騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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地方クラブ最強の男が、ついに登場。


新潟の榎本は、止まっているボールに関して日本最強の実力を誇ります。


しかし彼は、プレーの中で代表クラスを超越する攻撃力を誇ります。


第六十六話 超積極主義

開幕から好調を維持するETUの次の相手は甲府。そこには、かつてドリブルにおいて日本国内で右に出る者はいないとされた、元天才ドリブラーが在籍していた。

 

「———————今度の相手、噂のルーキーはいないけど、かなり好調らしいな」

 

その男は主役不在だという彼らを知り、残念そうにつぶやく。自分のドリブルと彼のドリブル。どちらが最高にピッチを躍動させるのか。何より間近で彼を見たかったのもある。

 

「だが、これ以上ない追い風だ。奴が後半はいるだろう。奴不在のチームに負けるようでは、この先上位に食い込むことは困難だ」

 

元天才ドリブラーと同じく、落ちこぼれの烙印を押された関西出身の青年は、今のうちに勝ち点3を奪えると推察した。あの怪物のデータが序盤は揃っていない。勝負は後半戦で、データが揃ったときに対抗策は編み出せると信じていた。

 

「秀哉、真吾。やつらはそれでもうちよりは格上だ。何より、生きの良いサイドアタッカーがちらほらいるみたいだしな」

 

若武者二人を窘めるのは、元日本代表の経験を持つベテラン岩城淳治。長年代表で戦い続けてきた彼は、ブラン監督就任前から代表から遠ざかっており、達海に対して複雑な心境を浮かべている一人でもある。

 

——————まさか、俺より早く現役を退くとはな、達海

 

衝撃的だったのは、あのデビュー戦で岩城のいるチームを翻弄する活躍。あの試合後半途中までプレーし、すでに1ゴール1アシストを決める等、これからの将来が皆に期待されていた。

 

接触プレーで、達海はピッチに倒れこみ、そのまま起き上がること無く去ることになった。その光景を岩城は忘れたことがない。

 

——————怪我なんかしていなければ、この試合でマッチアップできたのかも、というのは夢見過ぎか。

 

 

達海猛なら、今頃ビッグクラブでバリバリ活躍していただろう。今の自分のように衰えを理由に日本に戻ることもあり得ない。

 

「やっぱり達海のことか? 淳治」

 

浮かない顔をしている岩城を見て、声をかける山田幸太。彼もまたい岩城と同じように元日本代表で衰えを指摘され、甲府に移籍してきた選手だ。

 

達海のプレーは知っていたし、彼からのロングフィードは何よりも優しかった。そして、自分を奮い立たせるようなパスだった。

 

——————俺たちがロートルやってて、お前が監督なんて。あの頃を知っているからこそ、未だに信じられないよなぁ。

 

「ま、お互い今は現役を少しでも伸ばそうぜ。達海だって気遣うような相手は大っ嫌いだしさ」

何より彼は負けず嫌いだった。ボードゲームで彼を打ち負かした際は、彼が勝つまで付き合わされた。その頃を思い出し、山田は微笑む。

 

「そうだな。とはいえ、“日本の未来だった”男の姿を見ると、どうしてもな」

しかし、岩城は今が悪夢の中で、現実はもっと達海が海の向こうでプレーしているんではないかと思えてしまうのだ。

 

あの達海が消えてから、日本の未来を謳われる選手が台頭し、すぐに“いなくなった”。

 

輝かしい活躍と同時に、自らを光らせ過ぎたのか。過度な注目と重責に押しつぶされ、ときには達海と同じような、達海以上の非業な運命に導かれ、その第一線からいなくなった。

 

————どうしてお前が、どうしてそんなところで。そう思える選手たちがいた。

 

その最たる例が持田だ。達海以上に怪我を重ね、日本最高峰の実力者でありながら、代表でワールドカップの舞台に立てていない。もしあいつがいればと、達海以来感じさせる選手だった。

 

前線でド派手にゴールを決める自由気ままな“竜”も、いつの間にかいなくなった。短く太く、鮮烈な輝きを放った彼は、花火のように消えた。

 

かつての輝きはそこにはなく、怪我の影響で思い通りのプレーは出来なくなっていた。カップ戦で勝ち上がった彼の所属する二部のチームで、彼がベンチ外になったことを知り、サッカーの神様の気まぐれを恨んだりもした。

