騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
準々決勝。江ノ島の次の相手は八千草高校。しかし、前評判はやはり江ノ島が一枚も二枚も上という論調が多い。
大方の論調通り、完全体の蹴球高校との一騎打ちが大会のフィナーレを飾るだろうと報じられており、彼らの勝利を願うもの以外、彼らの勝利を信じる者はいなかった。
その八千草高校の守備の要、島亮介は恐らくマッチアップすることになる宮水青葉について、
「—————奴の間合いに入るのも一苦労なんだがな」
島曰く、青葉のドリブルは日本人らしからぬリズムであるという。日本人離れしたドリブルと、一瞬の加速力。やはり初速に差があればきついのだ。
「確かに。あの四日市実業の俊足SB、当真が振り切られるのは信じがたいものだった。超高校級に次ぐ実力者が、ああも簡単にやられるのは————」
左サイドバックの才川は、逢沢か的場、それとも宮水といった驚異的なサイドアタッカーと真っ先にぶつかる。自分よりもスピードのある当真が封殺されたことに、気後れしていたのだ。
大会注目のサイドバックといわれた、当真が手も足も出なかった。それは高校1年目にして、プロ入りする実力がある、何よりの証拠といえる。
「奴がサイドで来るか、それとも真ん中で来るか。それによってプレーの形すら簡単に変える奴だ。ま、真ん中なら俺が胸借りるつもりでボールを奪うけどな」
しかし、ジェムユナイテッド千葉への内定が決まっている司令塔瀬古は、どこで来ようが必ず雪辱を果たすと誓っていた。
「総体の借りは、きっちり返してプロの舞台に行く。そうじゃねぇと俺の気が済まねぇんだよ」
総体決勝戦。序盤から流し気味にも思えた宮水とのマッチアップ。一瞬の隙をつかれ、悉くピンチの起点になってしまっていた。
常にどこからでも崩してくる、そんな感覚を持たされ、気づけば先制を許す展開。
追いつこうにも、真ん中の宮水はボールを一度もロストしない。そして、次々と人数をかけて押し寄せてくる江ノ島の攻撃は途切れない。
広がる点差、下がり続ける勝率。そして奪われる体力と気力。
気づけば、4失点以上の惨敗を喫していた。息も絶え絶えになっていた八千草イレブンを尻目に、宮水はまだまだ余力を感じさせる雰囲気であり、優勝したのにどこかつまらなさそうな顔をしていた。
————総体優勝、その栄誉を手に入れた奴の顔なのか、あれは!!
悔しかった。自分たちが目指してきたものを、是が非でもほしいと思うそぶりすら見せない彼の態度に。
彼が目を向けているのはすでに高校サッカーではない。プロの舞台だった。
————あの勘違い野郎に引導を渡してやる。千葉ナンバーワンの司令塔、俺がな!!
一年生になったばかりの後輩に、大きい顔をされたままではいけない。プライドがある。
「まあ、警戒すべきは二列目だけじゃねぇけどな」
三列目には、ロングフィードが得意な織田と、長短織り交ぜた正確無比なパスを備える荒木。特に荒木は運動量も増加しており、もともとドリブルも上手い選手だ。
プレッシャーの薄い三列目からのビルドアップでは、中々彼を捉えるのは難しいだろう。
そして二列目はいずれも俊足揃い、ドリブラー揃い。
宮水、逢沢、的場、兵藤。そしてジョーカー夏目。夏目は試合終盤の切り札として、徹底して裏を狙ってくる。足が止まり始めた時間帯で危険な存在だ。
最前線には江ノ島の空中要塞、高瀬。地上戦ならば島にも勝機はあるが、跳躍した際は誰にも止められない。しかも、バスケ選手並みの浮遊力も備え、滞空時間の長いジャンプは打点の高いヘディングを生むだろう。
さらに厄介なのは、もともと高瀬はポストプレーが得意だということ。器用さとフィジカルを兼ね備えた大型フォワードであるということだ。
こうしてみると、江ノ島は宮水と逢沢のワンマンチームではない。
高校サッカーのレベルを超越した、蹴球高校と同格の存在。大学サッカーにも勝ててしまうだろう。
戦術に幅がある上に、二列目のどのポジションでもこなすことが出来る。彼がどこでプレーするかによって、戦術も見直さなければならない。
—————お前がもし、アジア予選にいれば————って思いたくなるぐらいだ
屈辱のオーストラリア戦。ロビエル・オズボーンの顔が島の自尊心を酷く傷つけた。
—————お前は今、何をしようとしたんだ?
