騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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第五十九話 夢の在処

—————パススピードが、速くなった?

 

一条と悠介の即席のプレス包囲網など意味がない。パスコースを限定する前に、相手がまず個人技で仕掛ける状況。ズレるパスコース。

 

————くっそぉぉ! これがチャンピオンチームのボール回しかよ!

 

ボール回しのスピードが根本的にけた違いで、数的有利を作ることさえできない。今までは踏み込むことが出来ていた間合いにすら入れなくなり、矢沢は苦悶の表情を浮かべながら相手選手をチェイシングする。

 

 

—————的場が中に入る動きが増している! けど、荒木さんの突破も怖いな。どうすれば————ッ

 

真鍋もフォローできるだけのキャパシティを超える展開の速さに走らされる時間を強いられる。今までが本気ではなかった。手を抜かれたことを痛感させる辛い時間帯。体力以上に心を削られるような感覚。

 

青葉が何かを叫んでいるが、聞こえない。疲労による影響で視野が狭くなり、指示が理解できない。そんな彼の少々拙い状態を把握した青葉は。

 

「ちょっ、真鍋君!? すいません岩城さん。真鍋君が——————」

 

「———————頭を使い過ぎましたね。これ以上は怪我の原因になりかねない」

 

突然上級生がボールを外に出し、その直後に交代選手の笛が吹かれる。指名をされたのは真鍋。

 

 

「お、俺?」

 

疲労困憊の彼はその理由について考える余力すらなく、ふらふらとベンチに下がる。慌てて青葉に抱き止められ、支えられるように椅子に座り、スポドリを渡される。

 

「すまない。真鍋君に任せるタスクが多すぎたね。」

 

「いいん、すよ。見方が変わったんです。サッカーって、こんなにも頭を使うのかって」

 

其の後、ハンデとして下級生ボールでプレーは再開するが、分厚い守備を誇る上級生の壁を乗り越えることすらできない。一転してカウンターの際は荒木がロングレンジからシュートを打ち、あっさりと追加点を奪われてしまう。

 

「まあ、あいつらはレベルの高いここでサッカーするんだっていうんだ。なら、今の俺らを見せねぇとな」

 

荒木の運動量が増し、2,3人ならばいなしてしまう彼のポジショニングとテクニック。中央が空くことになり、高瀬へのボールが増えていく。

 

 

まともにフォアチェックも出来ず、高瀬との競り合いで梅谷がボールを刈り取ろうとするが、けた違いのフィジカルを前にびくともしない。

 

—————これが、世代最強ストライカーのフィジカルっ!

 

大分自陣に押し込められている下級生チーム。ここで、明らかに的場に誘われた蒼井恭介がファウルを犯してしまう。

 

————誘われたッ! この位置、まさか荒木さんが?

 

フリーキックの名手、荒木。彼がここにいるのなら彼が当然狙ってくるだろう。しかし、

 

「—————————ッ」

 

そのキッカーは織田だったのだ。キャプテンマークを腕に巻く彼が、荒木を差し置き、単独でキッカーの位置に。

 

一条はその織田の立ち位置を見て、最後の最後、雰囲気にのまれてしまっていた。明らかに立ち慣れている姿、冷静そのもので、自信に満ちている。

 

そして———————

 

「———————うそ、だろ」

 

 

「な、なんだよ、今の軌道———————」

 

 

「—————う、動けなかった—————」

 

 

飛び上がって跳躍した下級生の壁。それをあざ笑うかのような外側に流れる軌道。ボールの回転はすさまじく、曲がりながら枠内へと突き進み、急激に落ちるシュート。

 

キーパーは一歩も動くことすらできず、ただそのゴールシーンを眺めるだけ。その得点劇に最もショックを受けているのは彼らではない。

 

 

 

——————レベルが、違う。俺のフリーキックとは……

 

