騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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簡単に勝てると思うなよbyレギュラー陣




第四十九話 激闘と邂逅と

若手の中でも小柄な選手である世良が決めた。その抜け出しと俊敏さは必ず武器となると考えていた達海監督は、あえてフィジカルに難のある彼をワントップに入れた。

 

一撃でもいい。ワンチャンスでいい。そんなパスが彼には必要だったし、それを出せる選手が中盤には揃っている。

 

「いいパスに、いい抜け出しだ。ルーキーを信じた世良の勝ちだ」

 

この結果に達海監督はやや満足そうだった。

 

「すっごーい!? ほんとに点を決めちゃった!! やっぱりあの二人は凄いわ!!」

 

 

「視野が広いなぁ、やっぱ。けど、こっからはもう一方的だ」

 

 

達海の読みは的中した。予想よりも早く達海の作戦は見破られたが、走れなくなった相手チームはワンタッチパスを許すようになり、若手チームのパスが回り始める。

 

その中盤では、駆と青葉が良いためを作り、リズムが生まれる。今までボランチをやってきたかのような高いインテリジェンスを感じさせるプレーは、両サイドにいい循環を与える。

 

 

さらに—————

 

 

トップ下逢沢がボールコントロールしながら中盤のプレスを一枚躱すが、村越のカバー。

 

「っ」

 

ボディフェイントで抜かせようとしても、村越はディレイ気味に守備をするかと思えば、小刻みに前に出る等、逢沢のドリブルを警戒しつつも、スピードを出させないような守備をしていた。

 

————スタミナの問題ではない。ここで抜かれれば先ほどの二の舞だ。

 

 

それに、逢沢駆はまだプロの間合いに慣れていない。とはいえそれは当然だ。規格外の化け物、宮水青葉は適応というより、自分の間合いの中にプロのレベルも含まれていた、というものであり、比べてはならない。

 

 

「っ!!」

 

逢沢はまだ十八番を繰り出していない。あの消えると称されたフェイントを繰り出すタイミングがまだつかめていないのだろう。

 

しかし、彼の背後には青葉がいる。

 

ロールしながら右に寄る駆の背後から、右後ろからスプリントしながらボールを受け取る青葉。すぐにボランチが対応しにいくが、

 

「今日はあんまり前に出るなと言われているんだ」

 

ダイレクトで柔らかいボールが打ち上げられる。トラップすると思われていたのに、それをあえてしない。そして珍しく青葉はパス&ゴーをしなかった。

 

—————しまった、奴の隣は——————

 

村越は青葉のパスですべてを察した。彼の隣には彼に劣らない俊足がいたのだから。

 

 

「きたっ!!」

 

走りこんでいた椿のスピードを完全に読み切った精度の高いフライパスが通る。中盤の歪みは椿の縦突破で一気に切り裂かれていく。プレスをしようにもごぼう抜きの如く突き進むその推進力は、今までのETUにはなかった武器である。

 

「このっ、させるか!!」

 

黒田が突出して止めに入る。ボランチが抜かれ、もうCBが対応するしかない。が、椿のボディフェイントに対応するまでは良かった。

 

「っ!? なっ、ぁ!?」

 

ボディフェイントから勢いのまま抜けると思いきや、あのスピードに急ブレーキをかけての鋭い切り返し、さすがの椿もふらつくが、黒田は完全に体勢を崩されてしまう。

 

「!!」

 

「あれでブレーキかけるか、凄いな」

 

駆はその強引さに驚愕し、青葉は笑みを浮かべる。野生のままに駆ける獣の如く、疾走する相棒がいることで、青葉は縦のビルドアップを彼に任せていた。

 

————7番の人、とんでもない脚だ。

 

それも、達海監督からの指示だったのだ。

 

 

そして利き足ではない左足でコントロールシュート。しかし、チームのベテラン緑川が立ち塞がる。片手一本でシュートに触ったボールは、クロスバーに弾かれたのだ。しかも、触っていなければ確実に吸い込まれていたであろう決定機だった。

 

「!! くそっ!!」

 

悔しがる椿だが、そのセカンドボールを拾うのは宮野。再三サイドから突破を見せていた俊足が今度もカットイン。先ほどはファーサイドを狙ったシュートだが———————

 

 

「宮野が決めたァァァ!!!」

 

 

「低いグランダーのシュート!! 今日は強気だなぁ!!」

 

先ほどのカットインを反省し、球足の速い低めの隅を狙ったコントロールシュート。世良がいたことでブラインドになっていたため、緑川の反応速度を超えてしまう。

 

 

さらに、椿の突破が光る。上手く中盤でコンビネーションを発揮する青葉、駆のホットラインが村越らを翻弄。椿がとにかく突出する戦法をとることにより、椿の突破力が存分に活きる形となった。

