騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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熊谷監督は試合後に語る。彼の印象について


——————やはり彼は怪物だった。


—————幸運も、気合も、その全てをねじ伏せる



—————だから彼は、フェノーメノなんだ





第三十三話 遥か彼方の蒼

ついに始まった、選手権大会神奈川予選決勝。神奈川の新たな王者となりつつある江ノ島を迎え撃つ鎌学ではあったが、大方の予想通りの試合になってしまっていた。

 

 

ハーフタイムが終了し、両チームの表情は実に対照的であった。

 

「—————」

 

総体の時よりも酷いやられ方をしている鎌学は、反撃の糸口すら見出すことが出来なかった。

 

しかも、鎌学を去った逢沢駆にここまでいいようにされてはぐうの音も出ない。何としてでも引き留める存在だったともいえる。

 

しかし、鎌学ではここまで逢沢駆は変貌することはなかっただろう。平凡な裏抜けの上手いフォワードで終わっていただろう。鷹匠の壁を乗り越えられないと勝手に判断し、セカンドトップで使う起用もあり得なかっただろう。

 

トップ下で、傑を彷彿とさせる存在になり得なかっただろう。

 

 

「——————まだ二点差。諦める点差ではないですよ!」

 

静まり返ったロッカールームで、佐伯が声を張り上げる。敗戦を覚悟しているチームの中、あの鷹匠ですらどうにもできないと折れかけていた時、一年生が闘志を見せる。

 

「佐伯—————」

 

「あの化け物、後半は絶対に取りに来るぞ————もっと点差をつけられるかも———」

 

トラウマになっている宮水の突進。チームメイトは彼に恐れをなし、必要以上に人数をかけてしまった。

 

とはいえ、包囲網を察し、周りを活かすプレーを選択した宮水の器用さがそれらの対策を超越したのだが、それは言い訳に過ぎない。

 

結局、宮水が最初から出ていれば、鎌学に勝ちの目はなかったのだ。

 

「ベンチ入りメンバーや、ベンチにすら入れなかった人の想いを僕らは背負っているんです!! ピッチで可能性のある僕らが諦めたら、みんながバカみたいじゃないですか!!」

 

怒鳴るような口調で、訴える佐伯。このまま終わってしまっていいのかと。新たな時代の到来を受け入れてもいいのかと。

 

「————その通りだ」

 

そして監督の熊谷が、佐伯の声に支えられる形で彼の言葉を肯定する。

 

「フットボールは誰に対しても平等だ。ロースコアから始まり、ハーフタイムで2点差。だがサッカーは何が起きるか分からない。我々は強豪校のプライドを忘れてはならない。死力を尽くすことを忘れるな。彼らにも背負うものがあるように、我々にもあるはずだ。背負う理由が、走る理由が」

 

 

「————っ!!」

俯いていた世良が顔を上げる。そして周りのイレブンもハッとする。

 

 

手も足もまだ動く。負けていたのは心だった。江ノ島には勝てない、そう思ってしまった自分たちの心に負けていた。

 

 

「—————諦めるな。下を向くな。へばった奴から代えていく。存分に走り抜けてこい!!」

 

一方、2点リードでモチベーションの高い江ノ島高校。このままリードを広げれば、勝利の可能性は限りなく高くなる。

 

「このまま終わるとは思いません。彼らは神奈川で生き残っている、数少ない強豪校ですからね」

宮水は、鎌学に対し最後まで手を抜けないと断じた。

 

「—————2点差をセーフティリードとは思っていませんよ。3分あれば2点は奪われる、奪うことが出来る。それがサッカーですから」

 

 

「後半はシステムを変えます。4-2-3-1でトップ下には逢沢君に入ってもらいます。ダブルボランチは織田君と堀川君。後は変更なしです」

 

言いようの無い予感が岩城を襲っていた。こんなものではない。昔から自分を苦しめた強敵が、このまま終わるはずがないという信頼感から生まれる予兆。

 

 

 

そして、鎌学は予想を超えた陣形を叩きつけてきたのだ。

 

 

「なっ、ここで2-4-3-1!?」

 

ツーバックという超攻撃型陣形。無謀に思える陣形だが、中盤での数的有利が開始早々牙をむく。

 

