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「その格好は何なの?」
そう言われてトムは目のまえの本棚にむけて目をしばたたかせ、ぼんやりとした表情で、ゆっくりと声の主のほうを向く。顔を見るまでもなく、嘲笑が聞こえるような気がした。
スリザリンの女の子。見たところ、ルーナとおなじ学年で、美人と言ってもいい。ただし、鼻が問題だ。かたちや大きさがおかしいというわけではないが、悪臭をかぎつけたかのように皺を寄せた鼻だ。
トムは自分の制服を見下ろしてから、片眉を上げてたずねた。
「格好?」
女の子は目を回して見せ、手のつけようがない、とでも言いたげにして、マニキュアを塗り重ねすぎの指でトムの胸をさした。
「それはなに?」
トムはまた下を見てから、女の子が向けてきたのと同じ嘲笑の表情をして見せ、『あんたの目は節穴か』というメッセージを伝えた。
「コルクの首かざりだ」
「それを首にかけてどうするの?」
女の子自身が個人的に侮辱されたと言うかのような、吐き捨てる口調だった。
トムはぼんやりとした表情のまま、じっと視線を向けて、女の子の顔にいらだちが見えだすのを楽しんだ。
「ナーグルよけになる」
当然のようにそう答える自分に、トムは心のなかで笑った。ナーグルのことはまだ信じていない。真の理由はルーナがくれたものを身につけないことなど考えられないからだが、この女の子には関係ない話だ。
その答えを聞いて、なぜか彼女はいらついたようだ。青い瞳が怒りに燃える。
「そんな生きもの、どこにもいないのに。知らなかったの?」
女の子は一歩まえに出て、個人的な空間に立ち入ってきた。トムは脅しに負けずにとどまった。
「
女の子は急に嘲笑をやめ、作り笑いの笑顔に切り替えた。トムはそれを見て、人に襲いかかるサメの顔を思いだした。女の子はトムの首かざりに手を触れ、外そうとするような動きをして、砂糖のように甘く、氷のように冷たい声でこう言った。
「頭がよさそうな顔つきだし、友だちをちゃんと選べば、あなた、きっと大物になれると思う。まずは毒のある関係を断つことね」
……
その少しあとでルーナがトムをしかりつけた。
「トム!? まだ一日目なのに、何でもう罰則一カ月になるの?」
「さっぱりだな。ぼくはただ、図書館で会った生徒とおだやかに話をして、ちっとも害のない蜂刺しの呪いを実演してあげてただけなんだが——」
ウィーズリー兄弟の双子が長机の奥に陣取り、首を横にかたむけ、頬づえをついて肘をテーブルにのせている。二人らしく大袈裟に、おたがいの姿勢が鏡像になるようにしている。おかげで、後ろにいる観察者から見れば、トマス・ベルの絵の額縁を二人が務めているような構図だ。そのトムをいま二人は訊問している。
トムは無言のまま、二人がなにをしようというのか説明するのを待った。
「さて……」とフレッドが口をひらいた。
「……とあるお友だちから聞くところによると……」とジョージがつづけた。
「……カブの耳かざりをした金髪のお友だちによると……」
「……あんたは……」
「……トムは……」
「……トマスは……」
「……このトミーくんは……」
「……実はちょっとばかり……」
「……部分的に……」
「……決定的に……」
「……間接的に……」
「……関係者もしくは責任者として……」
「……とあるポーション関連のいたずらに関与していたそうだが……」
「……おれたちはそのいたずらに関心があってね……」
「……ただならぬ関心がある……というのも……」
「……そのいたずらこそ、おれたちが前述のお友だちと深い仲になるきっかけだった」
長広舌がつづく途中で、トムは両眉を上げて怪訝そうにした。
「にもかかわらずだ……」とジョージ。
「……何でいままで……」とフレッド。
「……付きあいはじめて何カ月も経つのに……」
「……あんたが本当のところ……」
「……いたずらの名手だということを教えてくれなかったんだ?」
トムは十分に待ってから二人の発言が終わったことを確認すると、肘をついたまま身をのりだして、両手の指をつきあわせながら二人をじっとながめ、どう答えたものか考えた。
そしてやっと口をひらいた。
「いや……正直に言うが……きみらが訊かなかったんだろ」
二人は途方に暮れておたがいの顔を見た。
「まあ……たしかにな、フレッド」
「ああ言われちゃな、ジョージ」
「それで、これからどうする?」
「ちょっと失礼」とトムが割りこんだ。
「答えは簡単じゃないか。現時点で、ルーナをふくめてこの四人はとても有能ないたずら屋だ。ここからやるべきことはただひとつ。四人の才能を結集して有効活用するんだ」
ウィーズリー兄弟の二人はやや陶酔した面持ちで、双子独特のやりかたでほぼ完全に同調した思考をし、ホグワーツのだれも聞く準備のできていなかったであろう一言を言った。
「二代目いたずら仕掛人!」
城内のそれぞれの居室で、アルバス・ダンブルドアとミネルバ・マクゴナガルとセブルス・スネイプが背すじに不可解な寒けを感じた。
……
「名前がいるな」とフレッドが宣言した。
「おれたちが名乗るべき名前が。後世に伝わるような、立派な名前にしたい。『いたずら仕掛人』みたいなのがいいけど、当然そのままじゃダメだ。オリジナルで、おれたちらしいのにしたい」
「『ナーグル仕掛人』は?」とトムがにやりとして提案した。腕をつねってくるルーナに、一段とにやりとして見せた。
「『トラブルメーカー』」とジョージが口にしたが、本人もあまり乗り気ではなかった。
ジョージをふくめて全員が顔をしかめた。
「ありきたり」と言ってフレッドが肩をすくめた。
「それに、おれたちの目的はそうじゃない。トラブルを起こしたいわけじゃないだろ? 楽しみたいだけだ。創造性と才能を表現する手段として」
全員が同意してうなづいた。
「『発明家』」とルーナが試すように言った。
「悪くはないな。案としてとっておこうか」
「『マッドサイエンティスト』」とトムも言った。全員が笑った。
「それ、いいかも」とルーナがくすくすしながら言った。
「みんな一人ずつ、だれか有名なマッドサイエンティストの名前をニックネームとして借りてもいい」
「ジキル博士はもらった」とトムが笑って言う。
「ルーナはドリトル先生な」
ルーナがもう一度つねって首をふったが、顔はもっとにこにこしていた。
ジョージが眉をひそめた。
「いいと思うんだけど、うん……でも何か、おれたちとは違う気がする。というか、おれたちって何なんだ? おれたちは……。おれたちは……」
そう言って興奮しながら、ぐるぐるまわって歩きだした。
「……才能があって……創造的で……。技術がある。発明家。ムードメーカー。開拓者。いたずらの粋を極める職人集団」
「それ!」
「センスいいじゃん兄弟」
「ぴったりだ」
「え?」
「『職人団』。これにしよう」
ジョージは眉をひそめたが、しだいに口角があがっていった。
「ああ。たしかに、ぴったりだ。何だ簡単じゃん」
「仕掛人の名前はこんなにすんなり決まったのかな?」
……
数十年前……
「もうあきらめろよ、シリウス。『ブラック怪賊団』なんて名前はぜったい使わないぞ!」
「そっちこそ、『四匹のいたずら者』はないぜ、プロングス」
リーマスがためいきをついた。
「この調子だと、名前を決めるだけで卒業するまでかかりそうだな」