騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
ETUはジーノを経由して、サイドで優位な状況を作り出していく。何よりも、簡単に一人二人と引きはがしていく両サイドのドリブルが、ヴィクトリーの最終ラインに圧力をかけていく。
——————キャンプの時は手を抜いていたの、この人
駆は、一人二人とプレスをかけられてもボールを簡単に捌いて主導権を渡さない真ん中のジーノの技術の高さに感嘆する。
「ほら走って、駆君!」
そしてこのピンポイントクロス。動き始めた駆の動きをどこで察知したのか、簡単にボールを上げてサイド深い場所へとボールを供給してしまう。その上、ボランチが一枚ジーノに張り付き、シャリッチが中途半端なポジショニングをした瞬間、狙いすましたかのように広大なスペースを撃ち抜いたのだ。
—————そしてこのパス精度。この人、相当凄い
「—————っ」
そして駆は、カットインを警戒させながら、跨ぎフェイントからの、空踏みタッチでサイドに流れながら距離を獲り、相手をつり出すのだ。クロスの精度はそれなりの逢沢相手に、距離を詰めざるを得ない相手選手。
だからこそ、ずらす技術がここで活かされる。
「なっ!?」
大きくモーションを獲った駆が縦への突破からのクロスボールの体制を獲った瞬間、ブロックに入る相手選手ではあったが、緩くボールを押し出すだけの駆はまた抜きを成功させたのだ。
突破を狙う駆ではあったが、
「させるか、ルーキーッ!!」
ここで秋森のスライディング。ボールを置き所を狙ったアマチュアでは体感したことのない寄せの速さが駆を襲う。
「!?」
そしてボールを簡単にはじき出されてしまった駆はそのボールの行方を見て歯噛みしようとした。しかし、そのカウンターへの恐れは瞬時に消えてしまう。
「危ない、危ない。フォローはちゃんとするよ、駆君」
予測したかのように、ジーノは零れ球を素早く回収してしまう。そして三雲が張り付くも反応の速さまではカバーしきれず、対応が後手後手になっていた。
—————なんでボールの流れる場所が————
手で三雲をブロックしながら左で突破が厳しいなら右へと託すジーノ。ジーノを経由して攻撃を組み立てる作戦は、ジーノのトップ下でのプレーのクオリティの高さにより、達海の想定を上回る効果を出し始めていた。
「いいですねぇ、王子。サイドが動くから、プレーもしやすそうです」
「まあ、サイドもジーノがよく動くから、貰いやすいというのもあるだろうな。あと、ジーノの奴は駆を煽ってやがるな」
駆の能力の確認が彼の主な目的なのだろう。ジーノは徹底的に駆の資質を試すつもりだ。
——————だが、ジーノはわかっている。右に行けば勝負がつくことを
左を選択したパスフェイクを軸足裏でキャンセルしながらのクライフターン。そして相手が距離を詰める前のブロックで簡単に三雲のマークを引きはがしてしまうジーノ。
—————なっ!? 去年までこの男はこんな接触プレーなんか——————
明らかに変化しているジーノのプレースタイル。そして、彼の本命は右でその時を待っている。
「とりあえず、一点取れば文句ないですね、ジーノさん」
青葉がついに動き出す。ジーノと同様に左の展開を静観していた彼ではあったが、偏重的なりかねない攻撃パターンに変化を加える為、東京ヴィクトリーの左サイドを文字通り崩壊させていく。
その生贄は、最も彼に近い男から始まる。
「このっ!?」
簡単な切り返しで躱して前へと突進していく青葉。まるで見えない結界の如く距離を測られ、目に見える場所に立っているのにギリギリ届かない。
一歩その領域に踏み入った瞬間に躱される。そんな予感と現実を与える右の領域。
—————奴の周りは何かおかしい。空間が捻じれているようだ!?
