騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ 作:傍観者改め、介入者
三笘選手は、空想を超えてきているような気がします。
浅野選手のスピード。あれで、オーストラリアの最終ラインが消耗したんでしょうね
後半は完全に足が止まっていました。
両雄譲らず———————————————————
そこからの試合は静かなものとなった。展開こそ早いものの、両チームのエースが止められている。青葉のクロスボールは秋本に届かない、九鬼が折り返してもボックスの中でウクライナの選手が止める。
そして中盤では、工藤に対するカウンターとしてユンカーが日本の中盤を翻弄している。尻上がりに調子を上げている榎本のフォローもあり、崩壊は免れているが、厳しい戦いを強いられている。
ヴェルモンドは縦に抜くことができない。彼現在所持している間合いを完全に理解した飛鳥が、2失点分の代償ということで完ぺきに封殺していた。ウクライナの矢は手折られた。
だが、飛鳥は理解しきれていなかった。
怪物は、怪物たる所以を持つからこそ、怪物であるということを。
ウクライナの矢も無抵抗にボールをとられることはさせない。させるわけがない。
飛鳥にイエローカードを叩きつけ、フリーキックでの決定機を演出した。
——————間合いを対応されたのなら、変えるだけでいい。進歩なくして、頂点に至る資格は存在しない。お前は俺の糧になるがいい、トオル・アスカ
——————この男、俺の守備範囲に対応し始めている!? くそっ、これが怪物かッ!!
フリーキックこそ真弓のファインセーブで防いだが、飛鳥もまた優勢とは言えない。
右サイドの暴風は、巨大な壁が耐えている。そよ風のような正確なクロスが供給されるも、日本の選手たちはそれを決めきることができない。
ウクライナの攻撃では、ムイーロのクロスボールに何とか足を当てて青葉がコーナーキックに逃れる。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥16歳で、君のような選手と出会ったのは初めてだ。心が躍るよ」
英語で、敢えて話しかけてきたムイーロ。彼もまた、突如出現した好敵手になり得る相手を前にして、高揚していた。それはもう、体中の疲労感が欠片も残さず吹き飛んだくらいの衝撃であり、快感だった。つまり今の彼は前半開始早々のスタミナにまで完全回復している。
理由は、あまりにも嬉しいからだ。楽しいからだ。
「フルで出る予定の貴方が、まだこんな末脚を残していたとは。堪らないですね」
たまらず英語で言葉を返す青葉。何しろ優男の異名を返上する必要があるほど、彼はとても楽しそうに笑うのだ。疲れなど全く感じさせないほどに彼は実に楽しそうだ。
「君という存在に出会えた。それだけで疲れは吹き飛んだよ! 君の持てる最高をぶつけてこい! 僕は君の最高を、最善の手段で防いで見せよう!!」
日本の攻撃では、ロングボールの並走で青葉がボールをロストした。ともにトップスピード、互角の速さでムイーロはスライディングをして、青葉はそれを躱しきれなかったのだ。
互いに互いを潰し合う、ハイレベルなマッチアップ。幾重にも張り巡らされた青葉のフェイントに食らいつくムイーロ。ムイーロのクロスボールを一本でも通せば致命傷の青葉は、徐々に工藤のバックアップがなければ危ういというところまで来ていた。
しかし、ムイーロもそれは同じ。CBが後ろに控えていなければ、自身もかなり追い込まれている状況。この拮抗を無理やり持たせているという思いが強まる。
そんな彼らへのフォローしかできない日本とウクライナの選手たち。下手な入りは勝負を決定づけてしまう。それが分かるからこそ、誰も入ることができない。
高速の世界で激突する至宝と怪物。そう、若手トップクラスの選手たちを寄せ付けない異次元のマッチアップを前にして、西野監督の戦術も、若手たちの意地も入り込める余地はなかった。
