騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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第六十五話 真紅の名門(3)

椿の豪快な追加点を見た鷹匠は、その場で立ち尽くしていた。あまりにも似ている光景、繰り返される試合展開。

 

 

 

 

それはかつて見た光景だった。鎌学リードで優位に立てていた試合展開を根本から叩き潰す宮水青葉の独壇場。あれからさらに自分を高めたにもかかわらず、彼はその先を走り続ける。

 

 

 

だからこそ、そのシナリオ通りで終われないという思いがさらに強まった。

 

 

————————お前は同世代でナンバーワンだ。けどな

 

 

下を思わず見てしまう先輩選手たちをもう一度、誰かが無理をしなきゃいけない。誰かが希望にならなきゃいけない。

 

 

他ならぬ宮水青葉という最強の好敵手が、それを常に演じているのだから。

 

 

「まだだ!! まだ終わりじゃない!!」

 

 

 

浦和はベストメンバーではない。けが人は続出し、要である日本代表のDFもピッチにはいない。はたから見れば、途中まで善戦できただけましだと声が上がるだろう。

 

 

鷹匠が続けて声高に叫ぼうとした瞬間、別の声が響く。

 

 

「ここにはいない仲間を思え!! 声援を送り続けるサポーターを見ろッ!! 俺たちはまだ負けちゃいない!! 俺たちのエンブレムは、そんな簡単なもんじゃないだろうが!!」

 

 

左サイドの武藤だ。再三ETUの右サイドを蹂躙する中堅エースがチームを鼓舞する。

 

 

「マケナイ!! マケナイィ!! カチタイ!! カツッ!!」

 

片言の日本語で、レアンドロも闘志を見せる。日常会話もまだおぼつかないしかし来日2年目の外国人助っ人は、二人の闘志を前に高ぶり続ける。

 

 

 

そこからだろう、キックオフからさらにディフェンスラインを上げ、ETUを押し込める浦和に対し、逃げ切りムードが漂う相手陣営を完全に押し込んでいるのだ。

 

 

———————俺は、越後さんの代役だ。けど、越後さんならどうした?

 

代役のディフェンスラインは勇気を振り絞り、ラインを上げ、コンパクトで俊敏な前線のハイプレッシャーを支える。最悪カード覚悟で相手エースを潰す覚悟を秘めて。

 

 

その格好の餌食が、ポジションを下げてしまっていた駆だった。

 

 

「くっ!!」

 

鷹匠からの強烈なファウル。足に行っていないとはいえ、体格差で覆すこともできない強烈な当たりが、次第に増えていく。

 

 

そして、ETU最大の弱点である右サイドと、この試合で発見することが出来た村越の背後。

 

 

「!?」

 

 

サポートに徹する村越の開けてしまったポジションに連動できていない、ETUの綻びからチャンスが生まれる。

 

 

ファウル後にパスコースを塞がれた村越が、安易に青葉へのロングボールを選択してしまった。しかも前からプレッシャーをかけられ、精度も悪いミスキック。スクリーン代わりに道を塞がれ、二人掛りで襲撃を受けた青葉は、ボールを収めることができない。

 

 

———————ほんと、やることに迷いがないっ!

 

 

そこからスリーバックの超攻撃布陣が瞬時に牙をむく。攻撃の切り札を中盤の運動量で覆い尽くされたETUは下がるしかない。

 

 

————何とかボールを奪わないと、これ以上回されたら後ろが持たない!

 

 

駆の血気の逸ったプレス。それに連動して世良も動くが、逢沢のポジショニングは最悪だった。

 

中盤という数的優位を誇る浦和に、中途半端な位置取りをしてしまったがゆえに、ツートップの背後に穴が出来た。

 

 

椿と村越がカバーしようものなら、砂上の楼閣にすら劣る右サイドの脆弱なエリアを穿つ。

 

 

石浜は、この試合でこれでもかと狙われていた。

 

 

—————畜生、畜生、畜生!!そう何度もっ!!

 

 

迂闊すぎる間合い、ゾーンディフェンスの掛け方も甘い中での冷静さを欠いたプレスは逆にピンチを誘発する。

 

 

——————間抜けすぎるんだよ、後ろは!!

 

 

前線の宮野や宮水は厄介だが、後ろはぜい弱さが目立つ。だからこそ、右サイドへの意識が集中し、半端なポジショニングを取っていた清川が狙われた。

 

 

—————えっ! さっきまでハマの所ばかりじゃッ!!