 

 

まるで、椿のスプリントが攻撃のスイッチになるような感覚。椿自身は受け手なので選択権はない。だが、椿のやみくもにスペースに走る動きを予測し、パスを出せる技術が二人にはあった。

 

 

「中盤で潰そうとするな!! クロスボールや縦パスを跳ね返すんだ!! 無理にいっちゃだめだ、コシさん!!」

 

杉江がゴール前を固める。あの二人相手に機動力が違い過ぎる。しっかりゾーンで対応しなければならないと指示を出すが、あの二人はゾーンを破壊することに長けている。本調子ではない駆はまだしも、宮水青葉は嵐のような存在だ。

 

 

彼の気まぐれで簡単にゾーンディフェンスは破壊される。達海監督の指示なのか、彼は先制の場面以降、攻撃参加をしてこない。

 

明らかに手を抜かれている。それを理解しつつも、杉江は何も言えない。間違いなく彼の存在はこのチームのストロングポイントになる。だからこそ、同時に頼もしく思うのだ。

 

—————君のような存在は、君の年でここまでできる選手は、初めてじゃないか?

 

宮野のドリブルを防いだ杉江は、中盤では勝負にならないと諦め、サイドでの攻略を試みた。上がっていた丹波が石浜とのマッチアップ。

 

「あっ!?」

 

そして簡単に切り返しで躱される石浜。バランスを崩してしりもちをつくまでが様式美だったように見える。

 

 

「カメさん、9番マーク!! 出てくるぞ!」

 

堺とのマッチアップを行っていたのは若手の亀井。だが、やはりレギュラー陣のステップワークに対応できないのか、一瞬マークが外れる。

 

 

「っ」

 

そして打ち上げられるクロス。だが堺はダイビングヘッドではなく、逸らしたのだ。

 

「なっ、これは————ッ」

 

逆サイドの熊田にボールが渡ったのだ。しかし、ボランチの青葉が堀田をマークしているので、数的不利という局面ではなかった。

 

 

だが、飛鳥の背後では堺に劣勢気味の亀井。サイドでは守備の対応が酷い両サイドバック。清川はまだ戻り切れていない。

 

 

だが、SBのカバーに入る飛鳥をつり出しての巧妙な引きつけてのクロスボールに合わせたのは、逆サイドからの頭の折り返しに合わせた堺。

 

「おらぁぁぁ!! みたかっ!!」

 

「一点返したぞ!!」

 

「おぉし!! 反撃開始だぁァァァ!!!」

 

俄然士気の上がるレギュラー組。勢いと若さでは劣っていても、守備時のカバーリングを見せるレギュラー陣、対してカウンターへのもろさを見せてしまった若手。

 

杉江は意図的に勝負の出来る両サイドを狙い撃つようになり、青葉はそのカバーリングを行うことで攻撃参加の回数が減る。

 

————中盤では完敗だが、陽動になればうかつには出てこれないはずだ。

 

 

次第に逆包囲される若手チーム。サイドをうまく使った攻撃は、レギュラー陣の中でもなかった試みだ。これを見た達海はほくそ笑んだ。

 

—————なんだ、やればできるじゃねぇか。お前ら

 

達海の目的はチーム力の向上だ。若手がレギュラー陣に力を見せられるならいい。しかし逆に、レギュラー陣が意地を見せたなら、選手層は今後厚くなる。

 

 

しかし負けず嫌いの達海は、駆を一列下げて中央に逢沢、右に青葉、左に椿という布陣に変更。駆がバランスを取りつつ、両サイドのカバーが容易になり、且つショートカウンターでの連携向上という戦術を組み込んだのだ。

 

両サイドで突破を見せていたレギュラー陣の組み立てを狙い撃ちしたのだ。

 

そして、駆は最終ラインと共にビルドアップに参加し、相手のセンターアタックにしっかりと人数をかけて対応。

 

 

だからこそ、飛鳥が堀田との競り合いでボールを奪った瞬間、すでに前線は動き始めていた。

 

 

—————お前らが当初警戒していた、スピードによるカウンターだ。存分に食らってこい!

 

達海はここで第三の指示を出していた。ボールを奪った瞬間に、サイドで起点を作ってそのままカウンター。切り込める赤崎、宮野、そして抜けだしのスピードのある世良が一気に後方を襲うという戦術だ。

 

気迫で補っているとはいえ、やはり運動量が徐々に落ちているレギュラー陣には辛いものがある。

 

 

だが、赤﨑の前に杉江が立ちはだかる。

 

 

—————ここで一対一の強さを見せる。

 

 

————ここで抜けなきゃ、レギュラーなんて夢のまた夢だ!!

