騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
中央のCBの高い壁に、走り負けないサイド。最後に控えるは超高校級の守護神。
完璧な振り分け。それぞれの長所がかみ合うパズルのような陣形。江ノ島はここにきて、史上最高のコンディション、布陣となっていた。
そんな完璧なる布陣を見せつける江ノ島を見て、テレビの前でその戦況を眺める鎌学の選手たちは、
「———————これはもう、あいつら二人がいるから強いという次元じゃないぞ」
鷹匠は、高確率で抜けるであろう二人を差し引いてもなお、江ノ島と他の高校には開きがあると考えた。
「——————李さんの守備範囲と反応速度が凄い。これにあの高いCBの壁があれば、中央突破できるドリブラーがいない限り、厳しいですね」
佐伯も、システム的にここまで選手がかみ合うと、総合力の高い相手が集うチームにも勝てることを突きつけられる。
「しかも、織田は降りてきて可変スリーバックの中央に来ることがある。プレスバッグしてサイドが戻る時間も確保できる」
「止めは宮水のボランチ起用。あれでシルバが機能しなくなり、カウンターの際に蹴球は加速を許した彼を相手にする。なんだこれは」
そして、江ノ島への入学を決めた大望を掲げる男は——————
「——————ボランチから攻撃を押し上げる。こんな選手、今まで日本人にいたのかよ」
ボランチでここまで攻撃的で、守備的な選手。上下運動に耐えられる豊富な運動量。当たり負けしないフィジカルに、他の髄髄を許さないスピード。
他のチームでは、まず間違いなくトップ下、二列目起用になる彼が、3列目からの攻撃参加で蹴球を圧倒している。
—————日本サッカーを変えかねない存在だろ、これ
トップ下が花形の時代を終わらせかねないボランチ青葉のインパクト。生来の視野の広さも合わさり、とんでもないことになっている。
「龍? 試合はどうなったの? って、なにこの点差!?」
龍と呼ばれた男に問いかけるのはショートカットの少女。この決勝での蹂躙劇に目を見開いている。いくらなんでもこれはあり得ないだろうと。
「——————前半はいい感じの殴り合いだったけど、あの人が中央に来てからすべて変わった。あの外国人留学生を止めて、即カウンター。俺がもしボールをトップ下でキープしたら、横から上がって、一人で決めるような。うん、確実に代表に入るよ、あの人は。それも年内に」
あの16歳は、世界的に見ても稀有な存在だ。日本代表に入らなければ、それこそ他の国に目を疑われてしまうほどの。
「右も左も、サイドバックが本当によく動くわね。しかも左は優人じゃ、手に入らない俊足だし。右は全部うまいし。1年目からレギュラーを取るのは難しそうね」
「俺もやばいって。荒木選手からスタメンを奪うにはシステム変更時、荒木さんがボランチ起用された場合のみ。しかも有望株も入ってくるし、中々俺もやばい。けど、だからこそ、行く甲斐があるんだ」
強い決意を宣言する一条龍。彼は埼玉から強豪と化した江ノ島への入学を決めた男である。
「あの環境なら、今よりも二段も三段もレベルアップできる。だから、楽しみで仕方ないんだ」
そういって、リビングのソファーから立ち上がる龍。
「龍?」
「ボールを蹴ってくる。この試合は江ノ島の勝利に終わる。後は夏目選手が入っていくらか点が入るだろうし」
そう言って、龍はボールを手に持って公園へと向かっていくのだった。
一条少年の予告通り、江ノ島は畳みかける。
江ノ島は容赦なく前掛りになっている蹴球の致命傷を穿つのだ。このピンチを打開した後に、高瀬に代えて夏目。するとすぐに蹴球にとどめを刺す。
言われるまでもない、それは彼の真骨頂だ——————
