騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
神奈川の王者が止まらない。
圧倒的な力で静岡県代表を一蹴した江ノ島高校の報道は、日に日に増していく。しかし彼らには油断がない。報道陣も練習で無言を貫く有名選手たちの状態に難儀していた。
報道陣が集まる前で、練習をする江ノ島イレブン。しかし、岩城監督の指示の下、集中した状態で意識が入り込んでいるため、中々コメントを貰う機会がない。
「世代別の時はインタビューに応えてくれた、逢沢君ですらあれだからな」
「それを言うなら、変人の宮水もそうだな。世代別を断るとは、余程の怖いもの知らずだな。まあ、今までの実績から考えれば、飛び級でもおかしくないが」
報道陣の間でも噂になっている、宮水青葉が世代別の代表召集を拒否したという情報。日本サッカー協会は沈黙を貫いているが、彼ほどの実績のある選手が呼ばれないことに違和感を覚えていた。そして、何処からともなくこの噂が流れ始めた。
「ま、持田並に扱いの難しい選手であることは間違いなさそうですからね。とびぬけてはいますが」
「固い采配に定評のある剛田監督も、こういうタイプはあまり好きではないだろう」
そして現在の五輪代表を務める剛田監督の下では、不遜に思われても仕方のない彼が選ばれるのは難しいだろうと周囲は考えていた。
「しかし、得点力不足が叫ばれる日本代表の中で、あそこまで前で勝負できる選手は稀有じゃないですか? 相棒の逢沢選手とともに、サプライズ要因なら考えられますよ」
現在最終予選前の強化合宿、その先の強化試合でも守りには定評があるものの、イマイチパッとしない攻撃陣に刺激を与えるにはうってつけではないか。そう考える記者もいた。
「2年後はまだ17歳。そんな選手を代表に選ぶのはリスクが大きすぎやしないか?」
「実績を作るのに時間はかかるだろうな」
しかし年功序列、実績重視の日本では、彼が表舞台のスポットを浴びるには時期尚早ではないかという意見も存在していた。
その噂の渦中にあっても、宮水の勢いは止まらない。総体で見せた時よりもパワーアップした姿で、新たな武器、ロングシュートを手にしての凱旋。先のオーストラリア代表との試合でも、彼がいればという意見は根強い。
あの伝説のトップ下が認めたドリブラー。オーストラリアとの試合では5対0という考えられないスコアを演出して見せたメンバーの一人であり、無双状態であった。
ゆえに、イースト東京ユナイテッドはリスク覚悟で彼の獲得に動いた。
1年生にして、強化指定選手に選ばれることはあるのだ。
「岐阜の神童、江ノ島の攻撃を担う新進気鋭のドリブラー、か」
そんな中、彼に注目するサッカージャーナリストの藤澤という女性は、同世代とは雰囲気の異なる二人の選手に注目する記者の一人である。
————もともと宮水選手は意識の高さに定評はあったけれど、世代別ワールドカップ予選後の逢沢選手の雰囲気も、明らかに変わっているわね
静名高校戦で見せた力強さとダイナミックさ。トリッキーな動きとゴール前での決定的な動きが武器の彼を考えれば、この試合の高速カウンターは力強さという新たな一面を見せた。
何が何でも得点を奪うという、意識の高さ。宮水が新たな武器を会得したのと同じように、逢沢選手も今大会で一皮むける可能性は大いにある。
————ETUは今オフ、補強に話題作りに忙しいわね。有力選手3名の補強に、達海猛への監督オファー。
オフシーズンの主役の座を確固たるものにしたと言っていいだろう。
————まずは監督ね。見どころのある人物なら、今シーズンの時間はくれてやってもいいかもね
そして江ノ島高校は次の相手、四日市実業高校戦の最終ミーティングを行っていた。
「以前と違うのは、キーパーとして遠野選手がいることです。しかし、キーパー一人では試合の流れを変えられるかもしれませんが、勝敗を手繰り寄せるまでは厳しいでしょう」
相手を意識し、逆に硬くなればシュート精度は落ちてしまう。ならば、普通に自然体で迎え撃つのがベターといえる。
「僕が言いたいのは、世代ナンバーワンのキーパーを相手に、意識しないほうがいいということです。有名になればなるほど、実績は積まれていきます。それだけの実力があることは確かでしょう。しかし、我々のサッカーが出来れば超えられない壁ではありません」
