騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
時間がないと言っていた上司の気持ちが分かってしまいました。
そして、間隔が空くと非常にまずいことを痛感しました。
生活を見直そう・・・・
第十節を契機に、リーグジャパンの動きに新たな局面が出始めている。好調大阪ガンナーズの惨敗は、ETUのベストメンバーがリーグ随一の脅威であることを知らしめる結果となった。
あの五輪代表小室が、17回のデュエルで17連敗を喫する等、宮水青葉に対する有効な作戦が未だに解明されていない。あのマイペースな小室が、試合後はショックを隠せなかったほどだ。
ドリブル成功率驚異の100パーセント。
タックル成功率7割超え。
しかも数少ないタックル不発の局面は、味方のカットによってキーパスがカットされている。つまり、これは自身を囮にした罠なのだ。誘い出し、あの宮水青葉に屈さなかったという理想を、全ては彼の盤上通りだったという現実を叩きつけるだけの光景にしてしまう。
超常現象は攻撃面ではかなりの貢献をしていたが、二代目は違う。
超常現象の名を襲名した彼は、守備面で相手の心を叩き折る。攻守ともに相手の脅威になり、その切り替えの速さから、カウンター時に彼にスペースを与えた瞬間が訪れた場合、決定機は免れない。
この日本国内ではもはや彼を止められる存在はいないのかもしれない。そんな確信にも似た恐怖が他のクラブに伝染する。
それは甲府の中島にも言えることで、この左右のサイドアタッカーを止める手立てを出せずにいるリーグのレベルに問題があるとさえ言われ始める。
小さな巨人“中島秀哉”と、“超常現象“宮水青葉”。その陰に隠れて、優秀な若手アタッカーがこの世代の前後に誕生している。
昨年のベストヤングプレーヤー、小川知良。降格圏内に沈んだチームを救う獅子奮迅の活躍で、すでに大黒柱になりつつある。
万能型CFWの再来か、鷹匠暎。彼もまた浦和の得点源。そんな彼と同等の評価を得ている横浜のスコアラー秋本直樹。
そして、トップ下で目覚ましい活躍を見せる司令塔、逢沢駆。不敗神話こそ途切れたものの、その実力に疑いの余地がない。
だからこそ、世界はこの世代に注目していた。だからこそ、今年のU20ワールドカップは大波乱が起きる可能性があると、考えていた。
そんな中で起きた、U20日本代表の本選メンバーの発表。それは、ETUにとって試練の期間となる。
GK 真弓慎一郎(福岡) 相馬元気(鳥栖) 水野邦夫(名古屋)
DF 飛鳥亨(ETU) 中条渉(岡山) 城達哉(讃岐) 赤間弓彦(讃岐)
幕張健吾(湘南) 沖名太陽(山形) 井口譲二(浦和) 本田マイケル(明治)
MF 安川走斗(千葉) 伊達直哉(仙台) 工藤春雄(岐阜) 榎本文人(新潟)
石渡翔悟 (仙台) 清武周人(大阪C)
FW 小川良知(磐田) 秋本直樹(横浜) 九鬼鉄心(大宮)
鷹匠瑛(浦和) 宮水青葉(ETU) 堂本貴史(フローニンゲン)
J2仙台の石渡がやはり背番号10であり、逢沢駆のサプライズはなかった。
日本代表の選出によって歯車が狂い始める強豪クラブ。
浦和は大黒柱の鷹匠が抜ける大打撃。けが人続出の中、奮闘していたルーキーの離脱はあまりにも大きい。そしてバックアップが主な役割とは言え、井口の離脱も大きい。
横浜も好調を維持しているが、マルコスのサポートに回る献身性もあった秋本の離脱は大きい。
新潟は残留を目標としているチームで、司令塔でもあった榎本の離脱はリスクが大きい。
巻き返しを図る磐田も、エース小川を欠く中、厳しい試合が予想される。
J2首位をひた走る仙台は、昇格に向けての暗雲となるか?
