騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
まあ、資格勉強もあるんですけど
日本時間とそう変わらないニュージーランドでの世代別世界大会。現地には青葉の姉である三葉も来ていた。
出番があるかは分からないと事前に連絡をメールで受けているとはいえ、弟はベンチスタート。試合展開も後半から動き出し、残念ながら日本に苦しい時間が訪れている。
——————あれ、ベンチの前…‥
青葉が走りこむペースが上がっている。ベンチの周りも慌ただしくなり、なにやら動きがあるみたいだった。
そして、食い入るように見ているのは肉親の彼女ばかりではない。現地から遠い日本では、かつて青葉が借りていたアパートの部屋にて、一条龍と優人を含む一年生組がその試合の中継を見守っていた。
「———————左の脆弱さを一気につかれた形かぁ、これまずいよ」
「こりゃあ、小川はダメだな。ドリブルも激減したし、完全に見失ってる」
逆起点になったり、ドリブルが全く通用しない試合展開で、小川のメンタルは傍から見てもボロボロだった。開幕戦でゴールを挙げ、国内で順調な活躍をしていたが、世界の壁にはじき返される。これが日本の若手の現実だった。
蒼井兄弟は口々に、ピッチサイドの雰囲気を感じ取っていた。日本は全体的に積極性を失いつつあり、パニックに陥っているように見える。
至る所で個の対決で敗れている。CBの飛鳥、SBの幕張、一人だけやはりレベルの違う堂本、献身的な運動量で攻撃を支えていた鷹匠らは気を吐いているが、その他は世界を意識してきたのか、後半では良さを失いつつあった。
起爆剤がなければこのまま惨敗という未来さえ現実のものとなっている。
「———————頼みの秋本、青葉先輩はベンチ。仮に出たとしても、引き分けが精いっぱいかも」
優人も、この状況下で青葉が出来ることは非常に少ないと感じていた。
「——————確かに、状況は絶望的だけど、このままで終わる人じゃないよ。それに、これから出てくる左の選手は守備も安定しているし」
龍は一人だけ、アップのペースが速くなっていると言われている九鬼に注目していた。青葉が彼に教えた、自身を超えるプレス技術を持つ男。現代フットボールで彼は一つの手本だと彼に言わしめた存在がこれからピッチに出ようとしている。
「今更守備でどうにかなるかよ。点を取らなきゃ負けだぜ」
矢沢は、九鬼を小川に比べて地味なサイドアタッカーと評する。強引な突破もなく、足元が上手い選手ではある。しかし、身体能力は小川に総合的に負けている。
負けている展開で出すような選手なのかと。
そして最後に、彼の恐らく夢の前哨戦扱いであることを友人の話で知った江藤藍子は、その晴れ舞台でベンチスタートとなり、苦しい展開でもまだ出場していない彼を思う。
「…‥…‥‥‥‥っ」
上手くいかない現実を前に、彼はどういう思いでベンチにいるのだろう。あれほどあのスタジアムで観客を魅了した彼が出られないほど、日本代表の壁は厚く、そして世界との差は遠いのか。
ワールドカップを制する、それが今の日本でどれだけ本気で言えるのか。彼が苦しい表情を見せていた理由が分かった。
そんな時だった。ベンチからユニフォーム姿になった彼が出てきたのだ。彼の目は死んでいなかった。むしろ全くの逆だった。
———————どうして……‥
負けているのに、どうしてそんな前しか見ていないような眼をしているのだろう。何を考えているのか分からない。結果が見えているから自暴自棄になって自分を海外に売り込むとしているのだろうか。そう考えて彼女はその考えを捨てる。