 

 

武藤の完全に死角を突いたロングフィード。青葉も武藤の蹴る瞬間に気づいたが、とても間に合う距離ではない。

 

—————なんて迂闊ッ、キヨさんでは防ぎきれない!

 

 

途中出場で入った右サイドの江坂は、やはり運動量に優れるウィンガーだ。しかも19歳。若さに任せたパワフルなプレーが目立つ存在だ。

 

『一合で躱された!! 清川を振り切ります、19歳の江坂!!』

 

 

それは青葉がよくやるステップとシザースの複合技だった。タイミングをずらし、後はシザースで威嚇し、縦のスピードで勝負する。最後のフィニッシュは青葉には遠く及ばない。しかし、プレスバッグの脆弱な清川程度では、簡単に突破できる武器だった。

 

 

そしてクロスボール。緑川のジャンプしながらのパンチングでエリア外にボールをはじき出す。しかし、

 

 

——————くっ、なんてフィジカルだ!

 

レアンドロが簡単にボールを収め、プレスバッグした村越を跳ね返してしまう。あまりの衝撃に村越は跳ね飛ばされ、続く椿もボールを奪おうとするが、簡単に横転する。

 

 

「おいおい! ボランチ二枚がそんな簡単に——————ッ」

 

青葉の声も届かない。やはりレアンドロは反則じみた存在だ。椿と村越という中盤の底を無効化された瞬間、CBが対処するしかない。だが—————

 

 

—————背後がら空きなんだよ、ハゲッ!

 

 

レアンドロの浮かせたラストパスに反応するのは、19歳の江坂。代役の代役であり、この競争の激しい浦和のチームでも、結果を残さないといけない立場の若手。

 

 

——————俺はまだ、浦和の一員でありたいんだ!!

 

 

魂を込めた右足が一閃。緑川の手に届く。強烈なシュートを前にして、緑川だけがまだ冷静だった。

 

 

——————ちゃんと見たぜ、江坂ッ!! 魂込めた一撃ッ!!

 

 

最前線で動き続ける浦和のルーキーが、緑川が晒した僅かな空白を見逃さない。

 

 

 

『緑川ファインセーブッ! 押し込んだぁァァァ!!またしても追撃! まだ諦めない! まだ終わらないっ!! 鷹匠気迫のファインゴール!!  今日2点目!! 後半17分!!』

 

 

黒田と接触しながらの零れ球を押し込む鷹匠のファインゴール。完全に黒田をフィジカルで圧倒し、最後は強烈なシュートで緑川のセーブを弾きながら、ゴールネットにねじ込む強烈な一撃。

 

 

「くっ——————」

 

 

二度の決定機に反応して見せた緑川はさすが元日本代表のGKではあったが、そのシュートを受けて手がしびれた。もはやこれは、外国人の弾丸シュートをセーブした時の感触に近い。

 

 

——————神奈川は怪物の巣窟か? 青葉や駆以外に、江ノ島以外にこんな怪物が眠っていたとは

 

 

 

浦和の追撃が止まらない。そして、中盤は完全に機能していない。少なくとも攻撃で怖さを見せられる可能性を達海は感じられなかった。

 

 

ここで選手交代。逢沢駆がジーノと交代で下がることになる。そして、中盤椿もレアンドロに対抗するために下げられる形となった。

 

 

—————フィジカル以外で、もっと勝負できる道を探さないと、ここでは戦えない。考えるんだ、もうこの試合に出られない俺が、次に活かすために

 

 

椿は自分が交代させられた意味を理解していた。レアンドロの根源的な体の強さの前で、自分の守備は意味をなしてなかった。

 

 

———————強豪同士の試合で、何も、何もできなかった——————

 

オーストラリア戦以上の屈辱を感じていた駆。真ん中で求められる攻撃の組み立てが、この試合では見る影もなかった。完全に浦和の攻撃の飲まれ、ポジショニングも下げ過ぎていた。

 

 

 

駆の代わりに入ったのはジーノ、そして椿の代わりに出てきたのは———————

 

 

「苦戦しているようだな、まあ、奴らの闘志はこちらの想像をはるかに超えているようだが」

 

 

「さすがに、スクリーンされて、ロングフィードが甘かったら俺でも収められないよ。けど、レアンドロを好きにさせたらやばい」

 

ボランチでプレーするのは飛鳥だ。飛鳥に求められるのはレアンドロを遅らせることだ。そして、宮水青葉の一撃必殺を完結させること。

 

 

 

だが、状況は好転しない。レアンドロはすぐに飛鳥を自分へのカウンターポジションと理解し、ダイレクトプレーが多くなる。なぜリーグジャパンにいるのか理解できないレベルの選手が、周りを活かす。そして、石浜と黒田、清川が完全に狙われている状況。