「総体の時と同じく、左サイドバックの当真選手への対応は宮水君に。スピード勝負ならチーム随一のスピードスターにお願いします。ですから、右サイドハーフで出場してください」
「あの時とは違うけど、それはお互いに言えること。勝ちを譲る気はありませんよ」
当真選手とのマッチアップとなる青葉は、望むこところだと息巻く。適材適所、彼を潰すには自分が行くしかないと考えていた。
「真ん中にはボランチの海堂選手がいます。恐らく中盤はつぶし合いになると思いますので、ダブルボランチには荒木君、堀川君でお願いします」
「おっしゃ、任せろ。何度でもチャンスメイクしてやんよ」
「うししし、芽は早めに潰すに限る」
パサーとしても、ドリブラーとしても有能な荒木を中盤の底に、その相方としてディフェンスに定評のある堀川を配置。
「織田君には、後半から折を見て投入するので、心の準備だけはしておくように」
「わかりました」
スタメンではないが、切り札的な存在ということで、表情には出さない織田。しかし内心悔しいものがある。
—————俺に足りないのは推進力か。前にボールを直接運ぶ力
「守備のほうは前回のミーティング通り、海王寺君と錦織君のセンターバックでお願いします。左サイドは桜井君、右サイドは八雲君」
「うっす」
「はいっ」
「わかりました!」
「また青葉とコンビか。滾るぜ」
それぞれが闘志と特別な想いを口にする一同。特に八雲はコンビ再結成と合って、明らかに顔が綻んでいた。
「左サイドハーフは兵藤君に。センターフォワードは高瀬君。キーパーは李君。復帰戦がいきなりの大舞台ですが、よろしいですね?」
今回のカンフル剤、李秋俊。紅林に長らくスタメンの座どころか、選手権ではベンチ入りすらできない日々が続いていたが、本大会でついに復帰。
怪我しがちな体質で、素質は十二分といわれていた男の復活。全国クラスのシュートストップとロングフィードが武器だ。
選手権予選開幕直後ではあったが、練習でのアピールでは、実績のある紅林に水をあけられた状態だったため、スタメンは遠かったのだ。
だが、かつてのシュートストップを取り戻した彼は、その場所に舞い戻った。
「上手く中盤とサイドのバランスを取れってことですね、監督」
「ええ。兵藤君には、右からの攻撃が活性化する分、隙になり得る逆サイドのケアが最大のミッションです。ポジションチェンジでそちらに来ることも予想されるので、桜井君とともに我慢の時間が続きます」
兵藤も器用さを活かしたユーティリティを自覚している。青葉という尖った存在をリスクなしで運用するには、代価も必要となる。フォアザチームの精神が試される役回りにおいて、彼ほどの選手はそうはいない。
「俺がこじ開けて、試合を楽にしてやりますよ、監督」
そして空中要塞高瀬。自慢の打点の高さとパワフルなプレーで、遠野の牙城は自分が崩すと宣言。前線での体を張ったプレーが求められる。
「ブランクはあるが、止めるだけの準備はしてきたつもりだ。任せてくれ」
後に、この試合が李にとってのターニングポイントとなる。その為の努力を魅せる時だと自他ともに感じていた。
「そして、トップ下は逢沢君。よろしくお願いします。今回はサイド攻撃のサポートが中心になります。しかし、撃てるタイミングでは撃ってください。遠目からシュートで終わらせること、これが今回は重要になることもあります」
「半端なシュートでは止められるということですよね。せめて手を弾くだけの威力があれば、と考えておきます」
駆も岩城の言いたいことを理解していた。遠野がキャッチした瞬間に下がり目の位置でプレーしていた四日市のエース、若宮が縦に仕掛けることが想定されるためだ。
GK 16番 李
LSB 2番 桜井
CB 4番 海王寺
CB 14番 錦織
RSB 3番 八雲
CMF 7番 荒木
CMF12番 堀川
LMF11番 兵藤
RMF 8番 宮水
OMF 10番 逢沢
CFW 9番 高瀬
ベンチ入り (GK)1番 紅林、19番林葉、(DF)15番 中塚、5番 三上、17番 藤田(MF)6番 織田 20番夏目、18番 的場(FW),13番 火野
—————セカンドプランとして、青葉君が攻撃に専念できるよう、中塚君というピースもそろった
