騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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第七十八話 超常なき試合

前半1点リードとはいえ、嫌な空気でハーフタイムを迎えたETU。やはり起因するのは清川主体の攻撃。機能はしていたが、制限時間を超えてしまった采配は逆にチームの首を絞めてしまった。

 

だからこそ達海は、後半は椿と八谷をマッチアップさせる。逆に清川にとってはサイドで起点となり、椿の抜け出しと逢沢への選択肢が強まることになる。

 

しかし、逆サイドへの大きなサイドチェンジには、赤﨑の走力ではやや心もとない。逆に赤﨑は疲労もそこまでではなく、攻撃の幅も広くなりつつある。

 

「後半キヨを警戒するなら、デコイにする。プレッシャーが弱まった瞬間にだけキヨにボールを渡せ、恐らく相当警戒してくる」

 

相手にとって嫌なのは、高い位置で清川がフリーでボールを持った瞬間。前半は決定機の起点になっていた彼を警戒するのは当然と言える。

 

だからこそ、堀田の渋いパスがいきることになる。ここでシステムを変更する達海。

 

4-2-3-1から4-1-4-1に変更。堀田をアンカーにして椿と逢沢がインサイドハーフに。個人技で中央突破が出来る逢沢と、スペースが空けば縦に仕掛ける椿。

 

より一層求められるのはディフェンスラインの高さだ。

 

「クロとスギは堀田とスリーバックを形成。堀田を孤立させないよう、ラインを高く設定しろ。石神と清川は守備の際はパスコースを限定しつつリトリート。前線の連中が戻る時間を稼げ」

 

「うっす」

 

達海がラインの高さにこだわるのは、アンカーの両脇を使われることだ。4-1-4-1最大の弱点であり、要でもあるアンカーへのプレス。

 

長年の経験と判断力が必要とされるポジション。それは堀田以外に適任はいなかった。

 

 

 

 

そしてやはり川崎は守備力で劣る清川を狙いに来た。しかし、ここで丹波を起用した意味が活きてくる。

 

————だと思ったぜ、キヨの所を使う魂胆、丸見えなんだよ!

 

 

右サイド近藤への挟み込むようなプレスでボールを奪取するのは丹波。リトリートで時間を稼ぎつつ、後ろからプレスバックする堀田の献身的な守備。攻撃力は落ちるかもしれないが、左サイドは清川のロングフィードで十分におつりがくる。

 

それに、丹波が攻撃参加するということは相手を押し込み、攻撃に厚みが出てくることを意味する。

 

そして、その攻撃を加速させるのは———————

 

「くそっ(やっぱ速いな、椿の野郎は!!)」

 

八谷を易々と置き去りにし、中央ものすごい速さで疾走するのは椿。椿に課せられた八谷を振り回す約束事は消えていない。事実、八谷は椿の位置が前半と変わっていることに気づき、そのプレースタイルが変化したことで警戒を強めている。だからこそ、両者の走った場所はスペースとなって空く。

 

—————釣られるよな、やっぱり

 

丹波の外側からオーバーラップするのは清川。彼の高い位置でのプレーは防ぎたい川崎がプレスバックしながら張り付いてくる。だが、丹波はそのスペースを狙う彼を見逃さない。

 

 

—————この高さだ。ひとりで行けるだろ、とんでもルーキー!

 

 

ぽっかり空いたスペースには、ボランチの選手を振り切った逢沢の姿が。歩きながら常に首を振り状況を確認していた逢沢は、ボールだけではなく相手との距離も測っていた。

 

 

そして安易に見つけることが出来た道筋、そしてマッチアップする選手の隙。

 

 

中央で丹波の縦パスを貰った逢沢。ここであくどいことに八谷に突進するのだ。椿へのマークについている彼に数的不利を強いるルーキー。

 

————受け渡しが————あっ!!