強烈なキック力と、膨大な練習量に裏打ちされる正確性。矢沢の助けがあって決めきれた得点と、一撃で有無を言わせず得点した織田のフリーキック。格が違った。

 

一条は、絶対王者であるレギュラー組の片鱗をこのピッチで心底叩きつけられることになった。

 

 

試合後に聞いた織田の話では、

 

————青葉に、絶対に勝てないと言わせる武器が、欲しかったんだよ

 

—————俺だってワールドカップを獲りたい。点取りタイプではないとしても、ここぞの場面で、頼れる選手でありたい。だから俺は今、本気で焦っている。危機感を持っていると言っていい。

 

 

まだ総体、選手権連覇の主将という地位では全然足りないのだと。もっと圧倒的な結果を、プレーが求められると自分に言い聞かせていた。

 

そして青葉の名前を口に出すたびに、織田を含めた上級生たちは、誇らしげに語るのだ。

 

 

怪物に影響を受けた上級生たちの実力は桁違いだった。本気を出し始めた上級生のボール回し。一条は織田に対してプレスバッグを行うが、簡単に振り切られたり、躱されるケースが目立った。前半の動きは明らかに手加減をされている、ダイレクトプレーの選択がほぼなかった。

 

高瀬は前後半合わせてフィジカルとキープ力で圧倒。的場はサイドで張るという縛りを食らっていた。

 

フルメンバーではない。そしてフルメンバーはもう揃わない。しかし、当落線上の選手でもこの実力なのだ。一条が取り組んできたボール回しの数倍は展開が早いのだ。

 

 

織田のフリーキック後のリスタートの数分後、長い笛が吹かれて試合が終わる。反撃を見せた後輩組ではあったが、レギュラー組でもない選手たちの個の強さを試合終盤で見せつけられた形となった。

 

 

組織の重要性と、組織の中で活きる個の強さを体感した下級生組。特に真鍋の疲労は下級生の中でも群を抜いていた。

 

—————こ、こんなに試合中に考える事なんてなかった。

 

そして下級生たちは、個人技だけで打開できない高校サッカーの厳しさを痛感するのだった。

 

まあ、選手権の優勝メンバーが残っているので、善戦しただけでも凄いのだが。

 

 

「まさか、指揮方面でここまでできるとは。見事な采配ぶりでしたよ」

 

2対5と敗れたものの、BチームがAチームに見せた健闘は、いい刺激になったと岩城は言う。

 

「いえいえ。選手に助けられましたよ、岩城監督。しかし、終盤のボール回しは反則じゃないですか?」

 

あれを下級生に食らわすのは酷ですよ、と苦笑いする青葉。手だてが思いつかず、選手たちにつらい経験をさせてしまったと反省もしているのだ。

 

「しかし、彼らには半年であのボール回しに参加できるようにしてもらいます。江ノ島のサッカーは後ろから。そして守備は前から始まります。組織的な動きが複数できるようになれば、必ず世界で爪痕を残せるようになりますからね」

 

しかし、岩城監督は妥協を許さない。個人技で甘えている時点でダメ。組織の歯車となるのも及第点ギリギリ。組織の中で自分の強みを再確認させ、それを活かすにはどうすればいいのか。岩城が考えてほしいのはその1点だった。

 

「では、俺は色々と反省会をするので。けど、アマチュアトップクラスどころか、うちのボール回しよりも早い展開を体感できたのは、よかったと俺も思いますよ」

 

 

レギュラー相手に健闘したものの、後一歩の差で負けたBチーム。青葉と同学年の選手もいるが、半分は一年生がいるメンツ。

 

「前半は、とにかく的場君のカットインにやれたね。個人でやられた場合は本当にどうしようもないし、的場が一枚上手だった。だけど、もう少し味方の戻りを稼ぐ余裕は必要かな」

 

「的場先輩半端ないっすよ。俊敏で縦に行かれるかもって思ったらもう距離を離されているし」

 

しかし、と下級生たちは前半でいいようにやられた的場に対し意見を言う。

 