織田からのロングフィードがさく裂。青葉からのリターンパスをそのまま抜け出した青葉に預ける形かと思われていたが、織田の視線は全く別の場所を向いていた。
フリーランニングした青葉に引っ張られるシルバと、前からボールを奪いに来るもう一人のボランチ。しかし、少しボールを移動させて道を作る織田。
————ドリブルの為のコースではなく、パスの為の20cm
僅かな、相手にすら悟らせない高精度ロングパス。坂東のプレスをボールだけが躱せば織田の勝利。
『ああっと織田からのロングボール!! 抜け出していたのは夏目!! シュートぉぉぉぉ!!! キーパー弾いたぁ!?』
後は夏目を含む前線が決めてくれる。ドンピシャのタイミングで放り込まれたボールをキープし、上手く前に転がした夏目がシュートを放つが、止められる。しかし、
『押し込んだぁァァァ!!! この試合三点目!!! 選手権決勝、この大舞台で!! 躍動しています!! 背番号10番 逢沢駆!! ハットトリック達成!!!』
『後ろからのハイボールをうまく予想して、トラップまで完璧でしたがね。夏目君は決めたかったでしょう。しかし、つめていた逢沢君も見事です』
『自身の大会記録を更新する11得点目!! 後半35分!! 日本の若き至宝が止まりません!! さらに差を3点に突き放します!! 5対2!!』
決定的なゴール、とは言えないが、明らかなダメ押し。蹴球という日本基準で選ばれた優秀な選手が揃うチームが、在野の江ノ島に完膚なきまでに叩きのめされる。
数字上の身体能力、足元の技術の高さ。選りすぐりのエリートたちが集められたエリート集団が、彗星のごとく現れた新興勢力に蹂躙される。
サッカーは個人の上手さだけではなく、戦術も重要になる。しかも江ノ島のフォーメーションは長年日本代表が採用し続けた陣形。
意識しているのだ。江ノ島は日本代表に届き得る選手を生み出す意思があるのだ。そしてこの陣形は、常日頃から日本のサッカー少年たちが見ているはずの陣形。
ダメなところも、良いところも、感覚で分かっているはずだ。その陣形を採用した日本代表を見て、サッカーをやり始めたのだから。
高度に連携し、組み合わさった将来を意識した陣形の中で、長所を伸ばし、課題を克服する選手たち。オールマイティな選手では、歩むことが出来ない道のりだった。
そして、ボランチ宮水という新たな選択肢が全国区となる。ビルドアップを確実に約束し、ミドルレンジからの強烈なシュート、お家芸の中央突破。精度の高い両足のクロスボール。視野の広さ。
極めつけは、対人能力の高さ。その証明はレオナルド・シルバを止めるという成果が刻み付けられている。
予想を超える大活躍を見せる二人の評価は爆上りしていた。
海外の反応では、特に南米を中心とした掲示板が衝撃を受けたコメントが羅列されていく。最初は世代別のトップクラスだったシルバやリカルド、パトリックの活躍を観察していたが、まったく違う展開となることで、彼らは驚愕する。
あのジャパニーズボーイは何者だ!?
レオナルド・シルバがアンクルブレイクされた!? 何が起きているんだ!!
ジャパニーズがフェノーメノのクローンの製造に成功しちまった!!
日本のフェノーメノ、アオバ・ミヤミズ、本物だ!! 奴は本物だ!!
カケル・アイザワは事故死したスグル・アイザワの弟らしいぞ! なんてドラマティックな展開だ!! シルバのライバルだった男の弟だ!!
なんてシンデレラボーイなんだ!! しかも、ナンバー10!!
同世代でほぼ無敵のリカルドがやられたぞ! 悪魔的なドリブルだ!!
彼は一体どこの選手なんだ!? ウイングもボランチも最高だ! どうなっているんだ!
彼のスピードを見たかよ!? こんなアジア人は見たことがない!