マッチアップするのは左サイドの堀。足が届きそうで届かない場所にボールと体を置き続け、斬られたかのような抜かれ方をしてしまい、完全に制圧されてしまっていた。
さらに—————
「!?」
リンクマンとしての役割も持つ、ボランチのシャリッチが反復ステップの前で体勢を崩される。
————このステップ、この動き————
まるで、欧州の人を化かすようなドリブルが得意な彼に似ている。しかし、目の前にいる日本人はかなり速い。
「っ!?」
空踏みからの跨ぎフェイント。からの、ダブルルーレットで右に左に振り回され、重心のかかっていた左側へと崩れ落ちる助っ人外国人。
この短い時間で16歳は躍動し、東京ヴィクトリーの中盤を切り裂いていく。
「はっ! なんだ、あのガキは! とんでもねぇな、あれは」
ヴィクトリーの司令塔持田は、次々と味方を切り裂いていく16歳のプレーに笑う。日本人の皮を被った日本人ではありえないスタイル。
ボールを持てばまずは前に突進するそのスタイル。潔い、とても、潔いのだ。
————ったく、あいつらも情けねぇな。壊すつもりでもっと厳しく当たればいいだろうに
何を遠慮しているのか、それとも—————
————まあ、奴は間合いを完全に分かってやがる。あれをあの年で会得するってのはクレイジーすぎだろ
中盤の空いたスペースから椿が勢いよく飛び出してくる。青葉の突破で人数を割くことを強いられたヴィクトリーは、椿を掴み損ねたのだ。
————こいつはこのまま打ってくる。こいつのミドルレンジは映像で見たんだ
秋森は、動きなおしを生意気にもし続ける世良を注意しつつ、山根と共にシュートに備えるが、
—————サイド逢沢がフリー!? まさか、
「くっ!」
山根は青葉が駆の方向を見た瞬間に前に出る。サイドが完全に抜け出されている状況下、PAで力を発揮する彼を野放しには出来ない。
が、
「な、ぁぁぁ」
ボールを体の中心にロールしながらのツータッチ目。変則ダブルタッチが山根のプレスを引きはがしたのだ。
————インサイドで触れるか触れない瞬間にすらす様に足裏でロールし、そこからのダブルタッチの返し。奴はボールの置き場所を分かっていたのか!?
そして間髪入れずにアウトサイドのシュートモーション。山根を引きはがされた瞬間に遠目からのコースが空いた。
「簡単にさせるかぁ!!」
しかし、切り返しの速度が足りていなかったのか、山根がすぐに回復。青葉のシュートコースを塞ぎにかかる。
トンっ、
秋森には、山根がブラインドになってボールが見えない。その時間がヴィクトリーの致命打となった。
山根との競り合いが終わった青葉の足元にはボールがなかったのだ。
「「!?」」
シャリッチ、山根、秋森が驚愕する中、そのボールを受け取ったのは中盤から駆け上がった椿大介。
新たな時代を告げる、背番号7の強襲。そんな彼は快足を飛ばして中盤の空いたスペースに突貫していく。物凄い速度、リーグ屈指の俊足といわれても納得してしまうほどの突入力。
「くっ!!」
秋森が潰しにかかる。シャリッチとサイドバックは戻っている。ならばここで自分がこの若手を止める。
「なっ!?」
「————っ」
が、簡単に切り返され、一合で躱されてしまったのだ。なんて動きのキレ、ばねの様な加速力。椿がついにPA内に侵入し、
右足一閃。シュートはゴールネットに突き刺さり、長い笛が吹かれたのだ。
沈黙する観客席。呆然とするヴィクトリーファン。唖然とするETUファン。
何が起きたのか分からなかった第三勢力の野次馬たち。
ツーテンポ遅れて大歓声がこだまする隅田川スタジアム。まるで魔法のような崩しで、ヴィクトリーのゴールネットを揺らして見せたのは、かつて伝説といわれた背番号7を背負う無名の若手。
