ルーナ・ラブグッドと闇の帝王の日記帳   作:ポット@翻訳

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86「毒」、87「名前」

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86「毒」

 

「その格好は何なの?」

 

 そう言われてトムは目のまえの本棚にむけて目をしばたたかせ、ぼんやりとした表情で、ゆっくりと声の主のほうを向く。顔を見るまでもなく、嘲笑が聞こえるような気がした。

 スリザリンの女の子。見たところ、ルーナとおなじ学年で、美人と言ってもいい。ただし、鼻が問題だ。かたちや大きさがおかしいというわけではないが、悪臭をかぎつけたかのように皺を寄せた鼻だ。

 トムは自分の制服を見下ろしてから、片眉を上げてたずねた。

「格好?」

 

 女の子は目を回して見せ、手のつけようがない、とでも言いたげにして、マニキュアを塗り重ねすぎの指でトムの胸をさした。

「それはなに?」

 

 トムはまた下を見てから、女の子が向けてきたのと同じ嘲笑の表情をして見せ、『あんたの目は節穴か』というメッセージを伝えた。

「コルクの首かざりだ」

 

「それを首にかけてどうするの?」

 女の子自身が個人的に侮辱されたと言うかのような、吐き捨てる口調だった。

 

 トムはぼんやりとした表情のまま、じっと視線を向けて、女の子の顔にいらだちが見えだすのを楽しんだ。

「ナーグルよけになる」

 当然のようにそう答える自分に、トムは心のなかで笑った。ナーグルのことはまだ信じていない。真の理由はルーナがくれたものを身につけないことなど考えられないからだが、この女の子には関係ない話だ。

 

 その答えを聞いて、なぜか彼女はいらついたようだ。青い瞳が怒りに燃える。

「そんな生きもの、どこにもいないのに。知らなかったの?」

 女の子は一歩まえに出て、個人的な空間に立ち入ってきた。トムは脅しに負けずにとどまった。

気ちがい(ルーニー)・ラブグッドに言われたんでしょ? あの子、いつもそういうバカなこと言ってるから。あんな変人の話を真にうけないほうがいいわよ! 頭おかしいんだから」

 

 女の子は急に嘲笑をやめ、作り笑いの笑顔に切り替えた。トムはそれを見て、人に襲いかかるサメの顔を思いだした。女の子はトムの首かざりに手を触れ、外そうとするような動きをして、砂糖のように甘く、氷のように冷たい声でこう言った。

「頭がよさそうな顔つきだし、友だちをちゃんと選べば、あなた、きっと大物になれると思う。まずは毒のある関係を断つことね」

 

……

 

 その少しあとでルーナがトムをしかりつけた。

「トム!? まだ一日目なのに、何でもう罰則一カ月になるの?」

 

「さっぱりだな。ぼくはただ、図書館で会った生徒とおだやかに話をして、ちっとも害のない蜂刺しの呪いを実演してあげてただけなんだが——」

 


87「名前」

 

 ウィーズリー兄弟の双子が長机の奥に陣取り、首を横にかたむけ、頬づえをついて肘をテーブルにのせている。二人らしく大袈裟に、おたがいの姿勢が鏡像になるようにしている。おかげで、後ろにいる観察者から見れば、トマス・ベルの絵の額縁を二人が務めているような構図だ。そのトムをいま二人は訊問している。

 

 トムは無言のまま、二人がなにをしようというのか説明するのを待った。

 

「さて……」とフレッドが口をひらいた。

「……とあるお友だちから聞くところによると……」とジョージがつづけた。

「……カブの耳かざりをした金髪のお友だちによると……」

「……あんたは……」

「……トムは……」

「……トマスは……」

「……このトミーくんは……」

「……実はちょっとばかり……」

「……部分的に……」

「……決定的に……」

「……間接的に……」

「……関係者もしくは責任者として……」

「……とあるポーション関連のいたずらに関与していたそうだが……」

「……おれたちはそのいたずらに関心があってね……」

「……ただならぬ関心がある……というのも……」

「……そのいたずらこそ、おれたちが前述のお友だちと深い仲になるきっかけだった」

 

