騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
ついでにETUの歴史も変えていく模様。
第五十三話から連続投稿ですね。
順調な歩みを続けるETUと江ノ島高校。いよいよ日本のサッカーシーズンの開幕が近づく中、ETUにとっては複雑なビッグニュースが飛び込んできた。
—————U20ワールドカップ本選の起爆剤か? 飛び級で世界に刻め、ルーキーコンビ!!
————攻撃のオプションに新進気鋭の超高校級合流へ!! 宮水、逢沢召集か?
———王者相手に一歩も引かず! ETU期待の若手が世界と対峙!
日本代表は今月15日、5月30日に開幕するU-20ワールドカップメンバーの招集メンバーに飛び級でETU期待のルーキートリオを招集する動きがあると確認された。世代別ですでに結果を出している逢沢駆、宮水青葉といった新進気鋭の若手に、守備の要でもあった飛鳥亨の好調ぶりが今回、協会の御眼鏡に止まったようだ。
今回の世代別代表は堅守速攻の縦に早いサッカーではあるが、決定力不足が目立つ通り、U19アジア選手権では、1試合平均1点を割りかねない低調ぶり。延長を2度戦い抜くタフネスこそあるが、攻撃力に不安を残す内容が多かった。
もしこの召集を現実のものとするなら、最後の強化試合でもある4月7日、4月10日のコロンビア、チリとの二連戦のどこかで出番があるかもしれない。
そしてその代表発表の日は、3月20日の午後3時より行われる。
ETUフロントとしては、代表からの連絡は確かにあった。4月の強化試合2連戦、つまり、4月初旬から4月10日まで宮水選手と逢沢選手、飛鳥選手を出してほしいとのことだ。
「実力のある選手の宿命、かもしれませんね」
後藤GMは強豪国との二連戦となるこの強化試合に三人が招集された場合、ジャパンカップ札幌戦、リーグ戦第4節の名古屋グランパレス戦、第5節の横浜マリナーズ戦とカップ戦の清水インパルス戦での出場が不可能となる。第6節の浦和レッドスター戦にこそ出場できるかもしれない。
そして問題の五輪代表召集の問題。アジア予選という厳しい戦いの中、この世代もまた得点力不足が叫ばれている。もし、U20代表と、五輪代表を兼任する形になれば、彼らの長期離脱は避けられない。
リーグ戦第12節のジェム千葉ユナイテッド戦、そして前半戦の山場の一つでもある13節の川崎フロンティアとの対決で、彼らに頼れないということになる。
そして、もしもU20ワールドカップに選出されたならば、5月30日の第14節のFC札幌、6月7日の15節のウィッセル神戸戦の出場は不可能となる。
何とか16節の鹿島ワンダラーズとの試合には間に合うだろうが、難しいコンディションを強いられるかもしれない。
前半戦のリーグ戦の6試合で彼らを欠く状況。これがどう影響するのか。
「確かに、他のチームならば20歳が主力というチームは案外少ない。離脱してもそこまでのダメージはないだろう。しかし、あの三人は突出している」
栗澤も、彼らの実力は既に代表候補に名乗りを上げるにふさわしいものだと認めている。
「広報の立場としては、世代別のワールドカップ、五輪代表と活躍してくれるのは嬉しいんですけどね。主力を抜かれるのはちょっときついなぁ。でも、こういう時こそベンチワークとチームワークでしょ?」
有里も、ETUの起爆剤となるはずの彼らがいないというのはまずいのはわかっている。しかし、そういう時こそクラブの真価が問われると言い放つ。
「監督としては、どうなんだ? 横浜と千葉、名古屋、川崎、神戸との試合での秘策はあるのか?」
「後藤ちゃん、俺も魔術師じゃないからねぇ。無から何かを生み出せるわけじゃないぜ。でもさ、そういう時こそ殻を破るチャンスなんじゃねぇか? そういうメンツはそろっていると、俺は思うけどね。ま、俺もただ指をくわえとくわけじゃねぇよ。勝負事なら全力でやるし、手を抜くつもりはねぇ。ベターな選択をするさ」
少しずつではあるが、悪癖から脱却し始めている選手がいる。その筆頭は堺だ。開幕戦のフォワードは世良に決めているが、続く試合で使ってみたいと思える選手といえる。
準備を怠らないし、コンディションも整えてくれる。ああいう選手は好みだ。