 

だが、椿をデコイにした逢沢のドリブル簡単に前に進む逢沢。周りの状況を利用し、確実に川崎ゴールへと進む彼の歩みは小柄ながら威圧感がある。

 

しかし、ここで椿にバックヒールパスでスイッチ。椿も想像していなかったパスに驚く。が、逢沢からのヒールパスは回転がかけられており、トラップした瞬間に右にボールがずれた。

 

逢沢駆は意図的に椿が右にトラップが乱れることを誘導していた。

 

 

——————あっ

 

 

気づけば椿は、自分の速い判断で右サイド裏に抜け出していた赤崎にボールを供給していた。まるで自分の意志ではないかのように誘導された椿のロングフィード。

 

右利きの右サイドハーフが得意とするのはカットインではなく、クロスボール。赤﨑のクロスボールもあるぞという選択肢は、この局面で活きてくる。

 

「キックフェイント!?」

 

そして、マイナス気味のクロスが中央に走りこんでいた逢沢へと向かう。が、逢沢はここで意図的に後方の椿を見た。

 

——————またヒールパスでラストパスを送るのか!?

 

一瞬でもそう思ってしまった。そして、逢沢は赤﨑からのボールを足裏で触りながら、ヒールでトラップしたのだ。

 

————椿に最期を託すつもりか!!

 

マーキングしていた八谷が、椿へのプレスを強める。だが、逢沢のヒールパスは距離が短すぎたのか、椿は通らない。

 

————くそったれがぁァァァ!!! このガキ、どこまで未来が見えてやがる!!

 

悪態を心の中で突くゴールキーパーの星野。あれはまさしく、日本代表を蹂躙した南米の選手に酷似した動き。いつでもゴール前なら得点を奪える、そんな余裕すら見せるあの光景は忌まわしいものだ。

 

否、これは椿へのパスではなかった。

 

否、これは椿に釣られた八谷が明け渡してしまったスペースにボールを転がせていただけだった。

 

 

——————こんなものじゃない。

 

星野に睨みつけられている駆は、先制弾もあの時のプレーをやってみようと思っただけ。あの万能感の中で行えているわけではない。

 

——————止めてやるッ、ルーキーがっ!!

 

ニアサイドの堺に釣られ、椿という個人技が売りの選手を警戒してしまった守備陣。そして、アタッキングサードも真っ青な危険なエリアで、最も危険な選手をフリーにさせてしまったこと、そして椿からの展開があまりにも速かったこと。それでも星野は、この生意気な少年に得点を奪われるわけにはいかない。

 

だが—————————

 

 

理想的なボールの置き所、ゴールからの距離。シュートとラストパス、どちらなのかを予測できなかったボランチの選手をあざ笑う駆のステップ。その刹那の時間で絶対的に足が届かない場所へと移動してしまう彼に、ボランチの選手は格の違いを刻まれてしまった。

 

次世代の若き司令塔が体を反転しながら前を向き、その彼を阻む壁は、あまりにも脆かった。

 

『逢沢振り抜いたぁァァァっぁ!! 決まったぁァァァぁ!! ETUこれで3点目!! 後半立ち上がりから10分! 逢沢今日2点目!! これで今シーズン9得点目!! 13節で脅威の9得点!! 二桁得点まであと1点としています!』

 

『末恐ろしいです、彼は。ルーキーですよね? 川崎はハイプレスでETUを押し込む時間帯もありましたが、中盤が少し間延びしていたかもしれませんね』

 

 

やはり、試合の分岐点で輝く黄金ルーキー。青葉不在でもより輝きを増す次世代の10番を背負う男は、川崎を圧倒する。

 

 

逢沢ッ!!

 

 

逢沢ッ!!

 

 

逢沢ッ!!

 

 

逢沢ッ!!

