騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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第七十二話 一線を超えた者

ETUに訪れた予期せぬトラブル。

 

 

「—————くっそ———うぅっ————ッ!!」

 

激痛に耐えられず、倒れこむ世良。

 

「世良さん!!」

 

「世良ッ!?」

 

「ッ!! 世良さんッ!!!」

 

 

前線三人が慌てて駆け寄る。事の重大性を知った達海もフィジカルトレーナーにも指示を出し世良の下へ。

 

 

世良は恐らく今期程試合に出たことはない。それも連戦でフル出場も珍しくない。だからこそ、体が慣れていなかったのだろうというのがトレーナーの見解。今この瞬間、世良は肉離れを起こしていた。

 

『ETUのコーナーキックですが、世良が立ち上がれません!』

 

『あぁ、トレーナーが×のサインですね。今期点取り屋として活躍していただけに、ETUは痛手でしょう』

 

 

—————くそっ、こんな————これからだってのに—————

 

世良は自身のフィジカルコンディションが足りなかったことを痛感した。若いからある程度は許されていた体への負荷。食事諸々の影響が積み重なったことを痛感する。

 

「またいいクロスを入れるので、しっかり体を治してください、世良さん。ニアサイドへの飛込がないと、選択肢が減るので」

 

「ターゲットマンが一人減るのはきついかな。ベストな状態でまたいい崩しをしましょう、世良さん。組んでて一番感触がよかったのは、世良さんですし」

 

 

「—————くっ、すまねぇ」

 

青葉と駆の励ましの言葉に少し心に響いたのか、前髪で顔を隠す世良。表情は近くにいたトレーナーと青葉と駆には察せられたが、敢えてそのことには言及しない。

 

「今季ここまで凄かったぞ!! すぐに戻って来いよ!!」

 

「世良ァァァ!! 俺は五輪入りを諦めてないぞ!!」

 

 

応援席からも励ましの声援を貰う世良が、肩を貸してもらいながらピッチを後にする。しかし、これは緊急事態のETU。

 

 

すぐに上田が呼ばれる。

 

「ラインとの駆け引きをメインに頼む。駆とCBがホルダーになったら集中しろ、いいな?」

 

「はいっ!」

 

ここにきて高卒ルーキーの緊急出場。一枚目をこの前半15分で使うことになった。

 

 

 

ETUはそれでも止まらない。チャンスメーカーに徹する駆が中盤でためを作る傍ら、三列目から椿が一気に飛び出してきた。

 

「っ!?」

 

平賀と窪田の二人係で駆を足止めする中、志村を置き去りにする俊足が一気にガンナーズ中央を切り裂いていく。

 

こうなると、ディフェンダーが彼に対処しなければならないが、椿が切りこむことを予測した瞬間、まるで分っていたかのように青葉が最高のタイミングで抜け出したのだ。

 

 

『サイドへのクロスボールにワントラップして、あっと宮水ダイレクトで折り返した!!』

 

 

椿の少し伸びたロングボールに瞬時に対応する青葉。自分で決めることを諦めたのか、そのクロスを中央へと折り返すことに徹する。

 

そこには、あの男がいた。

 

 

『中央折り返してダイレクトぉぉぉぉ!!! あっとキーパーファインセーブ!! 弾かれたボールを拾うのはどちらだ!』

 

 

上田がきっちりとこのプレースピードに食いついてきたのだ。惜しくもキーパーの正面を突く強烈なヘディングシュートだが、そのセカンドボールに詰めるのは、平賀と逢沢。

 

「———————」

 

拾ったのは逢沢だが、平賀が前を向かせる前にファウルで止める。

 

『倒されたァァァ!!! おっと速いリスタートを仕掛けようとした逢沢を審判が止めます!! 平賀には一枚目のイエローカード!!』

 

足を刈り取るかのようなファウルについに審判が一枚目のカレー券。このゴール前20メートル付近でのフリーキック。キッカーは石神と逢沢。

 

 

ゴール前には、身長186センチの大型CBの飛鳥、182cmの杉江、181cmの宮水と高さは揃っており、上田と宮野は虎視眈々とこぼれ球を狙っている。

 

そして—————

 

 

 

 

