友希那は全力を尽くして歌い切った。
歌い終わると同時にの努力とそれによって生まれる実力を称えるかのように、観客からの歓声と拍手の音が聞こえた。
もちろん周りのメンバーは満足しているが、友希那はそうでもなかった。
「(前のメンバーと比べたら確かにいいけど……まだ足りない。気を取り直してまた探しましょう)」
ステージから退場しながら友希那は解散の切り出しを決めた。
覚えている限り来るもの拒まずだった彼とは違い、友希那は彼程のバイタリティを持ち合わせてはいなかった。
一度合わせたりする程度ならまだしも、続けて行くとなると人を選ばざるを得ない。
その為、要求に見合わなかった彼女たちとの解散を友希那は決断する。
「ごめんなさい。私がいるとあなたたちの良さを潰してしまうわ……」
友希那はこのような断り方が多くなっていた。その原因はメンバーとの圧倒的な実力差が起因する。
彼と別れて二年近く経った頃から、友希那は『歌姫』呼ばれるようになる程になっていて、彼女がライブを行う度にその呼ばれ方で自分を称える声ばかりが聞こえることが殆どになってしまっていた。
その為、自分がいると周りのメンバーがいつまで経っても認められないような事態が見受けられるようになり、友希那はこれを利用するような形で断る口実を手に入れた。
「そんなこと言わずに……もう一回だけやらない?」
「それでも、FWFには間に合わないわ……だから、ごめんなさい」
諦めずにギターを担当していた少女がもう一度呼びかけたが、友希那の口からFWFを聞いた瞬間に自分たちと志が違いすぎる事を痛感し、それ以上は無理に引き留められなくなってしまう。
友希那も彼女が辛そうにしているのを感じ取り、もう一度頭を下げて謝ってからライブハウスでメンバーにできそうな人を探すことにした。
ライブが行われている部屋に戻る友希那の姿を見たギターを担当していた少女は、友希那との差を感じ取り、自分が情けなくなってすすり泣いてしまった。
しかしながら、友希那にその声が聞こえなくなるであろう距離まで耐えていたのは、紛れもない彼女の意地だった。
「(彼女たちには悪いことをしてしまったけど……。それでも私は止まる訳には行かないわ)」
友希那は悪いことをしてしまったと思いつつも、自らの目的と五年前に交わした約束の為に前へ進む。
気を取り直して友希那はメンバーを探すことにした。
* * *
「これでトドメだ!ヴァンガードにアタック!」
ヴァンガードファイトは終盤に入っていて、貴之の攻撃が大介のヴァンガードにヒットする。
ダメージを受けた雄也はダメージチェックと言う、山札から一枚カードをめくり、そのカードによるトリガーの有無、トリガーの効果に合わせた処理を行う事になる。
「まだだ……
ちなみに、ヴァンガードはダメージゾーンのカード数が6になると敗北する。
現在大介のダメージゾーンは5枚、つまり特定条件下でダメージを1減らせる
トリガーはカードの右上に書かれていて、そのトリガーごとに様々な効果を発揮する。
今回大介が狙っている
「……トリガー無し。俺の負けだ……」
祈りを込めてトリガーチェックをしたが、残念ながらトリガー無しの通常ユニットを引き当てたことで、今回のファイトに勝敗が決した。
「今回は俺の勝ちだな……。でもいいファイトだった。帰って来て早々こんなファイトができて良かったよ」
「いいファイトができたのは俺もだ。遠征だらけの五年間と言うのは伊達じゃないらしいな……」
勝利したのは貴之だった。しかし大介は負けても爽やかな笑顔を見せていた。今回のファイトが自分にとって非常に有意義であったからだ。
互いのファイトが非常に良いものだと感じていた二人は席を立ち、その場で短く握手を交わす。
「さて……俺はまだやれるけどどうする?そっちが良けりゃもう一本やらねえか?」
「そいつはいい……ただ、残念なことに……」
貴之の提案を受け入れようとしたが、大介は自身の携帯を取り出しながら時間を見せる。
大介の携帯にある時計は、デジタル文字で昼の15時を告げていた。
「俺はこれから身内と合流しなくちゃなんねえんだ……。だから今日はここまでだな」