—————おいおいおい。まじか、マジかよ。世界トップクラスの戦いだろ、あれ。マジであいつら出る大会を間違えているぞ
九鬼は、青葉をここまで止めてくる相手を今まで想像していなかった。恐らくETUの面々も今頃絶句しているだろう。
何せ最恐無敵のルーキーが、クロスボールによる決定機しか作れていない。彼のシュートは全てマークが引き渡された際の中央のコースが厳しい場合のみ。
ここで、ロングボールが青葉に通る。工藤からのボールを貰い、一瞬で前を向くものの、やはりこの男が立ちはだかる。
「———————————」
中央前目の位置で中への切込みを諦め、サイドから敵陣へと切り込むことを選択した青葉だが、正対しながらムイーロの妨害に遭う。
——————やはり振り切れない、なら
ボールと足の甲をくっつけながらボールを転がし、縦突破を図る青葉。まるでボールが粘着しているかのようなボールさばき。
——————縦突破からカットインを狙ってくる
当然ムイーロも青葉の最良の未来を確実に読んで隙を見せない。事実インアウトを読んだ彼は青葉のボールに迫る。
——————……‥まだだ、まだ……‥
引き付けろ、もっと。もっとだ……‥生半可な間合いでは、彼には追い付かれてしまう。
正対したムイーロと青葉。青葉のカットインに完璧に対応し、ドリブルコースを防いでいる状況。
そして、ムイーロの足が青葉の足元、間合いに、今まで以上に踏み込んだ。
——————ここだッ!!
ここで十八番のマルセイユルーレット。横の幅をとるために、彼が大技を繰り出すのはわかっていた。だからこそ、スライドに対応する。
——————きっとあなたなら、これにも対応すると、信じていたっ!!
「!?」
ムイーロの股下を、ボールが通過したのだ。青葉の足元にあるはずのボールが、在り得ない場所を通していた。
——————接近を許したのは、ボールを隠すためッ!? 最大限引き付けて、僕の目を誤認させた!?
目の前では、幻のターン、一つの選択肢でもあったルーレットという動きから、回転という運動エネルギーを体に与え、より強靭に加速していく青葉の姿。
『宮水ついに躱した!! 鉄壁のアトレティコの至宝を躱してゴールに迫る!!』
ついに、青葉がムイーロからドリブルで抜くことに成功した。そして、宮水青葉は強敵との戦いで新たなルーレットの派生技を手に入れた。
マルセイユルーレット中に、逢沢駆のヴァニシング・ターンを取り入れた、青葉の加速力と極限まで間合いを詰められ、追い詰められた時に発動するカウンター系統のフェイント。
その技にはまだ名前はない。だが、青葉の中でムイーロ攻略の糸口となった。
だが、ムイーロ一人を抜き去ったところで強力なブロックを形成するウクライナ。前からボールを奪う好戦的なスタイルは崩し切れていない。
———————コースが、ない!?
抜け出した先は、完全に包囲されていた。常に最悪を想定していたムイーロの遺した包囲の中、青葉はその中にまんまと入りこんでしまった。
———————これだけ、スペースがなければ、抜くことも出来まい!!
—————切り込みなどさせるものかッ!!
カットインを狙おうにも、コースが塞がれている。無理に突っ込めばいくら青葉でも危うい。
味方も攻めあがっているが、時間が経てばウクライナの選手のブロックが整う。
この瞬間、時間という概念は、青葉にとって最も苦痛を与える存在だった。
『宮水果敢に狙っていくゥゥゥ!!! あっとクロスバー!! 秋本詰めているッ!! 押し込めェェェェ!!! あっとディフェンス決死のクリア!! ウクライナディフェンスを崩しきれません日本!! 一つ宮水青葉が形を見せました!!』
その後、最後の一閃を誘い込む青葉の間合いを悟ったムイーロが無理に踏み込んでくることはなくなったが、青葉は切れ込むことが難しくなっていく。
あの青葉が、ムイーロの間合いを避けて、中に後退しながら、ゴールから遠ざかりながらカットインをしなければならない。
———————遠目からのシュートしか、さっき見せた動きは取っておくべきだったッ!!