『さぁ、フリーキック石神が蹴りこんでヘディング!! あっとまた防いだ!! キーパーは連続ビッグセーブ!! さぁ、ガンナーズフォワードはすでに動き始めている!!』

 

 

攻守が切り替わった瞬間、ガンナーズ攻撃陣が動き始めると同時期に飛鳥と青葉が走り出す。

 

数的不利を作られ、一転してピンチに陥るETU。ダイナミックな展開で一気呵成に同点を狙いに来るガンナーズに対し、何とかサイドへと追いやるものの、数的不利とパスコースの寸断が出来ずにいる。

 

 

『ハウアーめがけて志村のロングフィード!! これには飛鳥が対応!! こぼれ球を拾うのは片山!! しかし、ここで丹波が遅らせる!!』

 

 

丹波のカバーリング。片山は自分で決めるのは厳しいと判断して間髪入れずにハウアーめがけてクロスボール。しかし、

 

『あっと競り勝ったのは飛鳥だ!! またもボールは転々とする!!』

 

 

飛鳥がハウアーに競り勝ったのだ。完全にヘディングシュート狙いだったが、上手く下から体を入れて、ボールに先に触ったのは飛鳥。

 

 

しかし、ピンチは終わらない。ここで、後ろから戻ってきた青葉と窪田がセカンドボールめがけて走るのだ。先に触ったのは窪田。青葉対窪田の構図が出来上がったのだ。

 

「———————」

 

—————えっと、あ—————

 

パスコースに畑を見つけた窪田。パスのモーションに入るのだが、先にコースを寸断する青葉。

 

—————………

 

こちらは完全に無我の境地。パスコースの畑を瞬時に察知しての対応だが、窪田はこれをフェイクにすり替え、青葉を抜きにかかる。

 

 

完全に横に入り込んできた窪田が青葉の横を通り過ぎる————

 

 

少なくとも、窪田は青葉の横を完全に通り過ぎた。この勝負は窪田の勝ちになったと、誰もが思っていた。

 

「———あ、あぁ————っ!?」

 

 

誰もが勝ちを確信した窪田の足元には、ボールがなかった。体を正対させ、垂直に背筋を伸ばした青葉は、超人的な反応速度で、窪田のボールだけを刈り取ったのだ。

 

それでも、窪田の突破にはぎりぎり刈り取れたという感覚の青葉。完全に“初見”だった為、一瞬やられたのではないかと周囲が誤解するほどのシチュエーションだった。しかし、結果的には青葉が窪田を個で止めた。

 

 

冷静に彼の突破とその後のラストパスで終わるはずだったカウンターを寸断したのだ。

 

 

—————今、意識よりも先に体が動いた。

 

青葉は、一瞬だけ自分の限界を超えたような感覚を感じた。

 

 

しかし、そのことに気を割く時間はない。青葉はすぐに行動を開始する。

 

 

 

慌てて振り向いた窪田はバランスを崩し、転倒。そんな彼に目もくれずに青葉はその爆発的な脚力を披露する。すでに自陣深くまで侵入を許し、味方も慌てて戻っている局面。

 

 

まずは逢沢にパスを出す気がないと判断した平賀が青葉を止めにかかるが

 

 

「!?」

 

一合で躱された。トップスピードからまるで落ちない状態でのマシューズフェイント。平賀はその裾を掴もうとするが、その手を払いのけられる。尚も青葉を止めようと肩を掴んだ状態となる。

 

 

が—————

 

「なっ!?」

 

平賀の目の前では、軟体生物のように腰をひねりながらトップスピードに突入し、自分の手が滑り、彼から離されてしまう現実だった。

 

上体が不安定な姿勢ながら体勢が崩れない。相手の掴みに対応するばねのようにしなる肩関節。

 

その様子に窪田が驚きを隠せない。

 

—————あんな無茶苦茶な姿勢でスプリント出来るなんて!? 普通じゃないっ!

 

 

—————何食ったらあんなチーターのような関節を持てるんや!?

