騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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記念すべきお気に入り1000件達成。

1年間続いた作品で大台到達です。ありがとうございます。

そして60話です。


第六十話 早過ぎたギフト

リーグジャパン一部に所属する浦和レッドスター。現在2勝1敗でそこそこのスタートを切った埼玉の強豪。そのチームに所属するルーキー鷹匠は、レギュラー争いに勝利し、現在スターターの地位についていた。

 

—————リーグ戦に3試合出場し、2得点か。だが複数得点で1試合取っただけ

 

カップ戦は主力組が出ないということもあり、鷹匠はメンバーから外れたので出場機会無し。しかし、プロで戦うことで見えてきた課題もある。

 

————けが人で思うような布陣が出来ていない

 

ダイスラー監督も選手のやりくりに苦労している。それほど攻撃陣は痛手を被っている。

 

そして、そのけが人こそ彼のライバルだった。

 

————序列を覆すのは並大抵のことじゃねぇな

 

そして、そのチームの攻撃を支える彼自身の代表召集。その先でかつてのライバルたちと出会う。

 

 

—————飛鳥に、青葉。そして

 

この代表チームで唯一世界を知る男、堂本貴史。パワフルなプレーが魅力の右サイドハーフにして、フローニンゲンの右ウイング。

 

すでにプロに身を置く選手が多い世代。一年生の飛鳥や秋本、鷹匠よりもキャリアのある選手が多いのだ。

 

電車の中で、招集メンバーの一人と出会うことになった。秋本直樹だ。

 

「久しぶりだな、鷹匠。そっちもプロで頑張っているみたいだな」

 

「ああ。そこそこやれているぜ。代表のフォワードの1枠、お前には負けんぞ、直樹。」

 

「それは俺もさ」

 

近況報告をしつつ、彼らの話題は噂の彼にスライドしていく。

 

 

「奴に会える日は楽しみにしていたし、あのクロスは面白そうだ。俺も、彼のその後の活躍は励みになっているよ」

 

神奈川でしのぎを削ったフォワード同士、青葉とはかかわりがある。秋本は横浜のツートップの一角を担い、3試合で2得点1アシストを決めている。

 

横浜や浦和としては、秋本と鷹匠が抜けるのは相当痛いが、今後の未来のために送り出したと言える。

 

「さぁ、代表ウィークだ」

 

 

一方、突然の代表召集で電車での移動を検討していた飛鳥と青葉は、有里が送迎することになった。

 

「俺もちゃんと免許取らないとな」

 

「そうだな。空白期間に短期で受けられるコースを申請しよう」

 

「そんな気を使わなくていいの!」

 

有里の自家用車でもあるアクアに乗って、埼玉まで直行の二人。

 

 

そして成田空港では———————

 

 

「堂本選手!! 今回の招集メンバーについて何か一言!!」

 

「フローニンゲンでの活躍について!!」

 

 

「堂本選手!!」

 

「今回の代表戦への意気込みを!」

 

がやがや、

 

成田空港には金髪の男性が記者陣の囲みを食らっていた。

 

「勝利に、貢献する、それだき————んん、それだけ」

 

サングラスを外さず、堂本は大したコメントも残さず去っていく。

 

「相変わらず、カメラ前だと口数少ないな」

 

「そして表情を変えてなかったが、噛んでいたな」

 

「カメラの前だと相当緊張するらしいですね」

 

「一方で、最近心を開いてくれているのにな、宮水選手は」

 

「まあ、下手な報道すると尻尾を踏んでしまいますけど」

 

続々と集まる代表戦士たち。代表合宿場に集う。

 

GK  真弓慎一郎(福岡) 相馬元気(鳥栖) 水野邦夫(名古屋)

CB  飛鳥亨(ETU)   城達哉(讃岐)  井口譲二(浦和) 本田マイケル(明治)

右SB 幕張健吾(湘南)  中条渉(岡山)  

左SB 赤間弓彦(讃岐)  沖名太陽(山形) 

CMF 安川走斗(千葉) 工藤春雄(岐阜) 伊達直哉(仙台) 榎本文人(新潟)

OMF 石渡翔悟(仙台) 清武周人(大阪C)    

