騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
第九節までの試合を消化し、ETUは6勝を挙げ、1引き分けと2敗。例年に比べれば、いいスタートを切ったと言えるだろう。
ここ数年全く勝てなかった磐田を粉砕し、清水を撃破し、浦和には劇的勝利。さらには因縁の名古屋戦で快勝。
だがここにきて、甲府戦、新潟戦でチームの層の薄さを感じた達海。通用する武器を持つ者、それに乏しい者、それ以外の葛藤を持つ者。
いろんな理由で停滞する時期に入ってきたと考える。相手もバカではない、ETUを研究し、対策を練らないわけがない。
そしてその大阪は、調子を上げてきていた甲府を惨敗に追い込んだ。あの中島や中村がいるチームを力でねじ伏せた相手ではあるが、勝機がないわけではない。
開幕当初から辛抱強く起用している椿大介は、サイドでも十分な攻撃力と守備力を見せてくれた。心の変化があったのか、ムラの激しさも鳴りを潜めつつある。何が彼を駆り立てているのか、達海は知る由もないが、いい方向にだけは向かっていることが分かる。
松原コーチが零した言葉を拾えば、年下のなでしこのエース候補とそれなりのお付き合いをしているそうだが、知ったことではない。問題だけは起こすなよと。
後で知ったことだが、年齢的には問題ないらしい。
椿から目を外し、うちの課題でもあるサイドバック。右サイドの石神は及第点を挙げていい動きを見せているだけに、守備で課題が残る清川、戦術的に青葉にフォローされている石浜。やはり、右サイドバックの選手層が問題なのだ。清川は下がった位置からでもロングフィードで展開を大きく変える技術があるだけに、石浜には自慢のスタミナとフィジカルを活かす局面が訪れない。
————今度の大阪戦、目に見える隙は見せちゃいけねぇ。石神で行くしかねぇな
ここはベテランの経験が必要な時。左は丹波、右は石神。清川にはカードとしてベンチに座らせる武器を持ち、展開次第では出てもらうだろう。
問題は、村越の運動量がここにきて落ちていることだ。カバーリングや危機察知能力に長けており、ディフェンス面で大きく貢献しているだけに、このコンディションの低下は懸念材料だ。
ゆえに、中盤で動ける守備的ボランチに、熊田を大抜擢。急造ではあるが、攻撃では椿に展開を任せることになりそうだ。ジーノの守備力を考えれば、大阪ガンナーズ戦ではフォアチェックが必須事項。
大一番で今期を占う一戦でジーノが起用されない理由は、もう本人に伝えてある。ジーノはどことなく不満を持ったが、達海が理想とする速いサッカーでは、守備と攻撃の切り替えが重要になる。
「まあ、僕もそろそろ同じことを繰り返すだけではだめだということだね。そうだね、大阪戦以降は守備も極力頑張ることにするよ。休みの日が増えるかもしれないけどね」
ゆえに、ダブルボランチは椿と熊田。村越は精神的支柱としてベンチに必要な選手だ。
そして、激戦必至のサイドハーフ戦線。右はもう宮水青葉で確定。左には、温存していた宮野を入れる。ワントップも、世良と上田、堺の3人を最後まで競わせたい。
問題のトップ下。ジーノは守備の軽さで論外。赤﨑もいいが、守備をする劣化ジーノと言えば大差ないだろう。ゆえに、フル出場した後も調子を維持している逢沢が座ることになる。
27歳の熊田に、20歳の椿、16歳の逢沢と非常にフレッシュな中盤。後半堀田を投入することもありそうだ。
すでに決定されたベンチメンバーとスタメン。落胆する者、チャンスと見る者、その他反応はそれぞれだった。
この大一番で、達海が選んだ11人はそれぞれ緊張した面持ちで、大阪戦に臨もうとしている。
「———————あの長身フォワード。確かにフィジカルはいいですが、ドリブルは今一つ。むしろ問題なのは、中盤の志村と、FWの一角でもある窪田。特に志村にはケアが必要になります。」
飛鳥は、マッチアップ時にあの4人のフォワードに対して負けるイメージが露ほど感じなかったが、志村のパスは脅威と考えていた。
派手に見えてあの4人は替えが利く。ただ調子がいいだけだ。本当の急所は平賀と志村。そろそろフル出場続きでコンディションが落ちてくるころだ。
