騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
サッカー関連の戦術の研究?のようなものをしていました。
フィーリングだけでは進まないですね。サッカー小説
バカではできないスポーツだととある元プロサッカー選手がコメントしたのも分かる気がしました。
攻めの形が均等になった日本が左から攻め入ったり、攻め込まれたりと膠着状態に入るこの試合。
コーナーキックからのプレーでカールがヘディングで合わせ、1点を返す。
『叩き込まれてしまった日本!! 1点を返されます!! 前半の30分!! リードを守りたい日本、追加点を狙いたいところです!』
均等な攻めから日本は右サイドにボールを出す。勿論青葉がフリーランニングしながらインサイドレシーブのポジショニングを作り始める。
そしてここで、ワンツーからの抜け出しでボランチのマークを剥がした青葉が、またしても、懲りずに、飽き性にならないのかと揶揄されるぐらいに異常な、カールとの勝負を持ち掛ける。
いきなり高速連続シザース。からの足裏ロール、左アウトサイド。
「!!!」
いきなり大技を見せながらスライドしてカットイン。やはり左足。カールは左を消しにかかる。ここにきて、青葉が右サイドで中を切りこむプレーを見せ続けたことにより、左足の重要性、左の精度の高さに比べ、
右の存在が極限まで薄くなっていた。
右足を起点のアウトサイドから始まり、ルーレット。その鋭さは、左と遜色なく、思わぬ形でのカットイン。
「!?!?!?!!?」
尚も青葉は左足でボールを蹴ろうとしている得意の形に、ゴールへのシュートコースならば、右よりも左の方が広くなる。右サイドでなら特にだ。
だからこそ、カールは味方を信じてスライディング。ここで左を封じれば、左さえ封じればと、思い詰めていた時、ふと気づいた。
気づいてしまった。
スライディングでぶつかるはずだったボールが動く。左インサイドでのクライフターン。縦突破に移る———————
否、それは、違う。目の前の超常現象は縦を選ばない。
カールの渾身のタックルを躱された。中は完全に切られたと感じていたのは彼以外の全員で、彼だけは中はまだ健在だと、観えていた。
右足が左足のキックフェイントで転がったボールを回収。このタイミング、この局面で勝負手に選んだのはファルカンフェイント。
しっかりとカールの伸び切った足からボールを守るように右足でトラップしながらのカットイン。味方との距離も離れ、相手からの距離も離れ、絶好のシュートチャンス。しかし、ボールは右足にセットされている。中を見る青葉。
—————この右サイドで、この角度で、ファーは潰せる。警戒すべきはニアサイド
テオドールが少しニアによった。その刹那———————
右足からのシュートは、
青葉の腰を捻りながらのシュートは、歪な回転をしながら突き進む。
アウトにかけられた回転をしながら、飛んでいくシュートの軌道は、ファーサイドへと曲がりながらゴールへと吸い込まれたのだった。
『決まったぁァァァぁ!!! またしても!!! またしてもこの男が決めた!! 宮水青葉2点目!! ドイツを圧倒しています!!』
常識を覆す突破。常識を覆したフィニッシュ。右サイドで、右足で、ファーサイドを狙う。しかも、巻いてくるシュートでサイドネットを突き刺すトリッキーなプレー。
その全てが、常識を斬り伏せていた。
——————な、何だあのモーションは? アジアの筋力ならば、あれではコースも正確に狙い撃てるはずが‥‥‥
ゴールを許したテオドールは、呆然としながらボールを拾う。カールに関しては、青葉のスケールを測り間違えたことで苦悶の表情を浮かべている。
そしてふと、彼は思い出した。昔、一瞬だがそんな基地外染みたゴール前のプレーをする日本人が、一人だけいたことを。
悉くキーパーの意表を突き、セオリーを無視したようなフィニッシュ。そして何よりそのプレーを支える強靭なフィジカル。龍の如く鮮烈な、圧倒的な存在感。
しかし、それすら目の前の男にとっては一側面でしかないことに身震いする。
——————まるで、日本の“もしも”を悉くつめられた存在だな、あれは…‥‥
そんな彼のポテンシャルは、過去の栄光すら吸い込み続けている。
そしてテオドールは思い知る。青葉の両足は、インサイド、アウトサイドその全てにおいて高精度である。右サイドというポジションの場合、必然的に左を使う機会が多くなるだけで、右足もそれに劣らない。
『前半40分!! 日本が再びリードを2点に広げます!!』
さらに、ドイツ側もパスコースを消しにかかる守備がハマり始め、恐慌状態から立ち直りつつあった前半終了間際——————
井口の苦し紛れのロングボールをトラップした青葉だが、すでに周囲には3人の選手がそろっていた場面。
すでにサイドに追いやられている場面でルーレット反転し、横にいた包囲の一人を振り切り、二人目に対してはサイドに寄りながらエラシコで揺さぶりをかけ、最後は重心を崩すまた抜き。空踏みステップからのタイミングずらしは青葉の十八番であり、縦を塞いでいた選手を正面から斬り伏せたのだ。
二人の選手を抜き去るのに要した時間はわずか5秒。そして青葉自慢の脚力を使い、左SBで俊足のヨルム・ヘクトルを引き離すという離れ業を披露する。
—————ボールを持った奴の方が、全速力の俺よりも速いだと!?
