ルーナ・ラブグッドと闇の帝王の日記帳   作:ポット@翻訳

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62「感情」


62「感情」

 

 怒り。

 彼の記憶にある最初の感情は、怒りだった。いったいだれに向けての怒りだったのか。孤児院にいる別の子どもだろうか? 職員のだれかだろうか? 多分、世界そのものに向けての怒りだったかもしれない。

 自分は怒りやすい子どもだったという記憶だけがある。

 成長するにつれ、彼のなかの怒りは新しい標的を得た。苛立たしい子どもたち。忌ま忌ましい教師たち。母親が自分を孤児院に連れてきたのだと聞き、母を憎んだ。父親がそのときどういう役割を果たしたかを知り、父をさらに深く憎んだ。すると新しい感情が現れた。悲哀。自分のために死んだ母に対する悲哀。悲哀は、母への憎しみを薄れさせた。自分なりに母を愛しさえしたかもしれない。

 

 時とともに、また新しい感情が芽生えた。軽蔑、嫌悪、決意。

 自分が苦しんだ分だけ、母が苦しんだ分だけ、世界を苦しめたいという、燃えるような欲求。

 こんな人生を彼に強いらせたマグルを、彼は憎んだ。

 自分を見下してくる純血主義者たちを、彼は憎んだ。

 その両方を壊滅させるという、使命ができた。マグルとマグル生まれを殺す。純血主義者をこき使い、震えあがらせ、ひざまずかせる。恐れさせる。

 初めての殺人を難しいとも思わなかった。ためらいはなく、後悔もなかった。命がひとつ消え、魂が半分に分かれただけ。そのこともどうでもよかった。とにかく勝利であり、成果だった。

 そうして最初の分霊箱(ホークラックス)ができた。

 日記帳。日記帳という形で自分の一部をホグワーツに残した。そこから自分の憎悪が広まるようにと。

 

 ポッター家への襲撃が失敗し、主たる自分が弱体化し、隠遁した。それからしばらくして、日記帳のなかの魂のかけらが、孤独を知った。

 

 何年ものあいだ、だれとも接触はなく、会話もなかった。

 そこへウィーズリー家の娘がやってきた。愛情に飢え、理解されたがる女の子で、簡単に篭絡できた。

 トムは達成感を感じた。決意をあらたにした。使命の追求を再開した。

 怪物を解きはなつ。恐怖を蔓延させる。憎悪を、死を、蔓延させる。奴らに代償を支払わせる。

 それがあるとき、音をたてて崩れた。

 ルーナが来たことによって。

 彼はまた怒りを感じた。使命が邪魔されたという、怒りといらだち。

 ルーナという女の子を憎んだ。早くいなくなれと思い、何度も何度もそう言ってやった。彼女はそれでも諦めなかった。彼のやりかたは通用しなかった。

 彼女の狂気をしばらく聞かされて、最初のうちは戸惑い……愕然とした。こんなとんでもない人間が存在するのかと驚嘆した。

 時とともに、戸惑いは興味と楽しみに入れかわった。彼女と話すのが待ち遠しくなった。子どもらしい好奇心で馬鹿げた話をしてくれるのが、待ち遠しくなった。

 いらだちが戻ることもあったが、今度は心配など、他の感情も混ざっていたりした。彼女が危険に身を晒すのではないかと恐れ、不安になった。自分以外のだれかのために、恐れた。

 たまに彼女が彼の言うことを聞きいれたり、助言を求めてきたりすると、誇りを感じた。達成感があった。

 馬鹿げていて不合理だが、やめられなかった。

 

 彼女が日記帳の持ち主になって、二年が経った。

 彼女だけを話し相手としながら、二年が経った。

 二年間、トムのまわりでルーナ・ラブグッドという名の旋風は吹きやまなかった。彼女は断固とした決意と機転、無限の希望と思いやり、そして奇妙な発想とユニークな世界観で、あらゆるものごとをいい面から見ようとした。彼のことさえも。

 諦めることを知らない彼女の意思のおかげで、いつしか、すべてが少しだけ明るく見えるようになった。まるでふりだしに戻って、もう一度魔法に出会えたような気持ちになれた。

 

 彼は安らぎと安心感を感じた。不思議な平穏さを感じた。

 かつて自分を突き動かした本能にさからって、思いやりと同情と愛情を感じた。

 なにより記憶にあるなかで初めて、おそらく生まれて初めて、トムは幸せを感じた。

 彼の一部は、束縛を嫌がった。

 彼の一部は、元のようにやらせろと叫んだ。人生が分かりやすく、人生に使命しかなかったころのように。自分に連れそってきた憎悪と怒りを広めるという、はっきりと揺るぎない目標があったころのように。

 だが彼は今、幸せだった。

 どうにも説明のしようがないけれども、疑問の余地なく、幸せだった。

 なにと引きかえにしても、その幸せを譲るつもりはなかった。

 

 

……

 

 

トム……あなたはほんとうにヴォルデモート?

 

—— ぼくはトムだ。きみのトムだよ、ルーナ。

 

 


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