騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
江ノ島高校が快進撃を続ける中、宮水青葉内定が秘密裏に決まっているイースト東京ユナイテッドでは、ひと騒ぎが起きていた。
「—————えっと、それ本当なんですか、後藤さん、前田さん!?」
金切り声で、詰め寄ってくるのは、このクラブチームの広報であり、会長の娘の永田有里である。今先ほど後藤と前田の口から出てきた言葉は、彼女にとってのサプライズに等しいものだった。
「あ、ああ。前田補佐からそういう話も聞いた。まさかうちを選ぶとは想像していなかったが—————」
「彼はしっかりと、うちにはいることを了承してくれました。程なく内定の正式な公表をするつもりです」
特別指定選手として、日本アマチュアサッカー界の新星と謳われる宮水青葉が、ETUを選ぶなど前代未聞と言っていい。
彼は今、伝説のトップ下の後継者、逢沢駆と共に高校サッカーで旋風を巻き起こしているのだ。
「これは一大事ですよ! 一大事! こんな大物、達海さん以来じゃないかしら!」
日本のフェノーメノとも呼ばれている彼は、日本サッカー界に必ず変化を与える。一人のエースがチームを変える期待感を膨らませていた。
「—————いい土産話も出来た。これなら—————」
後藤GMは、これからロンドンへと向かう。有里とともにある人物を連れ戻すためだ。
「—————でも、本当にいるんですか? もしかすると、デマなんじゃ」
ロンドンの五部リーグで、監督をやっているらしいあの男。デビュー戦での大けがから引退に追い込まれ、そのままサッカー界から消えたと思われていた。
そんな男が今や監督としてロンドンを盛り上げているらしいのだ。
「—————達海」
誰にも聞こえない声で、後藤はつぶやく。
————もしかすれば、このETUの救世主になれる奴がいるんだ
背番号17の獲得は、後にアンダー世代とのパイプをさらに強くさせるものになる。
ロングフィードに強みを持つ司令塔。
高さという武器を備えるストライカー。
そして伝説の後継者。
ETUに黄金時代を齎す屈指の実力者たちが、アジアの大舞台、そしてその先の世界で輝くことになる。
弱いクラブチームが、ビッグクラブを倒してしまう。そんな夢物語のような未来が。
江ノ島高校は続く試合も7対0と圧倒。フルメンバーで臨んだ試合で、逢沢駆の2ゴール1アシストと、宮水青葉の2ゴール1アシストにより、大量点差で勝利。
高瀬もこの試合で2ゴールと爆発。止めは荒木のフリーキックで奪い取り、余裕の試合展開で神奈川高校を蹂躙。
この一年で、神奈川の勢力図が一変した。群雄割拠と言われた時代が終わり、神奈川は江ノ島高校の一強時代が続くことになる。
走れない選手が淘汰され、走る選手が考えて動く。そして上手くなっていく。
一方その快進撃を続ける江ノ島に予定されていた痛手が発生する。
「すいません。選手権予選の日程がここまで重なるのは悔しいですけど」
逢沢駆が、U-16日本代表に選出されたのだ。荒木も候補に残っていたが、今回は落選となった。
しかも、高校生組は逢沢と世良、遠野、島、佐伯、風巻の6名のみという内容。ユース組が大多数を占めることとなった。
「黄金世代と言われても、やっぱユースは上手いんだな」
八雲は、逢沢傑世代と言われた高校生組があまり選出されていない事で、ユースの壁の高さを感じた。
「ああ。ユースの試合は高校とは別ベクトルで洗練されている。普通の強豪校でも五分五分以下だからな」
紅林は、ユースの試合で飛び交うシュートを見てレベルは違うと感じていた。
高校サッカーとユースでは技術に差が出ている。しかも、フィジカルでも最近水をあけられているような気がする。
「—————同年代であそこまでできる。ならば、俺たちもまだまだ成長できるということに、他ならない」
ユースに対して対抗心を燃やしているのは織田。プロ入りを目論む彼に問って、昇格組と言われる彼らはライバルなのだ。