「ああ。そりゃ仕方ねえな……なら、また今度だな」
「そうだな。お前も地方予選に出るんだろ?当たればその時にはやれるだろ」
「ああ。もちろんそのつもりだ」
どうやら集合時間が迫っているらしく、今日は彼とこれ以上ファイトすることは叶わなかった。
しかし、この二人は地方予選に出るつもりでいるので、組み合わせ次第ではそこでまた戦うことができるのだ。
「それじゃあ、その時はまたよろしくな。大神」
「大介でいいさ。こっちこそよろしく頼むぜ?貴之」
「……ああ!」
二人は堅い握手を交わし、その光景を見ていた店内の人たちは新たな関係を祝福するのだった。
* * *
「毎度あり~」
女性に見送られてカードファクトリーを退店し、二人は出入り口前に立った。
「さて……俺は向こうだから行かせてもらうわ。今度またファイトしようぜ」
「おう。また今度な」
大介は手を振って左側への傾き足を運んでいくので、貴之も軽く手を振って彼が人ごみに紛れ込むまで見送る。
「さて……さっきの子を探してみるか?」
貴之は考えながら周りを見る。
自分で発言しておいてだが、一瞬ストーカーまがいの発言であったので思わず焦りながら確認をしてしまう。
幸いにも周りの人たちは特に反応した様子も無かったので、一先ず安堵した貴之は足を動かした。
「(しかしどうしたものか……そもそも時間帯とかわかんないしな……)」
「うんうん……今日もいい買い物したなぁ~♪後で試しに付けてみよっかな?」
貴之が無計画さに頭を抱えながら歩いている中、自分の買い物に満足し、弾んでいる様子な少女の声が聞こえた。
結構近いなと貴之は感じていたが、まさか曲がり角で合流することになるとは思っても無く、二人は運悪くその曲がり角でぶつかる事となってしまった。
「おお……?」
「きゃっ……」
貴之はいきなりぶつかったことに驚いて対応が遅れ、少女は体を支え切れずに尻餅をついてしまった。
「痛たたた……」
少女が痛そうにしている声に気が付いた貴之はすぐに姿勢を低くし、少女に右手を差し伸べる。
「悪い。大丈夫か?……って……」
「大丈夫だけど……どうして顔を逸らすの?」
手を差し伸べるのはいいものの、少女の状態に気がついた貴之は顔を赤くしながら横に逸らした。
流石に少女も状況が飲み込めない為に問いかけて来たので、貴之はどうするべきか迷うことになった。
しかし、言わないと失礼な人だと思われてしまうかもしれないので、貴之は腹を括って伝える事にした。
「い、いや……その……顔を逸らさないと、アレが見えちまうからさ……」
「アレ……?……って、きゃあっ!」
貴之の歯切れ悪い回答を聞いて、最初は困惑するものの、すぐにその意図に気づいた少女は顔を赤くして慌てて姿勢を変える。
少女はぶつかった事で足がM字になってしまっており、貴之はその姿勢では見えてしまうそれを見てしまったが故に、貴之は慌てて逸らす。ちなみに色は白だった。
しかしそれでも自分の状態に気が付けなかった少女は、地面に座り込んだまま顔を赤くしてしまった。
「え、えっと……その……見え……た……?」
「あ、ああ……どうにか見ないで済んだよ……」
「……ホントに?」
誤魔化そうとしたのだが、余りにも焦り過ぎたせいで表情を取り繕うことに失敗してしまい、少女に再び問われてしまった。
「わ、悪い……間に合わなかった……」
「うぅ……でも、こっちも気がつかなかったし、そこはごめんね?」
仕方ないので貴之は正直に謝罪した。それを聞いた少女は不慮の事故であることは理解できているので、自分も謝った。
互いに謝ったので一件落着と言いたかったが、それだけでは貴之が前を見れないことに少女は気がついた。
「あっ、もう大丈夫だから……」
「ああ。悪かったな……手、貸すよ」
少女が告げてくれた事で、貴之はようやく前を見ることができた。
そして、改めて差し伸べた右手を少女は今度こそ掴んで立ち上がった。
「ううん。大丈夫……って、アレ?」
「……?」
少女が貴之を見て疑問を持ったと同時に、貴之もそのギャルっぽい見た目をした少女に心当たりを感じた。
「気のせいかな……?アタシたち、どこかで会った気がするんだ……」
