騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
消えたらごめんね。
正直、あの国が無くなるのは辛い。
ウクライナ対日本の世代別ワールドカップ決勝の組み合わせは、フットボール界でも大きな話題を呼んだ。
何せ、黄金世代以外目立った成績を残せていなかった極東の中堅国と、長らく西欧諸国に水をあけられていた古豪。
ウクライナは試合を重ねる自分たちの力を取り戻していくチームだった。開幕当初から満身創痍であった。
エースの不調、司令塔、もう一人の切り札の離脱。全員攻撃、全員守備による献身性で、ここまでを勝ち上がってきた。
欧州予選でフランスを粉砕した左の切り札は、このノックアウトラウンドでようやく戦線復帰した。それまでは交代選手を使って“彼のプレー”を無理やり再現していた。
ウクライナは、彼の組み立てを最も生命線としていた。だからこそ、すでに5大リーグ以外で足跡を残しつつあったエースの代役達にとっても、彼の離脱から始まった不調に悩まされたエースにとっても、切り札の完全復帰は、ウクライナの初優勝に大きなプラス要因となった。
かつて、ウクライナを強豪国に押し上げた彼らのサッカー界の伝説的な男に、憧れを抱いた少年がいた。
自分こそが、時代のウクライナの矢になるのだと。必ず、次代を担うウクライナの矢となり、勝利を齎すゴールを絶対に奪う選手になるのだと。
すでに世界から取り残されつつあると分かっていながら、白い巨人で司令塔に君臨した伝説の男を目指す、不器用なファンタジスタがいた。
もう一度風を吹かせるのだ。自分は、自分たちはまだ、終わった存在ではないと。
最後に、現代サッカーの現実を感じ、最も過酷で、最も重要なポジションを選んだ、責任感の強い男がいた。
「———————お前のマッチアップする相手、奴はどうなんだ?」
自称ウクライナの矢を志す青年は、その左サイドバックに問うた。すでに、オランダリーグで活躍する“あの男”でないのは周知の事実だった。
「かなりやる。まさか僕と同じぐらい速い人がいるなんてね。フランスの俊足君とは違う、もっと脅威的だと思うな」
明朗且つ微笑みが似合う金髪の青年は、すでに歴史に名を刻みつつある一回りも年下の少年をそのように評した。
「なら俺に出来るのは、いいパスを出して、攻撃時にお前の労力を軽減させるぐらいだな。無駄なパスは出さない。失敗もしない。お前の走りをすべて決定機につなげてやる」
「おいおい。この司令塔とは思えない真面目ぶり。なんでお前ファンタジスタ目指してんの? 性格適正真面目に考えたのかよ!」
仲間たちに弄られる古き良き司令塔を自称する青年。試合中この男はぜぇぜぇと息を切らしながらボックストゥボックスの動きをし続けるため、いつも試合前に茶化されるのだ。
お前いつも試合終了後に力尽きてんな、って。
「現代サッカーで司令塔が生き抜くためには、守備も必要なんだよ‥‥‥あの人に憧れているが、それでも現実は見えているさ‥‥‥」
「それよりも、カミカゼのようなダイビングヘッドの選手がジャポンにはいるみたいだ。クロスボールの競り合いで簡単に失点するようなら、うちに勝ち目はないぞ」
ウクライナ若手の間でも、球際で恐れを知らない鷹匠が見せる覚悟の決まり様は、狂気的であり、日本を警戒する一つの要因となっている。
「左はあの怪物を押しとどめておいてくれ。右で決着をつけて、さらっとこのチームを勝たせるさ」
そして、それまでの和気藹々とした空気の中で、一人だけ自分の感覚を研ぎ澄ませている男がいた。
「…………………………‥」
その男は試合前、必ず重低音が鳴り響く音楽を聴き、瞑想をしていた。目は固く閉じたまま、しかし寝ているわけではない。
全て、瞑想しているのだ。日本のディフェンスラインを推察し、想像し、どうすれば奴らからゴールを奪えるのかを。
