騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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お待たせしました。


第二十三話 決意と結果と

とにかく不完全燃焼という印象だった。

 

 

歓喜の輪に加わっているものの、その表情はどこか他人事のようなものだった。

 

 

若手カメラマンの奥田は、決勝戦でも6対1と圧倒的な攻撃力を見せつけた江ノ島の輪の中で、一人遠くを見つめる彼の姿が目に入った。

 

 

『試合終了~~!!! 10年前、全国に旋風を起こしかけた古豪が! その悲願を成就させました!!』

 

肩を落とす相手チームを尻目に、江ノ島高校は初めての栄冠に輝いた。

 

 

 

 

『強かったですねぇ。本当に強い。世代別代表が二人出ている時点で、タフな展開だったかもしれませんが』

 

『敗れた八草学園高校も前半途中までは善戦しましたが、江ノ島のシステム変更に対応できず、失点を繰り返してしまいました。』

 

 

前半は、4-2-3-1という布陣で戦っていた江ノ島イレブン。しかし、後半からはトップ下の荒木をセントラルに、沢村をサイドバックにポジションチェンジした後に、サイドバックの三上がFWの工藤と交代。

 

4-2-2-2の陣形でターゲットマンを二つに増やしたことで、サイド攻撃が活性化。

 

八草学園は、マークの修正がわずかに遅れてしまい、江ノ島高校にダメ押しの3点目を献上してしまったのだ。

 

 

今大会得点王は同点で青葉と荒木の2人が選ばれた。駆の代役として先発出場を果たした的場も堂々たるプレーを見せつける等、層の厚さもアピール。選手権に向けて、江ノ島高校の攻撃力は全国の強豪たちの頭に、刻み付けられた。

 

 

彼らの代表チームだったライバルが、最初から致命傷を負った姿で戦い続ける姿を。

 

「宮水選手、あんまり笑顔がないですね」

 

奥田は、スコアを見て棒立ちになっている青葉の姿を見て何かを感じていた。

 

そして、その横には久堂の姿も。

 

「―――――アレは飢えているんだろうね」

 

久堂は青葉の状態をそう推察した。

 

「――――高校サッカーに飽いているんですか? それはそれで強気ですね。まあ、実際宮水選手を止められる選手が一人もいませんでしたが」

 

「―――今すぐプロに行くべき、という声と、高校サッカーの広告塔として残ってほしい声。強すぎる個と言うのは、良くも悪くも、目立つものだからな」

 

 

すでに彼に接触しているプロチームもいるという。今後、彼の活躍を見たクラブチームの動きも活発化するだろう。

 

 

そして、青葉に保留の意志を告げられた東京ヴィクトリーのライバルチームでもあった存在が、彼のことを見つめていた。

 

 

前田芳樹。そのチームのGM補佐である。現役時代は一部昇格を成し遂げた立役者の一人で、現在は次期フロントとして期待をされている。そんな前田補佐は、スカウトから話を聞き、その足を運んでまで見た彼の雄姿を目の当たりにして、かなり刺激を受けたのだ。

 

 

「――――日本で、この若さで――――」

 

 

とうとうこの年代で世間を騒がせる存在が、日本サッカー界で現れるようになったのかと。

 

まだ15歳の少年に、その才能に、どれだけの可能性があるかわからない。どれだけ駆け上がっていくのかが分からない。

 

否、ほれ込んだ選手は大体、自分の想像をいつも超えてくるものだった。

 

――――達海とはタイプが違うが―――――

 

そのクラブの伝説的な存在を例えに出し、タイプが異なるとはいえ、一つのプレーで試合の流れを呼び込むその存在感は、彼に劣らず。

 

 

宮水青葉は高校サッカーで結果を早期に出し過ぎてしまった。選手権で栄冠を掴んでしまえば、もう彼がここにいる理由はなくなってしまう。

 

 

今ならまだ間に合う。まだプロは早いという空気が流れ始めている今ならば。

 

 

他のチームはユースへの加入を求めるだろう。体が出来ているとは言い難い若手をいきなりトップチームに出すことはしないだろう。

 

 

しかし、うちならば———————

 

 

 

――――笠野さんには、早まった真似をするなと言われそうだが、

 

元GMからは、そんなお叱りの言葉を貰うかもしれない。

 

 

――――今すぐにでも、プロで見てみたい選手なんですよ、彼は

 