 

畑も、同じアタッカーとして自分では真似できない体の柔軟性を見せつけられ、呆然としつつも全力で戻っていた。

 

 

 

あまりにも規格外なスピードとフィジカル。平賀を簡単に無力化されたガンナーズは守備陣が乱れた陣形のままこの怪物を相手にしなければならない。

 

並走するのは、俊足の宮野と椿。一気に3対4という局面を作り出し、ガンナーズへの強烈なカウンター返しを仕掛けるのだ。

 

 

しかし、青葉はパスを出さない。センターバックがディレイしながらの守備をするも、それをまるで意に介さない。そのまま何もできずに素通りしてしまう。

 

—————馬鹿なっ!? なぜそこを選びやがった!?

 

CBとCBの間をトップスピードと思われていたスプリントからさらに加速して突破してきたのだ。

 

 

爆速、俊足、神速、迅速、刹那etc………

 

 

 

数多の速さを体現する言葉をCB二人の脳裏にたたきつけ、青葉は前に前に突進する。

 

 

 

 

そしてゴール前、広く空いたシュートコースを視認し、強烈なシュートを叩き込み、

 

 

首位大阪ガンナーズが誇る中盤から最後尾を完全に瓦解させたのだった。

 

 

『ゴ、ゴォォォォォル!?!?!?!?!?!  な、なんだ!? 何が起きたんだ!? これは現実か!?!?!! これは本当に私達の目の前で起きたことなのか!?』

 

終わってみれば信じられないカウンターで締めくくった強烈なフィニッシュ。そのカウンターを成し得たのはたった一人なのだから。

 

『宮水青葉の、自陣深くから始まった長距離高速ドリブル!! 並走する宮野、椿に最後までボールを渡さず!! 大阪ガンナーズの中央を強行突破!! 最後は右足で強烈なシュートを!! シュートを叩き込みましたァッ!!! 前半23分!! 強烈な追加点は宮水青葉から!! これで、出場試合全てで得点を決める記録は継続!! ガンナーズを突き離します!!』

 

 

『ボールを奪ってからのスピードは異次元でしたね。しかも、前線には椿と宮野がいましたので、俊足3枚が同時に襲い掛かる局面。これは守る方も難しいですね』

 

『これで2位タイとなる9点目をマーク!! 』

 

セカンドボール奪取能力に定評のあった窪田が敗北し、そのままそれが失点につながったことで、ガンナーズは動揺を隠せない。特にダルファーは、窪田とのセカンドボールの奪い合いで勝利し、平賀を簡単に引きちぎり、日本代表のCBさえ無力にしてしまう、ETUの怪物ルーキーに焦燥感を覚える。

 

 

————なぜこんな怪物がETUにいるのだ?! なんだあれは!? あれは本当に日本人なのか!?

 

 

平賀が陥った状況は至ってシンプルだ。

 

 

平賀は不用意に青葉の世界に入り込んだのだ。彼がプレーする世界に入り込むということは、彼のスピードに追い付かなければならない。

 

しかし、彼には根源的にそこへたどり着く可能性が未来永劫存在しない。ゆえに、彼は勝手に世界からはじき出されたのだ。

 

柔と剛。爆速的なスピードと、掴みを無効化するフィジカルの柔軟性。しかも、そのフィジカルはしなやかではあるが、強力でもある。その矛盾をうまく統合した現時点で”まだまだ未熟な”青葉のドリブルは、リーグジャパンのレベルではすでに脅威となっている。

 

 

 

平賀は、その衝撃的な走法と自分が簡単に抜き去られた現実を整理し、自分を打ち負かした相手を睨む。

 

 

—————宮水青葉、映像や結果は知っていたが、実物はそれどころの話じゃねぇ。化け物めッ!!

 

 

その後、青葉の突破と逢沢の打開力を前に戦術が半端になるガンナーズ。自慢の攻撃は鳴りを潜め、ETUに主導権を握られたまま前半が進んでいく。

 

 

前半34分。ガンナーズがサイドからチャンスを作る。畑が丹波を振り切りカットイン。絶好の場面でハウアーのマークを杉江に受け渡した飛鳥が、ピンチを防ぐ。

 

 

『あっとこの上手い守備!! ファウルはない!! 片山簡単に止められました!!』

 

ボディフェイントからの抜け出しを仕掛けた際、鋭いシュートフェイントで切り返し、シュートコースが見えた片山。だが、その刹那に体を入れられ、あっという間にフィジカルの差でチャンスを潰してしまう。

 

—————なんやて!? 俺のスピードに!?

