ルーナ・ラブグッドと闇の帝王の日記帳   作:ポット@翻訳

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89「共通点」

 


89「共通点」

 三週間が経過して事態はトムとロルフのあいだの深刻ないたずら合戦へと発展した。そこでトムは援軍を要請することにした。

 

 ウィーズリー兄弟の二人はルーナの機嫌を損ねたくないので、二人としてはどちらの陣営にもつく気はない、と要請を断った。といっても、いたずらが関わる騒ぎに遅れをとるわけにはいかないので、フェアなやりかたとして、両陣営に公平に援軍を送ることにした。フレッドはロルフに、ジョージはトムに。この双子の片割れどうしが対抗しあうのは初めてのことだったが、その結果、これまでのところ恐ろしくもあり華ばなしくもある成果がえられた。

 

 ともかくフレッドとジョージは心から楽しんでいた。それに引き換え、トムとロルフはさんざんだった。

 

 フレッドは(ゴブレット)を口にあててパンプキンジュースの香りを確認した。ふだんと同じで安全そうだった。このまま流しこんでよさそうだ。

 

 ジョージがテーブルのむこうで挑戦的に眉をぴくぴくさせている。

「どうした。飲めよ」

 

 フレッドは動きを止めた。急にジュースが怪しく見えてきて、このまま飲んでいいものか自信がなくなった。一瞬そのままテーブルに戻そうかとも思ったが、すぐに思いなおし、肩をすくめて『おもしろい』という顔で双子の片割れ/当面の敵に笑ってみせる。

「いただきます」

 

 そして飲み干した。

 

 いつもの甘い味が終わってから、ぴりっとする後味があった。そう思う間もなく、次の瞬間には背すじがビリっとして足先から頭のてっぺんまで電気がかけぬけた。静電気のショックで全身を撃たれたような感じだったが、痛みというより純粋な衝撃だ。

 

「うわっ」

 フレッドはそう言ってさらににやりとして、漫画のように目を丸くした。

「これは……やられた」

 

 ジョージは腹をかかえて笑った。まわりにいた何人かも、フレッドの髪の毛の一本一本がきれいに逆立っているのを眺めている。

 

「いつのまにこんな薬を?」と帯電したままのフレッドが言う。

 

「PSに手つだってもらってね」とジョージが返事した。

 『PS』というのは、だれかに盗み聞きされても大丈夫なように二人がスネイプ先生(Professor Snape)につけた愛称だった。スネイプ先生はお気に入りの薬学クラブの生徒との付き合いは続けながらも、学校内での自分の評判を保つことに腐心している。

 

「こりゃすごい」

 フレッドはにやりとしながら、指を曲げて、びりびりする感覚を散らそうとした。

 

 ハッフルパフのテーブルから大きな悲鳴がして、それから笑い声が上がった。ということは、電気ショックを仕込まれたのは自分だけじゃなかったんだな、とフレッドは思った。

 

……

 

「もう我慢できない」

 

 そう聞いて双子の二人は宿題の手を置いて、声の主のほうを見た。一時停戦協定を結んで呪文学(チャームズ)の宿題にとりかかっていたのだった。通説に反して、二人は宿題をさぼらない——だいたい。たまには。

 

「おやお嬢さん? なにか困ったことでも?」

 

 ルーナは椅子を引いて座り、両手に顎を乗せ、いらだちを隠せないようだった。

「なんであの二人は仲良くできないんだろう?」

 

 呪文学のことは忘れ去られた。

 

「あの二人の手つだいはもうやめとこうか?」

 フレッドは本気で心配そうに言った。フレッドもジョージも手つだいを楽しんではいたが、彼女があの二人の不仲のことでそこまで悩んでいるなら、嫌がらせになるようなことはしたくない。

 

「いいかげんにしろ、って言っておいてやろうか」とジョージ。

「ルーナがそんだけ嫌がってるって分かったら、やめるだろ、きっと。大事な友だちなんだからさ」

 

 ルーナはため息をついて首を振った。

「そこが問題なんだよ。二人とも、わたしが理由みたいに言う。でもわたしにどうしてほしいのか、さっぱり」

 

 ウィーズリー兄弟は自信なさげにおたがいを見合った。いろいろ議論も調査もしているが、結局この戦いの目的は見えないままだ。

 

「よし……こうなったらやるべきことは一つ」とフレッドがきっぱりと言った。

 

 残りの二人が怪訝そうにするのを見て、フレッドは意地悪い顔になり両手を合わせる仕草をした。

「あの二人を仲良くさせたいんだろ?」

 ルーナがうなづく。

「仲間意識を作るには、共通の敵を用意するのが一番だ」

 ジョージが話の方向を察知してうなづいた。

「だからもうあの二人に助太刀するのはやめる。かわりにウィーズリーの三つ子を再結成する。それであの二人をこらしめる」

 

 ルーナは仲間に入れてもらえたことで嬉しくなり、おもしろいことになりそうだ、と思った。

「どんな方法で?」

 

 呪文学のことは完全に忘れ去られた。 

「よくぞ訊いてくれました」

 