 

 

 

彼らも、持田のようにもっと—————もっと——————ッ

 

泥臭くやって、人よりコンディションに気を付け、準備と体の頑丈さだけが取り柄だった自分たちだけが、生き残っている。

 

「淳さん—————」

 

「だったら、俺がなるんで心配ないっすよ。俺が日本サッカーの価値観壊してやりますよ。ガンガンドリブルで仕掛けて、自分からアクションするサッカー。ま、周りが個性出してくれないと、楽しくないし」

 

ドリブルと裏へ抜けるランニング。それをこのクラブで学んだ中島はブレない。そして、ディフェンスから一気にカウンターに乗じる興奮するような高速カウンター。

 

全員がひたむきに前を走り、ゴールを奪いに行くスタイル。田舎のクラブには曰く付きの選手や衰えたロートルの選手が在籍しがちだ。まだまだ無名の若手が活躍を狙う格好の場所でもある。

 

「シュウ……その宇宙人なのか、単純にずれているのか、単に図太過ぎるのか分からない発言はどうかと思うが、フットボーラーならそれくらいのエゴは必要なんだろうな」

 

中島は、岩城を気遣う中村とは違う。むしろ、そんなウジウジした感情全て、自分が壊してやると言い放つのだ。

 

「だからこそ、アオ君に期待しているんだよ。俺、あいつのプレースタイル好きなんだ。ガンガン仕掛けてゴールを奪うシーンが。そして、周りも活かせる。すげぇよ。同じ年齢なら絶対叶わないって、連呼してただろうなぁ」

 

だからこそ、彼に刻み付ける。自分がいないチームが、中島という存在と出会うことでどうなるかを。

 

「—————成人しても、お前は変わらないな。その姿勢は」

 

岩城にとって、サッカー小僧同然で、甥っ子のように可愛い中島がそれになることに期待もしている。だが、今の自由気ままな彼が希望となり、雑音や重責で潰される未来を恐れていたりもする。

 

 

「残酷だが、日本の未来は至る所で生まれてるぜ。良くも悪くも、もうあの頃とは違うんだ」

 

山田は、岩城の不安を知っている。長年日本代表でやってきた友人だ。だからこそ、若手がグイグイやってくれるなら、それを全力で応援するし、相手チームとして出てきたのなら、全力で相手をするだけだと決めていた。

 

——————アオ君不在とはいえ、いい若手はいっぱいいるの、知っているんだぜ、達海。

 

山田は笑う。いいチームになりつつあるETUを見てフットボーラーとして、かつての達海のファンとして、その未来を思う。

 

—————ちょっとロートルに入りつつある俺をチンチンに出来ないようじゃ、日本の未来は担えないってな

 

だからこそ、自分は世界で戦ってきた全てを常に出し続ける。そのプレーで日本の未来が生まれると信じて。

 

 

 

そして同時期、青葉は甲府のドリブラーのことを考えていた。自分は当日出席日数の関係で出ることは叶わない。しかし、中島秀哉というドリブラーは何か違うと考えていた。

 

—————映像で見る限り、この人は“日本人”ではない。

 

発想が、そのプレースタイルが日本人離れしている。それは、駆や椿にさえ感じなかった個性だった。

 

あの達海すら圧倒する積極的なプレースタイル。ボールを持てば試合の流れを一変させる存在感と、その広すぎる視野から繰り出されるロングフィード。

 

生半可な布陣では止められない。ボランチとして出た自分さえも、“彼の得意の形”が出来てしまえば、止めることは至難の業だ。

 

彼の得意な形を封じるには、中盤の運動量で負けてはならない。スペースを徹底的に消し、高い位置で前を向かせないことが必要なのだ。

 

——————監督。その人は、普通じゃない。たった一人で試合を決めてしまう男です。

 

青葉は、彼への対処法を間違えた瞬間に試合が決まってしまうと警戒心を高めていた。

 

 

 

 

 

 

さらに、ETUの監督達海も甲府の“中心人物を支える”岩城と山田のことはしっかり覚えていた。自分が掴み取れなかった未来を掴み、未だにボールを蹴り続け、若手に自分のサッカー観を伝え続けている。

 

それは、達海の夢の一つでもあった。

 

 