RWG 堂本貴史(フローニンゲン) 宮水青葉(ETU)

LWG 九鬼鉄心(大宮) 小川良知(磐田)

CFW 秋本直樹(横浜)鷹匠瑛(浦和)

 

監督 西野 直人

 

ピッチでの練習前、西野はメンバーを集める。

 

「監督の西野だ。常連はともかく、初顔合わせの連中にも改めていっておく」

 

「ここのメンバーは、5月のワールドカップに向けた最終メンバーという自覚を持ってプレーしてほしい。特に、初顔の宮水」

 

「はいっ」

 

「その若さで代表に出た意味と、責任を感じるのではなく、今までの自分に出来たことをここで見せてほしい」

 

「はいっ!」

 

一方、第4節に飛鳥と青葉を欠くETUは、カップ戦を経て名古屋との因縁の対決に臨んでいた。

 

「さてと、今回のメンバーはこれで行く。この布陣で名古屋をぶっ倒す」

 

GK  1番 緑川

RSB 5番 石神

CB  2番 黒田

CB  3番 杉江

LSB 4番 熊田

CMF 7番 椿

CMF 6番 村越

RMF15番 赤﨑

LMF14番 丹波

OMF19番 逢沢

CFW20番 世良

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 12番 鈴木 27番 亀井

MF 10番 ジーノ 8番 堀田

FW 25番 宮野

 

 

「っしゃ!」

 

赤﨑は、右サイド復帰でガッツポーズし、丹波は久しぶりの先発。縦関係は今季3得点の世良と、2得点の逢沢。しかも逢沢は今季トップ下が初。

 

そして、コンディションがよかったのか村越がスタメン。ボランチで引き続き椿。左サイドバックには守備力に定評のある熊田、右サイドはレギュラーに完全に返り咲いた石神。

 

守備の要には杉江と黒田。どうやら、戦術の落とし込みが何とか間に合った模様。

 

「注意するべきはペペだ。あの3人で取りに来る戦術が基本の名古屋は、ラストパスがペペに来ることが多い。事実、ペペの得点が大多数を占めている」

 

「ゼウベルト、カルロス。攻守の要である二人だが、ゼウベルトはミドルレンジから撃ってくるが、ペペへのパスコースを塞ぐのもしなきゃいけない。カルロスは上がることもあるが、そこまで注意が必要とは言い難い」

 

名古屋の戦術である4-3-1-2では、ツートップに板垣、ペペを置き、ボランチの選手はほぼペペを狙っている。出し所をなくした際に一度センターに戻す傾向にあり、逆サイドへのサイドチェンジは前節まで成功率が低く、ほとんど見られない。

 

逆に、サイドチェンジを成功させているのはゼウベルトのみ。カルロスの攻撃参加は前半のみで、リードしてからは底を守っている。トップ下のゼウベルトは、キープ力に長け、打開力のある選手。ある意味ペペよりも脅威だ。

 

達海の予想だが、名古屋は4-3-1-2のほかに戦術を温存している可能性が高い。ブラジル人トリオの能力が高いとはいえ、心配性な彼のことだ。攻撃のオプションも考えているだろう。

 

そして、予想されるのがまず4-2-3-1。板垣を下げて、ペペのワントップ。両脇のDMFを一列上げ、一枚をボランチにするというもの。モダンな布陣だ。

 

しかし、ツートップの破壊力に固執した場合、考えられるのは4-1-3-2の陣形。攻撃が5枚になりコンパクトな陣形を維持できた場合、ハイプレスでのショートカウンターが狙いやすい。守備能力に欠如するペペの代わりに、板垣のハードワークが求められる。

 

その際、カルロスは上がるだろう。キープ能力とボール奪取能力に優れる彼でためを作り、ペペへの最短ルートにつなぐ。

 

 

「杉江はペペへのマーク、そして黒田は板垣だ。村越はセンターバックのサポートをしつつ、サイドにボールを散らせ。数的有利を作れるサイドを選択し、相手を走らせるんだ」

 

「うっす」

 

「やってやんよ!」

 

 