「……俺とか?そりゃ奇遇だな。俺もお前に見覚えがある……」
二人は偶然にもその思っていた事が一致していた。少女は困惑するのに対して、貴之は五年ぶりに帰って来たからこういう事があっても不思議じゃないと、比較的冷静に受け止めていた。
「そっちもなんだ……。あっ、そうだ!いきなりで悪いんだけど……名前聞いてもいい?」
「俺か?俺は貴之……遠導貴之だ」
「……えっ?」
貴之の名前を聞いた瞬間、少女は驚きを隠せなかった。
「貴……之……?もしかして、五年前まで向かい側の家にいた……?」
「向かい側の家……?あっ……!じゃあお前、もしかしてリサか!?」
向かい側の家という単語と、少女の容姿のおかげで、貴之は目の前の少女のことを思い出した。
茶髪の髪をした幼馴染みである少女が五年ほど成長すれば、確かにこの容姿となっているだろうし、別れる前からその面影はあった。
「うんっ!アタシは今井リサ。久しぶりだね、貴之♪」
貴之は今日この日、幼馴染みの一人である今井リサと再会を果たした。
* * *
「本当に久しぶりだねぇ……いつ帰って来たの?」
再会した二人は久しぶりに商店街をゆっくりと回ることにした。
ちなみに先程の下着を見てしまったことについては、不慮の事故だからお互いに忘れようということで丸く収まった。
「今日の午前中だ。確か、さっきカードファクトリーの近くですれ違ったよな?」
「ああ……!やっぱりあの男子貴之だったんだ!」
貴之の肯定しながら返ってきた問いかけにリサは肯定した。
同時に、先程すれ違った少年は貴之で合っていた事の確認もできた。
「カードショップってことは、ヴァンガードしに行ったの?」
「ああ。二週間後にあそこで開かれる店内大会にエントリーするついでに一本な……。あれは中々熱いファイトだった」
――やっぱりリサとは話しやすい。聞き上手なんだろうなと、質問に答えながら貴之はそう感じた。
思い返すはあの時の熱いファイト。帰って来て早々今までのファイトでトップクラスの良き戦いだったと貴之は思っていた。
「あっ、そうだった……。リサと一緒にいた銀髪の女の子ってやっぱり……」
「うん……友希那だよ」
すれ違ったと言う単語で思い出した貴之が聞いてみると、リサはそれを肯定した。
その答えを聞いた貴之は心臓の鼓動が高鳴った気がした。否、一瞬ながら確かに高鳴った。
湊友希那――。それは自分と約束を交わした少女であり、貴之の初恋の相手である。
その恋心と約束は五年間離れていても消えることは無く、例え彼女と離れていても、自分のやり遂げようとするための原動力となっていた。
「あいつ、今はどんな歌声になってるんだろうな……?」
「アハハ……貴之が好きな歌声であることは間違いないよ」
目の前で話しているのはリサなのだが、友希那の話になるとすぐにそうなってしまう貴之を見たリサは苦笑交じりに答える。
――貴之は本当に友希那の歌が好きだよね。昔と変わらないその姿を見て、リサも一種の安心感を覚えた。
貴之は昔から友希那の歌声とその姿、そして歌に打ち込む姿勢が好きであり、自分も一つの物事に打ち込むその心境を知りたいと言う気持ちから、夢中になれるものを探してヴァンガードを始めた。
スターターデッキを見てこれだと確信した瞬間を、貴之は今でも覚えている。
「それなら安心だ。……って、悪いな……そんなこんなでいつの間にかってのが、俺らの悪いところだったな……」
その後二人でそれぞれに打ち込んでいる分野の話をしている時は堪らなく幸せで、ついつい周りのことを二人揃って蔑ろにしてしまっていた。
リサもそうだが、当然他の友人たちにもかなり面倒な思いをさせてしまっており、それに気づいた貴之は罪悪感を覚えた。
「そっちも覚えてたんだ……。んもぅ……本当に大変だったんだよ?何かあればすぐにああだし……」
「ほ、本当にすまねえ……」
咎めるように詰めてきたリサを見て、貴之は本当に申し訳なさそうに謝る。
リサもその貴之の自分に気を遣ってくれているのが分かって嬉しくなり、小さく笑う。
「でも、貴之らしいよ……事あるごとに友希那のことを考えてる方が自然体に思えちゃう」
