「それって、クィブラーの最新号?」
トムが手に持った新聞から目を離すと正面に少年が一人、このクィブラーをのぞきこむようにして立っていた。トムは質問の内容に驚いた。
「そうだ」
怪訝そうな顔で答えながら、こいつはきっとルーナを困らせていた生徒の一人ではないか、とトムは思った。
「フィリーフライの渡りについての記事がある」
トム自身、ルーナの機嫌をとるために読んでいるだけのだが、もしこの少年がフィリーフライを笑いものにしようものなら、反撃する用意はできている、受けて立つぞ、と思っていた。
しかし少年は明るい笑顔をして近づいて来て、こう言った。
「フィリーフライなら、去年遠征で追跡したことがあるよ」
それを聞いてトムは即座に興味を引かれ、目の前にいる少年をしっかりと観察した。茶色の髪、優しげな緑色の目、うっすらとそばかすのある頬。想像していたより少し小柄だが、間違いない。トムは多少無理をして笑顔になり、立ち上がって手を差しのべた。
「トマス・ベルだ。よろしく。きみはロルフだろう。ルーナからいろいろ聞いているよ」
少年は一瞬だけ驚いた表情をしたが、すぐにそれを隠し、改めて興味を持ったようにして、じっと見つめてきた。こちらは手を差しのべたままなのに、取りあおうとしない。かわりにひとしきり批判的な視線をトムに寄越してから、スリザリン生にも負けず劣らずの嫌味な笑いを唇の端に浮かべる。
「そうだったんだ?」
ほんの少しだけ過剰な愛想のよさ。
「変だな。ルーナからはトマスなんて名前は一度も聞かなかったけどなあ」
……
フレッドとジョージはトムが憤然としながら秘密の薬学教室の保管庫のなかを行ったり来たりするのを見つめた。ときどきなにかがドアを飛び出ていったり、静かな部屋にガシャンゴトンと音を響かせる。そういった騒音を立てながら、トムはひたすらイライラして、なにかつぶやいていた。断片的にしか聞き取れないが、だいたいこういうことを言っているようだった。
「……猫かぶりやがって……」
「……今に見てろ……」
「……こっちが先だった……」
「……肌を緑色に……」
「……ぬるぬるにしてやる……」
「……あんなやつのどこがいい……」
「……かわいいどころか……」
ジョージは片手に顎を乗せ、また一冊教科書が飛んでいくのを眺めた。
「あれは何だと思う?」
「さあね」とフレッドが返事する。
「来た時間はおまえと五分差だった。それからずっとぶつぶつ言ってるだけで、なにも話してくれない」
ジョージは、しかたない、と言うように息をついた。
「おれらが心配すべきことかな?」
保管庫からバッタの瓶詰めが飛び出てきて、石畳に墜落してガシャンと大きな音を立て、さらに呪いのことばが流れ出た。フレッドは悩ましそうな顔で相方に目をやった。
「おれらでなくても、だれかは」
……
もう三日して二人が調査能力を発揮してやっと、問題の核心を突き止めることができた。調査といっても、二日間トムをこっそり追跡したりいろいろやってうまくいかず、結局ルーナになにか知ってるかとたずねる羽目になっただけだった。ルーナも心当たりはないようだったが、ほんとに問題があるならはっきりさせたいと言って、さっさとトムのところに行って本人に白状させてくれた。
「ロルフのなにが気にいらないの?」と彼女はおどろいて言った。
「とてもいい子だし、トムも仲良くしてくれると思ったのに。今週末に紹介してあげようと思ってた」
トムは殺人をたくらむような目つきをした。元がヴォルデモート卿なのを踏まえれば、実際たくらんでいてもおかしくない。
「紹介? へえ? あいつが言うには、きみは一度もぼくの話をしてなかったそうだが」
ルーナはしかめ面をした。
「するわけない。何て言えばよかったの? 本のなかに、トムっていう名前の、もともとは邪悪な暴君の一部だった友だちがいるって?」
一理あるとは思ったが、トムはあまりに腹が立っていたので認める気になれなかった。
「トムという名前の友だちがいる、とだけでも言っておけばよかっただろう」
ルーナも同じくらい憤然としてフンと鼻を鳴らした。
「必要ないと思った。だいたい、トムにロルフのことを言うつもりもなかったし。あのとき日記帳をとりちがえたりしてなければ、言ってなかったはずだった」
「なぜだ? ぼくに知られたくなかったのか? なぜそこまで秘密にする?」
ルーナは一瞬戸惑ったようだった。
「秘密なんかない。あのころは、二人それぞれ別の意味でわたしの友だちだったから、混ぜる必要がないと思っただけ」