サイドは、相手のDMFが比較的高い位置に取るので、サイドハーフがDMFとSBの間でボールをキープすること。椿と逢沢はボールを繋げること。速いパス回しで世良を追い越す動きが出来れば完璧だ。この試合のキーマンは椿だ。

 

椿の三列目からの一気呵成の速攻。それに連動した右サイドから始まり攻め上がり。赤﨑と逢沢、世良と連携し、4人の連動が求められる。

 

そして、逆サイドに空いた大外を丹波が最後に仕上げる。選手には視野の広いプレーを求める達海。特にこの4人には丹波という裏のキーマンを状況次第で使うよう厳命している。

 

後、相手が中央を固めてきた場合は、サイドバックが大外に張り、追い越す動きも必要になる。

 

 

 

一方で、名古屋は自分たちの形を作れば勝てると考えていた。

 

—————この私を無能扱いし、二部に落ちた理由も押し付けたフロントに、目にもの見せてくれる

 

不破監督は忘れていなかった。かつての監督キャリアであれほどうまくいかなかったシーズンはないと考えていた。シーズン開幕前に要求した意中の選手の獲得は何一つ成功せず、仕方なくつれてきたというブラジル人は、とんでもない外れだった。

 

その後も有効な補強が出来ない、練度の低い選手を厳しく統制するも、状況は好転しない。

 

結果、ETUは二部に降格し、彼とイースト東京に確執が残った。

 

 

そのETUもどんな手品を使ったのか、宮水青葉という世代最強のアタッカーを獲得し、次世代の至宝と謳われる逢沢駆、U20日本代表飛鳥亨を獲得。

 

結局は選手の能力が高くなければならないのだ。

 

なお、達海曰く今までは戦術が酷過ぎたし、トレーニングのやり方もおかしい模様。

 

この試合、攻守の要を欠いたETUは焦りで自滅するだろう、こちらは万全の状態。

 

 

そして試合前。

 

 

「なんか調子よさそうだねぇ、不破さん」

 

「それはそちらもだと思うがね、達海監督。やはり宮水の様なアタッカーは特別だろう?」

 

嫌味を感じさせない言葉。しかし、達海の周りにいるコーチ陣には突き刺さる言葉。

 

 

「あいつが凄いのは当然かな。俺の現役時代をもうすぐ超えるぐらいだし」

 

対して達海はその意図を意識して、なんでもなさそうに言う。

 

「けど、あいつのプレーはチーム全員に刺激を与える。あいつがいないからといって、最初から勝てる、なんて思わないことだね」

 

好戦的な笑みを浮かべ、達海は不破の目論見を射抜いた。青葉と飛鳥のいないチームには負けないだろうという油断は、彼の琴線に触れるほどの逆鱗だったのだ。

 

 

 

そしてピッチでは、

 

 

「—————————」

 

椿は、今日の試合に来ているとLINEで通知してきた颯のことを考えていた。どうやら、今回はなでしこの一部メンバーも来ているらしい。

 

—————誰かの期待を背負うことが怖かった。

 

栗澤さんが期待しているのに、信じてくれているのに、安定したプレーが出来なかった。ビビッて消極的なミスをして、いつまでも切り替えが出来なかった。

 

—————けど今は、誰かの期待を背負えることが嬉しいんだ。

 

この観衆を前に、緊張して空回りすることがあったのに、彼女が来ていると知っていれば、自然と力みもとれた。

 

あの人が自分を見てくれている。それが安心するのだ。

 

—————そういえば、みんなはどうしているのかな

 

地元の廃校になってしまった椿の小学校。かつての知り合いや恩師は、どうしているだろうか。あれからもう連絡も取っていない。東京に出た後は忙しくて、そんな余裕もなくて、ただただ毎日を過ごすような日々だった。

 

—————どこかで、何をしているかはわかんないけど

 

ようやくスタートラインに立った気がする今シーズンを駆け抜けていこうと、心の中で誓う椿。

 

—————俺は、これからもボールを蹴り続けるよ、みんな

 

 

 

 

椿の表情が、何か一段と逞しく、変わったような気がしたのは、カメラマンの久保。垢ぬけたと言っていいような、落ち着きを感じさせるも、どこか闘争心がにじみ出るような面構え。