……

 

「伏せろっ」

 二人の生徒が廊下を足早に飛び跳ねながら駆け抜けていき、それを無数の爆発する弾丸が追尾していく。つぎつぎと当たる弾丸はそれぞれ違った効果を引き起こす。ある弾は悪臭を放出し、ある弾は極彩色の粉末や塗料を放出し、ある弾は皮膚にビリビリ感やムズムズ感やヒリヒリ感を引き起こす。また別の弾は全身にニチャニチャした感覚を発生させる。実体がないので洗い落とすこともできないのが厄介だった。

 

 最初のうちはかわいいものだった。日中のあいだは、ほかの生徒をたくみにかわしつつこの二人だけを狙う弾が一、二個出現するだけだった。だが夜が近づくにつれ、一度に飛来する弾の数がだんだんと増えていき、ついには小さな雲のようにかたまって向かってくるようになった。不運な標的となった二人は回避行動をとらざるをえなくなった。

 

 最初数時間はどちらも相手のしわざだと思っていた。だが、二人はそれぞれ別の方向から追われて来て、ある場所で鉢合わせした。すると、すでに膨れあがっていた二つの弾丸の群れが合流し、巨大なかたまりとなったところで、二人は無意識のうちに並んで走りだした。もはやライバル心も忘れて、必死に逃げることだけを考えた。

 

「こっちだ」

 トムは甲高い声で叫びながら物置に飛びこんだ。ロルフもぎりぎり間に合ってすべりこむと、扉がバタンと閉まった。扉のむこうで、十個ほど弾丸が当たってはねかえった音がした。

 

「これでもう、出られなくなったじゃないか」とロルフがむっとした声で言う。

 

 トムもむっとして、頭の毛が逆立ったように感じた。

「置き去りにしてもよかったところを助けてやったんだぞ!」

 

 ロルフはしばらく返事せず無言でいたが、少しだけ緊張をゆるめて、しぶしぶその理屈を認めた。

「ありがとう、ということにするよ」

 

 そして二人はまた無言になった。

 

 暗い物置のなかではあったが、二人とも岩を溶かすほどの眼力でおたがいをにらみつけている。出られるまで長くかかりそうだ。

 

……

 

 物置の外では三人の人影が扉をじっと見ている。弾丸の雨はもう止まっているが、念をいれて弾幕のように聞こえる音を出す呪文をかけてある。これで中の二人はそう簡単に出ようと思わないはずだ。

 

「あの二人、中で殺しあったりしないと思う?」

 ルーナはその疑問を声に出した。あまり冗談とは思っていない。

 

「大丈夫さ」とジョージが言った。

 

 フレッドもうなづいて、

「何時間かすれば、頭も冷えるだろ。夕食にしようぜ」

 

  ……一時間経過……

 

 物置は静寂に支配され、ときおり二人の腹の虫だけが音を立てている。

 

「ぼくはおまえが嫌いだ」

 

「同じく」

 

  ……二時間経過……

 

「あんたのせいだからな」

 

 壁に寄りかかって居眠りをしていたトムは急に立ち上がった。

「はあ? どこをどうすればそうなる? おまえが喧嘩を売ってきたんだろうが!」

 

「売ってない」

 

「売った」

 

「売ってない」

 

「売った」

 

「売ってない」

 

「売った」

 

「売ってない。売ってない。売ってないっ」

 

「売った。売った。売った。いつもそうやって猫かぶってるんだろ」

 

「猫かぶってなんかないっ」とロルフは憤慨して言った。

 

「かぶってる」

 

「かぶってない」

 

「かぶってる」

 

「かぶって……ああ、もう……付きあってられない」

 

 トムは鼻で笑った。

「根性なし」

 

「根性なしじゃない。低レベルすぎて付きあってられなくなったんだ」

 

「根性なしがよく言うせりふだ」

 

「ちがう」

 

「ちがわない」

 

「ちがう」

 

「ちがわない」

 

「ちがう……こんなのもう付きあってられない!」

 

「なら、こっちの勝ちで決まりだ」とトムは勝利宣言をした。

 

 ロルフは最初反応しなかったが、何分か沈黙がつづいてからこう言った。

「決まってない」

 

  ……四時間経過……

 

「ルーナがぼくの話をしなかったのには、理由がちゃんとあるんだぞ? 変な風に考えるなよ」

 

「理由?」

 ロルフはそう言いながら、やっとのことであくびを抑えていた。きっとそろそろ門限の時刻だ。

 

「それは言えない。でもちゃんとした理由だ」

 

 ロルフは鼻で笑った。

「へえ、そうなんだ」

 

  ……五時間経過……

 

「ほんとは一度だけあったんだ」

 

 トムはまばたきをして目を覚ました。本当にそう聞こえたのか、まだ夢だったのか、分からなかった。

「ん?」

 

「ルーナがさ。あんたのことを話したんだ、ある意味。いっしょにフィリーフライの追跡にいったとき。トルーナンの森を通過していて、ユニコーンの群れに出会った。ルーナは『早くトムに教えてあげないと』みたいなことを言ってた。ひとりごとだったのかもしれないけど、たしかにそう聞いたんだ」