そのゴールを演出したのは、期待のルーキー宮水青葉。
世間が注目し、その問題児ぶりを見ようとしていた彼らの期待を裏切る、見事なラストパスに周りを俯瞰する視野の広さ。
何よりもそのプレースピードの速さが日本人離れしていたのだ。
高校サッカーで得た勢いそのままに、背番号17は躍動していた。
「ETU先制だぁぁぁ!!!」
「背番号7番は誰だ!? 何だあの脚力!?」
「とんでもなく速かったぞ!! というか、今どっからボールを受け取ったんだ!?」
「遠目からだと、シュートモーションはフェイクで、ヒールパスになっていたんだ。逆側への加速しながらのヒールパス。一瞬だがボールは見失うだろうな」
大歓声とは対照的に、静まり返るヴィクトリーサポーター。当然だ、今回の試合でルーキーたちに格の違いを見せつけるはずが、先制弾を許す展開になってしまったのだ。
「やっ、やった!! やったんだ、俺!!」
「すっげぇぇぇ!! 今の飛び出し、半端ないぞ、椿!!」
「ほんと、こういう司令塔はいつスイッチが入るか分からない。これで守備もしたら完璧なんですけどね、ジーノさん」
練習では無気力というほかなかったジーノの態度が、この試合では楽しそうに動き回り、ボールを捌いていく。駆はここでジーノを認めないわけにはいかなかった。
パスコースが増えたジーノは能動的に動き回り、徐々に調子を上げていた。ジーノは今、去年まで限られていたパスコースが増えたことでモチベーションを上げているのだ。
「ふふふ、やっと僕のことを認めてくれたのかい? けど、そうやって意見してくれる人材はありがたいよ、駆君。攻守で引っ張ってくれると、僕も汗をかかずに済む。慣れれば、”あの技”も見られるだろうし」
そうは言うものの、何かこの状況を楽しんでいるような節があるジーノ。このチームの王様だった自分を理解し、受け手にさせることの出来る選手に対し、彼は賛辞を送り続ける。
だからこそ、駆がまだ本調子ではないことを見抜く。あの技を繰り出せるトップフォームになれば、彼はリーグを脅かす存在になると確信できるのだ。
「普段からもっと司令塔らしくしてほしいですけどね。いいスルーパスがなかなか出せません」
「ふふふ」
駆のツンデレの入った言葉に微笑むジーノ。そしてジーノはラストパスで3人をだました青葉の方へ眼を向ける。
「やはり彼はいいね。受け手にもなり得るし、狭い場所を崩す、もしくは歪を突けるセンスがいい。僕としてはとても助かるサイドアタッカーだ。多少伸びても、彼なら追いつくだろうし、抜け出せばチャンスになるかな?」
盛り上がる中、飛鳥は最終ラインで戦況を見つめている。
「い、いいのかよ。同期が得点したんだ。駆け寄らなくても?」
「たかが一点。そしてまだ前半。僕らまで緩んだら、王者に食われます」
冷静な態度で最終エリアから動かない飛鳥。黒田に促されても手子でも動かない。
一方ベンチでは、
「うおぉぉぉぉ!!! うちが王者相手に先制だぁぁぁ!! やりますねぇ、椿は!!」
「やはり、三雲が張り付いたことで、中盤のスペースが空きますね」
「まあね。シャリッチは突破力はあるけど、守備が上手い部類でもないし。潰し屋の三雲が王子に張り付いたおかげで、ああいうロングボールが有効になるし、どうしても奴らは一枚少ないディフェンスを強いられる」
特に、ああいう風にサイドから突破されていくとね、と不敵に笑う。
「—————凄い。栗澤さんの言った通りだ—————」
観客席に紛れ込んでいた後藤GM、前田補佐、永田会長らは見事な崩しを演出して見せた宮水青葉と、背番号7の椿のプレーに脱帽する。
————あいつは、笑っていたほうがいいプレーをするし、調子のいい時は、リーグ屈指だ