 

「——————この試合、凄いことになるぞ」

 

 

 

 

久保の予言通り、ETUが序盤で形を見せる。

 

 

「またあいつだぁぁ!!」

 

「あの七番の足、どうなってやがる!!」

 

「宮水並のスピードだ!! とめろぉぉぉ!!!」

 

名古屋サポーターの悲鳴のような声が響く。半ばスリーバック、時には5バックで守るETUの守備に手を焼いていた名古屋が速攻を食らった際、必ず顔を出すのが椿だった。

 

そして、攻守の要カルロスが1度のフェイントで簡単に躱されたのだ。ダブルタッチのキレも、今まで見せたことがない————椿しか知らない完ぺきな形での抜き方だった。

 

今の椿は、自主練習で出せていた椿の実力がそのまま出ている状態なのだ。プレッシャーを跳ね返し、全てから解き放たれた獣。

 

「ザキさん!!」

 

その椿のスルーパスに反応したのは赤﨑。そのまま一人を縦に躱してクロスを放り込む。ニアサイドには世良が走りこんでおり、中央が空いたのだ。

 

————ここで、お前なら————ッ!!

 

 

 

中央空いたスペースのボールを処理しようと構えるディフェンダーだったが、その死角から————影が忍び寄る。

 

 

 

正確には、斜め45度後ろから加速する背番号19番。

 

 

 

 

『押し込んだぁァァァ!!!! ETU先制!!! 一瞬の隙をつく、逢沢のヘディングシュート!! ゴール前での見事な動き!! 前半7分!!』

 

世良の動きがデコイとなり、中央の空いたスペースを見逃さなかった逢沢駆の動きの質、そして彼の動きを見ていた赤崎が生み出した完璧なゴールだった。

 

「なっ、ばかな!!」

 

不破監督は、先制を許した形に驚く。赤﨑と逢沢駆はともかく、他の二人は無名もいいとこの確変の選手のはずだ。なのに、このプレーは何だ、一体どうしてこんなことが出来る。

 

尚も、ETUは攻撃の手を緩めない。椿がゼウベルトにタックルをかまし、ボールが乱れるがゼウベルトが何とかキープ。しかし、

 

「おらぁぁぁあ!!!」

 

「ぐっ!!」

 

黒田が板垣との競り合いを制し、ボールを奪う。なぜかギャップのある黒田に止められ続ける板垣を見て、ゼウベルトはペペしかいないのだと悟る。

 

—————うーん、こちらは完全に塞がれているね

 

そして、椿のビルドアップから右サイドからの攻撃。今度は石神の追い越す動きがハマり、裏に抜け出したのだ。

 

そして、今度はニアサイドの世良へとボールが渡り、

 

『キーパー弾いたァァァ!!! ここでファインセーブ!! 世良のシュートは惜しくもゴールならず!!』

 

ダイレクトに打ち込んだシュートを防がれる世良。コースを切られていた。

 

しかしセカンドボールを拾ったのは逢沢。

 

「っ」

 

————ドリブルコースがない、だめだ、ここは戻して—————

 

囲まれて何も選択肢が思い浮かばない駆。こうなってくると難しいと止まってしまったのだ。

 

青葉なら目の前の相手全てを突破できると一瞬でも考えてしまった。

 

 

————甘いよ

 

背後からのボールカットに対応が遅れた駆が、ボールを奪われたのだ。

 

「しまっ」

 

カルロスが刈り取り、中央で張っていたゼウベルト。ETUが前掛りになっていたところを狙われていたのだ。

 

ゼウベルトは、相手を引きつけて縦一本から抜け出たペペを狙う。

 

そんな風に見せかけていた。もう一人のストライカーへの警戒度が低くなっている今なら、彼でも決められると。

 

—————なめんじゃねぇぞ!!