若手では椿と宮野。後は清川。この三人は伸びてきている。椿はまだプレーにムラがあるものの、ハマった時は手が付けられない。宮野は青葉の動きを参考に、プレーの質が変化し始めている。宮野は仕掛けが早くなった。自分の武器であるスピードで相手を威圧し、プレースピードを上げようともがいている。彼は右サイドハーフでもプレーできていたが、最近は右が利き足の左サイドハーフというトレンドもある。鍛えれば両サイドでプレーできる彼にとっての強みになるかもしれない。
最後に清川。守備に課題はあるが、逢沢とコンビを組ませればそこまでの火傷も少ないだろう。何より、精度の高いクロスボールと突破力。攻撃的にいかなければならない現状、彼の実力は得難いものだ。
しかし、個の力で流れを変えられても、試合に勝てるかは別問題。相変わらず、守備の寄せは甘い。セットプレーのチャンスを与えていないのが逆に怖いほどだ。
攻撃と守備の連係が未だに悪く、中盤が間延びしやすい。中盤を壊されたら試合をコントロールすることも難しくなるし、押し込まれる。
「ま、成るようになるさ。けど、目の前の大仕事は磐田との一戦だ。リーグ戦の初陣でいいとこ見せなきゃ、サポーターも俺のことを認めてくれないだろうしさ」
開幕前夜。椿はある人物にメールを貰っていた。それは自分にとっては雲の上のような人で、今を時めく有名人だ。
「そうなんだ。無事にスタメンに入れたんだね」
「う、うん。何とかね。でも青葉君も駆君も凄い。1年目からあんなに先輩選手にはっきりモノを言えるし。僕なんか、最初の1年は数えるぐらいしか喋れてないし」
何もできなかったと痛感した移籍1年目のシーズン。期待された若手の一人として活躍を願われたが、サテライトで結果を出せず、ベンチに入ることすらできなかった。
そんな自分とは違い、二人は堂々と守備や攻撃に関して自分の考えを発現する。ああいう選手が伸びていくんだなと。
「でも、大介はそれに気づけたじゃない。意見を言うことが悪なの? 貴方がそう思うのなら、それは間違いなく自分自身の本音。確かに言うべきタイミングとそうではないタイミングはあるかもしれない。けど、それは状況が教えてくれる」
「—————う、うん。努力、してみるよ」
「——————もう、そんな覇気のない声でどうするの! せっかく舞衣ちゃんたちと見に行こうって約束しているのになぁ」
「え!? で、でも開幕は!? そっちだって」
まさかの観戦宣言である。椿は驚愕する。自分なんかの為に見に来てくれるなんて、思ってもいなかった。
「だって、貴方を応援するって決めたから。だったら、余程の事がない限り開幕戦ぐらいは応援したいなって」
「—————————————」
「—————? 大介?」
「————う、うん。ありがとう―————」
今まで経験したことがない感情だった。こんなにも身近に誰かに応援されるという経験はあまりなかった。だが、本当にそれだけなのか。今自分が感じている緊張は、失敗を襲えれている弱虫の自分が発しているものではない。
何か別の、何としてもしくじりたくないという見栄が先行していく。その理由を椿はまだ知らないままだった。
そして、開幕戦となる3月7日。磐田との一戦。下克上を狙うETUは、スターティングメンバーにルーキー二人を投入。注目の飛鳥はベンチスタート。
GK 1番 緑川
RSB22番 石浜
CB 2番 黒田
CB 3番 杉江
LSB16番 清川
CMF 7番 椿
CMF 6番 村越
RMF17番 宮水
LMF19番 逢沢
OMF10番 ジーノ
CFW20番 世良
控え
GK 23番 佐野
DF 14番 丹波(SH)、 5番 石神 29番 飛鳥(CB)
MF 8番 堀田(OMF) 、15番 赤﨑
FW 25番 宮野(FW)
ヴィクトリー戦のメンバーがベースとなっており、変更点は左サイドバックに清川を抜擢。石浜はキャンプまで好調をキープしており、開幕スタメンに。
CBには黒田と杉江のコンビ。ここは鉄板か。中盤は椿と村越のダブルボランチ。二列目は機動力に優れたサイドと、司令塔ジーノ。キャプテンマークは村越。
ベンチ外
GK 31番 湯沢
DF 12番 鈴木(CB,SB) (RSB) 27番 亀井(CB)
26番 小林(CB) 、4番 熊田(LSB)
MF 28番 広井(SH) 13番 向井(CB)
24番 住田(CMF) 21番 矢野(SH)
FW 18番 上田(FW) 、 9番 堺
その試合は、序盤ETUペースで進むかに見えた。序盤から攻勢を強め、プレッシャーをかけるETUに対し、押され気味の磐田。
————こいつら、ペース配分考えているのかよ!?