あの試合でも、どの試合でも、味方を鼓舞し続ける彼が、そんな無責任なプレーをするはずがない。
だが、彼がピッチに入ることで、何かが変わる。そんな予感だけが彼女を支配していた。
ベンチでは勝ち越しを許した直後から青葉のペースが上がっていた。すでに、交代カードを2枚使う予定であり、最初の交代が発表される。
『ここで、左サイドの小川に代えて22番の九鬼を呼びますね。J2大宮からの選出となった九鬼鉄心』
『昨年LJ2部リーグでアシスト王の九鬼鉄心! さぁ、その技巧派MFがコートジボワール相手にどういった動きを見せるか!』
左サイドでの途中出場は九鬼鉄心。やはり本職の左サイド、右利きが呼ばれる。
そして——————
『日本ベンチ続けて動きます。10番の石渡選手に代えて、背番号18、宮水青葉を入れますね』
『ついに日本の怪物が登場です! 日本はまだ諦めていません!』
『時間はたっぷりありますからね!! 1分あれば1点は取れますよ!』
20歳の九鬼と、16歳の宮水が、彼らの背番号が電光掲示板に表示される。
16歳に任せる試合状況ではない。九鬼は格上との試合に慣れているが、彼はどうなのか。
「いきなりハードな状況、緊張してるか?」
だから軽口をたたいてみた。
「ひっくり返せば世界は変わる。それだけです」
「最高」
ギラギラしているものを見せている。九鬼はそれだけで頼もしさを感じていた。奇しくもコロンビア戦の強化試合と同じビハインドの試合展開。
後半15分
11番小川OUT→22番九鬼IN
10番石渡OUT→18番宮水IN
肩を落とし、交代のタッチを行う小川。自分が通用していない、悔しさを見せている小川だが、九鬼は少し違うと考えていた。
—————間合いがね。日本仕様なんだよな、カズは
リーグジャパンならそれでよかった。しかし、ここは海外なのだ。能力だけなら小川だって負けてない。だから、後は考え方だけなのだ。
九鬼は、堂本と守備能力で同等以上の戦術眼を備えている。そこへ、その九鬼と堂本の共有する連動する守備にハイレベルで応えることの出来る宮水青葉は、コートジボワールに驚きと最大級の警戒心を与える。
堂本が寄せる、青葉が塞ぐ。コートジボワールはスライドし、サイドを変える。しかし、青葉が寄せると、オア場がまたしてもカバーリングに入る。二列目で連動する守備が出来ることで、コートジボワールのラインが下がっていく。それを嫌ってロングボールを多用すれば日本の戦術の思惑通りとなる。
これまではそれが限定的にできていた。しかし、年若い選手ではそれほどの戦術を共有できる時間はなかった。
九鬼は小川ほどの決定力もない。スピードもフィジカルもない。180cm近い背を持つ小川に対し、175cmの九鬼。リーグジャパンでは背負って躱すシーンもあったがここは海外。拮抗するフィジカル勝負で小川は得意の形で前を向けなかった。
鷹匠が残り少ない体力を振り絞り、プレスのスイッチを引き受ける。個のプレスの連動スイッチ役を引き受け、ポストプレー、得点を奪う。これを完璧に行える選手は間違いなく世界クラスの選手だ。
鷹匠にはその3つを同時に行える能力はまだない。しかし、彼の背後にかつてあの男がいた。
—————傑も、そうやってボールを奪っていた
素早くフォアチェックし、後ろがコースを塞ぎに来る。そして、その瞬間が訪れる。
鷹匠のフォアチェックに業を煮やしたCBがステップを踏んで躱す。そしてパスコースへとボールを渡そうとするがすぐ目の前には——————
—————っ!?!?!?!?!?!