「いかせねぇぞ!!!」

 

中盤の至る所に殺到する鎌学イレブン。中盤での圧力が、ここにきて一段と強くなったのだ。

 

「よこせぇえ!!!」

 

「くっ!?」

 

ボールをつなぐことに躍起になっていた江ノ島は、織田のところで強烈なプレスをお見舞いされボールロスト。それを見た前線の4人は守備を捨てて攻撃に殺到する。

 

「っ!? まずいっ!」

 

ここまで形振り構わないとはもはや正気ではない。スタミナが持たない。特に、前半からウィングバックをしている選手は特に—————

 

しかし、ここで宮水はある結論に至る。相手は名門、層の厚いチームなのだ。

 

————使い潰してでもシステムを維持する気か!!

 

ばてたら代えればいい。選手も監督もそのつもりで走っている。死に物狂いで取りに来ている。

 

そして、数的有利の上に成り立つ、ショートカウンターが織田のロストから始まってしまい、

 

「くっ、祐介!」

 

何とか佐伯の動きを止めた逢沢だが、攻撃的ポジションの彼が下がる必要のあるプレッシャー。江ノ島も攻撃に力を入れることが出来なくなりつつあった。

 

中盤での身を削るような攻防。後半、アンチフットボールを敢行する鎌学は、フィジカルで勝っており、中盤でのデュエルに勝利していく。

 

 

江ノ島が得意とするスペースが蓋をされてしまっており、的場や堀川といったフィジカルに課題をまだ残している選手が潰されてしまい—————

 

 

「なっ、しまっ————」

鎌学のなんでもないタックルに吹き飛ばされる的場。中盤深いところでのボールロストが、江ノ島に襲い掛かる。

 

そしてボールを奪った瞬間に一斉に群がる鎌学イレブン。2-4-3-1の二列目までは当然として、中盤高い位置もダブルボランチに占拠されてしまっている。

 

「いけぇぇぇぇ!!!」

 

そして国松のオーバーラップ。高さのある鎌学は、完全にパワープレーで押し始めていた。

 

ロングボールが蹴られ、鷹匠めがけてボールが渡ってしまう。

 

 

「くっ、お、おぉぉぉぉぉ!!!!」

 

「なっ、ばかなぁぁぁっ!?」

 

海王寺との競り合いを制し、海王寺が崩れ落ちる。そしてそのままハーフボレーシュートが、紅林の守るゴールマウスにさく裂する。

 

『決まったぁァァァ!!! 一点返した鎌学!! 後半の7分!!』

 

 

『なりふり構わない攻撃的布陣の影響ですね。スペースを消されている分、江ノ島はきついものがありますね』

 

 

後半は鎌学ペースで進んでいく。宮水は数的不利とパスコースを寸断されており、サイドで孤立。中々前にボールを動かせない江ノ島。

 

————中盤でああも集中すれば、パスコースも—————

 

そしてロングボールでの供給も—————

 

「ぐっ!?」

 

鎌学の激しいタックルが青葉の背後から襲い掛かる。ボールを持てば、数人がかりでファウル覚悟の対応。

 

今まで以上に執拗で、強烈なディフェンスを受けている青葉は苦悶の表情を浮かべる。

 

 

青葉に対しては数人がかりでのファウル。下手に受ければ本当に潰されかねない危険なタックルがやってくるのだ。

 

 

————おいおい、カードとか関係ないのかよ————

 

ラフプレーとか、悪質といえるレベルではないが、フィジカルコンタクトで完全に勝つ前提のタックル。

 

ラフに見えるが、青葉という怪物を止めるには————

 

青葉が本物の怪物になる前ならば、止められる。

 

青葉というカードを封じられ、中盤ではボールをロストする縦パスを入れられない。

 

攻め手を欠いた江ノ島は、次第に押されていく。

 

『クロスボールあがって、はじかれた!!』

 

寸前のところで紅林がパンチング。しかし攻撃は終わらない。バイタルエリアでプレッシャーをかけ続ける、鎌学の捨て身の波状攻撃が機能する。

 

「集中切らすな!! まだ来るぞ!!」

 

織田を中心にブロックを作り上げるも、鎌学は数的有利と高さを活かして、ハイボールによるパワープレーで江ノ島のゴールに迫る。

 