しかし、ETUはその強豪クラブよりも大きな大打撃を被る結果となった。守備の要でもある飛鳥亨。
致命傷は宮水青葉の選出だろう。ETUは片翼を捥ぎ取られ、守備の要を一枚失う状態で、リーグ戦をしばらく戦わなければならない。
しかもその状況は、代表チームが勝ち上がれば上がるほど続いていくことになる。
U20の最終日程は6月中旬。つまり、もし仮にファイナルの舞台に立つことになれば、11節から15節の間は出場が不可能ということになる。
代表合宿は5月8日より始まる。つまり、11節への強行出場は不可能ということだ。
ETUとしては、注目され続ける選手の晴れ舞台。しかし、首位争いの状況での選出は痛すぎる。
「まっ、持ちこたえる、とかいう姿勢じゃだめでしょ? レギュラー奪うぐらいの気概で行かないと」
達海としては、ここで若手2人が離脱して首位争いから脱落するのは避けたい。序盤から控えにも出場機会を与え、指導を行った理由はこれだ。
選手全員のレベルアップがなければ、優勝など夢のまた夢だ。現在の順位は2位と悪くはないが、首位大阪とはまだゲーム差がある。
11節からの大分戦は取りこぼせない。12節の千葉も好調をキープしている。最難関は上位の川崎戦が13節にあるということだ。川崎は選手のレベルが高いが、なぜか代表選手が少なく、今回の件では無傷に等しい。
14節の札幌、15節の神戸は下位に沈んでいるが、立て直しの雰囲気が出始めている。
幸いなことに、3位鹿島との直接対決で2人が復帰する。
「確かに、代表選手が増えればこういったケースは何度も起きてくる。だが、さすがにこれは」
栗澤も心配するほどの戦力ダウン。13節の川崎戦では必ず苦戦は免れない。現に、宮水青葉のいない試合では甲府、新潟には黒星を喫している。
浦和戦では宮水青葉の活躍があったにもかかわらず、苦しい勝ち方。
「——————ジーノのシステムももうすぐ完成する。本当なら、リーグ後半戦の秘策、後は練度を上げておきたかったけどなぁ」
ジーノをボランチで採用するジーノシステム。右ボランチとして起用し、守備能力の高い石神、前での守備意識とボールを捌ける堀田、さらには熊田を起用したジーノのためのシステム。
達海にとっては苦し紛れの秘策。しかし、このシステムにも新たな変化が見られ始めている。
背番号7、椿大介の安定感である。彼はボランチとしてプレーしているが、突破力に視野の広さは及第点だ。その運動量を鑑みるに、中央でプレスバッグも出来ればこのシステムの死角はさらになくなる。
守備専門のボランチと、トップ下の前からのディフェンス。ワントップは経験豊富な堺。左サイドは宮野で決まりだろう。
右サイドの赤﨑は、自分にない青葉の守備能力の高さを痛感していた。だからこそ、この青葉の離脱は自分が生き残るチャンスでもある。
————このまま、セカンドプランなんて言わせない。
宮水青葉が代表離脱の時に出てくる選手、なんて言われれば、五輪代表もフル代表も夢のまた夢。海外でプレーし、活躍することこそ赤﨑の夢の一つ。このままでは終われない。
椿も、自分にかかる役割が増すことを痛感していた。サイドでボールを簡単に運んでいく青葉や、最後の最後で競り勝ってくれる飛鳥がいないのはマイナスだと感じていた。
————誰がビルドアップを担当するのか、誰がキープするのか、誰が—————
そして怪我で復帰が遅れている世良は、大分戦と千葉戦の欠場は確定。堺が代役で先発するが、上田もいい動きをしているという。
————今はおとなしく、チームの勝利を願うしかねぇ。けど、もどかしい!!
