騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
代表決定戦を迎え、学校内では独特の緊張感を醸し出していた。
江ノ島FCと江ノ島SCの意地とプライドをかけた代表チーム決定戦。勝ったチームが公式戦への参加資格を得られる。
「―――――少しいいか、宮水」
試合前、青葉に声をかける織田。もはやそこにわだかまりはなく、サッカー選手として自らの全てをぶつける相手と認識している彼は、もう青葉に対して悪感情を持っていない。
「―――――合戦前の口上ですか、織田先輩」
「茶化すな。今日の試合、俺はお前の胸を借りるつもりで戦わせてもらう。それだけだ」
それだけを言い、織田はピッチへと戻っていく。
「―――――変に意識をされてしまっているなぁ、これ。」
やりづらいことこの上ない。相手が過小評価してくれたらいいものを。
「―――――ついに代表決定戦だ。頑張ろう、青葉さん!」
そこへ、今日はツートップを任されている逢沢。練習でしか彼の動きは見ていないが、実戦になるとどうなるか見モノではある彼に、注目している青葉は
「――――前線でのポストは、火野先輩に任せればいい。狙える時にためらうなよ」
江ノ島FCのフォーメーションは3-5-2のフォーメーションを採用。ツートップには逢沢と火野を起用。逢沢はこの試合ではST気味のポジションを取ることになる。
GK 紅林
CB 三上
CB 堀川
CB 錦織
DMF 桜井
DMF 浜
LWB 的場
OMF 兵藤
RWB 宮水
ST 逢沢
CFW 火野
右には注目の宮水。世代最速と謳われたサイド攻撃を担うアタッカーは、すでにSCの中でも危険人物として徹底マークの指示を受けていた。
一方、SCの戦術も3-5-2。同じようなフォーメーションだが、ポジションチェンジ、中盤でのパスワークを駆使するFCに対し、堅守速攻が武器。
GK 藤堂
CB 不動
CB 海王寺
CB 若村
DMF坂本
DMF織田
LWB中村
OMF沢村
RWB八雲
FW 工藤
FW 高瀬
注目は何と言っても守備的MFの織田。これまで幾度となくロングボールでカウンターを成功させ、FCを苦しめてきた。中盤ではキープ力もある沢村、前線に高さのあるFW二枚に守備陣もフィジカル自慢。
「宮水の突破は何としても止めろ。スピードに乗らせるな。許せばリトリートで前に進む時間を遅らせるんだ」
近藤はなぜ宮水が自分のもとを去ったかを理解しつつあった。彼はどことなく荒木竜一や相手チームの監督と似ている。
この分裂の状態が始まってから10年がたち、自分が誘った選手が今、敵として立ちはだかっている。
――――私の指導方針では、限界があると言っているのか、岩城
あの時、彼は最後まで話し合いを続けていた。厳しい規律とチームワークがあれば、ミスは少なくイレギュラーも起こりにくい。それに対し、それでは驚きが少ない。対処されやすいと言い続けた岩城。
結果は歴然。彼が率いたチームは全国の切符を手にし、自分の率いたチームはいまだに全国の壁を打ち破れていない。
監督として、戦術として確かに違うのかもしれない。しかし自分の意地がここまでこのサッカー部に遠回りをさせてしまっていたのかもしれない。
不敵に微笑む宮水の姿。FCの中で、気迫を前面に出す選手が多い中、ある意味自然体ともいえる彼の雰囲気。
――――ならば見せてみろ、江ノ島FC。私のチームに食らいついて見せろ
一方、FCのベンチでは―――――
「――――――――」
若干表情の暗い美島と、
「―――――――――」
気まずい顔をしている颯の姿。なぜこんなことになっているのか皆目見当がつかない岩城は
「さ、さぁ! もうすぐ試合が始まりますよ! 声援の方もよろしくお願いしますね」
とにかく試合が始まればなんとかなる。そう思い込んだ岩城。女心に対しては有効な攻め手が思いつかない彼は、やはりサッカーバカだった。
それは代表決定戦の前日の夕方の話になる。
「小野寺さん!? どうしたの急に?」
「ええっと、その。今日は美島さんに会いたい人がいて――――」
伏目がちに答える颯。その先にいるのは―――――
「――――――え?」
美島の視線の先には、なでしこのエース、一色妙子と監督の五島監督がいたのだ。テレビでも最近取り上げられるなど注目度が高い女子サッカー。
その二人が来るということは―――――
「―――――えっと、その――――美島さんにも召集がかかったのよ。」
いつもはすらすらと言葉が出てくるのに、歯切れが悪い颯。