 

「くっ!!」

 

プレスをしたつもりが完全に体を入れられてしまった的場が突破を許す。体格に勝る鎌学の選手がここでまたしてもクロス———

 

だが、ここでイレギュラーが起きる。

 

「なっ!? うっ!?」

その強烈なクロスボールが、中で待っていた佐伯の頭に直撃。意図したプレーではなく、蹲る佐伯だが、膝をつかない。

 

しかも、そのボールの軌道は彼に当たったことにより変わり——————

 

「なっ、うわッ!?」

 

ゴールへと向かう軌道になってしまったのだ。パンチングを狙っていた紅林の後方へとボールが飛んでいく。そして、慌てた彼はここでまさかのプレーをしてしまったのだ。

 

『ああっとコース変わって、キーパー足を滑らせているゥゥゥ!!!! 決まったァァァ!!! ここで運も味方につけた鎌学!! 佐伯の同点ゴールで、ついに同点!!』

 

 

足を滑らせてしまった紅林の代わりに、堀川がクリアしようとするが届かず。無人のゴールマウスにイレギュラーなゴールが決まってしまったのだ。

 

 

ほんの少し前までは、2点リードしているはずが、何でもない佐伯のイレギュラーによって振出しに戻ってしまった。

 

『鎌学、ここで2枚カードを切ります。ウィングバックとボランチですね。』

 

『来てますよ、これは。ハイボールとパワープレー。確かにそこでなら技術は関係ありませんからね』

 

しかし、江ノ島もカードを切る。

 

『江ノ島もここで選手代えますね。18番の的場に代わって11番の兵藤。やはり失点シーンを鑑みるに、妥当でしょうか?』

 

『当然でしょう。狙われていましたからね』

 

フィジカルの穴になっていた個所を修正した岩城。しかしこれは、その場しのぎにしかなり得ない。

 

————プランが完全に崩された。

 

そしてここからは一進一退の攻防となる。江ノ島が進み、鎌学が阻む。鎌学が空から襲い掛かり、江ノ島が撃ち落とす。

 

中盤はボールの奪い合いという枠を超え、生きるか死ぬかの死闘の様相を呈してきた。完ぺきな形でのセカンドボールはお互いに阻止する。そして、自分たちのチャンスを作る。

 

そんな身を削り合うような土俵に、鎌学が追い込んできたのだ。しかも————

 

『あっとオフサイドです! ここまでディフェンスラインが高いと、失点のリスクはありますが、こういうこともあり得ますからね』

 

 

高い位置でのオフサイドトラップ。宮水へのロングボールとパスコースを消され、その上正確なロングフィードの隙すら与えない鎌学の守り。

 

誰が宮水にいいボールを供給できるかを徹底的についた戦術。だからこそ織田が青葉に次いで潰され続ける。

 

「ぐっ!」

強烈なタックルでファウルを貰うも、ボールを前に運べない。そして、織田にロングフィードを許す時間を与えない。

 

宮水へのパスコースを付近の選手に任せ、中盤はロングフィードを持つ逢沢、織田を潰しにかかる。

 

 

中盤でのデュエルに負け、ロングフィードという飛び道具を封じられ、江ノ島は苦しい状況に追い込まれる。

 

「——————まずいわね。鎌学の気迫に呑まれている」

 

小野寺は、スタンドからその様子を見ていた。この状況は江ノ島にとって本当にきつい状況で、それは鎌学の選手にだって同じはずなのだ。しかし勝利への渇望が、彼らを獣に変えた。

 

「鎌学の気迫がすごい————佐伯さんのゴールで一気に盛り上がっているわ」

このままではいずれ失点してしまう。颯の隣にいる美島も気が気ではなかった。

 

————駆、青葉さん————ッ

 

鎌学は捨て身の戦法で、パワープレーの土俵に引き摺り込んでいるのだ。体格の違いで相手を圧倒するスタイルは、近年日本が外で惨敗する大きな理由となっている。

 

—————日本代表になるのなら、この状況は何度でも来るわよ

 

この状況で、代表を目指すと豪語した逢沢と宮水はどう動くのか。颯はこの先の試金石になり得ると悟っていた。

 