心底不思議そうな顔をして、島を通り過ぎていく彼の顔が、忘れられない。
————そんな半端なディフェンスで、俺を止められると思ったことが屈辱だ。
合気道ディフェンスを仕掛けても、人種の違いによる体幹の強さでねじ伏せられた。強靭な体幹は、島のバランスを崩す技術を力技でねじ伏せたのだ。
一騎打ちで何度もピンチを作ってしまい、惨敗の原因となった。
————やはり、将来は飛鳥亨が引っ張らないと難しいな。
次代のセンターバックを担うのは彼しかいない。
————宮水にやられたとはいえ、実績が違う。
怪物相手に闘志を折ること無く挑み続けた精神力。飛鳥の評価は敗戦後も実は上がっていた。
比較対象にされてきた。その度に—————
————飛鳥亨が止められなかったお前を、俺が止めて見せる。
勝つのは八千草高校だと。
一方、江ノ島高校は準々決勝に向けて八千草高校戦のスタメンを決める段階であった。
「今回、ワントップは夏目君でいきます」
「!!」
皆が息を呑む展開。まず衝撃的なスタメンの発表だった。
「理由は、島君の攻撃参加と運動量です。彼は神出鬼没のディフェンダー。その運動量で攻守の要となっています。しかし、彼がそれだけ動き回り、同時にディフェンスラインを操ることは、困難とみて間違いないでしょう」
彼のボールハンティング能力は素晴らしいが、彼はあまりにも動き回り過ぎている。
「ゆえに、最前線にはスピードのある夏目君を使います。激しい上下運動と常に背後をケアしなければならないプレッシャーを与えることで、彼らのディフェンスラインを下げるのです」
岩城監督が指摘する八千草高校の強みと弱み。それが島という存在だった。
「右サイドは兵藤君、トップ下は荒木君。左サイドは逢沢君です」
「!?」
ここでも驚きの抜擢。ここでトップ下荒木が復活。さらに的場ではなく、兵藤が二戦連続での先発出場。
「兵藤君の抜擢は荒木君との親和性です。練習でも彼ら二人が横にいることで、プレースピードが速くなっていました」
「逢沢君はいつも通りのプレーを。夏目君をまず一番に見てください」
「わ、わかりました」
岩城監督の真意が分からない。青葉がスタメンにいないということが、二列目にいないということが信じられない。
「ボランチですが、織田君と宮水君でお願いします。特に宮水君は運動量が格段に増えます。相手のキーマンである瀬古君を抑えてください」
岩城監督の驚きの抜擢。ボランチ宮水爆誕。しかしこれには狙いがあった。
「その上、カウンターの際のビルドアップを担うということですね」
宮水は自分の持ち味を、ボランチで当てはめて考えた。そしてその答えは容易に出てしまう。
縦への突破力、ボールキープ力。ミドルレンジ、ロングレンジからシュートを狙える砲台。
さらには、その圧倒的な対人能力でピンチの芽を摘み取り、その脚力でピッチの中央で流れを変えるプレーを望まれているのだ。
「荒木君は、前に向けなくなった際に織田君と宮水君を頼るように。そして、夏目君は二人にボールが渡った瞬間、いつでも準備できるようライン際に張り付いてください」
「無論、二列目は夏目君のサポートです。兵藤君の堅実かつ大胆なプレーと、逢沢君の決定力は、この試合でも必要になります」
GK 16番 李
LSB15番 中塚
CB 17番 藤田
CB 5番 三上
RSB 3番 八雲
CMF 6番 織田
CMF 8番 宮水
LMF10番 逢沢
RMF11番 兵藤
OMF 7番 荒木
CFW 20番 夏目
ベンチ入り (GK)1番 紅林、19番林葉、(DF)2番 桜井、4番 海王寺、14番 錦織、(MF)12番 堀川、18番 的場(FW)9番 高瀬,13番 火野
センターバックの海王寺は錦織の連戦を考慮し、温存。残る2戦での活躍を期すためのものだ。Bチームでコンビを組むことの多い藤田、三上をここで投入。
しかし、右サイド八雲は不動であるため、変動なし。代わりに左サイドは逢沢と中塚のコンビ。スピーディーな連携が期待され、攻撃の中心となり得る。