それは、人間の加速力ではなかった。その少ない歩幅、短い距離。様々な要因はあったはずだ。
ボランチへのパスコースを限定した青葉が襲い掛かり、ワイドに開こうにもSBには九鬼が塞ぐ。
ボランチへのパスコースを塞がれ、ここで青葉が選手とボールの間に入り、ボールを刈り取った。
『日本高い位置でボールを奪った!! カウンター!!』
今までなかった日本代表の連動した守備。それが両サイドで行われたのだ。CBがまさかのボールロスト。これではもう守り切ることなどできない。
『宮水スルーパス、最後は堂本貴史ィィィ!!! 日本反撃開始!! 後半20分!! 堂本の左足がさく裂しました!!』
「ラストパスは見事だったぜ、青葉! まじでやばいぜ、お前!」
「まだビハインド。勝ち越しますよ、タカさん!!」
中盤でこの大会最速の男が出現した。フィジカルで劣るはずの日本の中に、怪物がいる。
コートジボワールは元来日本には相性がいいはずなのだ。苦しいのは相手のはずだ。
何だあの男は、フランスのあの快足よりも数段速い。そして、サイドと連携した前からのハイプレスが決まる。
そして右サイドの守備をさらに強固にする逆サイドの援護射撃。途中出場で出てきた左サイドはフィジカルに劣る。だが、寄せの上手さが数段も上だった。
コートジボワールベンチも慌ただしくなる。データはあった。リーグジャパンというガラパゴスな環境で、生まれるはずのないタイプ。
仕掛けが少ないアジアの島国の中で、異端ともいえる存在。
彼が現れた瞬間、全ての運命が決定する。
さらに——————
ポゼッションで押し込めるようになった日本。対するコートジボワールは、監督の戦術ではなく、選手間の連動で戦術が成り立っているプレスを前に苦しいボール回しと押し込まれる状況が継続。
中に切り込む堂本を見た青葉が素早く右の裏へとポジションを移動させる。宮水も無名とはいえ16歳で代表召集されるレベルの選手。だからこそ、マークに誰か一人つく必要があった。その選択は正しいし、そうしなければならなかった。
だが、堂本は青葉がかき乱したコートジボワールの隙を見逃さない。青葉の右への移動、堂本得意のカットインを警戒しているコートジボワールは、中を固めようとした。
しかし、ワイドに青葉がスプリントすることでサイドが開く。トップ下が流動的に、サイドを助ける形を作ればどうなるのか。
中央寄りのカットインの為、堂本がゴール側から膨らみを描く様にボールを転がし、距離を作る。カットインの為の、シュートコースを見つけるための動き。
カットイン一辺倒ならそれで対象は出来ただろう。だが、
『堂本切り返して縦仕掛けた!!』
左足からのダブルタッチで逆サイドに距離を開き、詰め寄る選手をあざ笑う裏街道。右足のつま先で転がしたボールが相手選手の股下を抜く。ペナルティエリアに入った堂本に足をかけることは致命傷に直結する。だからこそ、寄せが甘くなる。
さらに、青葉が開いたことでスペースが生まれている。堂本の突破をケアする動きも、遅れてしまう。
軽く転がしたボールに追いついた堂本が距離を詰めるキーパーをあざ笑うラストパス。
逆サイドに詰めていたのは途中出場の九鬼。
『堂本ラストパス!! 押し込んだァァァァァァ!!! 日本同点!! 後半28分についに追いつきました!!』
『堂本の1ゴール1アシストで、ついに日本追いつきました!! 日本のエース堂本!! いよいよエンジンがかかってきました!!』
二列目でサイドの動きを助け、且つ自分もチャンスメイク、フィニッシュの形を複数持つトップ下がいることで、一気に攻撃が活性化する。
青葉は”サイドアタッカー”の動きを知っている。だからこそ、サイドアタッカーがどうプレーしたいのかを予測し、アシストできる。これは、ポジションをたらい回しされたからこそ与えられた恩恵である。
普通の選手は、頻繁にポジションを入れ替えられたら調子を崩すのが大半だ。だが、彼は適応してしまう。
テレビの前でこの現実を思い知った一条龍は、この光景を見てミルコの言葉をまたしても思い出す。
——————どんなポジションだろうと、本当の一流の選手は一流の動きが出来るものだ。
勝ち越しを狙うため、前に出るコートジボワールだが、日本は3枚目のカードを切る。
西野監督。ここで鷹匠に代えて秋本。勝負に出る日本。後半やはり疲れが見えてきた両チームではあるが、あくまで攻撃を貫く。
そして、その秋本が決定的な動きを見せる。
縦パスの楔が入った瞬間、右足でトラップしながら転がし、手で相手を制しながら反転。素早く前を向いたのだ。
高い位置で前を向くことでルックアップした瞬間に彼を見つける。
『楔のパスを受けた秋本、ワンタッチで宮水に渡す!! 宮水抜けたぁぁ!!』
スピードに乗った青葉のスプリントを見逃さない。高速スプリントでの状況下で、コートジボワールの選手を、OMFのナビスライを驚愕させる絶技を披露する怪物。
高速スプリントでの超スライドしたダブルタッチ。一気にスライドし、足の届かない場所で縦に仕掛ける青葉。寄せてきたナビスライを刹那のうちに抜き去る。
ナビスライ、あまりの絶技に衝撃を受ける。そして、反応した瞬間に青葉の得意技、アンクルブレイクが発動。
——————ば、ばかな!? 俺は何を見ているのだ?!