 

 

鳴りやまない逢沢コール。強豪川崎を相手に2得点。先制弾のスーパーゴラッソに続き、落ち着いて確実にゴールを奪う2点目。

 

—————まだこんなものじゃない。

 

あの感覚は、やってこない。今のも少し考えれば誰にでもできることだ。理不尽なプレーというわけではない。

 

 

青葉ほどの爆発的な初速と加速力はない。それなのに、するすると抜けられていく。運ぶドリブル+躱すドリブルのハイブリット。それもすべて計算と本能。しかしそれどまりだ。やはり囲まれるとファウルで潰される。

 

「ぐっ」

 

八谷の後ろからのタックルで苦悶の表情を浮かべる駆。やはり大分戦以降、駆に対するファウルは苛烈なものへと変わっている。

 

なにせ、逢沢駆を潰すつもりの激しいタックルをやれと指示を食らっているのだ。このままでは自分の体が持たない。

 

——————下がってプレーしても追いつかれる。なら、

 

常にフィールドで動き続け、自分をずらし続ける。ギャップを一人で生み出す、全ては計算の上で成り立つ動き。八谷が動けば動かない。距離を詰めれば逆を突く。不規則でボールを持っていない動きがかなり重要になる局面。

 

 

駆にフリーの状況で縦パスが入る。そして八谷の前で、駆が前を向いてプレーする機会が訪れた。

 

ファルカンフェイントからのヒールドローステップからの股抜き。踏み込んできた相手選手をあざ笑うそのフェイントで、股を抜かれた選手が横転。

 

隣にいた八谷が競り合いからボールを奪おうとするが、

 

————こいつ、こんなにフィジカルあるのかよ!? たかが16歳で!!

 

腕を掴んでいるのに、倒れない。押し負けてしまう。相手は少ししかこちらを抑えていない。自分のように目いっぱいブロックしていないのに。

 

逆に逢沢は僅かに弛んだ八谷の拘束の隙をつき、八谷の腕を掴み返したのだ。そして信じられない強さで締め上げ、重心を移動させる。

 

—————なっ、体が、勝手に—————っ

 

ズレる重心、崩れ落ちるバランス。何とか逢沢を止めようとするが、弛んだ状態ではどうにもならない。止めとばかりにバランスを崩しかけている八谷に最後の一押しを行い、自らの重量に引っ張られるように横転。

 

まるでブロックや手の掴みを受け流され、無効化する明らかに常人離れした体捌き。

 

『八谷のプレスバックをはじき返した逢沢!! 強さをみせます!』

 

『腕掴まれていたんですけどねぇ。なんてパワーだ』

 

 

そして、間髪入れず下がりながらのディフェンスをした最後尾をあざ笑う、ループ気味のミドルシュート。星野が何とか片手一本ではじき出すが、

 

—————くそったれがぁぁぁ!!

 

 

詰めていたのは、幾度となくポリバレントな動きを見せていた右サイドの赤﨑。

 

 

————決めてやるよ、この局面は!!

 

 

『片手一本止める!! ループシュートも何のその!! 守護神星野のファインセーブ!!』

 

『さすがは日本代表! あのタイミングであれを防ぎますか!』

 

 

 

攻撃陣に変化を加えるべく、CFWの堺に代えて上田、丹波に代えて宮野が投入される。

 

堺、堀田のホットラインが解体されたが、逆サイドに強烈なスピードを誇る宮野の投入が、試合を一気に加速させる。

 

 

清川の縦パスに反応した宮野が一気に抜け出す。ロングフィードや中央への縦パスが主体だった清川に選択肢が増え、清川自身も宮野の推進力で高い位置を確保。

 

そして上田がニアに走りこめば中央の逢沢と椿が待ち構えている状況。必然的に中央を固めざるを得ない川崎。

 

————判断早く、相手のペースを乱すには

 

しかし、宮野は間髪入れずに大外を選択。フリーになっていた赤崎を使うことにしたのだ。

 

————宮野の野郎、俺を走らせやがったな!

 

昨シーズンの彼なら考えられない。だが、これは大チャンスだ。ニアサイドに走りこんでいた上田が動き直し、ファーへと流れ、今度は逢沢がそのスピードを生かして一気にニアサイドへ。椿が逢沢に重ならないようにややニアサイド寄りの中央に待ち構える。

 

 

ちらりと、赤﨑を見る駆。そして————

 

 

『あっとジャンプして掴んだぁァァァ!! そしてそのまま周りを見てロングスロー!! 前線のロドリゴに通る!!』

 

一気にスピードアップする川崎攻撃陣。カウンターに脆いと言われるETUの急所を突く、一気呵成の反撃。

 

そして、カウンター時の守備が修正され切っていないETU。駆がいなければ、こんなにもカウンターに弱いのだ。今の彼らは。

 

堀田はディレイを続けるだけで距離を詰めることも出来ず、左サイドを抉るスルーパスには無力だった。

 

—————抉られる!?