 

 ルーナとユニコーンの話をしたときの記憶が浮かんで、トムは思わず口角が上がりそうになった。ルーナがホグワーツで見たユニコーンと、新しく見たユニコーンの違い。仔馬の毛の色が純白でなく黄金なのが最大の違いで、あとで調べてみると希少な変種とされていることが分かったとか。

 

「ルーナはユニコーンが好きなんだよな」とトムは疲れた声で言った。

 

「そうだね」

 

  ……五時間半経過……

 

「ルーナのことは好き?」

 

 そう訊かれてトムは目をしばたたかせ、唖然として両眉を上げた。

「もちろん好きだ。親友だ」

 

 ロルフはため息をした。

「うん、そうだろうけど……でも、好きっていう意味で?」

 

「というと?」

 

「ボーイフレンドになりたいのか、っていうこと」

 その声にはわずかに敵意が混じっていた。

 

 トムは鼻にしわを寄せてしばらくじっと考えた。

「考えたこともなかったな。うーん……多分違う。すごく大事な友だちではあるが……そういうのとは違う……そばにいて……同じ世界にいたいと思っているだけだ」

 

 物置の反対がわでロルフの緊張が解けた。

「ほんとに?」

 

「ああ」

 

「ふうん」

 

 何秒か間があいた。

 

「おれは好きなんだよね……そういう意味で」

 

 トムはすこし考えてからフンと鼻を鳴らした。

「見れば分かる」

 

「文句ある?」

 

 トムはためいきをした。この話からは逃げられそうにない。

「ああ。すこし」

 

「なんで? あんたは違うって言ったじゃないか。何でおれが立候補しちゃだめなの?」

 その声からロルフの不満げな表情が想像できた。

 

 トムはことばを絞り出すようして答えた。

「ぼくにはルーナしかいない。いや……もう、そうでもないか。ほかにも友だちのようなやつはいるが……とにかく、ルーナはいまのぼくの生きがいだし、これからも近くにいてほしい。忘れられるのは嫌だ」

 

 ロルフが身を起こす音が聞こえた。

「あの意地悪な態度はそのせいだったの? ルーナを盗られると思ったから? 恋愛がはじまったら、自分が置いてかれると思ったから?」

 

 自分が恐れていたことをそうやってことばにして聞かされると、トムは思っていた以上に心が痛んだ。

「ふつう、そうなんじゃないのか? 恋人ができれば、友だちは二の次になるだろう?」

 

 いつもの敵意ある(とトムが思っていた)声とは一転して、なぜかロルフの言いかたがやわらいだ。

「そうとは限らないよ。うまくやればそうはならない。それに、ルーナがふつうだったことなんてないだろ?」

 

 トムは鼻で笑った。

「それはたしかに」

 

「とにかく……もしおれがあんたを追い出そうとしても、まあそんな気はないんだけど仮にそうでも、ルーナが許さない。ルーナはあんたを大切にしてる。これからもずっと。見れば分かる」

 

 トムは目を閉じて動揺を抑えた。

「そうか?」

 

「そうだよ。だから、ルーナとルーナの親友の仲を邪魔することなんかできない」

 

 深呼吸。

「一応ありがとうと言っておこう」

 

「向こうがどう思ってるかは、分からないんだけどね」

 ロルフは妙に自信なさげに言った。

 

 トムは唇を噛み、一瞬、なにも言わないでおこうかと思ったが、けっきょく口をひらいた。

「両思いだよ。……『ロルフはかっこいい』んだそうだ」

 

  ……六時間経過……

 

「もう門限は過ぎたかな」とロルフがつぶやいた。

 

「多分な」

 

「朝までこのままではいたくない」

 

「たしかに」

 

 二人はあきらめたようにうめいた。弾幕は恐いが、空腹と疲労のほうが強くなってきた。

 

「よし、じゃあ、後悔しそうな気もするが……扉をあけよう」

 

 二人は弾幕を返り討ちにするつもりで杖を自分のまえに構えた。扉の取っ手をしっかりとつかみ、押しあけ、廊下に飛び出ると……そこにはなにもいなかった。

 

「どこだ?」

 トムは杖を下げたが、ロルフは困惑してあたりを見回し、まだ攻撃を警戒していた。

 

 トムが口をひらいた。

「ああもう……ずっといなかったんじゃないか! 立てこもる必要もなかった!」

 

 ロルフも目をしばたたかせて、なにが起きているのか理解しはじめた。

「なんだよそれ」

 

 グウ、と大きな腹の音がして、二人は夕食を逃したことを思い出し、低くうなった。

 

「うちの寮に行く途中に台所があるからさ。いっしょに来ない? しもべ妖精たちを言いくるめてなにか食べものを作ってもらおうかと思うんだ」

 

 トムは笑みを浮かべ、やっとロルフに気を許しはじめた。

「そういう話なら大歓迎だ」

 


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