一体宮水青葉の前で何をしていたのか、何もできずにただ道を開け、ひれ伏してしまう。バランスを崩したナビスライは、まるで王様が道を開けろと言い放ち、何もできずにひれ伏してしまう貧民の如く、その抵抗は皆無に近かった。
コートジボワールでも攻守で随一のセンスを見せる彼の崩壊。この瞬間、コートジボワールはこの試合で最も強い存在が誰なのかを刻み付けられる。そして、近未来で日本との試合において暗い未来が待っていることを確信させられる。
彼らは彼にスピードを乗せることで同世代は何もできなくなると認識していた。所詮はスピードに乗った速さだけだと。加速力ならアフリカの選手も負けていない。
しかしそれは大きな誤りだった。
その後、彼に追い縋ることすらできない選手がいるのだから、間違いない。
彼の速さは、南米、アフリカ勢にも引けを取らない。むしろ———————そう考えた時、背筋が凍り付くコートジボワールの監督。アンタッチャブルな存在は突然生まれる。あの怪物もそうだった。
現代フットボールであんな存在が生まれてたまるものか。あんな基地外、もう二度と出ないはずだ。あの勤勉さが取り柄の日本に、あんな破天荒な存在が出てしまのかと。
スピードアップし、ステップの速度も上がっていく。寄せてくる相手がいるが両足が使える彼はその悉くを、あらゆるタイミングで逆を突き、最適なタイミングで左右の足を操る。
フェイントなど最初のダブルタッチのスライドだけだ。片側を塞いだところで、その形を粉砕しながら突き進む。
また一人躱される。また一人ひれ伏してしまう。
「—————————————!!!!」
コートジボワールの選手が叫ぶ。あれを潰せと。
だが、また一人躱されてしまう。また一人、刻み付けられてしまう。オーバーステップからのダブルタッチ、インアウト。良く反応して見せたサイドバックの選手だが、その反応の速さを逆に利用され、先ほどの選手よりも盛大に横転。アンクルブレイクも真っ青なやられっぷりを世界に刻み付ける。
——————人間の、動きじゃない…‥あれが、人間に出来る動きなのか?
ゴール前固める、なけなしの人数を張るコートジボワール。だが、それでも勢いは止まらない。
宮水ここで連続高速シザース。からのプッシュ&マシューズフェイント。
CB二人が崩れ落ちる。シザースからのフィニッシュを潰しにかかった選手をプッシュで切り返して重心を崩し、続く抜けきったところで潰しにかかったCBに対し、敢えてボールを晒し、食いつかせたのだ。
食らいついた選手の股は大きく開け、青葉は緩くそこを通すだけでよかった。
「!?!?!?!」
動こうと足掻くCB。だがその力で自壊し、彼もまた崩れ落ちる。大きく足を延ばした側ならまだ崩れ落ちることはなかっただろう。だが、青葉は逆を突いている。
そして、キーパーを躱さなかった青葉。否、躱す必要すらないほどに、シュートコースはあらゆる場所が開いていた。
膝をつくコートジボワールの守護神。なんでもなさそうに冷静にゴールを決めた青葉。怪物の存在感は、ピッチにいた右の切り札に活力を与え、ワントップの要求に最高の形で応えて見せた。
『日本勝ち越し~~~!!!!! 決めたのは16歳の宮水青葉!! 最後CB二人を躱し!! 躱してゴール!!』
『あの密集地帯、二人相手に突破しますか!? 凄いですよこれは!!』
中央だけに注目しているばかりではない。宮水青葉は、陣形が崩れたとはいえ、コートジボワールの選手たちを刹那のうちに各個撃破し、最後は最後尾の選手を同時に相手し、その二人を嘲笑いながらゴールを叩き込んでしまったのだ。
ボランチを、サイドバックを、センターバック二人を。そして逆を突かれたキーパーは膝から崩れ落ちた。
日本の希望は、このピッチにおいてコートジボワールの絶望でもあった。
『後半35分!! 見事な突破でゴールを奪いました!!』
