騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
前半が終わり、後半になってからは横パスが多くなるETU。切り込める選手が赤崎に集中し、その赤崎が精彩を欠く。矢野の飛び出しもすっかりケアされており、ピッチ上の選手は行き詰っていた。
「—————無敗だからこそ、色々試してみたけど。やっぱり回らないか」
最終ラインはいい動きをしている。ダニとの競り合いやコーナーキックの際にもよく動いている。ここは及第点を上げてもいい。課題があるとすれば、ビルドアップを亀井に任せきりにしている小林だろうか。
しかし、攻撃陣はジーノに任せきり。何とか堀田が意表を突いたロングパスで状況を打開しているが、その後が足りない。
攻め手が単調で、戦術が単調な相手はそれに対応しやすい。そして何より夏木はスペースのない状況で思うように動けていない。
——————いいパス貰ってもあそこまで外す選手は椿だけかと思ったが
ジーノからのプレゼントパスを枠外に飛ばしたときは、体が一瞬だけ熱くなった。
その後もチャンスを悉く決められない夏木の動きに対し、ここで夏木を下げようと思い始めた矢先、
矢野からの雑なロングボールを収めた夏木が、胸トラップした瞬間
『胸トラップからターンして振り抜いたぁァァァ!!! 決まったぁァァァ!!! ETU反撃の一発はこの男から!! 背番号11、今季初得点!!』
『決める時は派手ですからね。しかし、勇気を与えたゴールだったでしょう。後半開始早々、8分ですか』
「おっしゃぁぁぁぁ!!! ついにきめたぞ、うははははは!!!」
「ボール!! ボール!! 早く再開するぞ!」
「今はしゃがないでくださいよ!! まだ負けているんですよ!!」
「夏木のゴールは凄かったんだ!! 一瞬だけでもいいだろ!!」
何か足並みは揃わないピッチ内の選手たち。
その後も、チャンスは作るものの、後一歩が足りないETU。しかも中島の動きはなかなか止めるのが困難な状況。
———————中島が凄いのは仕方ないにしても、うちもそろそろ逆サイドで抜け出し以外のことが出来ないとな
矢野は先ほどからパスに参加したり、抜け出しのみ。赤崎のように仕掛ける怖さがないので、寄せられたら簡単に後ろに下げている。これ以上この動きが続くと狙われかねない。
ここで達海監督動く。左サイドを矢野からスピードのある宮野に代えたのだ。後半20分過ぎでの一枚目の行使。
「状況は分かっていると思うが、相手は左に集中するあまり、こちらは手薄だ。仕掛けられるときに仕掛けてこい」
そして宮野が入ったことで、逆サイドの弱みを徹底的につくETU。後半30分にその時が訪れる。
『緑川のショートパスから、堀田。今日はここで堀田がボールを落ち着かせています!』
ジーノが狙われるのはわかっている。その状況下でどう打開できるのか。3列目の攻撃参加が試される局面で、堀田が渋いプレーを終始行うのだ。
そして右サイドの赤崎へとロングボール。赤崎が当然仕掛けるが、枚数をかけてくる甲府。
—————落ち着け、赤崎。前を向けば何が出来るのか、何が出来ないのか。
—————お前は視野の広い選手で、もともと人を使うのも上手い選手だろ?
夏木がファーサイドによる。ロングボールからの競り合いで豪快なのを狙っているのだろう。そして中央付近にはジーノ。当然マークがついている。
————けど、こんな状況。俺が仕掛けるしか————
その時だった。
「赤崎っ!!」
中に絞った動きをしていた赤崎の背後からオーバーラップする丹波の姿が。それに釣られた選手が一瞬だけ丹波の方を見る。
————ここだっ!!
『赤崎抜いたァァァ!! ここで一人躱した!!』
丹波をデコイとして使った赤崎の巧妙なプレー。ここでミドルレンジが来ると警戒する甲府イレブン。ついにこの試合で初めて山田を抜いた。
—————山さんが抜かれた!?
—————すぐにプレッシャーだ。ブロックでクロスを跳ね返せ!!