—————宮水は、ありゃ別格だ。日本限定の、数十年に一人の逸材。ローマでスクデットを獲った、仲田以上の逸材であり、フェイエノールトの小野すら上回る才能だ。
日本史上最高のポテンシャルを秘める16歳と、笠野スカウトが達海の再来とまで言わしめた若き才能。
飛躍のキーマンが世間に名を轟かせ始める。
「凄い。一体いつどこで椿君の位置を把握していたのかな?」
「おそらく、スペースを作り、そこに椿を誘導したんだろう。攻撃時に飛び出す指示を与えておいて、自分でコースを作り上げた。しかも、シュートとドリブルコースまで作ったうえで」
前田の解説に、一同は驚愕する。
「な、なんだそりゃぁあ、じゃあ、あいつはピッチ全体を空から見ているかのように把握していたっていうのかよ」
副会長はあり得ないとつぶやく。
「俺たちは一人だけそんな選手を知っているぞ。他ならぬ達海がそうだった」
感銘を与えるプレー。世間が問題児と非難しつつもプレーで結果を出す。
彼は達海の伝説に迫る勢いなのではないか。
「——————」
そんな中、達海すら超えてしまうような逸材が入団したことに、複雑な心境を秘める有里。彼女にとって、選手時代の達海は永遠のヒーローであり憧れだった。監督になってからの彼はだらしのない男だが、なんだかんだ彼のことは信じている。
チーム力が上がり、切り札ともいえる存在が出てきたのに、彼女は純粋に喜べない理由は青葉の高すぎる実力のせいだ。
————いつか、達海さんみたいに海外に行っちゃうのかな
故障を抱えたまま、海外で壊されるかもしれない。かつての暗黒時代が訪れ、代表キャリアを閉ざす原因の一つとなってしまった、栗澤の現役時代のように泥を塗ってしまうかもしれない。
達海ほどの才能のある選手がケガで壊れた瞬間を思い出す。
栗澤が、そして日本代表が、二部の選手を呼ぶなという批判に晒されたことだってある。
二人は何も文句も愚痴も言わなかった。達海の現役が終わった後の話を、彼女は怖くて聞けなかった。フットボールを突然取り上げられた彼の心境を推し量ることすら怖い。
「青葉君—————」
有里は、彼と始めた対面した時、いきなり意識の違いを突きつけられた。
それは彼が入団し、キャンプの最中の事だった。
「青葉君はどうして、うちを選んだの?」
ずっと気になっていたことだった。笠野さんに誘われたわけでもない。面白いサッカーをしていたわけでもない。
「強い奴を倒して、面白いサッカーをする為かな。まあ、下克上とか、ジャイアントキリングとか、面白そうだし」
「何より、達海さんのいたチームだから。俺のヒーローであり、俺がまず超えなきゃいけない高い壁。達海さんを超えたうえで、俺は代表に入るんだ」
エゴの強く、かつての彼を連想させる言葉の数々。しかし、見据える先は全然違った。達海を超える、彼を尊敬するだけでは終わらず、彼を超えるという言葉の意味は何なのだろうか。
「達海さんを、超える?」
「—————達海さんはきっと、間違いなく海外で活躍できていたはずだった。そして、達海さんはチームを優勝に導ける可能性があった」
遠くを見るように語る青葉。そこにあるのは、彼の実力を信じてやまない青年の姿。自分に負けないぐらい彼を尊敬する、ピッチの中だからこそわかる、彼女には分からない感覚。
「————でも、そうはならなかった。だから、俺は達海さんが出来なかったことを成し遂げて、その上で日本をワールドカップ優勝に導く」
優勝の二文字を躊躇いなく使う。ビッグマウスでもなんでもなく、本気でその場所を目指している、その気持ちが伝わってくる。
見ている場所が違う。ETUのことしか考えていない自分とは違い、ETUの未来と、日本の未来、何より達海が歩んでいたはずだった場所で活躍することを誓う彼に、異論をはさむことが出来なかった。