————前半で決着をつけるつもりか!?
磐田の選手は動揺を隠せない。とにかく最短距離でゴールを狙ってくる東京の攻めに対し、戸惑いを見せている。
一方、ETUの選手の反応は————————————
————いける、いけるぞ!
石浜は手ごたえを感じ、ラインを上げていた。あの強豪磐田を押していると。
————俺たちは変わるんだ、今年こそ!
そして彼と同期入団の清川も攻め急いでいた。今は自分たちのペースだと。
————俺たちは変わる。今年こそ————
村越も、序盤からいい動きが出来ていることに手ごたえを感じていた。監督が志向する走る攻撃的なサッカーになってきている。
————おいおい、ライン上げ過ぎじゃねぇか、スギ?
————序盤に圧力を与える作戦はダメではないが————
最後尾はこの作戦に疑念を抱き始めていた。浮足立っていると感じた序盤の入り。あの村越も前のめりになっている。ここは方針を一つにするべきなのだろうかと。
————なんか、違う。この感じ、あの時と何か違う。似ているようで、何かが
そして椿は村越の上がったスペースをケアしつつ、中盤から見えた、チームに対する違和感を覚え始めていた。ヴィクトリー戦も前に出て奮戦していたイースト東京。この試合も前に出て戦っている。しかし何かが違う。
————おいおい。ペース配分とか知らないのか? ほぼスリーバックじゃないか、これは
————バランスが悪い。このままセカンドボールを奪い続ける作戦じゃ、いつかカウンターを食らうかも
両サイドのルーキーははっきりとチームの歯車が狂いだしていると感じていた。何か危うい、カウンターを受ける前の状態を強く想起させる状況。
「————————————————」
ベンチで戦況を見つめる達海も鋭い視線を外さない。
「行けますよ、これ。いいはいり方じゃないですか!」
コーチ陣も序盤の入りにしてはいい感じだと、考えていた。
両サイドからのクロスボールを跳ね返し、セカンドボールを奪えない状況下、
「あっ!」
セカンドボールの目測を誤った椿が磐田にセカンドボールをついに許してしまったのだ。一転してピンチ到来のイースト東京。
しかし、序盤から運動量を上げていくETUはすぐにボールホルダーの日本代表田辺にプレッシャーをかけ、黒田がその上りを遅らせる。
そして、誰もいないはずのゴール前への乱雑なクロスボールを上げさせる。
—————へっ、名手田辺がミスキックとはな!!