「それは俺も思う。志村さんにボールが入った瞬間、一斉に動き出していますし」
椿もそれは映像で認識していたことだ。
「パスコースを限定させる、だけでは難しいかも。ハウアーめがけて飛んでくると僕も降りないときついかな」
駆も、パスコースを制限してもピンポイントでパスを出してくる志村をそれだけで止められるとは思えない。自分が下りて挟み込むようにボールを奪うしかないと考えていた。
「だろうな。ハウアーの相手をスギさんがやるとして、窪田がセカンドボールを拾う癖があるので、俺が彼を封じ込めます。精々、上手く釣って走らせますよ」
「うわ、鬼だな飛鳥。スタミナないの知っててそれやるもんなぁ」
上田が飛鳥の毒を吐く言葉に苦笑い。アンダー20入りを幾度となく有力視されていたこのセカンドトップは、未だに自分の弱点を克服できない。青葉の真ん中を見ていれば物足りないのはわかるのだが。
「両サイドバックはベテランが〆てくれる。ミヤと青葉は存分に仕掛けるだろうし」
「問題は、得点力。リマと寺内。あれでも一応日本代表だからな、寺内は」
「こじ開ければ問題ないですよ。研人か世良さんは必ず裏を見てくれる。ラインが下がれば僕や青葉のレンジですし、ミヤさんもそこから切り込める力はあります」
日本代表の当落線上にいるとはいえ、代表選手。しかし逢沢はまるで臆していない。
その宮野と青葉は、有里によるオランダ語・英語の勉強をしていた。
「うーん、やっぱりすごいよ、青葉は。もうその年代で海外を意識しているし」
「いやいや。俺は必要だと思ってやっているだけだよ。ミヤさんも海外でやれる武器があるし、使い方も様になってきている途中。ただ、英語からやった方がいいよ」
プレーでは戦術理解が進めばプレーできるレベルはあると思う青葉。後は体の強さが欲しい。やはり球際の強さがないと海外ではやっていけない。
そして、その戦術を理解するために英語が必要なのだ。
「うん。それは痛感してる。」
本人も自覚しているのか、苦い顔。英語を普通に話せる青葉や有里に尊敬の念を抱いていた。
「宮野君の英語力が壊滅的なのは十分想定内よ。英語を話せる青葉も何かアドバイスを送ってね」
「了解です、有里さん」
そしてこの首位攻防戦は、大阪、ETUの視線がぶつかり合うだけではなく、他チームも注目するビッグなゲームとなっていた。
「ともに好調同士、攻撃的なチーム。うちのお株を奪うような試合をする。勢いだけのETUが止められるものか!」
八谷は、大阪が勝つと考えている。甲府相手に惨敗し、新潟に競り負けたチームが大阪に勝てるものかと。
「まだうちとやってないからな、大阪もETUも」
五輪代表左サイドハーフ草野は、二チームの調子が良いように見えるのは、川崎と戦っていないからだと言い張る。
「大阪は確かに脅威だが、ETUは今だけ威勢のいい残留が目標のチームだろ? うちよりも上の順位にいることが気に食わねぇ」
そして日本代表GK星野は、長年上位にいながら優勝を獲れない川崎を差し置いて、ETUが首位争いに参加していることが気に食わない。
このまま鹿島に追いつかれたように、勢いが衰えるのは既定路線と見ている。
宮水の活躍に比例して肥大化するブーム。逢沢駆と並び立つ未来のエース候補たち。その江ノ島も神奈川予選では他チームをまるで寄せ付けない強さを発揮し、「去年よりも隙が無くなった」と言われるほどのチーム力を見せている。
全国のサッカーのブームが江ノ島とETUに集中するような状況。プロでもない江ノ島がJリーグよりも注目され、お荷物クラブのETUがルーキー二人を獲得しただけで変貌している。
「今年こそ、うちが栄冠を獲るんだよ。精々上位で潰し合っとけ」
「星野の負けん気は時々為になるよね。大阪とETUが潰し合えばうちの目も出てくるし」
そしてそのETUに敗北した清水は、
「はっ、無様な試合だけはするなよ、達海」
清水にほぼ完ぺきな試合運びをしたライバルチームが、新潟戦での醜態を晒さないか気が気ではない、蛯名監督。
————うちに勝ったんだ。あの時の強さがあれば、大阪の独走とか、許しちゃいけねぇだろうが!