 

「おい、ごらぁ、カタッ!! 何一人でロストしてんねん!!」

 

あまりの衝撃に、片山は畑の戯言に反応することさえできない。畑も片山が簡単にボールを奪われたことで、飛鳥に対する警戒心を強める。

 

————何当たり前のように体を入れてんねん。抜かれとったろうが、さっきまで

 

その飛鳥は前から襲い掛かってきたハウアーのプレスを簡単に躱し、丹波にパス。

 

 

丹波からのロングボールに反応した青葉がドリブルを開始。普通の選手では追い付けないほどにボールは伸びていたが、それに難なく追いつくのが青葉だ。

 

 

ゆえに、マッチアップする小室はまたしてもボールホルダーとしての彼と戦う羽目になる。

 

—————くそっ、これ以上こっちサイドを突破されるのはまずいぞ!

 

 

しかし、左足からのカットインと縦の判断がつかない青葉の仕掛け。考える暇もなく縦への仕掛けの態勢に入った青葉が小室の横を抜き去る。

 

慌てて体をぶつけて止めようとするが、簡単に躱されてしまう。体勢を低くしたと思えば右足への重心移動からの反転ステップで小室の視界から青葉が消えたのだ。正確には彼の反応速度を超えたスピードで動き、彼を完全に抜き去ったと言えばいいのか。

 

そんな青葉に対し、CBが止めに入るが中々彼の間合いに入れない。ボールをロールしながら斜めに移動しつつ、確実にゴールへと迫る彼を前に、飛び出せない。

 

 

———————迂闊に飛び込んだら—————なっ!?

 

 

意識を一瞬たりとも彼から離した覚えはない。彼の姿ははっきりと認識していた。なのに、いつの間にか致命的な間合いを作られていた。

 

 

 

数々の選手たちが口にする宮水青葉の間合いは空間が歪んでいるのではないかという感想。いつの間にか、致命的な間合いを作られ、手遅れとなっている。

 

 

——————油断なんてしていない。なのになんで、止められないんだ!?

 

 

あっさりとCBが千切られる光景を戻りながら見せつけられた小室は、青葉が反則を使っているようには見えないし、CBが呆けていないことも知っている。

 

 

高度過ぎる技術は、時に魔法と錯覚することがある。一瞬の刹那、間合いの取り方、その全てが偶然の産物から生まれたとしても、目の前にいる青葉の持つそれは、確固たる技術として成り立っていた。

 

 

そのままカットインを行う青葉は、誰もがカットインからミドルシュートだとわかっている状態で、ファーサイドへの巻いてくるシュートでサイドネットを揺らし、中押しの3点目を決めるのだった。

 

『ゴォォォォル!!  またしてもこの男が決めた!! 前半36分!! 右サイドから突破してきた宮水がカットイン!! 最後は見事なミドルシュートを叩き込み、首位ガンナーズを突き放します!! これでスコアは3対0!! 宮水は今シーズン10点目!! 10節で早くも二桁得点!! とんでもない男が、とんでもない活躍を見せています!!』

 

 

 

この衝撃的な展開は、リーグジャパンのスレでも、リアルタイムで映像を見ていた他のクラブも度肝を抜く展開。すでに10節を終えているクラブは、この衝撃的なプレーでガンナーズを蹂躙する16歳を見て、冷や汗が止まらない。

 

—————わけがわからないよ……

 

 

——————ふざけるなッ、ふざけるなぁッ! 馬鹿野郎(宮水)ぉぉぉぉぉ!!!!

 

 

——————おのれ、フェノーメノぉぉぉぉ!!!

 

 

——————こんなの絶対おかしいよ………

 

 

—————なぁに、これぇ?