試合終盤でのポジションチェンジ。そのスイッチになるのは中塚だった。青葉に次ぐ俊足の持ち主で、課題でもあった足元の技術も最低限のレベルにまで上がってきた。
相変わらず、クロスの精度がイマイチ信用出来ないが、彼のクロスボールとは相性のいい駆が真ん中にいる。混戦になればチャンスを生み出せるだろう。
何より、当真選手に走り負けしない。それが重要だった。
————後半の頭での状況次第ですね、このプランは
そして試合当日。
『選手権大会も日程を消化し、3回戦。神奈川代表江ノ島高校と、三重代表の四日市実業高校の試合が始まります。大会屈指の有力選手を擁するチーム同士の激突ですが、見どころはどこでしょうか』
『やはり屈指の攻撃力を誇る江ノ島の矛と、遠野君という盾の激突ですね。最初の10分でどのような試合展開になるかは予想がつきそうですが』
『と、言いますと?』
『遠野君のシュートストップの技術は素晴らしいですが、やはり攻撃の厚みが出てくればそれは厳しくなります。四日市実業高校は、そうなる前に対応する必要があります。それが出来れば、江ノ島もあせり始めるでしょうから、チャンスはありますよ』
駒沢陸上競技場へと足を運んだのは、ETUの広報担当の永田有理と、一度彼の姿を見てみたいと珍しく口にした正GKの緑川であった。
元日本代表にして、長らく守護神として活躍していた彼は、現役生活の晩年を東京のクラブで過ごしていた。降格争いで最後の最後で粘れたのは、村越の統率力と緑川のシュートストップとピッチ内外での影響力だろう。
冷静沈着で、助言を求められる精神的支柱の彼が、ここまで注目する若手は早々いない。
「——————けど意外ですね。緑川さんが直接見たいって言うなんて」
有理は、彼の心を揺り動かした二人の選手のことで、彼がここまで感情的に動くとは想像できなかった。
「—————久しぶりに見た気がするのさ。サッカーが上手いのではなく、“強い選手”という存在を」
「強い選手と上手い選手って、何が違うんですか?」
有理はサッカーにそれほど詳しいというわけではない。ゆえに、その二つの違いの意味を測りかねていた。
「————チームを勝たせる存在。奴とつながりを持った選手は皆変わっていく。去年まで古豪の座に位置していたチームをここまで変貌させた」
「—————俺は入れ違いだった」
遠くを見るように、緑川は語る。
「日の丸を背負う立場で、ああいう存在がいたのだと、思い起こさせるほどの」
「緑川さん—————」
彼と入れ違いになった選手といえば、彼にそこまで言わせる存在など、たった一人しかいない。
—————達海さんの言葉が、あの時の言葉が信じられなかった。
かつての憧れ。強いETUの象徴だった元スターの偽りのない言葉だった。
————あいつらは俺を超える。どこまでも、世界の頂に近づける選手だ。
自分を虜にしたフットボーラー達海猛を超えるかもしれない少年、それがあの二人だと。
大人たちの思惑をよそに、試合開始が近づいていた。
ピッチには両イレブンが揃い、試合開始の笛が鳴らされる。互いにプロ注目の選手を擁する有力校同士の潰し合い。競技場は満員状態だった。
まず、前半は四日市ボールから始まる。
前半は江ノ島もそれほど前に出てこず、四日市にボール保持を許す形となっていた。
「—————」
海堂は迷っていた。左サイドでは当真がいつでも仕掛けられる体制を作ってはいるが、そこの近くには化け物がいる。
「——————」
ジョギングしながら常に位置を移動させ、当真とその一列前を警戒する右サイドのコンビ。八雲も厄介な選手であるため、迂闊に仕掛けることは出来ない。
そして、四日市イレブンは、守備の穴ともいえる荒木の場所からパスを通すことを試みるが、
「—————見えるんだよ。パスコースを作ればドンピシャだ」
荒木がここでインターセプト。パスコースを作り、通す技術を誇る彼は、同時に相手のパスコースを誘導することも、予測する技術も水準を超えた正確性を備えていた。
未来予知のような上等なものではないが、長年の勘と経験が為せる荒木のスキル。
その動きに反応したのは、コンビを組んでいる堀川。
『荒木パスカットから————堀川が一気にスピードアップ!!』