信じられない加速力だ。あれは一体なんだ。あんな存在がいていいのか。あんな存在はもうフットボールの歴史の中でも一人いれば十分じゃないかと、ヨルムは神を恨んだ。
3人目のカールは何もできずに突破された一人だ。ボローニャ所属のヨルムと、フランス一部リヨンに所属するシュバーツェが振り切られた光景はぬぐい難い。
そして、尚もゴール前へと突進する青葉に対してオーガス(ドイツ2部ケルン)と、ユリウス(ドイツ一部マインツ)が立ち塞がるも、
『スルーパスから最後は九鬼~~~!!!! あっとキーパーファインセーブッ!! バイエルンの控えゴールキーパー、テオドールのセーブでゴールならず!!』
『ドリブルを警戒しているドイツを翻弄するパス。絶妙な置き場所。今のは見事なラストパスでしたね! しかし、キーパーのファインセーブですよ』
日本のベンチと、応援団は盛り上がりを見せている。何せ、期待の若手の期待以上の活躍である。優勝候補でもあったドイツを圧倒し、九鬼は左サイドハーフとしてハイレベルな動きを見せている。
一方で、世界の反応は衝撃の試合展開を前に呆然としていた。今大会が始まる前まではグループ最弱と言われた日本が、優勝候補の一つでもあったドイツを圧倒する光景は、極東のフットボールのレベルが驚異的な速度で加速していることを証明しているのだ。
—————おいおい、ぼこぼこじゃないか!!
—————今夏のマーケットでチェックしていた九鬼は、やはり違うな
—————情けなさすぎるだろ、ロイス。18歳の若手CBに完璧に対応されているぞ
—————カールが止められない相手を、うちの選手の誰が止められるんだ!? 悪夢だ
—————フェノーメノのドリブルが変化している。何だあのタッチの細かさは
—————本当に16歳なのか、あれは。
あのカールが何も出来ない。宮水青葉とのマッチアップでここまでは完敗している。数多の欧州クラブで出場機会を得ている若手のホープたちが何人束になっても彼を止めきれない。
その姿は奇しくも、前田が夢想したアルゼンチンの絶対エースを彷彿とさせる存在感。
—————これは、進化と言えるのか。この半年で彼は—————
フェノーメノの一面を持っていた身体能力任せのドリブルから、確かな技術と理論を本能で行っている青葉の運ぶ細かいドリブル。
この場にいるスカウトたちは、そしてこの試合を映像で見ているサッカー関係者は、宮水青葉が半年で“変貌”している事実を知る。
「これは進化ではない。そんな生易しいものではない。これは、まったく別次元の存在だ」
2試合で3ゴール2アシスト。強引な突破に見えない強引な突破が、コートジボワールを粉砕し、現在ドイツを圧倒している。
逢沢駆との比翼? 馬鹿な、そんな言葉で宮水青葉が説明できるものか。逢沢駆は間違いなく期待のホープではあるが、隣の彼は格が違い過ぎる。
「———————CEOに連絡だ。あの男は、今から交渉しないと獲れないッ」
今から接触し、18歳になる前にパイプを構築しないといけない。他のクラブは当然行う。それなら自分たちも遅れるわけにはいかない。
さらに、あの日本の至宝を手に入れるべく、参戦するクラブの数が増えるのだった。そして、すでに参戦していたクラブはさらなる接触を目論む。
試合は前半で日本のまさかの2点リード。一方ドイツは波状攻撃と鋭いカウンター攻撃を目の前に萎縮しているのか、中盤が封殺されていた。
しかも、最先端のサイドハーフの技術を備える両サイドの動きがドイツに選択肢をほとんど失わせるのだ。サイドに展開することも、中央に楔を入れようにも、彼らのパスコースの中間に立つ守備技術が際立っており、ロングボールによる攻め手しか選択できず、簡単にボールをロストするシーンが再生され続ける。
バイエルンでは控えキーパーであったテオドール・シュバイニーは、苦悶の表情を見せている。強豪チームの中で時を過ごしてきた彼にとってここまで一方的に攻められて、シュートセーブの局面が増える経験はなかった。