中央、ファーサイド、目の前が塞がれている状況。赤崎の選択はある男によって広がることになる。
————中央にそこまで飛び込んできたら、出すしかないじゃないか
『中央にスルーパス!! あっと宮野だ、宮野切り返して!』
勢いよく飛び出してきた宮野に引っ張られるディフェンス。しかし、宮野は刹那の瞬間に急停止。つり出された選手が倒れ、カバーに入る選手が左から寄ってきた。それを目で捉えていた宮野。
————タイミングだ、すぐに動くといけないんだ
引きつけて、引きつけて—————
コースを塞がれるか空いているかの瀬戸際。宮野がここで切り返し。右足のヒールでボールを切り返し、左へと持ち替えたのだ。左で持つというデータがなかった相手選手は驚愕する。
————なっ、こいつ左も使えたのか!?
そのままボールを転がし、左足のシュート態勢に入った宮野。しかし、まだここで打たない宮野。
『フェイクを入れてまた一人躱してPA内に侵入!! 左足転がして!!』
そして素早いモーションでの右足の振り。ワンテンポ速く行ったクイックモーションでキーパーが反応する前を狙ったコントロールショット。しっかりと体の正面にボールを置く位置に自分を移動させた、計算し尽くされた宮野のプレー。
—————データにないプレー!? 彼は伸びているのか、この試合で!?
左足のトラップに不安を抱える宮野が、思い切った選択をとった。何より、なにがなんでもゴールを決めるという気迫を感じた岩城。
急には止まれない。人の体はそこまでうまく作られていない。岩城という壁ががら空きになり、宮野のシュートコースを守るのはキーパー1人。
『速いモーションだぁぁぁァァァ!!!! 決まったァァァ!!! ETU同点!! ついに試合を振り出しに戻しました!! 決めたのはスピードスターの宮野!! 見事な飛び出しと最後冷静な切り返し!! キーパーノーチャンスでしょう!!』
「——————!!!!」
雄叫びを上げる宮野。普段寡黙で真面目な彼が、殻を破ったかのようなゴール。左足でのコントロールという新たな武器は、宮水に追いつくための努力。入団時から取り組んでいた左足の精度が、ここにきて実を結びつつある。
—————片足しか使えないのは、なんかな。どっちも中途半端より、どっちも使えるほうが脅威だと俺は思うけど。
何気ない青葉の一言だったが、宮野には新たな未来を感じさせる天啓ともいえた。
「凄いの決めたな、宮野! 左足の切り返しの以降が異次元だ!」
村越も驚愕の宮野のコントロールショット。まさか宮野がここまで急激に伸びるとは考えていなかった。
一応アシスト扱いになる赤崎だが、宮野のプレーに目を奪われる。
「なんて奴だ。スピードで威嚇して、それを武器にしてやがる。そして決めきる力」
「試合は振り出しだ。あの中島を止めねぇと、また突き放されるぞ」
「それにしても、今のは凄かったねぇ。特等席で見たけど、あれはいいものだったよ」
この技ありシュートに対し、アウェー席も雄叫びを上げるサポーターたち。
「おっしゃ同点!! 宮野がまた決めた!!」
「一瞬だけ宮水の姿に見えちまったよ!! 特にあの飛び出しからのストップ!!」
「あそこ宮水なら止まらずに一気にこじ開けるだろ!! 宮野がやりやがったんだよ!!」
熱狂するサポーター。二連続のスーパーゴラッソで追いつくスぺクタルな展開。
————なんだこりゃあ、これが去年15位だったチームのサッカーなのか!?
羽田は戸惑う。どんどんと自分の知るETUではなくなっていくことに。嬉しいことなのだが、急激な変化に戸惑い、嬉しいはずなのに、どういう風にすればいいのか分からない。
しかし、中島がやり返しと言わんばかりに仕掛ける。
『ああっと中島の突破!! 中島仕掛けてシュートぉぉぉお!! ナイスキーパー!! 緑川抑えます!!』
相変わらず中盤を蹂躙する中島。インサイドレシーバーの動きを何度も繰り返し、ゴールを脅かす彼に対し、堀田と村越はシュートコースを限定させ、緑川に託すことに徹する。
————俺だけを楽しませるだけじゃ、実はうち、勝ててないんだよなぁ。面白くない
そして宮野に対し、マークを強める甲府。やはり宮野の突破が活きてくる。控え中心とは言え、善戦する甲府。何とか勝ち越しを狙おうとするETU。
しかし、中島の突破を止めきれない代償が迫る。
『中島スイッチからのリターン!! あっと堀田躱され、村越がカバーに入る!』
中島は中に絞る動きで、ボランチ二枚をつり出しにかかったのだ。村越が反応したのを見るや、彼はそのまま自分に釣りだされている石浜をあざ笑う左サイドへのスルーパスで、ETUの致命的な穴を大きくする。
石浜が気づいた時にはすでに遅かった。
————あっ、そんな!? そのスペースは誰も—————
赤崎とは一進一退の攻防を繰り広げ、先ほど1対2の状況でついに牙城を崩された山田が、やり返すように裏を走っていた。
—————ここにきてから、お前は成長したよ
独りよがりなプレーで自滅する姿から、仲間を信頼する真のエースになりつつある、背番号10の選択を、心から嬉しく思う。
—————嘘だろっ!? サイドバックが中に切り込んでっ!?