ここで、青葉の経験の浅さが彼を苦しめる。勝負どころで、また抜きを防がれた青葉が、土壇場でそれを行いムイーロの裏の裏を突くこともできたはずだ。
だが、ムイーロとの勝負で彼は焦りを覚え、最大限の手札で彼に勝ってしまった。勝つべき時間帯ではないタイミングで、彼に情報を与えてしまったのだ。
ムイーロは青葉の能力、ドリブル傾向を読みながら、青葉を追い詰める。
あの宮水青葉が、苦し紛れのシュートを打つしかないという現実。それでも、クロスバーやバーに直撃するような曲がりながら迫るシュートを打つのだから、ウクライナは生きた心地がしないだろう。
日本がやや押している。だが、ウクライナが粘っている。日本は決めきることができない。
このまま延長戦に突入かというところで、飛鳥から九鬼へのボールが渡り、ダイレクトで中に切り込んでいた青葉にダイレクトでボールが通る。
この土壇場で秋本と青葉のポジションチェンジ。秋本が相手を惹きつけながら、ムイーロに突っ込み、自分のコースを開けた瞬間、最高のタイミングで青葉がその空けたスペースに走りこんでいたのだ。
——————おいおいおい、ふざけんな、なんでお前がそこにいる!!
その怒りの心中は、日の丸を背負う、ベンチに下がった日本のエースから発せられた。完璧な連携だったはずだ。秋本がこれ以上ないデコイランで引き付けたはずだったのだ。
ムイーロは最大限の脅威を弁えていた。青葉のダイアゴナルなスプリントを察知した刹那にもう反応していた。
——————君のスプリントは、いつだって僕らの脅威になるッ、止めるよ、君の最速を!!
ここで、何とかボールをキープする青葉だが、完全に間合いを詰められ、相手を背負いながらのプレー。当然青葉はスピードを出しきれない。加速する距離が足りない。
「くっ!?(完璧に読まれていた…‥!?) しま…‥ッ!!」
だからこそ、ついにはCB二人の圧力も加わりボールをロスト。ムイーロを含めて3人のプレスにはさすがの怪物も圧倒は出来ない。
そして、シンチェンコの縦パスがさく裂するかと思いきや、そのボールをなぜかセンターラインのポジションから移動していた工藤がカット。
——————なんでお前がそこにいるんだ!? 合理的じゃない!!
心の中で悲鳴をあげるシンチェンコ。
——————何となくここに来るような気がした!!! よっしゃ、当たったぞ!!
何となくでプレーを決めていた工藤。シンチェンコは泣いていい。後ろからユンカーがプレスバッグに戻るが、正面からのフィジカル勝負では相手にならない。
ここで、中央にムイーロが青葉に引っ張られ、CBも彼に集中する局面、ショートカウンターをショートカウンターで返し技を行った日本。もう後半の時間も残り少ない。
後半45分を経過し、アディショナルタイムに既に突入している。
——————CB二人は慌てて戻るもラインは崩れたッ
冷静に、彼はその戦況を理解する。
——————あのムイーロは青葉にはり付いたまま
より中央で、センターアタックを防ぐために人数が集中し、サイドが開いた。
——————ここで、決めきってこそ、フル代表に挑む資格を得られるんじゃねぇのか!?
