騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~   作:傍観者改め、介入者

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長らくお待たせしてすいません。




第八十二話 錆落し

全体練習が終わり、選手一同、フロント、スタッフも含めたほぼ全員が大会議室に集合する。そこで大画面のスクリーンを展開し、その刻限になるのを待つことになる。

 

世代別ワールドカップ、グループD。予選グループ屈指の死の組と言われる凌ぎあいで、日本が次に対戦するのは欧州の強豪ドイツ。

 

 

そこには、宮水青葉を意識するカールの姿もあった。

 

「あの人が、カール。カール・フォン・ゼッケンドルフ……」

 

スクリーンで初めて彼の姿を見た駆がつぶやく。あの男は兄である傑にドリブルを許さなかった世代屈指のディフェンダー。リーグジャパンで活躍する青葉がどこまで通用するのかが今後の目安となる。

 

傑はパスならいくらでも通せたぞと、自慢げに言うが青葉のドリブルと彼のディフェンスが激突する瞬間まで、ドキドキしていたという。

 

—————俺が抜くことが出来なかった相手を、数秒で抜き去る。早い時は一合で。

 

だからなのだろう。傑は自分のドリブルの限界と、絶対に勝てない相手を改めて認識したという。

 

—————もし、あいつがトップ下にこだわっていたら、俺のポジションはなかったかもしれないな

 

それでも、パスセンスや攻撃の組み立ては自分の方がはるかに上だと自負していた。

 

しかしそれは、数年前までの青葉。多くを知り、多くのポジションを経験した彼が今はどうなっているのか、世界との開きはどうなっているのか。

 

それは青葉にすらわからないことだ。

 

「やっぱり緊張するね、友達がテレビの向こう側にいると、より一層」

 

美島奈々は、駆の隣の席でスターティングメンバーに名を連ねる青葉を見て微笑んでいる。ついに堂本選手からローテとはいえ右サイドのレギュラーを掴んだのだ。ここで初戦に続いていいプレーをすれば、決勝トーナメントで主軸入りも狙える。

 

「そうねぇ。でも、半年前に比べると、青葉のドリブルはかなり変化しているし、どうなるか」

 

ストライドの大きく、加速力重視の身体能力任せのドリブル。そこに超絶テクニックを混ぜた日本人離れしたスケールの大きさを感じさせるのが、青葉だった。

 

しかし、青葉のドリブルはそういったサイドで躱すというドリブルから、中央で運びながら躱す別次元のものへと変貌している。

 

現代サッカーに喧嘩を売っているアンタッチャブルな存在。それが国内リーグで晒し始めた青葉の姿。しかしそれは、ボランチやトップ下にたらい回しにされた結果生まれた副産物なのか。

 

それとも——————

 

 

「——————————————」

 

一条は真剣な表情で的場の隣で青葉の姿を見ていた。的場が明かした青葉のドリブルテクニックの正体。間合いが歪む真相を知り、その角度から彼を観察し、自分の技術にしようと食い入るように見つめているのだ。

 

「一条の野郎、マジで青葉先輩の技術を取り込む気かよ。今までの間合いの取り方全否定とか。本選前にすることかよ」

 

矢沢は、一条が新たな境地通称「青葉ゾーン」の領域へと足を踏み入れる同級生の蛮勇に呆れていた。せっかくレギュラーの地位にいるのに、それをみすみす捨てるリスクもある行為に走ることが理解できない。

 

「けど、そういうの含めて魅力的だと思うなぁ、青葉先輩のドリブル。習得すれば縦以外では無敵のドリブルになるよ」

蒼井恭介は、中盤の選手のスキルにも通ずるそれに挑戦したいと考えていたが、それは本選の終わった後だと考えていた。

 

 

 

『いよいよ始まります、U20ワールドカップ予選一次リーグ第2節。我らが若き日本代表が今宵激突するのは、欧州の強豪ドイツ。数多くの伝説的な選手を輩出したゲルマンサッカー相手に、ヤングサムライジャパンはどんな結果を残せるのか、注目です!』