さらには、欧州のスカウト陣も、日本の若き二つの至宝を前に、驚きを隠せない。
「リチャード、試合前の私を殴りたくなるような感情を抱いてしまったよ。彼は何者なんだ? まるでフットボールの神様に愛されているようだ」
バイエルンのスカウトは、駆のプレーに強い感銘を受けていた。豊富な運動量と確かな視野の広さを持ち、チャンスで飛び出す大胆さも兼ね備えた日本の若きサムライ。
これが、世代別代表を経験し、さらに成長した彼の現在。
「あのリカルドと渡り合う長身の日本人。あんな選手が去年まで無名だって? 日本サッカーはどこまで節穴なんだ!」
高瀬についても言及するスカウトマン。あんな逸材を放置し、世代別の経験もゼロだという。才能をドブに捨てているようなものだ。
「きっと彼だ。彼がチームを変えたんだ」
リチャードは、3点差で喜んでいるチームメイトに声をかける青葉を目にする。手を両手でたたき、主将の織田と共に気を引き締めるよう伝えているようだった。
レベルの高い選手がチーム内で孤立せず、その影響を受けて全員が成長していく姿。それはどこか、あの男がいたチームを思い出す。
まるで達海だ。達海がプレーしているようだ。彼が二人いるような感覚だ。彼らはもう、今シーズンからプロになる。しかも、ETUだ。
あの達海が、監督として戻ってくるのだと。
そして————————最後の最後に、彼が魅せてくれた。
どんな点差であろうと常に前を向いて戦う蹴球の声援に挑む様に、青葉が海王寺からのパスを受け取り、迫ってきたシルバをヴァニシング・ルーレットでダイレクトトラップしつつ躱したのだ。
—————これは、駆のルーレット!?
何とか転ばずに済んだシルバだが、青葉は既にダブルタッチで横を通り過ぎていた。慌てて袖を掴もうとするが、掴みそこない、手を伸ばすだけに終わる。
中盤から一気にトップスピードに入った青葉が止まらない。シルバがここまでパスを出させるという選択をしてきたが、僅かなミスが彼の突破を誘発させてしまう。
中盤の坂東が青葉に迫るも、連続ボディフェイントからのシザースに釣られ、クライフターンでつま先が宙に浮いた。
—————く、うっ、あぁ!?
何とか切り返しに対応しようとする坂東だが、ここでさらにそれまでの速度を半ブレーキした勢いで元の方向へと切り返し、ターンして坂東を抜き去ってしまうのだ。
—————クライフ、ターンの逆、だと!?
崩れ落ちる坂東を尻目に、青葉はさらに前へと駆け抜けていく。
その姿にかつて乱世が終わる直前、大軍を相手に単騎掛けをかました大馬鹿野郎の後姿を連想させると唸る年配の者もいたという。
どれだけの生涯があっても、突破口があれば食い破り、その玉を獲るべく駆け抜けていく姿は、日本が一番求めていた強い選手の理想像だった。
—————青葉を警戒した策が、ここにきて青葉を乗せてしまうとは!!
青葉の勢いを削ぎ、彼にパスという選択肢を与える。臨機応変にエゴの少ない傾向にあるボランチ青葉を誘導した作戦は、確かに機能した。事実、これまで苦境だった右サイドは、中塚を完全に攻略し、逢沢が守備に奔走する始末。確実に江ノ島の攻撃を潰していた。
だが、中央の青葉が突破すれば、これほど脆い策はない。シルバが中央で塞き止める前提での作戦だったのだ。
ここで、迷わずリカルドの方へと突っ込んでくる青葉。もはや彼の異常性は気にしないと憤るリカルド。彼ならばディフェンダーを打ち負かしにやってくるのだと知っていた。
ここで一段と足の回転が加速し、股関節が壊れるのではないかと思うほどの連続の高速シザース。
—————これはフェイクだ。これは、二振り目のドラッグシザースの—————
そして青葉はここで前にプッシュするだけの、次のフェイントを仕掛ける態勢に移るのだ。事実、リカルドの前で、青葉はその傾向の通りに動いた。
しかし、ここで青葉は彼の想像を少しずつ離れていく。
「—————っ!」
止まったのだ。ここで彼は先ほどの勢いを完全に止め、リカルドと幸村に迫られる構図となる。
この間が僅か0.7秒。青葉のアクションはとにかく速い。
ここで、青葉は劣勢の左サイドではなく、右サイドの夏目を見たのだ。
————パスか!!