 

 

そこへきて、村越の運動量も落ちる悪循環。リードが無くなるのは時間の問題だった。

 

 

 

「あっ、しまっ!」

 

 

ロングボールで跳ね返し、すぐさま前線でプレッシャーを仕掛ける宮野がスピーディーなチェイシングを見せるが、逆にそのスピードを利用されて簡単に躱される。

 

「馬鹿ッ、詰め過ぎだ!!」

 

だからこそ、石浜の上りも連動できていない。サイドハーフとサイドバックの開けた広大なスペースは、中盤で絶対的な優位を見せる浦和に犯してはならないミスだった。

 

 

冷静に多田がフェイクを入れて飛鳥を躱してパスを選択。そのパスが前線の鷹匠に通ってしまう。

 

 

「あっ!」

 

トラップした瞬間を狙っていた村越が鷹匠に簡単に競り負ける。そのまま前に突っ込む鷹匠がシュートを打つかに見えた。

 

————リターンか!?

 

レアンドロとの連携。杉江にはそう見えた。だが、

 

 

『後ワンツーから大外!? 左サイド武藤が振り抜いたぁァァァ!! 浦和同点!! 後半40分、ついに追いつきます!!』

 

抜け出されたサイドハーフの武藤は完全にフリーであり、宮野と石浜の連携は崩壊したままだった。一度崩れた流れは元には戻らない。連携が至るところで崩壊しているETUは、断頭台に送られる受刑者の様だった。

 

 

達海のカードは不発に終わる。そして、崩壊してしまった守備の連動。追い打ちをかけるのは、切り札をほぼ完ぺきに封じ込められている状況か。

 

 

「うぉぉぉぉぉ!! いける!! いけるぞ!!」

 

 

「ついにおいついたぞ!! 流れは完全にこちらだ!!」

 

 

ボルテージが上がっていく浦和サポーター。2点ビハインドを跳ね返し、ついに追いついたイレブンに声援を送り続ける。その莫大な熱量は、ここがETUのホームであるかを忘却させるほどのものだった。

 

 

 

 

ドドン、ドドン!! 

 

 

 

 

レッドスターッ!!

 

 

 

オォォォォォォ!! オォォォォォォォォ!!!

 

 

 

ドドン、ドドン!!! レッドスターッ!!!

 

 

 

「行けるっ!! いけるぞ!! 攻め続けよう!!」

 

 

活力を取り戻すイレブンとサポーター。ついに試合の流れは完全に分からなくなる。宮水青葉という存在に左右されないシーソーゲームが生み出される。

 

 

——————手負いの虎ほど、より脅威となる。強豪の本気は、まだETUには早過ぎたか。

 

 

 

———————または、この序盤で知ることが出来たことこそ、僥倖なのか。

 

 

試合を冷静に分析する青葉。リーグ中盤でこんな反撃を食らっていれば、研究も進んだ後半戦で必ず負ける。そして、研究するほどの力量も示せず、連動は完全に壊れている。

 

 

 

試合観戦をしていた武蒼女子たちは、試合に夢中になっていた。

 

 

「うそうそっ、おいついちゃった!! すごい、凄すぎる!! 鷹匠君凄すぎ!!」

 

 

「やっぱりうちのルーキーが、魂のイケメン度ではナンバーワンなのよね!!」

 

 

「そんなことを言ったら、レアンドロも凄いじゃない! あれだけプレス跳ね返して!」

 

 

沸き立つ友達を尻目に、藍子は試合から目を離せない状態だった。ボール一つであそこまで走り回り、一つのプレーで一喜一憂する。自分を偽り、自分に我慢をさせている姿と比べ、己を体現できている姿がとても眩しかった。

 

——————何がそんなにみんなを駆り立てるの?

 

 

その答えはまだ見つからない。

 

 

 

 

ベンチにて戦況を見つめる駆は、ジーノの場違いなメンタリティが最後の最後に機能する瞬間を悟っていた。

 

 

——————そう、だったんだ

 

 

外から見て、駆はすぐに答えを見つけた。ジーノはこの試合でプレッシャーをそこまで感じていない。自分が活躍できるポジショニングのみを模索している。

 

 

攻撃の選手が守備に肩入れし過ぎるな。それでは牙のない虎と同じだ。駆は自ら牙を捨ててしまっていた。

 

 

 

だからこそ、こんな時だからこそ、そんな修羅場でも動じないメンタルを持つプレーヤーが、試合の流れを変えるのだ。

 

