騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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ついに始まったプロ編です。

投稿が遅れた理由は、世代別の影響による青葉たちの離脱やエクセルを用いた順位表の勝ち点計算等、整理すべき情報がそれなりにありました。

ETUの試合以外の結果とそれを考慮した順位の変動、プロ編はやることが多いと実感しました。まあ、原作のようにはもう行かないんですけどね、順位は。


新シーズンとキャンプ開始
第四十七話 波乱の邂逅


江ノ島優勝。全国速報でそのテロップが流され始めている頃、青葉はある一つのけじめをつける必要があった。

 

なぜ、彼らは救われたのに浮かない顔をしていたのか。その理由がようやくわかったからだ。

 

 

優勝に余韻に浸るメンバーを尻目に、青葉は応援に駆け付けている瀧と、妹の四葉の下へと歩を進める。

 

「—————青葉、さん」

 

驚いたような顔をする彼と、どことなく寂しそうな笑顔の四葉を前に、彼は決意する。やはり自分の見立てに間違いはなかったのだと。

 

「ちょっといいかな。二人とも」

 

青葉に誘われるままにこの場を離れる二人を見て、不思議そうな顔をする三葉だったが、そこに誰かがやってくる。

 

「お久しぶりです、三葉さん!」

今ではもうなでしこの若きエースとまで言われるようになった颯が、彼女の前にやってきたのだ。突然の有名人となった妹分の襲来に驚く。

 

「あ、颯ちゃんやぁ! お久しぶりやね! 江ノ島凄かったわぁ、ホンマに」

 

江ノ島の内情を知るであろう彼女に、なぜこんなに強くなったのか尋ねる三葉。そんなこんなで話が盛り上がり、颯の目論見通りの展開となった。

 

—————誘い方が下手ね、青葉は。

 

不器用なまでに直情的な誘い方。あれでは不思議がられても仕方ない。

 

 

 

人気のない場所までやってきた二人は、なぜこの自分たちに用があり、他人が入り込む余地すらないような場所に誘導されたのか、すぐに分かった。

 

「思い、出したん?」

四葉は震える声で尋ねた。あの頃の兄の雰囲気に少し近づいたような彼の姿に、期待を込めていた。

 

「—————俺は、あの人に託されたことを、思い出しただけなんだ。ごめん、四葉」

 

期待をさせて済まない、と青葉は謝る。彼は彼ではなかった。その事実が彼女を落胆させる。

 

「けど、どうやって……あの記憶はもう、俺たちだけしか—————」

 

そして彼はなぜ思い出したのかと、青葉に尋ねる。カタワレ時の間際に起きた奇跡。その終わりとともに彼はこの世界から消えた。しかし、青葉の中に残っていたのだ。

 

その事実に嬉しさを感じる瀧は、聞かずにはいられなかった。

 

 

だから彼は話した。夢に出てくる自分によく似た男とドリブル対決をし続けたこと。

 

彼は、颯にサッカーを取り戻してほしかったと願っていたこと。

 

一度挑戦した自分ではなく、今の青葉にその夢を託したこと。

 

何より、一番応援してほしかった糸守町の皆が、生きていてほしかったこと。

 

そのせいで、辛い思いをさせてしまった人たちに、前を向いてほしいことを。

 

 

繋がったからこそわかる、もう一人の青葉の想い。彼はもう過去に囚われることを求めていない。今に目を向けることを、願っていたのだ。

 

だからこそ青葉は、今の自分が彼の期待に応えられるのか不安になる。が、この件は二人の問題に一切かかわりのないことだ。

 

 

「勝手すぎんよ、お兄ちゃん。ホンマ勝手や」

 

どこまでもエゴを押し通すような性格をしておきながら、肝心な部分で自分を疎かにしている。酷くアンバランスな人物像。

 

しかし、破天荒で家族思いで、優しい兄だからこそ、目の前の青葉も、嫌いになれないのだ。

 

「——————ああ。俺は自己中だ。どこまでも願いを叶えるために、突っ走った。けど、代わりに俺が、あの人の夢を超える。果たすことが出来なかった夢の続きを、俺が叶える。叶えなければならない」

 

青葉は言う。ならば、彼の夢を受け取ってもいいだろうかと。日本のサッカーファンなら一度は夢に思うワールドカップ制覇。その野望を受け継いでいいかと。

 

「青葉さん—————小野寺さんはこのことを」

瀧は尋ねる。颯は、他ならぬ彼女はこの事実を知っているのかと。一番心を痛めているであろうあの人はどう思っているのかを。

 

「ああ、一番に気づかれたよ。というか、俺ではない俺に会えたんだ。ちゃんと、吹っ切れたんだ。その代わり、俺は振られちゃったけどね」

自分に嫉妬するって、どうなの、と苦笑いする青葉。そういえば、三葉のところにタイミングよく彼女は現れていた。きっとそういうことだったのだ。

 