幸村がここで動く。リカルドからずれて幸村に近い位置でボールキープする彼に間合いを詰める。
「よせっ!! ユキ——」
キックフェイントからのスルー。ここで、単独スルーを発動させる青葉。まるで誰かからパスを貰ったかのような鮮やかな抜き味。幸村がサイドに逃れる青葉を猛追する。
————必ず切り返す! ゴールまで奴は必ず、自分で狙いに来る!!
そして彼は彼の想像通りに止まる。切り返しの為だと。
ト、トトン、
切り返した瞬間、彼は幸村に背を向けた。ゴールから遠ざかる彼らしくない動き。だから、青葉はここで怯んだと思ってしまった。限られた時間の中で彼からボールを奪い、延長戦に望みを託すのだと。
まるでジョギングするようにヒールでボールに回転をかけつつもボールを蹴った青葉。幸村の股下を通したボールは回転に従い、ジョギングした青葉の元へと戻る。幸村は転びこそしなかったが、完全に虚を突かれて青葉の背後に置き去りにされてしまう。
—————今、何をされ―————
「これ以上させるかァァァ!!!」
そんなジョギングな青葉を潰しにかかるリカルド。そんな時でさえ、青葉は暢気に首を振っている。まるで位置取りを確かめるように。
ここで彼が抜かされれば、ゴール前まで戻ってきてくれた坂東とシルバの眼前で醜態を晒すことになる。
—————また下でもなんでもきやがれ、その瞬間カウンターだ!!
コースを塞ぎながら迫るリカルド。そしてしっかりとリカルドの股下をケアするキーパー。
トトンっ、
左足のインアウトと同時に、カモシカドリブル発動。反発ステップの初速で一気にスライドした青葉が、リカルドの視界から消えた。
「————な—————」
有り得ない。このリカルドが相手選手を見失うなど有り得ない。振り切られるなら認めよう。彼の実力と上手さが上だったと。
だが、今この瞬間。確かにリカルドの視界から青葉が消えたのだ。彼の速度は熟知している。この試合でも彼のスピードは追うのが難しいと知っていた。だが、目で追えないというのは初めてだった。
最後の砦を失った蹴球はノープレッシャーで青葉にとどめの一撃を決められる。ピッチの人間を震撼させる超人的なゴールだが、リカルド以外の人間からすれば、ただキレのいいドリブルにしか見えない。
それは、青葉に“利用された味方”でも、彼と同じポジションに立っているであろう逢沢駆でもない。
一番二人の近くにいた幸村でも、ゴールキーパーでもない。
蹴球の司令塔、シルバだけが彼が起こしたアクションを理解していた。
——————君が、そんな芸当をするなんて……
視線誘導(ミスディレクション)。彼は、別の対象に、自分ではなく他の者へと集中させたのだ。パスのフェイクといった簡単な所作でも、相手を揺さぶる彼の巧妙な行動に、戦慄を覚えるシルバ。
—————君をそこまで駆り立てるのは、なんだ?