「そ……そこまで行くのか?」
思わず問い返してみるとリサが苦笑交じりに肯定し、それをみた貴之はどうみられているんだと思いながら頭を抱えた。
「そう言えば、貴之はあれからどれくらい強くなったの?」
「全国大会で安定した結果は残せるようになったけど……それでも優勝はまだできてないんだ……」
前回もまた届かなかったんだ……貴之は脱力気味に吐露する。
また届かなかった――。その悔しさは例えヴァンガードを経験していなくてもわかるだろう。
「そっかぁ……でも、全国で結果出せるなんてすごいじゃんっ!頑張ってるね~♪」
「だけど、まだあいつとの約束は果たせてない……。それに、ここまで来たらやっぱり優勝しないとな……」
友希那のことを聞いて貴之の優勝への渇望は今まで以上に強くなった。
帰ってきたら伝えるというのも良かったかもしれないが、優勝できずに戻って来た以上、第一に彼女に伝えたいと思った。
「あっ。友希那から聞いたけど、その約束って、友希那が駅まで貴之を追いかけた時にしたって言うのは……ホント?」
「ん?そうだけど……どうした?」
「あの時は仕方なかったんだけどさ……アタシも見送りに行きたかったというか……」
リサの質問に答えながらキョトンとする貴之だったが、リサが少し寂しそうにしたのを見た貴之は全てを察して苦い顔になる。
「……どうやら、お前には色々と詫びなきゃいけないらしい」
「そんなに真に受けなくて大丈夫だよ。元々アタシが泣き止まないままだったんだし……。でも、貴之ってそう言う場面で正直になるのは変わらないね♪」
「あっ……おい……。って、そっか……戻ってきたらこれが始まるのか……」
貴之が顔を下に向けながら申し訳なさそうにするのを見て、リサは笑みを見せながら貴之の変わらなかった部分に安堵する。
――そういや、友希那絡みで弄られてたな……俺。ここにいた時のことを思い出した貴之が項垂れると、リサは笑いながらごめんごめんと謝った。
「でも、ちょっと安心したかも。友希那が覚えてるのに貴之が忘れちゃってたら冗談じゃ済まないもん」
「……確かにそうだな」
事実、約束の内容と面影等は全てしっかりと覚えていた貴之だが、リサの名を訊くまで友希那のことを思い出せなかった。
その為、貴之には友希那が自分との約束を覚えてくれていたことへの安堵が訪れた。
「そう言えば、友希那は今日どうしてるんだ?さっきまで一緒だったはずだけど……」
「ああ。友希那ならライブハウスでメンバー探してるよ。コンテストのエントリー始まってるみたいだしね」
「そっか……もうそんな時期だったか……」
貴之はリサの回答を聞いて友希那の現状を把握した。
友希那が自分と約束した内容は『FWFに出ること』。エントリーが始まっている以上、その約束を交わした友希那がメンバー集めに奔走しない理由が無かった。
貴之もヴァンガードで全国大会優勝という約束を交わして走っている為、彼女の心境が解らない訳では無かった。
「意外と時期が被ってるのも驚きなんだよな……コンテストと今回の全国大会は」
「えっ?それホント?」
「ああ。これを見てくれ」
貴之は思い出したように携帯の操作を始め、少々身を乗り出したリサにその証拠と画面を見せる。
「うわ……時期被ってるどころか、日付同じじゃん!残念だなぁ……アタシ、ちゃんと会場に行って二人共応援したかったんだけどなぁ……」
「確かにそれは悩ましいよな……今から友希那のレベルに追随できるようにバンド関係の腕を上げるか、それとも俺に並ぶレベルのヴァンガードファイターになれればそれはまた違ってくるんだが……」
リサの言っていることは理解できる。貴之も友希那が歌う姿を見たかったからだ。とは言え、コンテストの場合だと見に行く条件が非常に厳しそうではあるが。
貴之がそんなリサの悩みに出した答えは自分でもかなり無茶振りだと思っている。何せどちらも小さい頃からずっとやっているから、差を縮めるのが間に合わない可能性が極めて高いからだ。
「ちょ……!今から貴之と同レベルのヴァンガードファイターって、いくら何でも無理があるよ……!それに、ベースだって今はもうやってないし……」