 

「颯がサッカーできない姿も想像できないし、そんな未来は糞食らえだ。だから納得もするんだよ。あいつがサッカーできない事実が許せない。初恋が破れたくらい、結構きついが、どうってことないさ」

 

とはいうものの、とても落胆している青葉。やはり何も思っていないわけがなかったのだ。

 

「ホンマ、兄ちゃんは破天荒というか、よう分からん。振られて笑顔になるなんて、男捨てとるん?」

好きな女子に振られて笑顔になるのはどう考えてもおかしい。納得しててもおかしいのだ。

 

「ぐっはぁぁ!!! それ、結構刺さるぞ!! お兄ちゃんの心は硝子だぞ!」

大げさに胸を抑える青葉。傷ついたぁ、兄ちゃんは傷ついたぞぉと叫ぶ。

 

「防弾ガラスとか、超硬質ガラスの間違いじゃないですか、青葉さん」

ジト目で瀧は、そんな彼に突っ込む。もし、三葉に振られたら、自分はしばらく立ち直れない。

 

「瀧君の援護射撃は予期していなかったが、まあ、いい笑顔になったな、二人とも」

 

ニヤニヤしながら、二人の様子を見て嬉しそうな青葉。それを指摘されて、二人は、「あっ」と声を出す。

 

 

「—————俺は間もなくプロになるんだけどさ。正直、サッカーはサッカーだし、プロになったからどう変わるのかとか、まだ実感がわかない。高校サッカーとは違うと、誰もが言う。背負うものも、大きくなるって」

 

青葉は、何か突然サッカー選手になることを報告する。しかし、彼はプロという職業がどういうものなのかをまだわかっていないようだった。

 

「声援が力になるって言われても、結局一番ものを言うのは努力と才能と、運。それが分かっているのに、そういう言葉が後を絶たない。本当にそんなものはあるのかと、考えたけど分からなかった」

 

必死に声を出すファンの気持ちが、理解しきれなかった。

 

「正直、応援で自分が頑張れたっていう実感が、今までない」

 

あの声援で、自分は頑張れたという経験が、ついに訪れなかった。

 

 

「見ず知らずの人間に、応援されて、どう反応すればいいのか、正直追いついていない部分もあった。プロって何だろうって」

 

プロという職業は、プロフットボーラーの人生とは何なのだろうかと。

 

 

「だから。まずは二人に応援してほしいんだ。それで何が変わるとか、俺が突然うまくなるとかはないだろうけどさ。けど、誰かの夢を、誰かの期待を背負うって、どんなものなのか。俺はわかりたい」

 

青葉は願う。声援が人を変える瞬間があるのかどうか。青葉が走り抜けた人生を、自分が背負う時、自分の中で何が生まれてくるのかを知りたい。

 

「————プロになった時、それでも自分を見失いたくないから。最初に背負いたいものくらい、先に決めておきたいんだよ」

 

 

「—————お兄ちゃん、ホンマに我儘やなぁ。こんなに厚顔なセリフ、うちらに言う?」

泣き笑いのような憑き物が落ちたような顔で、四葉は兄に文句を言う。しかし、そこには拒絶の気持ちは見受けられず、手間のかかる大きな兄の我儘に付き合う、背伸びをした妹の姿があった。

 

「—————プロって、俺も分からないけど、きっと青葉さんが想像して、手に入れたいものがそこにあると思います。青葉さんの夢を背負って、その夢を叶えると宣言した、貴方を信じたい。俺は、そう思っています」

 

瀧は、割り切ることが出来ない自分たちに役目を与えてくれたことに感謝した。無理やりにでも、人は前に進まないといけない。不器用なりに彼は、元気づけているのだ。

 

エゴの塊のようなセリフを吐きながら、どこまでも優しい宮水青葉を、彼が彼になる前から知っている。

 

「約束や。絶対頂点に立ってな! 目の前の試合で不真面目にやっとったら、承知せぇへんで!」

 

目の前の試合で手を抜く。そんなことは許さないと四葉は言う。一試合一試合をこなす、その初心を忘れるなと。

 

「ははっ! いい感じに生意気な感じが戻ってきたぞ。それでこそ、四葉だ!」

 

そしてこれである。軽口にしては、乙女心というのをわかっていないダメな典型である。

 

「あ・お・ば・兄ちゃん!?」

 

もう我慢ならないといった表情で兄に接近し、腕を前方にぶん回す四葉。しかし、頭を抑えられた彼女の腕は空を切り、徒労に終わり続ける。

 

「ははは! もっと好き嫌いを減さないとな! 大きくなれないぞ!」

わはは、と青葉は軽口を止めない。妹も突進を止めない。

 