普通なら、海外移籍するなら国内に留まってほしいと言っていた。なのに、その言葉が出なかった。
もしかすれば、あの時の達海も、目の前の青葉と同じように、強い信念があったのかもしれない。裏切り者呼ばわりされても、文句も言わずに出て行った彼の心中にも何かがあった。
なぜなら、彼女はずっと達海を見ていたのだ。だから、そうなのだとわかってしまう。
「——————もうそんなところまで考えているの?」
青葉は海外志向が強い。それを聞いていたのに、彼女はやはりショックだった。
彼女にとってすべてともいえるETUの歴史。いい時も悪い時も見てきたために、彼が抜けた後のことを考えるのが怖い。
彼の信念を知ったうえで、その未来が怖いと思ってしまう。
「だから、俺は永田さんにお願いがあるんだ」
向き合う彼の目は真剣だった。
「俺に、オランダ語を教えてほしい」
英語はなんとかいけるが、と苦々しげに語る青葉。その言葉を聞いた有里は、一度待ってほしいと答えを保留にしてしまったのだ。
そんな経緯を誰にも知らせることが出来ず、このプレシーズンマッチを迎えてしまった有里。
複雑な乙女心を覆い隠し、彼女はチームを応援する。
————ごめん、ね、青葉君
自分が迷った分だけ、きっと彼の海外入りは遅れるだろう。最悪、彼のプランがずれる事だって考えられる。
ずっとETUにいてほしいと願う一方で、彼の想いを理解してしまう気持ちもあった。
同じ達海を尊敬する者として、自分と彼には決定的に違うモノがあったことを痛感させられる。彼は達海に縋っていない。そして自分は、縋ってしまっていた。
彼がいれば、ETUは安泰だと。彼のフットボーラーとしての野望に蓋をしたまま、ここにいればと。
そういえば、江ノ島はどうだったのだろうか、と有里は考える。まだ一年生であと2年は資格があった高校サッカーを離れ、プロの道を歩み始めた二人を失ったあのチームはどういう心境だったのか。
有里は、江ノ島高校の監督、岩城に興味を持つようになっていった。
一方の試合の方は膠着状態が終わり、徐々に試合展開が早くなっていく。
彼らの引き立て役になるのは避けたいヴィクトリー。すぐさま反撃を開始する。そして、その機転はやはりこの男だった。
「あ!?」
椿の速度を利用され、トリッキーな動きで躱していく持田。前線のレオナルドにパスが通る。
かに見えた。
「————っ」
パスの勢いとモーションで先読みした飛鳥が飛び出し、ボールをカットしたのだ。読みの深さと思い切りの良さが功を奏し、一転してカウンター。
飛鳥が選択したのは、ピッチを広く使ったポジショニングをしていた逢沢の左サイド。快足飛ばして裏に抜け出した駆は相手選手を振り切り一気にバイタルエリアに到達。
さらに、三列目からは椿、ワントップの世良が動きなおしをしている。駆に与えられた選択肢は多い。
—————でも、ここは————
「パスに愛がないよ、駆君」
胸元へと、ジーノへのロングボール。ここで強めのパス。マークについていた三雲は、僅かに遅れていた。
—————僕とミックの位置がずれた瞬間に精度の高いロングボール。そしてこの角度と勢い。ずいぶん入れ込んでいるんだね、”彼”に
そこに必ず彼はいる。駆のメッセージを受け取ったジーノは、胸トラップから逆サイドにはたくのだ。
これには観客もざわつく。ハーフダイレクトな展開とその精度の高いロングパスの受取先は、右サイドに張っていた宮水。
守備陣の陣形が崩れ、彼のカットインを何とか防ごうとするが、混雑して互いの位置取りを正確に把握し得ないぐちゃぐちゃなバイタルエリアは、統率を取りづらく、秋森も四苦八苦する。
————ここでまたパスか!?