 

 

—————実質1人カウンターに沈められる首位チームがいるらしい

 

 

——————これは夢だ、そうだ悪い夢だ。そうに違いない。

 

 

—————悲しいけど、これ現実なんだよね……

 

 

 

————化け物が相変わらず化け物してて草

 

 

—————日本代表の右サイドが確定したな

 

 

—————いや、今日の中央突破みると、ボランチもいいかも

 

 

—————宮水が二人いないといけないな。日本代表には宮水が二人足りない。

 

 

—————勝手に分裂させられてて大草原。某二世のプロ野球選手じゃないし、二刀流は不可能だろ

 

 

——————あれは約束された勝利すべき男だから。あれは超日本人という人種だからノーカウント。

 

 

——————例のあの人、もといあのお方は去年、交流戦前まで首位だったキャッツに惨劇を齎したばかりじゃないか

 

 

——————猛打賞ホームラン。ピッチャーなのに、ピッチャーなのに・・・・

 

 

——————その後、裏ローテがきっちりビヒダスにサンタテされてて草。直後に借金生活に戻る辺り、相変わらず猛牛軍団は弱いなぁ。

 

 

 

——————おっと、ここで野球の話はNG。ここではサッカーのことを話せ

 

 

—————宮水青葉が前線に四人いたらどうなるんだろ?

 

 

—————そら、(虐殺に違いない)そうやろ?

 

 

 

———————若者の人間離れが止まらない。なんだろうなぁ、あれは

 

 

 

 

 

 

第九節でそんなETU相手に金星を挙げた新潟はというと、

 

————宮水がいたら炭鉱スコアだったな

 

 

————あの時はガンナーズ戦温存のためのベンチ外だったからな。間違いなくぼろ負けになってた

 

 

 

————うちの榎本があれを止められたとは思えない。というか、平賀がボロボロになる相手に、勝てるわけないだろ、いい加減にしろ

 

 

————宮水投入とかいう勝利宣言。早く海外行ってどうぞ

 

————後2年は我慢するんだな(諦め)

 

—————16歳でこれとか、現実壊れすぎ。後2年リーグを蹂躙されるのか(白目

 

—————早く海外で活躍して得点王を取ってどうぞ

 

————どうやら、英語は日常レベルなら問題ないらしいぞ

 

————早くいけよ、怪物ルーキー!! 頼むから早く海外に行ってくれ!

 

 

 

その光景を見ていた達海は、ただ一人だけ青葉のドリブル技術の片鱗を読み取っていた。全盛期の自分にそれが出来ていたかと自問自答するが、すぐに答えは出来ないという真実が浮かび上がる。

 

——————高校時代からドリブルのスタイルが”変貌”したな、これは

 

 

達海はそれを進化とは言わなかった。成長ではない、これは他のポジションをやらされた経験なのか、それとも”外部的”な要因なのか。達海は前者にしか見当がつかなかった。

 

 

そして彼の技術を表現するなら——————

 

 

「凄いですねぇ、青葉君は。何が起きたか、ゴール前でジョギングしているようにしか見えませんでしたよ!」

 

 

松原コーチが、青葉のドリブルをそのように表現する。本質が見えていなければ、そう見えるだろう。あの爆発的な速度は一瞬だけで、その動きすらここにいる誰もが理解していないのだから。

 

 

———————年不相応な、シンプルを極め過ぎた王道にして邪道、というところか

 

 

達海は思う。彼は今まで、どれだけドリブルをし続けてきたのだろうかと。

 

 

 

 

 

前半戦はまさかの一方的な展開。攻撃もハウアーに互角に競り合う飛鳥、杉江のCBの存在により、ポストプレーがうまく機能しないのだ。セカンドボールを拾う役割でもあった窪田は、降りてきた逢沢の執拗なマークに遭い、中々チャンスにならず。

 

ハウアーのポストは機能しているかもしれない。しかし、セカンドボールを奪う運動量でガンナーズは負けているのだ。

 

 

「させないよっ」

 

駆が勝ち誇るように笑みを浮かべ、窪田は競り合いでボールを奪われてしまう。駆に邪魔をされる形でガンナーズは窪田からのいつもの形を作り出せない。

 

 

「っ(はっきりと僕を狙ってるっ。こんな年下の選手が—————)」

 

明らかに目の前の青年は自分に走り勝てると確信してマッチアップをしかけている。その事実は重く、ETUは窪田が機能することを恐れていると同時に、ゴールデンルーキーもその仕事に躊躇いがないことに、ガンナーズは戦慄を覚える。

 

ダルファーも、窪田を走り潰そうとしている逢沢駆の容赦のない仕掛けに苦い顔をする。

 

—————窪田をここまで警戒するとは。そして、彼の連戦におけるタフネスは選手権から明らかだ。

 

