ルーナ・ラブグッドと闇の帝王の日記帳   作:ポット@翻訳

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96「正す」

 


96「正す」

 

 張りつめた空気をその部屋にいる全員が感じていた。校長ダンブルドアの努力にもかかわらず、平和な議論としてはじまったそれはいつしか審問のようになっていた。救出されたばかりのペティグリューを擁護するがわと攻撃するがわで、激論が続いた。

 

 シリウスは怒りで拳を堅め、殴りかかりそうな剣幕になった。杖を取り上げられていなければ、すでに呪文を乱射していてもおかしくない。

 

「こいつはジェームズとリリーを殺したんだぞ! ハリーも殺されかけた。それに通行人のマグルたちも。殺されたあいつらのことはいいのか? おかしいだろ? 最低でも監獄行きは譲れない。おれはあいつの身代わりで十二年服役したんだ! 今度はあいつの番だろ?」

 

「ポッター夫妻を殺したのはヴォルデモートだ」

 ありがたいことに、トムは盗み聞きがバレてからも追い出されず、議論への参加を認められた。ピーターには援軍が必要だ。

「だから責任を言うなら、厳密にはぼくの責任のほうがよほど大きい」

 

「トムがヴォルデモートの行動に責任をとる必要はない」とフレッドが言った。

 

「ジェームズとリリーが死んだ原因は、もとはといえば、ピーターが裏切ったことに行き着く」

 リーマスが低い声でそう言った。シリウスと同じくらい怒っているようだった。

「その罪は認めるべきだ」

 

「そうすればブラックも名誉を回復して、自由の身になれる」

 スネイプがそう言った。

 

 シリウスは驚いて一瞬目をまるくしてから、すぐに元仇敵スネイプを軽くにらんだ。こいつはなぜ味方するようなことを言うのか。以前のようなクズであってくれれば、こちらも憎みつづけることができるのに。なぜ話を複雑にする。なぜ……ん? いま舌を出してアカンベーしたのは見間違いか?

 

 セブルスはきょとんとするブラックからすぐに顔をそむけて、ほくそ笑んだ。あの子どもたちとの付き合いが長くなりすぎて、悪い癖がうつってしまったかもしれない。

 

 トムは怒るシリウスとピーターのあいだに、まるで護衛のようにして立った。

「出なおすチャンスをやれないか。こいつはぼくらを助けていたんだから」

 

 ルーナもうなづいて、ピーターのほうを向き、懇願するように言った。

「ミスター・ペティグリューも自分が悪いことをしたのは分かってると思う。そうだよね?」

 

 全員が期待や憎しみの目でピーターを見た。ピーターは顔を上げ、その一人一人と目を合わせていった。グリフィンドールらしい勇気を絞りだして、やっとのことでシリウスとリーマスの目を見ることができた。目を見ることで、自分が友人たちに対して犯した罪の重さをあらためて実感した。

 

 主人のとなりに立つ少女と目を合わせようとすると、なぜか一層勇気がいった。少女の目はピーターが受ける資格のない慈悲であふれていた。ピーターは一度主人に、この子を殺しましょうかと言ったことがある。そのことも知っているのだろうかと思うと、自己嫌悪を感じた。

 

 五分間かけて、ピーターは自分の前に並ぶ一人一人をじっと見ていった。そのあいだ、過去の自分の行動と、自分が受けた報いと受けなかった報いのことを考えていた。

 

「そう思ってる……」

 少女が応援するように笑みを見せたが、ピーターは目をそむけた。

「……とてもひどい、最悪なことをした。いまはもう正当化できない。でも当時は……いつのまにか……」

 ピーターは苦悶して目を閉じた。友だちを裏切るような真似をするまでに自分が堕落した経緯を伝える方法があればと思った。

 

 ことばが途切れ、緊張した空気がつづいた。やがてピーターは落ち着きを取り戻し、覚悟を決めた。

 

「悪いと思ってる。だからシリウスとリーマスの言うとおりにすべきだと思う。おれは罪を告白してシリウスの無実を証明する」

 

 校長室は騒然となった。

 

……

 

 数時間後。シリウスは、気落ちしたピーターが椅子に縛られ、心ここにあらずといった様子でいるのをじっと見つめていた。ピーターは翌朝に魔法省へ連行されることが決まったのだった。

 

