ルーナ・ラブグッドと闇の帝王の日記帳   作:ポット@翻訳

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33「脱走」、34「吸魂鬼」

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33「脱走」

 

なにが起きたと思う? きっとトムにも信じられないよ!

 

—— きみたちのキャンプがフィリーフライの大群に襲撃されて、フィリーフライが肉食性だったのがわかったとか?

 

ある人がアズカバンから脱獄した。

 

—— おお……それはたしかに肉食フィリーフライよりおどろきだ。

 

でしょ! でもフィリーフライは実際には肉食じゃなくて……

 

—— だれが脱走した?

 

……レッドベリーが主食で、ベリーがみのらない時期には、ほかのくだものも食べる。

 

—— 気がすんだか?

 

うん。

 

—— 助かった。アズカバンから脱走したのはどんなやつだ?

 

あ、ひどいひとだよ。すごい悪人。

 

—— あたりまえだ。そうでなけりゃアズカバンにいない。そいつの名前は?

 

死喰い人のひとり。ヴォルデモートの支持者。

 

—— 前者から後者は推論できる。だからだれなんだよ?

 

そのなかでもかなりの極悪人。

 

—— 答えに近づいてはいるようだが、ちっとも到達しそうにない。名前だよ! 名前を教えてくれ。

 

ブラック。

 

—— ブラック? レギュラスか?

 

ちがう。シリウス。

 

—— シリウスだと? まちがいなく?

 

うん。いま新聞をみながら言ってるから。

 

—— それは……興味深い。

 

そうなの?

 

—— ああ。

 

なぜ興味ぶかいの?

 

—— 理由はない。フィリーフライの話が聞きたい。ほかに何のくだものを食べるんだ?

 

その手にはのらないよ。どうしてその死喰い人に興味があるの?

 

—— ない。きみが話してくれたんだろ。ぼくはただ話題をあわせていただけだ。

 

あわせていない。

 

—— いた。

 

その名前がどうして興味ぶかいの?

 

—— ぼくは……だいぶ以前に、死喰い人たちと取り引きをした人物に所有されたことがある。ブラック家のそいつが死喰い人だという話は一度もでなかった。

 

新聞によるとシリウスはポッター家をうらぎったそうだよ。

 

—— ふーんそうなのか?

 

うん。なにか知ってるの?

 

—— まったくなにも。

 

うそだね。

 

—— 証明してみろ。

 

好きなのはピーチ。

 

—— は?

 

フィリーフライが。ベリーのない時期には(ピーチ)も食べる。

 

—— すごいね。

 

文字が皮肉っぽい声できこえてきた気がする。

 

—— よかった。努力のかいがあった。

 

もう寝る。まただれかが脱獄したら教えてあげる。

 

—— そうしてくれると助かるよ。おやすみピーチ。フィリーフライに食べられないように気をつけて。

 

わたしのことをピーチってよんだ?

 

—— 疲れていて妄想したんだろう。寝なさい。

 

とにかく、わたしはスカイザーナットにかまれることのほうが心配だよ。

 

—— はいはいわかったよピーチ。*1

 


34「吸魂鬼」

 

トムこわいよ。

 

—— なにが? きみは列車に乗っていると思っていたが。

 

のってる。止まった。なにもかも寒い。不安で悲しくて、なにがおきてるのかわからない。

 

—— ぼくもそれを感じる。一種の絶望のような。

 

うん。これはなに?

 

—— ルーナ、杖をだせ。

 

どうして? これはなに?

 

—— ディメンターだ。ディメンターが何体か近くにいる。

 

どうして?

 

—— わからない。杖はあるか?

 

うん。

 

—— 幸せなことを思いうかべろ。いちばん幸せなことを。

 

できない。とても悲しい。ふるえがとまらない。

 

—— お母さんのことを思いうかべろ。

 

思いうかべてる。お母さんが死ぬところを思いだした。わたしの目のまえにいたお母さんが、いなくなっちゃった。さよならも言えなかった。

 

—— 幸せなことを思いうかべるんだ。

 

お父さんが悲しんでる。ずっと泣いている。見られているのをお父さんは知らなかった。でもわたしはお父さんが泣いていたのを知っている。

 

—— それは考えるな。もっとまえのことを考えろ。お母さんが生きていたころのことを考えろ。いろんな生き物のことを教わったこと。歌を教わったときのことを思いうかべろ。

 

お母さんが恋しい。

 

—— わかってる。ぼくもそれを感じてるが、きみは戦わなきゃならない。お母さんのことを思いうかべろ。幸せなイメージを。

 

五才のとき沼ニンフを探しに森につれていってもらった。川のなかをのぞこうとして岩にのぼったらすべっておちた。お母さんはわたしを追ってとびこんで、それからおよいだ。いっしょにたくさん笑った。

 

—— そうだ。それだ。そのことを考えろ。それをのがすな。そのイメージでほかのことをかきけせ。その記憶だけを思いうかべろ。そのときの気持ちを手先にあつめて杖におくって、それからこう叫ぶんだ。エクスペクト・パトローナム! 全力で叫べ。

 

できない。こわい。

 

—— お母さんのことを考えろ。ニンフのことを考えろ。その川を。お母さんの笑い声を思いうかべろ。それをすべて杖におくって叫ぶんだ。ぼくがまえに嘘の呪文を教えたのはわかってるが、今回は信じてくれ。できるか?

 

できると思う。

 

—— ならやってくれ。幸せな気持ちになって叫ぶんだ。さあ!

 

……

 

—— ルーナ?

 

できた。ディメンターが動いていく。寒さが……なくなっていくような感じがする。

 

—— ぼくもだ。よくやったルーナ。

 

この客室のそとから声がする。他のひとたちが泣いてる。

 

—— どうなっている? みなまだ列車のなかなのか? ルーナ?

 

……

 

トム?

 

—— ルーナ。なにが起きた。返事をしてくれなかったな。

 

わたしが呪文をかけてから、ほかの生徒がきてこの客室に避難してたの。ここのほうが安全だと感じたんだと思う。

 

—— なるほど。

 

あの呪文をどこで知ったのかきかれた。

 

—— どうこたえた?

 

本で知ったって。

 

—— 嘘ではない。

 

ほんとでもないけど。

 

—— こういう場合には多少ごまかしても許されるさ。

 

さっきのお礼を言ってなかったね。

 

—— あれが近くにいるとぼくも気分が悪かったからな。自力で撃退できないからきみに頼るしかなかったんだ。

 

そうでしょうね。わたしのことが心配でとかじゃなくて。

 

—— 全然心配じゃない。

 

あなたはこころがない日記帳だから。

 

—— そのとおり。

 

ありがとうトム。

 

—— よせよ。

 

よこになってもいいかな。まだかなり気分がわるい。

 

—— チョコレートを食べろ。効くぞ。

 

気づかいしてるとかじゃないよね。

 

—— 寝なさいルーナ。

 

おやすみトム。よい夢を。

 

—— きみも。

 

 

*1
訳注:「ピーチ」(PeachまたはPeaches)という呼びかけは褒めたり感謝したりするときに使うようです


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