「も~~~!!!!」

 

そんな二人の姿を見て、ようやく瀧は吹っ切れたような感覚になる。この兄妹が前に進めるようになって、本当に良かったと。

 

 

全く不満がないというわけではない。けれど、折り合いをつけること、大人になることは、きっと同じなんだろうと思う。

 

—————けど、それだけ時間が経ったんだよな、あの時から

 

 

1年間、そのことで悩んでいることを指摘された。奥寺先輩にも、司にも。いつかは前を向かないといけないと。

 

しかし、最後の最後まで彼の面倒をかけてしまった。これでは三葉に釣り合わない男で終わってしまう。

 

————正直に言おう。せめて、三葉にだけは

 

瀧は、この日を機に、新たな第一歩と、過去に対する区切りをつけたのだった。

 

 

そして数年後、青葉が後に海外挑戦をする間近。

 

眩い白衣のドレスではなく、美しい色彩の振り袖に身を包む彼女の姿と、精悍さを増した彼の姿があったという。

 

 

 

 

—————世話の焼ける弟分だ。

 

 

 

 

 

 

「え——————」

 

瀧は、兄弟喧嘩をしている二人をよそに、懐かしい声を聞いた気がした。しかし、空耳だったのか、その声は二度と耳に入らない。

 

 

 

きっと、ウジウジしていた自分に喝を入れたい彼の願いだったのか。それともまだこの世界にいてほしい自分の幻だったのか。

 

それでもいいと、彼は思った。

 

 

————俺は、必ず三葉を幸せにします。だから、見守る必要も、守護霊になる必要も、ないですよ

 

 

 

————貴方の姉の人生を、背負ってもいいですか?

 

 

 

細やかな未来を目標に、前に進み続ける少年たちの葛藤は終わり、その未知へと邁進する時期が訪れる。しかしその中心で、さらなる高みへと歩みを進める青年の戦いは、始まったばかりだ。

 

 

 

 

江ノ島の優勝と、蹴球高校の敗北。その情報は間もなく日本サッカー協会、全国のクラブチームにも詳細なデータと共に把握された。

 

同時に、各クラブチームはそこで痛感してしまう。

 

 

宮水青葉と逢沢駆は、すでにプロレベルのスタッツをたたき出していたことに。スプリント回数もさることながら、そのスピードは俊足の選手たちと遜色がなく、とくに青葉に至っては、別次元だった。

 

 

昨シーズンここまでの快足をたたき出した選手は存在しないということ。

 

 

つまり、彼はプロ入り前に日本最速の称号を冠するにふさわしいスピードスターであり、怪物なのだと。

 

さらに、そのドリブルスピードは言うに及ばず、こちらも昨シーズンに彼に比肩し得る存在はいない。

 

 

次々と明るみに出る青葉たちのデータ。連日、二人に対する報道も止まらない。そして、それまでのダーティーなイメージを払しょくするエピソードも。

 

 

————チームの要、闘将としての宮水

 

 

————檄を飛ばし、日頃より助言を与えることで、チームが成長した

 

 

————守備意識が相当高く、攻守の切り替えはすでにプロレベル。

 

 

————運動量豊富で、デコイランも厭わない献身性

 

————青葉の助言があったから、自分を知ることが出来た。

 

 

————ちゃんと自分を見てくれているし、パスも出してくれる。

 

 

 

決勝戦を戦い、数日後の会見で、記者の質問に初めて答えた宮水青葉。ダーティーなイメージとはかけ離れた、理路整然とした受け答え。初めて見せた彼の素顔は、それまでの報道と食い違い過ぎていた。

 

 

「フリーの城之内です。八千草戦以来となるボランチでのプレー。サイドと比べ、チーム全体の安定感が向上しました。今後のプレーの幅を広げる結果となりましたが、今シーズン、メインでプレーを希望しているポジションは、やはりサイドなのでしょうか?」

 

 

「はい。今まで僕はサイドアタッカーとしてクロスで味方の得点につなげたり、カットインやドリブル突破をしてきました。まずは日本最高のサイドアタッカーになるのが目標ですし、攻撃を牽引できる、宮水がいるサイドはボールを前に運んでくれる。そんな信頼感を得られる存在を目指します」

 

攻撃、得点など、数字にこだわりを持つ発言を返す青葉。そんな彼の姿に笑みを浮かべる城之内。しかし、サッカー専門の記者としてまだ切りこみたい部分はあった。

 

「しかし、ボランチでのプレーはサイドでのいい部分を存分に見せつけた形となりました。攻守の切り替え、レオナルド・シルバ選手とのマッチアップ後に見せた、高速カウンター。まるで今まで何度もこなしてきたかのようなプレーぶりでした」

 

 