まさしく、ゴールこそが自分の生きる糧、ゴールこそが自分の存在意義、そんな少しイッテしまっている思想の持ち主だ。
「ヴェルモンドの奴。またあの重低音を聴いているぜ。しかも相手の国の楽器、なんだがなぁ」
「しかし、腹の底に響くあの音は、何か喝を入れられた気分になる。いつも通りということは、トーナメントでのアイツの完全復調のまま、今日も試合でゴールを決めてくれるさ」
ウクライナは、このファイナルでついに完全体となって日本と戦う準備が既に完了していた。
日本では、ウクライナは本調子には程遠く、離脱していた選手たちも病み上がりであるため初優勝にかなりの期待感を持っていた。
なにせ、こちらには宮水青葉がいる。今大会のラッキーボーイであり、原動力の彼がいる。歴代最高の選手層がある。
その悲願は目と鼻の先だ。
日本のロッカールームではだれもそのことについては口にしない。初優勝とか、そんなことは意識せず、ただこの試合に勝つことだけに集中していた。
いつもムードメーカーな堂本でさえ真剣な表情。ただそれが、青葉にはどうも固いと考えていた。
そして、両チームのスタメンが発表される。
ウクライナは、このトーナメントで復帰した左サイドバック、20歳のムイーロ・ヴェントゥーノにキャプテンマークが巻かれている。若くしてスペイン一部アトレティコでポジションを確定させ、あの2大強豪クラブを抑えての優勝に大きく貢献している。白い巨人にカップ戦で悔しい結果に終わっていただけに、リーグタイトルは格別だった。
彼はまさにアトレティコ、ウクライナにとっての至宝。リーグ戦では2チームの大エースとのマッチアップを制しており、チームも勝利している。
今、25歳以下において最も世界のトップに近いサイドバックと言われている最強サイドバック。
その彼とともに最終ラインを守る屈強なCB、右サイドバックもかなりのフィジカルを備える。
ダブルボランチの前に居座る現代のファンタジスタ復権を担うと自称する男、19歳のシンチェンコ・ダンティスがいる。イングランドプレミア一部チェルシーからドイツ一部フライブルクにレンタル移籍している彼は、すでに今シーズン王者相手にハットトリックを決めてカップ戦を制するなど、大舞台での強さが尋常ではない。続くリーグ戦でも王者キラーぶりを果たし、王者相手に彼は未だ無敗を継続している。
そして、最前線で憧れの選手に並び立つことを志す、新生ウクライナの矢。
20歳のヴェルモンド・シュヴェーツィは、プロ契約時からウクライナの矢に対するリスペクトと、彼が果たせなかったワールドカップ優勝を目指すと公言する男だ。
あまり口数の少ない彼は、手始めに世代別17歳以下のワールドカップでチームを優勝に導き、自身も得点王というストライカーならば必ず目指す偉業を達成している。
その大会では日本は1対5で完敗を喫しており、ヴェルモンドにはハットトリックを決められていた。
特に、その記憶を色濃く刻み付けられている井口、榎本、堂本、幕張は、この大舞台でのリベンジのチャンスが巡ってきていたのだ。堂本の表情が固いのは、このためだ。
大勢が決まってからの反撃のゴール。遅すぎる得点を決めた彼は、ウクライナが笑顔になる瞬間をピッチで見ていた。
——————あの時とは違う。このチームは、この世代は成長した。この試合を制するのは、俺たちだッ
GK 1番 真弓慎一郎(福岡)
RSB 2番 幕張健吾(湘南)
CB 14番 井口譲二(浦和)
CB 3番 飛鳥亨 (ETU)
LSB 6番 沖名太陽(山形)
CMF 7番 榎本文人(新潟)
CMF10番 石渡翔悟(仙台)
RMF 8番 堂本貴史(フローニンゲン)
LMF22番 九鬼鉄心(大宮)
OMF21番 清武周人(大阪C)
CFW 9番 鷹匠暎(浦和)
リザーブ
GK 23番 水野邦夫(名古屋) 22番 相馬元気(鳥栖)
CB 19番 本田マイケル(明治) 4番 城達哉 (讃岐)