後半25分が経過し、試合は鎌学有利の状況に。ロングボールとハイボールによるパワープレーに苦戦している江ノ島は、ここで奇策に打って出る。

 

 

『ここで火野も代えますね。20番の夏目と変わりますが、やはりトップなのでしょうか?』

 

『素早い選手を入れても、スペースがない状況では厳しいですよ。ん!? これは————』

 

 

これは、あの時と同じだった。青葉が動いたのだ。しかも、彼が慣れ親しんだサイドの位置ではない。

 

—————チームが苦しい時に、彼は真ん中に来るでしょう。

 

本当に強いチームならば、彼の攻撃力と決定力、そしてそのスピードは、これ以上ないほどに活きるだろう

 

しかし、江ノ島はまだまだ未熟だった。ロングボールに沈められそうになるほどに、脆弱な一面を見せてしまった。

 

 

「ワントップに駆————そして、右サイドは兵藤さんに、左サイドは夏目君。トップ下に、青葉?」

 

観客席からはどよめきが起きた。ついにトップ下青葉が現れたのだ。フィジカルモンスターと化した彼が、花形といえる場所—————真ん中でプレーする。

 

そして、その彼の周囲には、フレッシュな兵藤に、俊足の夏目、密集地帯でもチャンスを作り出せる逢沢がいる。

 

江ノ島は、ここでポストプレーを青葉に依存させたのだ。つまりそれは、鎌学にとって青葉が一番の攻撃目標になり得るということ。

 

『ここで、変則的な4-2-3-1に近い陣形ですか。トップ下に入った青葉君とボランチの織田君のフィード。そして————』

 

 

後半33分。江ノ島はついに最後のカードを切る。

 

『堀川君に変えて、ここで荒木君が入りますね。どうやらボランチにはいるようですが』

 

織田へのマークを分散させるために、敢えて守備力の劣るパサー荒木を投入。もうこの状況では個々のディフェンス力は限定された状況でなければ意味をなさない。

 

 

パサーが二人に増えたことで、鎌学のゲーゲンプレスにも似たボール狩りにほころびが生じる。

 

「よっと」

 

一人だけ飄々とボールを操り、そのプレッシャーを受け流すような魔法のパスでトップ下の青葉にボールを送る荒木。ここで久しぶりにいい形で彼にボールが渡る。

 

「ッ!!」

弾道の速いパスを貰った青葉は、荒木からの強烈なプレゼントに目を見開く。

 

「見せつけてこい、青葉ァァァぁ!!!」

 

そんな檄を貰わなくても、理解している、熟知している。

 

「行かせるかァァァ!!」

 

そこへ、世良がプレスにかかる。スピードに乗っていない今ならば潰せる。このまま宮水を潰す。江ノ島の攻撃を止め、カウンターに入る。

 

—————何が何でも、今日こそはッ!!

 

青葉の肩へと迫る世良。このまま割って入り、ボールを奪う魂胆なのだ。

 

 

「か、はっ——————!?」

 

 

相手はボールを貰ったばかり、パスを受け取ったばかりのはずなのに。どうして自分がよろめいている?

 

世良は、自分が跳ね返されたことへの理解が追いついていなかった。

 

 

聞こえたのは、大地を踏みつけるような音。それが聞こえた瞬間、世良は青葉と接触し、よろめいたのだ。

 

「なっ!? いかん、つぶせぇぇぇぇ!!!」

 

 

鷹匠が声を張り上げる。今のは自分も挑戦している難易度の高いプレーだ。

 

————踏み込んできた瞬間に、体重移動で自分の重量と加速力を相手にぶつけやがった!!

 

足首の強さに定評のある青葉だ。瞬間的な加速は日本人のレベルどころか、世界の怪物たちに並びうる。

 

しかもそれは、高校一年生での段階だ。これからフィジカルが強化されれば、手に負えない本当の怪物になるという確信が、このフィールド、この競技場にいる人間に悟らせる。

 

 

そんな加速力と、決して柔ではない青葉のフィジカル。彼が開けた大きな風穴は、彼という台風が迫るこの状況では致命傷だった。

 

世良が逆に潰されたことで、鎌学のディフェンスに穴が開いたのだ。急いで修正するイレブンではあったが、一瞬のスペースと、道筋を見逃す青葉ではない。

 