 

 

そしてピッチ上。荒木を中心に歓喜の輪が出来上がっているのに対し、

 

 

「―――――――」

 

歓喜の輪に加わっているが、手放しで喜べなかった青葉。

 

 

――――うちの選手の方が、球際も強かったな。どちらが強豪か、わからないものだ。

 

 

後半に4点目を奪った辺りから、動きの質がガクンと落ちた。諦念の感情を想起させる相手の下を向いたプレー。

 

 

総体の会場となった味の素スタジアムを見渡す青葉。大観衆が見守る大舞台と言って過言ではない場所。

 

 

―――――まさか、的場に当たり負けするレギュラーがいるとはな。鍛え方が足りないと見える。

 

色々と努力している姿を知っている、小柄なドリブラー。彼はチーム内でもフィジカルの弱い方ではあったが、全国では中位に位置しているという訳の分からない状況だった。

 

—————蹴球なんて言う高校を作るわけだな。うちからリードを奪ったのは、鎌学だけというのも情けない話だ。

 

しかし、ろくなことを考えそうにないと感じた彼は、その微妙な感情をいったん忘れることにした。

 

 

 

「どうしたんだよ、青葉! 優勝したのにクールな面でよ!」

 

荒木は、浮かない顔をしているように見えた青葉に声をかける。

 

「そんな風に見えましたか?」

本心を言い当てられたのではないかと、青葉は内心ドキドキしながら平静を保つ。

 

「確かに、4点差がついた時点で心の準備は出来ていたがな。劇的展開での優勝というわけではなかった」

そこへ、織田のフォローが入る。優勝という文字がはっきり見えて、時間が来たらその時が来た。

 

彼も意外と落ち着いていた。

 

「3年間。走り続けて、最後にいい思いが出来た。お前のおかげだ、青葉」

 

そして、3年生組はそのほとんどが引退する総体。3年生を代表して沢村が青葉のもとへと駆け寄る。

 

「―――――俺は、強いはずのチームが、江ノ島が沈んでいたことが許せなかっただけです。これからもチームを引っ張りますよ」

 

 

「荒木先輩が」

 

 

「俺かよ!!」

 

 

嘘は言っていない。荒木はこれから先もチームを引っ張る選手として活躍するだろう。スタミナの問題からまだまだフィジカル的には足りないところもある。だが、ゆくゆくはプロの世界で会うことになるかもしれない。

 

 

――――先に、選手権優勝を手土産に―――――

 

 

 

――――俺は、プロになる。

 

 

はっきりと、そう感じた。もっと上のレベルで戦う。ただ、世代別代表に対して未熟な感情を出してしまった。

 

 

後で知ったことだ。ブラジルワールドカップでの惨敗で、なりふり構っていられなくなった協会は対応に追われている。

 

 

逢沢駆からいろいろな話を聞いた。そして青葉が考えていた以上に深刻な日本サッカーの未来を痛感してしまった。

 

少しでも多くの可能性を秘めた選手を選考しなければならない。それは従来の国内組と欧州海外組だけではない。

 

 

数多のステージで戦う、未来の日本代表を目指す選手を探しているということを。

 

 

 

きちんとした選考基準で選んだはずのチームが、ブラジルで無残に敗北した。今、協会は手探り状態だったのだ。

 

 

何をすれば勝てるのか。どんな陣形が日本人にはあっているのか。その正確な答えを日本人は知らない。

 

それを知る方法が定かではない。自分よりも長くサッカーに携わった者ですら、わからないのだ。

 

 

そして、言うべきことは言わなければならない。

 

 

江ノ島の誇るサイドアタッカーは、いい加減道を定めるべきだと自分に言い聞かせた。追い抜かれたとは思っていないが、急成長を遂げる伝説の弟が飛躍を遂げている。

 

なら、ガキ臭い考え方は出来る限り辞めよう。

 

 

 

 

「―――――――――青葉?」

 

 

観客席から見えた青葉の何かを決意した様子に、いぶかしむ颯。強化試合やリーグ戦で活躍している彼女は、とうとう江ノ島ベンチにはいられなくなっていた。

 

仕方なく観客席で観戦はしていたのだが、青葉の様子がおかしいことに気づいた。

 

「青葉君、つまんなさそうだったね。」

隣の群咲も、青葉が面白くなさそうな顔をしていたことに気づいていた。

 

 