——————まだ現役を続けて、国内トップクラスの走力を持つ山ちゃんには脱帽だぜ。

 

ロートルなのに、スプリント回数は衰えず、海外の世界最速クラスには劣るが、その分ポジショニングに上手さが見え始め、並大抵の相手なら単独で止めてしまう個の力。

 

さすがはローマでリーグ優勝した主要メンバーであり、歴代ベストイレブンに何度も名を連ねる男だと彼は思った。

 

—————なんかもう、感慨深いな。あの頃のメンバーが今もプレーしているのは

 

自分のプレミア挑戦が終わった日。真っ先に声をかけにきた岩城。戻ってこい、絶対に戻って来いよと励まし続けた彼の言葉は忘れられない。

 

——————まだ日本代表を目指しているんだよな、二人とも。

 

もう数年は呼ばれていない。実力者でありながら、世代交代の風潮のせいで召集から遠ざかっている二人は、今の日本代表の中に足りないものを持っている。

 

 

—————だからこそ、勝つぜ。二人という高い壁を超える為に。

 

 

それは、未だに戦い続ける戦友たちへの宣誓だ。

 

 

——————去年のリーグ戦で、最も輝きを放った怪物と戦うために。

 

それは、このチームの選手たちがどこまであの怪物に食らいつけるかを試す冒険である。

 

 

この戦いを経験することで、“彼ら”という世界クラスを知る選手たちを知ることで、選手たちに何かが生まれると信じて。

 

 

 

かつての日本代表メンバーが激突する第七節。好調ETUが連勝を伸ばすのか。それとも降格圏から遠ざかりつつある甲府が、ジャイアントキリングを起こすのか。

 

4-3-3の布陣で挑む甲府に対し、ETUは4-2-3-1の布陣で宮水、逢沢がベンチ外。前節の試合の影響なのか、達海監督は切り札を温存する形となった。

 

なお、宮水と逢沢は学校である。学生なので、両立も厳しいのだ。

 

 

GK  1番 緑川

RSB22番 石浜

CB 27番 亀井

CB 26番 小林

LSB14番 丹波

CMF 6番 村越

CMF 8番 堀田

RMF15番 赤﨑

LMF21番 矢野

OMF10番 ジーノ

CFW11番 夏木

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 29番 飛鳥 16番 清川

MF  25番 宮野 7番 椿

FW 20番 世良

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  5番 石神 12番 鈴木  24番 住田

   2番 黒田 13番 向井(CB)3番 杉江

MF 28番 広井 19番 逢沢

   4番 熊田 17番 宮水

FW  18番 上田、 9番 堺

 

 

しかし、自陣で守る甲府に対し、中々攻め手に欠けるETU。宮水、逢沢といった単独で打開できる選手が不在の中、ジーノが必然的に狙われるわけだが、

 

 

「あんまり暑苦しいのは好きではないんだ」

 

ワンタッチプレーでサイド展開や、スペースに走りこむ夏木を多用するジーノ。ボールを持つ時間が極端に短いのだ。

 

そうなると受け手の走りが要求されるのだが、赤﨑が人数をかけて潰される。

 

「なっ!!」

 

後ろから挟み込まれるようにプレスを受けてボールロスト。ポジショニングよく距離を詰め、赤﨑の仕掛けを潰したうえでの封殺。

 

さすがは日本代表だった男。左サイドバックは堅牢だった。

 

—————ロートルの選手に、あっさりと—————

 

ショックを受けて立ち止まる赤﨑を見て、山田はまだまだ青いなと刹那に思う。しかし、それでは海外に通用しないのだ。

 

—————奪い返す気概がないと、海外ではやっていけないぞ

 

 

ここから一気にロングボールでカウンターを狙う甲府だが、

 

『空中戦に強い亀井がここで競り勝つ!! 外国人選手との競り合いにも負けません!!』

 

そして中盤にはバランスを考えて立ち位置を変えて動く堀田と村越。村越がまずこぼれ球を拾い、すばやく堀田へとスイッチ。

 

マークを外す動きをしたジーノを狙うのがベターだが、相手はだんだんとその攻撃に慣れ始めている。

 

—————なら、お前の爆発力に賭けるしかねぇな!

