ルーナ・ラブグッドと闇の帝王の日記帳   作:ポット@翻訳

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78「生」


78「生」

 

 スネイプは、復活したヴォルデモートが潜む屋敷の敷地のすぐ外に到着した。闇の帝王が来る前には誰の家だったのだろうか。よく手入れされているようには見えるが、闇の帝王の支持者だった純血家系の豪邸の数々には及ばない。ということは、ヴォルデモートはまだ元信奉者たちと連絡をとっていないのだろう。とっていれば、こんな家にとどまっていないだろうから。到着したのがマルフォイ邸の真ん中などでなくてよかった、とスネイプは胸をなでおろした。もしそうであれば、まちがいなく厳重な警戒が待ちかまえていただろうから。

 この家は人気(ひとけ)がない。まるで廃墟だ。

 

……

 

S> 着いた。人気(ひとけ)はない。

 

—— よし。ヴォルデモートがいるのを感じる。まだ眠っている。このつながりを使って、眠りが覚めるのを防げるか試してみよう。

 

S> そうしてくれればありがたい。

 

……

 

 スネイプは借り物の透明マントをかぶり、家の周囲を慎重に一周した。隠された罠や結界を警戒してのことだが、どれも手に負える範囲だった。ある場所では、腕の闇の印を鍵として使うと、安全に通り抜けることができた。

 スネイプがキッチンに侵入し一撃を発したとき、クラウチは杖をかまえる間もなく倒れた。その目にあらわれた驚きの表情は愉快な見ものであったかもしれないが、いま楽しむ余裕はない。クラウチの他、ヴォルデモートを支援する者のすがたは見当たらない。

 残念ながら、とても危険な闇の魔法使いがまだ一名、近くで眠っている。油断はできない。

 ああ、本当に眠っていてくれればいいのだが。食器棚にぶつかったとき、クラウチがかなりの音を出してくれたから心配だ。

 

 心臓が喉から出そうになりながら、主寝室まで上がっていく。いつ一巻の終わりとなってもおかしくないと意識しながら、できるかぎり息をひそめる。

 なぜこんな任務を引き受けたのだろう、とスネイプはもう一度自問する。

 闇の帝王が眠っているのが見えた。これほど奇妙で恐ろしい光景ははじめてだ。十分近づいてから、無言で透明マントを縮小させ、自分の外套のポケットに入れた。

 起きないでくれ。起きないでくれ。頼むから起きないでくれ。

 その文句が頭のなかをぐるぐると回っている状態で、ポーションのボトルの口の止め金をはずした。ヴォルデモートの頭の上にボトルをかかげるとき、恥ずかしいことに、手が震えた。

 液体がどろりと空中に垂れはじめた瞬間、冷たく青い目が開き、ギロリとこちらを見たかと思うと、いきなり廊下まで吹き飛ばされた。つづいて、血を凍らせるような叫び声が聞こえてきた。

 スネイプは床に倒れたまま呆然としていたが、やがて我にかえった。ありがたいことにヴォルデモートはまだ追ってこない。こうして怒りの叫びが聞こえてくるのは、あのポーションを当てることができた証拠だろう。あとは効果があるのを祈るだけだ。

 失敗だった可能性もある以上、長居は無用だ。スネイプは走りだし、すさまじい速度で階段をかけおりた。

 

 階段の下には、立ち上がったクラウチが待っていた。階上のご主人さまの悲鳴を聞いて、錯乱し当惑している。

「なにをした?! なにをしてくれた?!」

 スネイプは説明しようとするそぶりも見せず、全力で呪いをもう一撃発した。死喰い人クラウチはもう一度吹き飛んだ。

 

 玄関を越え、安全な場所へと向かおうとしていたとき、ローブの前ポケットに火のような熱さを感じてスネイプはバランスを崩した。地面に転がりながら、外套を脱ぎ捨て、放り投げた。

 地面に落ちた外套から炎が吹き出した。一瞬、だれかにローブを燃やされたときのことを思いだす。クィレルがポッターのホウキに呪いをかけたときのことだ。だが今回の外套は完全に炎につつまれ、白熱し……動いている?

 ……何だと?