そんな好調FW陣の中で、ベンチを温める日々が続く夏木はこれ以上ない危機感を抱いていた。新司令塔の逢沢に信頼されていないことが、十二分に理解できた。
プレゼントパスの多くを無駄にするなど、勢いを止めてしまうプレーが多い。基本的なシュート練習からやり直す必要が出てきたのだ。
「ナツさんシュートが大雑把すぎるんすよ。直前までのイメージが大雑把だからそうなるんすよ」
だからこそ、基本のシュート練習から取り組むことになった。こんな練習に真面目に取り組んだのは、高校以来だろう。今は確実にチャンスを決め、相手の勢いを殺すゴラッソも決める選手を目指す必要があると感じていた。
新潟戦、甲府戦では敗因の一因となってしまった右サイド石浜。甲府戦での惜敗は石浜のポジショニングミスが致命傷だった。どこか甘い意識、後一歩足りない。
達海監督も当初はその身体能力を見て、レギュラーに抜擢していたが、完全に控え要員の位置に戻ってしまっている。このままではユーティリティの鈴木にベンチの座すら奪われる。
————何か変えなきゃ、変えないと俺の居場所は
新チームの船出としては最高に等しい序盤。乗り遅れれば、確実に居場所はなくなる。
そんなこんなで突入した大分戦。控えメンバーで挑んだETUは、やはり苦戦を強いられる。
GK 1番 緑川
RSB12番 鈴木
CB 26番 小林
CB 2番 黒田
LSB16番 清川
CMF27番 亀井
CMF 7番 椿
RMF15番 赤﨑
LMF25番 宮野
OMF10番 ジーノ
CFW 9番 堺
控え
GK 23番 佐野
DF 3番 杉江 13番 向井
MF 6番 村越 24番 住田
FW 18番 上田 11番 夏木
ベンチ外
GK 31番 湯沢
DF 22番 石浜
5番 石神 14番 丹波
MF 28番 広井 4番 熊田
21番 矢野 8番 堀田 19番 逢沢
FW
29番 飛鳥(代表召集第16節復帰予定)
17番 宮水(代表召集第16節復帰予定)
20番 世良(肉離れ 第14節復帰予定)
今期は初先発の鈴木に、久しぶりのベンチ入りとなった向井。その鈴木は攻撃的なプレーこそあまり見られないが、守備でのカバーリングなどで光るプレー。
思えば、一番逢沢駆と一対一の回数が多いのは彼だ。飛鳥が青葉とよく勝負を仕掛ける分、割を食っていたのだが、鈴木にとっては良い経験値となっていた。
その逢沢駆だが、学業優先とのことで、ベンチ外。今節は出場無しということに。本音はジーノと赤﨑のテストも兼ねた目論みの為だ。
大分も、意外に頑丈な右サイドを攻略することに苦労していた。右サイドの赤﨑が昨シーズン以上の守備意識を見せているのもあるのだが。
—————脅威ではないが、攻め手に欠ける
だからこそ、達海は左サイドの清川のクロスボールにかけていた。
————相手が右に攻め込む分、そちらのプレッシャーは和らぐ。お前のクロスボールが重要になるんだ。
一撃必殺の戦術。高いポジションで中に絞った左サイドハーフがそのわずかな隙を穿つ。
堺と宮野のコンビネーション。二段構えの裏抜け。しかし、大分も宮野の抜け出しは警戒している。
だからこそ、堺への縦パスが通りやすくなるのだ。
「なっ!?」
ここで堺がポストプレー。バイタルエリアで前を向かせるわけにはいかない。ボランチがプレスバッグするも、
————食いついたか、
堺は反転しながらのバックパスであがってきていた椿へとボールを託す。三列目からの奇襲戦法は彼の十八番となっている。
不意を突かれた相方のボランチが対処するも、簡単に振り切られる。ここで跨ぎフェイント。相手の動きを見切ったうえでの突破。ゴール前が見えたのだ。
————ここで、一番勝てる選択は——————
椿はここでミドルレンジからのシュートを選択。間髪入れない猛攻こそが、相手を勢いづかせない。
『椿のミドルシュートぉぉぉぉぉ!! しかしシュートは枠の外へ! いい攻撃でしたが、ゴールならず!』
しかし結果が伴わない。思わず歯噛みする椿。この局面で彼なら、そうするはずだ。そして、今まで決めて見せた。
ここに彼らはいない。自分達しかいないのだ。
前半20分が経過してもスコアレス。大分の引き籠りサッカーに対し、攻め手は多いものの決定打を与えられないETUが攻めあぐねる。