RSB 16番 中条渉(岡山)
LSB 20番 赤間弓彦(讃岐)
CMF 12番 工藤春雄(岐阜) 15番 安川走斗(千葉)
SH 18番 宮水青葉(ETU) 12番 伊達直哉(仙台)
CFW 11番 小川知良(磐田) 13番 秋本直樹(横浜)
ほぼベストメンバーで臨む日本。恐らく中盤で絶対的なフィジカルを持つ工藤を後半に投入する意図が見られる。前半はとにかく手数で攻める算段だ。司令塔タイプの石渡を中盤に置いたのも組み立てを強化したのだろう。
右サイドはエース堂本。マッチアップするのは、直接対決で何もできなかった因縁の相手、ウクライナの若き四天王の一人、ムイーロ。彼が得点を決めたのは、彼がピッチから下がった後のことだった。
飛鳥亨は、今大会アーリングの陰に隠れながら、得点王争いに名乗りを上げているヴェルモンドのパワーとスピードに対応する必要がある。
消耗したアーリングとは違い、こちらは完全復調のエース。
そして、おそらくもっともこの試合でクオリティを見せるウクライナの司令塔シンチェンコ・ダンティス。彼はここまで7アシストを決め、自身も2ゴールを記録するなど、不調が囁かれながらも「彼にしては不調」状態だった。
しかし、コンディションは既に万全だ。
そして、この大一番でベンチスタートとなったのは青葉。ここまで結果を出してきていたが、堂本の牙城を完全に崩すには至らなかった。
『いよいよ始まります、アンダー20ワールドカップ決勝戦。どちらも初優勝がかかる大一番ですが、この競り合いを日本が競り勝ってほしいものです』
『スターティングメンバーにはGKの真弓、最終ライン右からは幕張、飛鳥、井口、沖名の4バック。ダブルボランチは榎本と日本の10番石渡。二列目は日本のエース堂本、トップ下清武、左には九鬼鉄心。最前線ワントップには鷹匠が入ります』
『今大会攻撃陣が好調ですからね。エース堂本選手、九鬼選手、鷹匠選手の攻撃に期待です。彼らが仕掛ければ、榎本選手のフリーキックがスタンバイしていますから』
『今大会成長著しい工藤春雄、日本の超常現象宮水青葉はベンチスタート。これは後半にギアをまた入れてくるとみていいでしょうか』
『そうですね。ウクライナは勝ち上がる毎に力を取り戻してきているチームです。エースストライカーのヴェルモンド選手が復調したことで、最終ラインの負担はかなり重くなるでしょうが、競り合いで勝ちたいですね』
試合開始の笛が吹かれ、ウクライナボールで始まる前半戦。ウクライナは可変スリーバック気味に攻撃を組み立ててくる。
最終ラインのCBのボール回しに左サイドバックのムイーロ。堂本が距離をゆっくり詰めながらプレスを掛けに行くが、
—————ドリブルがさらにキレが‥‥ッ!
外へ外へと追いやるディフェンスでチェイシングする堂本をターンで振り切るのではなく、後の先の様な左足の甲から始まった抜け出し。ボールを引き摺るようなドリブルで、一瞬で間合いを崩されたのだ。
ムイーロの抜け出しに連動する司令塔シンチェンコ。ダイレクトで逆サイド広く張っていたウィングにロングフィード。
「やばいっ!!」
沖名太陽の前で柔らかいタッチでトラップし、前を向くウィングの選手。すぐさま、縦を抉ってくる。ここは競争だが
「なろっ!! いかせっかよ!!」
沖名が足を出してクリア。ボールはタッチを割る。シンチェンコのダイレクトロングフィードは確かに脅威だが、前の選手を潰せた。日本は守備に備える。
前線で足掛かりをつかんだウクライナがパワープレーに切り替える。シンチェンコについた榎本だが、強さを見せるシンチェンコ。
——————くそっ、足が届かない
背負ってのプレーでありながら、それを感じさせないフィジカルの強さ。つまり、現代サッカーでは榎本のフィジカルは海外リーグで通用しないということだ。