守備的ボランチであった彼の縦への仕掛け。積極的な攻撃参加はもはや恒例である。前のめりになっていた四日市イレブンは、慣れない立ち上がりのパターンで戸惑いを隠せない。
さらに、
「堀さん!」
中に絞る動きを見せたのは宮水。距離感を狭めることで細かなパスを生み出すことを狙い、逢沢もその動きに連動していく。
宮水が逢沢の前を通り、逢沢の方は青葉とは逆方向へと動き始める。ダイアゴナルの動きを生み出した二人の仕掛け。四日市は当然この二人という脅威を止めるために集中する。
「戻せっ!」
しかし堀川がここで横パスしてスイッチ。距離を取りながら駆と程よい位置にまで移動し、
荒木はその先にある四日市陣内のパスコースを見つけていた。
『あっとダイレクトでサイドへ!! 走りこんでいたのは八雲だ!!』
中に絞った青葉が抜けたスペースに、八雲が現れたのだ。サイドバックのオーバーラップ。しかしそれに追従するどころか、迫りつつある存在がいた。
「行かせるかッ!!」
江ノ島のミーティングでも脅威と認識されていた当真である。チーム随一の俊足で、その速さは中塚に若干劣るレベルであるが、それでも危険な選手であることに変わりはない。
『荒木からのスルーパス、身を挺してクリア!! 当真選手の見事なカットでピンチを摘み取ります!』
『上手い崩しでしたが、当真選手の足が勝りましたね』
「くっ、やっぱ速いな」
悔しがる八雲だが、ある程度予想できていたことでもあった。この食いつきを見る限り、相当にこちらのコンビネーションを警戒しているのが分かる。
スローイングは荒木。堀川はセンターサークル付近まで戻っており、リスク管理を担っていた。
「スピードに乗る前ならば!!」
スローイングの先にいたのは青葉。マッチアップするのは当然当真。
「——————」
当真を背に、ボールキープする青葉だが、中々抜けない。そのままサイドのライン際に追い詰められてしまう。が、ダブルタッチからの抜け出しを試みた——————
「っ!?」
ダブルタッチのファーストタッチからの加速がなかったのだ。当然ダブルタッチは不発。しかし、ボディフェイントにつられた当真の姿勢が崩れる。
そしてまるで背中に目があるかのようにボールをトラップし、トラップと同時に切り返しで中への突破を許してしまったのだ。
イレギュラー染みた、日本人選手らしからぬフェイント。そこからの人間離れした加速力が四日市陣内を切り裂く。
『ああっとここで見事な切り返し!! 宮水抜けたァァァ!!』
そして、狙いを定めたディフェンダーに突っ込んでいく青葉。連携など許さないと言わんばかりに一人ずつ潰しにかかる。
「!?」
普通、ディフェンダーの方向へと向かうドリブラーはいない。むしろ遠ざかり、スペースとドリブルエリアの方へと向かうのが定石だ。
しかし、連携されてブロックを作り出される前で、逃げ場を許さない個の勝負を持ち掛ける。
そのあまりの徹底ぶりと早さで、四日市イレブンも後手に回り、彼の試みを許してしまう。
—————止めてやる!! ここで止めたらカウン————あぁッ!?
連続シザースから加速、ロールバッグ—————からの
サイド側へのドラッグシザースのまた抜き。簡単にまた下を開かされ、ボールを通されてしまう。そして反応した瞬間に————
「あっ」
膝が崩れ、まるで首を垂れるかのように膝をついてしまう。
そしてそこからの再度からのゴール前へのドリブル。この密集地帯で青葉が選択したのは————
—————駆っ!
駆へのマイナスのクロスボール。そのグランダーのスピードボールをトラップした駆は、ツータッチ目で襲い掛かるプレスをあざ笑うかのように、ノールックでヒールパス。
ここで駆は時間をずらしたのだ。スルーならば当然遠野は計算していた。それならば、しっかりと三人目の動きを見られていた。
が、それでは足りない。自分が————二人目の動きが囮となるにはどうすればいいのか。
それはイレギュラーと思われるようなトリッキーな動き。セオリーではない動きこそが、ミスを呼ぶ。
事実、トラップした駆に視線が集中する。そして早いモーションでのプレスを受ける前の早業。
しかし、“3列目の荒木”はそれでも手ぬるいと考えていた。
ここから駆がお膳立てしたボールを蹴りこむ。それでも足りない。遠野という化け物は反応してくるだろうと。
————なら、“絶対に届かないボール”ならどうだ!?