あの過酷な選手権で全試合出場し、結果を出し、大会新記録を打ち立てた男は伊達ではない。プロに入ってからはマリーシアにも磨きがかかり、周囲にそこそこの駒がいると手が付けられない。

 

 

さらに—————

 

ハウアーの直線的過ぎるプレスを躱した飛鳥がビルドアップ。熊田がフォローする形で降りてきており、寄せてきた窪田をあざ笑う駆への縦パス。

 

 

 

だが、駆へのパスを予測した平賀が前を向かせない。が、ここでダイレクトにサイドへはたく駆。その先には————

 

 

『縦パスをダイクレトではたいた先は左サイドの宮野!! 縦一気に突破を狙う!!』

 

 

斜めに、ダイアゴナルに切り込んでいく左の俊足アタッカー。スペースを一気に使い、ゴール前に突き進んだ宮野がそのままシュートを狙ってきたのだ。

 

『宮野シュートぉぉぉぉ!! あっとポスト!! ポストだ!! シュートはポストに嫌われてしまったぁぁ!!』

 

「狙い過ぎたッ!! っ、次、次だッ!!」

 

闘志をむき出しにする宮野。先制ゴールからリズムが生まれているのか、ミドルレンジからのシュートまで打つなど、プレーが乗っている。

 

さらに、宮野を信じてダイレクトパスを落とした駆のパスが彼に勢いを与えている。飛鳥のビルドアップから駆のアイコンタクトを一方的に送られていたこともあり、分からないはずもなかった。

 

宮野の縦突破と徐々に加味されてきた積極性。宮野は間違いなく二人の加入で化け始めている。

 

 

その姿に緊急出場の上田も闘志を燃やす。

 

————あの寡黙な、面白くないミヤさんが、あんなに張り切ってる。俺もゴールが欲しい!

 

中盤で頼りになる味方がいるといないとでは、駆の自由度は段違いだ。だからこそ、マッチアップをさせられている窪田は次第に苦しくなる。プレーの幅も、スタミナ面も、限られていく。

 

 

結果窪田は、逢沢との激しいボールの奪い合いでかなり消耗しており、後半の半ばまでプレーすることもままならないだろう。つまり、ガンナーズは戦術の一つに大きな亀裂が入ったのだ。

 

 

ハウアーのポストプレーを許さなければ、ガンナーズの攻撃は脆く、前掛りになっているハイプレスを凌げば、手薄なSBの前のスペースがチャンスの起点となることを。

 

フォワード4人という布陣がかなりのリスクを孕んでいるのだ。アキレス腱ともいうべき急所を正確に貫かれた彼らに勝機は薄い。

 

 

ハウアーと窪田という、攻撃の起点になり得るキーマンを封じられた。志村は機能し始めた熊田のマークに遭っており、中々前を向けない。向けられたとしても片山、畑では単発に終わり、窪田は前半終了間際から足が止まっている。

 

打ち出せる策は、さすがの日本代表のパサーでも思いつけなかった。

 

 

 

その16歳の鮮烈な活躍で熱狂したのは、スタジアムのみならずクラブカフェでも変わらずだった。

 

 

 

「ほんま、あの子はどんだけ遠くにいっちゃったなぁ。青葉の夢も、案外高校卒業と同時に叶っちゃうんやない?」

 

 

「いや、青葉さんの夢は海外に出るだけじゃないさ。まだあの人は、持て余しているよ」

 

青葉の姉という女性—————三葉と、その恋人でもある瀧少年の話を聞き、やはり自分が気軽に会えるような存在ではないと思い知らされてしまう。

 

————なんであの時飛び出したんだろう。ずっと知らないまま、関わらなかったら

 

何となく惰性で気になって、結局ここにいた江藤藍子は、自分の矮小さと画面の向こう側で大活躍する青葉を比較し、みじめに思ってしまう。

 

 

神出鬼没なコーチ、栗澤と名乗る男性に先ほど出会うことになった藍子。どうやら、あれから青葉は自分のことをかなり気にしていたらしく、相談までしてきたとのこと。

 

—————何か余計なことを言ったのかもしれない、だから、謝りたくて

 

彼が伝えたかったことは、他にもあった。

 

————あの子が今何を悩んでいるのかは分からない。けど、何か勇気づけられることがあれば、力になりたい

 