 

そして中央、ロドリゴは意図的に黒田との競り合いを狙い、余裕で競り勝ってヘディングシュートを繰り出してきたのだ。

 

—————こ、このっ!!

 

 

上背でもフィジカルでも完全に負けている黒田は、そのヘディングを防ぐことができない。しかしここで、

 

『緑川ファインセーブ!!』

 

緑川のファインセーブ。だが、カウンターで数的不利を作られたETUにこぼれ球までケアを行える余力はなかった。

 

MFの浅香が最後シュートのこぼれ球を詰め、ダイレクトでシュートを放ったのだ。逆を突かれた緑川は反応できず、ブラインドとなってしまっていた。

 

『川崎も浅香のダイレクトシュート!! 押し込みました!! 後半23分! これで1点差!! リードしているETUですが、これでスコアは3対2! 試合展開が分からなくなってきました!』

 

 

そしてネルソン監督は当初の予定通り、左サイドを執拗に狙い始める。守備力に不安のある清川に一対一を執拗に強いることで、揺さぶりをかけてきたのだ。

 

そして経験豊富な近藤が悉く清川を打ち負かす展開が続く。

 

「あっ!!」

 

シザースからの跨ぎ、からの切り返しからの縦突破。簡単に振り切られる清川の脆弱性がここにきてもろに出始めていた。

 

追い縋る清川だがファウルでもとめられず、クロスをまたしても打ち上げられてしまう。

 

『ロドリゴぉぉぉぉぉ!! 追いつきました川崎!! 後半38分! ついに試合を振り出しに戻しました! 最後はロドリゴ!』

 

 

ここで、攻撃力をアップさせる達海の目論見は崩れてしまう。リードしている展開で、辛うじて清川の守備力は、丹波のフォローによって支えられていた。

 

 

丹波のプレスバックがあったからこそ、左サイドは持ちこたえていたのだ。攻撃的に行くのはいいが、達海は川崎の攻撃力を過大評価し、だからこそ勝負に出てしまった。

 

この試合、清川をフルに使うならば、“丹波”だけは変えてはならなかったのだ。

 

 

こうなってくると、ETUは守らなければならない。すでに逢沢の運動量は限界が近づいている。椿一人では攻め切ることは出来ない。上田では星野の壁は乗り越えられない。

 

 

達海、ここで苦肉の策として4-3-2-1のクリスマス型に布陣を変更。ワントップに足の速い宮野を置き、シャドーの位置に赤﨑と上田を置いたのだ。

 

逢沢は左CMFにポジションを下げ、右には椿、真ん中に堀田。

 

守り切る、カウンター前提のフォーメーション。

 

ゆえに、川崎も守りに入ったETUの牙城を攻め切ることは出来ない。清川と他の選手のポジションが近くなったことで、守備は安定し、カウンター時でこそより輝く彼のロングフィードがさく裂する。

 

『清川からのロングフィード!! 裏抜けた~~~!!』

 

 

裏を突いたのはやはり宮野。しかし、精度が甘くゴールに向かってというよりはややボールが伸びすぎてしまったような軌道となる。

 

 

——————ここで、相手一人を躱しきれなくて————ッ

 

 

そして、シャドーの位置から上田と赤﨑のサポート。一気呵成にラインを上げるが、

 

 

『ああっと!! ボール外に出てしまいました!! 川崎の必死のディフェンス! 宮野の突破を許しません!』

 

縦一本であるがゆえにシンプル。その機敏さと選択肢の狭さが、彼に対する対応を簡単にしてしまう。好機を演出するも、中に入り込みたい、ゴール前に誰もいないという悪循環で宮野のスピードが止まってしまう。

 

キープ力の低い宮野がボールを奪われ、決定機を作り出せない状況が続く。

 