 

 

一気にトップスピードへと迫る、青葉のドリブル。中央突破。何のへ理屈もない。真正面からの単独ドリブル。

 

周囲の鎌学の選手がタックルをかますが—————

 

「っ」

 

今度はその常識はずれな加速力が、そのタックルに意味を失わせる。世良が青葉にスペースを許し、加速した時点で、青葉のドリブルは止めるのが困難になっていく。

 

彼がスピードに乗り、前を向いてプレーしている。それは絶対に防がなければならないケースであり、その脅威の範囲はハーフコートにまで及ぶ。

 

「なっ、あ」

 

彼は、鎌学の選手が一歩踏みしめる前に、2,3歩ステップを踏んでいる。それほどの手数とタイミングを変えられる瞬間がある。歩幅を狭め、回転を上げつつも、彼は体勢が崩れない。ボールを蹴る回数も尋常ではない。まるでボールが青葉に張り付くような光景。

 

 

難しい体勢なはずなのに、彼はさらに加速していく。

 

 

もはやこのフィールドに、彼のドリブルを止められる存在はいなかった。

 

「っ!?」

 

そして前線から戻ってきた鷹匠のタックルすら、受け止める強さ。互いに重心が崩れたものの、青葉のほうが速く回復する。

 

—————素早い身のこなしに、強靭なフィジカル。これでサイドアタッカーなのかよ!?

 

再びボールを奪に行く鷹匠だが、進行方向にいた青葉の姿が視界から消えたのだ。タックル寸前で彼を見失った彼はバランスを崩し、地面に激突する。

 

「何――――が!? なっ!?」

 

青葉の得意技の一つ、マルセイユルーレットで鷹匠のタックルを躱したのだ。急加速、急停止からの急加速。

 

もはやそれは日本人のプレーといえるものなのか。誰も彼を止めることが出来ない。

 

 

全ては足首と体幹の強さ。怪物の足首と体幹が、全てを震撼させる。

 

 

 

だが、怪物のドリブルを江ノ島の面々が伏して眺めるだけではないことを知るべきだった。

 

当然、彼の周囲にいた選手も動き出していた。守備から攻撃へと切り替わるスイッチは、青葉がボールを持った瞬間に始まっていたのだ。

 

 

—————どこに、何処に出してきやがる!? 

 

鎌学のゴールキーパーは、青葉の動きを注視しつつ、両サイドから駆け上がり、真ん中で動きなおしをする逢沢を視界にとらえていた。

 

 

しかし、鎌学はリトリートでしか止められない。フォアチェックした瞬間に突破されるとわかっているのだ。迂闊に飛び込むことが出来ない。

 

つい先ほど全員のプレスで江ノ島を押し込んでいた鎌学が、たった一人の存在によって下がることを強いられている。

 

 

そして、青葉は周囲を警戒しているキーパーの油断を見逃すはずがなかった。バイタルエリアに差し掛かった瞬間、その時から彼の射程範囲内だということを、彼らは忘れるべきではなかった。

 

中盤での数的有利でドリブルを消したぐらいで、彼が止まるはずがないのだと、悟るべきだった。

 

「ッ!!!!!」

鬼のような形相で、ゴールだけを見ていた彼に気づくのが遅れたことこそ、キーパーの致命的なミスだった。

 

まるでボールが潰れたと錯覚させるほどの轟音が鳴り響いたと思えば、中央からけりこまれたボールが、バイタルエリアから飛び込んできた青葉の蹴ったボールが、

 

地面を這うように加速し、うなりを上げる弾道。ライズしていく軌道。そして徐々にボールは自らのスピードに耐え切れず、弾道が不安定になっていく。

 

 

その全身を余すことなく使い尽くした決死の一撃は、青葉に立つことを許さず、彼は彼の勢いを制御できずに転倒する。

 

「っ!!」

 

地面に激突。そして同時に襲い掛かる鋭い痛み。明らかに自分の限界を超えた一撃は、彼に負担を強いた。

 

 

しかし、彼は彼の選んだ選択を最後まで見届けていた。

 

 

ポストに当たりながらも、勢いでねじりこんできたボールは、そのまま食い破るようにゴールネットに突き刺さる。

 