「まあ、ボランチも嫌いではないんですけどね。自分のところで一気に試合が動く感覚も、悪くはなかったです。ただ、僕は一番点を取りたい。チームを救うにはやはり得点を確実に決めてこそだと思います。守備サボるのは、言語道断ですけど」

 

 

「フリーの藤澤です。先制点の場面の事です。高瀬選手の開けたスペースに、逢沢選手が飛び込んできましたが、あれはあらかじめ練習していた形ですか? とてもいい流れでの先制点は、チームに勢いを齎したと感じたのですが」

 

「フィーリングです。高瀬がスペースを開けたというより、受け直したというか。駆は穴を見つけるのが上手いですからね。あいつなら絶対飛び込んでくる。見るより先に悟っていました」

 

「—————これまでの試合も、逢沢選手との連携は好印象を感じます。今後、逢沢選手とはプロの舞台でも共闘することになります。達海猛新監督を迎え入れ、新体制で臨むETU。宮水選手は、達海監督にあこがれていたという話をお聞きしているのですが」

 

 

「あれ? どっから漏れたの? まあいいや。事実です。ああいうボールへの嗅覚と、何でもできてしまう。けど最後には得点を奪う。僕はサイドアタッカーになりましたけど、ああいう真ん中の選手がいると、絶対楽しいですし、パスを出す甲斐もあるかなと。幼い頃にいろいろ想像したものです」

 

少しばかり素が出ている青葉。藤澤は、こういうところはあの監督と同じなのだなと、思った。しかし、ちゃんとした受け答えをしてくれている分、大分ましである。

 

その他にも、何かくだらない質問が飛び交う局面となる。

 

—————小野寺選手との仲について、何か一言

 

————僕の師匠で、サッカー友達です

 

—————特別な関係ではないのですか?

 

————ないです。たぶん、そういう色恋沙汰はないと思います。

 

————逢沢選手と、なでしこの美島奈々選手の熱愛報道は事実なのですか?

 

—————そっとしておいてください

 

—————今シーズンにかける意気込みをお願いします。

 

————個人では、ベストヤングプレーヤー受賞。チームは優勝です。

 

————強気な発言ありがとうございます。その自信はどこから来るのでしょうか?

 

————やるからにはとことん頂点を目指したいからです。それはそんなにもおかしいことですか?

 

 

————得点数、アシスト数などはどのくらいを目標にしますか?

 

 

————まずは試合に出ること。監督にアピールする立場なので、何とも言えないです。出たうえで、チームの勝利に貢献します。こればっかりは相性もあるので

 

 

————ETUで注目している選手はいますか?

 

————先入観とか、第一印象を持たずにチームに合流したいです。試合は見ましたが、コメントは控えてもいいですか?

 

 

 

 

コメントを貰えたことで、ようやくレッテルを下ろしたメディア。どれも質問で返した内容と似通った記事となり、違いを出すことに苦労する報道陣。ETUクラブハウスに精通する男以外からは、 ETUと関連したネタもなかった。

 

が、フリーランスの城之内が依頼したトッカンスポーツの記事は一味違った。

 

————明かされたベール、宮水青葉の人柄とブレイクの予感

 

悪童という言葉が似合わない、野心を持つ男だった。これまでの悪評を覆す、献身的なプレーぶり。それは随所にみられた。

 私は、彼の総体予選から試合を観戦しているが、大量得点差で見せる守備への献身性は、攻撃に負けず劣らず高い。その分攻撃への比重は落ちるが、絶対サイドは攻略させないという意気込みすら感じさせる。幸運なことに、彼とコンビを組んだ右サイドバックの八雲選手にインタビューする機会を与えられた。

 「やっぱり、カバーしてくれますよ。オーバーラップした時にちゃんとリスク管理してくれるので。俺もサボるってわけではないですけど、あいつがいると、凄い安心感があるというか」と嬉しそうに話す。実際、彼のディフェンスで相手カウンターを遅らせる場面は多々あった。痺れを切らして飛び込めば、ジ・エンドだ。彼らの得点になるだろう。

 しかし、私が気になるのは彼の身体能力についてだ。ここまで日本人離れしたフィジカルの源泉は何なのか。そこに、日本代表に長らく不在だった「強い選手」のヒントにつながるのではないか。

 江ノ島高校の岩城監督は次のように語ってくれた。

「基本的なスキルは勿論。彼は相手選手の重心が見えていると思います」

 私はその言葉を聞いた時、耳を疑った。確かに、ドリブラーには相手の隙を見つけるのが上手い。だが、同時に納得してしまうのだ。彼があれほどアンクルブレイクという現象を生み出すことが出来るのか。相手の重心が分かれば、ドリブルで抜く最善のコースを見つけることが出来る。それが通常のドリブラーだ。