 

 

アディショナルタイムに突入した瞬間にそれは起きる。

 

 

 

「さっさと決めておくれよ、青葉」

 

 

多田のプレスを躱し、ロングフィード一本で青葉を簡単に抜け出させるジーノのラストパス。

 

 

「うわぁぁぁぁ!! とめろぉぉぉぉ!!!」

 

 

「なんでもいいからとめてぇぇぇ!!」

 

 

「やばぁぁぁぁい!!!」

 

 

悲鳴をあげる浦和サポーター。青葉に前を向かせた瞬間こそが致命傷。全力で戻る浦和の中盤だが、中々距離を詰めることができない。しかし、

 

 

これを決めれば青葉はハットトリック。そして加速した状態でドリブルで来ているという青葉に味方した状況が完成していた。

 

 

だが、反撃の為にスプリント出来る体力が宮野にはもはや残っておらず、中盤には駆も椿もいない。ジーノは青葉を信じてジョギングする始末。

 

 

状況的に見れば”5対2”という状態。そんな状況下で無理を通してきた青葉に残された時間はあまりにも少ない。

 

 

 

ETUの選手たちに勝ち越しを狙う体力や気概が薄れかかっているのが目に見える。

 

 

だからこそ、青葉が”ほぼ完全”に孤立した状態になっているのだ。

 

 

 

中央突破を仕掛ける青葉。まずは細かなタッチだけで一人目を抜く。フェイントも糞もない。純粋なタッチ数の手数でタイミングを外し、雀の涙程度のボディフェイントを見せてずらす。

 

続く二人目がカバーリングの為、青葉の侵攻ルートを完全にふさぐ。その瞬間に急停止、からのクライフターンキャンセル。

 

 

「!?」

 

ほぼ死角。完全にボールが見えない状態で予想外の動きを見せる青葉。後ろ足でインアウトを成功させ、間合いを作る。前を向いた瞬間で青葉に距離を作れば後は抜かれるだけだ。

 

 

半端なポジショニングは突破を簡単に許す。単純な瞬発力で二人目も躱す。

 

 

 

だが3人目。先ほどの二人目とは違う。最後尾を任されている代役のCBは覚悟が違う。

 

 

 

潰してでも宮水青葉を止める。カード覚悟のスライディングが襲い掛かるのだ。日本サッカーではスライディングは最後の手段と言われている。そして、代役CBにとって、青葉を止める最後の手段が容易に使われる瞬間が作られていた。

 

悪質と言わざるを得ないスライディングが直撃。空中へと逃れる青葉だが、その威力を和らげるだけ。曲がりになりにも、宮水青葉を止めることに成功する浦和。

 

 

—————これで、死ぬ気でフリーキックを守って——————ッ

 

 

残る二人が信じられないものを目にする。スライディングで青葉と交錯している選手も、青葉に躱された二人の選手も、驚愕する。

 

 

 

——————なんで!?

 

 

 

 

——————なぜだ!!

 

 

 

 

———————おま、バカ野郎ぉぉぉぉぉ!!!

 

 

 

零れ球に一番反応していたのは5対2の、最後の最後で遅れてきた若きストライカー。

 

 

 

——————まだまだ、俺たちは弱いってこと、痛感したぜ。

 

 

 

零れ球はミドルレンジからやや短い射程。アディショナルタイムは残り僅か。

 

 

———————けど、弱いから、去年と同じようには負けられねぇ!!

 

 

その小さな男は常に、ゴールを奪う、ゴールを取らせる位置に走り続ける。だからこそ、浦和と青葉の眼前で彼の背中は小さいながらも、大きく見えた。

 

 

 

浦和が犯した最後のミスは、宮水青葉以外にゴール前でスプリントし、牙をむく選手がいないという無意識の油断だった。

 

 

全身に力を入れ、その小さな体をばねのようにしならせ、グランダーの強いシュートが、浦和のゴールネットを割ったのだ。最後の最後、ゴール前を守ろうとカード覚悟で青葉を潰したCBが立ち上がり、ブロックしようと動いた足元——————

 

 

股下という、キーパーにとってのブラインド。

 

 

 

 

守護神の死角を穿った一撃は、誰よりもゴールを守りたいと願った男のわずかな隙から生まれた。

 

 

「あっ————————」

 

 

無情にもゴールラインを割る光景を見て、現実を理解する代役CB。

 

 

 

「あぁ、ッあぁ゛ぁッッあぁ゛ぁッッ!!!!」

 

 

 