どこかいい攻撃のリズムであるはずなのに、最後の最後で力むETU。次第に大分はカウンター狙いになっていき、ラインを下げてロングボール主体の戦術へと切り替えていく。
「クロ、小林にライン特に注意しろと伝えろ! 相手の9番は狙ってくるぞ!!」
大分の9番藤崎が、しきりに黒田の方で駆け引きを行っている。それを黒田も分かっており、激しいライン際での攻防が絶えず行われている。
「あっ!」
そんな中、椿のディフェンスが躱される。フィジカルで強引に突き進んだ相手のCMFが中央を突破。それを契機に一気に攻めあがってくる大分イレブン。
ショートカウンター。ETUに対してチャンスは少ないと判断した大分の特攻戦術がこの前半の30分辺りから火を噴き始める。
左サイドの裏へと移動した藤崎が清川の背後を獲ったのだ。それを見た相方のFWジャバックが駆けだす。彼が狙うのはやはり黒田。フィジカルに自信のある彼が黒田を狙わないはずがない。
「くっ!?」
藤崎がサイドに流れ、清川がケアをする。石浜と同じミスをすれば失点につながる。だからこそ、彼は中に絞ったサイドハーフを見失う。
「やべぇぞ、椿っ!!」
上がり過ぎていた亀井が慌てて戻る。攻撃に守備に躍動していた椿と同じように、亀井もまた攻撃的なプレーに集中し、ポジションを上げ過ぎていたのだ。
椿が急いで戻るが、すでに遅い。
「このっ!! 前を向かせるかよ!!」
ジャバックと黒田の競り合いの最中、サイドに開いた藤崎のグランダーのクロスが、右サイドハーフへと渡るのだ。つまりジャバックと藤崎が囮となっている状況。
「カバーします、クロさん!!」
小林がその右サイドハーフを止めにかかる。とにかくシュートを打たせない。コースを切れば緑川が止めてくれる。それを頭では分かっていたのだ。
トンっ、
ジャバックへのバックパス。やはり彼が本命なのか、小林がここで反応してしまったのだ。
一瞬の隙を見せた小林は、その右サイドハーフへと注意を向ける。
ジャバックは縦に切り込んできた藤崎へとスルーパス。そして藤崎の強烈なシュート性のクロスボールがゴールに襲い掛かる。
「くっ!」
何とかパンチング防ぐ緑川。ここで自分たちが粘れば、味方が戻ってくる時間を稼げる。実際人数は揃い始めていた。前線で張っていた宮野、赤﨑がカバーリング。こうなると即カウンターは難しいが、守備は整い始める。
大分としても必死だ。攻勢に出たのにこのままボールを奪われれば、カウンターの餌食、宮野の足に沈められるだろう。だからこそ、CMF大久保は賭けに出た。
—————シュートで終わる攻撃なら、及第点だ!
だからこそ、緑川の零れ球をトラップし、左から中に切り込んできた味方にパス。鈴木が何とかついているが、赤﨑の戻りの遅さを突く、左サイドバックのオーバーラップが決め手だった。
ワントラップで鈴木を振り切ったサイドバックのクロスボールに、ジャバックが頭で合わせてゴールを揺らしてしまう。
『頭で合わせたぁぁァァァ!!! 大分先制!! 決めたのは背番後9新外国人イサック・ジャバック!! 今季3点目を決め、ETU相手に先制ゴールを決めました! 前半の35分!』
見事なファーストラップからの抜け出し。そして正確なクロスボールに頭で合わせたジャバック。
こうなると、大分は中央を固め、がっちりと守りを固めてくる。カウンターターゲットとして、藤崎とジャバックは前線に残り続け、ロングボール一本の抜け出しを狙ってくる。
ETUはカウンターのリスクを孕みながらも攻めるしかない。宮野の突破は相手に取って予測範囲内なのか、5バックに似た陣形で徹底的にカットインを防いでくる。
————ここまで密集されたらコースも————ッ
だからこそ、宮野は攻め手に欠く。一人を躱しても二人三人とコースを潰しにかかるのだ。だからこそ大外の赤﨑にクロスを上げて託すしかなかった。
だが、
『あっとこれはクロスが長すぎたか!! タッチラインを超えてしまいます!』
このままでは負ける。椿の中でその考えが次第に大きくなっていく。みんなの調子は悪くない。しかし、よくもない。最後の一手が果てしなく遠い。
ボールを圧倒的に支配しているのはETUだ。なのに、最前線の堺へのボールがほとんど通らない。ジーノは度重なるプレスでやる気をなくしたのか、ジョギング程度で地蔵と化している。