「中塚君はようやく技術が平均の中の下まで来ましたからね。ようやく実戦投入できます」
見事な突破からの糞の様なクロス、宇宙開発弾丸ミドル等、中塚が生んだ造語は多い。しかし、最近はボールの芯に入ったミドルシュートはいい威力を誇る。クロスも一応ゴール前に蹴りこめる確率が五分になったほどだ。
スタメン落ちどころか、ベンチ外が続いた中塚の大きな挫折。欠点を克服するまで、我慢して起用しなかった岩城の判断が光った。
しかし岩城としては、中塚の足はすぐにでも使いたいものだった。
————このチームでは、宮水君に次ぐ俊足の持ち主。なら、とことん磨くまで我慢した甲斐がありました
ダブルボランチはそんな新米が揃うディフェンス陣をサポートし、なおかつ攻撃の起点になり得る二人が抜擢。ディフェンス力が求められ、同時に対人能力が要求されるポジションに宮水と織田が選ばれた。
そして二列目は魔法のパスを操る荒木に、俊足揃いの前線と、荒木と波長が合う兵藤。
ボールを保持しつつ、一瞬の隙を狙う。縦に早いサッカー。
そして、相手が自陣に引いた時に効力を発揮する宮水の超速ドリブル。プレッシャーが増すことにはなるが、一人抜けば一気にチャンスがやってくる。
そして最後のピース、夏目。彼が走ることで、相手はディフェンスラインでのプレッシャーを背負うことになる。
そして翌日
『ご、ご覧ください!! 江ノ島のスターティングメンバーは、まさにサプライズといっていいでしょう!!』
ダブルボランチの一角に居座る宮水の姿を見て、観客はどよめきを隠せない。
「おいおい、なんで中盤にいるんだよ!?」
「ゴールから遠いぞ、あそこから攻撃できるのか!?」
「サイドアタッカーの要が、中盤!?」
「江ノ島、ここにきて遊び始めたのか!?」
戸惑いの声が上がる。なぜ彼がそこにいるのか。
そしてそれは、八千草高校にも広がる。
「お、面白ぇ!! マッチアップは俺か!!」
トップ下荒木ではなく、おそらく自分を阻むのはボランチ宮水。控えの守備陣のバランサーとして織田と宮水を投入し、安定を図るつもりなのだろう。
そして、その様子を見ていたETUの新監督達海はほくそ笑んだ。
「ああ。そいつは麻薬だぜ、江ノ島高校」
彼の脚力を活かす、サイド以外でのポジション。守備からの攻撃参加という、攻守の切り替えの基礎が出来ている宮水だからこそハマるポジション。
「—————やめられなくなるぞ、そこの宮水は」
キックオフは八千草高校スタート。ボールを回し、江ノ島守備陣のスキを窺う八千草高校。
しかし堅い。
—————首を振る回数というか、どこに視点を置いているんだこいつは
絶妙な位置で、瀬古の近くを徘徊する宮水。その近くには荒木もおり、ファーストディフェンダーとして彼がいるのは厄介だ。
しかしならばと、初先発の中塚のところで勝負を仕掛ける八千草。縦パスが通るかに見えたが、
「へへっ!! 甘ぇんだよ!!」
先回りして加速した中塚が、出鱈目な加速でボールをヘッドでカット。零れ球の先には、
「だが甘いぜ」
そこにはなんと、攻撃参加の島がいたのだ。高い位置でのボールを持たれてしまった江ノ島、いきなりのピンチを迎える。
————織田さんと荒木さんは、まず瀬古さんと周囲のフォローを。
だが、ここでいきなりのマッチアップが実現。
「———————」
零れ球の位置を予測していた宮水が先回りしていたのだ。それだけで八千草高校に緊張が走る。
そして宮水はノールックで、中塚にサイド警戒を手ぶりで指示し、マークにつくよう知らせる。
————俺たちはワンツー警戒、ディフェンスは裏抜けだ
織田が宮水の稼いだ時間を使い、ブロックを構築。だが、宮水はその時間で一気に島へと迫る。
————いきなり無鉄砲だな、宮水。
合気道の体の使い方を知らない彼ならば、初見なら通用する。
「っ!?」
手足の使い方、まるで急所を突かれたか如く、宮水の体から一瞬力が抜けてしまう。
————重心をずらされたか!