さらに、秋本の反転ポストプレーが光り、ロングボール回収後のカウンターで、左に開いた青葉が突破を見せる。ここでまた、シザースフェイントを繰り返し、在り得ない加速で折り返しを狙う青葉。
だが、相手の死角へと供給されたボールが、九鬼の足元へと転がる。
「!!!!!!!??!!?」
加速と同時に、ヒールパスでマイナス気味に、切り返しのタイミングの前にパスを送ったのだ。折り返しを防ぐしかない相手選手は背後へといきなり方向転換などできない。他の選手も堂本のニアサイドへの飛込を警戒していた。
『ヒールパスから九鬼スルー!! 秋本押し込んだァァァ!!! 日本追加点!! 途中出場の秋本がゴールを奪いました!! 後半42分!!』
これで、途中出場の秋本は1ゴール。そして青葉もまた1ゴール2アシストを見せ、エース堂本は1得点、鷹匠もゴールを決める等、後半はシステム変更で一気に優位に立った日本。
これで終わるかと思う。だが、あの男はハーフタイムでこの程度のスコアで満足していない。
前に出るしかなかったコートジボワールのプレスにボールを下げる日本。最後尾飛鳥亨のロングフィードをブーメラントラップで頭上へとボールを逃がし、相手選手のマークをすり抜ける青葉。
——————曲芸みたいな真似、二度もさせるか!!
青葉が浮いたボールに対し、迫りくるボランチの選手に同じ手で躱そうとする。だが、青葉はそのタイミングをずらす。
迫ってきたボランチの股間を浮くまた抜きトラップ。追い縋ろうにも、自身が体に与えた前への加速が邪魔をして、またしても横転。タイミングをずらされ、ギリギリまで方向転換が不可能となるまで足を出さなかった悪辣なプレーが、彼にトラウマを植え付ける。
横転する横を何の苦労もなく通り過ぎる青葉。浮き球なら防げていた。彼はその確信があった。しかし、その確信は当然青葉の予測範囲内だった。
そして、完全に崩された中央に集まる視線。青葉はその隙を見逃さない。スルーパスで右サイドを走らせる。
『日本宮水の個人技でまたしてもチャンス到来!! 右サイド堂本がサイドを駆け上がる!!』
寄せてくる左サイドバックは堂本に走り負けつつあった。オランダで走力を鍛えに鍛えた彼のフィジカルは、当たりにも強い。
———————おいおい、そんな走りされたら…‥
堂本は苦笑いする。
『堂本折り返し! 宮水スルー!! 九鬼だァァァ!!! 何という攻撃だ!! 何というカウンターだ!! 高速カウンター完成!! 九鬼途中出場で2ゴール!!』
ゴール前で青葉に目が釘付けになっていた。青葉は、九鬼の走りこむポイントを予測し、一番最適なシュートポイントを算出。九鬼もその予測がかみ合い、最高の場面でドライブシュートを叩き込んだ。
彼に対するマークはほとんど皆無に等しかったのだ。アンダーとはいえ、欧州注目の彼が外さない距離ではない。
そして——————
『ここで長いホイッスル!!! 日本勝ちました!! 見事な連動、見事な反撃で、コートジボワールを下しました!! 途中出場の宮水、秋本。そして九鬼は2ゴール!! 堂本、鷹匠のゴールと6得点を奪った日本!! コートジボワールに6対3で勝利しました!!』
『交代カードが利きましたね。しかし、秋本選手は物凄い反転トラップでしたね。そして最高のタイミングであがってきた宮水選手。こうなってくると次の試合も楽しみですよ』
歓喜に沸くのは日本ベンチ。そして日本のサポーター。まさかまさかの大逆転劇。このまま初戦を落とすかに見えた予想を大いに覆し、まさかのオーバーキル染みた逆襲。コートジボワールの戦意を完全に崩壊させるかのような猛攻を見せた。
コートジボワールの選手たちはまだスコアボードを見て目の前の現実を受け止め切れていないようだった。その中には泣いている選手もいた。後半自分たちは勝っていたはずなのに、その未来は訪れなかった。