 しかし彼は稀大の逸材で、そのディフェンス能力は、鎌学戦や蹴球高校戦で存分に見せつけられた。つまり彼のその特殊能力といって差し支えない特技は、攻守において有効であるということだ。

 それだけではない。彼は自分からアクションを起こすタイプの選手だ。つまり積極性があるということを意味する。しかも、彼には岐阜県下の山岳地帯や、ハードなランニングで鍛え上げられた脚力がある。悠長に様子を見ようものなら、一瞬で振り切られてしまうだろう。

 「まあ、その脚力もですが、足首、体幹の強さ、ですね。ボディバランスでうまく方向転換も出来ますし。強いて弱点を言うなら、高さですかね。さすがに彼も190㎝を超えた相手に空中戦で勝てるとは思えないですし」冗談気に離す岩城監督の話は、少し笑えないほどだ。

 絵にかいたような強い選手。しかも、彼には正確なロングフィード、クロスボールがある。ついでに言うと、両足ともうまい。そんな彼がプロの舞台でどれだけの活躍をするのか、非常に楽しみで仕方ない。ETUはこの逸材をうまくチームにフィットさせる必要があるが、ハマった時の攻撃力は恐らく相当なものとなるだろう。

今シーズン、彼は江ノ島で双璧を為していた逢沢駆と共にプロの舞台に立つ。選手権得点王にして、世代別の10番を背負う、日本の“若き至宝”逢沢駆。ゴールデンルーキーコンビからもう1年、目が離せないシーズンになるだろう。

 

 

 

 

「~~~~~♪」

ネットの記事を見る駆は嬉しそうだった。自分の目標であり、エースを争う競争相手でもある彼の記事を見てほおを緩ませていた。

 

「まあ、少し話すとこういうことか。現金な奴らだなぁ」

青葉は苦笑い。とはいえ、関係各所からは謂れのない悪評に対する批判が噴き出ており、火消しに対応中であるということを知らない。

 

 

それはレスバトルでも同じことだ。

 

 

—————悲報:宮水選手の悪評。実は根も葉もないデマだった

 

—————デマであんだけアンチをため込んでいたのかよ。とばっちりじゃね、宮水選手。

 

————普通なら名誉棄損とかで訴えるだろ。俺ならそうする、誰だってそうする

 

————事の発端は、逢沢選手が腕を強く掴まれたのが原因らしいぞ

 

————暴行案件じゃねぇか!! 日本の至宝に怪我をさせそうになった野郎を特定しろ!

 

————あった、あった。追っかけのファンに対応しようとした逢沢選手が、複数の人間に体を掴まれたんだよ!!

 

—————その時に宮水選手がぶち切れ。警察呼ぶぞ、と吠えまくったらしい。

 

————至極真っ当な行動に大草原不可避

 

————やっぱここの住民の眼は節穴だなぁ。おまけに、中〇信者ではなく、悲運の10番、達海猛のファンだったことも発覚。

 

————あの時も、メディアと周辺が達海選手を批判しまくったよな。俺、当時から試合を見ていたけど、達海選手にボールが集まってばっかの、歪なサッカーしてたぞ

 

————達海一人いなきゃ、勝てないチームだったからな。フロントの責任は明白だ。

 

————つうか、あそこの前の会長、津川って言ったか。怪我で万全ではない達海選手を無理やり出場させていたらしいぞ。ソースは今の副会長の暴言。なお、当時は平社員。

 

————まじかよ、ひでぇな。今のフロントは無能だが、そこまでの非道はないだろ

 

 

————褒めているのか貶しているのか意味不明で大草原

 

————同じく大草原。けど、そういう無理が祟ったんなら、壊れるのも必然だったかもな。

 

————ETUの名選手は、なぜこうも天に見放されるのか

 

————仕方ないね、弱いから

 

————鬼畜で草

 

————ねぇ、みんな。宮水選手に何か言うことあるよね?

 

————全力土下座

 

————まじですんませんしたぁ!

 

————本人見ていない定期

 

————そもそもここの存在すら知らなさそう

 

————ごめんなさい

 

————メンゴメンゴ♬

 

————この手の平クルーこそ、なんJの醍醐味よ

 

—————なんじぇいの手首はぼろぼろ

 

————機械式の手首だ、舐めんな

 

 

 

という過半数以上の意見もあれば、

 

————日本サッカー協会が火消しに動いたろ。俺分かるぞ

 

————有望株で、口の悪い奴だからな。活躍しなくなれば手の平クルーよ

 

————ガンナーズの似非天才どもみたいに、忖度か、忖度なんだろ

 

————ユース入り拒絶とかいうパワーワード

 

————生意気さとか、年功序列大無視の秩序乱すタイプ。俺の眼は間違っていなかった。

 