初めて見る合気道ディフェンス。オーストラリアではやられる動画しか見てこなかったことが災いした。
ぐらつく宮水。そしてその横を抜き去ろうとする島。
「青葉ッ!?」
逆サイドで駆が驚愕する。まさか青葉がああも簡単にやられるとは、と
————へっ、いくらお前でも重心をずらされたら—————
「ッ!!」
しかし、崩れた瞬間にすぐに立て直した青葉。一歩目の加速力という足首の強さで開いた距離を詰め、強烈なスライディングで島を吹き飛ばしたのだ。
しかも、確実にボールに行っているため、後からぶつかった宮水の足に弾き飛ばされてしまう。
「がっ!?」
地面に互いにたたきつけられる両者。島は抜けたと思っていた。青葉は抜かれたと感じ、最短ルートを予測して先回りしたのだ。
バイタルを狙ってくるであろう島の動きを予測して。
ボールはタッチラインを割り、八千草高校ボールとなる。
「————危なかった。まさか、ああいう方法で突破してくるとはな」
重心をずらし、相手に勝負させずにボールを奪う技術。
「————やっぱとんでもない脚だな、お前」
冷や汗をかいたのは島だ。完全に勝ったと思っていたのに、足が伸びてきた。この感覚は海外での強化試合とよく似ていた。
————ほんと、日本人離れしてやがる
しかしボールは尚も八千草高校。いったん自陣までボールを下げ、もう一度組み立てる。
それほどに良く動いている江ノ島イレブン。だが、その連動した守備に、ある人物だけ参加していない。
—————いいですか、相手がボールを失ったときこそ、君の出番です。
————必ず“彼らは”君の動きを見ています。
彼は、岩城監督から与えられた個人的なメッセージを貰っていた。
「!?」
バックパスを貰うディフェンダーの背後から、オフサイドゾーンから加速した夏目のプレスがさく裂。
しかし、彼の前には奪った相手とボランチが居座り、島が猛然と戻り始めている。
————こいつだけで打開なんて————なっ!
夏目の動き出しに連動していた荒木、そして島の背後から一気に抜き去った宮水の姿が目に映った。
「荒木さんッ!!」
夏目のバックパス、からの————
「受け取れっ!!!」
ダブルタッチで移動しながら位置取りを変えた荒木のキラーパスが宮水へ。
『ここで宮水スルー!! その先は逢沢だ!!』
宮水、パスコースの先に駆がいることを察知、故にボールに触るどころかこれをスルー。こうなってくると、八千草高校のサイドが混乱する。
————切り込んできたっ!!
合気道の動きを取り入れた彼らは、なんとか接触すればボールを奪えると考えていた。が、ここで江ノ島の人海戦術が炸裂。
スルーした宮水へのプレッシャーが薄まり、彼がフリーになったのだ。駆はダイレクトで縦にスルーパスを出し、三列目からのダッシュで加速している宮水へとボールが送られる。
————夏目の位置は、そこか————
宮水はゴール前へと走りこんでいる彼を確認した。そして—————
ここでドライブシュートを選択、縦回転の鋭い弾頭が八千草高校を襲う。
「う、うおっ!?」
何とかゴールキーパーがはじくも、そのこぼれた先には夏目が走りこんでいた。
「あぁぁぁぁ!!!」
雄叫びを上げながらシュート態勢に入る夏目と、追いすがる八千草高校ディフェンス陣。
ピピィィィ!!!!!