そして縦パス。日本の右サイドを抉る深いボールを折り返すのは左サイドハーフの選手。すぐさま幕張が対応するが、インナーラップするムイーロに堂本が遅れた。
—————く、そっ、こいつの攻め上がりを警戒しないといけねぇのに
何とかシュートを防ごうと体を張る堂本だが、ムイーロは縦に仕掛け、堂本を抜き去る。
『クロスボール入ってくるぅ!! 井口ヘッドでクリア!! しかし、まだ終わっていないウクライナ! いったん右サイドに預けて縦パスはいる!! ここで、リターン!!』
サイドハーフとサイドバックの間を狙っていたサイドハーフが、中央から下がってきたボールを捌き、自分にパスを出した右サイドバックの選手に反応していた。
大きく三角形を作りながら、速い球足のスルーパス。
「‥‥‥っ」
飛鳥はそのクロスボールとサイドを崩された瞬間、目を外してはならない相手を生み出してしまった
そして、その選手は完全に飛鳥の背後を、彼の死角を狙っていた。
日本の守備を支える最も貢献度の高い男を狙い、確実に彼の隙を窺う。怪物には、勝利するための一手が見えていた。
ダイレクトで折り返したボール。飛鳥の前に躍り出たウクライナの矢が、ヒールでボールの軌道を変えることによって、日本の最終ラインは致命的なシュートコースを突かれることになったのだ。
『クロスボールずらされたぁァァァ!!! 日本失点!! 前半9分でのゴール!! 新生ウクライナの矢、ヴェルモンドの得点でリードを奪われました!!』
『飛鳥選手が体感する世界トップの、ストライカーのレベル。その抜け出しは、まだ会ったことがないでしょうね。あのスルーパスでラインも崩されましたし、』
そのゴールを、反応することすらできなかった飛鳥。呆然とヴェルモンドの無言のゴールパフォーマンスを見送ることしかできない。
——————ダイアゴナルに、一気に詰められた‥‥‥
これが、万全の状態の世界トップレベルか。
さらに、日本は速めの高速アーリークロスに弱いという弱点を、コートジボワール戦で露呈している。それを狙わないはずがない、左サイドバックのムイーロ。
「くっ!! このっ!! あっ!!」
気持ちに焦りが出始めている堂本のプレスをまた抜きで躱し、その瞬間にスピードアップ。ウクライナの選手が彼の動きに合わせて連動していく。
世界最先端を走る左サイドの司令塔が、日本の弱点を間髪入れずにつくのだ。
そして、ヴェルモンドのデコイランで抜けたスペースに走りこむのは司令塔のシンチェンコ。しかし過ちは繰り返さない。ボランチ榎本が寄せにかかる。
——————縦関係の連動性は嫌と言うほど見せられた。ここを止めれば!!
しかし、ここで榎本を背負ってのダイレクトプレー。ロングフィードをダイレクトでノーマークの選手へとはたいたのだ。
利き足の左足がダイレクトに、裏へと走りこんでいくウイングへとボールが渡る。右サイドの幕張は完全に裏を抜かれた。
後は、完全にフリーで、優しいクロスボールに対して、自分のタイミングで打つだけ。
『フィリウス、ダイレクトぉぉぉぉ!! あっとバーだ!! 助かりました日本!! しかし、中央、サイドと崩されている日本!! 何とかしのぎ切りたい!!』
猛然と日本がプレッシングを行うも、ウクライナは慣れたボール回しで鳥籠の如くポゼッションを維持する。日本はその間にラインを上げるが、最終ラインへの圧力が足りない。
ウクライナの可変スリーバック。左サイドバックを入れた特殊な陣形が、日本に歪さを生み、ウクライナの左の司令塔がその悉くを突くのだ。
前半20分。目安となる時間帯にウクライナが仕掛ける右ウィングの仕掛けに合わせて、司令塔シンチェンコがボランチにボールを戻し、すぐさまスプリント。まるで右ウィングの攻撃を助けるように並走し始める。
左サイドバックの沖名はマークを絞りづらくなるため、ボランチの石渡がフォローに入る。
—————局所的な数的不利が、そのまま致命傷になる! ここは何とかコースを!!