詳しい事情は五島監督と一色から聞かされることになった。近年なでしこの実力が上がり、海外とも対等に試合をできるようになった。
しかし、下の世代では、まだまだ世界と戦える人材は少ない。しかしその数少ない人物に、早めに世界を経験させ、代表チームへのプラスにしたいと考えている。
監督は頭を下げて美島に参加をお願いした。
「――――でも、クラブチームに入っている小野寺さんはともかく、私は試合にも出ていませんし―――」
当然美島もその招集に戸惑いを隠せない。試合勘が欠如した選手はいても迷惑になるだけだ。
何より自分は、迷っている。
優勝に近いと言われているアメリカでプレーするのか、それとも幼き日々で誓った夢を追い求めるのか。
現実と理想、その狭間で彼女は揺れていた。
「―――――それはなぜなの、美島さん? どうしてサッカーから貴女は遠ざかっているの?」
探るような眼で、一色は美島にその理由を尋ねる。それだけの実力を持ちながら、なぜ日本でプレーすることを選ばないのか。
「――――――美島さん?」
それは気になっていた颯。その理由を知りたい。しかし彼女も歯切れが悪く、きっと教えてくれないだろう。
「―――――そんなにプレッシャーを背負うのが怖いの?」
サッカーを嫌っているわけではない。しかし代表を前にして臆する理由。周囲のプレッシャーがそんなに嫌なのかと一色は考えてしまった。
「それは―――――」
それだけではない、だが、いざ目の前でいうべきことでもない。理由ははっきりしているが、その答えを打ち明けずにいる彼女を見て首を横に振る一色。
「監督、行きましょう。これ以上は時間の無駄です」
「一色君!?」
一色の物言いに慌てる五島。確かに彼女の態度に何も思わないわけではないが、こんなに早々に切り上げてもよいのかと戸惑っているのだ。
「少なくとも、私のいるチームには、代表を前に臆するようなメンバーはいないわ。それを誇りに思い、自分の力を試したいと意気込む選手が大勢いたわ」
代表に選ばれるために、ワールドカップで優勝するために彼女らはうまくなりたいと意気込み練習する。かつての自分もそうだった。
「美島さんはきっと才能はあるのでしょうね。貴女は上から数えたほうが早いかもしれない。けれど、」
心底失望したという表情で、美島を見下ろす一色。
「そんな闘志のない選手は、代表に必要ないわ」
そして、美島の反応を見る一色。俯いたまま何もしゃべらない美島を見て、彼女はさらに理解が追いつかない。
――――自分の力を、今の自分に自信がないからそう思っているのかしら?
根本にある彼女の悩みが、さらに二の足を踏ませていることに気づいた一色。そういえば、彼女がアメリカと日本の国籍を持っていることに気づいた一色。
そして、騒がれた瞬間に消えたという事実を証明する、プレッシャーに対しての戸惑い。
若年層にはまだ早い、この試練。ある意味この反応は当然なのかもしれない。
「妙子さん! それはさすがに―――――」
たまらず学友の味方をしてしまう颯。確かに彼女の言うとおりだ。反論の余地はない。しかし、いろいろな悩みを抱えている。すぐに一歩を踏み出せるような選手ばかりではない。
代表を引っ張ってきた一色のように誰もが強いわけではないのだ。
「―――――そう言えば貴女も、最初は踏ん切りがつかなかったわね」
厳しい表情を緩め、二人に対して優しい表情を見せる一色。彼女の説教は終わったのだろうか。
「五島監督に“私は、代表に本当に必要とされているんですか”と尋ねたのだっけ?」
「妙子さん! その話は今はいいでしょう!!」
顔を赤くする颯。おじけづいた恥ずかしい記憶を引っ張り出され、騒ぐ彼女の様子を見て口を少しだけ開けて呆然とする美島。
「――――みんな誰かしら悩みは抱えているわ。それでも前に進もうと歩き続ける人たちがいる。その姿に私は感銘を受けているし、彼らはきっと目標に辿り着ける。諦めない限りね」
「妙姉……」
ポォと顔を赤くしたまま、一色をぼんやり見つめる颯。その意志の強さ、精神的支柱である彼女は、だからこそなでしこのエースを張っている。
「妙子でいいわと何度言ったらわかるのかしら。またその呼び方に戻っているわよ」
クスリと笑う一色。
「は、はい! 妙子さん!!」
何も立ち上がれと言っているわけではないのに、はじかれたように立ち上がる颯。
「―――――美島さん。今回の代表は見送ることになるけれど、なでしこは貴女がやってくるのを待っているわ」