 スネイプはその様子に見入って、動けなくなった。外套がねじれ、うめき、だんだん質量を得て、上に持ち上がっていく。

 いったいなにが起きている? その瞬間ひらめいて、あの呪文となにか関係があるのではないか、とトムに尋ねようとしたところで、日記帳からちぎって持ってきたあのページのありかを思い出す。……目の前の外套のポケットのなかだ。

 

 炎の勢いが衰えていく。

 外套が残った。

 すでに夜半になり、半月のもと、あたりは暗い。炎が消え、目が暗闇に順応していく。

 まず見えたのは乱れた黒い髪の毛だった。ぼさぼさで手入れされていない。

 人間だ。

 人影はうつむいている。背中を丸めたまま、立つのに苦労しているようだ。

 

 その人影がふらりと前のめりに倒れかけ、スネイプは本能的に飛びこんで受けとめた。目下の疑問は……

「トム?」

 スネイプは心配そうに声をかける。困惑しながらも、頭のなかで答えを埋めようとする。これはきっとトム……だろう?

「ト……トムではないのか?」

 両腕のなかの体が起きかけ、頭をふらふらと傾かせ、目の焦点を一瞬だけこちらに合わせた。

 

「はは……うまくいったな」と言って少年はにやりとした。

 

 そう、少年だということがやっと分かった。ティーンエイジャーで、おそらく十六歳前後。スネイプの外套をまだ肩からかぶっている。その下に見えるのは、何十年も前のホグワーツの旧式の制服だ。

 夜空を見上げるトムの視線はたよりなく、体はふらついている。

 

「へえ……」と言う彼の声はわずかにもつれている。

「……ルーナの描いた絵と、そっくりじゃないか」

 

 あの子がどんな絵を描いたのだろうかと思った瞬間に、背後で爆音とともにドアが開いた。ヴォルデモートがよろめきながらも着実に、こちらへ向かってくる。

 スネイプが考えるよりも動くよりも前に、もう一人の手が紙を一枚にぎらせてきた。冷たくざらつく羊皮紙の感触があったかと思うと、視界がぶれた。

 

 暗い庭にこだまする怒りの叫びが聞こえたかと思うと、次の瞬間には、明るい部屋にこだまする恐れの叫びに変わった。スネイプの目の前には、パニック状態のピーター・ペティグリュー、両手のなかには、意識不明のトム・リドルがいる。

 

……

 

 しばし杖をまじえ、いくつか壁や天井に傷あとができてから、二人は一定の合意に達した。ピーター・ペティグリューがあのポーションの原液を作った死喰い人であり、それをスネイプに届けたということ。二人とも自分なりの理由があって、トムに味方しているということ。

 トムは気をうしなったままだが、いまは寝室で快適なベッドに寝かされている。ここはホグスミードのはずれにある隠れ家で、ペティグリューが今日までの数日間、潜んでいた場所だ。ヴォルデモートがどうやってこれほどホグワーツの近くに隠れ家を持てたのか不思議だが、その謎を解くのはまた今度としよう。

 

 薬学教授が少年のバイタルサインをチェックしているあいだ、ネズミは肩のむこうから心配そうに覗いていた。

 呼吸は正常。

 体温は正常。

 心拍数は正常。

 指はぜんぶ揃っている。

 

「じゃ、あの人は大丈夫なんだな? おれたちも、これから大丈夫だよな?」

 

「見たところ、無事だと思う」

 

「思う?」

 

「日記帳として数十年過ごしてから、新しい体ができたばかりの状態だ。この先どうなるか、そう確実なことは言えない」

 

「でも大丈夫なんだろ?」

 

「分かるわけないだろうが! そう思うし、そう願いたい。大丈夫でなければ、われわれには激怒したヴォルデモートとの対決が待っている」

 

 ペティグリューはおびえてすすり泣いた。スネイプはそれを見てうんざりした。

 

「ルーナと連絡をとらねば」

 

「ルーナって?」

 

「は? なにが言いたい? ホグワーツでトムと話していた女の子だ。日記帳の持ち主だ」

 

「あ、思いだした……あれからあとも話していたとは…… おれはいろいろと、知らされてなかったから」

 

「ほう、おまえは知らされてなかったのか。理由が知りたいものだ」

 

「その女の子がどうしたんだ? トムはここにいるし、目覚めれば、ヴォルデモートとたたかってくれる。そうじゃないのか?」

 

「ダンブルドアにまだ報告しないよう、ルーナに言っておく必要がある。報告されてしまえば、われわれはダンブルドアに追われて、ヴォルデモートどころではなくなるかもしれない」

 

「ダンブルドアに? そんな。いやだ!」

 

「だまれ」

 

「わかった。わかったって」

 

「おまえのページはあるか?」

 

「ページ?」

 

「トムと連絡をとるために使っていた紙片があるだろう。どこだ? わたしのは、トムが出現したときに燃えつきた」

 

「あ、あれか。あるよ」

 

……

 

S> ルーナ?

 

S> ルーナ? いないのか? これはもう使えないのか?