「けど、後半は縦をある程度許したら守りやすくなったっすね。これなら追いつける、最悪ファウルで止める、割り切ったら苦しさが半減しました」

 

「そうなんだよ。抜かれた後の対応をきちんとすれば、組織として的場君を止めることは出来る。一人抜いたとしても時間を稼げば人数は揃うし、ファーストディフェンダーの逆を突いて的場君を起点にカウンターを行うことも可能だ。ドリブラーの宿命だよね、これは」

 

後半、青葉の指示でサイドに追い込まれた的場は、バックパスが目立つようになった。コースがなければドリブラーは基本無力化される。そして突破できる初速は身体能力的にやや物足りない。

 

「ただ、動き出しにバリエーションが増えた瞬間、止めきれませんでした。目の前の選手だけではなく、他の選手に囲まれているような感覚さえあって」

 

出場選手たちは口々に訴える。常に数的不利の状況に陥ってしまったと。パスコースを封殺され、パスコースを封じたと思えばパスコースを作られる。

 

「先輩たちのポジショニングは流動的でした。退いた後、ピッチで見ているとそれをより一層感じました」

 

「連動する動きはすさまじかった————っ。あれが王者なのかよ」

 

ドツボにはまりそうなので、青葉はいったん話の話題を変える。次に、守備陣の解説だ。下級生たちも渋々といった様子だが、やはり褒めておかねばならない点まで見失わせるわけにはいかない。

 

「武智君が高瀬をうまく抑えてくれたおかげで、サイドの守備は機能したね。あの動きは今後も続けるべきだ。格上のフィジカルとやり会う機会は、この先どんどん増えてくるからね」

 

次に攻撃面での感想だが、

 

「特に、蒼井兄弟の崩しに連動した、一条君の発想はよかった。スペースを作ったり埋めたり、移動したり。アタッキングサードで違いを二列目が出せられるようになれば、チャンスは増えてくると思うな。ボランチも二列目も、ボールを受けることだけを考えるんじゃなく、誰かのスペースを作る、ボールを持っていない時の動きについて考えてほしいんだ」

 

「はいっ!」

 

 

「最後、悠介君のダイレクトシュートは攻撃的でよかった。思い切りの良さは、時に相手に脅威を与えられるからね。その後のシュートフェイントがより活きてくるよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「へっ、俺ら兄弟はやるだろ、青葉先輩♪」

蒼井兄弟のミスはなかったが、まだ守備面での強度が少し心もとない。ワントップを助ける守備は練習で磨かれるだろうし、ボランチもフィジカル以外で勝負できるディフェンスがないこともない。

 

「二人の連携をイメージして、出来るだけいいポジションにいたのが功を奏しましたね。青葉さんの言う通り、フォローできる場所に行けば、チャンスになりましたし」

 

一条も、速いパス回しに難なく適応できる兄弟に注目しているらしい。

 

 

 

この試合で一番痛感したのは、上級生たちが単独で仕掛けを行う数の多さだ。逆にポゼッション時に下級生たちが仕掛けても簡単にボールをロストするシーンが目立った。

 

いつの間にかパスコースが増えており、警戒した瞬間に抜かれる。プレースピードで負けている感覚が常にあったという。

 

 

だが、やはり個人技を仕掛けてあまり通用しないという事実は、攻撃陣の今後に厳しい。何しろ先輩たちは、宮水青葉のドリブルを止めるためにあらゆるリスクと向き合い、対応する練習を1年以上行っている。

 

そして日本人選手らしくなく、すぐスライディングでボールを刈り取るのだ。強烈なタックルは時にファウルと判断されかねないが、それはほとんどのケースでボールに足が先に触れているのだ。

 

そんな一対一では鉄壁の守備を持つ先輩たちに対抗するためには、どうすればいいのか。

 

 

「えっと、青葉先輩が言う間合いって、どういうことですか?」

 