日本のエースは、あの敗戦の責任を一身に背負ったあの男は、自分が追いつき、ポジションを奪おうと決めたあの男は、こんな場面で結果を出してきた。
『鉄心抜けたァァァぁ!!! 日本ショートカウンター!! 工藤からの縦パスに九鬼が反応していた!!』
ここで、ウクライナの監督が叫んだ。
「止めろッ!! 止めろぉぉ!! 我々の誇りに賭けて!! あの男を止めろッ!!!」
九鬼のトリッキーな動きに翻弄されていたSBが追い縋る。ファウル覚悟のスライディングで九鬼が倒されるも、その背後から全速力で駆け抜けてくる男がいた。
プレーオン。ファウルが流される。酷いファウルではあるが、プレーを止めるほうが日本の不利になる局面。審判は敢えて笛を吹かない。
『後ろから榎本が上がってドリブルで突っ込む!! さぁ、決めきれ、日本!!』
『幕張も上がれ!! 幕張も来い!! 幕張も上がれ!!』
そして榎本からのロングボールが幕張に通り、クロスボール。九鬼がそのままニアサイドに入るも、屈強なCBがクロスボールを跳ね返す。
そこへ、交代選手が有り余る体力を振り絞り、ボールへとたどり着く。
「ここで、俺が決めるっ!」
ここで決めなければ、何がストライカーだ。何がポストプレーヤーで浮かれているか。
フォワードは、点を取って食っていくものではないのか。
ボールが落ち着かない。秋本がボールを回収し、ウクライナゴールに襲い掛かる。青葉をマークしながら秋本のプレーも監視していたムイーロ。だが、やはり青葉をフリーにさせるのは危険すぎる。
そして———————
『ああっと倒されたぁァァァ!! ウクライナのファウルです!! 秋本がフリーキックをもぎ取りました!! さぁ、この距離で蹴るのは勿論あの男でしょう!!』
『リベンジですよ!! この局面、この時間帯、このシチュエーション!! この試合での借りの全てを返せる最高の舞台ですよ!!』
日本のサポーターを含めて榎本のフリーキック失敗が脳裏をよぎる。
今日の榎本は調子が悪い。そんな印象こそあった。
「へへっ、フィナーレって意味では、ものすげぇ場面だぜ、文人。分かってるやろ?」
「‥‥‥ああ、そうだな。貴史と青葉の奮闘を、九鬼の大物食いを狙うどん欲な姿勢。その全てが、俺にとってはとても頼もしく映ったよ」
「なんだよ、まるでこれからフリーキックできますみたいな態度でよぉ!! 羨ましいくらいの冷静さだな、おい」
仲間たちからも、榎本の物言いに苦笑いを浮かべる者たちもいた。しかし、榎本がこの局面で心が逃げていないことを知り、頼もしさを覚えているのだ。
——————すべて本当だ、本当なんだよ。それはお前らのおかげなんだ。
榎本は、優しくボールをセットした。
——————堂本君が、負け続けながらも、世界のトップに食らいついてくれた。
結果はそれほどついてこなかった。でも、後半はだんだんと自分のプレーが出来始めていた。ムイーロの攻撃を遅らせることが出来た。青葉と彼の伝説的な攻防までバトンを持って走り続けた。
—————諦めない姿勢を見せてくれた
そんな不屈の闘争心で日本のエースと呼ばれた堂本は、超常現象にバトンを渡した。
そして程なくして始まった、アトレティコの至宝と日本の超常現象によるマッチアップ。
凄まじい激突だった。普通の選手ならば、とうの昔に彼らに敗れ去っていただろう。だが、彼らの実力は伯仲し、勝負が決まらない。試合が決まらない。
——————勇気を貰った。お前が、日本の選手がそこでプレーできる可能性を、魅せてくれた
こんなところで、調子を落としている場合ではない。
ウクライナがあれだけ前半自分を削り、調子をイマイチに落とそうとしたのか、その全てが冷静になってわかる。
—————今ここで、この瞬間! この局面で!! 日本を勝たせられるのはただ一人、
俺だッ!!