そんな夜のやり取りがあった。学校の友達に情けないところを見せてしまった美島は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「―――――――ごめんなさい、私が意気地なしで」
だからこそ翌日も心が沈んだままの美島。
「ううん。誰だって戸惑うよ。いきなり妙子さんに頼まれて、期待されていると言われても、ね。」
颯も、自分も最初はあんな感じだったと白状する。
「――――小野寺さんは、どうして召集を受けたんですか?」
彼女も召集を目前にしてしり込みしていたという。しかし彼女は代表に入ることを決めた。
不安はなかったのだろうかと、聞かずにはいられない。
「―――――昔、私にサッカーを取り戻してくれた人がいたの。その人の前で誓った夢が、ワールドカップ優勝。だから、かな?」
「取り、戻す? 小野寺さん?」
いったい彼女は何を言っているのだろう。以前は奪われていたというのか。美島には颯の言葉の真意を読み取れない。
「―――――サッカーをするのも、見るのも好き。そして、そのサッカーで誰かの期待を貰えることが嬉しいの。一番私を見てほしい人はいないけれど、私は彼を想い続ける。彼がいたことを忘れないために」
「―――――小野寺さん……」
今まで見たことがなかった愁いを帯びた颯の顔。その顔を知っている。
あれは誰かを想い続けている顔だ。もう会えない誰かとの別離を経験した人の顔。
それはあの時の自分を思い出させるようなもので、胸が締め付けられた。
「颯でいいよ、奈々ちゃん。私はいつでも待っているから。」
「うん」
手をつなぎ、笑みを交わす二人の少女。
そして場面は戻り、代表決定戦。颯は自分勝手な予想をいきなりぶちまけることになる。
「さぁ、今日は青葉と駆が得点を量産してくれる、はず?」
「って、えぇぇ!!!! そこはしてくれるでいいと思いますけど!!」
そこはしてくれる、で断言しようよ、と突っ込む奈々。
その様子を観察していたのは、江ノ島SCの中塚。
「あぁ………あぁぁぁ………尊い」
浄化されていくようだ。
「試合が始まりますよ、お二人とも」
前半は江ノ島SCからのボール。ボールを回し、ロングパスを入れるタイミングを図る織田。
サイドでプレーしている青葉は、サイドでLMFの中村をケアしているが、おそらくこちらにはなかなか来ないだろうと考えていた。
事実、織田は自陣から左サイドにいる宮水のいる場所にパスを出しづらかった。
――――中村の動きは悪くない。だが、競る相手が悪すぎる
仕方ないので中央、右サイドが攻撃の中心となる。
江ノ島SCは宮水のいるゾーンを嫌い、制限されたスペースでパワープレイを繰り返す。
「くそっ!」
真ん中のポジションにいる兵藤は、フィジカルで勝るSCに悉く競り合いで負けている現状に歯噛みする。
「確かに、お前たちの技術は高い。目を見張るものがある。だが――――」
宮水のいない右サイドへとボールをパスする沢村。そこにはフィジカルで劣る的場と、RMFの八雲のマッチアップ。
テクニック勝負なら負けないと意気込んできた的場だが、単純な前へのロングボール勝負では前に体を入れることが出来ず、
――――テクニックも何もない!! これじゃあ……
八雲のボールキープを許してしまう。そのままクロスボールが上がり―――――
「おらぁぁぁ!!!!」
ボックス内でポジションを取る高瀬の打点の高いヘッドが決まってしまう。FCのGK紅林が必死に追いすがるも、後右手一つ及ばない。
江ノ島FCが去年に続いてまたしてもフィジカル勝負で潰されるのか。
「――――――」
気まぐれにこの試合を観戦していた荒木は、逢沢が何度も戻ってきてほしいと懇願していたことを思い出す。
そして、そのすぐ後に――――――――
駆は、どうして荒木がここまで自堕落な体になっているのか驚いていた。そして、去年FCは惨敗し、希望を失った彼はサッカーから遠ざかっていたという理由も。
しかし、そんな事情は知るかといわんばかりに青葉はずけずけと切り込んできた。
「――――――FCが勝てば、江ノ島サッカー部に入ってくれませんか?」
「――――――は?」
この江ノ島高校には、FCとSCがあるだけだ。なのに、青葉は江ノ島サッカー部に入ってくれとお願いしてきている。
「SCでも、FCでもない。江ノ島サッカー部。俺は次の試合で、その覚悟を示さないといけない」
衝撃を覚えた。こんな感情は逢沢以来だ。代表では一つ年下のくせに右サイド暴れまわり、ブラジル戦で勝利した立役者の一人であり――――
去年、前線にもし彼がいてくれたらと思わずにはいられなかった。
「お前は、この学校のサッカーと、真正面から戦う気か?」