「うん。ゴールの瞬間にもニコリともしなかったし――――あれは」

 

 

美島はその彼の心に宿ったものを薄々感じていた。

 

 

 

 

その夜、

 

 

「代表に入れさせてくれ、というわけではなさそうだが。どういう風の吹き回しだ?」

 

 

世代別代表の監督、桜井は駆経由で連絡を入れてきた青葉に対し、驚きの感情を抱いていた。

 

 

「まずは、自分の考えに固執し、代表を辞退したことについて、謝罪いたします。申し訳ありませんでした」

 

あのプライドの高そうな青葉がいきなり謝ってきた。桜井は総体で何か変化があったことを察した。

 

 

「―――――いきなりどうした? 総体でいい思いをしたんじゃなかったのか?」

 

江ノ島は完全優勝を果たした。なのに、青葉は浮かない声色。だが、これはもうあからさまだ。

 

 

「―――――飢えを凌ぎたいんだろう、宮水」

 

 

高校サッカーで満足できなくなった。青葉が今訴えているのは、暗にそういったことなのだろう。

 

「―――――否定はしません」

 

その正直な物言いに、桜井は選手として伸び代があることを予感した。

 

――――本当に、こいつは別格だ。

 

ここまで貪欲に強くなりたいと思う向上心。強い存在を打ち負かしたいと思う激しい闘争心。

 

 

「だが、お前もわかっていると思うが、世代別代表のメンバーにお前を入れることはできない」

 

 

「はい」

 

もう戦術も固まってきている。だから、明日のアメリカとの親善試合に出すことはできない。

 

アジア選手権には間に合うかもしれない。しかし、今回は不可能。

 

 

それは無論、青葉もわかっていることだ。

 

 

「だが、明日の試合。観客席の場所から見てほしい。お前が今どの位置にいるのかもわかるはずだ」

 

 

「―――――はい。駆がどこまで世界とやり合えるのか。荒木さんと一緒に見させてもらいます」

 

 

「――――荒木は単純に怪我とフィジカルがな。技術は抜きんでているが、今のままでは使い物にならん。仮に万全でも、俺はあいつを選ぶつもりはなかった」

 

はっきりとモノを言う桜井。確かにDMFがカバーをしてようやく崩壊しなかった中盤の守備。そこに運動量のある駆と青葉がいてこその陣容。

 

荒木を使うならば、セカンドトップとして使うべきなのだ。

 

それが一番リスクのないやり方。つまり、桜井監督の眼には、荒木の運動量は不合格ということになる。

 

 

逢沢傑が死に、江ノ島高校で腐りかけていた時間。それがここに来て荒木の代表入りを阻んでいる。

 

成長期であの遠回りは、今後至る所で出てくるだろう。そしてその影響は、サッカー選手を引退するまでまとわりつくことになる。

 

 

「今の日本サッカーには、走れない選手は必要ない。その最低限が出来なければ、ファンタジスタであろうと世界では通用しない」

 

 

足が遅い選手も、常に動き続けることでポジショニングを取り、マークを外す工夫が出来ている。

 

パスの出し手であっても、それが出来なければ攻撃陣としては使えない。

 

 

ここから年代が上がるにつれ、そういった選手は自然と淘汰されていく。

 

 

「そしてお前はいつまで、サイドアタッカーという殻に籠る気だ」

 

 

サイドアタッカーで結果を残してきた。それが青葉の自負でもあった。しかし、桜井はその固定概念が青葉の成長を妨げていると考えていた。

 

 

「――――――」

 

 

「鎌学戦、そして総体でもお前は中央でプレーしても何の問題もない。むしろ、現代型の司令塔の雛型になれる」

 

 

 

「―――――サイドからではなく、ピッチの中心で、突風を吹かせて見せろ」

 

 

さらなるレベルへの誘い。桜井は、殻を破ってほしいという願いを込めて、青葉にサイドアタッカーからの脱却を言い放った。

 

 

 

翌日、青葉は神奈川の会場で行われる強化試合を観戦しに行く。隣には荒木、そして美島と群咲、小野寺と江ノ島でホットな話題を提供している面々も一緒だ。

 

 

「駆が先発!? すごい……」

 

「水を得た魚の様ね。しかも激戦区の二列目。左サイドのポジション」

 

 

 

 

 