日本代表に入り、ワールドカップを獲る。そのエゴは、選手を強くさせる。しかし、彼の背中には、何か得体のしれない何かが取り付いているように見えた。
一瞬、ほんの少し一瞬だが、見たこともないユニフォームに身を包む、宮水青葉の姿を幻視したシルバ。緑を基調とした、ありえない姿。
そのロゴには、英語で勝利を表す英語の文字があった。
—————今のは、なんだ………
シルバがそのユニフォームを知ったのは、試合後のことだった。
『流し込んだぁぁっぁあ!!! 後半アディショナルタイム!! センターサークル付近からの独走で、蹴球の壁をこじ開けたァァァ!!! この試合2点目!!』
『途中までの動きはわかります。彼らしいドリブルでした。しかし最後のスライド、一体何をしたんだ? 僕も分かりません』
シルバの困惑をよそに、蹴球の日本人たちは、恐慌寸前の状況に追い込まれていた。未知の技術に理解できないままやられたのだ。自分たちの今までを全否定するような所業に、体が震え始める。
「——————目を切ったはずはない。俺は確かに、奴を見ていた。なのに、見失った、だと?」
震える声で、幸村は青葉の背中を見つめる。油断はしない、集中力も切らしていなかった。リカルドもそうだったに違いない。なのに、いったい自分たちはどうしてしまったのだ。
サッカーにおいて、首を振るという動作自体がプレーの選択肢を広げることにつながる。さらに姿勢が良ければ自身のプレーの質も向上する。それだけならまだいい。今の青葉は、明らかにリカルドや幸村の視線を自分ではない誰かに誘導させたのだ。
その直前の首振りだ。恐らく彼はあの場面で荒木の動きを察知したのだろう。そして、すぐにイメージした。
青葉と荒木が重なる瞬間。相手の動きを読むことに長ける青葉が、視野の広さが売りのドリブラーがそれを見逃すはずがない。
反射的に荒木が視界に入ったリカルドは、その刹那のうちに抜き去られた。リカルドの頭の中で閃光の如く駆け巡り、思考に至らなかった思考。
—————荒木とのワンツーを誤認させ、リカルドの目を誘導したのだ
『まるで古武術の様な予備動作なしのキレの良さ!! それにしても、リカルド選手が簡単に振り切られるとは想像もしていませんでした!!』
このゴールの後のキックオフで長い笛が鳴り響く。ついにこの激闘が終わったのだ。
『ここでホイッスルゥゥゥ!!! 試合終了!! 江ノ島高校が総体に続く連覇を達成!! あの蹴球高校に4点差をつけて、力を見せつけました! 』
『最終的なスコアは6対2ですか……よく点が入った試合でしたね』
『これにより、大会得点王は逢沢駆!! アシスト王は宮水青葉!! この二人は本当に獅子奮迅の活躍をしました!!』
『前半は互角でしたけどね。ボランチの青葉君はここまでやるとは予想外です。レオナルド・シルバ選手のドリブルを止めたのは大きいですね』
『ほとんどのマッチアップで抜かせませんでしたからね。これからの成長が楽しみです』
『そして蹴球高校はベストメンバーを擁しながらまさかの敗戦。技術的には負けていませんでしたが、何が足りなかったのでしょうか?』
『レオナルド・シルバ選手とパトリック・ジェンパ選手に依存していたこと。後半は互いに空回りし、連携が乱れましたね。後は、宮水選手らの突破や、高瀬選手のポストプレーを止めきれなかったことが、最後まで主導権を握れなかった要因でしょう』
ユース入りも余裕といわれるような、高校トップクラスの技術とフィジカルを持っていた選手たちが項垂れていた。
『後は、江ノ島はまるでパズルのように選手の個性が組み合わさっていましたね。11人それぞれが武器を持っている。それを組織力と戦術で補い、フィジカルエリートたちに勝ってしまうのです。これは、日本が世界と戦う一つのヒントになるかもしれません』
自分たちなら、ベストメンバーなら負けないと思っていた。しかし、結果は追い上げを見せるも、青葉に突き放されるものとなっていた。
泣きじゃくる選手たちは江ノ島の選手と試合後の整列をした後、ロッカールームへと下がっていく。
————こんなスコアで負けるなんて
————二列目だけじゃないのかよ、三列目以降の壁が高すぎる。
—————クロスがほとんど弾かれた……パトリックを前線で孤立させてしまった。
————上手さはないのに、気づけば4点差。なんでうまくいかなかったんだ
————何も、何もできなかった。俺たちのサッカーって、なんだったんだ?