 

『欧州も群雄割拠の時代ですからね。ドイツ代表は特に最後尾と前線にいい選手が揃っていますからね。18歳のカール選手はフランクフルトでもレギュラーですし』

 

GK  1番 真弓慎一郎(福岡)

RSB16番 中条渉(岡山)

CB  3番 飛鳥亨 (ETU)

CB 14番 井口譲二(浦和) 

LSB 6番 沖名太陽(山形)

CMF 7番 榎本文人(新潟)

CMF12番 工藤春雄(岐阜) 

RMF18番 宮水青葉(ETU)

LMF22番 九鬼鉄心(大宮)

OMF13番 秋本直樹(横浜)

CFW11番 小川知良(磐田)

 

 

第二戦の日本代表は中2日ということもあり、大幅にメンバーを入れ替えることになる。しかし守備の要、飛鳥亨は連続での先発。左サイドバックの沖名も回復力があり、そのまま先発。後はフリーキックの名手榎本。センターラインと疲れ知らずの左SBはそのままとなった。

 

榎本の相方に中盤の空中戦強化を睨み、J3から唯一の選出となる工藤春雄が本戦初先発。身長189センチの大型ボランチは、すでに国内リーグでも目を付けられている。今夏には個人昇格もうわさされるなど、この世代で最も伸びてきている若手と言っていいだろう。

 

CBには浦和の井口、右サイドにはJ2岡山から中条渉。左サイドには九鬼鉄平、トップ下にはセンターフォワードながら、二列目の扱いに長ける秋本。最前線に小川が先発となる。

 

西野監督はワントップとトップ下のポジションチェンジを多用し、撹乱する狙いがあるようだ。

 

最後に注目の右サイドには宮水青葉が先発。マッチアップする相手はドイツの若手のホープであり、イタリアのボローニャで出場機会を得ているヨルム・ヘクトル。さらにCBには、カール・フォン・ゼッケンドルフ。

 

対堂本貴史、もしくは対宮水青葉を想定したタレントを並べたドイツ。初戦でウルグアイと対戦したドイツは引き分けに終わっており、この試合で勝ち点3を奪わなければ、得失点差で選ばれる3位の成績に依存することになる。

 

名門ドイツにとって、東アジアの中堅国との試合は負けられない戦いとなっている。

 

—————あれが、カールが意識したアジアの選手の一人。

 

反対側のベンチでは、宮水青葉を凝視するヨルム。カールが今まで意識した日本人の中で、彼は3人目であり、最も苦渋を呑んだ相手でもあった。

 

 

速いとか、とんでもないフェイント技術とか、そんなものを超越した凄み。カールがその感覚に陥ったのは、チャンピオンズリーグでスペインのスター軍団と戦った時だけだった。

 

気づけば抜かされていたと答えるカール。赤と青のユニフォームに身を包んだあの世界最高のファンタジスタにしてドリブラーと同じ衝撃だったと、彼は言っていたのだ。

 

「ドウモトはベンチか。うち相手に国内リーグでしか結果を出せていない、過去の栄光だけの早熟を出すなんてな」

 

ドイツ2部ケルンでレギュラーを張るCBのオーガス・スタリッジは、16歳の年下の選手を堂本の代わりに出すことに疑いの目を向けていた。

 

「油断するな。あれは、堂本よりも生易しい存在ではないぞ」

 

カールは、過去の経験から青葉が只者ではないと忠告する。

 

「カールの今の実力を疑うわけじゃねぇけどさ。はっきり言うぜ。あいつができるのは映像でもわかっている。けどさ、国内リーグの奴らがあまりにも無抵抗過ぎて参考になんねぇよ」

オーガスは、青葉相手に無双を許すリーグジャパンの惨状に首をひねる。彼が優秀な選手であり、ブラジルの選手かと思えば、フランスの英雄のようなボールタッチと視野の広さで決定機を演出し、オランダの名手のようにカットインでゴールを奪う。