思わず地面をたたき、悔し声をあげる代役CB。そして、そんな男の絶叫は大歓声と怒号でかき消される。

 

 

無情にも、彼の努力は若きエースと、その小さなヒーローを彩る一つの景色と化すのだった。

 

 

『決めたァァァァァァ!!! アディショナルタイム2分!! 宮水の突破から最後は世良!! 最後の最後、ラストチャンスをものにしましたETU!!!』

 

 

『信じていましたね、宮水君を。世良選手は最後まで宮水選手を信じて走りこみましたね。すごいことですよ、これは!』

 

 

しかし、さすがにヘロヘロなのか世良は青葉に肩を貸してもらいながらファンの前に走る。

 

 

「やってくれましたね、世良さんッ!」

 

 

満面の笑みで、青葉の激励を受ける世良。はじけたような笑みを見るのは初めてかもしれない。

 

「ははっ、お前のそんな顔を見れるなんて————まあ、走った甲斐、あったよな————」

 

 

「うおぉぉぉぉ!!世良が決めた!! また決めやがった!!」

 

 

「大舞台でしか、土壇場でしか決めないのかよ!!」

 

 

「うっせぇぇ!! 土壇場以外でも決めてるっつうの!!」

 

 

もみくちゃにされる世良。そして、ファンの大歓声に応える世良。

 

 

 

「よくやったぞ、世良ぁァァァ!!」

 

 

 

「信じてた!! 青葉の後を全力で走る時から信じてたぞ、世良ぁァァァ!!!」

 

 

 

「バカ野郎、とんでもない瞬間、タイミングで決めやがって!! 大した野郎だぜ!!」

 

 

手洗い激励はピッチだけではなく、サポーターからも同じだった。

 

 

「——————へへっ」

 

 

前髪で表情は見えないが、世良の口元は若干崩れていた。しかし、その表情は誰にも見えない。

 

 

 

そして浦和ボールのキックオフ。鷹匠がミドルレンジからシュートを狙い、緑川がキャッチした瞬間、

 

 

『ここで長い笛ぇェェ!! 試合終了!! 劇的な展開が立て続けに起こった壮絶な打ち合いは、ホームETUが制しました!! 4対3! 貴重な、貴重な勝ち点3を得る結果となりました』

 

 

『最後の世良選手のミドルレンジからのシュート。鳥肌ものですね。宮水選手とほぼ同じ状況で、単独で仕掛け切る状況もあっただけに、最後までボールへの執念を薄めませんでした。見事な嗅覚でしたよ』

 

 

『実際、こぼれ球からの決勝点ですからね。物凄い集中力です』

 

試合終了。劇的な幕切れで、強豪浦和を撃破したETU。浦和の選手たちはまさかまさかといった表情。歓喜から一転絶望に突き落とされたような現実に打ちのめされる。

 

 

代役CBはイレブンに慰められながらサポーターの挨拶に行く。泣きじゃくる若手選手の背中をポンポンと優しくたたくのは左サイドの武藤。そして、同年代の多田。

 

しかめっ面でその場を後にする19歳の江坂。浦和には打ちのめされたという感覚はなかった。勝てるはずの戦いをおとしたという後悔と悔しさに支配されていた。

 

 

「一番苦しい試合でした、間違いなく」

 

ピッチ上で正直な感情を吐露する青葉。その相手は、やや不機嫌になる。

 

「勝った奴に言われても何にも響かねぇよ。2ゴール決めたとはいえ、またお前に勝てなかった」

 

青葉と同じ結果を出したとはいえ、またしても勝てなかった。男は不機嫌さを隠そうともしない。

 

 

「———————カップ戦、後半戦、まだまだ対戦機会はある。次こそは必ず勝つ。お前のいるETUに必ず」

 

 

その背中————2ゴールを決めた鷹匠は青葉にそれだけを言い、ピッチを去っていく。

 

 

 

 

「ほんとに負けを意識したのは、久方ぶりだったからな。次はベストメンバーの浦和か」

 

あれでベストメンバーではない。そして、ETUはほぼベストメンバー。次は冗談抜きに連動が上手くいかなければ負ける。

 

 

 

開幕から出場試合で常に点を取る宮水青葉。これでもう得点ランキングでまた一位に返り咲く。直後に世良も追撃する等、ETUの若き攻撃陣は止めきれない。だが、今回の試合で露呈した劣勢時の連動の崩壊。これはいただけない。

 

だからこそ、青葉は超人的な結果を出し続けるしかない。

 

 

4試合で6ゴール4アシストとかいう、おかしなことをやらかさなければ、連敗の泥沼にすぐにでも嵌るだろう。

 