「むむむ……単発でチャンスは生まれるんですが、ゴールが生まれませんね————」

松原コーチも、前線でボールをキープできる選手がいないことで、攻撃の厚みがかなり薄くなってしまったことを感じていた。

 

宮野が赤﨑にボールを預け、フォローなく赤崎が止められる。サイドに追いやられた場合、宮野は頻繁に相手を探し、スピードを落としてしまう傾向にあった。

 

だからこそ、間合いを詰められ簡単にボールを刈り取られる。カットインの精度と鋭さが未熟な彼では、研究をされるたびにその効力は失っていく。

 

だから、赤﨑が2人躱してもその時間のうちに相手が帰陣してしまう。スタミナが切れかかっている逢沢を変えることも出来たが、緊急事態が起きた場合、10人で戦えば必然的に川崎にゴールを奪われる。そんな予感すら達海の脳裏をよぎる。

 

 

そして————

 

 

『ここで長い笛! 試合終了です! ETU! 敵地で一時はリードをするものの、終盤に追いつかれて手痛い引き分け! アウェーで勝ち点1を得る結果となりました』

 

『丹波選手を下げるのは悪手でしたね。攻撃的にいきたい、相手の勢いを削ぐために勝負に出たのでしょうが、天は味方しませんでしたね』

 

 

 

 

終盤防戦一方で、カウンターによる単発的な攻撃しか機能しなかったETU。耐えるだけの守備は出来たが、攻撃力を犠牲にした逃げ切り。

 

 

そして、だからこそ指揮官の失敗がピッチにいる選手たちにも伝染してしまった。

 

 

ETUには逢沢駆を含め、本当のピンチ、苦境という状況で違いを見せつけることは出来ないのだ。逢沢の輝ける才能はあくまでアタッキングサードでのみ輝く。

 

それ以外のエリアでは、やはり埋もれてしまう。彼が低い位置でボール回しに参加する時点で、ETUの攻撃力は川崎の前で完全に死んでいた。

 

そして研究されてきた宮野のカットインがほぼ封殺されてしまった。必然的に縦突破が多くなる彼だが、サイドに追いやられ、各個撃破される形となってしまう。

 

 

ここまでのETUは、宮水青葉の試合を決定づける力と飛鳥亨の個の力、達海采配によって支えられていた。だからこそ、宮水青葉不在でも采配次第で勝利を重ねることが出来た。

 

だが、その采配が一度でも狂った瞬間、ピッチで修正できる選手は少ない。

 

その問題を感じてしまった選手はそれぞれ考えていた。

 

 

—————川崎が清川を狙っていたのは明らかだった。俺がもっとコシさんの様にフォローを徹底できていれば

 

堀田はアンカーとして配給は村越以上のものを見せていた。だが、一番徹底しなければならないサイドバックのフォローは完璧ではなかった。

 

 

そして、中盤での苦境を目の当たりにした杉江は、弱気になっていた自分を叱咤する。

 

 

—————達海さんのカードが不発に終わった。それはいつか起きることだ。けど、ピッチ上で修正できず、引き分け狙いのサッカーをさせたのは—————

 

 

試合の流れを変える役目を追っていた逢沢は限界だった。縦横無尽に走り、得点まで決めた。左が守備的な分、攻撃的な右のフォローを一部担っていた逢沢だったが、宮野を投入したことで、逢沢のキャパシティを超えてしまった。

 

堺と交代で投入された上田も経験不足からポジショニングが甘く、フレッシュな選手であるにもかかわらず、試合から完全に消えてしまった。

 

中盤で苦戦を強いられたために、ショートカウンター、縦に速いサッカーの申し子だった椿は守備にパワーを注がなければならず、攻撃に厚みを生み出せない。

 

その達海は試合後に丹波だけは変えるべきではなかったと非を認めている。村越という経験豊富なアンカーがいない弊害が、攻守に影響を及ぼしていたのだ。

 

 

—————中盤から一気に崩れちゃったけど、それでもあのままなら相手も対策を講じてきたと思う。

 

だが、杉江と堀田よりも深くあの試合を理解していたのは椿と逢沢だった。

 