 

突出しているのは間違いない。しかし、自分たちはそんな不甲斐ない彼らとは違う。

 

—————確かに、国内で埋もれかけていた奴が、今更世界の歩みに追いつけるのか、疑問ではある。

 

自分たちが世界で戦っている間、彼は14歳から16歳の2年間を棒にしている。出る杭は打たれるのか、あまりに異質過ぎるのか、彼は日本のチームに馴染めていないようだった。

 

それでも、錆び付いたと思われた彼は、コートジボワールを相手に決定的な仕事を成し遂げた。

 

彼本来の本職ではないトップ下。周りにも粒ぞろいがいたとはいえ、彼らの動きを全力でサポートできる実力が彼にはあった。

 

 

一方、日本ベンチではついに堂本から先発を奪ったことに、鷹匠が内心驚きを示すこともなく、時間の問題だったと感じていた。

 

 

リザーブ

GK  23番 水野邦夫(名古屋)  22番 相馬元気(鳥栖)

CB  19番 本田マイケル(明治) 4番 城達哉 (讃岐)

RSB  2番 幕張健吾(湘南)

LSB 20番 赤間弓彦(讃岐)

CMF 15番 安川走斗(千葉)21番 清武周人(大阪C)

FW  12番 伊達直哉(仙台) 10番 石渡翔悟(仙台)

     8番 堂本貴史(フローニンゲン)

CFW  9番 鷹匠暎(浦和)

 

幕張は疲労の為か今回はベンチだ。しかし、堂本をはるかに上回る成長速度であり、傑の一面も持つ青葉の出来が世界にどこまで通用するのか見てみたい気持ちもあった。

 

————奴本来のベストポジション。さぁ、どうなる

 

 

監督の西野も、期待を込めて青葉と小川を送り出しており、九鬼と秋本が上手く操ってくれることを期待していた。

 

「カズはいい右足を持っているからね。ゴールに近い場所でチャレンジしてほしいし、スケールの大きい選手だ。何かしてくれると思うよ」

 

初戦こそ間合いの違いに苦戦していたが、秋本と九鬼のアドバイスを聞き、修正を行っていた。彼はまだ折れていない。悔しさをばねに、成長しようとしている。

 

 

キックオフの笛が鳴り、ドイツボールから始まる試合。ドイツは、いきなりCBのカールを使ったビルドアップを行い、日本の右サイドを切り崩しにかかる。当然のことながら前線から追い掛け回す青葉だが、トップスピードではなく、コースを消すような動き。しきりに声を出し、工藤に中盤のコースを切るように指示する。

 

工藤も何か考えがあるらしく、青葉の指示に従う。初戦とは違い、フィジカルのある工藤が前線高めのポジションでパスコースを切る動きをしており、榎本は中盤の底でドイツのキーマン司令塔ヨハン・ヴァーミルのマークにつく。

 

青葉の首を振る回数が多い。ボールを持っていないにもかかわらず、10分に満たない時間でもう二桁は余裕で越えている。

 

そして、九鬼と共通する動きを行っていたのだ。

 

 

—————中間のポジションにッ、これではパスコースが

 

 

LSBがサイドに開くもそれを意に介さず、背を向けてしまったCBのオーガスに対してチェイシングで追い回す青葉。しかし、一気にプレスをかけるのではなく、小刻みに止まる、動くを繰り返しながら確実に間合いを詰めていく。

 

—————畜生、いったん預けるか

 

オーガスはたまらずボールを戻し、強烈なキック力を持つカールにボールを渡す。次はCFWの小川がチェイシングを行い、青葉は下がる。だが、下がる位置がドイツにとっては問題だった。

 

CBのオーガスににらみを利かせながら、斜め後ろに戻りながら開き、SBへのパスコースを切りにかかったのだ。徹底してサイドへの展開は許さないという青葉の強い意思が示される。

 