1 GK 遠野 (四日市)

5 RSB 島  (八千草)

4 CB 原田 (大阪G)

6 CB 菊地原(鹿島W)

13 LSB 伊藤 (川崎F)

12 DMF守屋 (J千葉)

14 DMF山田 (湘南B)

7 RMF遠藤 (横浜M)

8 LMF逢沢 (江ノ島)

10 OFM世良 (鎌学)

9 CFW風巻 (蹴球)

 

初召集初先発の逢沢が左に入るが、既存のメンバー中心。

 

先発にはDMFの守屋、山田など、ユース組が半分以上を占めるメンバー。

 

高校組は風巻、世良、逢沢、遠野、島とベンチの日比野、佐伯と苦しい割合。やはり、ユース組は技術的にも、戦術的にもレベルが高く、高校組にとっては大きな壁となっている。

 

しかし攻撃陣は高校生組で大半が構成されており、光るものはあるようだ。なお、島が本職のセンターバックではないものの、器用さを買われて右サイドバックで先発している。

 

 

しかし、試合はその高校組を押しのけたユース組中心のメンバーが劣勢を強いられる展開に。

 

前半からハイプレスでボールを奪いに来るアメリカにパスをカットされ、開幕早々にピンチを迎える。

 

「ここで――――ぐわっ!」

 

島が何とか体を入れてボールを奪うも、次の選手からの強烈なタックルで、またもボールの持ち主が目まぐるしく変わる。

 

転々とするボールにありついたのはアメリカの選手。そのままクロスボールを蹴りこんできたのだ。中には3枚。日本も同等以上の人数が揃っていたが、

 

 

「うぉっ!」

高さでは同年代で負けなしだった大阪ガンナーズユースの原田が競り負けることに。体を入れられてフリーになったアメリカ選手の強烈なヘディングシュートを遠野がブロック。

 

決定機をいきなり作られた日本代表は横パスによる展開が多くなり、縦にスイッチを入れることが出来ない。

 

そんな中、左サイドでパスが来ず孤立している逢沢は、冷静に今の戦況を分析する。

 

―――――やっぱり思ったとおりだ。4-1-4-1に見せかけた、3-4-3

 

サイドバックはもはやウィングバックと化し、アンカーとCBで中央を守っている。

 

そして数的優位とフィジカルの強さにものを言わせるハイプレスで、日本は劣勢を打開することが出来ないのだ。

 

 

――――カギは、アンカーとCBの距離を開くこと。

 

中央で孤立している風巻と上手く連携を図る必要がある。定石通りにサイド突破を図れば、陣形を可変した際に数的有利を作られてしまう。

 

相手が交代枠を考えているなら、試合中盤でも恐らく死角はない。

 

 

何より問題なのは、ファーストディフェンダーとしてウィング二枚が日本の攻撃を停滞させていることだ。駆もボールに触る回数が少なく、打開しようにも手の施しようがない。

 

 

しかし、ゴールを奪いたい一心の逆サイド遠藤が中に絞る動きを繰り返しており、駆まで中を絞れば、前線の立て直しが出来ない。

 

 

駆も孤立するわけにはいかないし、ワイドにピッチを使う必要があるのだ。その為駆は低い位置からボールを受け取るケースが多い。

 

 

 

そして均衡が破れる。

 

 

 

 

世良へのマークが集中しており、CB菊地原からの縦パスをインターセプトしたアメリカ。そのまま一気にショートカウンターで中央を崩され――――――

 

 

「っ!?」

 

最後は遠野をあざ笑うかのような肩口の穴を通したシュートにより、日本が先制点を奪われる。

 

 

「くそっ!」

思わず天を仰ぎ、汚い言葉を出してしまう遠野。あの状況ではもはや、キーパーどうこうというわけではない。突破された時点で勝負はついていた。

 

しかし、日本はそれでも前に出ることが出来ず、ロングパスによる裏抜けが苦し紛れに出てきて、ボールをロスト。

 

我慢の時間帯が続く。

 

 

 

真ん中にいる世良も、遠藤が上がり過ぎているため、パスコースの出し手を見つけることが出来ない。

 

――――くそっ、点取ることしか能のない奴め。これでは打開も出来ない

 

簡単に奪われる右サイドへの信頼が薄く、中央もフィジカルで潰されている現状。逢沢はバランスを取りながら、やや低い位置。

 

 

「ちっ」

 

仕方ないので左サイドバックへパス。ボールを下げて、逢沢のプレーに期待する。

 