 

黒田は完全に逆を突かれていた。ペペへのこぼれ球を処理するべきだと、一瞬感じてしまった。黒田が視線を外した瞬間を狙っていたゼウベルトのラストパスが、通った。

 

『抜け出して、叩き込んだぁァァァ!!!! 名古屋同点!! 決めたのはフォワードの板垣!! 今シーズン2点目!! 前半の15分』

 

これまでのETUは、リードされる展開こそあったが、得点すればその爆発力で一気に突き放す試合しかなかった。

 

しかし、今回は違う。相手は7枚を使ってのディフェンス。そう簡単にこじ開けることが出来るわけではない。しかもブロックの構築だけは定評のある不破監督。

 

オフェンスのオプションが充実すれば、安定するのは当然なのだ。

 

—————くっ、セーフティに逆サイドに出しておけば—————

 

唇をかんだ逢沢。あの状況でボールを奪われるのは仕方ないと言われるかもしれないが、逆起点になってしまったことが問題なのだ。

 

「駆君!! まだ振り出し! ここからまた突き放そう!!」

 

笑顔の椿。そんな彼に虚を突かれる駆。励ましてくれているのだろうが、駆は失点の責任を背負っていた。

 

「すいません。けど、やられたらやり返します」

 

表情を崩さないように仏頂面になる駆。この試合調子がいいはずなのに、ここで躓くようなら青葉の隣に立つ資格もない。

 

何より、相手側の青葉がいないから楽勝みたいな雰囲気が、駆の闘争心に火をつけていた。

 

 

それに——————

 

 

————だんだんとこのリーグの間合いが大体つかめてきた—————

 

一度衝撃を与えられたからなのだろう。自らのミスで頭を殴られたようなショックを受けていた駆の心が冷静になった。フラットな、気負い過ぎていた部分を認め、冷静になることで彼に変化が現れていた。

 

 

駆の口数は少なくなり、周りの音がよく聞こえるような状態になっていく。まるですべての音が響いているのではなく、教えてくれるような感覚。

 

周りの景色がやけにクリアに見えて、あれほど苛立っていた相手の態度も気にならなくなっていた。

 

 

 

—————よく見える。さっきまでの焦りが嘘みたいだ。

 

 

ここにいない青葉のことを一瞬でも考えるな。自分の判断の遅れが、試合に関係ない事柄を考えた自分のミスを取り返すのだ。

 

 

—————今の僕は、僕の目は、ここが、このピッチがよく見える

 

ここに青葉がいない。なら、彼のいないスペースがある。他の誰かでは突破に使おうとも思えないわずかな隙。しかし青葉はそれをより大きな亀裂に代えてしまう。

 

彼に並び立つには、それくらいできなくてどうする。

 

 

 

 

駆の目の奥で、何か光が奔っているように見えた久保は、口元を崩す。

 

 

 

 

「——————雰囲気が変わった?——————」

 

 

 

 

 

その後、

 

ペペにボールを集中する名古屋と、連携で右サイドからの攻撃を増していくETU。互いにギリギリのところで防ぐが、あと一枚足りないという状況に陥っている。

 

 

好調をキープしていた椿は全体がよく見えていた。

 

 

—————俺が出過ぎるのはカウンターの対処が一気に危険になる。けど、

 

まだ左を使う場面じゃない。左から右サイドへのサイドチェンジならまだ大丈夫だが、その逆はまずい。

 

そんな時だった。中央で受けた逢沢のドリブルが光る。

 

「ッ、この新入りがッ!!」

 

「なっ、この技は————ッ」

 

 

一人目をダブルタッチで加速し、加速した状態でのヴァニシングターン。ついにプロで見せつけた駆の十八番。

 

 

 

彼特有の特殊なフェイントに面食らい、スタジアムの空気が変わり始める。

 

 

 

ボディフェイントで幻惑し、円の間合いの大外を走る駆に名古屋のDMFは触れることすらできず、アンクルブレイクを発生させてしまう。

 

膝をつき、しりもちをつく二人の選手を尻目に、駆は尚も進む。ここで、敢えて中央突破を決め込んだ駆が、味方の上りが間に合う前に仕掛けたのだ。

 

「バカが!!」

 

「無謀過ぎなんだよ、ルーキーッ!!」

 

相手選手は二人、そしてキーパーが残る展開で、駆は速攻を仕掛ける。

 

 

狙うは二人の選手のギャップの際に出来た穴。その間であると決めたのか、駆はそこへと仕掛ける。

 