しかも、青葉の背後にいる中条にも勇気をもってもう少しポジションをあげてこいと臆さず指示を出す。中条は相手の左SHでドイツのエース、ロイス・レオンハルトのマークをしつつ、青葉の要求に応える必要になるが、やはり、青葉の理想とする高い位置でのボールを奪う形に今一つついてこれていない。

 

 

 

だからこそ、前線では隙のないパスコースを塞ぐ動きが出来ていただけに、カールの狙いすましたロングボールが左サイド、日本の右サイドに通ってしまう。

 

『あっとドイツの左サイドにボールが通ってしまった! ドルトムントの若き至宝、ロイス・レオンハルト!! ドリブル仕掛ける!!』

 

『ちょっと、上下の距離が開き過ぎましたね。』

 

—————やっぱり、まだ信じ切れてくれないか

 

ならば、守備で信用を得るしかない。青葉は全力で戻る。そして目の前では正対したままロイスと対峙する中条。

 

「うわぁぁぁぁ!! いきなりピンチじゃん!!」

 

「青葉らしくない。フォワードを助けるためとはいえ、あそこまでポジションを高くするなんて」

 

江ノ島の面々も、青葉のポジション取りがいつもより高いことに気づく。

 

 

映像の向こうでは、J2リーガー対ドイツ一部クラブの若手のホープ。勝負はシザースの縦突破で簡単に千切られた。一度のフェイントで日本人離れした加速力。必死に縦に食らいつく中条だが、

 

『あっとカットイン!! 中条躱される!! 危ない日本!! 宮水のスライディング!!』

 

しかし、ロイスの死角から世界“最速”の加速力で忍び寄った青葉がロイスのカットインを予期していたかのようにスライディング。強烈なタックルでボールを奪い取り、そのままロイスを吹っ飛ばしたのだ。

 

『ファウルはない!! 笛はなりません!! あっと、ロングボール!!』

 

すぐに立ち上がり、前を見た青葉は、彼がボールを奪った瞬間に動き出し始めている最前線の男を最初に見ていた。

 

 

『裏に抜け出したァァァ!! 日本チャンスゥゥゥ!! 小川が前に仕掛ける、仕掛けて!! あっと倒されたぁァァァ!!! ここでドイツにファウルがありました!』

 

注意を受けるのは、カール。やはり決定機につながりかねない状況でのファウル。仕方ない一面もあった。だが、カードは出ない。

 

 

それでも小川が粘ったおかげか、ゴール前から30メートル前後の距離でフリーキックのチャンスを得た日本。

 

『さぁ、リーグジャパン屈指の名手榎本、16歳の宮水青葉がボールをセットします。さぁ、誰がボールを蹴るのか』

 

百パーセント榎本が蹴りこんでくる。ドイツはその予想をしていた。フリーキックの名手と言われる榎本選手と将来有望で、一方青葉もフリーキックの起点を作り出したとはいえ、実績と実力に開きがある。

 

だが、そんなドイツの思惑とは裏腹に、青葉がボールを蹴ったのだ。絶妙な力加減でボールを転がし、調整したのは日本の切り札。

 

榎本に壁とゴール前、それらに対して複数のパターンを与える青葉のずらし。先ほどの定位置では壁にぶつかる可能性のあった軌道が変更される。

 

—————しまった、計られた!!

 

ボールは、フィールドにいるすべてのプレーヤーに見えていた。しかし、そのボールは全くと言っていいほど回転していない。

 

キーパーがコースを見切り、ボールを弾こうとするが、ボールはキーパーの手に触れた瞬間時間が動き始めたかのように動き、後ろへとそれる。キーパーが守らなければならない方向へとそれてしまう。

 

 

—————これが、リーグジャパン“最巧”の、悪魔の左足ッ

 

 

『すらして、榎本文人ぉぉぉぉぉ!!!! 決まったぁァァァぁ!!! 目の覚めるような無回転フリーキック!! キーパー触りましたが、ボールはゴールネットを揺らしました!!』