————中〇信者から、達海信者に切り替わる身の速さ。ずる賢いぞ、このクソガキ

 

————日本サッカーの未来は暗い。若いスターを広告塔にしないといけない現状が

 

————まだ宮水選手はリーグ・ジャパンで何の結果も出していないという事実

 

————今まで高校生Jリーガーで即戦力になった奴とかいるの? ガンナーズの早熟産廃物件はNG。

 

————GKだけど、緑川とか? 清水黄金時代のメンバー

 

 

————岩淵とかどうだ。日本代表主力の

 

————ワンダラーズに逃げ帰ったQBK二世はNG

 

————まあ、壁にぶち当たるだろ。俺はこのリーグに失望したくないんだ。

 

————贔屓のチームでは存分に削ってやる。うちはプレスが早いからな。

 

 

 

そして——————

 

東京浅草に本拠地を構えるETUクラブハウスを訪れた青葉と駆。神奈川の江ノ島高校から、東京浅草は、電車で一時間はかかる。そして、やはり江ノ島高校での練習の時間は限られてしまうために、籍だけを置く形となる。

 

今後は二人抜きでのチーム作りを要求されるだろうが、幸いにも種は十分すぎるほど蒔かれている。後2年は安泰だろう。

 

 

浅草駅で二人を待っていたのは、ETUのスカウトマン、栗澤。年数を重ねたミニバンが駅前に止まっていた。

 

「お~い! 逢沢君、宮水君! こっちだ!」

 

これからは学校とETUの移動で苦労することになるであろうと語り合ったのは秘密な二人。それを表情に出すことなく栗澤の下へ歩み寄る。

 

「お久しぶりです、栗澤さん。わざわざ出迎えまでしてもらって」

 

「初日は顔見知りの方がいいだろう。明日以降はスタッフの人たちが来るから」

 

 

キャンプはこの肌寒い東京の競技場で行うらしく、選手たちもクラブハウスの敷地内の練習場に集まりつつある。

 

 

が、何やら横断幕を掲げていたり、ネットに何か布のようなものを括りつけている集団が目に入る。

 

「———————あれは」

 

青葉は目を細める。正確にはその視線の先にある文字だ。

 

 

—————達海監督就任反対

 

—————NOTATUSMI

 

—————裏切り者は出て行け!!

 

かなり歓迎されていない監督の船出に苦笑いする駆。サポーターが熱狂的なのは前々から知っていたが、少し迫力があると思ってしまった。

 

「—————あははは、すごいね、あれ。戦う前からこれはね————青葉?」

 

「——————なんでもない」

青葉の方は無表情になっていた。感情を出さないようにしているのか、一切の色が見えない。しかし、栗澤は青葉がショックを受けていた瞬間を垣間見てしまった。

 

「—————気にしなくていい。俺が言って、すぐに取り外すよう言ってくるから」

 

辛そうな表情で、そう語るのは案内をしてくれる栗澤。駆もそれ以上のことは関わるべきではないと判断し、青葉とともにロッカールームへと急ぐ。

 

 

 

すでにユニフォームに着替えアップを始めているメンバーもいる。二人は急いでユニフォームに着替え、チームの輪に合流することになる。

 

「おっ! 期待のゴールデンルーキーコンビじゃねぇか!」

 

スキンヘッドの男が声をかける。年は20後半ぐらいだろうか。青葉や駆よりも背は低いが、何かファイター気質な感じがする男。ボランチなのだろうか、と青葉は考えた。

 

「————————」

そして約一名、メラメラと燃える瞳で凝視してくる若い男を見つけた青葉。何か高飛車な感じがしており、妙に意識をされている。初対面のはずだが、と首をかしげるしかない。

 

「あれが、逢沢傑の弟の—————そして、その片翼なんだな」

 

 

「ああ。彼は、相当やるぞ、研人」

 

そこには見慣れた顔がいたのだ。駆は驚き、青葉は笑う。

 

「まさか、貴方と同じチームになるとはね、飛鳥さん」

 

「ああ。迷いは絶った。俺はとことん目指すことにしたんだ。君という稀大のドリブラーとは、何度もマッチアップさせてもらうぞ」

 

経験則でひたすらに経験値をため込む飛鳥は、一度犯したミスを犯さない。ミス以上の出来事には無力だが、徐々に対応力も上がる。致命傷を避ける判断も出来る選手なので、マッチアップ相手としては最適だ。

 

「—————望むところだ。骨のあるディフェンスとスパーリングしないと、ドリブルのキレが落ちるからな」

 

好戦的な笑みを止めない青葉。しかし、穏やかな空気のみが漂う不思議なやり取り。それだけで、キャンプまでに評価を上げ続けた飛鳥と、青葉という選手がルーキー離れしていることが分かる。