むしろ、ETUはまだ本領を発揮していない。宮水、逢沢、飛鳥の同時先発はこれまで数えるぐらいしかない。だからこそ、達海はこの試合でその布陣を間違いなく敷くだろう。
蝦名はこの試合で、現時点のETUの最高値が見られると確信していた。
そのETUと対戦経験のない横浜のルーキーは
「そういえば、奴とは高校時代に対戦経験があるんだよな、アキ?」
「ええ。といっても何もできませんでしたが。江ノ島のサッカーは本当にすごい。そして、宮水青葉と逢沢駆が欠けても輝きを放っている。むしろ今年のチームの完成度は去年以上ですよ」
CBの古谷は、秋本から青葉のことを尋ねる。やはり高校時代から凄かったのかと。
「—————彼のプレーを止めない限り、大阪に勝利はありません。大阪が勝つには、青葉を活躍させてはダメです。そして、彼と小室さんの実力差は、古谷さんならわかると思います」
マッチアップが濃厚な五輪代表左サイドバックと今年の怪物ルーキーの対決の結果はどうなのか。
「——————小室の足で、あれをどうにかできるとは思えないな。一瞬でも距離が開けば千切られる。かといって迂闊に奴のエリアに踏み込めば躱される。それも最悪な形でだ」
アンクルブレイク。彼にはその力がある。
浦和では——————
「楽しみではあるな、一人のサッカー人として」
越後が語るのは、大阪と浅草軍団の試合。今まで日本では目にしたことがない速さと強さを誇る宮水が、大阪相手に何をしでかすのか。
「正直、窪田よりも凄いですよ。スタミナは落ちないし、一人で打開できるし。もしあいつがボランチにいれば、大阪は何もできなくなるでしょうし」
鷹匠が語るボランチ宮水はそれだけの存在。
ボランチ宮水は劇薬のようなものだ。本当はそれこそが彼の最適なポジションではないかと思えるほどの威力を見せてくれる。だが、彼と同等の控え選手がいなければ、一気にバランスが崩れかねないほどの諸刃の剣。
「俺は今までアイツの個の力ばかりに注目してました。けどそれは大きな間違いだ」
「—————ああ。実際にマッチアップした俺も思ったことだ」
彼のサッカーIQでも、その類稀な身体能力ではない。
—————奴の目は未来が見えている。そして、その未来はさらに拡大しつつある
相手の動きを著しく制限する守備の強さ。隙を見せれば一気にカウンターになり、即死コース。一枚剥がれた状態で青葉に時間を与えればスピードに乗り、止めるのがほぼ不可能となる。もしくはパスミスやインターセプトを誘発するポジショニングを行えることだ。
だが、今後その観察眼が成長すれば、不動の中盤になれる存在。相手の動きだけではなく、味方の動きすら読めるようになれば、パスミスも減り、チャンスも多くなる。
「皮肉なもんだな。あいつは点取り屋を信条としているのに。最高の天職は中盤だって言うんだからよ」
大阪との大一番を迎えることで、周囲のマークがきつくなる。その最大の原因たる宮水青葉は、代表合宿で親しくなった二部大宮の九鬼鉄心と連絡を取り合う仲となっていた。
「なるほど、参考になります。以前からパスコースをとにかく消しつつ、距離を詰めることは心がけていましたが」
「俺としちゃ、実戦でものにしつつある青葉の方がやばい。俺は2年かけてこの動きを会得して、仲間にそれを伝えられるようになったんだ。ま、青葉の方はまだ伝えるのは下手糞だがな」
j2大宮の左サイドアタッカー、九鬼鉄心。あの花森ですら会得できていない日本で最高峰のサイド守備理論を持つ男。青葉は代表合宿で彼の動きに感銘を受け、弟子入りをしていた。
先日の強化試合でも、CBのパスをカットし、そのままゴールを決めて見せた彼の動きは、高い位置でボールを奪い、決定機を作り出すという青葉の理想通りだった。
「青葉の欠点は、奪えると思ってしまった時、後ろの上りを待たずに突っ込む癖があることだな。それでこれまで封殺してきたのは凄いが、SBの上がる時間を作って、スペースを消して誘い込む。少し悪い意味で守備時、攻撃の時と同じ意識じゃないか?」