「見え見えなんだよ、バカが!!」

 

スライドさせて対応するディフェンス陣。世良すら上がり切っていない局面。その世良はカルロスに付かれていた。

 

————どうするんだ、駆っ!! 右サイドなのか!? それとも————

 

ボディフェイントで切り返し、やはり駆はその穴を諦めたのか。スピードが落ちていく、そのスピードが落ちるほどに抜ける確率も落ちていく。

 

だが、ここでマルセイユ・ルーレット。瞬時に体の向きを入れ替え、強引に体をねじ込もうとする動きを予見させる。

 

————また逆起点で、現実を見させてやるッ

 

その技は、世界的に有名な技だった。誰もが知るフランスの英雄が用いた特別な技。

 

だから、そのイメージがちらつくのだ。誰もがそのドリブルコースを知っているのだから。

 

 

だからこそ、駆の十八番がさく裂する。

 

「なっ、ぁぁ!?」

 

バランスを崩し、崩れ落ちる一人のCB。信じられない目で彼を見つめるもう一人のCB。

 

 

ヴァニシング・ルーレット。ともに彼が使いこなす超絶フェイントの十八番。さらに、相手の重心とは逆、かかった瞬間にフェイントを入れ、さらに切り返し。

 

重心に比重がかかり、無理に動こうとした反動で、勝手に崩れ落ちる選手を尻目に、がら空きになったサイドへとドリブルをする。

 

「させるっ———がっ!?」

 

冷静さをなくしたもう一人は倒れている選手を一瞬忘れてしまった。何とも格好の悪い形で転倒する二人のCBが折り重なっている間に、

 

『最後は落ち着いて振り抜いたぁァァァ!!! ETU勝ち越し!! 先ほどの失点を取り返すかのような、情け容赦のないドリブル!! 名古屋の守備を完全に崩しました!!』

 

呆然とする名古屋イレブン。16歳の若造に中央を完全に崩されたのだ。まるで突然、事故みたいな形で。だからこそ、あれは流れの中で彼に味方をしたのだと信じ込んだ。

 

「—————————」

 

駆の目はフラットだった。激情や闘争心がマイナス方向に延びていた前半の序盤のような雰囲気ではなく、プレーそのものに集中している感覚。

 

 

どうすれば、ゴールを奪えるのか。冷静にそれを逆算し続けているのだ。

 

 

だからこそ、青葉のやっていたように、相手の重心を意識してずらしたのだ。相手に絶望を与える駆のドリブルが、名古屋の選手だけではなく、サポーターにも恐怖を与え始める。

 

「—————バカな」

 

不破監督は、駆を見て信じられない光景を見せつけられたことで混乱する。

 

————奴は未来でも見えているのか。今の芸当が出来る選手は、そうはおらん

 

 

誰が予想できるというのだ。宮水青葉の陰に隠れていたもう一人の怪物。ベビースマイルに王道主人公のような雰囲気を持つ彼の、あまりに似合わない苛烈なドリブル。

 

この試合、覚醒したかのように中央突破を決めて見せる16歳を予測するなど、それは名将の類になってくる。

「————————す、すげぇぇ」

その光景を見た世良は、ろくに言葉が思いつかない。超絶的なドリブルを前に、感嘆の言葉を漏らしていた。

 

これが駆の本気を出し始めたドリブル。間合いに慣れていなかった当初は本調子ではなかった。そういわんばかりの全力のドリブル。

 

第4節にして本領を発揮し始めた逢沢駆の実力。プロリーグに適応し始めた彼は、水を得た魚の如く、中央で存在感を見せつける。

 

中央でボールをキープする彼からボールを奪えない。スリーボランチの意味をなくすほどのテクニックで、名古屋の中盤を制圧する駆。それによって、両サイドががら空きになる。

 

「駆!!」

 

丹波が左サイドでボールを受け、駆はゆっくりとスペースへと動く。要注意人物である彼の動向に気を取られると、丹波がそれを見逃すはずがない。

 

『大外折り返したァァァ!! 惜しくもクロスバー!!』

 