 

「僕も混ぜてもらっていいですよね、飛鳥さん? 一応、マッチアップは僕もしていたんです」

 

そこへ、その空気を意に介さず突っ込む駆。彼もまたトップフォームを維持するために飛鳥との練習を望んでいた。

 

「ふっ、望むところだ」

 

 

「燃え上がっているところ悪いが、そろそろ自己紹介を頼む。お前たちが合流してくるのを、楽しみにしていた奴らが多くてな」

 

そこへ、キャプテンの村越がやってくる。ミスターETUであり、このチームの要。長年の功労者である。

 

その前に自己紹介である。

 

「宮水青葉。16歳。ポジションは右左のサイド。真ん中も得意ですけど、あくまで得点にこだわり持ってプレーします。以上です」

 

「逢沢駆、江ノ島高校から来ました! ポジションは主に左サイド。真ん中も行けます! 青葉に負けないよう、ベストヤングプレーヤー賞を獲ります!」

 

「おっ、宣戦布告?」

凄い嬉しそうな顔をする青葉。ふつうは喧嘩を売られているのだが、気心を知っている仲なので、友人の奮起が嬉しいのだ。

 

 

「そうだよ」

そして、駆もニヤリと横目で笑みを浮かべる。

 

 

なお、同じポジションのライバルになる右サイドの赤﨑は、焦りを露にする。自分はユース上りで、将来はビッグクラブに移籍するのだ。期待の若手に負けるわけにはいかないと、闘争心を掻き立てる。

 

なお、控えの広井も、赤﨑に水をあけられている現状の中、青葉の加入はかなりのプレッシャーになっていた。

 

 

そして左サイドを得意とすると宣言した駆には、

 

—————やっべぇぇ!! サブポジと被ってんじゃん!! 強力ライバルはナツさん以外勘弁してくれよ!

 

フォワードの世良である。夏目出場や堺出場時は左サイドハーフに回ることが多い彼は、左サイドが主戦場の駆に危機感を抱いていた。

 

————へぇ、左サイド、かぁ。ま、そこ以外もやれそうだけどね

 

情報では、STやトップ下もこなせるし、逆サイドも可能だ。そもそも両足の精度が青葉同様に高いので、ポリバレントといえる。

 

ゆえに左サイドレギュラー、ベテランの丹波は、頼もしい若手がやってきたと考えていた。

 

 

 

 

しかし、アップに合流した二人は、そろそろやってきそうな監督の姿が見えないことに戸惑いを隠せない。

 

「ねぇ、青葉」

 

「分かる。わかるぞ、駆」

 

心配そうな顔で、青葉を見つめる駆。どうして監督は現れないのだろうと。江ノ島高校では、アップで早くに出てくる自分たちと同じ時間帯に見かける岩城監督を模範としていた。

 

しかし、肝心の新監督は姿を現さない。

 

「——————とはいえ、指示がないと何もできないのはまずい。飛鳥さん、駆、それと———」

 

「あ、ああ。上田研人! ポジションはフォワードだ、よろしく頼む!」

フォワード希望の上田。入団前は怪我に悩まされていたが、素質を見抜かれスカウトされたらしい。

 

「僕は宮野剛。同じくフォワードだ。ボールはここにあるが、何をする?」

 

こちらは俊足が武器の若手選手。飛鳥曰く、ハードワークも出来る汗かき屋。

 

「ま、ボール回しでも始めるとしよう。初日からハードにやるのもな。まだ呼吸も合ってないだろう」

 

 

「そうだな。トラップの質というのも、飛鳥さんと駆以外は知らないし」

 

そこへ、

 

「おい!! 何勝手に始めているんだ!! お前たち!!」

 

「げっ!」

 

「うっ!」

 

上田と宮野は縮こまり、飛鳥はその声の方を向く。つられて青葉と駆も声がする方向に視線を移すと、先ほどのスキンヘッドが怒りの形相でこちらに近づいてくる。

 

 

「何勝手に遊んでんだよ。まだ指示も何も出ていないだろうが!?」

 

 

「はい、みんなにあいさつです」

 

「はぁ!? あいさつぅ? さっきしたじゃねぇか」

 

頭おかしいんじゃねぇか、と黒田は疑問を青葉にぶつける。

 

「ボールタッチ。俺はまだ、皆さんのプレースタイルを映像でしか知らないです。ちょっとずつ、ちょっとずつ癖とか傾向とか、チームに溶け込まないといけないんで」

 

割とまともな理由。チームに溶け込もうという気持ちは伝わる。が、これは王子と同様の匂いがすると黒田は察する。

 

「ふぅん……まあ、チームに溶け込む意気は伝わった。だがな! 村越さんがまだ何の指示もしていないんだぞ! チームワークを重視するほうが、チームに溶け込むってことじゃねぇか!?」