 

『前半13分!! まずは先手を取りました日本!!』

 

この序盤の序盤でいきなりのカウンターでチャンスを作り、十八番であるフリーキックで結果を出した榎本。

 

攻勢をかけるドイツではあったが、右サイドの穴と思われていた中条がその得点以降から二列目の青葉と連動した上りを行うようになり、左サイド同様にパスコースを塞がれ、ロングボールでのパスが多くなる展開。

 

戦前の予想とは裏腹に、両サイドハーフの守備力がドイツにプレッシャーをかけるという思わぬ展開に。

 

だが、ハイレベルなプレスを見せる両サイドハーフの動きに、後ろがついてこれない。

 

 

代表合宿という期間で修正こそしていたが、頭でやるのと、体でやるのとでは違う。日本の左サイドにロングボールを収められ、沖名太陽がフランス2部レンヌ所属のヴィヴィアンのドリブルに対し、やはり前を向かれて正対した状態でマッチアップ。リトリートによる守備はドリブラーには有効だが、動きのキレが世界と日本では段違いである。

 

—————カットインからの切り返し、2連発。こいつら人間かよ!?

 

切り返しを不規則なタイミングで繰り出され、バランスを崩してしまう沖名。後ろから九鬼が戻るが戻り切れていない。そのままクロスボールを上げるヴィヴィアンだが、

 

『クロスボール飛鳥が競り勝つ! ボールを外にはじき出します、日本!!』

 

再三日本のピンチを食い止める飛鳥亨。そして、逆サイド中条がロイスに躱されたシーンで、飛鳥がすぐさま対応。中条もカットインを許した直後に中を飛鳥に預け、縦を切りにかかる切り替えの速さを見せる。

 

コースをこじ開け、跨ぎによるフェイントを繰り出した直後に、パスフェイクで飛鳥の重心を崩しにかかるロイスだが——————

 

 

—————奴と戦うために、間合いで勝負し続けてきた。

 

ドリブラー、アタッカーと戦うには、彼らの間合いを侵食する必要がある。だからこそ、飛鳥がたどり着きつつある方法がそこにはあった。

 

全ては、宮水青葉の様なドリブラーと戦うために。

 

 

飛鳥の片足がロイスの間合いに踏み込んできた。ロイスはすかさず踏み込んだ瞬間にその踏み込んだ足の側、つまり左足側である中への切込みを選択する。縦を切っていた沖名からすれば最悪の展開。

 

だが、ボールはあまりに整った体勢から苦も無く足を延ばした飛鳥の元へ。彼のドリブルは、目の前のDFの守備範囲だった。

 

 

「!?(バカな!? 手ごたえのある間合いで、止められた!?)」

 

 

ドイツリーグでは体感しなかった感覚。スピードに乗った自分に対し、こうもあっさりと止めてくることに衝撃を覚えたロイスは、ボールを足元から零してしまった瞬間に表情が歪む。

 

飛鳥が行ったのは、正対したまま状態が真っ直ぐ上部へと伸び切った状態から、左足の踏み込みの刹那、右足に力を乗せ、一気に間合いの中に切り込んだのだ。だからこそロイスの間合いに踏み込んだ左足が彼からボールを刈り取ったのだ。

 

宮水青葉という怪物を相手にどうすれば止められるのか。飛鳥はこの1年で成長を続けている。

 

さらに零れ球を回収したのはCMFの工藤。バイタル近くになると榎本と位置を変えて守勢に回る彼がプレスバッグを行うドイツの攻撃的な選手を振り切り、ストライドの大きい運ぶドリブルで一気に攻勢をかける。それが日本のカウンターのスイッチとなった。

 

すでに、前線は動き出しており、右の青葉、CFWの小川は左により、トップ下の秋本がアタッキングサードから少し下がった位置でマークを外す動き。

 

工藤迷わず秋本へのパスを選択。背後から迫るマインツ所属のCMFベルクト相手に下がりながら前を向くテクニックを披露。ターンして前を向いたのだ。そして、一番信頼する脚力を持つ右サイドにふわりと浮かせたロングボールを供給する秋本。

 

—————読んでいたぞ、日本が奴にボールを託すのは!!