後半になってからジーノの縦パスが極端に減ったことで、ETUは攻め手を欠いている。大分としてはジーノのやる気をそぐことで、ETUの攻撃を著しく制限している状況。
「—————キーを入れる奴が3列目だけだときついな」
達海は後半頭からジーノを下げる決断をする。ここでジーノに代えて住田。どうやら左サイドバック住田を入れるようだ。
ここで、トップ下に赤﨑。左サイドバックだった清川を一列前で使うという大胆な奇策を用いたのだ。よって、右サイドハーフに宮野が入ることになる。
—————清川の突破とスピード。守備に難はあるが、二列目なら十分だ
事実、清川の突破がさっそく活きる。後半立ち上がりの4分。堀田の浮き球のパスに反応した清川が中へ切り込む。
—————俺の持ち味を買ってくれた監督の為に!
清川の最大の武器は、その正確なクロス。しかし、堺がニアに走りこみ、CBが釣られる。赤﨑が中央からややニアによる。
ボランチが引っ張られる。さらに言えば、清川のスピードとドリブルを警戒して一枚を消費する大分の布陣。
全体的に、左に傾き始めていた戦線。あの男が見逃すはずがなかった。
—————利き足でクロスしやすくなった宮野を、右に置いた理由
達海監督の理想とする大分の守備を突破する方法の一つ。その瞬間がまさに生まれようとしていた。
清川の大外へのクロスボール。走りこんでいた宮野がトラップ。不意を突かれた大分は人数をかけて宮野を潰しにかかる。
しかし、大分もこれまでだ。宮野に数枚を使ってしまったことで、中央の守備が崩れる。ここにきて堺の献身的なニアへの走り込み。赤﨑はマイナスの折り返しを狙っている。
しかし、宮野が選択したのはその二人ではなかった。
『ゴール前宮野が縦に仕掛けてマイナスのクロス!? あっとダイレクトだぁァァァ!!! 同点~~~~!!!!! 後半6分にETU追いつきます!!』
ゴール前、勢いよく綻んだ中央に駆け上がってきたのは、この試合で一番強い気持ちを抱いていた男だった。
『背番号7番椿大介!!! 目下売り出し中のボランチが!! この苦しい局面でチームを救う同点弾!! 試合を振り出しに戻します!!』
そうなのだ。止めは綻んだ中央守備を崩す最後の一手。三列目からの飛び出しこそが、椿大介の持ち味。
左と右。どちらもスピードとクロスボールに自信のあるサイドアタッカーが襲い掛かるETUは、大分をその後は圧倒。
するかに見えたETUだったが、堺を含む二列目による連携プレスがハマらず、大分が引き分け狙いのカウンター戦法になってしまい、ゴールをこじ開けることができない。
膠着状態の中、赤﨑のパスを受け取った宮野が縦に仕掛ける—————
—————いけるっ、今の俺なら—————
しかし、スピードに乗る前に距離を詰められ、ボールを奪われてしまったのだ。宮野のスピードを意識した大分イレブンは、数的有利を背景に、宮野へのマークの距離を近めに設定した。
これにより、宮野がスピードで振り切っても次のプレスで確実に仕留められる。尤も、その必要性はなかったようだ。
問題は宮野のロストではない。クロス以外に怖さがない清川、カットインで攻撃が止まってしまう赤﨑。ハードマークで、ファウルで止められ続ける椿。
この試合調子のいい椿がファウル覚悟で止められ続けている。彼への当たりは相当なものだった。彼さえ封じ込めば、後は勝手に自爆する赤﨑、ポジショニングに課題のある清川、空回りし始めた宮野。世良ほどの運動量のない堺。
椿以外に怖さが完全になくなっていた。
前掛りとなり、起点でもあった宮野が止められた。弱者相手に行うサッカーの経験値があまりにも少ないETUが逆襲を食らう。椿だけが、大分が牙をむく瞬間をフィールドの中で感じ取っていた。
「だめだ!! みんな戻って!!」
前線のプレスは完全に崩壊した。上がり過ぎた赤﨑、堺は前線に取り残され、宮野は転倒したまま。どこか痛めたのかもしれない。清川も同様に上がり過ぎ、住田との距離が空き過ぎていた。
「—————————」
中盤、中央の守備が機能せず、一気にカウンターの波が襲い掛かる。
数的不利の中、迂闊にも亀井が前に出てしまった。藤崎のドリブルを止めるために。ボールを蹴りだす距離も長く、この間合いなら止められると。
しかしそれは藤崎の罠だった。
—————馬鹿が!! 相手が近づいてくるのに、そのままのドリブルなわけがないだろうが!