ふわりと浮かせたハイボール。正確なキックがゴール前の上空へ。そこへ反応する遠野だが、自分の見上げる視界に、巨大な影が見えた。
「—————ッ!!」
江ノ島の空中要塞高瀬。超人ゴールキーパーの遠野とはいえ、先にシュート態勢に入り、なおかつ身長で負けている相手との競り合い。
さらに言えば、高瀬は生粋のバスケ選手でもあった。身体能力は折り紙付き。その跳躍力も、ダンクシュートを容易く決められるほどのものだ。
つまり何が言いたいのかというと——————
『キーパー出ているッ!! しかし、その上ぇぇぇぇぇ!!』
実況の絶叫とともに、打点の高い高瀬のヘディングシュートが、遠野の牙城を崩したのだ。
今大会無失点を誇る鉄壁の守りが、空からの侵略者によって陥落した。
『前半15分!! 江ノ島先制!! 決めたのは江ノ島の空中要塞、高瀬!! とんでもなく高い打点のヘディングシュートでしたね!』
『荒木君のハイボールに誰よりも速く反応していたのは彼ですからね。遠野君も一歩遅れましたが紙一重でした。しかし、打点の高さを考えれば、止められたかどうか————』
跳躍の限界値にいち早く到達できるバネの様な足。そしてその滞空時間。遠野にはなくて、高瀬には備わっている武器でもあった。
「おっしゃぁぁぁ!! やってやったぞ!!」
「ああ、見てやったぞ、この野郎!!」
ハイタッチを交わす高瀬と荒木。そこへ駆と青葉もやってくる。
「—————これを止められたら攻め方を考える必要があったが、駆の動きで一瞬迷いが生まれたな」
呆然とする遠野を見て、青葉は冷静なコメントを残す。
「なんにせよ、あくどい動きが出来るようになったよなぁ、駆も。自分に視線を集中させるなんて、なんて奴だ」
「え、えぇぇぇ!? あくどいなんて。荒木さんのお膳立てをしたいなぁと思って、徹底的にと思ったんですけど」
慌てて弁明する駆だが、柔らかな言動とは裏腹に、言っている内容は物騒なものだった。
「こいつ無自覚かよ」
ジト目でアシストを達成した荒木がつぶやいた。
「なんにせよ、これで先制点。もう一点取って突き放すぞ」
青葉はそんなイレブンに喝を入れるべく、追加点を狙うよう呼び掛ける。
「ああ。一点ぐらいで浮かれるつもりはねぇよ」
「勿論。僕も決めたいからね」
「ハット決めさせてください荒木先輩! この試合で複数得点を決めれば————」
「————もてる男はつらいねぇ」
俄然活気づく江ノ島攻撃陣。飢えた狼の如く、前半は四日市実業へと襲い掛かることになる。
そして決められた遠野はというと
「—————くそっ、与えちゃいけなかったのに—————」
日本国内で圧倒しなければ、オーストラリアには勝てない。そう考えていた矢先のことだった。
「まだだっ!! 気を抜くな!! 江ノ島は手を抜いては来ないぞ!!」
「ならカウンターだって可能なはずだ!! 取り返すぞ!!」
四日市実業は負けている展開でも折れない。遠野の牙城は崩れたが、それでも負けたわけではないのだ。
「総体の借りを返すのは、今しかない。俺は勝ちたいんだ、あの男にッ!」
当真は睨みつけるように青葉の背中を見る。総体では力の差を思い知らされ、世代別代表を蹴った噂のある彼に嫉妬していた。
自分が求めている者を、平気で捨てられる人間には負けたくない。
そして四日市実業は果敢に攻めるも、ことごとく最後の二歩手前程で攻撃を寸断される。
「シュートで終われってことだろ!! 組み立ててやんよ!」
セカンドボールを拾った荒木のロングフィード。走りこむのは意表をついての逆サイド。つまり兵藤の方だ。
『ああっと逆サイド広く空いていた!! 兵藤が縦に仕掛ける!!』
完全に抜け出した兵藤のドリブル。当然四日市イレブンは戻る。遠野を信用していないわけではないが、立て続けに一対一を作るわけにはいかない。
「こいつら、俺らと同等以上の速さかよ!?」
高瀬を除く二列目の選手全員のスイッチが入っていたのだ。駆は勿論、青葉が並走しながら兵藤のサポートに回る。競り合いにも青葉は負けず、駆は常に体の入れ方を変えながら、相手の足を消耗させていく。
————常に位置取りを変化させやがって! すばしっこい!