 

 

「――――――」

 

ワイドに位置を取っていたサイドバックと同じく、ワイドにポジショニングする逢沢。そのまま縦への抜けだしを狙う。が、アメリカの選手がそのパスコースを塞ぐ。

 

 

「―――――」

 

しかし、寄せられることを予期していた駆がプル・アウェイ。縦に行くと見せかけた動きから中への絞り。短い間だが、ここでパスコースが生まれる。

 

 

「頼む、逢沢!!」

 

LSBの伊藤が一本スイッチを入れる。パスコースを単独で作り、相手選手の背後からするすると抜け出した駆へと鋭いボールが飛んでいくのだ。

 

 

その瞬間、ある予感が会場の中で生まれた。

 

 

「―――――いい抜け出しだ」

青葉は、その動きだけでも、試合の流れが変わると確信した。

 

 

そしてその駆の中央へのドリブルを塞ぎにかかったアメリカ人選手に対し、

 

 

「――――っ」

 

ルーレットでひらりと躱し、外に開きながら縦への突破を決める。

 

「WHAT!!」

 

アメリカの選手はルーレットで体勢を崩されたものの、リカバリーが速くすぐに詰めてきたが―――――

 

 

今度は簡単な切り返しを駆に冷静に決められ、追いすがるために生み出した自らのスピードで転倒してしまう。無論ファウルではない。

 

中央で相手選手を剥がす動き。空いたバイタルエリアに世良が動き出している。

 

 

この瞬間、アメリカイレブンの眼はボールホルダーの駆と、世良に向けられている。駆のトリッキーなプレーと危険人物の世良の動き。

 

 

――――ここで馬鹿正直に出すなよ。

 

世良は駆が一工夫することを期待した。

 

 

駆はパスをする直前、前に向いていた視点を変える。

 

寄ってくる世良のほうに視線を向け、パスという選択を決めたかのような動き。ここで恐らくワンツー、誰もがそう感じた。

 

 

トンっ、

 

 

ワンパターンな、日本の攻めに対し、アメリカは守り方を決めていた。

 

 

それは、ディフェンスラインを高く保つことである。

 

この方法によって、アメリカ優位の試合を齎していた。だが、そのリスクを彼らはこの瞬間味わうことになった。

 

 

駆の浮き球のパス。フライスルーパスが中央にわたり――――

 

 

駆からのパスを待っていた風巻の裏抜けがさく裂。

 

 

キーパーとの一対一を冷静に決めた風巻がゴールネットを揺らしたのだ。

 

 

一瞬の出来事だった。一瞬でボールの位置が変わり、気づけば致命的なプレーを許してしまったアメリカイレブンは呆然としていた。

 

「ふん、それくらいできると僕は思っていたけどね」

 

なんでもなさそうに言う世良だが、その口元は緩んでいた。

 

「すげぇな、今の!! よくあんな場所を見つけたな!」

 

チームメートに駆け寄られる駆。手荒い祝福に苦笑い。

 

「えっと、荒木さんならこうするかなって。」

 

「それだけであれを決められたら、やべぇよ! それが出来りゃあ俺たちは苦労しねぇし!!」

 

「まさか俺の動き出しを見ていてくれたとは。世良もそうだが、ありがとう。ノープレッシャーで決められた」

そしてゴールを決めた風巻にも笑顔。この瞬間、駆はこの代表チームに認められたのだ。

 

 

――――でも、まだ同点。あと3点ほしい

 

 

 

観客席では、江ノ島メンバーも驚いていた。

 

 

「うおぉぉ!! 駆の奴、何だあのパス!!」

 

まるで荒木を彷彿とさせる魔法のようなパス。いつも受け手だった駆が見事なスルーパスを決め、アシストを記録。荒木本人も驚いていた。

 

 

「凄い。今のはすべての選手の動きを見切らないと、中々成功しないわ」

小野寺も、今のパスを決めた駆の観察眼に舌を巻く。彼はずっとルックアップで周囲を確認し続けていた。劣勢の中でも、風巻が潰されている相手守備の習性を見切り、有効的な攻め方を考えていた。

 

 

「凄い。あんな場所を思いつくなんて。駆はやっぱりすごい」

セブンに至ってはそのプレーだけで感動しているようだった。

 

 

 

――――なるほど、駆の守備の穴を見つける観察眼は、ここでも活かされるのか

 