「————けど、本当の怪物は、高校サッカーから生まれるものだと、俺は思うね」
的場は頼もしさを感じる視線を駆にそそぐ。
「か、怪物って、薫君僕は怪物ではないよぅ!」
「謙虚な怪物だな。これは」
青葉も愉快そうに笑う。
しかし、駆には言い足りないのか、青葉は尚も続ける。
「前にもいったが、完勝が快勝に変わるだけだ。お前は選手権本選に照準を合わせるだけでいい。アジアの壁ぐらい、軽く乗り越えて見せろ」
驚いたような顔をする駆。アジアのレベルに遅れを取るなよという青葉の強烈な檄を飛ばされたが、とたんに戸惑いの顔が笑顔に変わる。
「—————そうだね。アジアの壁を乗り越えないと、世界にすら届かない」
「だからやり遂げるよ。来年のU-17ワールドカップに出るためにも」
その先の世代別ワールドカップ。必ずそこに、青葉はいるはずだ。
「青葉も出るんでしょう? その大会に」
「—————ああ。今度は選ばれないとな。五輪優先のつもりだが」
彼がいれば、片方のサイドは圧倒できる。後は自分が逆サイドを制圧すれば、日本は勝てる。
「ま、世界を驚かせて見せろ。結果次第で特別指定選手の道だって、開くかもしれないし」
「—————ありがとう、青葉」
こうして、逢沢駆は世代別代表へと合流。江ノ島は両翼の片割れを失ったが、代わりに入るのは的場。戦力的にも見劣りはしない。
「青葉君、右で出ないの?」
右サイドハーフが定位置だった宮水青葉はトップ下へ。右サイドハーフに的場が入ることになったのだ。
「俺はどちらも出来る。クロスを上げるから、ゴール前は集中しろよ?」
影響はさほどないと言い切る青葉。代わりに強烈な檄を飛ばすのだ。
「うん。本当に、頼もしさしか感じないよ(だからこそ、勉強になるんだ)」
その数日後には、今大会注目のダークホース、相模ヶ浦高校との試合が待っている。
その次は葉陰学院、さらにはファイナルに来るであろう鎌倉学館が待ち構えている。
特に、相模ヶ浦高校は江ノ島と同じく走るサッカーを志向しており、かなりの強敵になり得るのではと考えていた。
試合映像を見る一同は、彼らのパスワークに驚いていた。
「凄い、全員の走る意識は相当なものですね。だからスペースが空くし、パスも通りやすくなる」
美島も、走るサッカーの答えを見せられているような彼らの奮闘ぶりに、舌を巻く。
「単純な走力では決着がつかないようだ。勝敗を決するのは、球際の強さ、ゴール前での精度か」
青葉も、高校サッカーらしからぬ彼らの技術の高さに驚いていた。こんなサッカーをするチームが神奈川にいたのかと。
————いいな。全員の守備意識もさることながら、攻撃への意識も高い
彼らの出身、簡単なプロフィールは既に把握している。彼らはもともとユース出身の選手で構成されているが、そのユースが解散してしまったのだ。
紆余曲折を経て、どんな物語があったかは知らないが、彼らは高校サッカーで戦術を変えようとしている。
————面白い。受けて立つ
青葉は燃えていた。彼らのサッカーを良いものだと感じ、猶更戦い甲斐のあるチームだと思い込み、闘志を燃やす。
「彼らのパスを封じるには、こちらの運動量も必須となります。パスコースを塞ぎ、スペースを消す守備。序盤は我慢比べになるでしょう」
彼らが受けて立つなら、カウンターサッカー。互いに慎重になるなら、カウンターの応酬。
そして、守備陣がどこまでラインを上げられるか。攻撃陣がどこまでファーストディフェンダーになれるのかだ。
————歯ごたえのない全国のなんちゃって強豪よりも、いい試合になるかもしれんな
固まって守備。ロングボールを蹴りこむだけの、縦に早いをはき違えているパワーサッカー。技術に酔って、横パスばかりで闘志のない、メッセージすらないパスを繰り返す、俺たちのサッカー気取り。
一方相模ヶ浦高校は、次の対戦相手となる優勝候補筆頭との大一番を前に、闘志を燃やしていた。