 

秋本がパスを受け取った瞬間、裏へ抜け出そうとした青葉が一瞬、前でボールを受けに行く動きを見せたのだ。マッチアップするのはカール。

 

当然青葉の動きは察知していた。ここで彼に切り込みなどさせない。だが、彼はそんなことを考えていなかった。

 

 

ふわりと背後から迫るフライボールが地面に付くかつかないかの刹那、クライフターンの動きを流用したトラップで、カールの逆を突いたのだ。

 

—————!?

 

なぜ背後からのボールに対して、馬鹿げたトラップが出来るのか。見えたのは刹那の瞬間だというのに、当たり前のように決めて見せる青葉。逆を突かれたカールと青葉の間に間合いが出来た。人数こそ足りている局面、青葉の切込みを防げばいいのだが、カールはそこで現在の青葉が持つ間合いの歪みを体験する。

 

舐める、舐める、スピンバック、ボディフェイク入れての距離を作る通常の蹴りだし、からの青葉自慢の加速力を発揮したカットイン。その全てがカールの間合いの外から行われ、青葉の間合いに入りこむことすらできなかった。

 

「!?(躱された!? いや、簡単に振り切られ————)」

 

そして目の前でロッベンを行う青葉。叩き込まれたシュートはゴールネットを突き刺し、日本は大きな追加点を奪い取ったのだった。

 

 

『カットインからシュートぉぉぉぉぉ!!! 決まったぁァァァぁ!!! 日本追加点!! 決めたのはやはりこの男!! 宮水青葉のカットインがさく裂!!』

 

 

『あのカール選手を簡単に振り切りましたね。凄いですよ、これは。あれだけ詰められても間合いに入らせないのは凄いですねぇ』

 

 

『日本追加点は前半の19分!! 宮水今大会2ゴール目!!』

 

 

ETUの大会議室では、守備で奮闘している飛鳥に続き、青葉が大会2ゴール目を奪ったことでどよめきが起こっていた。

 

 

「おいおいおい!!! なんだ今のは!? 相手選手がまるで対応できていなかったぞ!!」

 

黒田が、今のは何だ、と首を傾げ、なぜカールが何もできずに振り切られたのか理解が出来なかった。

 

「一度も間合いに入らせてもらえなかったな。しかし、普通のカットインのように見えるが」

 

杉江も、なぜ青葉のドリブルがあそこまで通用するのか分からない。

 

「在り得ない加速力は一瞬だけ。それも他の選手にだって行える速度だ。なのに、なんだよ今のは!?」

 

赤﨑は何とか青葉の技を盗もうとするも、糸口すらわからないので理解不能。

 

他の面々も、さらには村越であっても青葉のドリブルを説明することも、理解することも出来ず、ただただその技ありのゴールに賞賛するしかなかった。

 

——————これが、クリさんの言っていた、ずらす技術

 

石浜は、その存在を知っていた。栗澤とのレッスンの中でその存在との戦いを想定の一つに入れていた。だから、生で見るのは初めてで、青葉がそれを行えることに驚愕していた。

 

—————言われるまで全然気づかなかった。けど、これが出来る選手は世界でも1人しかいない

 

前田芳樹副GMから何度か聞いたことがある。それは本場スペインでプレーをしていた頃、そのサッカーキャリアも晩年を迎えるころだったという。

 

赤と青のスター軍団の中に現れた若きドリブラーのプレーは前田の反応速度を上回っていた。達海こそがサッカーの神様に愛されていると日本にいたころと、それまでのキャリアの中で思い続けていた幻想を打ち砕く存在。

 

バルサのエースとの対戦で、彼は彼のドリブルの理論を知った。そして、今の自分では、今までのサッカー理論では彼を止めきれないことを悟る。前田は、達海よりも、栗澤よりも早くにサッカー界に新たな怪物が誕生したことを知ったのだ。