ETUではありえない。経験豊富な山田の機を見た仕掛け。思わぬ急所を突かれ、何よりも信じられない選手がここで動いたのだ。
ここで、中央で、誰かが空いてしまった。誰かではない。ETUというチームが彼を空けてしまったのだ。
それを実現させたのは、元日本代表の勝負勘がそうさせたのか。赤崎には最後まで分からなかった。
—————やっぱ、ヤマさんのここぞの攻めは、右ストレートKOに匹敵するぜ!
一撃必殺。山田の勝負どころを見極める仕掛けは、競り合いの中でこそ最高に輝く。零れ球を狙う気満々の中島が走りこむ。
試合終盤で攻守に躍動するベテラン、若手のサイドコンビの攻めを見て、岩城は思う。
—————お前なら、本当にやってのけるかもな。
ここ数年、国内の名門クラブからオファーがあっても固辞する姿勢は、プロ選手らしくはないが、頼もしさすら覚えた。
そんな彼の行動に影響を受け、甲府というチームは変わった。連帯感がこれまで以上に出来た気がする。
—————勝ち切るぞ、この試合!!
山田のクロスボール。そのクロスボールにダニが必死の形相で跳躍する。それに対応するのは小林。
—————このままワンパターンに左サイドに蹂躙されることだけは!!
しかしここで小林がダニとの競り合いを制し、ボールはゴール前中央に。村越がそのボールに反応し、クリアしようとするが
—————神様、ここは振り抜けってことでいいんだよなぁッ!!
中村だ。中村慎吾がすでにシュートモーションに入っていたのだ。試合終盤、懸命に走り回っていた若きボランチに、最高の決定機が訪れる。
ETUが空けてしまった致命的な穴に対し、アクセルを緩めることなく走りこんでいたダイナモの輝きは、この瞬間最高潮に達する。
『あっとクロスボール跳ね返った!! セカンドボールは————中村慎吾ぉぉぉぉ!!!! 決まったァァァぁァァァ!!!!』
ETUを絶望に突き落とす、後半終盤での失点。決めたのは、中村慎吾。甲府の若き心臓が、この痺れる試合展開の中で、決めて見せたのだ。
『後半40分!! 甲府ついに勝ち越し!! 上位を走るETU相手に凄まじい粘り!! 中村の一撃がさく裂しました!』
『綺麗に合わせましたね。寸前で中島選手がシュートから身を引いているのが驚きですよ。』
中村のシュートの刹那、中島は超反応でそのシュートを躱していたのだ。緑川も予期せぬコースからの一撃で反応が遅れ、ゴールネットを揺らされる形となった。
—————お前のやけくそシュートって、妙に俺の方に飛んでくるんだよなぁ。狙いは無意識だ、とか絶対に嘘だろ、シンゴ?
終盤での手痛い勝ち越し弾を許し、モチベーションにダメージを与えられたETU。
さらに———————
下がった位置でボールを貰い、瞬時に前を向く中島。リーグジャパン、世代別でありとあらゆるシチュエーションで繰り返された彼の形。
「——————ッ」
宮野がまた抜きで簡単に抜かれる。一人目。
「っ!? ばか、な……ッ」
続くフォローに入った村越を連続シザースで揺さぶりをかけ、縦に行くと見せかけてのインアウトで村越の股間を抜く。奇抜なドリブルテクニックで体が硬直し、村越は理解する間もなくアンクルブレイクし、横転。これで2人目。
さらにボールと体が離れた中島に対し、スライディングをかける堀田だが、中島はここで理解不能なプレーを選択する。
「っ!?」
伸ばしきった堀田の足にボールを当て、変則的なダブルタッチで堀田すら躱してしまうのだ。これで3人目。
そしてCBコンビの亀井と小林が迂闊に中島に距離を詰められない中、中島が二人に対してボディフェイントを仕掛けながら加速し、亀井のスライドが遅れた瞬間を見逃さない。
「そ、そんな—————」
—————ありえない……
小林と、致命的な隙を突かれた亀井の開けたスペース。CBの間を瞬間的な加速力で一気に抜き去る中島。まさかのルートに亀井がシュートコースを塞ごうと動くがもはや手遅れだ。
4人目、5人目。
——————どちらに打ってくる!? まさかループ!?