 

なるほど一理ある。村越という存在が監督以上の存在になっていることが分かる。それは歪な状態だ。このチームがどうして上位に行くことが出来ないのか。

 

なぜ、堅守が目立つような結果になるのか。その一端が分かった気がする青葉。

 

「まあ、一理あるんですけどね、それは。監督がいない以上、体が冷えるのも嫌なので。何より俺らは早く適応して、ポジションとらないといけないんで」

 

「ほう————なるほど、てめぇは「やめろ、クロ。ボール回しをしたい気持ちもわかる」コシさん!?」

 

そこへ、キャプテンの村越がやってくる。やはり彼一人だけ存在感が違う。

 

「そうだな。監督がいない以上、俺たちで自主的にするしかなさそうだ。10分ごとにペアを入れ替えて、ボール回しを始めるぞ。今回は新人も多い」

 

 

しかし、松原コーチがそこへ現れ、姿を現さない監督からの指示を伝えられる。

 

「30メートルダッシュ、か」

 

解せないなぁ、と青葉は思う。昨シーズンの試合は見ているであろう彼が、一体スピードで何を見ようとしているのか。

 

「よくわからないけど、体力には自信あるし。けど、何を基準にするのかな」

 

「俺も分からん。が、単純に足の速い奴を選別する、というわけでもなさそうだ」

 

疑念を覚えつつも、ここにはいない達海監督の指示に従う二人。

 

なお、

 

 

「あのルーキーだけとんでもねぇぞ!! 早いぞ!!」

 

「うちの宮野や世良、清川も速いが、あいつは別次元だ」

 

「けど、あの7番、椿もなかなかだな」

 

トップタイムをマークしたのはやはり青葉。次点で椿。3番目には宮野といったところか。しかし、攻撃的な選手はやはり足が速い。

 

しかし一本だけでは終わらず、何本も監督が来るまで続けられるという。それだけで青葉と飛鳥は、監督の意図を読み取った。

 

そしてそれは、駆にも言えることであった。しかし、その理由まではたどり着けない。

 

—————監督は、スプリント回数で何かを測っている。30メートルダッシュのタイムを複数? それも何のために?

 

彼らが図っているのはあくまでタイム。30mを走るスピードだ。つまりそれは

 

 

「駆はようやく気付いたか」

 

「少し時間がかかったようだな」

 

はっとした顔をする駆の横に、飛鳥と青葉がやってくる。二人は2本目が始まる前に理解していたようなのだ。

 

「まさか、そういうことなの?」

驚きを隠せない駆。まさかその“タイム”だけでレギュラーと控えを選別しようとしているのかと。

 

「ああ。かなり強引な、血の入れ替えだ。無論、これは参考の一つ。経験がものをいうポジションは、そうではないかもしれないが」

つまり、飛鳥は経験が必要なポジション。このタイムで監督が理想とする傾向にあっても、レギュラーが確約されているわけではない。

 

そこへ、監督が現れる。全員息が上がっており、かなり全力で飛ばしていたらしい。無論三人も全力ではあったが、

 

————青葉の山岳ダッシュに比べたら、これくらいキツイうちに入らないし

 

————これは、一波乱あるな

 

————さて、どう出る、新監督

 

「達海猛、35歳。今日から君らの監督だ。仲よくするように」

 

簡単な挨拶をした後に、気さくに松原コーチに話し込む監督。そのやり取りは昔馴染みであるという証に他ならない。

 

「まっちゃん。30メートル走のタイムの結果を見せて」

 

無機質な声が響き、松原コーチがボードごと監督に渡す。それを見て程なくしてメンバーを読み上げるとのことで、青葉と駆が呼ばれ、飛鳥、宮野、上田を含む若手メンバーが達海の周りに集まった。

 

 

達海監督は、若手のメンバーの前で笑い、そして宣言する。

 

 

「おめでとう。君らはレギュラー候補組だ」

 

 

一波乱どころではない。荒療治も半端ないなぁ、と思う青葉であった。

 

 




イフはしばらく休止させていただきます。

が、世代別のせいでETUは三人抜きの戦いを強いられる時期が発生します。それは他のクラブにも言えることです。

予定されている国際試合は・・・・・・


U17ワールドカップ 逢沢駆離脱濃厚(世代別の10番の為、避けることは困難)

U20ワールドカップ 青葉、飛鳥、鷹匠(浦和)、秋本(横浜)が離脱濃厚。

奇しくも、あの時の達海と同じシチュエーションを経験することになる三人。果たして、不在時にETUは持ちこたえられるのか?

恐らくアンダー17は大物級が不在の為、軽く描写するだけだと思います。反対に、U20は少し力を入れて描きたいなぁと思います。

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