少し離れた場所にゴールがある。あの枠の中にあるラインを超えた場合、日本の勝利となる。
これが恐らく後半ラストプレー。これを決めれば、日本の優勝なのだ。
「………………‥」
極限に集中している榎本。そんな様子に九鬼が後ろから見守る。
——————————————おいおい、最後の最後に”至った”のか、文人は‥‥‥‥
それまでも決めるべき時に決める尋常ではないオーラがあった。だが、今の彼の存在感はそれを比べることすら烏滸がましい。
まるで榎本の目からは、閃光が走っているかのような強烈な意志を感じる。完全に自分の世界、このボールが静止し、プレーが止まった瞬間。
この瞬間、彼は間違いなく、歴代最高のフリーキッカーの称号に届いていた。
それは、隣にいた青葉にも感じられたことだ。
——————榎本さん、この感じ、駆と同じ、いやそれ以上の濃さだ‥‥‥
引き金は無意識ながら、スイッチを既に持っている。そして、その精密さは恐らく逢沢駆を優に超える完成度だ。
没頭ともいえるような集中力。榎本の世界が広がる。
ベンチで戦況を見つめる堂本は、このフリーキックで、この疲労をより感じてくる時間帯で誰一人ピッチの選手たちが集中力を切らしていない光景を目にする。それは無論、ウクライナもだ。
ウクライナも全く諦めていない。絶対に防ぐと、絶対に止めてみせると、キーパーが声を張り上げている。
榎本が助走をつける。いつもの姿勢、いつもの歩幅、いつものリズム、その全てが機械仕掛けのように、精密に。
『決めてくれ、榎本! ここで終止符を打ってくれ、日本!!』
世界中のフットボールファンが知りたいと思う今年の世代別世界大会の結果。
ウクライナの守護神は、壁を越えてくることを警戒していた。彼が壁を超える死角から、曲がりながら変化する、速い球を得意としているのは知っている。
そんなショットを彼は何度も決めてきた。最低限外も警戒しつつ、榎本対策を万全にしていた。
そんな榎本が選択したのは、外。壁の脇を通り過ぎていく、低い弾道で変化しながら飛んでいくショット。
狙うはファーサイドのサイドネット。鋼の如く固まった榎本の精神力が、最後の最後に彼の左足をもう一度黄金の足に戻した。
キーパー逆を突かれたが反応する。そうだ、ここで防ぐ必要がある。ここを凌いで、延長戦で勝ち越す。そうすれば勝機があることをわかっている。
だが、榎本の黄金の足は反応すらも織り込み済みだった。
キーパーの手前でバウンドして、コースが変わる。手を伸ばした先からボールが上へ行く。反応した、反応したのに、その直前でコースが変わった。
もう片方の手を伸ばす。それでもバウンドから変な回転がかけられているボールが暴れる。目測よりも近しいコースへと、大きく跳ね上がる。
「!?」
そのボールは、最後に反応した肘の上を通過したのだ。伸ばした手を嘲笑う、全てを計算した完璧なコース。守護神の力量をも裁定に含んだ、最後の一撃。
『榎本決めたァァァァァァ!!!! 後半アディショナルタイム!! 48分!! 日本ついに初めてリードを奪う!! 勝ち越しゴールを奪いました!! 何という、何というフリーキックだ!! 榎本文人!!』
ゴールキーパーは倒れたまま動けない。呆然とゴールが決まった光景を見つめるばかり。ムイーロは、潰しきれなかった榎本という脅威を確かに感じていた。
—————彼が冷静さを手放さなかった時点で、この局面は予測出来ていたが
ムイーロはちらりとベンチに座る堂本を見る。自分に負け続けていた彼は、何度も何度も勝負を挑んでいた。後半から彼を突き動かしていたのは、意地と国を背負う覚悟だったのだろう。当然それは自分にもあるものだからこそ容易に理解できた。
——————日本の右は、これからもっと熾烈になってくるだろう。互いに成長した次の試合で、僕らは再び君達に挑戦する。ただ僕は、どちらが相手でも構わないよ。
ヴェルモンドの眼光の先には、もみくちゃにされている榎本の姿と、主審が時計を見て長い笛を吹く姿だった。
「負け、か‥‥‥」
ハットトリックを決めれば勝てていた。そんな思いがヴェルモンドにはあった。だが、目の前の男はそう簡単に許してくれそうになかった。
—————トオル・アスカ。中々楽しませてもらった。だが、我々が再び激突するには、今以上の死力が必要になるだろう。それをわかっているな?