その彼の想いを乗せた、気持ちでねじ込んだかのような、ここしかないという右隅を突き破ったシュート。

 

キーパーが動けないほどの弾速。その瞬間だけ、怪物は限界を一瞬超えていた。

 

立ち上がった青葉は、拳を静かに突き上げる。まるで、何でもないかのように。

 

 

 

その瞬間、地鳴りのような大歓声がスタンドにこだました。

 

 

 

『き、決まったぁァァァぁ!!! 後半37分!! 試合終了間際の!! 値千金の勝ち越しゴール!! スーパーロングシュートぉぉぉ!! 決めたのは!! 江ノ島不動のエース!! 宮水青葉ぁぁァァァ!!!!』

 

 

『うわぁぁぁぁぁ!!! なんだ、今のは!? あそこからあれほどのシュートですかぁぁ……凄いゴールだ、これは!!』

 

『最後伸び上がりながら変化しましたよ!! そして凶暴な吸い込まれ方をしたボールは、ポストを叩きながらも、ゴールへとねじ込まれました!!』

 

試合終盤での劇的なスーパーゴラッソ。ロングレンジからの強烈なシュートが鎌学の息の根を止めた。

 

その瞬間を見ていた佐伯は、やはりというか笑っていた。

 

————ああいう人が、もしあのピッチにいたのなら—————

 

 

確信できる。アジアの勢力図は塗り替えられる。オーストラリアが盟主である時代を終わらせることが出来る。

 

アジアから世界へと号令を掛けられる存在になれる。日本は、強くなるのだと。

 

「——————」

そんな選手を擁するチームに食い下がった。不本意とはいえ、同点ゴールも決めた。しかしまだ足りなかった。

 

彼が真ん中に入る前に追加点を奪えたなら、結果は変わっていたかもしれない。勝機はそこにあったのだ。

 

鎌学にも、勝利するチャンスはあったのだ。短い時間帯であっても、鎌学は江ノ島を圧倒出来ていた。

 

 

しかし、怪物はまだ満足しない。

 

 

 

『この終盤でこの加速力!! キーパーとの一対一だ!! 決めるか!? 決めたァァァぁ!!! この試合2点目!! 決定的な一撃でしょう!! 宮水青葉、今日2ゴール!!』

 

 

荒木のキラーパスに反応した青葉が抜け出したのだ。その直前に、逢沢が巧妙にコースを誘導したのがとどめのプレー。開けたスペースに走りこんでいた青葉はトップスピードだった。

 

最後はPA内でゴールへ流し込み、当たり前に決めてしまう。むしろキーパーに、なぜ止められると思ったのか、と思わせる余裕すら感じさせる。

 

 

ゆえに、誰も追いつくことはできない。2バックでのリスクを思い知ることになった鎌学は、このゴールで強豪の名称を失うことになる。

 

もはや、神奈川の高校サッカー界は塗り替えられたのだと。

 

 

そして—————

 

 

『ここで長いホイッスルゥゥ!!! 試合終了ぉぉ!! 江ノ島高校、最後は苦しみましたが見事な戦いぶりで、総体に続いて神奈川制覇を成し遂げました!!』

 

『紙一重でしたね。有利な展開で追加点を決めきれなかった鎌学と、最後の最後、エースの宮水君が決めた江ノ島。さらにはダメ押し。本当に死闘といっても過言ではないものでした』

 

 

『しかし、真ん中でも宮水選手は機能しますね。キープ力に長けていましたから』

 

 

 

『彼の加速力が活きた試合となりましたね。強靭な足首で地面を踏みしめ、タックルに対して迎え撃つといった姿勢はファイターの資質を存分に見せつけたでしょう。しかし、彼は低く体を入れるので、相手も対処が難しいでしょう』

 

 

 

江ノ島高校は歓喜に沸いていた。久しく経験していなかった劣勢の展開からの、勝ち切る強さを見せつける試合を演じた彼らは、念願の選手権出場に安堵していた。

 

「—————まるで重戦車だな、てめぇは!」

 

荒木は青葉のドリブルを特等席で見ていた。ボールキープするぐらいはできるだろうと考えていたが、まさか鎌学を力でねじ伏せるとは考えていなかった。

 