そんな中、梅谷は青葉の言う間合いについて尋ねたのだ。

 

「そうだな。真鍋君、ちょっと手伝ってもらえないか?」

 

「え、は、はい!!」

 

いきなりの指名に驚く真鍋。ユース昇格できなかったとはいえ、荒木をある程度抑え込んでくれたのは大きかった。彼がこの試合の功労者なのは間違いない。

 

そして、織田ほどではないが、守備面でSBとCBをサポートした点は見逃せない。

 

 

「俺がドリブルするとき、重要視するのは角度と間合い。後は時間。まず角度がないとコースがないから抜くこともできない。角度がない時には人間の死角でもある頭上、左右の揺さぶりで股下とか、手はあるんだけどね」

 

「なるほど」

 

「頭上っていう発想がなかったかも」

 

後輩の面々は、青葉の言葉に耳を傾ける。プロで活躍する先輩の言葉に興味津々のようだ。

 

「そして俺がさっき言っていた間合い。それは相手の間合いと自分の間合いを指すんだけど、まずは相手の間合いを確認する必要があるんだ」

 

青葉は真鍋にボールをキープさせ、足を大きく伸ばした。真鍋が丁度ボールを持っており、青葉の足がギリギリ届かない場所。

 

「切り返しや相手選手を抜く時、体を投げ出したりするときに届くのが、大体このくらい。個人差でこの距離は変わる。まずは相手のこの距離感をイメージするのが大切。これが大前提」

 

「なんか、意味が分かる気がします。俺もやばい時はこうやってドリブラーを止めたりしていましたし」

 

経験者として語るのは真鍋。ユースジュニアで多くの強者と渡り合った経験が活きる。

 

「そして、それを考慮したうえで角度を作らなきゃいけない。この円の外を通ることによって、相手にボールを触らせず、前に進むことが出来るんだ」

 

 

「けど、さっき言っていた時間がそれを難しくします。ディフェンダーだってバカじゃない。動き直して間合いを測り直してくるじゃないですか?」

 

 

「そう。そこなんだよ、矢沢君! その時間を遅らせたり、相手を止めたりするのにフェイントは必要なんだ。ま、中にはスピードで一気に抜き去るのが正解の場合もあるけどね」

 

 

「こうやってオコチャダンスしたり」

 

足元でボールを動かし、小刻みにステップを刻む青葉。

 

「1,2,3で抜くのではなく、1,23だったり、12で仕掛けたり、テンポも重要になるんだ。要は相手のバランスをフェイントで崩したりする。よし、一回君に仕掛けるから準備しようか、真鍋君」

 

「は、はい!!」

 

 

そして観衆注目の中行われた対決は——————

 

「あ、あぁぁぁあ!!!」

 

捉えたと思ったボールが足元から逃げていき、また下を突かれた真鍋が絶叫。切り返しからの一瞬のキャンセルの後、重心をずらされた瞬間にエラシコで股下を通されたのだ。

 

青葉は真鍋の足の届かない円の間合いを意識して、外側を走って加速し、あっさりとボールに追いついた。何よりすさまじいのはジョギング程度の速度であの真鍋が抜き去られたということだ。

 

まるで淀み無い滑らかな動きだった。

 

「と、このようにスピードがなくても重心をずらされた相手選手はすぐには動けない。気にするのは股下を通したときの強弱。緩すぎると閉じられるし、強すぎると二人目の選手にボールカットされる。ここで力んだらダメなんだ」

 

青葉はあえてスピードを落とした状態で実演したのだ。みんなにもこれは出来るぞというように。

 

その意図を感じた一条は心が熱くなる。教導役としても凄い実力を持つ彼は、規格外だと。

 

—————まるで教本のような動き。でも、あの速度で抜け切れるなら————

 

自分にも活路が出てきたと嬉しさを隠し切れない一条。

 

「ごめんな、真鍋君。実演するにはもう一人必要だった。」

 