 

—————達海以上だと、すぐに認めざるを得なかったよ。

 

そして向井には宮水青葉獲得に至った自分の本音を語ったのだ。

 

—————彼のドリブルは、フェノーメノに似ていると思っていた。だが、違うんだ。彼のドリブルはフェノーメノの一面も持ち、あの日俺の幻想を壊した彼にも似ているんだ。

 

 

 

なおも、青葉対カールの対決は続く。日本は右サイド青葉にボールを集め、青葉はひたすらにドイツの若手ナンバーワンCBに戦いを挑む。

 

その行いは、ドイツイレブンを驚愕させるほどに無謀で、猪突猛進。

 

 

——————おいおいおいおい!!! なんだってあんな!!

 

 

——————正気か!? 自分からカールに突っ込んでいったぞ!!

 

 

カバーリングなどという建策は立たせない。それよりも早くに青葉はカールとの勝負を展開する。

 

 

青葉のすらす技術の特性を本能的に理解したカールは、自分の目測では測り切れないと判断し、さらに前へと間合いを詰める。

 

 

その時だ、青葉が縦に仕掛ける。ランニングのフォームのような姿勢を見せた刹那、カールの間合いから彼が消える。その前面へと駆け抜けようとする彼の姿を捉える。

 

—————させるかっ!!

 

足を投げ出しボールに触れるカール。しかし、青葉はそのボールをリカバリーし、またしてもマイボールにする。汗が額から出始めるカールと、涼しげな顔を崩さない青葉。

 

 

不意に、青葉は大きく逆サイドへと蹴りこむ。しかしそのボールは右SBヴィヴィアンを驚愕させる。

 

—————何メートル離れていると思っているんだ!?

 

 

そのクロスボールは高速でありながら、スプリントしていた九鬼の足元へと綺麗に吸い込まれたのだ。しかもバイタルエリアにダイアゴナルに切り込める絶好のシチュエーション。

 

 

一瞬のサイドチェンジ。大きく吹き飛んでいくボールがバウンドで大きく失速。青葉は直前で回転をかけたのだ。ボールが絶妙な位置で止まることを、そしてそれをカールとのマッチアップ後の刹那に判断して躊躇いもせずに行った。

 

 

 

ドイツは青葉というサイドに突然出現したもう一人の司令塔に振り回される格好となる。

 

 

 

 

 

その光景を映像で見ていた駆は、マッチアップの最中であっても周りを見る視野の広さと、兄を超える個人技を備える彼の恐ろしさを敵の立場で観察していた。

 

 

—————凄い、ドイツを相手に牽制しているよ、しかも青葉は、

 

 

“相手の最も優秀なCB”を崩すことで、勝利を手繰り寄せようとしている。それは周りに意図的にそれを伝えているのだ。だからこそ、ドイツは否が応でも崩させるわけにはいかない。

 

 

ドイツの重心が傾き、右サイドに人数をかけざるを得ない歪な陣形。逆に日本は、手薄な左サイドから攻めかかるも、割り切って中央を占めているドイツの最後の守りを前に、縦パスを中々入れることができない。

 

だが、カールとて同じだ。青葉をあの得点以降突破を許さない。青葉が彼を攻略できない、苦しい状況なのは同じだった。

 

 

そして繰り返される右サイドの組み立て。1秒で相手左SBを抜き去り、意気揚々に見えるように青葉はカールへの突撃を行う。

 

 

だが、相手の手の内が分かるのは青葉と同じくカールも同じだ。

 

—————大体つかめてきたぞ、奴の間合いのトリックも。

 

 

ロール技術。それが奴を支える間合いのヒントだ。そして、通常の蹴りだしの時こそが奴が一番早くトップスピードに映れる瞬間であり、そこさえ許さなければ自分の間合いならば止められる。

 

 