次に激突するのはいつなのか。ヴェルモンドにはわからないが、飛鳥亨は必ず欧州にやってくる。そんな確信があった。
そんな獰猛な目を飛鳥に向けるヴェルモンドに、負けじと飛鳥も睨み返す。どうやら、意図が伝わったようだった。
———————次は、お前を完璧に止めて見せる。次代のスーパースター、ヴェルモンド。お前を止めるのはこの俺だ。
—————ふっ、また会おう。日本の若き皇帝
泣きじゃくるシンチェンコに肩を貸しながら、ヴェルモンドは自分の生涯の好敵手を記憶に刻み付けた。
『ここで長い笛ェェェェ!! 日本勝った!! 日本が勝ちました!! 日本の!! 日本のぉぉぉ!!! 日本の優勝!! 優勝です!! 初です!! 初なんです!! 初優勝おめでとう、ヤングサムライジャパン!!』
『まさか勝っちゃうとは‥‥‥いや、あの局面プレッシャーがかかる場面、前半の劣勢からよく修正しましたね!! 凄い、ほんと凄い!! おめでとうと! 選手たちには言いたいですね!!』
この瞬間、最後を決めきった榎本は全世界のフットボールファンの間で有名となった。今後の世代を引っ張る、日本の名手。完璧に影を差す前半ラストプレーのフリーキック。
2点ビハインドを決定づけたどん底の状況から、最後の最期で決めて見せたリベンジ弾。
これほどドラマティックな試合結末はないだろう。
そして、次世代を担うムイーロという欧州トップに対し、食らいついた堂本と、互角に渡り合った宮水青葉。当然ながら彼らの評価も上がっていくだろう。
『あっと! 試合が終わって、宮水青葉とムイーロ選手が、ユニフォーム交換をしています!! そして、飛鳥選手がヴェルモンド選手と!! 宮水選手のユニフォーム交換、あれはムイーロ選手からじゃないですか!?』
『飛鳥選手もヴェルモンド選手から来ていましたね。飛鳥選手の方は物凄い表情をしていますが』
ETUの面々で特にそのアクションでよく反応していたのは、
「おいおいおい!!! アトレティコの至宝だぞ!! 至宝なんだぞ!! なんでそんな気軽にユニ交換しているんだよ!!!!」
赤﨑が嫉妬でどうにかなっていた。
「いや、実際半端ないぞ! SBとして成長するために、ムイーロ選手は凄い。この試合をもう一度記憶を消して観たい!! うわぁ、すっげぇ」
石浜は何が何やら興奮していた。石神たちはややドン引きしていた。
「駆?」
「い、いえ、なんでもないです。二人が、凄いなぁ」
得点王は宮水青葉。ライバルたちが敗退する中、9得点を挙げて結果的に1点差に迫ったヴェルモンドを振り切った。なお、ランキングに日本人選手たちが多数割って入ってきた。
アシスト王はシンチェンコ・ダンティス。準優勝チームからの選出となった。
ベストイレブンもすぐに発表され、やはり上位進出チームが大半を占める形となった。
GK ルイス・インゴヒルト(ウルグアイ)
LSB ムイーロ・ヴェントゥーノ(ウクライナ)
CB カール・ゼッケンドルフ(ドイツ)
CB 飛鳥亨(日本)
RSB ディンゴ・ペテグリュ(クロアチア)
CMF シンチェンコ・ダンティス(ウクライナ)
CMF 榎本文人(日本)
LMF 九鬼鉄心(日本)
RMF 宮水青葉(日本)
FW アレクサンダー・ハーリング(ノルウェー)
FW ヴェルモンド・シュヴェーツィ(ウクライナ)
最後に大会最優秀選手は宮水青葉が選出された。16歳での選出となり、世界大会での復帰戦となった今大会で、世代の先頭を突き走ることとなった日本の超常現象。
表彰式の後、ムイーロ・ヴェントゥーノが青葉に声をかける。
『試合中に話せたから、後で必ず話をしたかった。ちょっといいかな?』
試合中は決意に満ちた表情だった彼の、柔和な表情。笑顔の似合う二枚目ということもあり、女性ファンを含めて幅広い人気のあるムイーロ。スキャンダルや不良エピソードもない善性の塊のような青年が、真っすぐに青葉の下にやってきたのだ。
『ええ。まさか試合中に、そして試合後に、貴方から声をかけられるとは思っていませんでした。時間もあまり取れそうになかったので』