 

連続シザースからの縦への突破。あれほどの勢いで攻めあがってきたのだ。時間をかけず、かつ攻撃につなげられる選択肢は縦への突破が濃厚なのは透けて見える。

 

 

杉江はディレイしつつ赤﨑の動きを読み切り、スライディングでボールをはじき出したのだ。驚愕する赤﨑だったが、数的不利の状況は依然として変わりない。

 

「うげっ、クロさん!?」

 

「寄こせ、世良ぁァァァ!!!」

 

世良がボールキープするが、黒田のプレスに、今にもボールを奪われそうな光景だ。

 

「ヒールで落として、世良さん!!」

 

青葉の鋭い言葉と共に、なぜこんな場所に青葉がいるのか理解する暇もなく、世良はヒールパスで後方へとパスを行う。

 

そして——————

 

 

ボールが大きく凹む様な轟音と共に、青葉の左足がさく裂。勢いに任せて若干前に出ていた緑川の頭上を襲う、ロングシュートがゴールネットに吸い込まれていったのだ。

 

「とりあえず、これでアピールは出来たかな」

 

 

1ゴール1アシスト。この試合でも存在感を見せつけた青葉。しかし、達海としては折角拮抗したいい流れだったので、彼を強制的に選手交代。

 

「なんでですか」

 

「アピールできたんだし、もういいだろ? 対外試合では、フルで使うかもしれないんだしさ」

 

レギュラー当確弾を決めた青葉はそのままベンチへと下がる。変わって入ったのはCBの向井。CBの亀井が一列上がってCMFになったようだ。

 

 

これは若手チームにとっての試練だった。若手チームは最大戦力である青葉を欠く状況で、ビルドアップを強いられるようになり、逢沢へのマークを集中すれば攻撃を遅らせることが出来ると判断。駆が2,3人抜いてもまだ壁がある状況で、亀井に横パスをしても攻撃は停滞することが露呈。

 

椿は誰も操縦する人間がいなくなり、中盤で孤立。やみくもに走り回るだけでゲームから消え始めていた。

 

 

しかし、徐々にだが逢沢駆がプロの試合に適応。最後の最後、ヴァニシング・ターンでサイドに流れながらのクロスボールで世良の決定機を演出。ゴールこそ入らず、悔しがる駆だが、瞬時に守備の意識へと切り替わる。

 

だが、駆は切り替えても、逆サイドの右を狙い撃ちされたのだ。今度は同じ轍は踏まないと、駆と同様に杉江にプレスをかけに行く世良だったが、簡単に躱されて村越に縦パスが入る。

 

—————スギのパスでリズムを生み出している。なら中盤の俺が調子を取り戻せば。

 

 

一気にカウンター。村越がそもそもカウンター主体のサッカーを作り上げたのだ。カウンターでの判断力はチーム随一である。だからこそ、誰が開いているのか瞬時に理解できるのだ。

 

 

中に入ってのプレーをするのは丹波。再三赤﨑と石浜の穴を狙い撃ち、彼らの間を狙い撃ちし続けている彼は、そのまま赤﨑を振り切り、石浜も躱しながらパス。守備のポジショニングが悪すぎるのか、守備が軽い印象を達海に与える。

 

「ちょっと右サイドは怖いな。攻撃は運動量あっていいんだけど、少し単調かな」

 

堺がここでポストプレー。からの反転ターン。飛鳥がこれに当然のごとく対応し、ボールをたたき出す。

 

 

————おいおい、対人能力高すぎねぇか、このルーキー

 

だが、フォローがいない。向井がボールを回収するが、前からのプレスに捕まる。熊田がパスコースを限定しながら襲い掛かってきたのだ。

 

————くそっ、サイドが塞がれた。なら—————

 

中で待っている逢沢にパスをすれば逆カウンター。そんな意図が透けて見えていた。

 

「ダメだッ、向井さん!!」

 

しかし駆の制止も時すでに遅し。まるで狙いすましたかのような村越のインターセプト。若さと迂闊さが招いた若手のもろさが、カウンターを誘発したのだ。

 

駆としては、清川がサポートに十分に動いておらず、自分も村越と二人係でマークされていた分、逆サイドの宮野へのロングフィードこそが有効と感じていた。2点リードで無理をしてつなげる必要はない。しかし、レギュラー陣の猛攻が若手に判断能力を奪っていたのだ。

 

村越の縦パスに反応したのは堀田。椿がスライディングで食らいつこうとするも、ボールをリターン。前に出ると思われていた堀田の動きに翻弄されてしまう。

 

—————速攻をかけてこないっ!?