緑川の目の前でループシュートのキックフェイントを晒した中島ではあったが、それはフェイント。空踏みからの切り返しで、あの緑川すらバランスを崩し、横転してしまう。
縦、ループ、切り返し、空踏みでのタイミングのずらし。下半身を完全に崩壊させるドリブルの極致を叩きつけられたETUは、この試合。このゴールで完全に闘志を砕かれた。
それは、ピッチに立っている選手だけではない。
それは、応援に駆け付けたサポーターも含まれていた。
『最後はキーパーも躱して流し込んだぁぁァァァ!!! 後半44分に追加点、ダメ押しの一発! 中島2点目!! 6人抜いてのスーパーゴラッソ!!』
『甲府の宇宙人が、ETUにとどめを刺しました!! 今のドリブル見ましたか!?』
『本場の宇宙人に迫る勢いでしたね。これは止められませんね』
甲府の絶対エース中島の恐ろしさが、ETUに刻み込まれた瞬間だった。
その後、闘志を完全に砕かれたピッチ上の選手たちは目立った反撃も出来ずに終戦。
完全にお通夜状態であり、項垂れるミスターETU。呆然とする宮野。苦悶の表情を見せる赤崎。
そして顔面蒼白な石浜。清川が声をかけても反応すらしないほど、精神的にやられていた。
まさかの瞬間、まさかの展開。試合終盤での劇的な勝ち越し弾を許し、それでもと食い下がる彼らに待っていたのは、宮水青葉並の悪魔的なドリブルによる蹂躙だった。
6人すべてがアンクルブレイクされてのダメ押し。その衝撃は当人にすらまだ実感がわかないにもかかわらず、その衝撃はメンタルを確実に砕いていた。
最悪な形での完敗を喫し、リーグジャパン史上最高に積極的なドリブラーの存在を、改めて轟かせることになった。
『リーグ戦第七節でついに敗戦のETU!! 甲府相手に黒星を喫しました!!』
『経験の浅さもありましたが、甲府の攻撃の中心であり、海外移籍が噂されている中島選手相手に、どうしようもありませんでしたね。最後の最後、キーパーも躱され、守備崩壊のおまけつきは修正が大変でしょうね』
『甲府は凄かったですよ。本当にフィールドプレーヤーが走りに走って、大健闘と言っていいでしょう!』
この際のMOMは、中島秀哉。ETU相手に2ゴール1アシストの強烈な活躍が光る。守備力も甲府に来てからかなり改善されており、去年のオフに古巣東京ヴィクトリーからのオファーを断ったエピソードもあり、いよいよ海外移籍も近いのかもしれないと言われている男。
そして、果敢に中央でキーパスを演出した中村慎吾は、U20日本代表に落選した屈辱をばねに、さらに成長した姿を見せつけた。地方クラブという場所で、フィジカル面での大きな成長を遂げた彼は、いつしか日本代表へと再び目を向け始めた。
—————こんな俺でも、やり直せた。走るサッカーが、こんなにもきつくて、楽しいとは思わなかった。
走らないセンターと言われていた。ガンナーズの窪田とはライバル関係にあった。しかし、彼はこの地方クラブで逞しく成長し、追い出されるように離れたガンナーズに戻る気はなかった。
—————地方クラブでも、成長できる。お前にはガンナーズのレギュラー争いでは負けたが、
窪田は未だに、スタミナという課題を克服できず、運動量も豊富なほうではない。課題を克服できずにいる。
—————日本の中盤の座は、譲る気はねぇ!!