あまりのショックに、司令塔のナビスライは何度も青葉を見て、スコアボードを見て、また彼を見てしまう始末。
FWのゴランは、背中にうすら寒いものを感じていた。だからこそ、彼は問わずにはいられなかった。
『お前は、本当にジャパニーズなのか?』
英語で話したゴラン。日本人選手では、英語をしゃべる選手は少ない。堂本に通訳してもらおうと彼を探そうとするが、
『僕は間違いなく日本人だよ、ゴラン』
流暢な英語だった。訛りもなく、発音のきれいな英語。そして彼は続けて言う。
『今日の試合、僕は試合前までベンチメンバーという評価だった。だが、夢を追いかけて未来が変わり、結果を出せば目の前の現実が変わっていく』
『僕は宣言する。今はまだ貴方達の”トップアイドル”のような頂きには至らずとも、必ず日本サッカーの”象徴”になる。その覚悟だけは、今も昔も変わらない』
当たり前のことを当たり前のように彼は言い放つ。自身のユニフォームに刺繍されている日の丸を叩きながら、彼は象徴となると覚悟している。
そんなやり取りを見ていた堂本貴史は、とっくの昔に16歳の選手という評価を取り下げていた自分が、まだ己惚れていたと自覚する。
———————象徴、か。
かつて、悲運の天才達海猛に憧れ、数奇な運命に終わった逢沢傑の相棒。堂本は彼が抱える日本代表への想いが、常軌を逸していることに気づいた。そして、そのエピソードを経験して無理もないと思う。
———————危うい奴だ。だからこそ、ここまでの選手になり、まだ底が知れないということなのかもな
だからこそ、堂本は問う。本気で日本代表に入る、その席を奪う執念を自分たちは見せているのかと。苦悩する堂本の横に九鬼が近寄る。
「———————あいつは、あのままでいい。今はギラギラした目を失ってほしくないな」
九鬼は現状の青葉を肯定する。堂本は、十字架を背負ってプレーさせることに異論を口にする。
「本気か? 一番年下のあいつに、今日の試合は尻拭いをさせて。その上であいつを脅迫観念に近い思想に縛り付けたままで放置するのか?」
「ここは日本代表だ。仲良しグループの集まりじゃない。俺たちがアイツに語れる言葉はない。俺はアイツがそれすら乗り越え、俺たちの想像を超える存在になることを望んでいる」
「———————それにな。果たして温室の中で、本当の怪物ってやつは生まれるのか? 俺はずっと在り得ないと思っていた。そして今日、それをアイツは証明してくれた。余計な感情を持たないほうがいいぜ、貴史。お前のポジションもアイツに奪われるかもしれないぜ」
監獄みたいな環境でずっとサッカーやらせるとか、と内心思ったりする九鬼。しかし倫理的にそれは非常に難しいし、チャラ男に見えて案外真面目な堂本が気分を害すだろうから言わない。
「———————末恐ろしい後輩がいたもんだな。いくつもの運命が重なることで、あんな選手が生まれるとは」
海外でも、それほど前評判の高くなかったグループ“最弱”の日本が、アフリカの雄、コートジボワールを6発粉砕したことで、その衝撃は計り知れないものとなった。
今夏で海外移籍確実な九鬼鉄心は何かを見せてくれるだろうと地元メディア、海外メディア。特に獲得を狙っているクラブの一つであるレアルソシエダは気が気ではない。
特に、今まで技巧派として名をはせていた彼は得点力に課題があった。だが、その問題も宮水青葉との共存で新たな境地を世界に証明した。
今まで超一流と呼ばれる選手の一部には、試合を変えてしまう力があると言われた。超一流でも試合の流れには負けてしまう。
彼が入った瞬間、まるで眠りから覚めた様に活性化した日本。堂本は目覚め、他の選手も得点を決めて見せた。
年代別で年上しかいない大会で、試合を動かした宮水青葉の活躍は、世界に轟いた。
——————コートジボワールにU20日本代表逆転勝利!! 初戦を勝利で飾る!!