合わせ鏡のように似ているのに、彼らは全く違う道を進んだ。現代サッカーに特化し、戦術を支えるSBに。そして、あくまで点取り屋としての夢を追い続け、右サイドで君臨するものに。
そんな二人だからこそ、足を止めたのだ。
『‥‥‥この試合で僕は運命染みたものを君に感じた。そしてそれは、そちらも感じたんじゃないかな? 日本語で言うと、トキメキというのかな』
『違います。意味は遠くないですが、その単語を使えば、貴方のイメージが崩れかねない‥‥‥(この人、試合が終わればこんな感じなのか…‥)』
青葉はちょっとぐいぐいとインコースをついてくるムイーロの言動に戸惑いを覚える。この人からは不良エピソードはないというが、天然過ぎる言動に不安を覚えた。
『そうなのかい? 日本語は難しいね』
あまりに気にしてなさそうなムイーロ。ストレートな愛情、親愛表現が普通のヨーロッパと、日本ではカルチャーに違いがあるのだろう。
気を取り直して、青葉も言いたいことを彼に言おうと決意し、言葉を紡ぐ。
『スピードで千切ることが出来なかったのは貴方が初めてです。そして、攻めきれなかったのも』
もうそれは、青葉が完全にムイーロを意識しているのと同じだった。トキメキではないが、運命の様なものを感じた。
この人は、青葉ではない青葉がいた未来にはいなかったのだから。
『…‥‥君は君の信じる道を歩めばいい。君には道を切り開く力がある。その歩みが、フットボールの頂点にキミを連れていくだろうね。だから、僕はアトレティコで待つことにするよ』
宣戦布告なのか、それとも違う意味を含ませているのか。ムイーロはそのどちらも考え、どちらも肯定する。
『君が間近でプレーする日を、とても楽しみにしている。それだけを言いたかったんだ』
それは、ムイーロの目から見ても青葉がすでに欧州で十分やっていけることを証明する言葉だった。それにムイーロは、日本人にありがちな語学の課題が、青葉の前ではすでに解決されていることも知った。彼はもう、こちらで戦える人間だ。
『いずれそちらに僕も渡るでしょう。試合には勝たせてもらいましたが、僕の中では決着はついていない。勝ち切れなかったという思いが強いです』
『ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいのか、悔しいのか。まあ、善意として受け取っておくよ。‥‥‥この勝負の続きをつけるのか。それとも、僕と君が共にサッカー界の頂点をとるかは分からない。そこも運命だしタイミングだ。ただ一つだけ、僕が願っているのは』
青葉を見て、優男の体から闘志がにじみ出る。微笑みの貴公子はペテンであったのではと思えるほどの闘争心。そして、それを上回る好奇心だ。
『どうか僕の予想の悉くを超えてくれ。君は、誰も通ったことのない道を走ってほしいんだ。そんな君を見られることが、どうしようもなく楽しみで仕方ないんだ』
両雄の邂逅はここで幕を閉じる。ウクライナの至宝と、日本の怪物。彼らの歩みは激突するのか、それとも同じ方向を向き、サッカー界で伝説を残していくのか。
ただ一つ言えるのは、彼らの激突は伝説となったことだ。
試合の行方を見守っていたETUの面々は、青葉の全力とそれに対抗し得る存在が海の向こう側にいたことを思い知る。
あの青葉が、2点を決めた青葉がそれ以降沈黙したという事実。そして、青葉もまたウクライナを担っていた相手の左SBを守備型のSBに追いやった。
世界レベルのマッチアップは、より一層宮水青葉に“周りとのズレ“を与えるかもしれない。
「凄かったな、榎本のフリーキックとかも劇的だったけどさ。もっとやらねぇとって、思うわ」
清川が、青葉の躍進を見て決意を固める。
「ああ。あの世界を席巻した青葉がもうすぐ戻ってくる。あいつの所属クラブということで、今後はうちに対する目も変わるだろう。全員が気を引き締めないといけないだろうな」