—————ノルウェーといい、ウクライナといい、時代は変わり始めているというのか。
ドイツ、イングランド、イタリア、スペイン。そしてフランスやオランダといった強豪国ですら下の世代では出場が約束されているわけではない。
その後、後半になってからは日本の攻撃がスローダウンしたものの、ドイツはまともな反撃も出来ず、停滞していた。
何せ、後半立ち上がりにいきなり日本の目の覚めるような一撃を食らったのだ。
後半も前線の組織的なプレスがハマった日本。九鬼の寄せに対してパスコースを限定されたためにロングボールを蹴ることしかできないカール。
中央を警戒しつつ、榎本が中央へのパスコースを塞いだのを首振りで確認しつつ、サイドハーフへのパスコースを限定しながら、確実に間合いを詰めていく。
工藤というフィジカルモンスターが中央を塞ぎ、ビルドアップを封じられている今、カールは中央という選択肢が出来ない。仮にここで九鬼を躱してもビルドアップで停滞し、九鬼の戻りを許してしまうのだ。
—————九鬼鉄平ッ。日本のエース、ハナモリからエースを奪うと宣言したうつけ者っ、だが、奴のディフェンスは—————
もはや、ディフェンス面では花森を超越する動きを見せており、エースの絶対条件である決めきる力のみが劣る日本期待の若手。
そして中盤には日本屈指のフィジカルを備えるJ3の工藤春雄がそのロングボールを刈り取るのだ。
ドイツの中盤でドイツ一部のマインツに所属しているベルクトは、その競り合いの中で簡単にボールロストをしてしまい、こぼれ球を回収した榎本のロングフィードを見ることしかできない。
—————まさか、もう前を見ているのかよ!!
榎本がまず最初に見るのは最前線。リベンジに燃える小川の飛び出しを最初から熟知しているかのような目の覚めるようなロングボール。
そして小川は、親善試合でのイタリア戦の再来と言われるようなシュートを披露する。
『ロングフィードからダイレクトぉぉぉぉ!!! ここもビッグセーブッ!!! 守護神テオドールが立ち塞がります!! これ以上はゴールを許さない、そんな気迫を感じさせます!』
後ろから向かってきたボールをトラップせず、とび蹴りのようなモーションでゴールネットを揺らしたのだ。さすがにまさかのタイミング、アジアらしからぬ積極性のゴールに反応したテオドールは、右手の指だけでボールを外に掻き出したのだ。
「くそぉぉぉぉぉ!!!!」
そしてゴールを決め損ねた瞬間小川が吠える。そんな小川に群がるのは両サイドハーフの九鬼と宮水。トップ下の秋本も上手く小川の目を欺くデコイランで、カールの目を釘付けにしたのだ。
「今のキーパーを褒めるしかないな、カズ」
秋本の囮となるポスト受けのモーション。危険なエリア一歩手前で選択肢を持つ彼に仕事を指せれば失点の確率は高くなる。前回の試合でも彼のポストプレーがコートジボワールを破った要因なのだ。
警戒しないはずがない。いいディフェンスなら一瞬でも見てしまう。だからこそ、榎本のロングフィードが決まってしまったのだ。
セーフティリードを保っている日本。後半わずか20分ではあるが、温存する形で九鬼鉄平と榎本文人を下げる。
後半20分
22番九鬼→12番伊達
7番榎本→15番安川
左サイドに代わって入ったのは、二列目でレギュラーを得ている仙台の伊達。だが、もはや九鬼がいないことによる守備力低下は、運動量が堕ちつつあった九鬼と、フレッシュな伊達では十分にイーブンである。
左での攻めから本格的に右での攻めにシフトチェンジした日本。右サイド宮水が止まらない。
安川からのパスを受け取るやや中央に位置する青葉が相手を背負いながらのプレーで外に開きながらヒールでまた抜き。縦を警戒し、僅かに股を開けてしまったドイツの若きエースロイスがバランスを崩し横転。ドイツ屈指のイケメンフットボーラーの情けない姿が世界に駆け巡っていく。
一人崩し、この試合何度も斬り伏せられているボランチが中を切りながら青葉に間合いを詰めるが、