 

バックパスを貰った村越が椿に突っ込む。椿の視界には村越以外しか目に入らない。が、

 

「ワンツー!!」

 

 

「おし、通ったぞ!!」

 

 

村越へプレスをかけにいった椿が、パスで簡単に捌かれてしまう。堀田とのワンツーパスで中盤を崩したベテランの巧妙な連携だった。

 

こうなると椿はどちらに付けばいいのか分からなくなる。駆が堀田を止めにかかるが村越へのマークに椿が付き切れていない。

 

—————反応の良さが命取りとなったな、椿

 

 

 

そして再三決定機を作る丹波へのボールではなく、サイドバックの中への切込み。

 

そして下がってボールを受ける堺がバックパスで引きつけ、村越にリターン。ポゼッションでスキを窺うのはポリバレントが売りの鈴木。ユーティリティープレーヤーでもある彼は、堺が飛鳥に警戒されているが手に取れるようにわかる。前線で小刻みな動きをしており、亀井、向井が対応しきれていないのだ。彼しか対応できないので、他の場所なら勝算があると考えていた。

 

だからこそ、鈴木の場所が開いていたのだ。

 

 

一瞬の抜け出し。そして飛鳥はここで堺から目を切ってしまったのだ。致命的な隙を最後に晒してしまった飛鳥は、鈴木のクロスボール、折り返しを警戒する。折り返しを防げさえすれば、堺にボールは来ない。だが、最後の最後に堺の場所を確認した飛鳥は、堺がニアを狙っていたことに気づく。一番手前でボールを受けてボールを逸らす狙いがあると見えたのだ。

 

 

—————くそっ、どっちにくる? ストライカーなら必ずゴールを狙う、ゴールにつながる動きをする。

 

事実、堺は頭での折り返しも視野に入れていた。飛鳥はやはり自分を好きにプレーはさせないのだろう。粘り強いディフェンスだと堺は笑う。

 

 

————けど、俺はお前を釘付けにすればいいんだからな。

 

 

打ち上げられたクロスボールは、ファーサイドへ。大外空いたスペースで待っていたのは、丹波だった。この試合のレギュラー陣のキーマンである丹波。

 

—————引きつけて、相手のスピードを利用して——————

 

 

引き下がれないとばかりに石浜がタックル。だが、それをあえて受ける丹波の足に、石浜の足がかかってしまったのだ。若さゆえの過ち、ここでペナルティキックがレギュラー陣に与えられる。

 

「ナイス丹波!!」

 

「決めてくれよ、堺さん!!」

 

そして当然のごとくキーパー佐野の逆を突くシュートでついに1点差。俄然勢いに乗るレギュラー陣だったが、ここでタイムアップ。

 

 

試合は3対2で若手チームの勝利となった。しかし、最初の消耗していたはずのレギュラー陣が息を吹き返したのは、収穫と言っていい。

 

「なんだ、まだまだ元気じゃねぇか、村越」

 

「—————っ、—————っ、俺たちには、レギュラーの意地がある。簡単に手放せるわけ、ないだろうが」

 

しかしやはり息が荒い村越。青葉には攻守に完敗していたが、それでもクオリティを見せてくれた。後藤から聞いた、宮水青葉獲得の報せより、ひたすら体を苛め抜いたオフを過ごしたという彼は、まだまだ元気のようだ。

 

 

逆に、右サイドの出来は惨憺たるものだった。石浜の縦への推進力はいいが、引き出しが少ない。赤﨑もゴールを狙いたいのか、ポゼッションの時は中に切り込みたがる癖がある。ようやく、縦突破を見せたかと思えば、今度は杉江に完璧に対応された。

 

CBも、飛鳥以外はレギュラー奪取に関して物足りない出来だった。杉江の好守備、好判断がレギュラー陣を生き返らせたと言ってもいい。逆に飛鳥は好守備は見せていたが、杉江のような攻守の存在感は出せていなかった。

 

 

左サイドは宮野が効果的な距離を保ち、カットインと縦を仕掛けていた。青葉の間合いを研究しているのか、仕掛けが早くなったとコーチ陣は口をそろえて言う。ただ、後半は清川のカバーリングに走り回り、中々つらい時間帯が続いた。

 

 

世良に関しては、堺とともにベンチ入りは確定だ。一番の収穫は、得点源になり得るFWと攻撃パターンが構築されたことだ。堺も飛鳥の手を焼いたステップはいい。

 

堀田に関してもベンチ入りできれば、チームを落ち着かせることが出来る。

 

 

 

世良と宮野のゴールは嬉しい誤算だ。そして、堺はこの試合で2得点。丹波も赤崎と石浜の出来が悪すぎるにせよ、好判断で攻撃を牽引していた。

 

 

アシストとゴールはなかったものの、逢沢駆は攻守で存在感を示し、攻撃のリズムを整える心臓の役割を担っていた。コーチ陣の間では、守備をするジーノとさえ言われ始めていた。が、パスセンスはジーノの方が上だと主張する声も。

 

 