————くそっ、パスコースが!!
そのままバイタルエリアに侵入する江ノ島の二列目攻撃陣。対する四日市は4人。
兵藤から逢沢への横パス。やはりそれは想定していたのかプレスが早く、駆はサイドに逃れるために、左足でロールしながらダブルタッチの構えを取る。
しかしその動作の最中、駆のアウトサイドでの横パスへと動きが変わり、一番渡ってはならない男にパスが通ってしまう。
「「!?」」
駆に張り付いていた選手は振り切られ、青葉のマークについていた選手は距離を詰める。が、転がり込んでくるボールを、バックした青葉が僅かに早く、逆足でトラップしてしまったのだ。
————やばい、コースがっ!!
このままでは打たれる、それだけは阻止しなければならない。さらに接近してプレスをかけるが、擦れ違いざまに青葉に躱されてしまう。
————な、んで—————
なぜ自分の方向へと突き進んだ? なぜ遠ざかる動きをしなかった?
まるで、彼がこちらに来る間合いを見切ったかのようなダブルタッチ。居合にも似た鋭さで切り伏せた青葉がPA内へと侵入し、左足を振り抜いたのだ。
「!?」
しかし、振り抜いたシュートは遠野がはじいていた。やや目を見開く青葉。そして、苦し紛れの体の投げだし方をした遠野は荒い息で、ボールを見据える。
『キーパーファインセーブ!! 宮水のシュートはゴールならず!!』
『いい反応でした。普通は入っていると思いますが、これには宮水君も驚いたでしょう』
—————あの至近距離、少し体から遠すぎたか。
コースを狙い過ぎて、“遠野の体から遠ざかって”いた。それが止められた原因だと青葉は悟る。手足の長い彼ならば、反応の良い彼ならば、これは止められてしまうと思い知らされた。
ボールはラインを割り、コーナーキックへと辛くも逃れた四日市。しかしピンチは続く。
「俺に来い!! また叩き込んでやる!!」
しかし、今度は飛ぶ前からモテモテの高瀬。二人掛かりでマークをされており、離陸が思うようにできない状態だった。
—————今度は決めろよ、
荒木はここで高さのある高瀬を捨てて、ショートコーナー。八雲にボールを預け、その八雲がカットイン。
————お前が決めてこそ、だろ。俺らのエースはお前だ!
そして八雲は、カットインに合わせてボールウォッチャーになった選手のエリアに侵入し、マークを外していた青葉を見つける。
迷うことなく八雲は青葉へのパスを選択。青葉のマークが外れていることに気づいた、四日市の選手が距離を詰めるが、
————体を入れられた!? まずいっ!!
そのマッチアップの相手、海堂は先にボールに触り、なおかつコースに体を入れられた青葉に振り切られる。何とかこの狭いエリアの中でボールを奪い取ろうとするが、
『ワントラップから振り抜いたァァァっぁ!! 突き刺しましたッ!!! 江ノ島ここで追加点!! 八雲からのラストパス! ワントラップで前に運んでからの強烈なシュート! 守護神遠野も手を伸ばしましたが、届きませんでした!』
「—————っ」
遠野の目には見えなかった。あまりにも速い超速シュート。恐らく時速100キロは間違いなく超えているだろう弾丸シュートは、日本の環境ではお目にかかれない。
しかもコースは、遠野の肩口の上を狙った絶妙なコース。これにはもうお手上げだ。
—————これが、ブラジルを倒し、オーストラリアの黄金世代を過去に倒した、世代別代表のエース、なのかよ
『前半28分! 江ノ島のドリブラー、宮水の追加点で点差を2点に広げます! すごいシュートでしたね』
『トラップから何から何まですべて計算されていましたね。迷いがなかった。わずか数秒のボール保持から、速いモーションでのシュート。これは止めるほうが難しいです』
強烈なシュートを浴び、四日市実業にとっては重い重い失点。前半が終了するまで、彼らの動きは明らかに本来のベストフォームではなかった。
しかし、青葉が守備に比重を置いたことで攻撃が全く通らなくなった分、遠野がかろうじて止められる範囲での攻撃の強度に落ちた江ノ島。ただ、2点リードされてからの四日市には覇気がなく、江ノ島も流し始めているかのような自陣内でのボール回しで、機を見て窺うシーンが増えていく。