青葉は、その攻撃のセンスは得難いスキルだと感じた。

 

 

 

 

風穴を開けるかのような駆のアシスト。前半の動きが変わってくる。逆にディフェンスラインをさらに上げることが出来た日本が逆襲。

 

 

世良と駆の崩しにより、日本の攻撃が活性化。引っ張られるように左SBの伊藤の動きがよくなり、左サイドでのディフェンダーの攻撃参加が活発化する。

 

 

―――――だってこれは、青葉が僕の目の前で実践してきたことだから。

 

 

眼で見たことなら、必ずやれる。そのタイミングさえつかめば、そのプレーは成立するのだと、駆は自信を持ってプレーしていた。

 

 

「っ!?」

切り返しを警戒していたアメリカ選手の股を抜くドリブル。左足のヒールでボールコントロールし、またしても相手選手を一人剥がす駆。

 

そしてボールを持っていない駆に接触してしまい、駆は怪我をしない程度に倒れこむ。

 

 

ここで笛。ファウルを犯した選手にはイエローカードが提示される。駆のトリッキーな動きにより、アメリカのディフェンスが日本側からは左に偏り始める。

 

 

 

「うむ、これで縦パスを入れられるな」

監督の桜井は、ピッチでとにかく駆と世良にボールを集めろと指示をしていた。彼らの技術的な高さにより、日本は感銘的なアシストに立ち会い、流れを掴んだ。

 

 

ジェムユナイテッド千葉の守屋の縦パスが、マークを外す動きから抜け出しに成功した世良に通る。

 

 

そして駆はいつでもフォローにはいれる位置に動き、周囲のアメリカ選手に牽制を入れる。

 

ロングパスか、それともドリブルか。

 

 

世良はほぼプレスのない状態でシンプルな答えに行きついた。

 

 

「っ!?」

 

少し前に出ていたキーパーをあざ笑う、カーブの利いたロングシュート。キーパーの指先の上を通り過ぎ、その軌道はゴールネットに吸い込まれていった。

 

 

「勝ち越し!!! 世良も世良でいいキックじゃん!!」

勝ち越しゴールを決めた世良に駆け寄るのは、DMFの山田と守屋。特に守屋はこれが勝ち越しアシストになるので、少しご満悦である。

 

「やはり、あの逢沢傑とレギュラー争いをした選手は違うな。駆君といい、君といい、高校サッカーも侮れないな」

守屋は、この劣勢の流れを変えた世良と逢沢のプレーに感銘を受けていた。

 

「俺は逢沢君に比べて下手糞だからね。小細工をしないと土俵に立てないんですよ」

不敵な笑みで、そう説明する世良。

 

ここからはもう日本の攻勢が止まらない。前半で試合の流れをひっくり返した日本は前半39分に同点アシストを決めた駆が個人技を見せる。

 

 

―――――横一人、前に二人。まだドリブルで仕掛けられるッ!

 

前方には風巻と遠藤、横には世良がサポートに寄ってきている。

 

逢沢は並走する世良へのパスを選択する。

 

「――――――!!」

しかし、ここでアメリカの選手がそのパスコースを遮断。パスのモーションに入っていた駆は、これを止めることが出来ない。

 

なぜなら、背後からもう一人の選手が詰めてきている。動きを止めれば囲まれてボールロストかバックパスになる展開。

 

―――――青葉さんなら……ッ

 

 

ここで、切り返し。クライフターンで何のためらいもなく抜き去るだろう。それをすればいい。それと似た動きをすればいい。

 

 

ボールプッシュからのバックで、ボールを引き戻し、止まるという選択をした駆。

 

アメリカの選手にはそう見えた。

 

だが―――――

 

「「!?」」

 

止まったと思われていた駆はいつの間にか前をぶち抜いていた。横と後ろからのタックルを物ともせず、鮮やかに打開した駆。

 

―――――何が起きた、このジャパニーズボーイは何をした!?