攻撃的で、積極的なプレス。もし海外なら彼の意図をすぐに理解し、その時間のラグは発生しないだろう。強豪になれば阿吽の呼吸レベル。しかしここは日本で、そのレベルに到達しているSBはいない。代表レベルでも、LSB城島が及第点を与えられるほどだろう。
「なんにせよ、明日は右サイドで先発か。リーグの行方を左右する試合なんだ。きっとブラン監督も来ているはずだ。気張れよ」
「勿論です。出ると決まっているのなら、その試合で結果を出す。存分に暴れてやりますよ」
そして試合当日夕方前。大阪ガンナーズのバスが隅田川スタジアムに到着。試合開始まであと少しとなった。
別の場所では、浅草のクラブカフェにて試合模様が中継されることになる。スタジアムまで足を運べない、まだスタジアムには行き辛い人々の受け皿となっているここでも人が多少は入っていた。それは八王子、町田のクラブカフェでも同じことがいえる。
こうしたグッズや一般店に化かして作った奇策をもとに、潜在的なファンの割合では、すでに東京ヴィクトリーに迫るものがあるETU。ただ勝てないだけで、身近にいるのがETU。それだけだった。
しかし、今年は勝てるからこそ人が例年以上に入る。青葉と駆、ルーキーたちや達海ファンがETUのサポーターとして入り込んでくる。
「————————」
その浅草では、招待券を青葉からもらった少女の姿もあった。店内は既に満席となっており、ETUファンが何か色々な話をしている。サッカーに関する知識の浅い彼女では何一つ理解できない単語の数々。
単語でしか知り得ない、ただ何となく英語で理解している言葉の羅列。ここにいるだけで、自分が今までとは違う、別世界に来ていることを感じていた。
店を継いでほしいという母親の気持ちも理解できなくもない。ただ自分は、狭い世界で一生を費やすのではなく、もっといろいろなものを見たいのだ。
英語を勉強していたのはその為。何かをするために、必要だから学んだあの青年とは違う。
彼らが夢を託し、期待を抱く先には、彼らがいる。その中に、きっとあの青年はいるのだ。そんな彼らと一緒に、しかも特等席に座ってここにいてもいいのだろうかと、少女は迷っていた。
「—————えっと、大丈夫?」
そんな時だった。高校3年生ぐらいだろうか、東京の進学校の制服を着た青年が歩み寄ったのだ。少女の居心地の悪さを感じたのか、人がいいから声をかけてきたのか。
「大丈夫です——————」
「ちょっと瀧君? どことなく辛そうにしているからって、彼女を放り出すのは違うんとちゃうん?」
私怒っています、な言葉とは裏腹に、お人好しな彼氏の姿に笑みを浮かべている女性が近づいてくる。
「それに、こういう場合、見ず知らずの人に心配されても、そういう答えが返ってくるのは当然やよ? 貴女は一人でここまで来たん? どこから来たの?」
親しみを覚えるような訛り言葉の女性。柔和な笑みで、どことなくあの青年を思い出させるような雰囲気。それは顔の輪郭だろうか、それとも何か共通点があるのだろうか、と少女は戸惑う。
「えっと、埼玉です。以前、係の人にチケットを貰って—————」
口が裂けても、あの青年からもらったなどとは言えない。自分はサッカーに詳しくないのに、未練がましくまたここにきている。スタジアムに行く勇気がない癖に、彼に会うのが怖いのに、ここにいる。
「—————あ、このチケット。選手からもらえるものね。運がよかったんやねぇ」
私と一緒だ、と笑みを浮かべる女性。
一瞬で嘘が見破られたことに、少女は衝撃を受けた。後で知ったことだが、選手が親しい人に配れる希少なチケットであり、選手の中でも貰うことの少ない代物だったらしい。
「その、えっと—————」
嘘を見破られ、動揺する少女。そんな彼女の様子を見て失敗したと考えた女性が自己紹介をする。
「自己紹介がまだやったね——————」
その時、その夜、その夕方からの試合は、彼女にとって忘れられない日となる。
「私の名前は宮水三葉。よろしくね!」
少しずつ少女の——————江藤藍子の世界が変わっていく。