だが、前に出過ぎていた緑川の頭上をボールが通り過ぎ、ゴールネットを揺らしてしまったのだ。
『ああっとはいってしまったぁぁぁぁ!!! 磐田先制!!! 決めたのは田辺!! 意外な形でゴールが生まれました!!』
『クロスボールの精度が狂って功を奏しましたね。キーパー緑川も読み切れなかったでしょう』
「————ッ」
駆は唇をかむ。恐れていたカウンターでの失点。しかしすぐに両手で音を鳴らし、
「切り替え切り替え!! まだ序盤です! コンパクトに方針を統一させて、攻めましょう!!」
一方、いきなりの不運な失点を喫したイースト東京に対し、
「おいおい、あっさり決められたぞ。大丈夫かよ」
「前に出ていいサッカーしているし、とりあえず殴り合いの試合になるだろ?」
「——————ッ」
サポーターもある程度楽観している面々と、何か歯車が狂いだしていることに気づく者とに分かれていく。
「ああ、もう! サイドバックが上がり過ぎてスリーバックみたいになっているわ!! つっくんがバランスを保とうとしているのに、何よこれ!」
「ちょっと入り方が雑だったわね。攻めるのもいいけど、前の選手が得点を狙い過ぎているわ」
「駆も、戻ろうとしていたけど、サイドバックが空いた穴はケアしきれないし」
ピッチ上では、言葉が幾度となくかわされていく。
「いや、ここはいったん落ち着かせるべきだ。相手はカウンター狙いで来るぞ! まだ序盤、焦って点を取りに行く必要はない!!」
「そうだ! まずは落ち着こう!!」
「まずは守備からだルーキー!! 攻め急いだ結果がこれじゃ話にならねぇ!!」
しかし、中堅、ベテランの判断は違う。
「お、俺の空いたスペースを—————」
放心状態の清川。浮かれ過ぎていた自分を殴りたくなるような焦燥感。失点の原因は明らかに自分だと。
「切り替えてください、キヨさん!! 地に足付けて、ここはコンビで相手サイドを崩すべきです!!」
ミスのスポーツでもあるサッカーでミスを引き摺るままでは試合には勝てない。駆が年上の選手に臆さず喝を入れていく。
しかし、先ほどのロングボールの残像に臆した最後尾が上がらない。
「もっとラインを上げて!! このままじゃ、間延びした中盤を狙い撃ちされます!!」
「バカ野郎!! まずは守備だろうが!! 2点目を食らったらいよいよやばいぞ!! 序盤で2失点とか、絶対に許しちゃいけねぇだろうが!!」
駆と黒田の口論が起きるが、黒田はラインを上げない。杉江も理解を示してはいるが、駆の要望には応えない。
「バッキー! 仕方ないので、今はアンカー気味に守って!! こっちもフォローします!!」
駆は仕方ないと言わんばかりに椿に指示を出す。このままでは間延びしたスペースを狙われるし、それを見逃さない磐田だ。
「何やっているんすか!! 今は同点を狙うべきでしょう!!」
「僕のパスが効果的な位置までラインを上げてほしいんだけど」
そしてベンチの指示は下がるな、という命令。駆はこの混乱している指揮系統ではどうにもならないと思い始めていた。
————ダメだ、ここで下がったら反撃のチャンスすらなくなる。かといって僕まで上がったら椿さんの負担が……
「俺に預けてくれ、ジーノさん!! 何とかできるところまでビルドアップするし、抜け出せばチャンスを確実にとるので」
「確かに、この寸断された状態で出来ることは君か、バッキーの足しかないね。分かった、一瞬でも油断しないでおくれよ? 僕は君に最善手のパスしか出さないから」
そこで、青葉とジーノが決死の作戦を思いつく。青葉の脚力に依存する作戦。しかし、それしか現状手立てはない。ピッチの選手たちは行き詰りつつあった。
だが、状況は待たない。苦手のセットプレーからチャンスを作られ、何度も追加点の危険に晒される。
そして、ボールを保持して相手の出方を窺う磐田のボール回しに、しびれを切らした黒田が釣りだされてしまった。
「待て、クロッ!! それは罠だ!! 戻れェ!!」
杉江が静止するも黒田が簡単に抜かされた後だった。2対1という絶望的な状況を作り出され、追加点を許してしまう。
『決まった追加点!!!! 決めたのはU20日本代表のエース、小川良知!! 開幕ゴールは、チームを勝利へと導く、追加点となるのか!! 前半18分!!』
『ドリブルですよねぇ。相手の間合いを冷静に見極めて仕掛けましたね! プレシーズンマッチは好調のETUでしたが、厳しくなりましたね』
『波乱の中心と思われていたイースト東京ユナイテッド! 前半は苦しい展開!! 2点ビハインドを背負います!!』
「もう前に出るしかない。腹をくくるしかないんだ!」
「けど、それじゃあますますカウンターの餌食に……!!」
チームの意志が統一できない。崩壊していく戦術。
果敢に攻め込む姿を見せる磐田。徐々に中盤も押し込められてしまい、反撃の糸口さえ消えかかった絶望的な時間帯が彼らから闘志を奪う。
————こんなはずじゃぁ!!