聞こえてくるのはそういうところだ。なぜ、自分たちの方が上手かったのに。総合力では上だったのに。
あのセンターバックは鈍い。シュートを打つことは出来たはずだ。しかし、シュートコースを見極められた瞬間、あの超人キーパーがすべてを防ぐ。尻上がりに調子を上げた彼は、数少ない枠内シュートと裏に抜けたクロスボールをキャッチし続けた。
そのセンターバックはクロスボールをほとんど防いでいた。三列目以降の前線がプレスバックし、コースを塞ぐことで、ロングボール主体になっていた蹴球。そんな包囲網を突破するのがシルバの役目だったが、シルバは青葉にビルドアップをほぼ封殺された。
シルバがこの試合で青葉相手にアンクルブレイクをされたのは実に8回。それも完全に転倒した回数は5回である。
青葉の前では、ブラジルの至宝も立つことすら能わない。新緑の地で鍛え上げられた神童は、ここに新たな異名が芽吹くことになる。
———————深淵の魔眼
その瞳が映すすべての動きは著しく制限され、味方にとって最適なタイミングでパスを出せる技術。
しかしひとたび動き出せば、彼と彼が扇動する仲間たちは最高の選手に変化する。
チームを勝利に導き、味方を最大限活かす才能。その才能は、彼が望む点取り屋からかけ離れつつあった。
後に、誰も成し遂げられなかった瞳を手にしたことで、彼は選択を強いられる。
日本サッカー史上最大の議論を呼ぶことになる命題。
————宮水青葉の最適なポジションはどこなのか、と
退散していく蹴球。岩城が後に知ったことだが、数人がサッカーから離れたことを彼は悲しんだ。あまりにも遠すぎる次元の差に絶望し、トップに立つことは永遠に訪れないと判断したのか。
だからこそ、岩城はその時思ったのだ。そして後悔してしまった。ボランチ青葉は、知らず知らずのうちに相手の心をすりつぶすのだと。
何度も勝負を挑んで負けたり、ファウルで止めたりしている江ノ島とは違うのだ。不幸なことは、それが許され、成長できる環境か、そうではないか。
大舞台であればあるほど心をすりつぶされた若者は、サッカーで上を目指すことを諦めてしまう。アマチュアであるなら特にだ。
その姿に思うところがあった江ノ島イレブンだが、優勝の余韻に浸ることとなった。
「次はお前らが引っ張れよ、夏目、的場」
青葉は、サイドやワントップをこなすことになるであろう二人に声をかける。
「うん。青葉君や駆君が残したレール。次の世代につなげるからね」
「何処まで俺が行けるか分かんねぇけど、やってやるさ! 青葉もプロで暴れてくれよ!!」
「当然だ。俺は早くプレミアいかないといけないんだからな」
プレミアリーグで活躍すること。それが青葉の当面の目標である。日本人選手でもその鬼門といわれた場所で活躍できると証明するために。
「駆もおめでとう! 新記録達成で、押しも押されぬ得点王!! 半端ないぜ!」
「ありがとう、大ちゃん! けど、あの抜け出しは良かったよ!! 後は押し込むだけだったから!」
「俺が決めてればなぁ! 悔しいぜ!!」
夏目とも軽口を交わす駆。喜びにあふれるチームメイト。奥では兵藤と荒木が騒いでいる。高瀬は八雲と共に何かを話していた。
マネージャーたちは互いに抱き着き、岩城監督はこぶしを軽く握り、ガッツポーズでイレブンを出迎える。
何もかもが充実した、完全優勝。長所をひたすら伸ばし、選手起用をある意味我慢した指導方針。それを実現できたのは、やはり二人の選手の影響が大きい。
「君たちのおかげだ、駆君、青葉君。ありがとう」
伝説の完全優勝。後の日本代表の黄金コンビが全国区になった瞬間。それが今日この瞬間だった。
試合後、シルバは駆と青葉に遭遇していた。
「—————完敗だ。まさか、ここまでチームとしても、選手としても差があったとはね」