これでドリブルテクニックもあるから手が付けられない。スペースとコースさえできてしまえば、彼が突進するだけで相手は混乱するのだ。

 

「酷い言われようだ。苦労して2点を奪ったのに」

はにかむ様な笑顔の青葉。荒木の言葉に傷つきました、と軽いジョークを入れる。

 

周囲も、エースの活躍に満足しており、次の選手権本選を大いに想像していた。

 

しかし、逢沢は後半に自分のゴールがなかったことに対し、不満を感じていた。

 

————後半青葉のおかげで勝ち切ったけど、僕は消えていた

 

ああいう厳しい局面でゴールを奪うことが重要なのだ。世界と戦うためには、ああいう場面で力を発揮しなければならない。

 

「—————選手権を決めたのに、浮かない顔だな、駆」

 

そこへ、敗退が決定した鎌学の佐伯が声をかける。あまり笑顔の見えない彼を心配したのだろう。鎌学の中で、駆の明らかな変化を誰よりも感じていた。

 

「—————後半にゴールを決めてハットトリック出来なかったんだ。後半のような試合で点を決めてこそエースなのに————」

 

悔しそうにする彼を見て佐伯は苦笑する。高すぎる意識に驚きを隠せない。ここまで貪欲な選手だったか、ここまでエゴを出すような男だったか?

 

否、以前の彼はこんなことは言わない。

 

 

—————遠いな、駆の背中が

 

 

一矢を報いて尚、彼の背中は遠かった。高い目標と努力。どこを目指しているのかが自分とは違う。逢沢傑にあこがれ続ける少年のままの自分と、自分自身の理想へと昇り続ける駆。

 

—————だから誓うよ、駆。

 

 

佐伯はそれでも、代表のユニフォームが欲しい、日の丸を背負って、大好きなサッカーをしたいのだ。

 

————俺は最高の俺を目指す。だから、俺たちの前を走り続けてくれ

 

 

いつか必ず、追いついて見せる

 

 

 

 

佐伯が敗戦の先に新たな動機を見出したのと同時期、駆は遠すぎる目標を前に、自分の課題を突きつけられていた。

 

 

——————こんな感情、初めて持っちゃった—————

 

 

誰かに対して、妬ましいと思える感情が、止められない。

 

 

————遠すぎるよ、青葉

 

 

劣勢の状況をほぼ単独で打開した青葉。自分が真ん中にいた場合、あんなプレーは出来ただろうか。

 

 

—————どうすれば、青葉に追いつけるんだろう……

 

 

その遠すぎる理想、憧れてしまうほどの存在感。それは昔の自分を思い出させるようで嫌だった。

 

 

—————僕はやっぱり、負けず嫌いで、ストライカーなんだ

 

 

現在この世代の先頭を走る彼は、自分がこんな感情を抱いていることさえ知らないだろう。

 

 

————僕が追い抜くまで、青葉は誰にも負けないで

 

 

強すぎる個の力は、周囲を導く。良くも悪くも、変化を生み出す。

 

 

さらなるエゴを得たストライカーと、最高の自分を追い求める理想主義。

 

 

果たして彼らは、自らの夢に辿り着けるのか。

 

 

 




いつかのETU IF

ガブリエル「イイカンジ、イイカンジ~! 《青葉の突破と僕の突破、ここにきて正解だったよ》」→英語

青葉「《こうも攻撃的だと、崩しが楽しくなるな! さすがだ、ガブリエル!》」


飛鳥「もうあいつら二人で制圧できるな、右サイドは」

世良「半端ないって。英語普通にペラペラな青葉半端ない!」

宮野「青葉と有理さんの勉強会は捗るなぁ」英語勉強中


有理「もう~、こうなったら数年後に海外出た時、必ず活躍しなさいよね、青葉君!」


青葉「有理さん? ふふっ、だったら……【————————————】」→オランダ語

有理「ふぁっ!?」


世良「おい有理ちゃんが凄い顔に!! 何を言ったんだよ青葉!!!」


青葉「俺は確かに言ったんだけどなぁ。よく聞けばわかるかもね」


清川&黒田「外国語で話されて分かるかぁァァァ!!! 日本人舐めんな!!」


青葉「威張るとこなの、そこ……」


宮野「……………」→勉強会出席のため、少しだけわかる

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