————俺たちは変わる、そのはずだった————ッ
自分自身への失望が、彼らの足を鈍くさせる。尚も襲い掛かる磐田攻撃陣。
『ああっと抜け出されたが止めたぁぁぁぁ!!!』
中央でカウンターを阻止した村越がカード覚悟のファウルで止める。前掛りにならざるを得ないETUの窮地を救う。
『しかし、これはイエローカード! 村越に一枚目です!』
それでも、そんな絶望の中で足掻く選手たちがいた。その先陣が村越であり、反撃の狼煙を上げるのは、やはり7番だった。
「チェイシングしてボールを追い込みましょう!! 前半いい形を作って、前に出てチームを立て直すんです!!」
椿が大声で吠える。内気で大人しい、チキンな彼が意地を見せている。
「このままじゃ終われない!! 俺は終わりたくない!! ですッ!!」
椿が闘志を見せている。そして、彼のプレースタイルは常にフルスロットル。彼の闘志が徐々に失いかけていた中盤での影響力を取り戻させていく。
—————なんで、ここまで俺、熱くなっているんだ?
自分でも分からないほど、強い感情を解き放っている椿。まだその理由を知る瞬間は訪れない。
椿単独の高速プレス。単純だが最も効果的な突進力。彼のそれは中央での縦パスを防ぎ、パスコースを限定させていく。がむしゃらに、中央を走り回る椿の動きは空回りしていた。彼にだけ疲労が加算されていくプレーだった。
—————お前がここまで体を張って、最年長の俺が意地を見せられないのは————
だが、椿の努力を空回りにするかどうかは、自分たちが決めることが出来る。
もはや磐田の選手は安心していた。だからこそ、大やけどをしない選択を選んでいた。安易なパスコースを、それでいてチャンスメイクの起点になれるコースを探していた。
「っ!!」
だからこそ、ミスターETUの読みの鋭さに追いつかれてしまう。ベテランとして、長らくこのチームで第一線を張り続けてきた、彼の意地のプレーだった。
『ここでパスカット!! ETUの左サイドを狙った磐田のパスが防がれ、逆に楔のパスが入る!! ああっとここで、17番宮水のドリブルが始まる!! すごいスピードだ!!』
疾走するのは、ミスターETUの執念の縦パスをトラップし、トラップと同時にさらに加速する右の快足ウインガー。
世代最速の男、宮水青葉。
彼はトラップと同時にマークについていた相手選手を完全に振り切り、独走状態に。青葉は互いに数的に乏しいこの状況下で、下がりながらのディフェンスを強いられるセンターバックにフェイントで圧力を加えながら縦に突破していく。
—————くそっ、踏み込めば抜かれる、だが、かといって離れ過ぎると————
距離を話してしまえば、単純な脚力でゴール前への侵入を許してしまう。近づけばアンクルブレイクが待っている。どちらの選択も出来ず、中途半端に青葉をケアする状況に。
—————お前は、どんなゴールを奪いたいのか。それを試合前に考えとけ
キャンプの最中、青葉とともに磐田ゴールに迫る男は、監督に言われた言葉を思い出していた。
————お前は体格もない。技術だって並の選手だ。だけど、お前の運動量は、お前の直向きなプレーは、チームを勝利に導くこともあるんだ
体格がないというハンデをどうとらえるのか。持ち前の運動量をどう活かすのか。
————フォワードに求められるのはボールを持っていない動き、そして一瞬の抜け出し。
だけど、と監督はあと一つを付け加える。
————自分でスペースを生み出す。それが出来ればお前は——————
磐田の相方のセンターバックは、その男のファーサイドへと流れる動きを警戒していた。中央からは椿がものすごい勢いで走りこんできている。三列目からの強烈なスプリント。それが、彼に対するマークを薄れさせたのだ。
ここだ、と彼は心中で思う。青葉は相変わらずゴール前が見えている。だから彼が自分の求める最高のタイミングでボールを供給するかもしれない、
その確率にすべての浅知恵をフル活用した。
プル・アウェイ。姿勢を低くしながら、すり抜けるような逆の動き。そして気づいた相手選手を制する手の使い方。
その刹那だった。ここしかないピンポイントの場所へ、高精度な高速クロスが打ち上げられたのだ。
その男は—————フォワードの世良は、ここまで見事なクロスが自分の頭にくる経験をしたことがなかった。
—————お前を信じてよかった、
イメージが、青葉と世良の未来が合致する。
————お前を信じた、俺を信じることが出来たッ!!