大外から飛び込んできた赤崎のミドルシュートがクロスバーを弾いたのだ。天を仰ぐ赤崎だが、中央の逢沢を止められず、両サイドでいよいよ突破されるようなことになると、手が付けられない。

 

 

宮水青葉のような圧倒的な身体能力があるわけではない。しかし、スペースを作り、味方を活かし、自分は狭いエリアをすり抜けていく。

 

 

 

トップ下というポジションで、まさに水を得た魚の如く、能力が発揮された彼は、この第4節でようやく能力の半数以下を見せつけた。

 

 

まだ半数に満たない。このリーグで刺激を受け、間合いに慣れつつある彼の能力は、まだ半分もいかされていない。

 

 

まだ彼を助ける盟友がここにいない。好調をキープしていた椿や世良でも、彼の要求に完全に応えられるレベルではない。

 

ポジショニングで味方を活かし、相手ディフェンスを崩壊させるドリブルを可能とする彼は、まだ後者——————個人技だけで名古屋を圧倒していた。

 

 

 

「真ん中にするとイイ感じになるかなぁ、と思っていたけど」

 

達海としては、相手選手のプライドをズタズタにした駆のドリブルに戦慄を覚えていた。存在するだけ、畏怖と恐怖を与える選手は、特別だ。

 

しかし、切り替えの速さが一人だけ早すぎるがゆえに、思うようにまだ動けていない。コースを見つけても、世良以外のターゲットが存在しない。

 

前線で自分が受けられるポジションを探し続ける世良。ゾーンディフェンスに弱い彼は、ゾーンを如何にしてポジショニングと動き出しで切り崩すかを模索するようになっていた。

 

プレーをシンプルにした分、世良の判断力は異常なほど速くなった。それこそ、駆が無意識に求めていたレベルに達するほどに。

 

 

そんな世良でも後一歩届かない。しかし、そんな殻を破るか否かの境目で、彼はフットボール人生で最大の刺激を現在受け続けている。

 

 

 

「ありゃ、怪物だ。青葉だけじゃねぇ。駆もまた、至宝の名に違わない。兄の方はこれを15歳でやってたんだから、開いた口がふさがらねぇよ」

 

名古屋の選手はトラウマになっているのか、迂闊に駆にプレスをかけてこない。ブロックを敷くだけで、動けないのだ。だが、切り替えの早い駆はそんな動揺を突くかのように襲い掛かる。味方の上りを待ちながら、常に穴を探し続ける。

 

だが、あそこまであくどい手を使わずとも彼ならできたように思える。だからまだ、逢沢駆はこの覚醒染みた能力に振り回されているのだろう。自分の意志で動いているように見えて、実は力に操られている。その証拠は、ゴールを決めた直後の彼の感情の乏しい表情だ。だから、駆はまだまだ伸びて行けるのだ。

 

 

達海ですら至れなかった高みに今届いている駆。16歳の段階でそれに手を届かせる彼はどこまで行くのか。達海は背筋が凍るような感覚を感じた。

 

 

そして試合の方は、前半同点に追いついた名古屋ではあったが、再び突き放されて前半を終える。

 

 

 

ほとばしるような情熱全てを注ぎ、世代別で注目をされ始めた至宝は、この試合でまだ止まる気配を感じさせていなかった。

 

 

———————足りない。

 

 

少年はこの上ない飢えを感じていた。

 

 

———————僕は、そして僕が隣に立ちたいと思う人は、こんなものじゃない

 

 

喜びを分かち合う瞬間であるはずなのに、見え過ぎる世界が彼の心を縛る。

 

 

——————まだ体も元気で、まだまだ動く。なら、もっとできる、もっとゴールに直結する動きが出来る。

 

 

 

至宝は、2ゴールを奪ったぐらいで満足していなかった。

 

 

 

 




逢沢駆がついにゾーン覚醒。宮水青葉(現実世界)はまだ成れません。


しかし次回、さらに駆がチート状態で暴れまわります。



とはいえ、宮水青葉(可能性世界)は任意で入り切り可能で、どんな試合の中2日でも、120分フルで持たせられる体力の化け物です。

なお、こんな怪物がいても、日本は準優勝どまりという・・・・

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