「次の試合で、まさか江ノ島と当たるとはなぁ」
総体を圧倒的な力で制した今年の王者。予選で大活躍した逢沢駆を欠いた中での偉業達成。
多くのタレントが揃い、総体に比べて守備力も上がっている。
そのキーマンは、
「12番、堀川か」
潰し屋として江ノ島の中盤の守備を支えるボランチ。運動量とボール奪取能力に長けた縁の下の力持ち。
そんな彼とコンビを組むのは、ロングフィードが武器の織田。キャプテンとして精神的支柱となっている。
ここを潰せば、江ノ島の攻撃は遅らせることが出来る。
「ああ。このダブルボランチを優先的に警戒する必要がある」
このチームの背番号10天童一英は、ショートカウンターの時にケアすべきはここだと考えている。
「とはいえ、一つ懸念なのは宮水青葉がどこのポジションで出るかだ」
ディフェンスの要、竜胆勇気は、青葉のポジションがどこになるかによって、対応の仕方が変わってくると考えていた。
現在、青葉の主戦場は右サイドハーフ。しかし、ジュニア時代では多くのポジションを経験し、鎌学戦ではOMFを務め、数的不利の中、チームを逆転勝利に導いている。
もし、彼が真ん中のポジションに来るならば、彼の個の力を封じる守備をしなければならない。それは数多くのチームが試み、無残な結果を生むこととなっている。
「確かに、単純なフィジカルでも、走力でも、あれは高校生の域を超えているぜ。ありゃあ反則だな」
背番号14であるエースストライカー天童次英は、同じアタッカーとして彼は規格外だと証言する。
「俺たちディフェンス陣が、どれだけ勇気をもってラインを上げてスペースを消すかだな」
中盤を担うMFの信楽も、そんな守備陣をケアできるかがこの試合の戦術での優位性を奪い取るカギになると考えていた。
「抜け出されたら終わり。マンマークで一人使う必要があるな。というか、ユースにもあんな化け物いなかったぞ」
「ああ。ユースであいつがやっていたら、得点王は取るんじゃないか?」
MFの松本とDFの瀬賀も、日本人離れした彼の実力に警戒心を強めていた。
「あのフィジカルと体幹、いったいどれだけの鍛錬をしたのか」
「ま、いくら絶対的エースがいても、サッカーは何が起きるか分からんやろ? やる前から堅くなる必要はあらへんよ」
しかし、強大な敵を前にして固くなっている選手たちに陽気な声をかけるのは、監督の阿久津だ。
「まさに、あれは日本史上最高傑作と謳われる尾野伸二や、イタリアで活躍した仲田英寿、規格外のフォワードと言われたドラゴン久保のような存在や」
「けど、みんな勘違いしてへんか? サッカーは11人でやるスポーツやで?」
「あっ」
「————そうだった」
「無駄に相手を大きく見るわけにはいかないな」
落ち着きを取り戻す選手たち。彼一人なら、人数を掛ければ遅らせることもできる。
選手たちにいつもの闘志が戻ったので、阿久津はもう一声彼らにエールを送る。
「胸を借りるつもりで、ワイらのサッカーを、江ノ島に見せてやろうやないか!」
準々決勝、ともに失点ゼロ、走るサッカーという意味では似通っている両校の対決が始まる。
ここからは、生中継が行われるようになり、カメラの数も格段に増えていく。
『さぁ、選手権大会神奈川予選も大詰め。ベスト8が出そろい、今大会注目のカードが間もなく始まります』
『高校サッカーでは屈指のタレント揃いの江ノ島高校。逢沢選手がいませんが、層が厚いですねぇ』
『はい。驚きなのは、今大会初めてトップ下に宮水選手が入ることですね』
GK 1番 紅林
LSB 2番 桜井
CB 4番 海王寺
CB 5番 三上
RSB 3番 八雲
CMF 6番 織田
CMF12番 堀川
LMF11番 兵藤
RMF18番 的場
OFM 8番 宮水
CFW 9番 高瀬
ベンチ入り (GK)16番藤原、19番林葉、(DF)15番 園田、14番錦織、17番 藤田(MF)、10番 荒木、7番 中塚、(FW)20番 夏目、13番 火野
7番 逢沢(代表召集のためベンチ外)