試合そのものは接戦となり、ベテランも意地を見せた形となった。達海としては理想的な展開だった。

 

「————————守備陣としては課題と収穫もあった。前に出ることでボールを奪いやすくなったし、ショートカウンターで若手の勢いがあれば、速攻のパターンも増えるだろうな」

 

「—————————ッ」

 

この試合の反省点を述べていく杉江と、無言で怒りをため込んでいる黒田。レギュラーのプライドを考えていない指導方針に納得できていないようだった。

 

しかし、若手の中にも使える選手がいるなと思っているのは黒田も思うところだった。清川の空いた穴をカバーする宮野もそうだが、中盤の駆、青葉は守備もよくしてくれる。恐らくサイドなのだろうが、いい選手だと感じていた。

 

—————口だけの若手じゃねぇってことだな。ガッツあるじゃねぇか、今年のルーキーは。

 

 

「うんうん、お前らが負けず嫌いだってことはよくわかった。けど、これだけ動けたんだ。俺としては、そっちの方が収穫だな」

 

達海は不敵な笑みを浮かべ、オプションが増えた喜びを選手たちに伝え、颯爽とこの場を去っていくのだった。

 

 

若手選手たちは痛感した。達海は言葉通りに若手の台頭を狙っていたわけではない。若手から光る選手がいればいい。しかし、アピールできない選手はレギュラーが遠のくということだ。

 

そして、世代交代はレギュラー陣に実力で勝ってから、達海の求めるレベルの中で、どれだけいいプレーが出来るかにかかっていることを理解した。

 

 

ゆえに、ベテラン、中堅、若手の間でモチベーションはかなり上がっていた。達海は年齢による線引きをあまりしないと。

 

 

求めているのはプロフェッショナルなプレー。達海がそんな難しい言葉を使う男ではないのだが、おそらくそれに近い意図が選手たちに伝わっていた。

 

 

 

 

 

 

新体制となったETUで、初めて行われた紅白戦。椿はボランチでフォローをされ続けていたと自覚していた。

 

中盤のゲームメイクなどはほとんどが駆と青葉が行い、自分は受け手に回っており、ボールを持っていないときはやみくもに走っていただけ。

 

どちらが年下なのか分からないようなプレーだった。いいプレーは出来たと感じていたが、決めるべきところで決められない勝負弱さが目立った。

 

 

—————こんなんじゃだめだ。俺じゃなくても、今日の試合は回っていたんだ

 

別に椿のポジションで活躍できる選手は他にいる。この状態でいいプレーを記録しても、意味がないのだ。

 

 

 

だから、練習するしかないのだ。

 

 

神奈川に戻った二人組は、いつもの公園で自主練習をするらしい。それだけを言い残し、クラブハウスを後にする。椿は一人、先ほど紅白戦が行われていた場所でボールタッチの感覚を養うイメージトレーニングと自主練習を行う。

 

下手糞は、練習するしかないのだ。

 

 

「—————あ~あ、もう終わってるじゃん。今日の相手が無駄に倒れたからだよ~!」

 

その時、ネット越しに声が聞こえた。若い女性の声。今の時期にそんなファンがやってくるとは思えない。椿は空耳だったのではと思った。

 

「でも誰かいるよ? 奈々ちゃんは神奈川に先に帰っちゃったし、青葉たちと合流しそうね」

 

もう一人の方は美しい黒髪を束ねた少女。美少女然とした彼女と、快活そうな雰囲気の金髪の少女が見学に来ているのだろうか。

 

「————あの~。もう練習って終わっています? アー君と駆っちは神奈川に帰ったのは聞いているんですけど」

 

「え、えっと!? は、はい! 二人とも明日は学校だと聞いているし」

二人が言っていた通りのことを口にする椿。

 

「ふーん。まあいいわ。貴方、ETUの選手よね? 名前はなんていうの?」

金髪の少女から名前を聞かれる椿。知名度的には無名に等しいので仕方ないとはいえ、少し悔しいと心中で思う彼は、ドギマギしながら答える。

 

「椿、大介です。一応、7番をつけさせてもらってます」

 

 

「新監督の昔の番号と同じじゃん! へぇ、すっごいね、椿選手! アー君差し置いて、その番号は凄いと思う。応援してます!」

 

何も成し遂げていない自分に対する言葉は、中々心に来るものがあった。

 

————違う、俺はそんな期待されるような選手じゃない。

 

「—————1人で自主練習しているの?」

 

その時だった。黒髪の少女が尋ねてきたのだ。毎日残って練習しているのかと。まるで自分の葛藤を見透かしているかのような瞳。

 

笠野スカウトや、栗澤コーチのような自分ですら気づけない才能に期待するような接し方ではなく、自分という選手を見極めようとする接し方。

 