夏目が倒された瞬間、審判の笛が鳴ったのだ。審判がさす場所はペナルティエリア内。
『夏目倒されたぁァァァぁ!!! ここで江ノ島高校にペナルティキックが与えられます!!』
『宮水君の強いシュートのこぼれ球。夏目君は予測していましたし、宮水君も夏目君のことを見ていましたね』
「—————っ」
島は唇をかんだ。まさに一瞬の隙、一瞬の穴をついてきた。試合から消えていたかに見えた夏目という俊足フォワード。そして、夏目の動きを見て一斉にスイッチの入る江ノ島高校。
そして、両サイドはどちらも俊足、または経験という武器がある。
ならば、真ん中に足の速い推進力のある選手がいれば
「くそっ、すまねぇ」
「切り替えろ、今はキーパーに託す!」
キッカーは荒木。その蹴る方向は——————
『落ち着いて決めました!! キーパーの逆を突く見事なキック!! 前半18分、江ノ島ペナルティキックで先制!!』
「へっ、どんなもんよ!」
「一点ではだめだ。後2点は最低必要です」
「たりめぇよ!! どんどんプレスを掛けに行くぞ、しかし考えたな岩城ちゃんも!」
夏目は猟犬。走り回る猟犬だと。彼のプレスでチームの重心が移動し、コースは限定される。ショートカウンターの要ともいえる夏目の守備力。
俊足であることが最低条件だった。
そして、そんな彼に反応できるのは、荒木、宮水といったテクニックと速さを持つ存在。
そんな彼らを何とか夏目とリンクさせたい。
ベンチで岩城は、狙いが炸裂したことで微笑んだ。
「淪から、大きな波へ。夏目君という猟犬が追い込み、誘導した獲物を中盤の狩人が刈り取る」
「ハンティングの始まりですよ、諸君」
迂闊なパスが出来なくなった八千草高校は、ロングボール多用の戦術へと切り替わる。フィジカルなら同等以上の勝負が出来ると踏んだのだ。
しかし、
「セーフティに!! ボールを切れ!!」
クリアボールで中々八千草はボールを前に進めない。江ノ島は高い集中力で失点を許さない。
「—————っ」
そして絶えず、江ノ島陣内には狩人の宮水がいる。そしてそれは、遠方にいる獲物すら狙い撃つと思わせる危険な存在。
ロングボールをカットしたのは江ノ島のセンターバック三上。そのセカンドボールを保持したのは、
「てめぇに仕事はさせねぇ!!!」
島の合気道ディフェンスが炸裂。青葉の周囲にいた島がそのカウンターの目を潰し、カウンター返しを狙いに行ったのだ。
「—————」
重心を崩されるのを嫌ったかに見えた青葉が接近し、歩幅が狭まる。
————無駄だ!! 一試合でそう簡単に破れるものか!!!
島は、触れることを考えていた。ファウル覚悟で青葉を止める、そう考えていた。
彼は怪物の間合いにはいってしまった。
ボディフェイントからの逆。一瞬の加速力。島が振り切られる。
————なめるなっ!! まだこの距離なら—————ッ!!
追い縋れる。加速にしては少し弱い青葉のドリブル。手を伸ばす島。しかし、
重心が後ろへと下がる青葉は、踵でボールをトラップし、さらに方向転換。縦への突破からの横の揺さぶり。絶妙なタイミングで繰り出されたクライフターンが炸裂。
「ぐ、ぐっ!?」
膝がぐらつく。なぜこのタイミングでフェイントを繰り出させる。しかも連続技、息をもつかせない先手を打ち続ける攻撃的なドリブル。
—————そ、それでも!!
