げていく。

 

中盤で数的有利を誇る鎌学から、ボールの狩場を見つけるのに苦労する江ノ島。

 

「げっ!」

 

荒木が躱され、世良が突破を図る。

 

――――調子に乗るのもいい加減にしろよ、古豪の分際で

 

これ以上勢いづけるつもりはない。後ろから迫る荒木と、前から詰めに入る織田。

 

「くっ、行かせないっ!!」

 

詰めに入る織田だが、服を引っ張られ、中々最後まで行けない。何とかひじを動かして払いのけようとすると、

 

「――――――え?」

 

 

そんな感覚はなかった。なら今目の前の光景は何だ?

 

 

どうして世良が倒れている?

 

 

ピピィィィィ!!!

 

 

「――――なっ!?」

 

審判が提示したのは、イエローカード。織田には当然身に覚えはない。なぜこんなことが起きたのか、それを説明できない。

 

『ここで倒された!!! ファウルです。ようやく鎌学に攻撃の形が出てきましたね!!』

 

『――――うーん。今の、当たっていますかね?』

 

『ですが、主審の判断は絶対です。微妙な判定に嫌われ、フリーキックを与えてしまいます、江ノ島高校!!』

 

 

自分が何をしたのか。いや何もしていない。

 

「そ、そんな! 俺は引き倒していない!!」

 

手でジェスチャーをする織田だが、主審は首を振るだけ。

 

「―――――っ」

 

悔しがる織田。理不尽なカードを貰い、自分を責めてしまう。

 

さらに追い打ちをかけるように―――――

 

 

 

「なかなか名演技だったでしょ?」

 

 

織田にだけ聞こえるように、世良が囁いたのだ。

 

しかし、織田はそれを近くにいたものが聞いていると思い込んでしまう。こんなに近くに、自分にははっきり聞こえたのだ。

 

「い、今聞こえました!? 今はっきりと演技だって!!」

 

 

「?? なにかね君は―――――」

明らかに興奮した選手。言い訳染みた行動にしか見えない。主審の眼にはそう見えてしまったのだ。

 

 

続けて提示されるイエローカード。

 

 

『ああっと!! ここで二枚目!! レッドカードです!! これは痛い!!』

 

 

『ちょっと審判ジャッジが辛いですね。抗議に対するカードならば一枚でもいいと私は思いますが』

 

『VTRを見てみましょう―――――ああっと、これは―――――』

 

 

『うーん。これは――――まあ、世良選手が上手い、のかな』

 

『しかし、判定は覆りません。ここで江ノ島、10人での戦いを強いられます!!!』

 

 

マリーシアという世界の風が、江ノ島にとっての逆風となる。

 

 

 

 




傑「彼の強かなプレーは洗練されている。なるほど、腕を上げたか」

青葉「二枚目は余計ですよ、織田先輩・・・・」

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