「い、いえ。守備側にもいい勉強になりました!」

 

逆に感激され、興奮する真鍋に苦笑いの青葉。

 

「よし、次はディフェンス側の話をしようか。こうなってくると—————」

 

岩城は、これまで培ってきた経験を後輩たちに教える青葉の姿にニコニコしていた。

 

—————本気で日本サッカーを変えたい。その意図が伝わりますよ、青葉君。

 

輪の中心でサッカーを教える青葉。彼も笑顔だった。それこそ、岩城が目指していた未来の構図の一つ。

 

後輩たちにとっては幸せな時間が終わり、青葉はこれから埼玉スタジアムへと向かう。代表召集までぎりぎり粘っていたのだ。

 

一人一人、続けていくべき点と、こうすればもっと上手くなるかもしれないと意見を述べる青葉。異論があればすり合わせを行う姿は、頭から否定する欠片もないものだった。

 

 

「梅谷君。試合で見せた体幹の強さはこれからも存分に鍛えてほしい。間合いと、ドリブラーの角度も塞ぎつつ、相手に仕掛けを誘発させる、その間合いを意識しながら距離を詰めれば、高確率で止められる。頑張れよ」

 

「は、はい!! ありがとうございます!」

敗戦の責任を感じていた梅谷の向学心は高く、教え甲斐もあった。だからこそエールを送る。

 

「真鍋君は、堀川の動きを盗むんだ。彼の思い切りの良さと冷静さは、君の今後に必要になる」

 

「はい!」

 

 

「武智君は筋肉を見せない事。気持ちはわかるが————うん、そうだな。彼女でも作れば変わるかな?」

 

「え、えぇ!?」

 

冗談気に、しかしちょっとハードルの高いことを注文する青葉。

 

「矢沢君は折角スピードがあるのだから、今後はもっとこの円の間合いを意識して、仕掛けを早くするといいかも? 後はドリブルの姿勢を高くすると、見えてくる景色もだんだんと変わると思うよ。今日のがむしゃらさは忘れず、そのドリブルをどこで使うのか、ポジショニングから考えてやれば、コツを掴めると思う」

 

「はい!! 姿勢は意識してやってみます!!」

 

 

其の後青葉は、サイドハーフの守備面での貢献し方など、色々と実戦向きのアドバイスを送りつつ、時間が過ぎていく。

 

 

反省会終了後、一条と青梅、その双子の姉である優希と、見知らぬハーフの女子生徒に出会う青葉。

 

「すまないな。教えるのが楽しくて、君との時間を作れなかった。これは俺のミスだな」

 

「いえ! 俺も貴重な時間を割いてまで、攻守の基本を改めて知った気がするんです! こちらこそありがとうございました!」

 

すぐに意気投合する二人。そんな二人を見て青梅は色々な感情が沸き起こる。

 

—————俺のせいでって、ずっと思ってきたけど—————

 

階段から落ちた大けが以降、一条は階段を手すり無しで歩くことが出来ない。ゴールデンエイジの時間を無駄にしてしまった負い目もある。

 

しかし、すべてはこの神奈川で宮水青葉という屈指のプレーヤーのアドバイスを聞ける環境に辿り着いたことこそ、幸運だったと思えるようになった。

 

それが、結果的に青梅の心を吹っ切れさせる一因になったことを、青葉は知らない。

 

「頑張ってくださいね、宮水先輩! 代表戦、楽しみにしています!」

 

「そうだな。出るからには見せ場を作るさ。俺も先輩として、いいところは見せたいしね」

 

優希の激励に事も無げに対応する青葉。弟ながら、最近成長著しい姉に、ドギマギしないのはさすがだと思った優人。

 

「ところで、君は? どこかで見たことがあるような気がするんだが—————そうだ、フィギアスケートの子だね?」

 

「はい! 滝沢アンナです! お会いできて光栄です!」

 