ここでシザース。一回目で合わせてくるが、二回目でロールを入れられ、微妙な間合いの崩しに対応しきれず、青葉を手でつかもうとするが、逆にダンプカーに引きずり回されるような感覚に近い状態で、青葉のスピードに便乗する形となった。
そのまま青葉のスピードについていくことが出来ず、頭からピッチに緊急着陸。スーパーマンの真似をした少年の失敗談のような姿を世界に晒す。
右から左へ。ピッチを縦横無尽に走り回る青葉の動きに連動し、秋本が右サイドへと流れる。
まだ満足しないのか、まだ彼は突き進むのか。もはや彼の瞳にカールは映っていない。今度は相方のオーガスめがけて突進してくるのだ。
——————ふつうは相手ディフェンスから逃げるだろ、フツーは!! この怪物め!!
またしても高速シザース。揺さぶりをかけてくる青葉だが、今度は簡単にシュートを打ってきたのだ。
—————なろっ!! 打たせッ、ってぇぇぇ!?!
アウトインからダブルタッチによるスライド。勢いのある右足の振りからのモーションにオーガスが騙される。先ほどの右足による馬鹿げたシュートの残像があるのか、テオドールのニアへのケアも十分ではなかった。無理やりタイミングをずらしてファーサイドがあるのではないかと、思わせてしまう怖さが青葉にはあった。
だが、これ以上ゴール前での蹂躙を許すわけにはいかない。カールがマークを外し、一瞬で詰めてきたのだ。
秋本へのパスコースは防いだ。秋本や他の日本の選手へのマークもオーガスの僅かな頑張りで整った。しかしそれは、ないよりはましというぐらいには。
非常に危険な位置。青葉はここで秋本へのパスを選択。2点取って十分なのか、他の選手に取らせようとするそぶりがこの試合何回か見かける彼の動きに、カールは反応してしまった。
パスフェイントからのターンで、カールが躱されてしまう。尚も追い縋るカールだが、右足からのシュートフェイントをタイミングよく合わせられ、青葉の進行方向と同じ、しかし明後日の方向へとアンクルブレイク。まるでマリオネットの糸が切れたかのように横転。
それを見ていた赤崎は、
「うわっ、あのタイミングでするかよ…‥えぐっ…‥」
「こう、なんていうか、ディフェンスの心を折るのが好きだよね、無自覚だけど」
石浜も、若手有望株の彼がそんな醜態を世界で晒す羽目になって、本当に同情していた。
最後は軽くボールを蹴りこみ、キーパーの逆を突いた青葉。難なくゴールになり、プロ入り初のハットトリックを決めてしまった。
リーグジャパンではない、カップ戦でもない。練習試合でもない。
この世界の大舞台でそれをあっさりとやってしまうのは、彼が特別な選手である証を、これ以上ないほどに証明するものとなった。
『ゴぉぉぉぉぉぉル!!!! 宮水青葉の!! 圧巻のドリブル!! 最後はキーパーの逆を突いて軽く流し込みました!! 何というドリブル!! 何という冷静さ!! これが、日本の超常現象です!!』
『SBに、ボランチに、CB2人に…‥‥‥一人で何人剥がしたんですかねぇ…‥』
『後半31分!! 決定的なゴールを叩き込んだ日本!! ドイツにとどめを刺しました!!』
その後、ハットトリックを決めた青葉が下がり、代わって入った10番石渡のスルーパスに反応した小川が待望の初ゴール。気持ちがキレてしまったかのように動きの鈍いドイツを圧倒し、そのまま試合終了。
タレント揃いではあった。連携も日本に比べて上だっただろう。だが、
唯一人の怪物に蹂躙され、ドイツが惨敗。スコアは5対1で日本の快勝に終わった。
欧州で屈指の強豪と言われるドイツがアジアの中堅国に敗れた。そして期待の若手である宮水青葉の3ゴール。
後は先制点となる榎本文人の衝撃FK弾。今の日本はタレント揃いで、この試合で榎本もまた注目株と目されるようになる。
最年少でのリーグジャパンのハットトリックが霞むような大活躍。強豪相手の2戦連続、しかもハットトリック。
AOBA MIYAMIZU 彼はどうなんだ?