 

パスコースを塞ぎながら駆を潰しに迫っていた選手は、ドリブルコースになるであろう世良とは逆側のスペースをケアしていた。

 

背後の選手は、その動きの止まった駆を刈り取るべく近づいたのだ。

 

―――――本当に、咄嗟のドリブルでそこまでやるか、駆君は

 

世良には駆のやったことを理解出来た。

 

世良への横パスを右足でしようとしたところをキャンセルし、その瞬間に左足でプッシュし、止まったかのように見せたのだ。

 

そこからはもう、崩されたディフェンスラインを蹂躙するだけだった。

 

――――いけるっ、この距離ならッ

 

強烈な左足でコースに狙いを定める駆。何としても代表戦で得点を奪いたい。その気持ちが強くなる。

 

 

力強く振り抜いた左足は、ボールの芯にまで食い込んでいた。いつもとは違うキックの感触に、駆は焦りを覚えた。

 

――――しまっ、

 

 

とんでもないコースに飛んでしまうと思われていたシュートだが、狙ったコースより内側に甘く入り込んでしまった。

 

 

キーパーは目視でその軌道を読み、駆のシュートをブロックする態勢になっていた。

 

 

だが――――――――

 

 

「っ!?」

 

 

しかし、楽々セーブできると思われていたシュートが変化した。ほぼ無回転のボールは空気抵抗に遭い、不規則な変化を繰り出す。

 

 

キーパーはその軌道の目測を誤り―――――――

 

 

そのシュートの軌道によって、キーパーは体勢を崩してしまう。しかもそれは、膝から腰砕けになる情けない崩され方で、ボールの行方をただ見るだけのものだ。

 

 

駆自身、体感したことのないシュートの感触と、その結果に驚いていた。

 

 

「―――――今のは――――?」

 

 

駆の眼にもはっきり見えた。あの感触のシュートで不規則な変化をつけることが出来たという事実を感じ、駆は考えた。

 

 

―――――今のが、無回転シュート?

 

 

「凄いシュートだったな、逢沢!!」

遠藤は、ふがいない自分のプレーよりも、チームの勝利につながるプレーに喜びを感じていた。

 

――――焦っていたな、俺も。もっとバランスも考えないとな

 

 

「ああ。今のシュートもコースえぐいな」

そして、風巻もそのシュートを間近で見ていたひとりであり、駆の才能がどんどん伸びていることに驚きを隠せない。

 

 

中押し点となる貴重な追加点を奪った逢沢に称賛と、手荒い祝福が待っていた。特に、ユース組からはますます信頼を置かれているのか、笑顔が弾けている。

 

 

それを遠目から見ていた青葉たちは、

 

「―――――大舞台で委縮するどころか、どんどん伸びているな。」

駆の気質を考えると、特に驚きはない。気弱に見える彼だが、それは生来の優しい性格が起因している。

 

本当の彼は貪欲で、好奇心が強く、向上心に溢れている。それが分かるのだ。

 

「――――――駆のヤロウ、ここまで伸びるなんてなぁ」

荒木は、二列目の選手としての資質と、ストライカーの動きの両方が出来る彼の成長ぶりに驚きを隠せない。

 

「えぇ、特にあのシュートは駆君の飛躍を助けるかもしれないわ」

小野寺的にも、あのシュートは凄いことになると考えていた。今後彼を飛躍させる代名詞の一つになると。

 

 

前半が終了し、世良と駆は合格とみなされたのか、ハーフタイムで交代。残る後半も堅実なボール運びを見せた日本が追加点を挙げ、結局5対1でアメリカに完勝。

 

黄金世代が注目されていた中、活躍したのはその黄金世代の中心にいた逢沢傑の弟、逢沢駆。

 

『強化試合で新星現る! 1G1Aの逢沢駆が躍動!』

 

『さぁ、リオ五輪へ!! 伝説は死なず!! 逢沢駆のワンマンショー!』

 

『1G1A!! 若武者ジャパンのエースへ!! 逢沢駆の満点回答!!』

 

サッカー熱がブラジルワールドカップの惨敗により後退しつつある中、新たなスター、広告塔を求めていたサッカー界。

 

代表の主要人物たちも本選で結果を残せず、花森以外はまるで通用しなかったとさえ言われた本大会。四大リーグで強豪クラブに所属していた選手は本番での勝負弱さを露呈し、新しい人材の発掘を行っている最中。中には代表引退を宣言する選手もいた。

 

そんな中、4年後に迫るこの時期に、逢沢駆と宮水青葉という新たな顔となる存在が現れた。塩対応の青葉はともかく、実直そうな駆を金の成る木と見立て、殺到する記者が増えていくことになる。

 

逢沢駆が求めていた、サッカーに集中できる環境が少しずつ、変化していく。

 

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