「—————あ、あ、あぁ——————」
キーパー、手を伸ばそうとして脱力してしまう。反応した瞬間にはすべてが終わっており、その直前で彼はボールを見失ってしまった。彼のプレーの速さに、遅れてしまったのだ。
ゴールの中で転がるボールがその全ての事実を残酷なまでに語る。
彼が気づいた時には、左隅のサイドネットを撃ち抜かれていた。モーションが小さく、120キロを超すかのような強烈なミドルシュートがヴィクトリーのゴールネットを突き刺したのだ。
二度目の大歓声。そしてざわつき。強烈な活躍を見せつける背番号17は、瞬く間に知名度を爆上げしていく。
ETUの右サイドにボールを持たせてはならない。そして、彼にスペースを与えることは、大変危険であり、やってはならない重大な、そして愚かすぎるほど致命的なミスであり、愚行なのだと。
この日、この瞬間、東京ヴィクトリーは骨の髄まで刻み込まれることとなった。
一対一ではだれも勝てないのだと。今日の彼は止められないと。
根源的なプレースピードと、彼の速さは、リーグジャパンでは異次元の領域なのだ。
「まるで対応できてねェ!! 何だあのカットインは!?」
「右サイドからのカットインと、そのミドルシュート。オランダの名手のようなプレーだ!!」
「いったろ!! 宮水青葉は半端ないんだ!! 決して、逢沢駆の添え物じゃない!! 二人は両翼なんだぞ!!」
「しかもなんだよ直前の連携。大きく左に振った後、あっという間に逆サイドにボールが運ばれて————てか、ジーノの捌きが凄すぎる!!」
止まらないETUの攻勢。
そして、ついに観衆の眼下で披露された宮水青葉の魅力。世代別で常に一目置かれ、裏ボスのような扱いだった宮水青葉。
精神性に問題があるかに見えた彼は、その精神性であると肯定すればするほど矛盾が大きくなる存在だと。
彼は、実は日本サッカーの未来を背負うかもしれないのではと。
ヴィクトリーサポーターは、宮水青葉の輝きに圧倒されていた、そして打ちひしがれていた。この先、リーグ戦でこの化け物を相手にしないといけないのかと。
「っ」
苦悶の表情を見せるのは城西。とくに青葉と、ジーノ、椿、駆にいいように中盤を蹂躙され、思うようなプレーが出来ずにいた。
「シロさん、俺のところで流れを変えますよ」
その持田の視線の先にいるのは、駆だった。
前半で2得点。しかし、ここでETUはペースダウン。王子に対する三雲の張り付きがなくなり、中盤の守備がまともになったヴィクトリーは青葉のいるサイドを嫌い、逆サイド、駆のいる左サイドで仕掛けることが多くなる。
「あっ!!」
駆が寄せにはいるが、すぐにボールをはたかれる。絶えずボールを回し、ETUの綻びを見つけようとしていた。
そして、持田にボールが渡る。
—————取れるっ!
隙だらけに見える持田の姿に、誘われてしまう椿。ボールと体が離れた瞬間なら如何に名手といえども奪うことは可能だと。
スッ、
椿の突進をいなしながら、滑らかな動きでタックルを躱した持田。椿は前のめりになって転倒。
椿を一枚剥がした持田は、フォローに入った村越を相手に右サイドへのパスを選択。マッチアップするのは、右サイドの選手と、逢沢駆。
————だめだ、コシさんとバッキーが躱されて
2点差となったETUはなぜかスローダウンしていた。点差の余裕というべきなのだろうか、ボールを回して落ち着こうとしている仕草すら感じられた。
先ほどから、飛鳥と黒田が言葉を交わす回数も多くなっている。
だからなのだろう。駆はサイドバックのオーバーラップと個人のドリブル突破、さらには持田のワンツーを遅らせる仕事をしなければならない。
—————このギャップはどうにもならないだろう、ルーキー
試合の流れを変える。エゴイストに見えて、実は視野がかなり広いのが持田という選手だ。
「くそっ!」
駆が選択したのは、最も危険度の高い選手、持田へのワンツー。だが、それをおとりに、熊田との距離感が間延びしてしまったサイドを狙われた。