 

S> ルーナ? フレッド? ジョージ? だれかいないか?

 

トム? ああよかった。心配してたよ。

 

S> いや、スネイプだ。

 

スネイプ先生? トムは?

 

S> ここにいる。無事だ、と思う。眠っている。

 

眠っている!? 人間にもどったの?

 

S> ああ。

 

どうしよう!

 

S> そちらはどうなっている? もうダンブルドアに報告したか?

 

いいえ。

 

S> もうわたしが出てから二時間だ。三十分経ったら行けと言っておいたはずだが。

 

はい。

 

S> 報告していないというのはありがたいが……きみは報告すべきだった。

 

はい。ごめんなさい。

 

S> いい。ウィーズリー兄弟はそこにいるか?

 

F: いるよ。

 

G: ばっちり出席。

 

F: トムはほんとに人間になったの?

 

G: まちがいなく?

 

S> ああ。

 

F: マジか!

 

G: 見た目はどういう感じ?

 

S> 見た目を聞いてどうするつもりだ。

 

G: 鼻はある?

 

S> もちろんある。

 

F: ヴォルデモートには鼻がないってハリーは言ってた。

 

S> たしかに。変ではある。だがトムには鼻がある。

 

G: よかったよ。

 

F: 仲間に鼻がなかったら変な気分だから。

 

S> これまでは体がなかったのだから、鼻がないとしても今のほうがましではある。

 

F: 冴えてるね先生。

 

G: それで、先生とトムは学校にもどってくるの?

 

S> 何とも言えない。

 

ヴォルデモートはどうなったの? やっつけた?

 

S> 何とも言えない。見極める間もなく、ポートキーで脱出してきた。わかっているのは、ヴォルデモートは生きているということだ。だが、反応速度がにぶいようだった。少なくともおかげで、逃げる隙があった。

 

G: じゃあ、いいんじゃない? うまくいきそうな感じ?

 

F: あのポーションは弱体化させる効果があるってトムが言ってたよな?

 

S> その効果がでたと思いたい。

 

G: これからどうする?

 

S> トムが目覚めるのを待つ。それから、ヴォルデモートの状態がすこしでも分かるかどうかをきく。状況が分かったら、ダンブルドアに報告するつもりだ。そろそろ知らせてもいい段階だ。それでいろいろなことを一度に片づける。

 

F: マジで。

 

G: それでいいのかな?

 

S> いいんだ。

 

ダンブルドアに引き渡すまえに、トムと話をするチャンスはある?

 

S> トムは引き渡さないぞ。ダンブルドアにはトムの存在を伝えるだけだ。トムはここにいてもらう。

 

G: どこ?

 

S> まだ教える必要はない。

 

F: いいね。知らなけりゃ、答えられない。

 

G: ずるがしこい。

 

トムは無事? 話はできた? 眠るまえになにか言ってた?

 

S> わたしの風貌がルーナの描いた似顔絵とそっくりだと言っていた。

 

G: スネイプの似顔絵?

 

F: それ見たいんだけど?

 

話したのはそれだけ?

 

S> 彼が目覚めていたのは何秒かだけだった。残された全力を使って、自分とわたしを脱出させた。起きたらきみと話をさせてあげよう。

 

ありがとう。

 

S> きみたちはもう眠ったほうがいい。話は朝にしよう。

 

F: 待って……ロンとハリーとハーマイオニーはどうする?

 

G: まだ縛ってある。朝に授業に出てこなかったら、だれか気づくと思うよ。

 

F: それに先生が来なかったら、だれでも気づく。

 

S> ああそうだった。忘れていた。三人は目覚めたのか?

 

G: まだ。

 

S> ではそのままにしてくれ。もし起きたら、できるだけおとなしくさせてくれ。明日の朝食の時間までには何とか学校に戻ってみせる。そうしたら三人を解放して、いっしょにダンブルドアのところへ連れていこう。

 

G: それまでにトムが起きたらだね。

 

S> そうだ。そう願う。

 

F: 予定が変わったら連絡してよ。

 

トムが起きたら、わたしが会うのをとても楽しみにしている、すぐ会いにいく、って言っておいて。

 

S> 伝えよう。ほかには?

 

ひとつだけ……。作戦成功おめでとう、先生。大成功だったね。それに、無事でよかった。

 

G: やるじゃん先生。

 

F: おみごと。

 

S> ありがとう、三人とも……。うれしいことを言ってくれる。

 

F: いいってことよ。元気でね。

 

G: また明日。

 

おやすみなさい。

 

……

 

「ペティグリュー?」

 

「はい?」

 

「この家には食べものくらいあるんだろうな?」

 

 


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