 

殴り勝つサッカーと言っても、攻撃陣が不発の場合守り切れない。

 

 

——————世良さんがいなかったら負けてたな、この試合。

 

 

 

そんな青葉の推測など知る由もない鷹匠は、泣きじゃくるCBを慰め、この試合を思う。

 

 

—————お前はそうだった。あの頃から変わらない

 

 

鷹匠は、攻撃陣が異常なほど活性化しているETUを見て苦悶の表情を見せていた。しかし、本日の試合で同点弾に同点アシスト。中々に食い下がったと言えるだろう。

 

————食い下がるだけではだめなのだ。あいつに勝ちたかった。あいつに勝利したかった。

 

しかし、その遠すぎる背中が今日の試合は見えた気がする。だが、同時に青葉の真骨頂を再認識することになる。

 

 

——————お前以外の選手が決勝点、か

 

 

彼のプレーは人を巻き込む。その勝利を目指す貪欲な姿勢が選手に火をつける。彼のプレースピードに追い付こうとする者が現れる。

 

—————ここで、お前以外の選手がヒーローになるのも、お前のいるチームらしいな

 

 

同じ流れだ。ここでも青葉は低迷するチームを立て直してしまうのだろう。彼のプレーに刺激を受けた者たちが、結果を出し、その環境でプレーしたいと思う選手が集まる。

 

————たった一度、お前と同じクラブでプレーしてみたいと思うのはダメだろうか?

 

 

恐ろしい流れだ。彼はエース特有の俺様オーラはない。デコイも進んで行い、自分が黒子役に徹することをいとわない。

 

 

彼は孤高のエースではなく、群のエースにして、絶対的エース。

 

エースオブエース。超常現象の異名をとる彼だが、それは違う。エースは勝利に値するプレーを行い、チームを勝たせる。超常現象は点を獲り続けたが、ここまで幅の広いプレーはやらなかった。

 

 

 

 

————激しい点の取り合い! 両チームのルーキー躍動!

 

 

——————止まらない怪物ルーキー宮水!! 2ゴール1アシストの大活躍!

 

————浦和の黄金ルーキー鷹匠、負けじと2ゴール1アシスト返し! 惜しくもダークホースに届かず!

 

 

—————圧巻のアシスト!! ルーレットからの股抜き!! からの高精度高速アーリークロス披露!! 

 

—————世良が決めた、若きエースストライカー勢い止まらず!! ルーキーコンビだけじゃない!!

 

 

赤黒軍団の勢い止まらない。先日行われたリーグジャパン第六節で、またもや仕事を成し遂げた“若きエース”宮水青葉(16)。この試合で見せたのは決定力だけではなく、自分へのマークが集中した場合のプレーぶりだ。

 前半の先制弾に加え、勝ち越しゴールを決めた後の献身的なプレーぶりは、オフザボールの動きに長けたクレバーさは、天才と言われた選手たちに共通しないものだった。元々他を寄せ付けないスプリント力をも誇る彼だが、それをデコイに使い、自身にボールが来なくても行えるメンタルコントロール。普通なら手を抜きたくなるような場面でも、彼はそうならない。

 

—————「ドリブルが注目されますけど、ボール持っていない時は出来ませんしね」

 

ボールを持っていない時こそ、考え時だと話す宮水選手。椿選手からのラストパスの場面も、村越選手からのラストパスも、完璧なタイミングでの抜け出しでゴールを奪ったことから、準備がとてもスムーズに行えているのだろう。

 そして彼の選手像を表す3点目のシーンこそ、この選手の魅力を散りばめたシーンと言っても過言ではないだろう。前方に広大なスペースがあったにもかかわらず、瞬間的にロングパスを選択。大外のフリーになっている椿を見つけたのだ。ゴール前を常に確認しなければできない選択だった。

 

 

 

試合の方は、同じくルーキーである鷹匠の2ゴール1アシストの活躍により、勝ち点3が零れ落ちたかけたものの、世良の勝ち越しゴールで勝利。チームも勢いに乗っている。

 

 

これで開幕6戦無敗。かつての低迷した時期からは想像もつかない快進撃ぶり。決定力ばかりが注目されるが、今後は彼の“アシスト”にも注目するべきだろう。

 

 

リーグジャパンでの尋常ではない活躍。入団したばかりの彼を取り巻く環境はめまぐるしく変化し続けている。

 

 