困った反応を見せるリサを見て、貴之もまあそうだろうなと思った。
流石に今からヴァンガードファイターとなって腕を上げるのは流石に厳しい。どう足掻こうと今回の大会には間に合わないだろう。
「そっか……そう言えば、リサも時々、ベース持って友希那たちと出掛けてたな……」
「と言っても、昔の話しだけどね……」
思い出したように呟いた貴之の言葉を拾い、リサは苦笑交じりに答える。
――ファッションやらオシャレしたかったからかな?リサの現在の身だしなみを考えると、これが妥当だと貴之は考えた。
しかしながらその実は違っており、例え違っていたとしても彼女が話そうと思ったりでもしない限りは、自分から聞く気にはなれなかった。
「あっ、そうだ。貴之はどこか行きたい場所はある?」
「リサに任せるよ。強いて言えば、五年前と比べて変わってる場所があったらそこを確認してみたいかな」
この話題は今、あまりしたくないであろうリサが問いかけて来たので、貴之は簡潔に答える。
事実、貴之は誰とも合わなかった場合はこの後もカードファクトリーに籠り、一人でも多くのヴァンガードファイターとファイトする予定でいたからだ。
とは言え、そう簡単に大介とのファイトと同レベルのファイトを繰り広げられるとは言い難いので、クールダウンを兼ねるのも良いだろうと思えた。
「オッケー♪それじゃあ、早速行こっか?」
リサの問いかけに貴之は頷いて肯定の意を示し、彼女に案内してもらいながら商店街を回る。
やはり久々に会えたことが互いに嬉しかったのか、何気ない話でも心から楽しんで会話することができた。
* * *
「……今回もダメみたいね」
友希那はあの後ライブハウスに残って探して見たもの、残念ながらメンバーにしたいと思える人を見つけられなかった。
「(急がないといけないわ……エントリーだって始まっていると言うのに、一人も見つけられていない……)」
友希那は少しだけ焦っていた。またメンバーを見つけられないと言う危機感が理由だった。
五年経ったと言うのに、彼との約束は果たせていない。
流石に技術だけで言えばそれは自分の呼ばれ方が証明してくれているので進んでないことはない。
問題はコンテストに一度も出られていないことだった。いくら自分の技術があろうとも、メンバーがいなければどうにもならない。
「(それでも諦める訳にはいかない……お父さんの音楽を認めさせる為にも、彼との約束を果たす為にも……止まる訳にはいかないの!)」
友希那は自分を奮い立たせ、次のライブハウスへ向けて歩き始めた。
そして、ライブハウスを出た直後に携帯が振動したのに気がついて友希那は確認する。
「……リサ?」
画面を見て見れば、リサが通話とチャットが可能な無料アプリのCordでチャットを送ってきており、内容は『これから何か予定ある?』と言うものだった。
何か目星い事でもあったのだろうか?珍しいと思いながら、友希那は『特にないわ』と返信する。
そして、リサから更に来たチャット内容を見た友希那は驚き、居ても立っても居られなくなってライブハウスを飛び出すのだった。
* * *
「いやぁ~……まさかこうして、また貴之と遊べるとは思わなかったよ……」
「俺も、まさか帰って来て早々リサと再会できるとは思わなかったよ」
あの後暫く二人して商店街を周り、時刻は既に夕方となっていた。
五年ぶりに会うことができ、共に遊ぶこともできた二人は互いに感慨深い思いをしていた。
「そう言えば、貴之はこの後どうするの?」
「特に何も決めてないな……この調子だと、お前と晩飯食って来たらどうだとか言われそうだが……」
――女の子と遊ぶこと優先させるってどうなんだ?貴之の疑問はそれだった。
リサは小百合がこちらの気を遣ってくれたと感じて嬉しく思うのと、貴之の話を純粋に面白いと感じて笑うのだった。
そして、貴之が『晩飯どうすりゃいいの?』とCordで聞いたところ、小百合から『どうせなら友希那ちゃんも呼んで三人で食べてきちゃいなさい』と返って来て、それをみた貴之はもう笑うしかなかった。
その様子が気になったリサにもその画面を見せれば一発で意図が伝わり、彼女も笑うのだった。