それが、なんだか初めて認めてもらったような、今の自分を見てくれているような気がした。

 

「えっと。もうみんなリカバリーに入っているし。でも俺は下手糞だから、練習するしかないんだ」

だからこそ、自分でも驚くぐらいに詰まらず喋ることが出来た。異性相手にこんなに長く話したことがないはずなのに。なぜだか安心できた。

 

 

「—————でもプロでしょ? そうは見えないけれど————」

 

 

「————椿君? こんな時間に特訓と逢引きとは感心するなぁ、はっはっはっ!」

 

そこへ、栗澤スカウト兼、コーチがやってくる。明日は大学サッカーで出来た伝手を利用し、リストアップされた選手の試合を見に行くのだ。その準備も終わったのだろう。時間が出来ていたのか、練習場に姿を現したのだ。

 

 

いつも残って練習する彼がいるだろうことを見越して。

 

「栗澤さん!! そ、そういうのではないんですって!」

 

 

「とはいえ、なでしこの逸材二人がやってくるのはおじさんも想定外だよ」

 

「えぇぇぇぇ!?」

なでしこ黄金時代。それはニュースで聞いたことがある。そんな黄金期を支える選手のメンバーなのかと、驚く椿。

 

「—————これでも青葉や駆とはマッチアップしたりしているの。男と戦っても十分やれると思うのだけれど。私も気になるなぁ」

 

 

「—————舞衣も強引ね。でも、私も気になるわ。とりあえずフットボーラーなら、ボールで語り合いましょ? もしあなたが良ければ、だけど」

 

颯としても、青葉から7番が相当の脚力と爆発力を見せていたことを教えられていた。

 

 

————日本人離れしたバネを持つ選手が、同じチームにいたよ

 

 

加速力なら自分が勝っている。しかし、最初の初速においては青葉に対して全く引けを取らない。

 

 

—————この速さを持っている選手は、なかなかいない

 

 

フットボーラーの中でも稀有な存在。20mの中での加速力は、世界にすら通じる神速の領域。

 

ドリブルで乗っているときは、まともに止めることが出来なかったベテラン陣を見て、青葉は7番に対し、かなり注目していた。そしてそれは、逢沢駆も同意見だった。

 

 

 

「え、その————えっと」

 

 

「ふむ、まあいいだろう————ちょっと気分転換にやってみればいいと思うぞ、椿。会長もそこまでとやかく言わんだろうし」

 

この時期だし、誰もギャラリーはいないだろうし、と栗澤は二人が椿の特訓に参加することを許したのだ。

 

「ま、勝負じゃないし、なでしこのエースたちだ。胸を借りるつもりで頑張ってこい」

 

とんでもなくうまいぞ、あの二人は、と栗澤が脅す。

 

 

事実、椿は多彩なフェイントと、緩急を操る二人に苦戦した。が、何とか足を出してボールを外に弾くシーンも見受けられた。

 

「凄いね、ここまで反応がいい人、アー君以来かも!」

 

アー君なる人物は、やはり宮水青葉の事だろう。顔なじみなのだろうと推測する椿。

 

「さぁ、来なさい! ここで五分に戻したいし」

 

仕掛ける黒髪少女。このサッカー少女はとにかく足が速い。そして、クライフターンが得意な印象が強い。

 

 

—————ここだっ!

 

切り返しからのフェイクの動作を読み切った椿。だが、

 

「あっ」

 

「うわっ!」

 

ここで黒髪少女がトラップミス。そしてバランスを崩してしまう。前にいた椿は何とか彼女を怪我させないよう支えようとするが、

 

「!?」

 

下敷きになっている椿に抱き着くような形で倒れこむ少女と、そんな状況になっていることに混乱してしまう椿。

 

「あ、あわわわわあわあわわ!!!!」

 

言葉になっていない椿。さらに間が悪いことに、右手に何か柔らかい感覚が——————

 

「~~~!!!!」

 

顔を真っ赤にさせて、すぐに飛びのく少女。しばらく椿を直視できないのか、明後日の方向を向いたままだ。

 

「ご、ごごごごめんなさい!!! その、わ、わわわざとではなくて!!!」

 

語尾が震えまくっている椿。これでセクハラなんて訴えられたらプロどころではなくなる。

 

「♪~~!」

尚も顔を赤くする黒髪少女に代わり、金髪少女が椿に近づき、耳元で、

 

 

 

 

————ねぇ、どうだった?