真剣な表情で、おそらく彼の中にはまだ異性への興味という感情は宿っていなかった。あの年代になれば栗澤も前田も色恋の一つや二つに興味を抱いていたのだが、何か根本的に青葉は変わっているようだった。

 

「とはいえ、青葉が女性に対してあれほど興味を示す瞬間は、三葉ちゃんや岩城先生を含めて中々有り得ないことだって聞いたぞ。かなり貴重な瞬間だ」

 

 

「ま、いつまでもこれじゃああいつの不調になるかもしれない。ちょっとおじさんもお嬢ちゃんの力になりたいとか、あいつが引き摺らないようにしたいとか、もろもろ理由はあるが、悩みごとなら何でも言っていいぞ?」

 

親しみを覚えるような、それでいて年相応な大人の笑みを浮かべる栗澤。

 

「—————眩しいんです。いつまでも同じ場所から抜け出せそうにない自分と、すぐにでも世界に行ってしまう自分を見比べて」

 

「お、おう—————けど、あいつは昔から自分の願いを知っていたんだ。だからこそそれ以外のことにまるで興味を示していなかったし」

 

いきなりヘビーなフレーズから始まったことで、栗澤も動揺していた。

 

「英語をマスターしたのも、そんな現状への抵抗でしたし—————」

 

「けど、あの場面で日本代表のブラン監督やその他諸々のサッカー界の名将たちを相手に、堂々としていたぞ。あの場面は本当にすごかった」

 

 

「え? その、あの人たちは、そんなに有名だったんですか?」

 

自覚なしで、サッカー界の有名人すら知らなかった藍子。しかし未だに彼らのことを良く理解していない藍子は、実感すらない。

 

「まあ、サッカーを見始めた人にとっては、数年前まで第一線だった老人たちは記憶にはないわな。うん、正直俺も一度でいいから指導を受けてみたかった人たちでもあったかな」

 

栗澤が冗談気に話す言葉に、瀧が反応する。

 

「やっぱり、オファーはあったんですよね、栗澤さんにも」

 

日本代表史上最高の右サイドバックと言われた男が、普通は国内に留まり続けるはずがない。必ず海外からのオファーはあった。

 

 

怪我の心配がなく、運動量豊富でクロスボール、シュートの精度も高い。攻守で貢献できる彼には実際オファーがあった。

 

「そうだな。ドイツだとドルトムントにフランクフルト。スペインはバジャドリー。他にもあったけど、熱心に俺を口説いてくれたのは、今名前を挙げたチームかな」

 

名だたるチームもあれば、残留ギリギリなチームも存在する。栗澤が言うには、オファーが毎年やってきたという。それこそ、二部に降格した時の力の入れようは凄まじい額とオプションを突きつけられたほどだ。

 

藍子は、今のチームのネームを良く知らない。だが、日本代表のヘルタ所属の選手がいたと、記憶する彼女は、そのリーグで優勝したドルトムントの名前だけは良く知っていた。

 

王者のチームからの破格のオファー。なぜ海外に出る決意をしなかったのか。

 

「なぜ、オファーを受けなかったんですか? 世界に飛び出せるチャンスなはず、だったんですよね?」

 

 

「男と男の約束、かな? 気づいた時にはもう手遅れだったんだけど。だから、俺はボロボロになるまで、このチームでプレーすると決めた。あいつらの分を背負って、いつかまた強くなるETUを、あいつらに見せてやるために」

 

その表情には後悔など微塵も感じさせなかった。

 

「—————いかんな。暗い話をさせちゃった。けど、お嬢ちゃんも、瀧君も三葉ちゃんも、自分の信じる道ってのを真剣に考えて、悩んで、悩み抜いて答えを出せばいいさ。俺の時とはもう時代が違うし、世界が身近になっているんだ」

 

 

 

後半になってからは、早々に窪田がベンチに下がった大阪は、単純に足の速い選手を入れてきた。こうなってくるとダブルボランチの椿がメインにケアをして、サポートに駆が下りる状況。

 

どうやら技術は窪田に比べると格段に落ちており、挟み込むように駆がプレッシャーをかけた瞬間、あっさりと椿がボールを奪う。

 