そして彼は、10年の呪縛からこの学校を解放しようとしている。
「サッカーのことはサッカーで語る。まずは俺がその姿勢を見せる。見せかけのチームプレーと、エゴしかないプレーではなく、本当に勝ちたいと思うプレーを見せ続けないといけない」
このメンタリティはどこから来るのか。事なかれ主義、責任を分散する傾向にある風習の中、彼は異色だった。
「俺はただ、総体と、選手権を制して、その栄冠を通過点にしたい。それだけですよ」
当日、荒木はベストな体重にあと一歩届かなかったものの、この試合を眺めていた。
去年と同じ流れ。但し右サイドにいる宮水を嫌い、徹底して中央と左サイドを狙う形ではある。戦略としては間違いではない。
――――どうする、青葉。お前はこの状況で何をするつもりだ。
開始15分に失点してしまった江ノ島FC。兵藤は青葉に話しかけられた。
「―――――少しの間、ポジションチェンジをしましょう。敵は中央から左を重点的に攻めています。この試合をかけて、俺を真ん中に入れてほしいんです」
真剣に頼み込む青葉。このままではこの状況が続く。彼のいう変化はありなのかもしれない。
監督を見た兵藤。彼もまた青葉の言いたいことを理解していた。
――――突破力のある彼を真ん中に置くことで、フィジカル勝負でも五分になるはず
本職ではない真ん中のポジション。そこで青葉がどのようなプレーをするのか――――
江ノ島FCボールで始まるリスタート。
右サイドの兵藤とDMF、青葉の中盤でのボール回しが始まるが―――――
「―――――――」
「お前の好きにはさせん!」
青葉を警戒していた織田涼真が彼に対してのマークを強める。DMFは受け渡しで青葉への徹底マークを行い、彼にスピードを出させないようにしていた―――――
――――マンマークで抑えたつもりですか、織田先輩
ボールを相手ゴールから後ろ向きでトラップする青葉。その前にいるのは織田。
織田を背中でブロックしながら、青葉は右足で大きくボールをまたいだ。
――――左、いや違う!!
ターン系で躱す。青葉にはそう映った。インサイドオーバーステップ。それは去年の荒木が見せた技の一つだ。
――――子供だましもそう何度も――――!!
しかし、ここで織田の予想を超えたちょっとした動きが青葉の中に起きたのだ。
「―――――なっ」
右足の跨ぎを入れたのに、左へ行かない。逆を突かれることを警戒した織田は、青葉との距離を開いてしまった。
青葉は跨いだ右足のインサイドでボールを当てながらロールバッグしたのだ。
何気ない簡単な動き。無駄のない動きで、織田と青葉の距離が広がり―――――
「―――――くっ」
体を近づけ、彼にスピードを出させない。それをきつく厳命されていた織田は厳しく彼にプレスをかけに行く。
右に青葉は動く。距離が離れ、このままトップスピードに乗った彼を止めるのは難しい。
ワンタッチ、ツータッチと徐々に加速していく青葉。右への加速をする事前動作に見えたそれは、織田の確信をより確実なものとした。速度に乗せれば、追いつけないからだ。
―――――っ
右足の踵付近のインサイドで、トラップフェイント。右へと体の流れていた織田は驚愕で目を大きく見開いた。
崩れ落ちる織田。今から左へと向かおうとして、重心を崩して転倒。倒れこんでしまった織田は、
――――ここで、クライフターンっ
もう彼のスピードを阻む者はいない。彼の眼前で青葉はダブルタッチで体勢を立て直しながら加速していく―――――
「いかん、もどれぇぇ!!!」
江ノ島入学以来初めて彼の持ち味が見せつけられ、彼のストロングポイントが明らかになる。
前線にいた主将の沢村は、選手に戻れと声をかける。あの織田が抜かれたことで呆然としている選手が一部おり、ブロックも万全とは言い難い。
陸上選手並みに加速していく青葉は、尚もスピードに乗って江ノ島SCの陣へと切り込んでいく。
「凄い、あれが青葉さんの実力っ!」
前線でトリッキーな動き出しをし続けていた駆は、青葉のドリブルテクニックに舌を巻いた。
――――あれが、土壇場での個の力―――――
もっていないからこそ、その重要性が分かる。
DMFの壁を易々と突破した青葉はCBの海王寺とのマッチアップ。
「この一年坊主がぁ!!」
その大きな体格を利用した強烈なプレス。青葉はボディフェイクを左右にし続け、尚も突進をやめない。
しかも、その歩幅も狭くなり、足の動きも加速していく――――――
その動きに逢沢の頭に電流が走る。そして彼は周囲を見て――――――
――――来るっ!!!