そのフェイントにも食いつくことが出来た島。
しかしそれは表現が違っていた。
————島を食いつかせることが出来た青葉だったのだ——————
ピタッ、
青葉が止まった瞬間、ついに島の膝が限界に達した。反応した瞬間に両膝から崩れ、青葉の前で膝をついてしまったのだ。
そしてそれを見た青葉は、理不尽な本気の加速力を見せつけ、ボディフェイントで抜こうとした方向を素通りしたのだった。
『抜き去ったぁァァァぁ!!! 怒涛の連続技で、島に膝をつかせた宮水!! 一気にゴール前へと加速!!』
青葉が島を無力化した時間に要したのは5秒。カウンターを食らい前のめりになったとはいえ、普通は追いつく。しかし、それは青葉一人ならばということだ。
夏目がボールを貰いに青葉に近づく。夏目と青葉のアイコンタクトが出来たかに見えたこの局面。
『ああっとアーリークロス!!! その先には兵藤だ!!』
ワントラップから前に出ていたキーパーをあざ笑うミドルシュート。華麗なタイミングでのクロスから、完璧なタイミングのトラップ、置き所。
全てのリズムがかみ合った青葉と兵藤のホットライン。夏目という光と、青葉が齎した風が、兵藤を巧妙に隠したのだ。
『ワントラップから振り抜いたぁァァァぁ!!! 江ノ島追加点!! またしてもカウンター!! 決めたのは2年生の兵藤!! そして宮水の見事なアシスト! 前半23分!!』
『兵藤君の走りこんでくる場所を予測した、いいクロスでしたね。弾道も早いですし、クロスを上げられた時点で、キーパーはノーチャンスでしたね』
またしてもカウンターで失点。ボールを奪われた後にだ。立て続けに手痛い反撃を食らった八千草は、押し込まれる状況が続く。
『前に出られません! 八千草高校!! ああっと、兵藤がボールカット! 縦に抜け出して、タメを作って————八雲だぁ!!』
中に絞る動きからの八雲のオーバーラップ。そのまま縦に突破してクロスボール。完全に抜け出した状況での速いクロスは脅威だった。
「こんの!!」
しかし八千草高校がこのクロスボールをヘッドでクリア。セカンドボールの落下地点には————
————くっ、予測してからの反応が絶妙過ぎる—————
マンマークしていた島は、その相手に振り切られていた。彼が動いたのは、八千草高校の選手がヘッドでクリアした瞬間。予測しながらただ闇雲に接近すれば、相手に詰められる。
彼はそれを嫌い、直前まで位置取りを気にするようなそぶりを見せていた。
それが、スイッチが入った途端にこれだ。
『セカンドボールダイレクトぉぉぉぉぉ!!!!! 決まったぁァァァ!!!! スーパーボレーシュート!! やはりこの男が決めたァァァぁ!!! 背番号8、宮水青葉!!』
『今の簡単ではないですよ。セカンドボールをダイレクトで、あそこまで威力と精度を高めるのは普通ではありえません。キーパーノーチャンスですよ、これは』
今のも縦に落としたドライブシュート。急激に縦に落ちていくドライブのかかったシュートに手が届かなかった八千草高校。
ボランチの宮水の攻守で見せる存在感。サイドアタッカーではないさすがの攻撃力。
しかも、相手攻撃陣を封殺してのこの仕事。
『これで今大会4得点目!! やはり止まりません、この男は止まらなァァァい!! 前半30分!!』
与えてはならない失点。決めさせてはならない男の得点。八千草高校にとっては痛すぎる失点となった。
「—————っ」
島は、海外での強化試合で体勢を崩されることはあっても、膝をつかされることはあまりなかったと自負できる。
それが、完全な形での転倒。しかも、動こうとして訳も分からず、自分の体ではないかのように崩れ落ちたのだ。
「———————」
島は青葉の様子を見た。素晴らしいゴールを決めたのに、瞳は冷静そのもの。むしろ、嬉しさすら見せない。
この試合にかなり集中しており、織田が青葉の邪魔をしないよう他の者を制しているほどだった。
その織田は、
「すいません。手に届くかもしれないんです。今まで感じたことがない世界が見えるんです」