村越は、ETUの環境はこれから良くも悪くも変わると悟る。無様な試合は出来ないし、1プレーにより集中する必要があると感じていた。
「つうか、あれ人間業なの? 相手も相手だけど、あそこからのエラシコに反応する方も異常だ。ムイーロ・ヴェントゥーノ。さすがはアトレティコの至宝」
赤﨑は、そんなトップレベルと渡り合う青葉に嫉妬しつつも、日本が初優勝を成し遂げたことを祝福していた。否、本当に、本当に不本意だが、青葉が凄かったし、ETUを負かした榎本の勝負強さが光った。なお、榎本については口に出したくなかった。
「てか有里ちゃん途中から叫んでばかりで力尽きちゃったし、まあ、俺らも叫んじまったけど」
広報担当の永田有里は青葉の日本の窮地を救う同点ゴールを2度も行ったことで、叫びすぎて貧血を起こしていた。その後結果を知ることになり、わんわん泣いていた。
「しっかし、この目の前で活躍した選手がウチのクラブにいるなんて、想像すらできないよなぁ」
「ムイーロに止められてはいたけど、ボールキープは行えているし、マジで最後まで冷静だったな、青葉は」
「そういえば駆はどこに行ったんだ?」
「あれ? 駆は試合終了後から姿ないけど」
選手たちが探してもどこにもいなかった。
一方江ノ島の面々は各々がテレビの前でその試合を見守っていた。大半の者たちが喜び、自分のことのように笑顔となり、プロが有力視される面子は待っていろと言わんばかりに明日の練習でオーバーワークを岩城先生に叱られることになる。
しかし、猛っても仕方ないだろう。あの男の大舞台なのだ。いつか必ず自分もあのピッチに立って見せると、闘志を出していた。
そんな怪物のファンクラブと化した江ノ島の中で、一部の新入生たちはやはりその遠すぎる背中を見て、戸惑いを覚える者もいるみたいで。
「はは、ははは‥‥‥まじかよ、いや、なんて言うか、凄いとしか言えねぇ…‥」
矢沢和成は、青葉と同じサイドの選手で、プロ入りを目指すものである。あれが将来代表入りを目指す時に超えなければいけない壁だと思うと、体が重くなる。
「畜生、今に見てろよ、宮水青葉!! 絶対にその背中に辿り着いてやるぞぉぉ!!」
そして、ユーゴスラヴィアで名選手だったミルコと親しい関係にあった一条龍は、今の自分に青葉のような中央突破の力がないことを痛感していた。
「龍ちゃん、あれが世界のトップレベルなんだね…‥」
青梅優人もまた、手本にすべき選手を見つけた。アトレティコの至宝ムイーロ。あの宮水青葉と互角の立ち回りをした選手。
しかしサッカー界では違う。あのムイーロをここまで追い込んだ選手は他にいないだろうと。バルサのエースは完封され、白い巨人のエースは味方を使わざるを得なかった。
あの16歳は間違いなく、何度目か分からないほどに自分の価値を世界に証明した。
「一瞬だけ‥‥‥一瞬だけ考えてしまうぐらい、あの人は凄いな」
「龍ちゃん…‥‥」
もし、一条龍がケガをしなければ。あの隣に立つことは出来ただろうかと。
「でもやっぱり届いていないと思う。今の歩みは遠回りなんかじゃない。世界を知らない俺たちに、あの人は道標を示してくれた。うん、そうじゃなかったら、江ノ島にも入学していないし」
——————代表入りしたら、本当にすごい人しかいない。日本代表はもっと強くなる。俺が望んでいるのは、そのチームの中で輝ける存在になりたい。
—————日本代表の勝利に貢献したいんだ
一条龍と青梅優人は、決意を新たに、翌日の練習に熱を入れるのだった。なお、上級生たちと同様に熱を入れ過ぎだと岩城先生に叱られることになる。
君達、無謀と空回りはやめなさい。
勝利を手繰り寄せたのは榎本選手(ゾーンに覚醒)、でした。
狙える距離ならすべて枠内に入る。外と内、変幻自在。
セットプレーならば、ターゲットが競り負けない限り、確実に最高の体勢でシュートモーションに入れるボールを供給する。
世界の壁(世界最高のSB&次世代最強のセンターフォワード)を感じた飛鳥と青葉
勝利よりも、別の感情を抱く二人でした。