後は合わせるだけ。首を振りながら世良は向かってくるクロスボールの軌道を逸らし、ゴールへと流し込むだけだったのだ。
『一点返したァァァぁ!!!! やはりこの男のクロスボール!! そして見事なゴール前での動き!! ETU反撃は、今期からレギュラー定着を狙う、若手の世良!! そして宮水青葉、これがプロ初アシスト!!』
『完璧なタイミングでしたね! 世良選手の動きを見ていた、そしてそこに通すだけの技術ですよ!! 世良選手の抜け出しを無駄にしなかった、個の力が叫ばれる時代ではありますが、このゴールはいいものです!!』
こんなところで、開幕でサポーターを失望させるわけにはいかない。ETUの反撃が始まる。
磐田は右サイドの青葉の突破を恐れ、ラインが次第に下がっていく。何より誰も青葉からボールを奪えないのだ。華麗なボールテクニックと不可思議な間合いで、誰も彼に触れることすらできない。
————なんで捉えきれないんだ!!?
————奴は魔法でも使っているのか!?
困惑する恐怖の対象。独特の間合いは日本人選手を翻弄する。そして、
「っ!!!」
躊躇し始める磐田のプレースピードが緩くなる。そしてそれを許す椿ではない。尚もチェイシングを止めない彼のプレスが、相手中盤の選手に左へはたくという選択肢を誘導する。
————椿さんの攻撃的な守備が、磐田に焦りを生んだんだ!
もっと言えば、世良の動きと青葉の個人技。少しずつ流れは傾き始めていた。
だからこれは、きっと必然なのだと、駆は思う。
『ここで逢沢ボールをインターセプト!! 読んでいました左サイド!! そしてすぐにジーノへ!! あっと縦パス!!』
ジーノは動き始めていた青葉に対し、一切の甘さを捨てた全力のパスを披露する。今までの彼からは考えられない、苛烈なパス。
正確なボールコントロールが信条の彼が、珍しく感情を乗せたロングフィード。
サポーターも蹴った瞬間はジーノのミスキックと思ったほどだ。
「ここでミスかよ!!」
「くそっ、カウンターが!!」
落胆するサポーター。誰もあんなスピードのボールに追いつけるはずがない。誰もが前半の勢いは終わったと、思っていた矢先だった。
「ちがうっ!! 青葉ならきっと追いつける!! だって彼は!!」
「彼の足なら必ず、追いつけるっ!!」
ピッチに立つ彼は、静かに微笑んでいた。
—————君なら追いつけるのだろう、青葉?
その苛烈なパスに追いつく彼の疾走を見て、彼は確信していた。
『抜けたァァァっぁ!!! 右サイドからの抜け出しで、完全にフリーだぁァァァ!!!』
「なんだぁあれは!!!」
「あのパスに追いつけるのかよ!?」
「ばけものが!! あれに追いつける日本人がいるのかよ!!」
「誰でもいいから止めろぉぉぉ!!」
「ファウル覚悟で止めろぉぉぉ!!」
悲鳴のような声が出るのは、磐田の応援席。怪物の疾走、怪物の一撃。先ほどの彼は、クロスから磐田の守備を切り裂いた。
そしてついに、化け物自らがゴールを奪いに来たのだ。
完全にフリーの状況。PA内に侵入した青葉の強烈な一撃がキーパーにしりもちをつかせたのだった。
『突き刺したぁぁァァァ!!!! ETU同点!! ETU同点!! 決めたのは16歳の宮水青葉!! 史上二番目となる速さでの快挙達成! しかも、プロデビュー戦、開幕戦でのゴールは史上初!! アシストとゴールの両方を達成したのも初の快挙!!』
大歓声がこだまする隅田川スタジアムが揺れ動く。歴史が動いた。歴史が動き始めている。その伝説の瞬間が今もなお起きている。
彼らは全員が、歴史の立会人と化していた。
『やはりその実力は本物か!! 怪物、宮水青葉!! 日本のフェノーメノ!!』
『一瞬の抜け出し、そしてジーノからの鋭い縦パスに追いつく脚力。とんでもないですよ、これは。二人の間に信頼がなければ出せない、難しいプレーでした!』
神奈川では同級生の、そして先輩になるであろう彼のゴールに皆が興奮していた。
「うおぉぉぉぉ!!! ついに決めやがった!!」
「さすがだな、青葉ァァァ!!!」
「見慣れた光景だが、やっぱ半端ねぇェェ!!!」
サッカー部の面々が喜びを爆発させている。練習中ではあったが、岩城監督の粋な計らいにより、大会議室で青葉と駆の試合を大スクリーンで観戦していた。
「歴史を変えろ————変えるんだッ、青葉君、駆君ッ!!」
熱のこもった声でつぶやくのは、岩城自身。自分の教え子、自分のサッカー部から巣立った選手たちが活躍している。今のは彼だけのゴールではない。
椿が追い込み、駆が仕留めた。そしてジーノが仕掛け、最後に青葉が決めきった。
決して彼だけのゴールではない。チームの皆でゴールを奪いに行くという意識は、少しも薄れていなかった。
—————そのまま駆け上がれ、駆け上がって、掴み取ってくださいッ!