 

今期は出場機会があまりなかった矢野の飛び出し。中に絞る動きでゴール前に飛び出した矢野を狙ったボール。それに対し、甲府はあまりにも無警戒だった。

 

何しろ完全にこの試合ではそれまで消えていた選手が脅威になる。しかし堀田は矢野の動き直しをこの試合ずっと見ていたのだ。

 

『矢野が抜けてきた! トラップしてああっとこぼれたぁぁ!!』

 

しかしトラップした直後を狙われた岩城のスライディングでボールをロスト。そのままクリアボールとなり、コーナーキックに逃れる甲府。

 

—————いいパスだったが、イメージを共通できていなかったな。

 

皮肉なことに、矢野よりも岩城の方がパスコースを完璧に読み切っていた。なまじ堀田の上手さを感じていたからこそ、予測は容易だったのだ。

 

 

「すみません、堀田さん! いいパス貰ったのに」

申し訳なさそうにする矢野。決めれば今季リーグ戦初得点だったのに、と悔しがってもいた。

 

「気にするな、ここでチャンスを作ったんだ。夏木はあまりニアサイドに行かないからな。ここでお前がバシッとニアに飛び込んでいけよ」

 

「うっす!!」

 

そしてコーナーキック。キッカーはジーノ。

 

————まあ、彼だよね。普通マークするのは

 

しかし、ジーノはあえてターゲットマンの亀井を飛び越えて、大外の赤﨑を狙っていた。

 

————ちゃんとつないでよね、ザッキー

 

折り返せば中央で歪になっている甲府のディフェンスを簡単に崩せる。ジーノはいつも青葉が狙っている形を選択していた。

 

相手は完全に亀井と近くの村越にマークが集中していた。相手のゴール前のクロスを跳ね返すことに徹していた。だからこそ、正面が空いていたのだ。

 

—————ここで決めれば————ッ!!

 

 

ここで赤﨑はカットインからのシュート。しかし角度がない場所でのシュートは山田に簡単に跳ね返され、そのこぼれ球が逆に甲府のマイボールとなってしまう。

 

—————距離が甘い。ステップもゴール前で大きすぎる。

 

山田は、赤﨑のミドルを撃つタイミングを予測していた。そして、予測していたうえでちょうどいい場所にボールを跳ね返せるよう調整していたのだ。

 

 

『ここで岩城がボールを拾う! 甲府一気にカウンター!!』

 

そして、カウンター時にその時だと感じた岩城が一気にオーバーラップ。意表を突くCBの積極的な上りに、ETUは翻弄される。

 

——————CBなのに。ここから一気に!?

 

—————やばい、前線の選手がもう走ってる!!

 

ベンチでは椿がその岩城の上りに応じて連動する前線を見て焦燥を覚える。世界標準のボールを操る技術を持ち、未だに国内で名をはせるベテランCBは、ついにあの男へとボールを渡す未来を確立させる。

 

 

ゴール前にずっと張り付いていたフォワードのダニ目掛けてロングボール。堀田との競り合いに勝つダニではあったが、ボールはあらぬ方向へ。

 

————ここを獲れば、カウンター返しに!

 

矢野が走りこむが矢野がたどり着く前に甲府の選手が一気に駆け上がっていたのだ。

 

『セカンドボール拾ったのは甲府!! またしてもロングボール!!』

 

 

そしてついに逆サイドに流れた中村にボールが通ってしまったのだ。

 

中村慎吾。五輪世代であり20歳の選手。かつて若年層の時代より期待をされていた逸材の一人。彼はパスセンスに定評があり、運動量こそイマイチだが、走るサッカーで鍛えられ、プロで大きく実力を伸ばした存在。

 

大阪ガンナーズユースに入団したものの、窪田との競争に負け、甲府へ移籍した彼が、ボランチとしてETUに風穴を開ける。

 

—————見返してやる!! 宮水と逢沢を先発させなかったことを!!