「シルバ一人に負担のかかるシステムだったからな。俺はシルバ一人を気にしていればよかった」
事実、シルバの負担は重かった。パスワーク、ドリブル、ビルドアップ。それを行う日本人もいたが、主体は彼だった。決定機も大半が彼から始まる。
「パトリックの動きもよかったが、いいボールが入らなければ厳しい。中盤を抑えることで、クロスボールはしっかり海王寺と錦織がはじいてくれた。裏は李先輩がシャットアウト。あの布陣でクロスを入れられると思う方がな」
空中戦ではあの二人が要所を凌いでくれていた。一人一人が遅らせる守備を徹底していたおかげで、戻りの時間も確保できていたのだ。
「君達は今日、世界に見つかったんダ。ボクらのプレーを見るために駆けつけたスカウトたちは、君達を見逃さないだろう」
「この後、オレはスペイン一部に行く。負けていくというのは格好がつかないが、これもサッカーだ。オリンピック、ワールドカップ。もしくは親善試合。いつになるかは分からないが、必ず這い上がって見せル」
シルバのほかに、ブラジルはタレントも豊富だ。彼もし烈な競争を勝ち抜く必要がある。
「ああ。といってもそちらはリーガ。俺はプレミアを希望しているんでね。同リーグとはいかない」
青葉はプレミア希望であることを伝える。シルバは驚いた顔をするが、何か納得するような表情を見せる。
「なら、駆はどこのリーグを希望しているんだい? フランス? それともドイツ? イタリアかな?」
「僕は—————」
駆はどういうプランで海外入りをするかイメージをしていた。しかしそれは理想の展開といえる。
「まず、オランダで結果を出して、ステップアップするときに、リーガに行きたい。でも、一番はワールドカップを獲ること。今はもう僕の夢なんだ」
兄の夢ではなく、自分自身の気持ちがそう思えるほど重要な夢。駆は兄離れを済ませていた。
「そうか……なら、俺も君たちの前で宣言するよ、カケル、アオバ」
「オレもワールドカップを獲る。そしてその舞台で君たちに勝って見せル」
笑みを浮かべ、固い握手を交わす青葉とシルバ。
「上等だ。受けて立つ」
彼もまたその挑戦を受け取る。ここからは追われる身。怠けることなど許されない。
「僕だって負けないよ!」
そして駆もその間に入る。自分だって二人に負けない野望を持っているのだから。
駆がその後美島に呼ばれてその場を後にした瞬間、シルバは青葉を呼び止めた。
「アオバ。君は緑色のユニフォームを着てプレーしたことはあるのか?」
「———————俺はないですよ。緑色と言えば、”東京ヴィクトリー”のユニフォームですか?」
その瞬間、シルバの心音が高くなる。まるで見透かすかのような瞳がこちらに向いている。
「————————そう、か。変なことを聞いて済まなかった」
しかし、シルバは確信してしまった。あれは間違いなく青葉の可能性の一つ。あれほど目が死んでいるプレーヤーは見たことがない。あれほどの才能の持ち主が、腐ることなど許されない。
—————君がそうなってしまう原因は何だ?
憶測なのに、妙に真実味のある幻。知り得るはずのない記憶が、青葉の闇を照らそうとする。
—————早く海外に来い。お前が、そうなる前に……
目の前の青葉には、その兆候が明らかにあった。同じ日本人を見てつまらなさそうに見る青葉。下を向く相手選手に怒りを覚える感情が、すぐにあきらめに変わったことを。
そのままシルバは、スペインへと渡ると改めて伝え、会場を後にするのだった。そしてその後に知る蹴球の選手たちの進路を耳にし、シルバはボランチ青葉を頑なに出してこなかった江ノ島の意味を知ることになる。
そんなシルバを見て、青葉は笑みを浮かべていた。
—————シルバも、何かを掴み始めているのか?