—————攻撃陣ゴール目白押し!! 堂本、秋本、鷹匠、九鬼、宮水!!
——————途中出場、“司令塔”宮水で逆転勝利!!
—————途中出場で見事なポストプレー。秋本に覚醒の兆しか!
—————再三のファインプレー!! 日本のピンチを飛鳥亨が救う!
川崎戦で嫌な流れが払しょくできなかったETUでは、守備では飛鳥がファインプレーをして見せ、青葉が試合の流れを変えて勝利を掴み取ったことに刺激を受けていた面々。
「本当にすごいよ! 青葉君も飛鳥君も海外で結果を出すなんて!!」
これに一番喜んだのは椿だった。純粋に彼らの活躍に刺激を受けたのか椿も「よぉし、明日も頑張るぞ!」と笑顔で練習に励む。
「さすが青葉君と飛鳥君だ。飛鳥君は語学の問題さえクリアできればすぐに引き抜かれそうだね」
宮野も、五輪代表が相変わらず遠い現実に立ち向かうため、負けてられないと闘志を露にする。
「やっぱ、俺のライバルやばすぎでしょ。やっぱ俺は左なのか? 左でないとだめなのか!?」
赤﨑は、感覚的に左ではイメージ通りのプレーが出来ているとはいえ、右サイドでのレギュラーに関しては、ちょっと青葉を認めないわけにはいかなかった。
両足で蹴れるものの、右の方に自信を持つ赤﨑だ。左に自信を持つ青葉とはプレースタイルが微妙に違う。
「ハマの奴も、最近はクリさんの所で特訓しているし、次の試合は何とか勝たねぇとな」
清川も、最近石浜が栗澤と対人守備の特訓をしていると聞いている。その練習には実は向井も参加しているらしく、フィジカルのあるSBを鍛えていることを知っている。
全員が前を向ける良い状況が戻った。だからこそ頑張るのだと。
「——————やっぱり羨ましいな」
駆は、落選した世代別の代表の中で輝きを放ち、新たな境地、トップ下で活路を見出し、苦しんでいた右サイドの堂本を目覚めさせたのだ。
—————本当にいいプレーヤーは、どんなポジションでも活躍できる。
それは一条龍が、とある外国人に言われた言葉だ。まさに、宮水青葉はそれを体現する選手になりつつあった。それが駆にとって焦りを生んでいた。
—————僕もすぐそこに行く。青葉だけに、引っ張らせるわけにはいかない
何より、負けられないという気持ちが強まるのだ。しかし同時に、嬉しい気持ちがあるのも事実だ。
そして、逢沢駆は自分よりも青葉と親和性の高い九鬼鉄心という男を知る。サブポジションとはいえ、高校時代は両翼と言われた時期もあり、左でも出場する駆にとってはライバルだ。瞬時にその男の存在を頭に刻み付ける。
海外組筆頭の花森圭吾というエースに代わる新戦力を目指す九鬼。初戦の2ゴールは彼のキャリを開けたと言っていい。
対する右サイドは堂本貴史が宮水青葉のライバルとなっている。オランダ一部の得点王。今夏にもフランス一部の強豪が注目する存在。
年内にもフル代表デビューをし、ドイツ一部で結果を出し始めている桐生最大のライバルとしてメディアも煽っている。
日本が強くなるには選手層の厚さは必要なことだ。だが、駆は日本が勝った喜びよりもここに今自分がいるという現実に悔しさを感じていた。
——————青葉のおかげだよ。今ここで悔しくて仕方ないのは
選手としてのエゴ。自分が活躍してこそ。だから負けた時は当然悔しいし、勝った時も自分の力で勝たせたという実感がなければ不完全燃焼だ。
そして、テレビの前で青葉の活躍に目をギラギラさせている一人の高校生。
「—————————今日の試合は、最高のプレーだった」
周りを活かし、チームの攻撃力を何倍にも跳ね上げる存在感。一条龍が真ん中で求めていたイメージをそのままやってのけたのだ。
中央で二人を抜き去り、堂本を走らせた場面もそうだが、黒子役に徹して、九鬼にノープレッシャーな状態でシュートチャンスを与えた。