隅田川スタジアムでは、すでに両陣営が最終ミーティングを終え、ピッチへと姿を現そうとしている。
すでにスタメンは発表されており、ETUはここでも驚きの布陣を見せてくる。
GK 1番 緑川
RSB 5番 石神
CB 29番 飛鳥
CB 3番 杉江
LSB14番 丹波
CMF 7番 椿
CMF 4番 熊田
RMF17番 宮水
LMF25番 宮野
OMF19番 逢沢
CFW20番 世良
控え
GK 23番 佐野
DF 16番 清川 27番 亀井
MF 10番 ジーノ 15番 赤﨑 8番 堀田
FW 18番 上田
ベンチ外
GK 31番 湯沢
DF 2番 黒田 12番 鈴木
26番 小林 22番 石浜
MF 28番 広井 13番 向井6番 村越
24番 住田 21番 矢野
FW 9番 堺 11番 夏木
サプライズは何と言っても、ジーノのベンチスタート。強豪との一戦で彼をスタートさせないということは、守備を重要視している、そんな達海の意図が見られた。
しかし一方で、両サイドの後ろはベテランが居座り、攻撃陣には若くスピーディーな二列目が居並ぶ。高さや人数をかけての攻撃が主体のガンナーズに対し、単独でも切り込める力を持つ選手が揃うETUは、やはりカウンターが狙いか。
そして最後尾には“三人目”の男、飛鳥亨が久しぶりの先発。心なしか、シーズン開幕に比べ、逞しさを増した若手センターバックは、大阪攻撃陣にどのようなプレーを見せるのか。
最前線には、今季ブレイク中の世良を先発。逢沢との息の合ったプレスを見せられるか。
夏木は新潟戦で準備不足と試合勘の欠如を突きつけられ、ベンチ外。ピッチ上で逢沢に叱責されるなど、復帰後は踏んだり蹴ったりな有様だ。矢野も力不足を突きつけられ、現在下で再調整。
控えにも一芸のある清川、亀井、赤﨑が居座り、ビハインドでの仕掛けも充実。流れを変えるプレーが出来るジーノもいることで、チームに安定を齎している。
サプライズは、上田のベンチ入りだ。記者からの質問で、「上田は今、下で伸びていると聞いた」と昇格の理由を明かす。
そして選手入場。全勝と負けなしの大阪への大歓声と、それを追撃するETU。それぞれに相手チームを警戒しているのか、表情を悟らせない。
そして指揮官たちもまた火花を散らせている。
『お手柔らかに頼むよ、ダルファー。うちもこれ以上負けると上位争いできないしねぇ』
『互いにベストを尽くすだけだよ、ミスター達海。』
今節最大のカード。ETUの不敗神話、宮水先発時は大量得点で無敗というジンクスがある。事実、このプロリーグの中でも別格の活躍を見せている16歳の少年は、日本代表が固めるガンナーズを突破し、彼らの攻撃陣を上回る攻撃を見せなければならない。
一方、ガンナーズのスタメンは予想通り、早くも固定化されてきたメンバーである。流動的に選手を入れ替えているETUとは対照的なチーム方針。4人の攻撃陣を指揮するのは志村、そして状況を変える力を持つ窪田は、この試合でその能力を見せられるか。
目の前に立つ窪田を見て、逢沢駆は士気が限りなく上がっていた。彼とマッチアップする可能性もある中盤対決。基本的にセカンドボール奪取とチャンスメイクが主な役割の彼とは、必ずぶつかるだろう。
—————あの人が達海監督の言っていた流れを変える選手、か
そのマッチアップの結果によって、駆の今後も変わってくる。今は語らない。試合後にその事実を語るのみだ。
大阪ガンナーズも、今期クリーンシートを唯一完遂した杉江、飛鳥ペアということで、警戒をあらわにしていた。
—————あの身のこなしとフィジカル、高校上りのガタイちゃうやろ
————厄介なCBが、最悪なバディを手に入れちまったやんけ。ルーキーは飛び道具も持っとるで
片山と畑は、冷静さを持つCBが相手方にいることでやりづらさを感じていた。
————ええとこ見せんと、代表入りが待っているんや
二人が意識しているのは、代表監督ブランがスタジアム入りしたという情報。彼が視察に来ることはめぼしい選手がいるということになる。だからこそ、余計に力が入っていた。