ここで、熊田が志村へのマークから受け手に成り代わる。当然志村は熊田に圧力をかけてくるが、彼はここで一瞬でも粘ればいいだけなのだ。

 

熊田への椿のパスは、熊田が緩いボールを中央へと送ることで、椿へのリターンとなる。速攻の形が出来上がり、前線に上がり始めた駆もいる。

 

尚も椿のスピードは上がり続ける。

 

「バッキー!!」

 

ここで、平賀が逢沢をマーク。絶対に前を向けさせないという気迫で彼を徹底マークするが、

 

トンっ、

 

平賀をあざ笑うかのようなダイレクトヒールパス。前に出したボールへは当然加速している椿がゲット。駆は平賀の注意を引くために、パスを出した瞬間に前に走る。平賀はゴール前で絶対にフリーにさせてはならない駆をマークするしかない。

 

しかし、椿はトップスピードに乗っており、平賀と志村のブロックは完全に崩壊。またしてもCBが直接対応しなければならない状況に。

 

ここでもし4点目が決まるようなら、試合はそこで終わってしまうだろう。大阪は何とか一矢を報い、引き分けにまで持ち込まないといけない。

 

 

ここで宮野と青葉は両サイドに張った形でSBを釣る。横からのカットインをどちらも得意としているため、当然ケアしなければならない。が、これでCBの残り二枚。

 

 

上田がここで椿と目が合う。上田は中央やや左に流れ、ゴールを呼び込む動きを見せるものの、CBが対応。すぐにオフサイドゾーンとなる。負けじと上田がラインの駆け引きを行うもなかなか裏をかけない。

 

 

もう一人は椿がこの瞬間に右に流れたことで、シュートコースを限定しようと体を寄せに行く。キーパーとの完璧な連携。これで椿のシュートコースは塞がれたに見えた。

 

—————やるなら、一番難しく、度肝を抜くプレーがいい

 

あの子の言葉がよみがえる。ここぞという場面で結果を出せる強い選手でありたい。右に流れ、自分のお膳立てをしてくれている青葉に並べるような選手に。

 

「行けっ、バッキーッ!!」

 

—————俺は、前に進みたいんだッ!!

 

 

日本代表CB寺内との対決。その結果は———————

 

 

—————こいつら、なんなんだよ——————

 

強引に右を抜き去ろうとした椿はここで、ツーステップ小刻みなステップを踏み、相手の重心を固め、その瞬間さらに加速したのだ。どちらの重心に行くべきかを迷った寺内の反応が遅れる。

 

彼はその勢いそのままに、ダブルタッチで寺内の横をスピードで抜き去ったのだ。

 

 

—————いけるっ!!!

 

 

強くボールを振り抜いた椿。そのシュートはキーパーの手を弾き、

 

 

『あっとシュートぉぉ弾いたぁぁ!!! そしてクロスバー跳ね返って!! 押し込んだぁァァァ!!! ETU追加点!! 決めたのは18歳の上田!! シュートのこぼれ球、見逃しませんでした!! これが公式戦初ゴール!! 後半の13分! これでスコアは4対0!!』

 

————やっと決めれた! アイツらに少しでも追いつくために、俺だってっ

 

 

新潟戦で何もできなかった時とは違う。18歳という年齢でさえもう若くないと思ってしまう今のETUでついに結果を出した上田。

 

 

世良が当たり前のように行っていたゴール前に詰めるというプレーの結果、こぼれ球が転がり込んできたのだ。

 

 

だからこそ、ここから上田の長く険しいFWとしての戦いが始まった。そして、この試合で上田の仕事はまだ残っている。

 

 

—————もっと点を取るんだ。ゴールを奪う、ゴールを奪える場所に。

 

 

まだまだ世良が目指す、ゴールを奪う、ゴールを取らせるという意識までには至らない上田。しかし、自分の為に走り続けるというエゴも、一つの正解なのかもしれない。

 

 

16歳二人の祝福を受けながら、上田は自分の立場が変わり始めたことを自覚し始めていた。

 

 

 

 




青葉のドリブルに迫るエピソードと、上田初ゴールでした。

なお、作中でもあるように達海も青葉のドリブルの全てを理解しきれていません。

そして、ETUのFWの序列にも変化が来るでしょう。

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