そしてとあるのユースチームでは、ある男がドリブル練習をし続けていた。埼玉から家の事情で東京に引っ越し、このままサッカーが終わる危機に陥っていた彼は、ある中年男性に出会っていた。
——————ミルコさんには悪いと思っているよ。ここまで君を隠したことにね
彼は、宮水青葉という存在に当初心を折られていた。一条龍や、その後の浦和ユースの面々とは違う。今までの有象無象、怪我をする前の一条龍に比べれば、取るに足らない存在ばかりだった過去。
その現実をあっさりと叩き壊した存在に、自身のアイデンティティが崩れそうになった。
高校時代も速い速いと言われていたが、世界の舞台でも通用して見せた彼の神速。自分を超える技術に、超高速世界で行われる変幻自在のフェイント。
怪物の所以は伊達ではない。
そんな男に、そんな存在が自分を認識するにはどうすればいい。
——————サッカーを勉強しよう、
世界最高峰の舞台を経験した男こと前田芳樹は、宮水青葉に挑む若き少年に道を示す。
——————技術だけで行きつく壁。あの青葉君も、一度は経験したんだ。
当然彼にも挫折はあった。だからそれは恥じることではない。まずはそれを認めることを、彼に課した。
「——————ヨシさん。ユースにこんな隠し玉がいたなんて、聞いてないっすよ」
栗澤のコーチングを受け、もう一度表舞台に戻る子を目指す石浜は、目の前の少年の超絶テクニックに驚く。しかし、そこに動揺はない。
石浜がマッチアップする相手は、とても不機嫌だ。今までの感覚では伸びてこなかった足が出てくる。同じ日本人かと疑いたくなるようなディフェンス。
「テメェが俺を、尊敬するまで‥‥ッ、勝負は終わらねぇ!!」
高みを目指す石浜の前に、どこまでも生意気な少年は闘志を前面に出す。
怪物に尊敬させることを強いる、そんな大それたエゴを宣言する少年——————桜庭巧美は、まずは石浜というそれほど高くないと思っていたが、案外高かった山を乗り越えるべく、ドリブルを仕掛けるのだった。
桜庭君の生存報告。後半戦辺りに出番あるかな。もしくはカップ戦かな?
ついでにベンチ外が続く石浜も元気な姿が
後半途中まで3対1でリードしていたのに、試合終了時点で3対6になるとか、悪夢かな?
日本はまずやられていた左サイドの守備を立て直し、中央の運動量を増やしました。右の堂本は最低限の走り負けない走力があり、左にはパスコースをカットする能力に長けた、フィジカルに難はあるが技巧派の九鬼を投入。中央には、大会トップの走力と加速力を持つ青葉。しかもハーフタイム以下という全力全開が余裕で可能な少ない残り時間。
これにより、両サイドからの援護射撃と青葉の超人染みたスプリントによるプレスが出現し、相手陣内にボールを押し込めることに成功しました。
相手チームはロングボール主体となり、パスコースを両サイドハーフがかなり限定することで、守る方も楽になりました。飛鳥は空中で世界と戦える姿を見せただけに、西野監督の采配は当たりました。青葉という体力お化けが中央にいることで、ボランチの負担も減り、ボールを回収する役目に徹することが出来ました。
結果、ボールポゼッションは逆転し、日本はコートジボワールを押し込む形となりました。
そして、高い位置でのボールカットは元気な青葉を存分に生かす形となり、彼の加速力と決定的なプレーを高い位置で実現することになり、蹂躙劇が開始されました。ここはもう青葉の個の力ですね。
最後に、秋本という疲弊した鷹匠に代わるポストプレーの上手い選手を投入したことにより、青葉にさえ的を絞ることが出来なくなり、守備が崩壊しました。
なお、守りに徹したとしても中央を青葉、堂本に突破されていた可能性は高いため、6失点はないでしょうが、それでも逆転されていたでしょう。