そのブラン監督は、やはりあの16歳コンビと、18歳のセンターバックに目を付けていた。ガンナーズに関しては畑と窪田、志村のコンディションチェック。
————18歳で見せる数々の冷静なプレー。広島佐藤を封殺したポジショニングとインテリジェンス。彼は年若いのに、ずいぶんとクレバーなプレーが出来るみたいだ。
試合が始まる。ETUからのボールで始まる。ディフェンスラインでボールを回すETUに対し、ガンナーズのハイプレスが襲い掛かる。
「おら、よこせぇぇ!!」
「ちんたら回してんじゃねぇよ!!」
片山畑がサイドへの逃げ道を奪い、ハウアーがプレッシングに来る。窪田は中盤をふらついており、ロングパスを警戒しているのだろうか。
しかし、ボールホルダーは飛鳥。ハウアーのプレッシングを鮮やかなターンで躱し、窪田へと走り始める。当然窪田もハウアーが躱された時点で、飛鳥にプレスを掛けなければならないが、
飛鳥は窪田の目を引きつけた瞬間に縦パス。平賀の前に出ていた逢沢へとパスが通る。
さっそく逢沢が良い位置でボールを貰ったのだ。トップ下がプロの舞台で板についてきたのか、上手くボランチとディフェンスの間で受けた彼はすぐに反転する。しかし、平賀が立ち塞がる。
————中央行かせるか!
体力自慢の平賀の執拗なプレス。下がりながら位置取りを修正し、ボールを触らせない逢沢。ここで、青葉が中に絞る動きを見せる。
「カバーするぞ、駆!!」
中に絞る動きを見せたことで、マークしていたサイドバックの小室が釣られる。片山は前線におり、サイドの枚数が限定的に一枚少なく、手薄になる状況。平賀はそれが分かっているからこそ、サイドへのパスを警戒した。
が、
『ここでターン、して躱した!! 逢沢一人躱した!』
ここインサイドのスルーパスと見せかけてのアウトサイドへのトラップからのカモシカステップ。中央前が空いた状況になるが、
『しかし止められて笛が鳴ります!! 志村のファウルで倒される逢沢!! さすがの危機察知能力! しかし、ETUのフリーキックです!』
しかし倒れたままの逢沢。余程志村の後ろからのファウルが堪えたのか、ようやく上半身を起こしたほどだ。
周囲も所詮は16歳のフィジカルしか持ちえないルーキーだと油断した。持ち上げられても早熟の天才と言われる無数の存在の一人だと。
一番彼に近く、平賀がマークを確認するよう伝達し、志村が駆から目を離し、未だに中に絞る動きを見せる青葉を見た瞬間だった。素早くボールをセットし、クイックスタート。それに反応していたのは、
『あっと速いリスタート!! ゴール前フリーだぁァァァ!!! ETU先制!! 決めたのは左サイドハーフできょう先発の宮野!! 逢沢からの縦パス一本に反応し、一対一を冷静に決めました!!』
獰猛な笑みを見せる駆。南米特有のマリーシアを如何なく見せつけた彼は笑う。相手は自分を軽く見ていたことを知っていたのだ。
逢沢がクイックスタートした瞬間、最初に動き出し始めていたのは宮水だった。しかし、それはフェイク。青葉が動き出す前からアイコンタクトを交わした相手は左サイドの宮野。
つまり青葉は、自分にボールが来ないことを承知でデコイランを行い、逢沢のクイックスタートに対応したかに見えたガンナーズの視線を誘導させたのだ。その背後では、宮野が裏へ抜けていたことも知らずに。
「おっし、先制点獲れたぞ! よく俺を見てくれたな!」
「あまりにも無警戒だったので。少し動きが遅い時点で、目を切るなんて。王者特有の慢心ですね」
『前半早くも4分での先制劇!! 今期5得点目の宮野!! 一瞬の隙を見逃しませんでした!』
『冷静でしたねぇ。逢沢君も今期3アシスト目。チームに上手くフィットしていますよ』
してやったりの宮野と駆。大阪ガンナーズは信じられないといった表情。まさかこんな姑息な手段で点を奪われるなどという憤りがあった。
————このルーキー。可愛い顔してなんてエグイ考え方だ
————性格よさそうだったが、ひねくれ者だな、こいつは
————くそっ。すぐに取り返してやる!