ETUでは、試合終了後から電話が鳴りっぱなしの状態が続いた。永田有里は、この異常な状態は、さきほどの彼のハイパフォーマンスが原因であると認めないわけにはいかなかった。
中心選手、黄金選手流出のリスクとして、有里は彼らの動きを警戒していたが、
「そりゃあ、あんだけのプレーをしたら、そうなるでしょ。しかも16歳。今までのいい若手をキープしたいという思惑じゃなくて、本気で獲得を目指しに来ているんだ」
前田は、半ばドン引きに近い感覚を未だに残しながら、青葉へのラブレターの多さを説明する。
「それは‥‥でも、あんな、あんなプレーって! そりゃあ凄いですよ!! でも、宮水選手はうちの選手なんですよ!! どうしてそんなに冷静なんですかぁ!!」
前田がそんなこんなで有里に締め上げられているのを尻目に、バイトに近い形できていた江藤藍子は、世界の大舞台で大仕事をやってのけた彼に圧倒されていた。
試合後のインタビューで、彼が何を言っていたのかも覚えていない。とにかくプレーの印象が凄すぎて、頭が追いつかない。
——————なんて場違いなとこに来ちゃったんだろう
英語能力を買われ、スタッフ見習いの形としてきていたが、何か彼のいる場所は、みんなとは違うとはっきり感じた。
「いやぁぁ、さすがというか。プロ入り後初のハットトリックを世界で決めちゃう辺り、もっているよねぇ、あいつは」
そんな藍子の横で、陽気な声でそんなことを宣う栗澤。彼女の気持ちなどは一切考慮していないようだ。
「そう、ですね」
「———————ジジババの思考だけどさ。あいつはこれから、色々なことに巻き込まれるだろうな。長らくタイトルはアジアカップのトロフィーのみ。世代別では黄金世代以降3位にすら届かず…‥」
長らく雌伏の時を過ごしていた日本サッカーに本物が生まれた。世間はそう感じただろう。リーグジャパンの有望株ではない。
日本が誇る、世界のトップレベルに挑む権利を持った若きサムライ。それがフットボールファンの間だけではなく、サッカーをあんまり知らない層にも伝わっていくだろう。
「そんなタイトルからほど遠いこの島国に、スターダムの道を力技で駆け上がる若手。マスコミも、芸能界も、もちろんほかのクラブチームも。みんなの目が彼に集中するだろうね」
「そう、ですね。ほっとくなんて、それこそ…‥‥」
さっきから何を言っているのだろう。目の前の自分を見出したこの男性は何を意図しているのだろうか。
「——————何が何でもアイツのキャリアを守らねぇとな。お茶の間はアイツのエピソードやあいつの意外な一面なんてものが見たそうだが、正直なところそんな寄り道なんて不要というか、邪魔なだけだ。あいつの成長を鈍らせちまう」
今、爆発的な速度で成長している青葉を、くだらない些事で時間を浪費させるわけにはいかない、栗澤はいつものお茶らけた表情を完全に消していた。
「—————嬢ちゃんは、あいつがどこまで行くと思う? 今まで見せたことがない景色を見せてくれるだろうとは思うが、俺にも正直分からんのだよ」
日本サッカーに人生を捧げていた老兵の言葉に、初めて藍子は理路整然と、はっきりとその景色を口にした。
「W杯優勝です。そして得点王です」
その言葉を聞いて、その言葉を放った彼女を見て、栗澤は思う。
—————その2つを獲るのは、超一流の選手でもとても困難なことなんだがな
3度の優勝に母国を導いた大英雄も、最優秀若手選手賞という個人タイトルのみだった。
得点王と優勝国が同じ国家であるというのは、2010年のスペインを境に、お目にかかっていない。しかも、そのタイトルは同得点による複数名の受賞だった。
初代大会ではウルグアイが、その次にイタリアが、そしてブラジルが、そして2010年のスペイン。
そして二桁得点を成し遂げたのは、1958年のフランスの選手を最後に、生まれていない。ただ、その偉大な結果を以てしても、彼はトロフィーを掲げることが出来なかった。
彼女の言葉を聞くたびに、栗澤は彼女の強い意志を感じる。