 

前掛りになっていたETUをあざ笑うゴール前へのグランダーのパス。スペースに走りこんでいたのは、左サイドの中島。

 

彼もまた、かつてレンタル移籍した選手。幼少の頃から、それこそジュニア時代からドリブルに定評があったが、守備力に課題ありとされ、東京ヴィクトリーで競争に負けた選手。その後は二部クラブを転々とするなど、所属先が1年ごとに変わるような日々。

 

そしてそのまま、年月が過ぎ去り、20歳になる前には、完全に甲府の一員となっていた。

 

現在彼は22歳。五輪代表はかなり遠のいているが、それでも諦めない気持ちを抱いている。

 

 

彼は絶対にあきらめない。自分のドリブルは世界で通用すると。必ず代表に選ばれるのだと。この地方クラブで辛抱強く自分を信頼してくれた指揮官に応えるために。

 

華やかな都会とは違う、サポーターとの距離が近いこの環境で、少しくらい夢を見させてやりたいと、本気で思えるようになったクラブで、結果を出すのだと。

 

 

—————ここだよ。これだよ!! 俺が求める瞬間はここから始まるッ!

 

連続シザースからの抜け出し、からの片足ダブルタッチ。村越がマッチアップするも、角度を付けられ簡単に躱される。

 

—————こいつ!! この動きどこかで!!

 

まるで、ドリブルだけなら一瞬宮水を連想させるような存在。スピードは彼ほどではないが、完全に打ち負かされた。

 

そのまま一気にバイタルエリアに侵入する中島。ワンタッチツータッチを入れながらのマシューズフェイントで、堀田を刹那の時間で抜き去る。ボランチ2枚を瞬時に斬り伏せた彼は、複数のシュートコースを感じる。

 

「—————(足が、届かない)」

 

堀田よりも小柄で、短足で、フィジカルは皆無に等しい中島に触れることすらできない。堀田はそのあまりに異質なプレーに衝撃を受けながら、アンクルブレイクの余波で尻餅をつく。

 

『中島シュートぉぉぉぉぉ!!! 突き刺したァァァぁ!!!! 甲府先制!!! 決めたのは10番の中島!! 前半34分!! 今季5得点目!』

 

そして、ボールが潰れるような轟音と共にゴールネットを突き刺した弾丸ミドルに呆然とするのだった。

 

 

『目の覚めるような一撃でしたね。あの距離から、しっかり角度を作ってから、狙いすましたかのようなミドルシュート。さすがの緑川も対応できませんでした』

 

その後、左サイドで猛威を振るう中島をETUは止められない。何しろ、プレスが完全に機能していない。宮水青葉が相手側にいるような状態なのだから。

 

前線からのプレスが悉く躱される。矢野と赤﨑二枚掛りに対しても、珍しく守備をしたジーノをあざ笑うボールテクニック。

 

 

胸トラップからのアウトサイドのトラップで、矢野のスライディングを躱し、続くジーノのフォアチェックをマルセイユルーレットで躱しきる。アウトサイドトラップからのスプリントの状態を維持しながらの高速ルーレットに、さすがのジーノも唸る。

 

—————曲芸師の如くだね。

 

棒立ちで躱されるジーノではあるが、誰も責められない。何しろ、このフィールドにおいて中島を止められる選手は皆無なのだから。

 

—————間延びしまくってんな

 

 

中島の対角線を狙うロングフィード。3人を躱されスペースを埋めるべく前に出なければならなかったETUの思惑をあざ笑う急所を突くロングパス。ではあるが、味方選手が追いつくことが出来なかった。

 

「悪い、秀哉! 次は追いつく!」

 

 

「どんまい、どんまい! いい形作れてるし、いいゲーム作ろうぜ!」

 

 

何もかも中島の思い通り。さすがの達海も、ドリブルという武器に関しては日本代表トップクラスすら超越する中島の攻撃力に有効策を見いだせない。

 

 

—————今の日本代表に、あそこまでドリブルで仕掛ける、抜き去ることの出来る選手はいねぇ。

 

 

花森でも、単独で状況を打開できるだけの実力はない。完全にリーグジャパンにとっての反則的な存在。

 

 

甲府のやばい奴。無慈悲ハットトリック男。甲府の宇宙人

 

 

ついたあだ名はどれもインパクトに欠けるが、中島の恐ろしさを表現しているものだった。

 

 

「くそっ!!」

 

何とか食い下がろうとする赤﨑だが、もともとのテクニックが別次元。オールラウンダーでうまい赤﨑に対し、シュートセンスとドリブル全振りの中島は厳しい相手だった。

 

『あっとまた抜け出した!! そして次も躱した中島!! これで二人目!! そしてそのままクロスボール!!』

 