 長広舌がつづく途中で、トムは両眉を上げて怪訝そうにした。

 

「にもかかわらずだ……」とジョージ。

「……何でいままで……」とフレッド。

「……付きあいはじめて何カ月も経つのに……」

「……あんたが本当のところ……」

「……いたずらの名手だということを教えてくれなかったんだ?」

 

 トムは十分に待ってから二人の発言が終わったことを確認すると、肘をついたまま身をのりだして、両手の指をつきあわせながら二人をじっとながめ、どう答えたものか考えた。

 

 そしてやっと口をひらいた。

「いや……正直に言うが……きみらが訊かなかったんだろ」

 

 二人は途方に暮れておたがいの顔を見た。

「まあ……たしかにな、フレッド」

「ああ言われちゃな、ジョージ」

「それで、これからどうする?」

 

「ちょっと失礼」とトムが割りこんだ。

「答えは簡単じゃないか。現時点で、ルーナをふくめてこの四人はとても有能ないたずら屋だ。ここからやるべきことはただひとつ。四人の才能を結集して有効活用するんだ」

 

 ウィーズリー兄弟の二人はやや陶酔した面持ちで、双子独特のやりかたでほぼ完全に同調した思考をし、ホグワーツのだれも聞く準備のできていなかったであろう一言を言った。

 

「二代目いたずら仕掛人!」

 

 城内のそれぞれの居室で、アルバス・ダンブルドアとミネルバ・マクゴナガルとセブルス・スネイプが背すじに不可解な寒けを感じた。

 

 

……

 

「名前がいるな」とフレッドが宣言した。

「おれたちが名乗るべき名前が。後世に伝わるような、立派な名前にしたい。『いたずら仕掛人』みたいなのがいいけど、当然そのままじゃダメだ。オリジナルで、おれたちらしいのにしたい」

 

「『ナーグル仕掛人』は?」とトムがにやりとして提案した。腕をつねってくるルーナに、一段とにやりとして見せた。

 

「『トラブルメーカー』」とジョージが口にしたが、本人もあまり乗り気ではなかった。

 ジョージをふくめて全員が顔をしかめた。

 

「ありきたり」と言ってフレッドが肩をすくめた。

「それに、おれたちの目的はそうじゃない。トラブルを起こしたいわけじゃないだろ? 楽しみたいだけだ。創造性と才能を表現する手段として」

 

 全員が同意してうなづいた。

 

「『発明家』」とルーナが試すように言った。

 

「悪くはないな。案としてとっておこうか」

 

「『マッドサイエンティスト』」とトムも言った。全員が笑った。

 

「それ、いいかも」とルーナがくすくすしながら言った。

「みんな一人ずつ、だれか有名なマッドサイエンティストの名前をニックネームとして借りてもいい」

 

「ジキル博士はもらった」とトムが笑って言う。

「ルーナはドリトル先生な」

 ルーナがもう一度つねって首をふったが、顔はもっとにこにこしていた。

 

 ジョージが眉をひそめた。

「いいと思うんだけど、うん……でも何か、おれたちとは違う気がする。というか、おれたちって何なんだ? おれたちは……。おれたちは……」

 そう言って興奮しながら、ぐるぐるまわって歩きだした。

 

「……才能があって……創造的で……。技術がある。発明家。ムードメーカー。開拓者。いたずらの粋を極める職人集団」

 

「それ!」

「センスいいじゃん兄弟」

「ぴったりだ」

 

「え?」

 

「『職人団』。これにしよう」

 

 ジョージは眉をひそめたが、しだいに口角があがっていった。

「ああ。たしかに、ぴったりだ。何だ簡単じゃん」

 

「仕掛人の名前はこんなにすんなり決まったのかな?」

 

……

 

 数十年前……

 

「もうあきらめろよ、シリウス。『ブラック怪賊団』なんて名前はぜったい使わないぞ!」

 

「そっちこそ、『四匹のいたずら者』はないぜ、プロングス」

 

 リーマスがためいきをついた。

「この調子だと、名前を決めるだけで卒業するまでかかりそうだな」

 

 


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