目が逝っていると言っていいほど集中が高まっている青葉。織田は、試合に集中した青葉を目にする機会が2度過去にあった。
それは、鎌学戦での青葉だ。しかし、その二試合を超える集中力の発揮を、今青葉は成し得ている。
何かを掴める。青葉はそう断言した。ならば、織田はその手助けをするだけだ。
—————見せてくれ、青葉。俺に真似出来るものを真似するために
前半は江ノ島が終盤に流しはじめ、ボール回しをすることで、八千草高校はボールを保持できない。そして前に出てこない江ノ島だが、常に夏目が裏を狙っているので、前に進む事もままならない。
そのまま前半が終了。カウンターサッカーという、堅守速攻の形を見せた江ノ島がお披露目された。
そして、全試合青葉の試合は見るつもりだったETUの面々は
「—————————」
後藤を筆頭に、栗澤、有理、前田補佐が衝撃を受けていた。サイドアタッカーの彼が、真ん中でここまでの活躍が出来るとはと。
むしろ、彼が真ん中に入ることで、相手のキープレーヤーを封殺しつつ、反撃を許さないプレーぶりに息を呑む。
「なっ、俺の言ったとおりだったろ? ボランチ宮水は麻薬だ。あんなもん、他のチームでもそうする。だって、あいつはドリブルとその足の速さで、ボールを運んでしまうからな」
ビルドアップという言葉では収まらない。三列目からの攻撃。これは恐らくポゼッションでも意表を突く絶妙なアクセントになるだろうと、達海は予測する。
—————おいおい、俺の頭をショートさせる気かよ、お前は
達海は笑いが止まらない。こんなに攻守で存在感を見せる存在は、初めて見た。
————けど、それじゃあチームは成長しない。これであちらさんも分かっただろう
中堅チームの実力を飛躍的に伸ばし、江ノ島という強豪高校になりつつあるチームを最強へと導く。
しかし、ボランチ宮水は麻薬だ。彼が抜けた時の穴がでかすぎる。
一応片割れは平均以上のボランチで、幸いなことにボールハンターは控えにいる。恐らく、瀬古を封じるための策だったのだろう。
実際は島の攻撃参加を封殺し、彼のディフェンスを無力化する最善手になった。
「—————やっぱあいつは、名門チームの背番号10を背負える。中堅では攻撃オンリーにしとかないといけないな」
でなければ、チームは崩壊する。バランスを崩す。彼一人がいなくなるだけで。
だからサイドアタッカーなのだ。彼はあまりにも真ん中で強すぎる。チームを依存させてしまう。
試合はそのままフル出場で宮水が出場。
3点差をつけられた八千草高校は自分たちのミスから自滅し、手痛いカウンターで失点を繰り返してしまう。
『試合終了!! ここで長い笛!!6対0 兵藤1ゴールに、宮水1ゴール! さらには2得点の逢沢、荒木、夏目と攻撃陣が大爆発! 変幻自在の戦術で準決勝進出!!』
『しかし、宮水君は荒木君を真似たのか、長短いいパスを出すようになりましたね』
『圧巻は逢沢君のルーレットでしょう。これは恐らく彼の代名詞になりますよ!』
『島選手も世代別の実力者ではありますが、あんなルーレットに加えて、合わせ技で来られると、きついものがあるでしょう』
『江ノ島高校の次戦の相手は、滋賀県代表、鳳凰高校になります!』
高校サッカーで旋風を引き起こす江ノ島高校。ついにその活躍は、日本サッカー界のトップにまで伝わることになる。
「—————最近、件の若手選手の勢いがすごいと聞いているけど、彼の映像はあるかな?」
「は、はい! 最近は動画サイトでも彼のプレー集は集まりつつありますからね」
ある高級ホテルの一室で、世話役のような動きをする男性と、禿げ上がった頭と黒縁メガネ、小柄な体格の男性が、彼らのプレーを見ていた。
「—————うーん、面白いね、彼。まるでハンターのようだ」
「ボール奪取能力はさすがでしたね。まさかあそこまで守備の能力が高いとは」
禿は世話役の解釈を否定する。それはあくまで彼の一側面でしかない。
「ノンノン。僕が言いたいのは、チャンスを逃さないという点だよ」
「—————彼はちゃんと日本人なんだろうね? 検査を受けさせたほうがいいんじゃないかい?」