「ありがたいもんだな? きみの二重生活の一部にしてもらえてうれしいよ」
金髪の少女は一歩さがり、少年の苦にがしげな口調へのショックをあらわにした。これほど思いやりのない言いかたをされるのは、二人が話しはじめた最初の数カ月以来のことだった。
「二重生活じゃないもん。あの状況ではしかたなかっただけ。トムはあのとき本だったってこと、忘れてない?」
「へえ、じゃあぼくのせいなのか?」
ルーナは両手をあげて、どうしようもなさそうにした。
「なにが? なにがそんなに気になるの? 紹介するつもりだったって言ってるじゃない。ロルフと喧嘩でもしたの?」
トムは返事をせず、ただ歯ぎしりをするとすぐに背を向けて部屋を飛び出した。
ルーナはもう二人の友だちのほうを見て目をまるくした。二人ならどういうことか説明できるのではないかと期待して。
フレッドは耳のうしろをかいて、難しそうな顔をした。
「まあ、その……もしかしてだけど、嫉妬だったり?」
ルーナは不思議そうにした。
「何で?」
……
ロルフは緑色になっている。
トムは愉快そうにしている。
ルーナは愉快そうにしていない。
「何でこんなことするの?」と彼女は憤然として問いただした。
トムはただにやりとした。
「似合いの色だと思って」*1
フレッドとジョージはルーナが顔をしかめるのを見て危険を察知して一歩さがった。彼女の怒りの表情を見ることはめったにない。トムもふだんなら、ただならない状況だと察知できたはずだ。
「謝りなさい」
レイブンクロー生トムは白じらしく言った。
「謝る? あの悪ガキに?」
ルーナは激しく燃える目をして、トムを指さして非難した。
「悪ガキはそっちでしょ」
「あっちだ」
「そっち」
「あっち」
「そっち」
「あっち」
モシャ、という音が左のほうからしたのに気をとられ、ルーナとトムが喧嘩を離れていっしょにそちらを見ると、双子が怪訝そうな表情を返した。ルーナとトムもちょうど同じ表情だった。
喧嘩のことを忘れて、ルーナは首をかしげた。
「そのポップコーンどこから出てきたの?」*2
……
「悪ガキをこらしめるために肌を緑色にせざるをえなかったのは悪かった」
「トム!」
ルーナがトムのみぞおちに肘をあてた。ロルフはそれを見てにやりとし、トムはさらに腹がたった。
「肌を緑色にしたことは謝る」
トムは歯ぎしりしながらそう言った。
「気にしてないよ」
もう一人の少年は笑顔でそう言った。またしても、ほんの少しだけ愛想がよすぎる言いかた。わざとらしい。
「くだらない喧嘩になったときは、気前よく許してやれ、って教えられてるからね。許してあげるよ」
トムは笑みを見せ、ロルフの口調を真似して返した。
「ありがとう」
ルーナはそれを見て笑顔になり、問題は解決したと思って、茶をいれに行った。
歓談はいつのまにか終わった。いろいろな生きもののことが主に話題となった。どの生きものについてもトムとしてはほぼ確実に実在しないという考えだが、もう二人は実在すると考えている。ここで懐疑論者になって、一対二の対決の構図になるわけにはいかなかった。
幸い、トムはこの数年たっぷりとたわごとを聞かされていた。ひとたび競争となると、トムもあのハッフルパフの悪魔に負けないくらいの知識を披露することができた。
ルーナはにっこりとしていた。トムがついにあの生きものたちのことに興味を持ってくれたと思ってうれしくなり、二人の少年のあいだで戦いが勃発していることに気づいていなかった。
……
一週間後。
「フレッド?」とジョージが問いかけた。
「どうした兄弟?」
ジョージは談話室の暖炉の前で寝返りをうった。
「トムとロルフのあれってさあ……」
「うん?」
「何のために喧嘩してるんだ?」
フレッドは首を起こして、肘掛け椅子にいる片割れの顔を見て、おまえは頭がおかしくなったのか、というような表情をした。
「ルーナに決まってるだろ」
ジョージは目をまわして見せてから、フレッドに蹴りをいれるふりをした。
「それは分かってるって。でも何を争うことがある? 友情方面? 恋愛方面?」
フレッドは身を起こして、眉をひそめた。
「さあねえ」
ジョージも身を起こして、あぐらをかいた。
「トム本人は分かってるのかな?」
フレッドは首をふった。
「怪しいもんだ」
……
トムはピンク色になった。
ロルフは愉快そうにしている。
ウィーズリー兄弟はやむをえずロルフの才能を認めた。
ルーナは四人全員にあきれた。