 

甘い声で、囁くように、楽しそうに尋ねてくるのだ。金髪少女としては、こんな場面はめったにないという。黒髪少女のガードは鉄壁で、冷静な彼女らしくないのだ。

 

 

だからそれが楽しくて仕方ないという。

 

 

「その—————ごめんなさいね」

 

黒髪少女はようやく冷静になったのか、こちらに向いてきた。まだ顔は赤くなっているが、大分冷静さを取り戻してきたらしい。

 

「サッカーには接触プレーもつきものなの。だから、貴方が変に意識する必要はないのよ」

 

 

————その、すいませんでした

 

心中で謝り続ける椿。その後もマッチアップするのだがお互いに集中力を欠いたプレーが時々見受けられ、金髪少女はにっこりした笑みをさせながら、椿の横を抜き去った直後、

 

 

————ふふふ、可愛いなぁ、バッキーは

 

 

と、またしても甘い声で囁いてくるので椿はまたしても錯乱しそうになる。そして非常に複雑な心境だが、この二人はとにかくうまいのだ。

 

ドリブルテクニックは自分よりもあると、はっきりわかるほどに。特にトラップに関しては、ルイジ吉田、通称王子を彷彿とさせるものだ。それがどちらも両足を使えるのだから厄介以外の何者でもない。

 

 

その後、集中が続かないということで、特訓を切り上げる3人。栗澤コーチは、

 

「いいものを見せてもらったが————女子サッカーも進化しているな。黒髪の子は、なかなかいい脚を持っているな」

 

「セクハラですよ、おじさん。颯の足が綺麗なのは同意見ですけど、もしかして脚フェチ?」

金髪少女は尚も勢い止まらない。栗澤コーチも苦笑いで「こりゃあ敵わない」とホールドアップする始末。

 

「—————話をややこしくしないで、舞衣。ちょっと恥ずかしいから」

顔を赤く染める黒髪の少女。後、椿も釣られて足を見てしまったので、舞衣の後ろに隠れてしまった。

 

—————そ、そんなつもりじゃないのに………

 

落ち込む椿。そんな意気消沈する椿の下へ金髪少女が寄ってくる。

 

 

「—————とにかくバッキーは速いけど、もう少し楽しんでプレーしたらいい感じになると思うよ」

 

「え? バッキー?」

 

「序盤に見せたあのドリブルの時なんか、凄いいい笑顔だったもん。楽しそうにしていると、なんだか乗ってくるタイプっぽいし。あと、椿だからバッキー。いいニックネームだと私は自画自賛しているんだけどなぁ」

 

そんな風に見えていたのだろうか、と椿は思う。良く栗澤コーチには「お前は楽しんだほうがいいプレーをする」といわれていた。事実、サテライトからトップチームに昇格したのは、栗澤さんのアドバイスの後だ。

 

「ええ。でもその思い切りの良さは、武器でもあるわ」

 

頬がまだ薄く染まっている黒髪少女は彼の長所に注目していた。とにかく彼は獣の如き反射神経で、崩されても追い縋る力がある。

 

そしてそれは攻撃時にも見せていた。

 

「あの、名前は————」

 

「ん? 私もまだ全国区ではないのかぁ。うん、私は群咲舞衣! 高校2年生で、将来のなでしこのエースになる女の名前よ!」

 

自信家な一面を見せる舞衣は、そう自分のことを紹介してくれた。

 

「同じく高校2年生の小野寺颯よ。今年から、ETUのことを応援しようと思うの。頑張ってね。ここで会えた縁も含めて、椿選手にも」

 

薄く笑みを浮かべる颯の笑顔は、弾けるような舞衣の笑顔とは違うが、椿はそれを見て固まってしまった。

 

「—————練習する前、貴方は自分を下手糞なんて言っていたけど、下手糞なら私を置き去りにするような切り返しと抜け出しは出来ないわ」

 

ま、女の私が行っても説得力は薄いかもしれないけど、と苦笑いするが、彼女は本気で椿のことをそうではないと言っていた。

 

「大丈夫。貴方は誰かを惹きつけるものを持っているわ。失敗しない人なんていないし、青葉だって、最初は初心者だったのよ?」

 

「それは—————」

 

誰にだって初心者の時期はある。しかし天才はすぐに上手くなる。宮水青葉はそういう類だと思っていた。

 

「まあ、身体能力は飛びぬけていたわね。でもトラップは天才って聞かれると、そこまででもなかったわ」

 

あの怪物を幼少のころから見続けたなでしこの新鋭が続ける。曰く、当時から脚力に関しては誰も追いつけないほどの速度を持っていた。

 

一度加速すれば止められない。止めるにはボールを持った瞬間のプレスのみという状況。しかし、そんな彼も最初から確定的な強さを持っていたわけではない。

 

「彼だってドリブルで突っ込んで、逆起点になって失点を許した試合を経験したわ。ボールを持っていないときの動きが壊滅的で、対策されてしばらくポンコツだった時もあったわ」

 

ずっと彼を見てきたのだろう。ずっと彼とともにサッカーをしてきたのだろう。目の前の眩しい人と、幼少のころから。

 