愉快そうに冗談を口にする禿。まるで面白いおもちゃを見つけた様子だった。
「ミスターゴウダに連絡を。僕の推薦と、この映像を手土産にして、ねじ込んでもらおう。最高のタイミングでね。でも、その前にU20W杯もある。コパを辞退したのは痛恨だったけどね」
「えぇぇぇぇ!!!! 彼は15歳ですよ!? そんな彼がいきなり代表入りはリスクが高すぎますよ!! しかも常識外な飛び級ですよ、それは!!」
いきなりの大抜擢に世話役————通訳の古川は驚愕する。確かに獅子奮迅の活躍だが、彼が上の世代で同じ活躍が出来るとも限らない。
マスコミもうるさくなるだろう。ただでさえ、逢沢駆の報道が過熱することに苦慮しているというのに。
「うん、どうせならカケルアイザワも呼ぼう。それがいい」
「そ、それもまずいですって!! 監督やチームメイトがそうでなくても、報道が過熱してチームに悪影響を及ぼすことだってあり得ますよ!!! 危険すぎますよぉぉ!!」
「海外では、優秀な若手はすぐ代表に選ばれるよ。実績や序列を気にしちゃ、いつまでたっても日本は強くなれないよ?」
「そ、そんな!!」
「とりあえず、壁にぶつかって、挫折するならしばらくの招集は無し。とび越えたら僕の下に欲しいね。できれば、僕の想像を超えてほしい。そんな思いを抱いても許される器だよ、“彼らの世代”は」
物騒な言葉を愉快に宣う禿の正体は、日本代表監督ジャン=ピエール・ブランである。ブラジルワールドカップでの敗戦後、日本代表監督に就任した彼は、サッカー人気を復活させるべく、強化試合と親善試合で未だ無敗を誇っていた。
「彼という超常現象が、周りに影響を与えないはずがない。彼以外の選手の動きを見たかい? とてもクリエイティブで、一つの生き物のようだ。彼の存在はきっと、チームを変革させるんだ」
宮水青葉は、次代の王になれるかもしれない。彼という柱を中心に、とんでもない時代が来るかもしれない。
成熟した彼らを率いたい。それまでこの椅子に座りたい。そんな戯言を一瞬思ってしまうほど。
日本の頂点が、ついに青葉の姿を捉えた。
————君たちは、ネクストハナモリに、なれるのかい?
その頂の頂点に君臨するあの男に比肩し得る存在なのかと。比翼を失ったエースを超える逸材たちの競演に、西欧の戦術家はアンテナを張る。
この時から、ブランはそんな彼らを鍛え上げた岩城鉄平という男に目をつけ始めたのだった。
いつかのETU IF
~武蒼高校~
女子「ねぇねぇ、藍子! アウェー戦だけど、浦和対ETUの試合見に行こうよ!」
蹴球女子「今年は地元の鷹匠選手や、横浜の秋本選手! 磐田の小川君、甲府の中島秀哉選手! あと、新潟の榎本君に、ETUのルーキーと、目玉がたくさんなんだよ!」
江藤「—————そ、そうなの?」
女子「今度和菓子買いに来るからさぁ! 一回だけ、騙されたと思って!」
~隅田川スタジアム~
栗澤「うん? 大量の外国人観光客!? くそっ、今日に限って巡り合わせが悪い! こんなの予想外だ! 急に外国人観光客が押し寄せるなんて聞いていないぞ! 誰か外国人の訛りにも動じない、英語ペラペラな助っ人はいないものか!!」
有里「わ、私ももう行かないといけないんです! 手を放してください、栗澤さん! あと高望みし過ぎぃぃぃ!! 前田さんは事故渋滞に巻き込まれたし、どうすればいいのぉぉぉ!!」
有里は記者の誘導等でもうすぐここから消える模様。
青葉「代表監督にミルコさんまでいるとか・・・それによく見るといずれも監督やコーチの有名所・・・・人脈半端ない」
鷹匠「けどアピールする前に、お守りをしないといけないのか。英語喋れるだろ?行って来いよ」
青葉「そうするよ。有里さんは抜けるわけにはいかないし。少しの間だけなら」
~離れた場所で~
江藤「えっと、なんだか困ってそうだけど」
蹴球女子「行ってきなよ! 見たところ外国人の案内に困っているみたいだし」
江藤「・・・うん(体格が大きい・・・怖い・・・間近で見ると、こんなに違うの? スポーツ選手って)『すみません、何かお困りですか?』」→淀み無い綺麗な英語
青葉『・・・・え? 英語、だ・・・・』