一気に細かくなるボールタッチ、そしてマシューズフェイントの一合で亀井が時間をかけずに突破された。後方より全力で戻るのは椿だけ。亀井が時間を遅らせることが出来れば、止められたかもしれない。
—————なんで、こんなにかみ合わないんだ!!
センターバックが対応するしかない。SBが高い位置をとり続けるETUのシステム上、3対5という絶体絶命のピンチが襲い掛かる。
そして——————
『決められてしまったぁァァァ!! 大分勝ち越し!! カウンターでイサック・ジャバック2点目!! 後半23分!』
中央の守備が、前線の守備がハマらない。青葉不在は勿論、負傷離脱の世良の運動量、世良の動きを理解し連携できる逢沢の穴はあまりにも大きかった。
前線の守備がハマらなければ、後ろはより一層個の力が求められる。その勝負に負ければ、失点に直結するのは明らかだった。
チームの焦りが、中盤の間延びを助長する。椿が運動量でカバーするも、彼一人ではカバーしきれるほど、ETUがカウンターで食らったダメージは小さくないのだ。
さらに、カウンターからコーナーキックをもぎ取った大分が攻勢をかける。
『コーナーキックから、合わせたぁぁァァァ!!! 大分3点目!! イサック・ジャバックハットトリック達成!! 後半37分!! ETUにとどめを刺す一撃!!』
『カウンターから崩れていますね。椿選手がスペースを埋める動きをしているだけに、何とか他のイレブンは報いるべきでしたが、残念ですね』
そして運動量が落ち始めた椿が交代することで、ETUは完全に攻撃力を失い、そのままタイムアップ。
『ここで試合終了の笛! ETU同点に追いつく時間帯はありましたが、イサック・ジャバックのハットトリックに屈しました!! これで3敗目!! そして鹿島が横浜に勝利したため、ETUついに3位転落!! 次節は好調千葉と激突!』
開幕前は優勝争いに絡むことがないと思われていた、リーグ随一の曲者千葉との対戦。今期の台風の目であるETUが吹き起こした余波は、千葉に恩恵を齎していた。
超常現象宮水青葉の蹂躙でチームを崩壊させられたチームとの対戦が多く、千葉はそんな彼らが酷く消耗しきっていた次節に悉く現れる。
端的に言えば、ETUがぼろ雑巾の如く蹂躙したチームを相手に、死体蹴りを行い続けていたのだ。
しかし、その流れもここにきて終止符を打ち始めている。名古屋には今節3対0と大敗。調子を落とし始めている。
それでも、昇格組相手に痛い黒星を喫したETUは大阪を追撃するどころか、3位転落。ショックの大きい敗戦となった。
他にも、大型補強を敢行した神戸が降格圏内を彷徨う非常事態。開幕ロケットスタートを決めた大阪にも陰りがみられている。
そんな中、横浜は7位と好位置につけていたが、鹿島に敗戦。新エース秋本の不在が大きく、決定力不足に泣いた。
対照的に苦戦が続いていた磐田は、これまでチームを引っ張ってきた小川の不在でさらに結束力を高め、広島を撃破。力強さを増した戦いぶりは、開幕戦の悪夢を振り払うものになった。
しかし、失速するだろうと思われていたETUがやはり失速を始めてしまった。青葉の試合を決める存在感、駆の得点力、飛鳥の対人守備による新しい風を受けての船出。
さらに世良、椿の覚醒で好調は続くと思われていた。だが、世良の負傷離脱、世代別ワールドカップの影響を手痛く受けてしまい、停滞状態に入ってしまったのだ。
そんな中、青葉たちは世界の舞台で戦うため、現地ニュージーランド入りを果たしていた。アジアではなく世界での実戦経験が初めてとなる面々は、ついにその時が訪れたことに緊張していた。