だが、それはボランチからのそれはシンチェンコへのパス。右ウィングのパスコースに躍り出た
かに見えた。
「!?(トラップスルー!? しまっ、振り切られ)」
ここでシンチェンコがトラップスルー。からの抜け出しで石渡を置き去りにし、続く接近してしまった沖名の背後を確実につく縦パスで、右ウィングは完全にフリーとなった。
そして、フィジカル的な格差によって石渡のプレスバッグは効力を発揮できず、簡単に突き放されるのだ。
味方の為に走り、必殺のラストパスを供給する。敢えて相手選手を惹きつけ、正確無比なボールを味方に与える。
彼の味方選手は、遥かな自由を与えられ、まさに水を得た魚の如く躍動する。
センターバックの井口が対応するも、やはりウクライナトップの選手。状況的に追い込まれている日本の精神的不利を逆手に取り、縦突破で脅しつつもカットインを選択。
井口、先ほどのヴェルモンド、シンチェンコの連係プレイが脳裏をよぎってしまい、簡単に振り切られる。サイドアタッカーにとっては理想的、斜め45度からの十八番。
日本の若手“トップ”プレーヤーのチャレンジ精神は、“この世代“のウクライナの”若いプレーヤー“たちにとって、欧州にとっての常識なのだ。
前半24分。デザインされた崩しによって日本は失点を喫した。
『カットインから叩き込まれたぁァァァぁ!!! 日本さらに失点!! 右サイド、クルドのゴールで点差は2点に広がります!!』
ここで西野監督。ようやく対抗策を編み出し、鷹匠が引き続き最終ラインにプレスをかけ、もう一枚のcbには2枚目で清武、ムイーロに対しては九鬼で対処。堂本の苦手意識なのか、今日はドリブルを悉く封じられている。
そして、トップ下清武の開けたスペースに石渡を配置。両脇には堂本、榎本を配置。トリプルボランチ気味にプレスをかけることで、可変型3-3ラインを前線に形成。数的不利を解消させ、ウクライナの可変スリーバックに対処。
攻勢に打って出るためにコンパクトにラインを上げることが要求され、最終ラインはラインを上げる。キーパーもエリア外からボールを触る回数も増える。
サイド守備において世界最先端の技術を持つ九鬼鉄心が堂本と入れ替わる形で右サイドへ。堂本は3ブロック中央の左サイドを担うことになるが、後半の戦い方がある程度ここでひとつはっきりする。
堂本は前半までだと。
膠着状態続く中、ムイーロは九鬼相手に堂本のような仕掛けが出来ずにいた。
——————間合いの外から、嫌らしく接近してくる。上手い選手だ。だけど、
ムイーロには自分が動かなくても、パスレンジが無限大に等しいギフトがある。即席で作った3-3ブロックの穴を見つけることなど、上空の鷹の目で捕捉するのと同じくらい容易い。
フィジカルギャップのある榎本が悉く狙われる。相手のスプリントに追いつくことが出来ても、起点を作られてしまう。
フリーキックで叩き込まれる前に、このフィールドで完膚なきまでに榎本を潰せ。
ウクライナは彼の飛び道具を恐れていた。だからこそ、プレスバッグは徹底的に、ファーストディフェンスも早い段階から苛烈なものとなっている。特に、榎本への寄せの速さは尋常ではない。
自分が狙われているという自覚、それに対して有効な策がこのピッチにいる人間では困難なこと。自分は何もできない事。ウクライナは嫌と言うほど榎本に現実を教え込んだ。
—————なめやがって!! 俺ならだれでもキープできるってか!!
20歳という青年期において感情を制御するのは容易ではない。ましてやサッカーという試合で、大舞台で、苦境の状況で落ち着くことができる人間は希少だ。
シンチェンコは後ろからやや無理やりなタックルを仕掛ける榎本を誘い込んだ。足が絡んでしまう。
「なっ、(しまっ、誘われ——————)」
ここで榎本にイエローカード。笛と共に黄色いカードと突きつけられる。すぐさま、日本は飛鳥のクリアを回収した幕張がロングフィードを狙う。その先には九鬼鉄心。
しかし、九鬼もまたムイーロの寄せの速さにボールをロスとしてしまう。幕張がボールを持った瞬間に最もパスが渡るであろう選手を特定するのは、彼にとって容易いことだ。
つまり九鬼は、ロングフィードを貰った刹那、すぐさまムイーロと対面して潰されてしまったのだ。
——————奴はエスパーか何かか!? ボールが!!
このまま流れを作れなければ、日本は嬲り殺しに遭う。そうでなくても、青葉という後輩に情けない姿をさらすことになる。
だからこそ、石渡がそのわずかな隙を突く、上りを見せたのだ。彼の不調から始まった得点力不足の低迷期。シュートを忘れたのではないかと言われるほどバッシングの対象となった。
背番号10の実力を見せることが出来ていない。重圧は特別なものだった。
——————ここで、10番が日本を救えなくて、俺は何のためにこの数字を背負っているんだ!!