欧州では、この若き日本の選手を獲得するためのチキンレースが繰り広げられている。極秘裏に入手した筋では、練習中に通訳係と思われる女性と英語、オランダ語を話すシーンがあったという。英語に関してはほぼ完ぺきで、オランダ語も文法の基本から熱心に聞き返している。

 

これに歓喜したのは、オランダリーグのクラブチームであり、プレミアリーグのチームもかなり注目するようになっていた。

 

彼は恐らく、オランダリーグからプレミア入りを目指しているのではないかと。しかも、16歳の年齢でそれを考えて計画的に行動できている点も若者離れしている。

 

しかし、それに待ったをかけたのはスペインリーグの強豪————白い巨人と、国外含めた中堅のクラブチームと、直接プレミアを画策する2クラブ。

 

ビッグクラブと目されるクラブが複数注目する日本の若き新星。強化試合で見せた圧巻のプレーに続き、浦和戦で見せた今季4アシスト目は、衝撃を受けたという。

 

そのついでで注目された椿大介への熱視線もかなりのものだ。彼は宮水青葉がパスを出すかもしれないという考えのもと、大外にスプリントしたのだ。前準備が出来ている、何となく動いてボールを貰うという若年層にみられる半端なプレーではなく、明確な意図を持ってプレーできている。

 

 

市場価格はETU入団時の時点で200万ユーロを超えており、リーグジャパンでの他を寄せ付けない大活躍で、現時点で350万ユーロにまで膨れ上がっている。なお、18歳に満たない彼は、海外移籍が不可能な状況下にある。(なお、契約金の最高額は日本円で2億)

 

彼の母は既に他界しており、父親は岐阜市の市長。大学生の姉と中学生の妹がいるようだが、海外留学を考えることもないという。

 

確実に言えるのは、彼は語学に関してとても慎重な意見を持つ人物であること。今の彼の将来像はオランダからのプレミア入りだろう。まずはそこを改善する必要があるのだ。

 

彼の最終目標がプレミアからスペインに。自分たちのクラブからビッグクラブへと変えるために。

 

 

「——————日本の真珠は、我らの手に」

 

 

 

試合後、青葉は約束通り。彼女のもとを訪れていた。やはり友人と一緒に着ていたようで、彼女らも待っていてくれたようだった。

 

 

「今日は本当にありがとう。江藤さんのおかげで、栗澤さんも錯乱せず、一日が終わりそうだったしね」

 

「英語が喋れないと、ここまで貶されるのか。おじさんは悲しいぞ」

ウソ泣きで笑い始める栗澤。青葉の毒をまるで受け流す。そんなやり取りに藍子は唖然とする。

 

「あの、凄かったです。ゴールも凄かったですけど、3点目が入った時。何が起きたのか、分からなかったです」

 

素直にあの瞬間はなぜボールが一瞬であんな遠い場所に移動していたのか分からなかった。青葉はそのままスプリントしており、藍子は彼がまだボールを持っていると思っていた。

 

しかし、気づけば大外にいた椿選手が点を決めていた。スタジアムの主役の座を渡さない、魔術師のようなプレー。

 

ダイナミックな力強い走りに、そのプレー。気づけば彼ばかりを見ていた。が、彼は球離れがだんだんと速くなり、試合はそれと同時にどんどん動いていった。

 

対する青葉は、素直に「わからない」と口にした少女への認識を改める。大抵はかっこよかったとか、素敵とか、抽象的な言葉を並べてくるはずが、それがこの少女にはないのだ。

 

 

「あの3点目はイメージ通りだったかな。ゴールは全部おおよそのイメージはついていたけど、あそこまで再現度の高いプレーは、なかなかできるものではないかな」

 

自画自賛のコメントを残すが、傲慢さはかけらも感じられない。プレーを楽しんでいる、そんな印象を受けた藍子。

 

「ほんとは、ハットトリック決めたかったんだけどね。世良さんにヒーローとられちゃったよ」

 

「そんなこと——————」

 

ちゃっかり自分の願望を零す青葉。しかし、藍子にしてみれば試合が動いた時に青葉はこれでもかと目立っていたのに、と口にするが、それ以上は青葉が笑ったまま何も言わない為、こちらも何も言えなくなった。

 

 

 

「————どっちが近いのかは分からないけど、浅草と町田、八王子のプレミアチケット。一日限りだから、使う時は気を付けてね。一番都合がいい場所が分からないから、全て用意させてもらったよ」

 

差し出したチケットには、有効期限と詳細が書かれていた。

 

