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なにが起きたと思う? きっとトムにも信じられないよ!
—— きみたちのキャンプがフィリーフライの大群に襲撃されて、フィリーフライが肉食性だったのがわかったとか?
ある人がアズカバンから脱獄した。
—— おお……それはたしかに肉食フィリーフライよりおどろきだ。
でしょ! でもフィリーフライは実際には肉食じゃなくて……
—— だれが脱走した?
……レッドベリーが主食で、ベリーがみのらない時期には、ほかのくだものも食べる。
—— 気がすんだか?
うん。
—— 助かった。アズカバンから脱走したのはどんなやつだ?
あ、ひどいひとだよ。すごい悪人。
—— あたりまえだ。そうでなけりゃアズカバンにいない。そいつの名前は?
死喰い人のひとり。ヴォルデモートの支持者。
—— 前者から後者は推論できる。だからだれなんだよ?
そのなかでもかなりの極悪人。
—— 答えに近づいてはいるようだが、ちっとも到達しそうにない。名前だよ! 名前を教えてくれ。
ブラック。
—— ブラック? レギュラスか?
ちがう。シリウス。
—— シリウスだと? まちがいなく?
うん。いま新聞をみながら言ってるから。
—— それは……興味深い。
そうなの?
—— ああ。
なぜ興味ぶかいの?
—— 理由はない。フィリーフライの話が聞きたい。ほかに何のくだものを食べるんだ?
その手にはのらないよ。どうしてその死喰い人に興味があるの?
—— ない。きみが話してくれたんだろ。ぼくはただ話題をあわせていただけだ。
あわせていない。
—— いた。
その名前がどうして興味ぶかいの?
—— ぼくは……だいぶ以前に、死喰い人たちと取り引きをした人物に所有されたことがある。ブラック家のそいつが死喰い人だという話は一度もでなかった。
新聞によるとシリウスはポッター家をうらぎったそうだよ。
—— ふーんそうなのか?
うん。なにか知ってるの?
—— まったくなにも。
うそだね。
—— 証明してみろ。
好きなのはピーチ。
—— は?
フィリーフライが。ベリーのない時期には
—— すごいね。
文字が皮肉っぽい声できこえてきた気がする。
—— よかった。努力のかいがあった。
もう寝る。まただれかが脱獄したら教えてあげる。
—— そうしてくれると助かるよ。おやすみピーチ。フィリーフライに食べられないように気をつけて。
わたしのことをピーチってよんだ?
—— 疲れていて妄想したんだろう。寝なさい。
とにかく、わたしはスカイザーナットにかまれることのほうが心配だよ。
—— はいはいわかったよピーチ。*1
トムこわいよ。
—— なにが? きみは列車に乗っていると思っていたが。
のってる。止まった。なにもかも寒い。不安で悲しくて、なにがおきてるのかわからない。
—— ぼくもそれを感じる。一種の絶望のような。
うん。これはなに?
—— ルーナ、杖をだせ。
どうして? これはなに?
—— ディメンターだ。ディメンターが何体か近くにいる。
どうして?
—— わからない。杖はあるか?
うん。
—— 幸せなことを思いうかべろ。いちばん幸せなことを。
できない。とても悲しい。ふるえがとまらない。
—— お母さんのことを思いうかべろ。
思いうかべてる。お母さんが死ぬところを思いだした。わたしの目のまえにいたお母さんが、いなくなっちゃった。さよならも言えなかった。
—— 幸せなことを思いうかべるんだ。
お父さんが悲しんでる。ずっと泣いている。見られているのをお父さんは知らなかった。でもわたしはお父さんが泣いていたのを知っている。
—— それは考えるな。もっとまえのことを考えろ。お母さんが生きていたころのことを考えろ。いろんな生き物のことを教わったこと。歌を教わったときのことを思いうかべろ。
お母さんが恋しい。
—— わかってる。ぼくもそれを感じてるが、きみは戦わなきゃならない。お母さんのことを思いうかべろ。幸せなイメージを。
五才のとき沼ニンフを探しに森につれていってもらった。川のなかをのぞこうとして岩にのぼったらすべっておちた。お母さんはわたしを追ってとびこんで、それからおよいだ。いっしょにたくさん笑った。
—— そうだ。それだ。そのことを考えろ。それをのがすな。そのイメージでほかのことをかきけせ。その記憶だけを思いうかべろ。そのときの気持ちを手先にあつめて杖におくって、それからこう叫ぶんだ。エクスペクト・パトローナム! 全力で叫べ。
できない。こわい。
—— お母さんのことを考えろ。ニンフのことを考えろ。その川を。お母さんの笑い声を思いうかべろ。それをすべて杖におくって叫ぶんだ。ぼくがまえに嘘の呪文を教えたのはわかってるが、今回は信じてくれ。できるか?
できると思う。
—— ならやってくれ。幸せな気持ちになって叫ぶんだ。さあ!
……
—— ルーナ?
できた。ディメンターが動いていく。寒さが……なくなっていくような感じがする。
—— ぼくもだ。よくやったルーナ。
この客室のそとから声がする。他のひとたちが泣いてる。
—— どうなっている? みなまだ列車のなかなのか? ルーナ?
……
トム?
—— ルーナ。なにが起きた。返事をしてくれなかったな。
わたしが呪文をかけてから、ほかの生徒がきてこの客室に避難してたの。ここのほうが安全だと感じたんだと思う。
—— なるほど。
あの呪文をどこで知ったのかきかれた。
—— どうこたえた?
本で知ったって。
—— 嘘ではない。
ほんとでもないけど。
—— こういう場合には多少ごまかしても許されるさ。
さっきのお礼を言ってなかったね。
—— あれが近くにいるとぼくも気分が悪かったからな。自力で撃退できないからきみに頼るしかなかったんだ。
そうでしょうね。わたしのことが心配でとかじゃなくて。
—— 全然心配じゃない。
あなたはこころがない日記帳だから。
—— そのとおり。
ありがとうトム。
—— よせよ。
よこになってもいいかな。まだかなり気分がわるい。
—— チョコレートを食べろ。効くぞ。
気づかいしてるとかじゃないよね。
—— 寝なさいルーナ。
おやすみトム。よい夢を。
—— きみも。