『テクニシャンである荒木選手がベンチスタート。これは、後半のジョーカーとしてでしょうか?』
『間違いありませんね。どちらも運動量が求められるチームです。足の止まり始めた時間帯。彼を投入すれば試合の流れは変わるでしょう』
対する相模ヶ浦高校。江ノ島高校と同じく、4-2-3-1を採用する布陣。ワントップには背番号14の天童次英、トップ下背番号10の天童一英。
ダブルボランチではあるが、状況に応じてCMFからDMFに変化する。
GK 1番 村木
LSB 5番 竜胆
CB 2番 瀬賀
CB 3番 藤川
RSB 4番 玉川
CFM 7番 信楽
CFM 6番 倉田
LSB 9番 菊地
RSB 8番 松本
OFM10番 天童(一)
CFW14番 天童(次)
注目の一戦が幕を開けようとしている。
そんな神奈川の実質的なナンバーワンを決める決戦を目撃しないライバルはいない。全国から他校の生徒が偵察に来るほどであり、それは県内も例外ではない。
「しかし、駆一人がいなくても恐ろしい前線だな」
鎌学のFW、鷹匠は、江ノ島のスタメンを見てやや苦笑いをする。その理由はあの男が先発落ちであるという理由だ。
「確かに。荒木さんがスタメンではないことに驚きを隠せません。やはりフィジカル面での影響でしょうか?」
下級生の鎌学選手は、荒木のスタメンではない理由に、フィジカル面で問題を抱えているからなのではと推察する。
「—————あまり見たくはなかったが、予選でうちとやり合う前、狸腹の様な醜態を晒していたからな。あれから体型を戻したことも驚きだが、奴のフィジカルはスタメンには不十分なのだろう」
鷹匠は、如何にテクニシャンでもスタメンが確約されていない江ノ島の層の厚さを面白いと考えた。
「ええ、特にうちの中盤を蹂躙した青葉さんが最初からトップ下です。江ノ島の虎の子の布陣。どれほどなのか……」
「国松。実際総体予選の奴はどうだった?」
国松に話を振る鷹匠。彼は実際手負いではあるが青葉とマッチアップしたのだ。
「暴風そのものだ。傑とはタイプが違うな。だが、ディフェンスに与える怖さは、傑を圧倒している。奴は囲まれても打開できる力がある」
実際、包囲網を食い破り、何度も鎌学のゴールネットを揺らしたのだから。
「だな。傑のようなパスセンスは確認できないが、奴なら課題をそのままにしておくはずがない、この試合で見極めさせてもらうぜ」
そして葉陰学院。神奈川の二強時代を終焉に導いた怪物を前に、複雑な心境を持つ者が多い。
「—————江ノ島はいつから、あそこまで強くなったんですか?」
スタンドから見ていただけだった1年生ストライカーの蝦夷は、急激に強くなった江ノ島を見て懐疑的な目を向ける。
総体という夢の舞台で圧勝劇を見せつけ、今のところ死角すら見えない。見つけたとしても、江ノ島御自慢の前線に圧殺されてしまう未来しかない。
「————運動量はもともとあった。カウンターの精度こそ悪かったが、その切れ味は鋭いものを感じていた」
葉陰学院の皇帝飛鳥亨は、江ノ島にはここに至るための下地があったと証言する。
「————そこに合わさったのが、あの一年生世代、ですか?」
少し嫌そうな目で彼らを見るのは、鬼丸だ。単純な走力で封殺した相手、宮水青葉にライバル意識を持っているのだ。
「ああ。青葉君だけではない。代役の的場君も、今大会は当たり負けが少ない。高瀬君も前線での怖さが増した。何より、あの荒木竜一がスタメン落ちする層の厚さだ」
飛鳥はそこまでで言葉を切る。荒木竜一というカードをベンチに置くことが出来るのは、戦術を理解し、行動できる選手が多いからだ。
「まあ、なんだ。恐らく江ノ島の本気が見られるぞ。そして、相模ヶ浦の真価が問われる一戦になる」
何度も江ノ島にゴールを許したキーパーである岩本は、彼らを敵視しつつも分析することを怠らない。早く試合が始まってほしいと願う。
駆君離脱。そして、この先の運命を変えるアジア杯決勝へ・・・・