一瞬だけ、青葉がこちらを見た。見間違いではない。彼は自分に何かを期待している。彼がこれから起こすプレーに、自分のプレーが関与する瞬間が来ると、
駆は確信していた。
海王寺対青葉のマッチアップは、やはり青葉が仕掛ける。
ボディフェイクからの左。からのインアウト。スピードに乗った状態での爽快感のあるフェイントで一気に海王寺すら抜き去りに行く青葉。
海王寺はそれでも青葉に追いつこうと巨体を動かす。幸いにして青葉のドリブルスピードはやや落ちていた。
――――止めてやる!!
トンっ
「―――――来たっ!!」
ここで青葉のノールックヒールパス。青葉は彼がこの穴を見つけると信じていた。彼もここでもしかすればパスを出すかもしれないと予測していた。
海王寺が釣られ、カバーリングに回ったセンターバックの穴を衝く、全ての目線が青葉に集中する今こそ、仕掛け時だと。
—————駆は、本能でそれに至っていた
海王寺と若村の空いたスペースが、そのままシュートコースになる。
「なぁ!? 9番――――」
ずたずたに寸断されたディフェンスラインなど、もはや恐れるに足らず。キーパー藤堂の焦燥し切った視線が、駆を捉える。
青葉からのラストパスに合わせたのは勿論この男。
―――――決めるっ!!
そのパスをダイレクトで合わせた逢沢。シュートはそのままゴールネットを突き刺し、キーパーは一歩も動くことが出来なかった。
そのヒールパスからのシュートに要した時間は、僅か数秒の出来事だった。
そのゴールを見た監督の岩城は、震えずにはいられなかった。
「―――――これが、最高のサイドアタッカーの実力――――」
たった一人で、去年までは崩すことのできなかったディフェンス陣を食い破った。いや違う。
FCでもパスワークとポジションチェンジで展開を良くしていたが、こんな動きをする者はいなかった。
そして、彼のヒールパスを予測し、最高のシュートを放った背番号9番。
近年稀に見るボールへの嗅覚。ディフェンスの穴に気づく観察眼。
そんな彼ら——————強烈な個が生んだ、技ありのコンビプレー。
「なんだ今の!? 何が起きたんだ!?」
「何処からパスがいったんだ!?」
「最後のラストパスは何だよあれ!」
「というか、なんであそこに走りこんでいるんだよ! 普通気づくわけないだろ!!」
観客の間でも、逢沢と青葉で一気に崩した中央突破で鉄壁と言われたSCの壁を易々と突破したことに驚く。全ての視線は青葉に集中しており、あたかもボールを持ったかのような自然体でダイアゴナルに走りこんでいたのだ。
目を切ってしまった選手と観客、もしくは振り切られた海王寺には、ボールが消えたと錯覚させただろう。
応援席でその試合を見ていた荒木は、体から湧き出るような闘争心を偽ることが出来なかった。
彼の実力は知っていた。しかし、真ん中であれほど動けるのかと思わずにはいられない。
機動力を生かしたゾーンディフェンスによる守備。パスコースを限定させ、相手に無理なパスを誘発させる。
プレスでボールを奪うのではなく、相手のミスを誘い続け、しびれを切らしたところでカウンター。
そして攻撃に転じた際は、突破力のある青葉と、左サイドの的場の連携。そして右サイドハーフになりつつある兵藤、FW2枚の前線での動き出し。
流動的な攻撃で一気に流れを掴み、攻勢に出る江ノ島FC。
そして――――――
江ノ島FC劇場はまだまだ終わらない。
青葉の才能。強靭な足首の強さ。
山育ちで培われた強靭なボディバランス。
駆の本作での才能の一つ。
ディフェンスの穴を見つけること。もしくは、相手チームにとって、致命的な動き出しが上手い。
しかしまだ突破力が足りないので、いくつもの道がただ出来ているようにしか見えない。ゆえに、選択肢も少ない。