『ここで倒された!! やや遠いが、榎本の距離です!! 石渡がファウルをもぎ取りました!!』
そして榎本が最も得意とするゾーンでファウルを貰ったのだ。ついに日本最高の飛び道具のお披露目だ。
味方が繋いでくれたチャンス。榎本は、かつて無いほどに不安定だった。
自分の出来の悪さ、劣勢の展開。前半もこれ以上の失点は許されない。ここで自分がフリーキックを決める。
決める、決めて見せる。決めないといけない。
重圧がのしかかる初優勝のプレッシャー。世界の大舞台という魔物が榎本を蝕む。
—————落ち着け、落ち着け。コース取り、いつものリズムなら‥‥あのリズムなら
榎本が助走をつける。ファンは、サポーターは、仲間たちは榎本の放物線を見守る。
————————————— 、
『キーパー動けず、クロスバーだぁぁァァァ!!! 榎本のシュートは惜しくもクロスバー!! 日本決定機でしたが、惜しくも得点ならず!!』
呆然としているのは榎本。最後の刹那、力みがあったことを自覚していた。蹴った瞬間に悪寒がした。自分のリズムが崩れていたと。
対するウクライナ。榎本が外したことにより安堵する一方で、それでも彼のキック精度は凄まじいものがあると認識する。
————————あの男を、目覚めさせてはならない。
それが起こることはつまり、ウクライナが負けるということだ。必ず勝負所で彼に仕事をさせてはならない。
「やはり、プレッシャーをかけ続けた甲斐があったね」
ムイーロは榎本が外したこと、その後の彼の動きを見て、確実にその精度にひびを入れることが出来たと認識した。
「えげつない作戦だが、奴はある意味このピッチで一番警戒すべき存在だ。このまま眠っていてくれるといいんだが…‥」
シンチェンコは気の毒だと思いつつも、彼が目覚めた瞬間苦境に立たされることを知っているため、それ以上は言わない。
ゴールキックから大きくボールを蹴りこんだ際、審判は時計を見て長い笛を吹く。前半終了の合図だった。
『ここで前半終了です! 2点ビハインドから後半は意地を見せることができるか!! 泣いても笑ってもこれが今大会最後の試合です!! 宮水青葉の出場はあるのか!!』
たどり着いたファイナルは、ヤングサムライジャパンを最も追い込む、最も過酷で、最も苦しい試合と化した。
「————————ッ」
完璧に封じられてしまった日本のエース。あの時と変わらない。むしろ、その差は広がる一方だった。
5大リーグで世代最高のSBと名をはせた彼と、5大リーグ以外の欧州で、得点王の自分。
3年前の屈辱をばねに、前に進み続けた結果、待っていたのはより強大な壁として立ちはだかる宿敵。
「——————あそこで、——————あそこで俺が、—————ッ」
FKの名手は、この大舞台の空気に、雰囲気に飲み込まれた。悔しさに震え、闘志は衰えるどころか、煮え滾っている。だが、自らのリズムを自ら崩し、今チームを追い込んでいる自責の念を前に、こぶしを握り締めることしかできない。
———————コートジボワールとの戦いが、今や涼風に思えてしまうほど、この試合は険しいな
ラインの守護者は、ウクライナの矢を捕まえることができない。世界レベルの動き、万全の状態の反応速度は、彼が経験した以上のものだった。
宮水青葉の様な超常現象ではなく、ストライカーとしての頂点へと突き進むエースの動き。
仲間を信頼し、一瞬も迷わずに突き進み、自らは矢であると語らずに、プレーで語り掛けてくる。
自分は、相手を射る為の矢であり、仲間の弓がなくては全く活かされない。
だから、誰よりも仲間を信じるのだと。
その信頼を示す、繰り返されるデコイランとファーストディフェンダーとしての矜持。攻守どちらも全く手を抜かない。それでいて、相手にプレッシャーをかけ続ける。
エースは常に相手の脅威でなければならない。ヴェルモンドは多くを語らないが、彼にとって攻撃と守備の時間に大差はないのだろう。
彼は間違いなく、現代サッカーのお手本というべきストライカーの体現者だ。
後半に向けて日本も対応しなければならない。この並外れたチームを相手に、青葉一人での活躍では覆すことは出来ないだろう。
しかし、日本のタレントは各個撃破されている。ならば、日本の選択は‥‥‥‥‥西野監督の采配はどこへ向かうのか。
それぞれのコアに対応するポテンシャルのある選手が揃い、青葉の単独突破では日本は勝てません。
ムイーロと青葉の激突は次回以降になります。