「本当に栗澤さんはこういう場面ではポンコツですね。若いのに、英語ペラペラな江藤さんを見習ったらどう? 青葉君のようにオランダ語を学ぶ姿勢とか、全然足りないわよ」

有里に叱責を受ける栗澤。しかし、その後のコメントに栗澤が反応する。

 

「えぇ!? 青葉君オランダ語にも手を出したのかい!? すごいな」

栗澤も初耳なのか、青葉のオランダ語の語学勉強に驚く。しかも有里からは何も聞いていなかったらしい。

 

「ええ、まあ。指揮官用に使うか、リーグで使うかは未定ですけど。手ごろなところから始めようかなと」

 

青葉も説明しない理由はなかったのだが、話すタイミングはなかったという。それを見ていた藍子は、衝撃を受けた。

 

—————この人は、16歳でもうそこまで考えているの?

 

何のために語学を学ぶのか、どこに行きたいのかを明確にしていた。自分とはやはり違ったのだ。それこそ、ドイツで頑張っている花森選手のような人物と近かった。

 

何もかも違い過ぎる。英語を褒めてくれた青葉ではあるが、自分はそんな大層な人間ではない。

 

「凄い、ですね。英語以外に学ぼうとするなんて」

嫌味に聞こえないだろうか、声のトーンが落ちてしまったことに自分を叱責する藍子。

 

「必要だと思ったから、かな。俺は何としても外に出たい。海外サッカーに挑戦し、成功するために努力は惜しまないよ。それはプレー以外の面でも同じだ」

 

もうこの時点で違う。青葉は明確な目標の為に語学を学んでいる。自分の様な卑屈な理由で語学を学んでいない。

 

故に気づかない。青葉は、無自覚にこの少女の急所をついてしまう。

 

 

 

 

 

「だって、江藤さんも英語を使って何かをするために、学んでいるんでしょ?」

 

 

 

 

「——————っ」

 

至極当然な口調で、悪意無しに語る青葉。その言葉で、藍子の視界が揺れた。揺れたのではなく、霞み始めた。

 

「—————え、江藤さん?」

突然顔を伏せ始めた彼女を見て、狼狽える青葉。

 

「—————い、いえ。宮水選手の意識の高さにちょっと、驚いちゃって————うん、大丈夫です」

 

彼に悪気がないことは百も承知している。しかし、ただ外の世界に出てみたいと思う自分と、その先で明確な目標を持つ彼の在り方に気おされてしまった。

 

「—————そ、そうなのか。けどまあ、クラブ関係者以外にここまで喋ったことはないからなぁ。現状、最終目標は夢物語に近いし————」

 

ワールドカップ制覇は、自分だけが凄くても、優勝は厳しい。クラブで絶対的エースを演じていても、栄冠を獲れていない選手が数多くいる。重要なのは選手層なのだと、青葉は感じていた。

 

「そんなことありません! 絶対叶います! 宮水選手なら!」

 

だが、そんな否定染みた言葉に、突然声を荒げる藍子。それは慰めのような言葉ではなく、そんな言葉を聞きたくなかったかのような、叱咤に近い印象だった。

 

 

彼の抱える夢を知っているわけではない。しかし、彼女は無条件に青葉の夢は叶うと信じてくれたのだ。

 

 

「あ——————」

 

だから、青葉は呆然としてしまった。そして、彼女に対する負の感情は沸いてこず、説明のつかない何かが頭を支配する。

 

「す、すいません、生意気なことを言ってしまって—————その、失礼、します————」

 

瞳が濡れていることを気づかせたくないために、藍子はこの場から離れてしまう。青葉は呆然としたままだ。

 

 

「……俺は、彼女を怒らせちゃった、のかな……けど、なにがそうさせたのかな—————ああっ、失言だった。自分の主観ばかり押し付けるのは。つい話が弾んだから——————俺のバカ―————」

 

 

「青葉君—————」

 

青年は、誰よりも意欲と向上心に溢れていた。その為のエネルギーも備えていた。だからこそ、彼女はすぐに彼に対して憧れを抱いたのだろう。

 

そんな彼の弱気な発言は、彼女の心に影響を与えた。栗澤が推測できるのはここまでだ。

 

————これは、おじさんが一肌脱ぐ必要があるな。

 

青葉の狼狽した姿など、女性相手では颯だけだった。駆から聞いた、群咲舞衣からのスキンシップに冷静な態度を乱すこともなかったという。

 

—————俺、あいつの運命の瞬間に立ち会っちゃったかなぁ

 

 

 

 

 

 




成績だけなら青葉に匹敵する結果をたたき出した鷹匠君。

代役CB君には違う形でまた登場させたいなと思います。まだモブだけど・・・
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