ボランチからのボールを受け取り、青葉が今度はボランチをファーストトラップでまた抜きをして躱し、右寄りの中央からカールめがけて突進してくる。つり出される格好となったが、カールが対応する。他の日本人選手の上りは鈍い。

 

「!!」

 

そして、ランニングフォームの刹那からの縦突破。神速に近いそれを予測したカールがそれを遮り、青葉は縦をキャンセルしてターンしながら距離をとる。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

じっと目の前の相手を見据える青葉。万全の間合いを敷きながら目の前の超常現象を語る青二才に突破を許さないカール。

 

 

冗談ではない。

 

 

それは、軽々しく口にできる異名ではない。

 

———————カール、早くその偽者を倒しちまえ!!

 

オーガスが、カールに熱い視線を送る。

 

 

なおも、中を切りながら間合いを詰めるカール。こうしている間にも、躱されたボランチと、ボールを持っていない青葉に簡単に振り切られた左サイドバックのヨルムが背後から迫る。状況は青葉に不利だった。

 

 

そして青葉が最後に仕掛ける。この攻防で数分の時を消費している。いい加減観客も飽き始めている。アジアのドリブラーは打つ手を失った。ドイツの皇帝がついに彼を攻略するのだと。

 

 

 

強引に中を選んだ青葉。それに対応するカール。最初の一手はダブルタッチ。大きくスライドしたエリアチェンジ。間合いの外へと逃げる青葉に、当然のことながら対応するカール。

 

「———————」

 

 

カールは次に青葉が中を選択したのなら後方へとターンしながら縦を窺うそぶりを見せると予測。そしてその通りの現実が訪れる。

 

事実、カールの読み通りに縦に仕掛けてきたのだ。しかし、想定よりもタイミングは速く、若さが出始めている青葉。

 

そして、ここでロール。間合いをずらす青葉の妙技。縦の執着地点をずらす。しかし、つめながら対応するカール。

 

—————そこはもう、お前の領域ではない

 

 

強引に突破してくる為、尚も蹴りだしていくモーションを見せた青葉。このままスピードで振り切ろうとするのだろう。確かに、加速力も、最高速度も青葉が上だが、それらの選択肢を完璧に潰されていた。

 

——————やっちまえ、カールっ!!

 

 

それがドイツの総意だった。ボールが晒されるわずかな隙。カールが間髪入れずに足を出して刈り取ろうとする。

 

 

タン、ダンッ!!!

 

 

 

 

 

 

一瞬で、カールが引き千切られた。

 

 

 

「!?!」

 

 

『バカなっ!!』

 

 

『カバーしろ、カバーだッ!!』

 

 

 

間合いは完璧だった。寄せも間違いではなかった。読みもあっていた。それでも、スピードだけでカールが千切られたのだ。

 

 

 

分かっていたのに、止められなかった。

 

 

 

理解していたはずなのに、反応速度を簡単に超えてきた。

 

 

 

不幸中の幸いは、青葉が小川に点を取らせようとクロスボールを入れたことだろう。小川にピンポイントでボールを当ててくるが、小川が大宇宙。決定機が得点に結びつかない。

 

 

 

 

それを悔しがったり、怒りもせず、次々と味方を鼓舞する青葉。そして、カールと彼の目が合う。

 

 

 

一瞥して、青葉はプレーに戻り、カールから離れていく。だが、青葉のその目は何か先ほどまでの執着するようなオーラが無散しているかのようだった。

 

 

その様子を見ていたオーガスは、あの態度、雰囲気を見て、そんな馬鹿なと首を横に振る。

 

 

——————おいおいおい、カール相手になんでそんな…‥‥まさか

 

 

そんな馬鹿な、それが、先ほどまでの、行いだというのか?

 

 

この国際大舞台で、そんな馬鹿なことを、そんな自分勝手が許されるのか?

 

 

このプレッシャーのかかる試合で、そんなことができるのか?

 

 

 

 

彼の疑念は、この試合で明らかになる。

 

 

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