そのままハイライトのように石浜が一合で躱される。赤﨑は数秒粘ったというのに、彼は一瞬しか時間を作れなかった。

 

—————間合いが、入り込めない

 

目の前の中島が、絶望した表情を浮かべる石浜の前でクロスボールを上げた。

 

 

そして亀井との空中戦を制したダニがヘッドを叩き込んだのだ。完全に左サイドがストロングポイントになっている甲府が攻勢に出ていた。

 

『決まった追加点!! 甲府これで2点リード!! 前半ロスタイムにダニのヘッドで追加点!! ダニ、これで今季2点目!』

 

『今のは気持ちが入っていましたね。対するETUは、控え中心で中島の動きに戸惑っていますね』

 

『中島選手の攻撃の形は、下がった状態で前を向き、味方サポートを万全に受けられるポジショニングから始まります。ですが、彼のスタイルを阻止しようと動くと、ロングボールで一撃必殺の形を作られますからね。』

 

好調を支えていた自慢の攻撃力の象徴でもあった宮水と逢沢が抜けたとたんに自信がなくなっているかのようなETU。後手に回り、格下相手に苦しい前半終了を迎える。

 

格下甲府相手に、まさかの大苦戦。2点ビハインドの状況に陥り、戸惑いを隠せないのはETUサポーター。

—————リーグ戦全勝なんて夢物語もいいところだ。だが、今日の控え中心のメンバー?

 

 

—————遊びすぎだろ、達海の野郎!

 

 

————守備陣はいいけど、攻撃陣の手詰まり感がやばいだろ

 

持って動かすことが出来ない二列目。矢野は受け手、赤﨑は元日本代表山田に封殺され、夏木は完全にゲームから消えている。

 

王子は競り合う気がないのか、キープをするつもりがないようだ。

 

————くそっ、全試合勝てとは言わねぇ。けど、これはねぇだろ、達海!

 

コールリーダーを受け持つ羽田は、好調で大阪との全勝対決を望んでいるわけではない。そんなこともあればいいな、と期待はしていた。しかし、格下相手になめているのかと思えるほどの布陣。アウェーまで駆け付けたファンを馬鹿にしているような試合展開。

 

しかし、就任会見で達海は既存のメンバーに多くのチャンスを与えていきたいとも言っていた。選手を試す、その余裕を今この序盤で使っている。

 

 

 

ベンチ外の黒田は、浦和との試合で疲労が蓄積しており、コンディションが整わないままだった。強豪との試合で献身的に守備に回っていた杉江と共に、試合を観戦していた。

 

 

「————————————なんで控えメンバーで迎え撃ったんだよ!! これじゃ、この試合落とすぞ!!」

 

「けど達海さんの考えもわかるな。確かにうちはいいスタートを切った。けど、このまま一年を耐えることは出来ない。高卒組や高校組だって一年戦った経験がない。何より学生の本分だってある」

黒田が憤慨するような試合展開でも、杉江は冷静だった。黒田に対し、丁寧に戦術を説明したあの監督だ。意図も分かり切っていた。

 

「そ、それは—————」

 

「—————俺たちは変わったかもしれない。けど、まだ変わり切れていないレベルの問題もあったんだ」

 

 

主力不在という逆境の中、全員にチャンスがあると開幕前に宣言した達海の言葉を思い出す杉江。

 

そして、レギュラー奪取を狙う彼らの前に立ちはだかるのは、史上最高のアクティブモンスター。

 

 

———————リーグジャパン史上最高のドリブルを誇る中島秀哉。

 

 

格下と思われていた甲府の特異点の一人。そんな彼とマッチアップしている石浜は、既に心が折れているようにさえ思えた。

 

しかし、相手が強いからあきらめるようでは、レギュラーは与えられない。ここで石浜が折れずに食らいつくのか、それとも怪物の蹂躙を許すのか。

 

チャンスを与えるといった割には、厳しいものだと杉江は一人思うのだった。

 




作中で断言もされていますが、ボランチ青葉を手玉にとれる存在です。

お互いにゾーン状態で無い場合、9割の確率で中島はボランチ青葉の壁を突破します。この先も推移するでしょうが、成長しても中島の突破率は6割から下がりません。



また中島も青葉を止めることは出来ません。出来るのは時間を稼ぐかファウルのみ。

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