—————左の攻撃力を清川さんに任せたままなら、丹波さんと上下を逆にすることも出来た。

 

駆は言う。清川個人の成長の為、固定するのもありだと思う。だが、今回のような試合で清川の守備力を頼るのはあまりにもリスキーだったのだ。

 

————中央、明らかにパスを狙われていたし、サイド、センターアタックの迫力もなかった。もっと俺がハードワークしなきゃいけなかった。

 

椿は、この試合まで感じていた今までにない空気を感じていた。勝ち癖がつき、チーム成績も良好。だが、それが良くないものだと感じていた。

 

 

各々が課題を残し、修正力に不足を感じた川崎戦。

 

勝ち点を得ることは出来た。しかし、その結果以上に杉江と堀田は危機感を抱えたまま、次の試合に臨むことになる。

 

 

江ノ島高校でも、宮水青葉に続いて逢沢駆も9得点目を記録したことで話題が寡占状態となっていた。チーム成績は良好といえるが、彼らもさすがにその内部まではわかりようがない。

 

 

現在総体予選を進撃中の江ノ島サッカー部の一人である一条龍は、先輩たちの活躍に刺激を受けていた。

 

「青葉先輩凄いな。FIFAの条約がなければすぐにでも海外オファーもくるかもしれないな」

 

満18歳にならなければ、海外籍が基本的に禁止となり、規定違反の選手は公式戦にも出場できない制約。これは若手選手の青田買いを防ぐ一面もあるが、二人の移籍を阻害するものでもあった。

 

「フハハハっ!! やはり俺の目に狂いはなかった! 宮水青葉先輩とのマッチアップはこの俺にさらなる次元に渡れと言っているようなものだ! そしてあと数日と迫ったU20W杯! この試合は幸いないことに時差が少ない。絶対に見るぞ!」

 

そして、レギュラー陣に割って入っているCBの武智がスマートフォンでニュースを検索し、先輩の活躍に高笑いしている。

 

「そして逢沢先輩も9得点。リーグジャパン創設以来、史上4人目の快挙も目前。その快挙の3人目が宮水先輩だし、今年は凄いよ—————僕も頑張らないと」

青梅優人も活躍を聞いて刺激を受けているが、中々ベンチ入りできない状況が続いている。

 

上級生たちの攻守の切り替えの速さは一条と培ってきたものを超えている。それだけ走ること、スペースを有効に使うことに重きを置いていることが分かる。

 

守備陣でベンチ入りを果たしたのは武智のみ。中盤では真鍋が何とかベンチ入り。

 

攻撃陣では一条龍のみがベンチ入りを果たす状況だった。

 

「フィジカルだけではないことを逢沢先輩は教えてくれたからな。あの間合いの入り方は相当手ごわいし、参考になる。選手権以降に強化指定選手の案内でも来ればいいのだが」

 

武智にはリーグジャパンのクラブだけではなく、大陸を超えた場所からのスカウトの視線も熱い。新世代CBとして荻本を超える逸材として注目されている。

 

同世代を圧倒する空中戦の強さと一対一の強さ。それもユースの頂点とされていた浦和が江ノ島高校に惨敗したことで少しずつ風向きが変わっていったことも影響している。

 

江ノ島の空中要塞高瀬にはすでに複数のクラブが接触しており、強化指定選手入りは必至とされている。日本がこれまで求め続けていた、足元の技術があり、フィジカル自慢のCFWタイプ。

 

そして中盤の魔術師荒木竜一はドイツ王者ドルトムントからの練習参加もうわさされている。18歳時点での海外入りの為、英語との格闘中とのこと。

 

そして、巧みな戦術眼を有するボランチ織田涼真、青葉の高校時代の“相棒”八雲高次も内定がちらついているとのこと。

 

しかし、やはりプロに至るまでにはクリアしなければならない段階があり、注目株という評価に留まっていた。

 

「————————あいつは、どうしているのかな」

一条は、ふと埼玉で目にした自分と同等のドリブル技術を持つライバルの現在を知りたくなった。

 