「これが、ワールドカップ。年代別でも人が集まっているね」
どこかしらにカメラを持った人がちらほら見かけることが出来る。さらには、地元の市民や遥々応援に駆け付けたそれぞれの国の人々。やはりこの舞台は特別なのだと理解させられる。
「———————フル代表は、今の比ではないだろう。同世代と今の俺たちがいる位置はどこなのか、見極める格好の機会だ」
飛鳥は、巡ってきてチャンスに心を躍らせる。ここで活躍すればステップアップの足掛かりになる。やるならとことん上を目指す彼にとって、モチベーションが上がらないはずがない。
「飛鳥はともかく、飛び入りでお前が来るとはな。うわさは聞いているぞ。傑の片翼がここまでのし上がってくるのは予想外だ」
このチームのエースである堂本貴史。数年前は守備が課題だった男は、18歳で欧州に渡り、守備力を改善し、今やチームの大黒柱に成長した。ここでさらに活躍し、目指すは5大リーグ入りだ。
「————知良が言っていたぞ。ちょっと半端ない16歳が二人いるって」
「まだ国内で騒がれている程度ですけどね。海外の実績なんてないですし」
過大評価だ、と青葉は笑う。
「いやいや。俺も尻に火を付けられた気分だ、青葉。ちょっと前は誰かを追い越そうと必死だった俺が、逆の立場になるのは、なんかなぁ」
「背筋が痒くなりますね。タカさんに認められるのは嬉しいです。俺も、この大会で頑張らないといけないんで」
堂本は青葉のことを認めていたのと同時に警戒もしていた。願わくば、彼のポジションの論争において、サイドと同等の評価を得ているボランチ、もしくは中央でプレーしてほしいと考えていた。
————三列目での守備力や、三列目からの加速は魅力的だ。けど、やっぱ同じ二列目にいてくれた方がいいよな
「秀哉もお前のことは褒めていた。撃ち合いにならなかったことが口惜しいと、言っていたな」
甲府の中島とは知り合いの榎本文人は、青葉が出場した場合、苦しい試合になったと漏らしていた。
「————後は年齢だけだな。18歳になったら、行くんだろ?」
J2岡山の中条は冗談交じりに言い放つ。青葉のドリブルの特徴の一つは、間合いの深さと仕掛けの速さにある。日本人が持ちえない不可視の領域があれば、ドリブルは間違いなく通用するだろうと。
「——————オランダ経由を考えています。オランダのCL常連クラブ。CLで名を売れば、5大リーグも見えてくる」
青葉は5大リーグ以外の名門クラブで活躍し、CLに出たいと考えていた。
「いや、お前の実力ならすぐに5大リーグに行くべきだ」
しかし、今夏海外移籍が濃厚な九鬼は、青葉のプランを遮る。
「—————18歳になるまでに状況は変化する。特に俺たちの年代は伸び代しかない。今から5大リーグを意識するのもありだと俺は思うぞ」
J2大阪の清武は、自分よりも体が強く、速く、技術は同等の青葉こそ、5大リーグにもまれるべきだと提案する。
「今じゃすっかり有利な契約を結べなくなっているもんな。頼むぞ、堂本。お前が活躍してくれなきゃ、俺たちの海外挑戦に響く」
「おいおい、いきなり別方向から不意打ちかよ!」
笑い合う小川と堂本。19歳という年齢で強い危機感を抱く小川は、この大会での下克上を狙う。ここでアピールをするのも大切だが、チームにとって必要な選手、チームの為に効果的なスプリントが出来る選手になりたいと考えている。
—————このチームが勝つために、俺には何が出来るのか
その先の五輪への切符をここにいる全員が受け取れるわけではない。だからこそ、小川は必死なのだ。
「とはいえ、まずはグループリーグだ。アジアからは日本、UAE、カタール、オーストラリアの4カ国が参加。特にカタールは攻撃力が凄かったな」