そして、新入生として早くに合流を果たしていた矢沢と一条、青梅は青葉のプレーに目を奪われていた。
ゴールを奪った瞬間、すぐにボールを獲りに行く姿勢。前半で逆転してやろうとさえ思わせる鬼気迫る闘志。磐田を戦慄させるその決定的な実力。
その全てが、日本に足りないピースを埋めてしまう、選手像そのものだった。
「す、すごい—————これが、宮水選手—————」
青梅は、ただただすごいとしか言えなかった。こんな選手が世の中にはいるのかと、埼玉という狭い世界の外には、これほどの逸材がいたのかと。
「—————さすがに、あのスピードは凄い、な—————」
一条も、今のプレーをしろと言われたら出来ないと言えるだろう。ドリブルで相手を置き去りにするというプレー自体が今では困難なのだ。
トップスピード、さらに加速する状況下での正確なトラップとその次のプレーへの移行がスムーズだった。
あそこまでボールを操りつつ、俊足。日本では半ば反則じみている。
—————そしてここは、そんな怪物に食い下がろうとした巣窟。
誰もが彼に憧れ、共にプレーしたいと思える、その事実が光栄に思える場所。
————遠い、な。宮水選手の背中が
一条は、絶大な信頼を寄せられる絶対エースの姿に、悔しさと羨望の眼差しを送り続けるしかなかった。
その後、若い力とベテランが息を吹き返したETU。磐田は鬼気迫る勢いで、逆に自陣に押し込まれる時間帯を強いられるようになる。それは後半になっても変わらず、ついに———
『逢沢ミドルシュートぉぉぉぉ!!! 弾いたが、押し込んだぁァァァ!!!! ついにETU逆転ぇぇぇぇん!!! 世良今日2ゴール!! 試合をひっくり返しました!! 後半の10分!! ETU逆転です!』
『ジーノとのワンツーから抜け出した逢沢選手の威力のあるコースを突いたミドルシュート、そしてそのこぼれ球に飛び込んだ世良選手!! 今日は世良選手が、前線でチームを勢いづけていますね!!』
『そうですね!! 小柄ですが、世良選手! 今日は良く動けています!!』
現地のETUサポーターは大興奮。長らく見せていなかったシーズンでの劇的な展開。わくわくするようなサッカー。久しぶりにその醍醐味を味わうような展開に、熱狂している。
————これが、あのルーキー二人が入った影響なのか
コールリーダーの羽田は、今まで見せたことがない新しい力が躍動するチームに嬉しさと困惑を見せていた。
あの二人だけではない。20歳の選手である7番の椿。同じく1歳年上の世良。今シーズン雰囲気が少し違うジーノ。
あの二人の加入によってチームが変貌し始めている。
「うぉぉぉぉぉ!!! 見たか!!! これが今シーズンのETUだぁぁ!!」
「ついに逆転だぁァァァ!!!」
「一時はどうなることかと思ったけど!! すごい展開だ!!」
「声だせぇぇぇ!! 俺らの声で、チームを、選手を鼓舞するんだよぉぉぉ!!」
ETU!! ETU!!
ETU!! ETU!!
ETU!! ETU!!