前半の早々では保持率で大きく水をあけられていた江ノ島ではあったが、終了間際では完全に逆転しており、理想的な時間の使い方で相手の自滅を窺っているのだ。
『前半ここでホイッスル!! 堅守が武器の四日市実業がついに失点! 江ノ島の攻撃力はやはり止められない! 後半から四日市イレブンは立ち直れるのか?』
要でもあった遠野という分厚い壁を突破され、守備に力を入れ始めた江ノ島を突破する難しいミッションを突きつけられた。
その試合を見ていた他校はというと——————
「普通に点を取っているんだけど—————あのキーパーのシュートストップですら止められないのかよ」
「宮水のゴールシーン見たか? あれ何キロ出ているんだ?」
「非公式だが、124キロらしいぞ。さっきゴール前にいる人のアップ写真に数値が————日本人なのかよ、あいつ」
「しかもあんまり助走付けてない状態だろ? ははは、おかしいだろ」
そして、2戦連発となり、高瀬と並ぶ得点ランキングトップタイに躍り出ている宮水を見ていたETUの面々は、そのシュート力に度肝を抜く。
「とんでもないシュート、だな。俺が現役のころでは早々お目にかかれないほどの———」
後藤GMは、とんでもないものを見たという表情でつぶやいた。
「—————まだ希望があった四日市イレブンの闘志を打ち砕く—————あのシュート、なんだか夏木選手を彷彿とさせるなぁ」
「確かに、奴はスーパーゴールを決めるのが得意だからな。似ていると思うのは仕方のないことだ」
栗澤スカウトは、宮水のゴールを見て夏木のようなパワフルさを感じた後藤の感想を肯定しつつも、
「—————正直、誰の影も見えなかったよ。今までの日本人にはいなかった、ミドルシューターにして、ドリブラー。まるで南米の選手のようだ」
開幕前のキャンプが楽しみに思えて仕方がない。これでサイドアタッカーの層、というより二列目の競争はさらに激化していくだろう。
「——————俺としては、三列目も面白いと思うなぁ。ボールを前に運ぶ推進力。このチームに一番足りないのは、ビルドアップできる人材だ」
走るサッカーを目指す達海にとって、青葉の脚力は稀有なものに見えた。パスセンスも悪くなく、クロスの精度は折り紙付き。
個の力も同世代を圧倒しており、中盤に置きたい選手でもある。何よりキープ力に優れる彼は、かゆいところ、チームの苦しい場所にフィットしてしまう。
—————器用すぎるのも考え物だな。起用法は固定しといたほうがいいか?
何でもできるということは、それだけ仕事量が多いということだ。16歳に任せていいものではない。
—————不満に思うだろうが、過密な出場はNGだな
主力選手になり得るかもしれないが、過密な連続出場はさせるわけにはいかない。そんな考えが達海の脳裏に浮かんでいた。
いつかの江ノ島if
青梅「くっ、また負けた—————」
中塚「ハハハハ!!! スプリントならまだまだ!! 青葉に比べれば温すぎるぜ」
真壁「なんで躊躇いもなくあそこまで前に出られるんだ・・・・」
堀川「首を頻繁に振らない選手は中盤は出来ねぇし。ちゃんと周り見てる?」
矢沢「きっつ・・・・なんつうタックルだ・・・・練習だろ、これ?」
織田「いい感じだ、一条!! スプリントするときは迷うなよ! 意図を持ってプレーしろ。そうすれば仲間はそれを感じ取ってくれる」
一条「やっば、俺のイメージ通りにボールが来る。あいつも来ればよかったのになぁ」
武智「誰でもいいから俺の鍛え上げた腹筋を見るがいい!!」
アンナ「キャァァァァァ!!!! 変態ィィィィ!!!」
優希「アンナちゃん、汚物を見ちゃダメ!!」
織田「そこに直れ、武智ィィィィ!!!」
夏目「荒木さんがまともになったと思えば、次は後輩君かぁ」
荒木「おい、昔はダメだったみたいな話をすんじゃねぇ!!」
兵藤「アザラシ君になるなよ? まじで頼むぞ、荒木」
荒木「・・・・・・」
一条「・・・・・キャラの濃さは、一生追いつけないかも」
青葉「気にするな。お前はそのままのお前でいてくれ」