まさかまさかの先制点に、監督の達海も驚く。何しろ劇団員並みの演技で相手をだまし、リスタートで宮野を見つけ出し、彼がそのまま冷静に決めた。王者面している彼らにいいジャブになっただろう。
————形振り構わず、ね。好きだよ、俺は
観客も、いきなりの先制点に驚きを隠せない。
「本当に、あれが高校生のプレーなのか? 助っ人外国人並みのリスタートじゃねぇか」
「さすが逢沢。汚い、汚いが、最高なトリックプレーだ!!」
「けど、これで先手を打てましたね、羽田さん。ここから囮に徹していた宮水選手が暴れますよ」
スカルズメンバーも、マリーシアを見せつけた駆のプレーに驚き、そして感動していた。うちのチームにもそういう意識が出始めたのだと。
このゴールで勇気づけられたメンバーがサポーターには多く、一段と声援が大きくなる。スタジアムでは逢沢コールさえ沸き起こるほどだ。
有里も、強豪相手に厳しい試合になるかと思われていたが、望外の結果に喜びを爆発させる。
「すっごーい! ほんとに決めちゃった!」
「ああ。しかし宮野もよく反応してくれた。二列目の緊張感が、チーム全体に波及しているのがいい方に転んだかな」
前田GM補佐も、一瞬の油断を見逃さない攻撃陣の集中力は評価していた。しかし試合はまだ始まったばかり、一点を守るような思考にならないでほしいのが悩みだ。
だからこそ杉江と飛鳥は、自分たちの攻撃陣なら打ち勝てると信じた。青葉がこのまま黙ることなど有り得ない。攻撃陣を信じ、自分たちは勇気をもって前に出るべきだと。
監督からも、同じような指示がと飛んできたようで、
「ラインをあげてガンナーズを押し込むぞ。むこうも当然前掛りになると思うが、コンパクトにチームの方針を固めるぞ!」
「クマさんは一列降りて! 椿も一列上げて、駆は中盤に降りてきてくれ! ギャップを作る! 連中、駆に釘付けになっているからな。がら空きになった中央を突破してくれ、椿」
飛鳥は監督からの指示を皆に伝える。ここからは前掛りになるガンナーズの切り札を”必ず1枚”は潰す手筈となっている。
その格好の餌食は、分かり易い、致命的な弱点を抱えているのだ。達海がこの選手を狙わないはずがない。
「うっす!」
「窪田は任せてもらっていいですよ、この状況なら」
椿は二列目に疑似的になり代わり、駆はチャンスメイク、飛鳥と杉江のビルドアップを手伝う形となる。
ガンナーズはやはり、得点を決めた駆にボールが集まると感じたのか、彼へのマークがきつくなる。が、窪田と平賀の二人係のプレスが彼を襲う。
「————————」
「(これ以上好きにさせるかッ!!) 窪田ッ!!」
挟みこむように駆の周囲に近づき、パスコースを寸断しながら近づく二人。駆は窪田に体をぶつけ、流れるように包囲網から脱出する。それは、リーグ戦で何度も見た不可解な現象だ。
フィジカルコンタクトで同等と思われていた窪田があっさりと駆の試みを許し、突破されているのだ。
—————え、なんで? 僕、力が入らなく—————
間近で見た平賀はようやく駆の秘密を知る。あれは相手の体重移動を正確に判断しなければできない芸当。そこへ力を入れ、いなし、揺さぶる手の使い方。
相手の重心を崩す、逢沢駆の手の使い方はこのリーグジャパンでトップクラス、それどころか世界の舞台で戦うための貴重な技術。つまり、あの右サイドに影響を受けた選手たちは世界を早期に意識し、レベルが上がるということになる。
高校時代から彼の影響を受けている逢沢は、リーグジャパンで結果を出している。最年少ハットトリックやその後の中盤での活躍。突然湧いて出た下の世代からの刺客。
現状維持など許さない。日本サッカーのレベルを加速させる存在は、既存の選手全てに影響を与えるだろう。
刺激を受け、成長する者もいるだろう。ライバルと見定め、牙を研ぐ者もいるだろう。
だがそれ以外の運命も待ち受けている。その結末は言うまでもないだろう。時代の進歩に乗り遅れた存在の結末は、どの分野でも同じだ。
——————これが、ガンナーズの切り札? 荒木先輩よりも紙装甲なのに?