「—————攻撃と防御が半端になっているぜ、ルーキー」
といっても、これは駆の責任だけではない。持田というキーマンを警戒するのは仕方のないこと。
そして、相手の右サイドバックとのマッチアップで簡単に躱された熊田がクロスボールを許してしまい、中央のレオナルドへ。
「————ッ、らぁっ!!」
何とか手を伸ばし、レオナルドのヘディングを防ごうとするのはチーム最年長の守護神緑川。
長年の勘と経験で、シュートコースを完全に見切った緑川のファインセーブ。ボールをPA外へとはじき出し、ここで、ピンチは脱したかに見えた。
「しまっ————」
だが、村越が持田からは剥がされてしまっていた。セカンドボール、バイタルエリア。ここで一番わたってはならない男のシュートがさく裂した。
一度膝をついていた緑川がジャンプして腕を伸ばすも、二度目の強烈なミドルシュートは防げず、失点を許してしまう。
「くそっ!」
飛鳥は、外国人選手とのマッチアップの経験が少ない。彼が経験したのは、同年代の世代別代表のライバルたち。つまり、一回りも二回りも上の選手との対戦経験が欠如していた。
レオナルドにはいい形でシュートを打たれ、持田がボールを持った場面では前に出るのが遅れた。
悔しさを露にする飛鳥を目にした達海監督は、どことなく満足げな表情を浮かべていた。
「あいつにはなかっただろう。ああいう体格のでかい相手と競り合う場面」
「か、監督? まさか、杉江ではなく飛鳥をスタートに入れた理由は————」
松原コーチは、飛鳥をあえて強豪相手のプレシーズンマッチに投入した意味を知る。
「足元が上手く、体も強い。あいつに足りないのは経験だ。苦労するんだぜ、一人前のCBを育てるのは」
しかし、この試合を経て彼は成長するだろう。それこそ代表屈指のディフェンダーになれる要素がある。
その後、息を吹き返したヴィクトリーの猛攻に遭い、ETUは劣勢のまま前半を終了した。
しかしそれは、”防御不可能な攻撃力を誇る右サイドの怪物”をあえてゲームから外す強引な攻め手であった。
その怪物も左の攻めを見守るだけであり、動いてこない。怪物の気まぐれか、それともベンチに座る策士の指示なのかは定かではない。
だが、右サイドの怪物が出てこないからこそ、ヴィクトリーは主導権を握ることが出来たのであり、彼が動き始めた瞬間に瓦解することを嫌と言うほど思い知らされてしまうこととなった。
—————すまし顔で傍観しやがって
—————いつでも崩せるみたいな顔して—————俺を舐めるなっ!
ヴィクトリーの選手たち、とくにマッチアップしていた堀は、その猛攻の弊害としてボールに触れることは以降なかった。だからこそ、自チームが劣勢なのに余裕の表情を崩さない16歳に苛立ちを覚えていた。
その青葉は静かに戦況を眺めていた。
—————まだプレーシーズン。とはいえ、ここまで警戒されるとはな
あのカットインの一撃以降、こちらのエリアは一度も攻撃に使われていない。そのことに、一抹の寂しさを覚えるのだった。
青葉の中では、ロングボールをマッチアップする相手との競争で奪い、そのまま追加点を取るイメージが出来ていたので、ヴィクトリーの選択は間違いではなかった。深い場所からのドリブルはリスクしかないと言われているが、青葉にはその常識は通用しない。
彼に加速を許す時間を与えてはならない。ヴィクトリーは知らず知らずのうちにこの致命的なミスを防いでいるのだ。
様々な要素が絡むプレーシーズンマッチ、東京ダービー。その全ては怪物の手のひらで踊っている。
青葉無双さく裂。初見であのドリブルとスピードに対応するのは難しいです。
しかし、駆君は十八番である二つの大技を繰り出すことが出来ません。間合いにまだ慣れていない証拠です。
それでも、ジーノは受け手になることが出来る為、ETUの戦術の幅が広がりました。初めてとなる同等のビジョンを共有できる選手がいて、かなりはしゃいでいます。
椿君は香車の如く圧倒。しかし、まだこの動きでしか青葉に活かされません。