「夢を言えない苦しさは、誰にでもあります。けど、栗澤さんをはじめ、多くの人に期待されて、普通では考えられないプレッシャーの中、それを言う難しさを、彼はいつも感じていました」
藍子は思う。普通のメンタル状態ではない。それを若いころから背負い続けるのは、並大抵のことではない。潰れるか、堕落するか。そのどちらかが高い確率で訪れ、日本サッカーではやはりその二つ未来しか訪れなかった。あくまで、W杯優勝という目標に挑んだ者たちの末路という視点であれば‥‥‥
宮水青葉に期待している人の多さを知るたびに、彼もその末路を辿るのではないか、彼自身も感じていた世界との差。そのギャップに苦しんでいたのに、サッカー素人の自分にその夢を語った。
きっと、彼のような人間は親しい人にしか言えなかったのだろう。初めて会ったばかりの自分にそれを言うなんてイレギュラーだっただろう。
「彼が私の前で口にしたのなら、私は信じます。未来がどうなるなんて、直近の未来のことも何一つわからない私が、分かるわけがありません。だけど信じます。彼が、その景色を目指しているなら」
「——————彼を見て分かったんです。サッカーでは、他のスポーツのように観客のことをファンと一概には言わず、サポーターと名称する意味が、何となく分かったような気がします」
「………………………‥」
栗澤は、しばらくの間藍子の言葉で呆然としていた。そして——————
「栗澤さん!! 呆けてないで助けてください!! 村越さんも電話対応しているんですよ!! ほらほらフロントの人が率先しないと!!」
永田有里の大声で我に返る彼は、藍子に一礼し、電話の下へと向かうのだった。
—————衝撃のハットトリック! 2戦連発ワールドカップで大跳躍! 超常現象宮水!
—————悪魔の左足! “北陸出身、新潟の”至宝“が、風穴を開ける!「あの距離なら全部仕留める」
————ドイツ代表呆然……DFカール「アオバミヤミズは独特の間合いを持っている」
—————温存策的中! 西野ヤングジャパン快勝!
多くのポジションを経験することで、変化を強いられる一流は、活躍するために自分を変革させる。16歳の青年は、その器用さと自分のポテンシャルを掛け合わせ、世界に手が届きかけている。
「九鬼さんは、その、接触してきたクラブとかいるんですか?」
埼玉でずっと戦ってきた九鬼は、2部リーグで現在アシスト王。一昨年に降格した大宮でプレーを続け、個人昇格のチャンスもなくはなかったが、強豪クラブからの勧誘を断っていた。
「それに、なんで一部に残留しなかったんですか?」
「大宮で成長するべきと判断したからだ。まだ当時の俺は今の守備技術を完璧にマスターしているとは言い難かった。ある程度レギュラーを確約された中で新しいことに挑戦しなければ、いずれ頭打ちになるとわかっていたんだ」
声があったのは浦和、鹿島、大阪等。いずれも強豪クラブであり、当時の倍以上の移籍金や契約金も用意されていた。だが、九鬼は自分を成長させるため、それらを断った。
「——————まあ、一部リーグでプレーしない選択肢もケースバイケースだ。大宮が残留すれば降格することはなかったし。ディフェンスのレベルが温くなったってのは感じた。けど、相対するアタッカーのレベルというか、個人技を仕掛けてくる奴が一部に比べて多いよな、あそこは」
野心を隠さない若手、もう一度這い上がろうとするベテラン。誰もが野望を抱えて切磋琢磨するのが二部リーグ。いつかは一部リーグで日の目を見たいと願う猛者どもが集う、魔境リーグでもあるのだ。
「だから、俺のサイド守備を磨くには最高の環境だった。お前はセンスと首を振る癖が多いのか、簡単に習得していたけど」
センスでこれを習得する奴は初めて見たぞ、と九鬼は笑う。そして、青葉の最初の質問に答える。
「夏のマーケットがオープンした瞬間、レアル・ソシエダから声がかかっている。個人昇格もあり得た降格した年から、あそこは俺をずっと追いかけてきているんだ。だから語学は勉強してきたし、最も戦術難易度の高いあそこで自分を鍛えると決めた」