ミルコも注意深く彼の動向は探っていたらしいが、千葉から東京の高校へと転校した段階で足取りがつかめなくなっている。これ以上はプライベートなことなので、詮索は出来なかったが、才能ある選手が次のステージに上がれるとは限らないことを痛感した。

 

—————お前は、結局パスを選べるようになったのか? それとも……

 

容赦のない入れ替わりは、一条にも無関係とは言えない。唯一自分を欲しいと言ってくれたのは江ノ島高校だけだった。そこにはミルコの推薦もあった。彼がいなければ自分は強豪校で成長することも出来ず、日本代表への道は遠のいていただろう。

 

大けがをした後の復帰後、かつてのようなプレーが出来なくなった一条龍の価値は大暴落だった。フィジカルサッカーが優先される高校サッカーでは自分が磨きたい技術は磨けず、ユース入りの可能性は皆無だった。

 

 

今でこそ、荒木竜一の控えの位置にまで戻ってきた一条だが、現状に危機感を覚えている。ドルトムントの視線を釘付けにする荒木の控えというのは、他校ではエースになり得る存在と言われてもおかしくはない。しかし、江ノ島でしか一条は花開くビジョンを持っていなかった。

 

ここで活躍しないと道は開けない。その強い気持ちは来たる海外移籍の準備にも表れていた。

 

宮水青葉は英語を完璧にマスターし、オランダ語を勉強しているぞ。

 

なら自分は、なぞる様ではあるが英語を習得する必要がある。幸いにもアンナは英語とセルビア語を喋れるとのことで、レクチャーをしてくれるらしい。自分でも参考書を買うべきと考えているが、話す相手がいるのはありがたいことだ。

 

なお、一条のアンナに対する認識は間違いで、ドイツ語、フランス語も追加されている。思わぬ語学ぶりではあるが、この2か国語に関しては日常会話レベルらしい。後に知った一条は自分がいかに恵まれ、甘えていたことを痛感するのだった。

 

 

 

そんな一条が追い抜くことを夢見る、先頭を走り続ける次世代のエース候補は、16歳で世界の舞台で戦うことになる。

 

 

今までの親善試合や強化試合というものではない。世界大会の公式戦での復帰。

 

 

彼の活躍次第で、自分の道のりが分かる。一条龍は自分と世界の物差しを測るために、宮水青葉の試合を見る。

 

 

——————俺たちが日本が、どこまで世界と離されているのか。それとも近づいているのか。

 

 

所属クラブの苦しい試合を見つつ、彼はその瞬間を心待ちにする。日本が生んだ史上最高の怪物は、通用するのか。

 

 

 

一方、日本のメディアは誇張表現を繰り返し、スタメンの予想や戦術を予想する報道が過熱。新戦力の青葉が入ったチーム内の亀裂、溝を報道する大手新聞筆頭。

 

 

これは勿論論外だが、コートジボワール、ドイツ、ウルグアイという死のグループに入ってしまった不運を嘆き、健闘を期待する他の各社。一般の日本代表通たちも、元日本代表の解説者たちもそろってグループ敗退を予想する。

 

能天気なお馬鹿キャラを演じており、海外のメディアからも小馬鹿にされつつあるなでしこ女子代表の監督は2勝1引き分けと予想する。

 

他にも、現在江ノ島高校で指導に携わっているミルコ氏も2勝1引き分けを予想するなど、一条にとっては予想外の展開も発生している。

 

そして、普段は毒しか吐かないブラジルから帰化した解説者は、3連敗を予想するも、テレビの前で世界と私を含めて見返してほしいと檄を繰り出す始末。

 

「——————俺の予想の中で納まらないでくださいよ、青葉先輩」

 

 

彼も、このグループは厳しいと感じている。しかし、それはあくまで彼の予想。だからこそ、檄を繰り返す解説者と同様に、番狂わせを期待するのだった。

 

 

 




原作と違い、そのまま勝つという展開もあったのですが、達海采配が狂った瞬間、

修正できる選手が少ないという現実が勝りました。

駆も修正、打開できる力はありますが、今回はもう手一杯という状況でした。
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