近年力をつけている中東の強国。UAE、カタールは全体的に技術が高い。国を挙げてのビッグプロジェクトとなっているサッカー大国への道は、意気込みからして日本とはその熱気が違うのだ。
さらに、オーストラリアは若き至宝、ロビエル・オズボーン、アレックス・リンスが招集された。中央のストライカーにサイドのスピードスター。共に18歳になった瞬間の引き抜きが噂されている。
U19アジア選手権では、辛くも日本が優勝した。しかし、UAEとは延長戦を戦い、オーストラリアには至宝が不在だった。
今大会では、欧州からドイツ、ポルトガル、スウェーデン、ウクライナ、クロアチア、ノルウェーと最大の激戦区を勝ち上がってきた強豪ぞろい。特に、クロアチアを破り、優勝に輝いたウクライナの勢いはすさまじいものがある。この予選では、出場が期待されていたスペイン、フランス、イングランド、オランダ等といった強豪国が予選でジャイアントキリングを食らう番狂わせが頻発した。
アフリカでは、ナイジェリア、ガーナ、セネガル、コートジボワールと強豪国が揃う。すでに欧州に戦場を移した選手も多数存在し、その身体能力は頭一つ抜けているだろう。
中米はコスタリカ、メキシコ、パナマ、エルサルバドル。優勝候補メキシコは、豊富なタレントを擁し、中米の中では頭一つ抜けている。
欧州に並ぶ最大の激戦区、南米は番狂わせが起きた。当確のブラジル、ウルグアイのほか、残り2つの椅子にはチリとペルーが居座り、コロンビア、アルゼンチンがまさかの予選落ちという結果となった。
優勝を果たしたウルグアイは層の厚さを見せているが、まだ無名の選手が多い。
準優勝のブラジルには、レオナルド・シルバは招集されなかった。国内リーグで得点王に輝いたマルコ・アントニオは招集されたが、ブラジルは選手層の厚さを見せつけることに。なお、オセアニアからはニュージーランドとタヒチが選出された。
なお抽選は半年ほど前に行われており、日本はグループDに組み込まれている。
グループA ウクライナ、ガーナ、ニュージーランド、パナマ
グループB クロアチア、セネガル、エルサルバドル、UAE
グループC スウェーデン、ブラジル、メキシコ、オーストラリア、
グループD ドイツ、ウルグアイ、日本、コートジボワール
グループE ポルトガル、チリ、コスタリカ、カタール
グループF ノルウェー、ペルー、ナイジェリア、タヒチ
グループDは死の組と言っても過言ではない。前回大会覇者のドイツ、ベスト4のウルグアイ、コートジボワールも過去に決勝リーグに何度も進出している。対する日本は1999年の黄金世代で準優勝以外では、ベスト8が最高成績。
尤も、このグループを突破出来ればかなり有利であることは間違いない。
——————大丈夫、なんだろうか。ETUは
しかし、青葉の脳裏には自分たちが抜けた後のチームの状況がどうなってしまうのだろうかと、不安に思っていたのだった。
—————無残、ルーキー離脱のETU…昇格組の大分に惨敗
——————昇格組に完敗…椿の同点弾も、勝ち点奪えず
——————連動性を失った達海サッカー。専門家「新戦力への依存大きい」
——————主力離脱のETU、ついに3位転落‥‥昇格組の大分に完敗。
青葉は、在りし日の達海らが離脱したETUの惨状と、今の現実が重なって見えるのだった。
というわけで、まさかの完敗を喫したETU。落とせないといった矢先の・・・
大分のオリキャラ、イサック・ジャバックは今後も補強のターゲットとして名前が出てくるかも。
世界での戦いに身を置く青葉は、何を思うのか