こういったことができるのも、出掛ける前に、残っていた食器の整理を終わらせてくれていたからである。
「ちょっと待ってて……それなら友希那に聞いて見るよ」
リサは友希那にCordで聞いてみる。
――そろそろ終了の時間だし、出てくれると思うけど……。そう思っていたら程なくして友希那は返信してくれた。
「あっ、友希那も今終わったから来るって」
「そっか。いよいよなんだな……」
貴之は自分の心臓の鼓動が大きくなっているのが感じ取れた。それだけ友希那に会えることを今から楽しみにしているのだ。
「はぁっ……はぁっ……」
一方で、友希那はペースなど全く考慮せずに商店街の中を走っていた。
リサが送ってきたチャットの内容は、『帰って来た貴之と商店街回ってて、晩を一緒しようって話しなったんだけど……友希那も来る?』と言うものだった。
それを見た友希那は『今すぐに向かうわ』とだけ返信してライブハウスを飛び出し、今に至るのだった。
「あっ……ごめんなさい……!」
普段運動しない身であることと、低いとは言え運動に向かないヒールのある靴であったことから走るのは難儀し、普段以上に遅い速度で走る羽目になっていた。
そんなこともあって転んだりしないように意識することが手一杯になってしまい、人とぶつかりそうになった友希那は体制を崩しかけるものの、謝りながら立て直して走り直す。
「(貴之……)」
――やっと会える……。そう思えるだけで、体力を無視して友希那は走ることができていた。
走ることで生じる体の苦しさを、貴之に会える嬉しさが圧倒的に上回っているのだ。
「そう言えば、孝一さんと明未さんはどうしてるの?」
「あの二人は仕事の転勤でまた新しい家だよ。ユリ姉は大学がこっちだったのと、俺がこっちに戻ってきたいから二人で戻って来たんだ」
「ああ……。お仕事忙しそうだったもんねぇ~……」
三人の家族の中で最も多忙なのは遠導家の孝一であり、三家族集まる時は孝一に合わせる事が多かった。
貴之の一家が引っ越しした理由も孝一の仕事が理由だったので、相変わらずだなとリサは苦笑した。
「(っ!いた……。ということは、あの午前にも見かけた男子が……)」
走り続けておよそ二十分程。友希那はようやく談笑しているリサと少年の姿を発見できた。
癖っ毛になっている黒い髪は間違いなく先程見かけた少年のものだった。
そして、先程は見えなかったのだが、少年は空のような蒼い瞳を持っているのが分かる。
そこで友希那は、自分と約束を交わした少年が彼と同じで癖っ毛の黒髪と蒼い瞳をしていることを思い出した。
「そう言えば、貴之の背って今どれくらいなの?」
「うん?確か175だったかな……。今思えば大分伸びたな……」
「そんなにあるの!?やっぱり男子だねぇ~……昔は同じくらいだったのに」
「第二成長期ってやつだな」
二人の会話を聞いていた友希那はその少年の言葉を聞いて驚き、口元を両手で塞ぐ。
自分と約束を交わした少年と別れた時期は五年前。そして、目の前にいる少年は五年間ここを離れていると言った。
更にはつい先程見かけた時はカードファクトリーを見て五年前と変わらないと言っていた。そこまで得られた情報から、友希那に一つの答えが浮かび上がった。
「貴……之……?」
たどたどしく呟いた声がリサに届いたのか、リサが少年に自分の方を指差して促し、少年をこちらへ振り向かせた。
そして、友希那と少年の目が合い、その瞬間少年の顔は喜びの表情になった。
「ああ。久しぶり……。また会えて良かったよ」
嬉しそうに答えてくれる少年は、自分が遠導貴之であることを証明してくれていた。
「ほ、本当に貴之なのね……?」
「ああ、五年ぶりだな。友希那……」
まさか五年前に別れてしまった貴之が本当に戻って来るとは思っても見なかった友希那はもう一度問いかけると、貴之は笑みを見せて肯定した。
その瞬間、友希那の頭の中に彼との思い出が幾つも呼び起こされた。
自分に購入したヴァンガードのデッキを見せながら満面の笑みを見せた頃の貴之の姿や、学校の教室で話す話題こそ全くもって違うものの、二人で楽しく話していた日々――。