近日中に、甲府は強豪大阪ガンナーズとの一戦を迎えることになる。下克上を繰り広げる甲府は現在降格圏から遠い位置にある。
第七節での順位に変動はないが、開幕前の予想を裏切る大波乱がいくつも起きている今季のリーグジャパン。
全勝の大阪を除く上位チームは混戦模様。1試合で順位が入れ替わる等、予断を許さない展開。現在2位のETUではあるが、すぐ後ろには鹿島と東京ヴィクトリー、川崎、横浜が迫っている。
その試合後、石浜は一人トイレで顔をタオルで覆っていた。自分よりもフィジカルは下で、おそらく単純な走力では負けてない。なのに、触れることすらできなかった。
—————どうすればいいんだ
プレスをかけに行っても躱され、ディレイしても何もできずにパスを通される。あらゆる努力が、今までの努力を否定されたような気分だった。
—————どうすればいいんだよ
天才たちに打ち勝つためにはどうすればいい。怪物たちに勝つにはどうすればいい。
SBの中でも最もフィジカル的に優れる石浜だが、覚醒の時はまだ訪れない。今はまだ、光明が見えない。それでも、石浜は無気力になること無く練習に取り組むしかない。
アピールが必要だった試合で、自分は恐らく最低点の評価を付けられただろう。
先の見えない命題を探る暗夜行路で、もがき苦しんでいた。
「泣いてんのか、ハマ」
そこに現れたのは元日本代表の栗澤コーチ。心配していたのか、彼を探していたようだった。
「——————どうすりゃよかったんですか、俺ッ—————何もできませんでした」
脳裏には中島のドリブルと抜き去られた自分自身が刻み込まれているのだろう。ハイライトはあるものの、悔しさと無力感に苛まれている。
「———————間違いなく攻撃力では世界クラスだ。あの選手は一昔前の天才の一歩手前、欧州の中堅クラブでエースを張れる。そんな存在だ」
栗澤が一際興味を引いたフランスリーグでは、そんなサイドアタッカーが常に生まれ続けている。超人染みた力で前を向いた瞬間に自分の形を作ってしまう怪物たちの巣窟。
栗澤が代表で戦い、マッチアップしたのはそんな存在だった。
「——————ハマ。お前はどこまでうまくなりたい? 目の前の中島選手を止められる程度か?」
安直に中島を止めるだけの上手さを求めるつもりなら、栗澤は慰めるだけで終わっていた。栗澤はここが石浜の分岐点なのだと悟る。
「—————————」
沈黙する石浜。頭がぐちゃぐちゃになって、今まで割り切っていたものが全て出てしまっているのだろう。怪物と遭遇した人間は平静を保てない。ドラマでも、アニメでも、そして現実でも同じことだ。
「悪いが、世界には中島程度の存在はいくらでもいる。中島以上の加速力を持っている奴だったり、俊敏な動きをする奴は、この先いくらでもいるさ。サッカーを続けていくうえで、助っ人外国人もそれぐらいの動きをすることもある」
「———————だから、もう一回聞くぞ、ハマ。お前はどこを目指している?」
先人の語り掛けに対し、石浜は自らの気持ちを口にする。
「俺は、あんな思いをするのは嫌です……ッ、何もできない、何もできずに終わるのはッ」
椿が、宮野が、世良が。そして同期のキヨが、自分の武器を使って一歩を踏み出している。
「俺は、怪物たちに勝ちたい。俺一人、みんなが上を行く雰囲気の中で、取り残されたくないっ!!」
年若い選手の叫びを聞いたクリは、望んでいた現実がそこにあったことを喜んだ。
「そうか。その気持ちだけを確かめたかったんだ、ハマ。だからこそ、俺も全力でお前を鍛えることができる」
栗澤は世界と戦う中で一つの結論を出していた。今より上のレベル、格上との戦いで求められることは何なのか。
「俺が編み出した、というより、世界と戦って嫌でもわかったこと。まず、ハマに一つだけ約束してほしいことがあるんだ。この守備理論は、それがなければ成立しない」
真剣な表情で、栗澤はその極意の基本を口にする。
「臆するな、ただそれだけだ」
「クリさん———————?」
まだその意味を知らないのだろう。石浜が求めている先にあるものが何なのか、彼はまだ理解していない。そして栗澤はチームの中で、それを実現できるSBが、向井と石浜以外にいないと悟っていた。
「相手がどれだけ強い選手でも、上手い選手でも、勇気を持て。俺がこれから教えるのは、その気持ちが一番要求されるからな」
暗夜行路の迷い人に、一つの光明が照らされた。
「明日から特訓だ。お前を一人前の戦士にしてやるよ」
青葉では描写できないエピソードでした。
なまじ殴り合えるからこそ、現段階で中島は青葉の贄にはなりません。
この作品の、このエピソード以降の石浜が必要だった。
今回の戦いはそれが理由です。