金髪でハーフの有望選手でもあった滝沢アンナ。世間はルックス重視で彼女に注目しているが、大けがからの復帰で目覚ましい活躍をしていると聞く。それに、さきほどから一条の方を見ている仕草が気になる。

 

岩城の話では、ハーフの子がよくマネージャーのお手伝いに来てくれると笑っていた。自主練習で練習場に来ない時もあるらしいが、本当にてきぱきと動いてくれる子だと。

 

美島からの報告によると、一条に熱い視線があったりなかったり。

 

—————ま、いいさ。一条が恋愛に現を抜かすような男ではないからな

 

そんな少女のことは置いといて、青葉は下級生たちがこの試合でいい刺激を貰ったことを喜んでいた。

 

 

下級生たちは、ここまで組織という言葉を突きつけられたことはないだろうと思う。帰るころにはみんなの目つきが違っていた。

 

 

————這い上がって来いよ、お前たち。俺はお前たちの前を走り続けるからな

 

かつて、自分もそうだった。ならば自分にその時が訪れたということだ。

 

 

そして何か、この江ノ島で後輩が出来て、自分の心に変化があることに気づく青葉。江ノ島に来て連係も増えた、交流も増えた。

 

誰かの期待や、誰かの目標になるケースが多くなった。

 

————これがプロなのかな、達海さん

 

誰かの夢や期待を背負ってプレーするのが、プロスポーツ選手だというなら、自分はプロの実感を初めてしたのではないかと。

 

 

彼は、幼少の頃抱いた夢を思い出す。

 

 

—————達海さんのパスを貰って、俺が決める。今思えば、かなり現実的ではない夢だったかも

 

無邪気で無謀で、非現実的な夢だったと我ながらおもう。しかしあの人が、多少の年齢による劣化でどうにかなる選手ではないと信じたかった。あれほどの技術があるなら、年齢の問題なんて多少は押し通せる気がすると。

 

 

けどもし———————

 

 

 

もし、達海猛が壊れるなんてことがなければ。

 

 

もし、ボディコンタクトの激しいプレミアに移籍せず、治療に専念していれば。

 

 

未だに彼が現役を続けていれば、その夢はあり得たかもしれない。きっと今でも彼は代表の第一線で活躍できていただろう。

 

 

「————————————ははっ、つまらない悩みだよな。これは」

 

 

過去を変えようとしたもう一人の自分はどうなった。過去を変えた結果どうなった?

 

 

奇跡はもう二度と起こらない。そして、奇跡の代償を受け入れた彼は、世界から消失した。

 

 

—————分かってる。わかってるよ、王様。やり直しなんて望まない。達海監督はもう選手として終わったんだ。

 

 

 

青葉はいつかの代表合宿で逢沢傑にだけ、本音を吐露した。

 

 

—————達海さんをお前に重ねて見ていた、なんて言ったら激怒されたよな

 

 

俺は俺だ、達海猛ではないと。しかしその後

 

 

『なら俺が、達海猛って選手を超えてやる。俺が、お前の一番の理想になってやるよ。それで文句ないな、青葉』

 

 

『俺たちが、日本代表を勝たせるんだ』

 

 

そんな言葉を言ってくれた彼は、逝ってしまった。だからこそ、荒木以上に絶望もした。だがここで歩みを止めれば、傑に怒られるだろうし、何よりそんな情けない自分を許せなかった。

 

 

逢沢傑の隣に立った男なのだ。彼の夢も、ここにはある。だから、宮水青葉が夢を諦めるなんてことは、あってはならない。

 

 

『憧れるだけなのはもう、嫌なんだ』

 

彼のガールフレンド兼恋人が、そういえば嬉しそうに語ってくれた。半分以上、過半数以上、ほとんどが彼に対する惚気話ではあったが、その一言は、青葉の救いでもあった。

 

『最近、椿君が凄い頑張っているよね。まあ、年下の私が君付けなんて失礼だけど』

 

 