そんな日々をまた送る時間が得られる。その嬉しさを感じた友希那は貴之の下へ歩み寄る。
「久しぶりね。貴之……それと、おかえりなさい」
「うん。久しぶり……それからただいま、友希那」
貴之を迎えることのできた友希那の目尻からは、嬉しさから涙がこぼれていた。
その友希那の様子に気づいた貴之は、人差し指で左目の涙を拭ってやる。
「(友希那も貴之も……また会えて良かったね……♪)」
二人が会えたのに安心したリサは何も言わず、温かい目で見守っていた。
そこに寂しさと言うものは無く、古くからの友人である二人の再会を心から喜んでいるものだった。
友希那と貴之。この二人は五年越しにようやく再会を果たすことができた。
* * *
「(ようやく帰って来れた感じがするな……)」
三人で夕飯を外食で済ませた後の夜、一度家に帰って部屋の整理を大急ぎで終わらせたからか、落ち着かなかった貴之は外に出て近くを散歩していた。
そして、家の近くにあるベンチにたどり着く頃には喉が渇いたので、自販機の飲み物を購入するために金銭を入れようとしたところで、声をかけられた。
「……貴之?」
「……友希那?どうしたんだ?」
声をかけてきたのは友希那で、どうしたのかなと思った貴之は問いかけてみる。
「少し夜風に当たりたくて……そう言う貴之は?」
「俺は、戻って来たばかりで落ち着かなくてな……」
友希那が答えながら問い返してきたので、貴之も理由を答える。
もしかしたら、互いに家にいるままだと落ち着けなかったのかもしれない。
「ちょっと休んでくか?」
貴之の問いに友希那が頷いたので、飲み物を購入してからベンチに腰を掛けた。
「リサだけじゃなくて友希那にも会えるとは……。何か良いことありそうに思えて来るよ」
貴之は今日、帰郷早々にとても良い一日を過ごせたと思っている。幼馴染み……そして自分の好きな女の子と再会ができたという一日はこれ以上にない程最高の一日だったといえるだろう。
「リサとはいつ頃会ったの?」
「今日の昼過ぎ。ちなみに帰って来たのは今日の午前中だ」
友希那の質問には先回りして絶対に聞かれるであろうことも付け加えて答える。
もしあの時リサにぶつからなければ、今日はヴァンガードファイトに明け暮れると言う、約束を果たす為に走るのは良いもののそれはそれで少し寂し気な一日を過ごしたはずだ。
「そう言えば、ヴァンガードの方はどこまで行けたの?」
「全国で結果を残せるようにはなったけど、まだ優勝できてないんだ……」
友希那に聞かれた貴之は頭を掻きながら苦笑交じりに答える。どうせならもっといい結果を出したかったなと思っていた。
「そういう友希那は?」
「私は……まだコンテストに出れてすらいないわ……」
気になった貴之も聞き返してみたのだが、友希那は落胆した様子を見せた。
貴之は少しずつ確実に進んでいることが確かに解るのだが、友希那は実力こそ確かに付いているものの、それを証明できる結果が何も無かった。
「ごめんなさい。あなたはそれだけ頑張っていると言うのに……」
「いや、そんなことはないさ……。友希那の歌声は五年前よりもずっと良くなってる。それに……」
それ故に申し訳なくなった友希那は詫びるが、五年ぶりに成長した友希那の歌を聴けた貴之は彼女がしっかりと実力を付けていることを理解できている。
「……それに?」
「俺との約束を果たす為に今日もライブハウスで歌って、メンバーを探していたんだ……。寧ろ、今日一日殆ど遊ぶことに使っちまった俺より何倍も頑張ってるさ」
後から貴之が付け加えた言葉に、友希那は救われた気がした。
『歌姫』と言う大層な二つ名があるのに、未だに何一つ結果を出すことができていない彼女だったが、互いに約束を交わした相手である貴之が自分の努力を認めてくれたお陰で安心感がやって来たのだ。
「ありがとう貴之……。あなたのお陰で気が楽になったわ」
「それなら安心だ……あっ、そう言えば親父さんはどうしてるんだ?メジャーデビュー決まってたと思うけど……」
「…………」
友希那が安心したのも束の間、貴之から非常に痛い所を突かれてしまった友希那は再び暗い顔になる。
「……どうした?」