もし、彼が自分と同じ存在になれたなら、これほど面白いことはない。フィジカルだけのオズボーンなど敵ではないだろうし、予知したつもりになっているカールなど、相手にならない。
—————CLでアツくなれそうだ。後2年で………っ!?
その先の言葉を言おうとした瞬間、青葉の口元が歪む。目晦がするほどに楽しみでならない。そう思えた瞬間にブレーキが入った。他ならぬ自分の理性だ。
「……なんてことを考えているんだ、俺は」
自己嫌悪に陥った青葉。熱気に充てられていたのか、魘されるように危ない考えに取りつかれていた。準決勝まで………否、決勝も同様だった。
試合時間をフルにアツくなれるような展開は、ついに訪れなかった。青葉は強者との戦いで高みへと昇ることを求めていた。それは否定しない。
相手を愚弄するような考えに陥っていた自分を恥じた。
「————————プロになるのも自分の為。ワールドカップを獲るのも俺たち自身の目標の為」
エゴばかりしかない。もう一人の彼が獲れなかった夢、それを獲るのだと言い聞かせ、危ない考えを振り払う。だが、彼には彼のような重みも重責も持っていない。
心の中で、認めているのだ。
サポーターや応援している人間がいても、結局モノを言うのは自らの体なのだと。彼は声援が力になったと感じられた経験が一度もないのだ。
可能性の彼は、そんな瞬間を感じることが出来ていたのだろうか。青葉は何となく気になった。だが、それが重要なのかどうかすら判断がつかない。
何しろ”楔”が壊れただけで、失うものもなかった彼には、ブレーキが存在しないのだから。
もっと強く、もっと激しく戦いたい。圧勝が続き、最後までそんな勝利ばかりだった彼の闘争心は渇きを覚えた。
もっと強い存在と戦う。もっと手ごわい存在と戦う。自分に何が足りないのかを知り、知り続けることで強くなる。そんなことを突きつけてくれる強者を打ち負かしたい。
心の奥底に眠る、分岐世界の”彼”が生涯知ることの出来なかった彼の本心が、彼の精神を蝕み始めていた。
こうして、逢沢駆と宮水青葉の高校サッカーは終わりを告げる。今シーズンから加入が決定しているETUへと向かうことになる二人。
泥沼の残留。下位から抜け出せられないメンタル。堅守が武器と勘違いする虚構。
新たな監督と、その新風に水を差す存在。
王道を往く騎士王とは対照的に、自らの修羅と対峙するフェノーメノ。
その過程で、怪物はプロフェッショナルの意味を突きつけられ、大きな変化を強いられることになる。
激動の一年を過ごした彼らは、今年もまたそれ以上の激動の一年を過ごすことになる。
ETU IF
青葉テレビ取材を受けるの巻
青葉「・・・・取材? ドリブルについて?」
後藤「まあ、断ってもいいんだけどね。今は経験を積む時間だし。クラブ内でも疑問の声が上がっているからな」
村越「・・・・最近は芸能人のような選手もいるのか。フル代表には呼ばれていないみたいだが。」
青葉「しかし颯の後輩で有望株、三姉の友達の仕事の後輩かぁ。断りづらいのもある。なぁ、世代別がない分、駆が行くのはどうだ?」
駆「これ、僕が出ても変な層が湧きかねないですよ。悲劇の兄弟とか、耳にタコができるほど言われてもう、ね」(いい加減兄ちゃんを見世物にするメディア絶許」
杉江「心の声が出ているぞ、逢沢・・・・・」
有里「クラブ的には美味しい話だけど、青葉君たちのコンディション考えると、考えモノなのよね・・・・」