 シリウスはどうにかしてそこに、自分が憎んだピーター・ペティグリューの面影を見ようとした。

 仲間を裏切り、他の人びとを何人も殺した。

 死喰い人ピーター・ペティグリュー。

 

 なのに若いころのピーターの面影ばかりがシリウスの脳裡にちらついた。

 一見おどおどしているが、利口で勇気もある。ほかの仲間の影で目立たなかったりするが、実は優秀な面もある。つきあいやすく、人を笑わせることができる。自力では完成できなかったりもするが、筋のいいいたずらを思いつく。

 そのピーターのことを考えまいとしながらも、考えてしまう。

 

 そのピーターはシリウスの仲間だった。

 そのピーターをシリウスは信じていた。

 シリウスはピーターを秘密の守人にしようというアイデアを思いついたとき、ためらう意味をまったく感じなかった。完全に信じていた。

 それがどんなに大きな間違いだったか、ポッター家のがれきを前に呆然とするときまで気づけなかった。

 そしてその夜以来今日まで、ピーターと会うことはなかった。

 

 シリウスは本気でピーターを憎もうとした。

 

 なにかうまくいかない。ここにはスネイプもいる。スネイプには自分が再逮捕されかけたところを救われ、本をもらい、清潔な服ももらったが、それでも憎むのに不自由は感じなかった。少なくとも、嫌うことはできた。何年もの修練のおかげで、その反応はほとんど本能的なまでになっていた。

 

 ピーターを憎むことは、なぜこんなに難しいのか。

 

 きっと、いままで一度もピーター個人を憎む必要がなかったからではないだろうか。

 

 裏切りを知ったあの日から、シリウスは悲嘆だけを糧として生きてきた。あの爆発のトリックにまんまとはまり、ピーターのことも死んだものと思いこんでいた。不正は正された。そう思って、ピーターのことは忘れた。思い出して憎むだけの気力もなかった。それからはアズカバンで、悲しみだけを感じていた。幸せはすべてなくなり、自分には罪がないという真実だけを支えに生きた。ピーターが生きていて、ホグワーツにいるということを知り、自分の被後見人でもあるハリーの身の安全を心配した。ネズミを追い、ハリーへの脅威を取り除くという決意。ホグワーツに到着し、ピーターが去ったことを知り、シリウスは失望した。

 

 いまここにいるこの男は、仲間を裏切ったばかりか、シリウスが無実の罪で投獄された原因でもある。その風貌は十二年ぶんどころか、その十倍は老けて見えた。シリウスがじっくりと時間をとってピーター・ペティグリューを憎もうとしたのはこれがはじめてだった。そして、やってみるとなかなかうまくいかなかった。

 

「水に流せることじゃないからな」

 シリウスは声を低くして言った。

 

 ピーターはびくりとしたが、視線を合わせてはきた。

「分かってる」

 

「おまえがやったことは許しがたい」

 

「自分でもそう思う」

 

「おれはすごく怒っている」

 

「怒って当然だと思う」

 

 シリウスは自分の目に涙がたまりつつあるのを感じたが、こらえた。ここで、こいつのために泣くわけにはいかない。

 

 なぜピーターは死喰い人らしく純血主義とか闇の帝王とかふざけた狂信的なことを口にしてくれないのか。そうであればもっと楽に憎めるのに。

 なぜこのみじめな小男は、元友人の怒りのことばをただ受け止め、反論もせず、あっさり罪を認めるのか。正しいことをして贖罪するピーターなど受け入れられない。おれはピーターを許したくない。憎みたい。

 

 何でこうなるんだ!?

 

「考えつづけられるなにかを探せ」

 なぜそう言いだしたのか自分でも分からないまま、シリウスは続けた。

吸魂鬼(ディメンター)に奪われないなにかを心のなかに持つんだ。幸せな記憶じゃなく……自分を見失わないための、単純な真実を」

 

 ピーターは好奇心の目でシリウスを見上げた。その仕草がまた、シリウスのよく知るかつてのピーターを思わせた。すこし想像力をはたらかせれば、二人でグリフィンドール寮談話室で次のいたずらの計画を話していたときの、いや、宿題の手伝いをしてやっていたときの気持ちを思い出せる気がした。ピーターはあのころと同じ感嘆の目をしていた。

 

 シリウスはその目を見るのをやめて、ドアへ向かい、声を詰まらせた。

「試してみろ」

 

 

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