「お父さんは……あなたがここを離れた直後、メジャーデビューができなくなったの……」
「え……?」
「その後お父さんは音楽に手を付けなくなった……それだけだったら仕方ないで終わったかもしれないわ。でも、それだけじゃなかったの……!」
友希那が辛そうに出した回答を聞いた貴之は驚くしかなかった。
更にそれだけではなく、自分の父がその後どんな目に遭ったかの記憶を呼び起こされた友希那の肩が震えだしていた。
「周りの人たちは皆、その姿勢が気に入らなくてバッシングをしたの……っ!お父さんがどんな思いをしていたかなんて気にもしないくせにっ!」
「友希那……。その……悪かったな。嫌なこと思い出させちまって……軽率だったよ……」
友希那の頬を涙が濡らしていたことに気が付き、貴之は申し訳なくなる。
貴之は気になったから聞いただけであり、友希那を悲しませるつもりでは無かった。
「いえ、私の方こそ取り乱してごめんなさい……。それに、私は決めたの」
友希那は涙を拭ってベンチから立ち、貴之の顔を真っ直ぐに見据える。
月の光が彼女の持つ綺麗な銀色の髪を照らした光景が神秘的なものを感じさせ、貴之は一瞬見惚れてしまうが、真剣な話をしていると言い聞かせて無理矢理聞く姿勢に入る。
「私は、あなたとの約束を果たすと同時に、お父さんの音楽を認めさせる……。それが今、私が自分の歌でやろうとしていることよ」
「(だから今日も……友希那はあれだけ頑張っていたのか……)」
友希那の強い決意と覚悟を感じ、貴之は言葉を失った。
自分との約束だけでなく、父親の無念も背負っていたことを知り、一瞬だけ自分よりも明らかに先の道を進んでいるように思えてしまったからだ。
しかし、それでも互いに交わした約束は消えていない。それが分かっただけでも安心できた。
「……私たちの間に違うものを入れてしまった事は謝るわ……ごめんなさい」
自分との約束を特別なものだと思ってくれていたのだろう。友希那は表情を暗くして俯く。
俯いた理由は、あの時に交わした約束の中に、自分だけの中にある物を混ぜ込んだ事を貴之が怒るかも知れないという不安からだった。
「いや、そんなことはないよ。例え親父さんの音楽を認めさせると言うことが入っていても、俺たちの約束があると言うことには変わりないからな」
「貴之……」
しかし、貴之はそんなことを考えていなかった。約束が消えていないことが分かっただけでも十分に嬉しかったのだ。
そして友希那も、貴之が受け入れてくれた事に大きく安堵するのだった。否定されなかっただけでも、彼女にとっては十分に安心できることだった。
「……よくよく考えたら、お互いまだ約束を果たせてないんだよな」
「そうみたいね……」
五年掛けて確実に一歩ずつ進んでいるものの、自分たちが約束した場所にまではたどり着いていなかった。
友希那が肯定するに合わせて貴之もベンチから立ち上がり、彼女の傍まで歩み寄る。
「なら改めて、お互いに頑張ろうぜ?これからは俺も一緒だ……」
貴之は友希那にそう投げかけながら右手を差し出す。
――これからは俺も一緒だ。その言葉が聞けた友希那は表情が柔らかな笑みに変わった。
「ええ。お互いに頑張りましょう」
友希那は笑みを崩さずに自分の右手で貴之の右手を取る。
今までは遠く離れた場所にいたが、これからは再び互いがすぐそばにいる状態で共に歩むことができる。それだけでも非常に嬉しかった。
五年前は同年代より歌が上手い一人の少女だったが、『歌姫』と呼ばれるようになった湊友希那。
同じく五年前はヴァンガードが周りの友人より強い一人の少年だったが、全国で結果を残せるくらいまで上り詰めた遠導貴之。
再会した二人は夜空の下で、道は違えど共に駆け上がる事を改めて誓うのだった。
もう気づいているかと思われますが、性格変更が掛かっているのは友希那です。
Roseliaのメンバー、余裕があれば他のメンバーにもちょこっとだけファイトさせて見ようと言う狙いもあったので、彼女の性格をある程度柔らかくしておかないとそれの実現が不可能になると言う判断でこうなりました。
性格変更なしでできたらやってほしいと思った人はすみません。
次回から本編です。