 

「でも、それでもあきらめずに前を向いて、変わろうともがいていたわ。がむしゃらにね」

 

変わろうとしていた。あの人にも、あの青年にもそんな時期があったのだ。

 

「貴方はどうなの? 下位に沈んだチームの控えとして、新監督、新加入の選手がいる中、貴方はどうなりたいの?」

 

自分がどうなりたいのか。将来自分はどんな選手になりたかったのか。奇しくもそれは、新監督の言葉を聞いた時にも思ったことだった。

 

 

ジャイアントキリング。その言葉を聞いて胸が熱くなった。まるで世界が変わったかのような感覚だった。自分はその世界に、その未来に行きたいと。

 

だから。鼓動が早くなった。あの人に認められて、変わりたいと思うようになった。

 

「変わり、たいです—————」

 

年下の女の子に情けないところを見せてしまった。少しだけ目が掠れるが、それが彼の本音だった。しかし、人前で、女の子二人の前で涙を流すのはさすがに格好悪い。

 

 

「大丈夫。そういう気持ちがあるなら、貴方はきっと変われる。私がまずは信じるから。安心して突っ走りなさい。きっと誰も追いつけないぐらい、貴方は突っ走るのだろうけれどね」

 

その言葉がどれだけ彼の肩を軽くしたのか、おそらく颯はわかっていない。

 

「おいおい嬢ちゃん。俺は二番目に椿のことを信じたんだがなぁ。カウントを間違えているぜ」

 

栗澤コーチがここぞとばかりにアピールする。自分が二番目に彼を信じ始めたのだと。ETUに入ってからの彼に期待をしているのは、というおまけつきだが。

 

「二番目、ね。なら私が3番目よ。こういう頑張りたい、変わりたい気持ちを強く持つ人、私たちは笑わないわよ。ね、舞衣?」

意味深な言葉の栗澤を前に微笑んだ颯は、もう一度椿に向き直り、横にいる舞衣に笑みを向けた。

 

「うん。それだけ入れ込んでいるものだもん。私だって、バッキーに負けないぐらいサッカーが好きだし」

 

笑顔ではあるが、決して椿を馬鹿にしたり、格好が悪いという感情は一切ない。あるのは、純粋な背中を押してくれるような温かい空気。

 

「私も、背中を押されて頑張れているから。いつか世界最高の称号、バロンドールだって取るつもりなんだからね!」

 

舞衣は自信満々に語る。その壮大な夢、アジアでは夢のまた夢とさえ言われるサッカー選手最高の称号。それを目指すと高らかに宣言する舞衣。

 

夢に向かって頑張る姿がまぶしくて、自分もああなれたらいいな、と思う椿。そんな気持ちが強くなる。

 

だが、颯を見て今まで感じたことのない感情が強くなるのを認識してしまう。はじけるような笑みではないのに、なぜか直視すると落ち着かない。

 

 

「今シーズンを笑顔で終われるよう、椿さんも頑張って。勿論、チームが笑顔で終われる一年であってほしいけどね」

 

 

それだけ言うと、二人は後片付けをした後にクラブハウスを後にするのだった。

 

 

その場に残っていた椿と栗澤は、

 

 

「いい娘たちだったな、椿—————椿?」

 

 

「—————————————————」

 

呆けているようにその場に立っている椿。その心中では—————

 

 

————小野寺、颯さんか—————

 

 

キャンプを迎える直前、7番に心境の変化が起き始めていた。

 

 

 




さて、紅白戦で活躍したレギュラー陣

村越・青葉に完敗も、中盤で反撃のリズムを生み出す。
杉江・守備陣をまとめ、若手チームの弱点を突くビルドアップを披露。
黒田・迂闊な場面もあったが、体を張った守備
丹波・若手チームの急所である右サイドを狙い撃ち、攻撃のリズムを作り出す。
鈴木・PKを誘発する動き出しを見せる。
緑川・序盤のピンチでファインセーブ連発。ロングシュートはノーチャンス
堺 ・意地の2ゴール。ベンチ入り確定か。


原作若手陣

宮野・スピードを生かした仕掛けが序盤のリズム生み出した。後半は失速。
世良・先制ゴールを決める動き出し、運動量豊富でパスの受け手となった。
椿 ・受け手となり、序盤から中盤は真ん中で圧倒。後半は孤立してしまった 

ルーキー組

上田・出場機会無し
飛鳥・守備で牽引するも、攻撃のリズムを中々生み出せなかった。
逢沢・中盤で出し手を引き受けるが、目に見える結果が欲しかった。不可欠の存在に。
青葉・先制アシスト、3点目のロングシュート等、効果的なプレーを披露。


青葉が不出場だった場合、負けまで有り得た展開でした。というか、普通に負けてました。

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