他にも別リーグから声をかけてもらっているが、スペインリーグ以外への興味は薄い。
「——————————」
歯がゆかった。目の前で自分と同じ守備戦術を有する仲間が、先を行く光景は。自分は年齢という壁がまだ存在する。
「—————青葉なら、俺よりもいい条件で移籍できるさ。俺よりも圧倒的で、日本の誰よりも結果を出せば、当然未来は広がるし、責任も増していく」
今の現状に悔しさを覚えている青葉に対し、九鬼は真実を述べる。
「俺は近い将来、花森さんからレギュラーを奪う。同じ海外組になって、ようやくあの人と勝負が出来る。青葉は、この2年でもっと自分を変革できる。2年も欧州の場に来られないではない。2年間の猶予の中で、今の自分をもっと磨けばいいんだ」
「——————今の俺に足りない要素、か。前しか見ていなくて、焦ってばかりだったようですね。未だに俺は、俺の出来に満足したことはない」
攻撃は及第点。満点ではない。そして守備力に関しては全く満足できるものではない。SBとの連携不足からピンチを作ってしまった。他にも、前からのプレッシャーで相手を下げることは出来たが、刈り取ることは一度も出来なかった。
九鬼が高い位置でプレスを行い、ボールを奪う姿を見ているのだ。現状、前の守備力で自分はこの人に負けていると痛感している。
「だからさ、この大会は通過点だ。今の青葉に必要なことを再確認するための。本番は4年後、世界大会に挑み、俺たちがビッグクラブに移籍するためのな」
その一言で、青葉は調子を取り戻したのか、笑顔が見られるようになった。部屋を後にする青葉の後姿を見て、難儀な運命に囚われている青年を気遣う。
—————リーグ戦でのインタビュー。達海さんを慕っているからこそ、問題は根深いよなぁ。
クラブを背負っている。自分が何とかしなきゃとか、サポーターを嫌いになれない真面目さとか、いろいろなピッチ外のことで潰されかけている。それを、クラブがどこまで把握しているのか、疑問ではあった。
—————部外者の俺には聞き手になることしかできない。けど、あんな逸材を下らない理由で潰すんなら、俺にも考えがあるぞ
ETUに対し、暗い感情を見せる九鬼。自分と同じ世界標準の守備技術を持つ彼を、こんなことで失いたくない。それ以上に、彼の躍進する物語を見たい。
—————タカの壁なんて、あっさり超えてくれ。そしてタカも、それに追いつくために自分を成長させるはずだ。
ピンチはチャンス。チャンスはピンチ。常に分岐点だ。九鬼は2年間でそれを学んだ。望ましい移籍をした選手の失敗談と成功談。その両方を見続けてきたからこそ、その分岐点の選択に神経をとがらせてきた。
だからこそ、タイミングとチーム状況、そのチームの試合は必ずチェックした。負け試合も勝ち試合も、記録されている直近の試合は全て。
負け試合で何が足りなかったのか。勝ち試合をさらに盤石とするにはどうすればいいのか。これから自分の時間を預ける場所なのだ。慎重にならないほうがおかしい。
スコアラーや代理人の仕事かもしれないが、自分の目でそれは確認したいのだ。それゆえ、一番自分に合うと思ったチームはレアル・ソシエダだった。
移籍金の金額はトップではない。半ばくらいの順位だ。それでも、自分が大きく成長できる場所は、ここだと。
—————青葉。お前も分岐点は間違えるなよ。18歳になった瞬間、お前は迷いなく海外に挑め。お前を一番必要としているクラブを、間違えるなよ。
左の魔術師は、右サイドの怪物にアドバイスを送り続ける。海外のトップで、CLの大舞台で、ワールドカップのファイナルでピッチに立つために。
ついにハットトリック達成の青葉。近い世代ではやはり敵がいませんでした。
あと、榎本さんのFK技術は、FATEの弓道やっている士郎君レベルでバグっています。
だから、嫌な位置でファウルすれば失点のピンチとかいう理不尽な存在です。