元恋人のラインを通じて発覚した先輩選手とのいい感じの関係。それに不満ははない。もう終わったことで、仕方ないことだ。

 

 

仕方のないことなのだ。

 

 

 

『でも、椿君が7番として入団したのも、未だにその番号のままでいるのも、なんだかわかるなぁ』

 

 

だが、その後の言葉が青葉には突き刺さった。

 

 

『椿君のプレーって、インパクトを時折見せてくれる達海さんそっくりで、いつの間にかみんなを巻き込んだサッカーするよね。開幕戦のハードワークから、スイッチが入ったような気がするし』

 

 

その時の自分は画面上でどんな顔をしていたのか。正直、青葉自身にもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

一条は夜に電話を掛けた。相手は埼玉の諸星美起也。2つ下の後輩で、かつてのチームメート。江ノ島で宮水に出会ったこと、練習での内容のことも。

 

そして、青葉の指導を今日聞いたこと。あの敗戦以降、ずっと気になっていた後輩は今どうしているのかと。

 

 

「でも、やっぱりすごいっすね、江ノ島は。ひょっこり青葉選手がいるし。俺もそっちに入学したいと思うようになりましたよ!」

 

「ああ。ここはいいぞ、先輩方も上手いし、何より展開が早い。お前のプレーもきっとかみ合う!」

 

その夜、サッカー談義で盛り上がる二人だった。

 

 

 

しかし、一条は何度目になるか分からない挫折をこの日味わったのだ。正直なところ、自分の取り組んでいた試みのはるか上を行く江ノ島のサッカー。織田の正確なキックと献身性は、アンカーやレジスタに特化したものだった。

 

諸星との電話を終えた彼は、今日の試合のことを考えていた。

 

 

チームを勝利に導くための黒子役。そしてフリーキックの時に見せた凄み。あれはスピード、コースともに完璧だった。

 

矢沢は簡単に一対一で止められ、蒼井悠介は罠にはまってカウンターの起点に狙われていた。そして自分は織田に対して大したプレッシャーもかけられず、本気のボール回しをされた際はボールに触れることすらできなかった。

 

 

大けがをして感覚が壊れた時ほどのショックではない。それとは別のベクトルで揺さぶられる衝撃だった。

 

「ここが、江ノ島高校なんだな」

 

自分に言い聞かせるように一条はつぶやく。

 

 

「ここが、プロに最も近い高校」

 

 

ここで挫折を味わうのは、今日で最後ということにはならないだろう。日々の練習で、今までの自信は粉々に砕かれるかもしれない。より高いレベルの目標を掲げれば掲げるほど、それは大きくなるだろう。

 

 

——————俺は一度、選手として死んだ。だから、これぐらいの逆境、どうってことないさ

 

 

 

—————いつか、青葉先輩を差し置いて、俺がエースになる、なんて言えるぐらいビッグになりたい

 

 

確かに彼は自分の憧れの一人だ。同じピッチに立ってほしいと思える人だ。しかし、憧れで終わるわけにはいかない。自分はとことん頂点を目指す。だからこそ、彼の脇役の一人に甘んじるつもりはない。

 

 

————誰かに寄り掛かった夢には縋らない。俺が、俺自身がどこまで行けるのか。じゃないとここでは、江ノ島ではやっていけないんだ。

 

 

元天才の挑戦はこの高校で2年間続くことになる。彼が高校卒業後にどこへ行くのかはまだ分からない。しかし、怪物たちに挑戦し続けた先人と競い合うことで、彼の未来はより高い場所へと変貌していくだろう。

 

 

 

彼は、絶対にあきらめることをしない男なのだから。

 

 




本気を出した上級生の貫禄勝ち。しかし半年後、このボール回しに参加する下級生達の姿が、なんて事になります。

ちなみに、織田君のフリーキックはガンバの遠藤選手に近いです。

そして、青葉は勿論リアルタイムで達海最後の試合を視聴済みです。
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