プロに進む前の練習でも、荒木に簡単に競り勝てるようになっていた逢沢は、テクニック特化型で紙装甲の窪田が次世代を担うと謳われていたことに驚いていた。
—————ETUの奴ら、窪田を潰しにかかったか! させるかよっ!!
平賀が窪田のプレスから抜け出した駆を捉えに行くが、ここで連続シザース。まるでサッカーを楽しんでいるかのような派手な技で平賀を迎え撃つのだ。
ワンステップ、ツーステップ。シザースからの抜け出し、からの急停止ボディフェイント。カモシカステップを得意とする駆が次に選択するのは、シザースで行きかけた右。
だが、逢沢駆のプレーがその上を行く。重心が乗った足を小刻みに変える彼は、右足への重心ではなく、右足で平賀の股を抜いたのだ。その直後に右足への重心移動からのカモシカステップ。
————このっ!!
平賀が進行方向を遮るが、ボールに回転をかけたのか、外回りする駆を捉えることが出来ず、ようやく体をぶつけても、進行方向を手でブロックされ、ボールを奪えない。しかし彼も業を煮やしたのか、一気にスピードアップ。つられて平賀もそれを追撃する。
「な、あぁ——————!?」
逢沢のドリブルの真骨頂はトリッキーさ。急停止、急加速が可能なボディバランス。加速を諦めたかと思えば、体勢を低くして這うような再加速で平賀を振り切ったのだ。
『この個人技で中央二枚を抜いた逢沢!! 宮野へのスルーパス!!』
サイドからダイアゴナルに抜け出してきた宮野が駆のスルーパスに反応したのだ。ディフェンダー間の間を抜く縦へのパス。反転する時間が必要なディフェンダーと、すでに加速状態の宮野では、高確率で彼に渡る可能性は高かった。
「来い、ミヤちゃん!!」
宮野はここで中央からニアサイドへ体を入れた世良を見つける。予備動作からの、宮野のクロスを呼び込むタイミングのいい抜け出し。
宮野は間髪入れずに世良へのラストパス。今期エース級の活躍を見せる彼に追加点をもぎ取ってもらうために。
—————ここで追加点だぁ!!
押し出されるかのようにニアサイドへ飛び出した世良が、キーパーのニアに狙いを定める。ここで振り抜けば追加点。世良はゴール前しか見えていなかった。
—————ッ!?
しかしシュートを振り抜く直前、強烈な張りを足に感じた世良は、コントロールの定まらない少しだけ威力のあるシュートを打ち上げるのみだった。
今期、ETUを最前線から引っ張ってきたCFWに起きた異変。それはガンナーズ戦以降も小さくない影響を与えることになるだろう。
蹲る世良の姿を見て、達海はその近くで闘志を燃やし、準備をしている若手の様子を見つつ、松原コーチに問いかける。
「——————上田の準備はどうなっている?」
緊急事態勃発のETU。ストライカーの役目を担う為、18歳の若武者が大舞台に足を踏み入れる。
駆君のマリーシアで先制点を奪った矢先の不運。
世良君は前半戦の鹿島戦ぐらいには戻ってくる予定です。
しかしこれから始まるu18ワールドカップに伴う飛鳥と青葉の長期離脱。
ETUは、前半戦の神戸との試合まで彼らを欠くことになります。