「ETU!!」
長らく残留争いをした時とは声量が違う。
「ETU!!」
こんな興奮は、未だかつてなかった。
「ETU!!」
いや、そんな興奮が昔はあったのだ。
「ETU!!」
その中心にいたのは、かつてこのチームの星とさえ言われた男。
「ETU!!」
そして今、このチームの監督として戻ってきた男、達海猛。
試合はさらにETUペースに移行していく。黒子役として、椿とともにチームを牽引してきたあの男がゴール前に飛び出す。
右サイドから突破してきた青葉のクロスボールに合わせたのは逢沢。そのまま相手選手を背負いながらポストプレー、いったん中央のジーノに預け、世良がボールを貰いに来る。
「ハットだけは許すなァァァ!!」
「コース塞げ!! シュートを打たせるなぁ!!」
磐田が最後の自とばかりに世良のハットトリックを阻止しに来る。だが、ジーノは中央へと固まり過ぎた人垣を見て苦笑する。
—————空いているよ、そのスペースがね
世良へと視線を誘導させた駆がそのスペースへと走りこむ、その直前に手で指示を出す。ジーノは待っていましたとばかりに彼へとフライボールを送り—————
『トラップしてヒールで流し込んだぁァァァ!!! ETU追加点!! なんということだ!! こんなことが起こり得るのか!! ゴールデンルーキーコンビが、開幕戦!! 揃ってゴールを決めて見せたァァァぁ!!! 後半の38分!!』
『スムーズで力みもありませんでしたね。相手ゴールキーパーの位置を見て素早く流し込みました。これが出来るルーキーというのも強心臓ですねぇ!』
『決定的な一撃、ゴール、ダメ押しとなったでしょう!!』
そしてそのまま、
『ここで長い笛ェェェェ!!! 試合終了!!! 激闘を制したのは、ETU!! 長らく低迷してきた浅草のクラブが、ついに旋風を巻き起こすのか!! ド派手な大逆転劇で、開幕戦白星発進!!』
肩を落とす磐田の選手たちと、呆然とする磐田サポーター。カモに出来るかもしれないと言われたETU相手に白星を献上してしまう異常事態。
しかし、その傲慢こそが致命傷の致命打であった。彼らは気づくべきだったのだ。
宮水青葉は既に国内トップクラスの脅威であることを。
ピッチで手に膝をつくのは、U20日本代表のエースストライカー、小川良知。
—————あれが、世代最速の怪物、宮水青葉か————ッ
得点力不足が叫ばれる自分たちの世代に割って入ろうとする新進気鋭の逸材。あんな選手がサイドにいれば、何度でもチャンスが来るような感覚さえ持ってしまう。
「規格外すぎるだろ、ETUの両翼は—————」
そして、日本代表田辺と互角以上の勝負を演じた逢沢駆は、間違いなく逸材だと突き付けられた。それは本人が一番よく知る事実だ。
この日、昨年王者が開幕戦を白星発進したり、浦和がまさかの引き分けスタートなど、各試合で見どころはあった。
しかし、ETUほどの鮮烈な印象を与えたチームはいなかっただろう。
—————ETU開幕戦爆勝!! 磐田を4発粉砕!
—————逢沢&宮水 開幕アベック弾!! 黄金コンビ勢い止まらず!!
————期待の若手、世良!! 2ゴールでレギュラー奪取だ!!
————これまでとは違う、攻撃的サッカー! 達海劇場開演!!
ついに全国区で轟き始める伝説の1ページ。しかもそれは高校サッカーの舞台ではなく、プロサッカーリーグの舞台だ。
実績と階段をまた一つ積み上げ、登り始めた彼らの前に、世界への挑戦権は開けるのか。
~今回の磐田戦~
青葉「2失点は言い訳できない。もう少しやり様はあったはず。1得点は寂しいな」
駆「最後しか仕事できていない。この悔しさは広島戦にぶつける」
黒田「CBは今後ローテかよ。てか、CBの仕事増やすのかよ」
杉江「確かに、プレッシャーの薄い最後尾でビルドアップを組み立てるのはセオリーからして間違いではない。新しいチャレンジだな」
世良「最後決められなかった! 悔しい」
椿「ちょっとは頑張れたかな?」
村越「必要なカードだった。だが、もっと楽な試合にもできたはずだ。今からミーティングを。もっと連動した守備を追求しないと」
達海「守備の脆弱性を突きつけられたけど、選手がそれに自力で気づけて良かったぜ。やっぱ選手がその気にならねぇとな。教える側としてはね」
まっちゃん「ま、まさか、その為に前半の無策を!?」
達海「俺の予想では負けてた。覆したのはアイツらのおかげだよ」